ようこそ藍越学園へ   作:TAKUMAKI?

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第六十三話 百春の意外な趣味

5月某日 AM1;47 某県某山中

 

月明かりのみに照らされた宵闇の中、それは山の道路を駆け抜ける。

その姿がぼんやりと夜の山中に浮かび上がり、得体の知れない不気味さを放っている。

目にも止まらぬ速さで山の道路を駆り、姿を目視させんが如くその場を疾駆していく。

 

「銀色の流星(シルバー・メテオ)・・・・」

 

そう、それはまるで銀色の流星。

 

「ここ最近、姿を見せなかったが・・・」

 

山道にたまたま居合わせた者からそのような言葉が漏れた。

その者はよくこの山を訪れるのだが、あの銀色の流星を目にする事は最近なかったのだ。

 

「また姿を現すようになったか・・・」

 

その目には畏怖の意味合いが込められていた。

 

「何時見てもビビッと来るぜ。奴の走りを見るとよぉ・・・」

 

その者はそばに停めてあった車に乗り込み、車を発進させて山道を下り街中へと消えていった。

 

 

 

 

時間は進んで、六月末の土曜日。

十秋が修吾とのデートに出掛ける日の前日のことである。

この日の織斑家はシャルロットとセシリアとラウラの三人を加えて大所帯で夕食を取っていた。

何故織斑家の夕食に欧州三人娘が同席しているのかというと、この日は欧州三人娘は放課後一緒に駅前に出掛けていたのだが、その帰路で千冬と出会い、その道すがら夕食に招待されたからであった。

幸い、その旨を連絡した時は一夏と十秋もまだ夕食の準備を始めていなく、食材も買い溜めいておいた分があったので総勢七人分の夕食の用意も問題なく出来る事となった。

七人分の夕食を用意するのは大変なことではあるが織斑家の料理を任されている十秋と一夏は「人数が多い方が作り甲斐がある」と言うので三人娘もこれに甘えることとなったのだ。

 

 

夕食が終わり、メンバーはしばし食後の会話に華を咲かせる。

その中で千冬のみがその輪から少し外れて酒を飲んでいる。

食後酒ということでグラスに注がれているのはウイスキーのようだ。

 

「明日が休みとはいえ、深酒は身体に悪いんだ。ほどほどにしておけ」

 

そこに百春がやって来た。

 

「ふん、相変わらず口うるさい奴だな」

 

「今は家の人間以外の奴もいるんだ。あんまり飲みすぎて醜態を晒すんじゃないぞ」

 

深酒常習犯の千冬を注意する百春。

 

「ちっ、言われなくてもわかっている。いちいち口うるさくするな」

 

明日は日曜日なので学校は休みだ。

なので土曜日は千冬が一番飲んだくれる可能性が高い曜日なのである。

ぐでんぐでんになるまで飲んだ千冬を介抱するのは骨が折れるので抑制をかけるためだ。

 

「お前も付き合え。この中で酒が飲めるのは私とお前しかいないんだからな」

 

千冬はグラスを百春に差し出す。

この家の中で成人しているのは千冬と百春のふたりだけなので飲酒が可能なのはこのふたりだけだ。

千冬は百春を自分の酒に付き合わせようと考えた。

 

「悪いが俺はこのあと車で出掛けるんだ。酒なんか飲んだら飲酒運転になるだろうが」

 

「なんだ、出掛けるのか?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

そう言って百春はメガネの真ん中のフレームを指でくいっと上げる。

蛍光灯の光が反射してキラリとレンズが一瞬だけ光る。

心なしか百春の表情も微笑が浮かんでみえる。

 

「ふん、お前もそっちはほどほどにしておけよ」

 

「わかっている。心配はいらん」

 

「お前の心配などするか、バカめ」

 

「そうか」

 

憎まれ口を叩きあっているがふたりの口元には僅かな笑みが見て取れた。

傍目からではわからない姉弟のコミュニケーション。

伊達に長い間姉弟をやっているわけではない。

 

「じゃあ、行って来る」

 

「おう」

 

百春は手を軽く上げて千冬に背中を向けてその場をあとにした。

千冬も百春を見送ると飲みかけのウイスキーを再び口に運んだ。

 

 

side 百春

 

「あれ?百春兄、出掛けるのか?」

 

自室で出掛ける準備を終え、玄関へ向かうと背後から一夏に声を掛けられる。

一夏の後ろにはセシリア達の姿もある。

 

「ああ、ちょっとな。それよりお前達はどうしたんだ?」

 

「はい、もう時間も時間なのでそろそろお暇しょうかと」

 

一夏の背後からシャルロットが顔を出して答える。

腕時計で時間を確かめるが、帰るにはそろそろいい時間だろう。

大方、一夏は三人の見送りだろう。

十秋は明日出掛ける用事があるようでもう自室に戻っているし、あの姉も今は酒を煽っているので必然的に俺か一夏しか見送る奴はいない。

まあ、一夏の場合はこんな時間に女を帰す場合は自ら見送りなどを買って出る奴だしな。

そういうさりげない気遣いができるからこいつは女に好かれるんだと思う。

それに比例するかのように寄せられる好意には鈍いけどな。

 

「百春兄様、百春兄様はこのような時間にどちらに出掛けられるのです?」

 

一夏の背後から顔を出したラウラがトテトテと歩み寄ってくる。

それに続くように他の三人もやってくる。

 

「んー・・・、まあ、そうだな。しいて言うなら、ドライブだな」

 

「ドライブ?こんな時間にですか?」

 

「まあな」

 

三人の客人は揃って首を傾げている。

確かにこんな夜更けにドライブに行くとは普通は思わんだろう。

だが一夏だけは察したようだ。

 

「百春兄、もしかして・・・、アレか・・・?」

 

顔を少し強張らせながら一夏が訊いてくる。

 

「ああ」

 

「そ、そうか・・・。気をつけてな・・・」

 

一夏は俺のドライブに何度か連れて行ったこともあるし、それを思い出しているのか顔色が少し優れないように見える。

まあ、それは寝れば治るだろう。

 

「あ、あのぉ、百春様・・・」

 

「ん?」

 

セシリアが何やらモジモジとしながら声を掛けてきた。

少し顔が赤いが風邪か?

 

「そのドライブなのですが・・・、わたくしも一緒に行ってはだめでしょうか?」

 

ほう、一緒に行きたいと来たか・・・。

一夏が後ろで信じられないと言った顔でビックリしてるな。

まあ、こいつは俺が行くドライブの意味(・・)を知らんからな。

 

「セシリアが行くなら私も一緒に行――――――」

 

「―――――ラウラっ!ラウラはもうこんな時間だし眠いよね!?眠いはずだよね!?ね!?」

 

「はっ?待て、私はまだ眠くなんて―――――」

 

「ほら、もう帰らなきゃね!?ね!?百春さん、一夏、お邪魔しましたっ!セシリア、チェルシーさんには僕から言っておくから心配しないで行って来てね!じゃあ、おやすみなさーい!!」

 

「お、おい、待てシャルロット、私は―――――」

 

捲くし立てるようにラウラを封殺するとシャルロットはラウラを強引に引き摺って寮へと戻って行った。

しかし、シャルロットのやつ去り際にセシリアに「頑張ってね!」って感じの視線を投げかけていたな。

あれはどういう事だ?

あいつも俺のドライブの事は知らないはずだが・・・?

一夏が話したのか?

 

「よろしいですか百春様?」

 

「う~む・・・」

 

こいつの身体の事を考えるとあまり刺激するような事はしない方がいいんだが・・・。

いつもより控えめでやって何かあればすぐに措置すればいいか。

なによりこいつ自身がついて来る気まんまんだ。

止めたところで意外と頑固なこいつの事だ。

聞きはしないだろう。

 

「わかった。仕方ない、お前も連れて行ってやる」

 

「ほ、本当ですの!?ああ、ありがとうございますわ!!」

 

ついてくるのを許可したら途端に表情が華やいだな。

そんなにドライブが好きなのかこいつは?

 

まあ、俺は俺で気晴らしも兼ねているのでドライブを堪能するとしよう。

 

side out

 

side 一夏

 

「セシリア、本気で百春兄のドライブについて行く気か・・・?」

 

百春兄が車に向かうと俺は少しセシリアを呼び止めた。

アレを知っている身としてはついて行こうとするセシリアを心配せざるをえない。

 

「えっ?はい、わたくしは本気ですわよ」

 

俺の問いにセシリアは少しきょとんとしたが意思を曲げる気はないようでこくんと頷いて見せた。

 

「そうか、わかった・・・。なら俺はもう止めないさ・・・」

 

そうだ、確かにアレの事は心配だが、セシリアが勇気を出して百春兄とふたりっきりになるチャンスを勝ち取ったんだ。

彼女の恋心を知る身としてはここは何も言わないで送り出してやるのが一番いいのかもな。

多分それを察してシャルはラウラを引き摺って帰っていったんだろう。

うん、それがいい。そうに決まった。

 

「あ、あのぉ一夏さん、ドライブに行くだけなのに何でそんな事をお聞きになるんですの?」

 

「それは行けばわかるよ・・・」

 

「?」

 

セシリアが不思議そうに首を傾げる。

 

「まあとにかく、楽しんで来てくれ・・・」

 

「はい、行って参りますわ♪」

 

上機嫌で百春兄の待つシルバーボディの4輪駆動車の助手席へ乗り込むセシリア。

ドアが閉まるとエンジンの始動音が夜の藤川に木霊する。

ライトが灯り、ゆっくりと車が動き出す。

窓越しにセシリアが俺に手を振ってきたので俺も振り返す。

あのご機嫌な顔が後に真っ青になるのかと思うと何とも涙ぐましい・・・。

 

ああ、セシリアよ。お前はいい幼馴染であったよ・・・。どうかお元気で・・・。

 

遠ざかるバックライトを見つめながら俺は静かに合掌した。

 

side out

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アイキャッチしりとり

 

セシリア「ルック車なら実家に何台もありますわよ?」

 

 

 

百春「よーするに、MTBじゃなくて自動車でだろう?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ただいま、セシリア・オルコットは上機嫌であった。

それは彼女自身が『世界一お慕いする男性』といって憚らない織斑百春とふたりきりでドライブに出掛けているからだ。

彼女には百春がこれからどこに向かうのかは定かではないが、車内という狭い空間でふたりきりだ。

百春自身は運転に集中しているので前を向いているが、彼の運転中の横顔やハンドルを切る度に動く腕や微かに聞こえる息遣いなどは他の誰も見ていないし感じていない。

彼女ひとりが独占している。

ラウラがついてこようとしたが、盟友シャルロットの好アシストによりふたりきりで出掛ける事に成功した。

行き際に一夏が言った言葉が少し気になるが、今は百春と一緒にドライブに出掛けているということにセシリアは酔いしれ、浮かれていた。

ちらりと百春の横顔を見てみる。

表情はいつもの仏頂面だが、セシリアの目にはそんな表情さえ彼への愛しさを増長させる。

以前も述べたが、セシリアと百春は年齢差や立場の違いもあって中々ふたりだけになる瞬間というのが少ないのだ。

数少ないふたりきりになるチャンスと感じたセシリアは今回のドライブに同行することを願い出たのだ。

幸い、明日は日曜日なので多少遅くなっても心配はいらない。

チェルシーが心配するかもしれないがシャルロットが百春とドライブに出掛けた事を伝えてくれているはずなので大丈夫なはずである。

とにかく、憂いはなにひとつ存在しない今のセシリアはそれはそれは有頂天なのである。

本当は色々な話を百春と話したいところではあるのだが、今は彼の横顔を見ているだけで幸せだった。

まあ、百春自身がそれほど口数の多い男ではないのだが。

 

 

さて、読者の皆様は夜にドライブをするとなるとどういう場所に行くのを想像するでしょうか?

恐らくはキレイな夜景などを見に行く事を想像する方が少なからずいるのではないでしょうか?

藤川は海に近い街なので足を伸ばせば海の見える夜景スポットは多数存在する。

全国的に有名な芦鹿島は昼間は観光客で賑わうが、夜は一転してとても静かになり、島に架けられたライトアップされた橋をビーチを歩きながら眺めるなどが代表的だ。

セシリアも最初はそういう場所に向かうものだと思っていたが、どうにも車は海沿いではなく山の方へ向かっているらしいことに先ほどまで浮かれていたセシリアは気付いた。

 

「あ、あのぉ、百春様?」

 

「何だ?」

 

「この車は何処に向かって走っていますの?」

 

さすがに目的地が気になったセシリアは百春に訊ねる。

 

「何処か・・・。まあ、しいて言うなら山だ」

 

端的にそう言う百春。

どうやら目的地は本当に山のようである。

 

(このような山にキレイな夜景が見えるスポットがあるのでしょうか・・・?)

 

セシリアの中では完全にドライブデート(注:百春はそうは思っていない)ということになっているのでどうしても『キレイな夜景』が見えるところに行くということに思考が行ってしまう。

念のために言っておくと、百春は夜景を見に行くなどということは一言も言ってはいない。

彼は本当にこの山である事をするために来ただけなのだから。

 

がしかし、ここで百春もせっかくセシリアが一緒にいるのだからちょっとくらい寄り道をしてもいいだろうと思い、本来の目的を少し忘れて車をある場所へと走らせたのだった。

 

 

 

「ほら、着いたぞ」

 

「えーっと、ここは・・・」

 

到着したのは何の変哲もない普通の駐車場。

この駐車場は自然公園の駐車場のようだが、時間故か駐車している車の数は多くはなかった。

 

「本来は違う目的があったんだが、今日はお前がついて来てることだから、ちょっと見せてやりたいものがあってな。だからここに来た」

 

「見せてやりたいものって何ですの?」

 

「まあ、見ればわかる。とりあえずついて来い」

 

促されるままにセシリアは車を降りて百春の後ろをついていく。

少し歩いて駐車場の端の方へ移動する。

すると

 

「ほら、見てみろ」

 

「・・・、わぁぁぁ~♪」

 

そこは見晴台のような場所になっており、眼下には絶景とも呼べるパノラマ夜景が広がっていた。

その光景を目の当たりにして、セシリアは思わず驚きとも感動とも言える声を漏らす。

 

「百春様!見せたかったものってこれですの!?」

 

興奮気味にセシリアが百春に訊ねる。

 

「ああ、俺の用事について来るだけではつまらんだろうからな。ちょうど近くを通る事だし、お前にこの光景をみせてやろうと思ってな」

 

遠くには芦鹿島や三浦半島まで見渡すことができる。

昼間も天候が良ければ富士山も見えるだろう。

 

「本来はもっと公園の奥にある展望台から見るのが一番良いんだがこの時間はさすがにやってない。そこから眺める180度のパノラマ夜景は凄い見物だぞ」

 

「そうなんですの?機会があったら今度はその展望台から見てみたいですわ!でも百春様は何故このような場所をご存知なのですか?」

 

何気ないセシリアの質問に百春は少し遠い目をしたが眼鏡を少しくいっと直したから口を開いた。

 

「この自然公園はまだ俺がほんの子供だったの頃から何度も訪れたことがある。父さんと母さんがまだ生きていて、十秋も一夏もまだ生まれてすらいない頃からな。十秋と一夏が生まれて、シャルロットが日本に遊びに来た時とか家族でピクニックをするときはここに来て皆で弁当を食いながらここ景色を眺めたものだ。」

 

遠い目をした原因は織斑家の両親の思い出を思い出していたからであろう。

萬月と四季との思い出は織斑家の人間にとってかけがえの無いものなのだ。

それはセシリアもよく知るところである。

 

「ありがとうございます百春様。そのような大切な場所にわたくしを連れてきてくださって」

 

胸に手を当ててセシリアは微笑んだ。

話を聞く限りでは織斑家以外の人間ではシャルロットくらいしかこの場所を教えられていないらしく、自分がその中に入れた事が凄く嬉しかったのだ。

自分は織斑家の一員として認められたような気持ちになれたのだ。

そのことがセシリアの心に大きな喜びとなっているのだった。

 

「礼を言われるほどの事をした覚えはないが、そう思ってくれたなら来た甲斐があったな」

 

百春が小さな笑みを浮かべる。

普段無愛想な百春の珍しい表情にセシリアは思わず見惚れる。

でもそれは一瞬の出来事で、百春の表情はすぐにいつもの無愛想な表情に戻ってしまっている。

下手をすれば見間違いだったのではないかと思ってしまうほどの一瞬だったが、セシリアには確かに百春の笑みが見えた。

それがより一層セシリアの心臓を高鳴らせたのであった。

 

 

 

「さて、そろそろ俺の用事も済ませるとしよう」

 

少しの間、セシリアと共に夜景を堪能した百春は景色に背を向けると車の方へと歩を進める。

 

「あっ!待ってくださいまし!」

 

その背中を慌てて追いかけるセシリア。

百春は足取り速く車に戻り、セシリアが車に戻った時にはもう車はエンジンも掛けていていつでも発進できる状態だった。

 

「早くシートベルトをしろ。あとシート少し前にずらして足で踏ん張れるようにした方がいいぞ」

 

「えっ?それは一体どういう・・・・」

 

「さて、行くぞ」

 

「きゃっ!ちょっと待ってくださいな!わたくしまだシートベルトを着けていませんわ!」

 

セシリアがシートベルトを着けるのも待たずに百春は車を発進させる。

セシリアは慌ててシートベルトを身に着けて百春の指示通りにシートを少し前にずらす。

チラリと百春の横顔を見ると、先ほどの穏やかな顔つきから一変して、いつも以上に鋭い目つきとなっている。

いつものクールな百春とは雰囲気が違い、何やら昂揚感というか、何か熱い炎のようなものを滾らせているようにも見える。

突然の百春の豹変にセシリアはオロオロとするばかりで状況について行けない。

 

そう、彼女はもう後戻りできない所まで来てしまったのだ。

そして、このあと彼女を襲う未知なる体験へのカウントダウンは、もうこの時すでに始まっているのだった。

 

 

百春が運転する車は更に峠を上り、頂上付近まで辿り着いていた。

頂上付近には簡易駐車スペースがあり、そこに一旦車を進入させてから百春は方向転換をして元来た道へを引き返し始めた。

 

「あのぉ百春様・・・、これから一体何を・・・?」

 

状況に居た堪れなくなったセシリアは百春にそっと訊ねてみる。

 

「そろそろ始めるぞ」

 

しかし、百春はセシリアの問いに耳を貸さずにそう言った。

 

「へっ?あ、あのぉ、始めるって何を―――――」

 

「喋らん方がいいぞ」

 

セシリアの言葉を遮って百春がセシリアを黙らせる。

 

「舌をかむぞ」

 

百春がそう言ったその瞬間――――――!!

 

(ブオオオオオオォォォォォォンンンンンンッッッ!!!!!)

 

車が物凄い勢いで加速した。

 

「えっ!?、ええっ!!?、えええええええっ!!!?ちょ、ちょ、ちょっと百春さまぁぁぁぁ!!!!?」

 

突然ジェットコースターのような加速にセシリアの身体がシートに吸い寄せられる。

状況について行けていないセシリアはパニック状態に陥る。

が、彼女の目の前にはパニック状態ではいられない光景が迫ってきていた。

物凄い勢いで加速する車に山道のコーナーが迫ってきているのだ。

 

「も、も、も、百春さまッ!?ブレーキっ!ブレーキをっ!!」

 

セシリアが切羽詰った声を張り上げるが百春は減速しない。

しかも下り道なのでスピードはますます上がる。

車は常人では考えられないスピードでコーナーに入ろうとする。

 

「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」

 

あまりのブレーキの遅さにセシリアは堪えきれず悲鳴を上げる。

逃げようにも身体はシートベルトで固定されているので不自然に身体を横に捻って頭を抱え、数瞬の後に来るであろう衝撃に身体が震える。

 

そして

 

(どんっ!!)

 

(クンクーン!!)

 

(ギャアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!)

 

百春は目にも止まらぬ速さでシフトチェンジを行い、車はそのままコーナーに突入し、鮮やかにドリフトに移行。

今まで経験したことの無い横Gがセシリアに襲い掛かる。

身体を翻弄する遠心力。

耳をつんざく轟音。

目がくらむようなスピードでふっとんでいく窓の景色。

ドリフト中の車はアウト側のガードレールに向かってまっしぐら。

ガードレールの向こうに見える漆黒の谷底が助手席のセシリアに迫り来る。

 

「いやあああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」

 

(ゴーーーーーーーーーーーーーーォォォォ!!!!!!)

 

アクセル全開(フルスロットル)のまま車はガードレールを縫うようにコーナーを曲がりきる。

この時の車とガードレールの隙間はおよそ5cmほど。

その後、最小限のカウンターステアで車体を安定させて再び真っ直ぐになって走行する。

しかし、このスリルドライブはまだ終わりではない。

先ほどのコーナーを曲がりきり、ストレートの道を走っていたがスピードは出だしと変わらず、すぐに次のコーナーが迫る。

 

「ま、ま、またぁぁぁっ!!??きゃあああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

迫り来るカーブに百春は先ほどのコーナーと同じようにコーナーを攻めていく。

 

「よし、掴みはOKだな。さあ、まだまだ行くぞ」

 

すでに百春の耳にはセシリアの悲鳴など聴こえていない。

彼の意識はコーナーを攻める事しかない。

 

「や、やめてぇぇ!やめてくださいましぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーー・・・・・・・」

 

その後、百春はひたすら夜の峠のコーナーを攻めて攻めて攻め続け、セシリアの悲鳴が夜の峠に木霊するのだった。

 

 

 

時間は少し戻って百春達が出掛けた直後の織斑家。

 

「銀色の流星(シルバー・メテオ)。それがあいつの走り屋として呼ばれている異名だ」

 

ウイスキーグラスに入った氷を眺めながら千冬がそう口にする。

 

「ああ、そういやそんな名前だったっけ・・・。百春兄ってああなると性格変わるよな・・・」

 

千冬の向かい側に座った一夏が顔を歪めながらそう言った。

 

「何処であんなことを覚えたのかは知らんが、日頃医学の勉強や何やらで溜まったストレスをあれで解消しているらしいなあいつは」

 

「俺も数回だけ付き合った事はあるけどあれはダメだ・・・。下手すりゃトラウマになるぞ・・・。俺はもう二度とああなった百春兄の運転する車には乗りたくないしな・・・」

 

「ふふっ、あの英国令嬢も滅多に出来ない体験が出来るだろうな。それとも私のように遊園地のジェットコースターに乗ってるみたいに感じるかもしれんがな」

 

「いやいや!アレは遊園地のジェットコースターとは訳が違うって!!」

 

千冬も一夏も数回だけ百春の夜のドライブに付き合った事があるが、千冬は遊園地のジェットコースター気分で走りを満喫し、一夏は恐怖のあまりに悲鳴を上げ続けた過去を持つ。

ちなみに十秋は千冬と同じでジェットコースター感覚で楽しむ派だ。

 

「セシリア、無事に帰って来いよ・・・」

 

そんな遣り取りが百春達が出掛けたあとの織斑家で交わされていた。

 

 

 

 

その後、真っ白に燃え尽きた状態で寮へと戻ってきたセシリアは、迎えたチェルシーを大慌てさせた。

 

翌日の日曜日、セシリアは体調を崩して寝込んでしまった。

看病は責任を感じた百春が務め、セシリアにとって地獄と天国が同居した週末を過ごすこととなったのだった。

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