ようこそ藍越学園へ   作:TAKUMAKI?

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この回は作品一周年記念としてにじファンに投稿したものです。


番外編 『僕』が『俺』になったわけ

本編開始より5年前 織斑萬月・四季両名の葬儀

 

両親を失った織斑四兄弟は悲嘆に暮れていた。

千冬は悲痛な表情を浮かべ、百春は拳を固く握り締め、十秋は嗚咽を上げてすすり泣き、一夏は涙を流しながら俯いていた。

 

「飛行機の墜落事故ですってねぇ・・・」

 

「ああ、なんでも飛行機の機械トラブルが原因らしい・・・」

 

「可哀想に、下の二人はまだ小学生よね・・・。上の二人だってまだ未成年だし・・・」

 

「結局、四人だけで暮らすんだって・・・?生活は千冬ちゃんが働いてなんとかするって言ってるらしいが、あの娘もまだ若いのに大丈夫かな・・・?」

 

「ええ、引き取り手がいないわけじゃないんだけど、どうしても四人離れ離れになるのは嫌だって四人とも聞かないらしくて・・・」

 

「ひとりならうちで引き取る事もできたんだけど・・・」

 

「『迷惑は掛けられません。両親の残してくれたものを自分達で守っていきたいんです』か・・・。あんな若い娘がそんなことを・・・」

 

「千冬ちゃんが断固として譲らないからね・・・。胸が痛む想いだよ・・・。」

 

葬儀の最中、親戚一同からそんな声が漏れていた。

ヒソヒソとした会話が四人の耳に届くが、そんな同情の声は慰めにもなりはしない。

今、四人にあるのは最愛の両親を失った悲しみだけ。

突如四人を襲った悲劇に四人は翻弄されるしかなかったのだから・・・。

 

 

 

葬儀が終了し、一夏は自宅へと戻ってきていた。

正直、彼は葬儀のあと何をしていたのかは憶えていない。

気が付けば家に戻っていて、自室のベッドの上で寝そべっていた。

格好は葬儀の時に着ていた喪服姿のままだ。

窓の外を見るとすでに陽は落ちていて、夜の帳が下りている。

ふらふらと立ち上がって窓の側に寄る。

空を見上げると同時にポツリポツリと小さな滴が落ちてくる。

そして、落ちてくる滴は忽ち勢いを増し土砂降りとなった。

そう、それはまるで一夏の心情のようだった。

虚空の中に漂う大きな暗雲。

そこから刺す様に降る滴。

それがまだ10歳の一夏を打ちのめす。

 

「いちか・・・」

 

ふと誰かに呼ばれ振り返ると、そこには開かれた扉の前に黒い喪服を着たシャルロット・デュノアが佇んでいた。

一夏は気付かなかったが、葬儀にはフランスから駆けつけたデュノア家の面々も参列していた。

今はダニエルとカトリーヌは一階で千冬達の相手をしてくれている。

シャルロットは一夏の様子を見に来たのだ。

 

「シャ・・・、ル・・・」

 

「いちか・・・、あの・・・」

 

消えてしまいそうなほどに儚く見える一夏にシャルロットは何て言葉を掛けようか迷っていると

 

(ギュッ)

 

歩み寄ってきた一夏にシャルロットは抱きしめられた。

 

「い、いちか・・・?」

 

一瞬シャルロットは戸惑うもすぐに一夏が震えていることに気付いた。

抱きしめる腕に力がこもる。

そう、一夏は泣いていた。

無言で、身体を震わせて、ただシャルロットを抱きしめて。

まるで押し寄せる悲しみの波に攫われてもがいているようで。

それはどこまでも悲痛な、声なき慟哭だった。

 

「いち・・・、かぁ・・・」

 

シャルロットの視界がグニャッと揺らぐ。

そのアメジストの瞳に涙が溢れ、やがて流れ落ち、止めどなく流れてくる。

 

「いちかぁぁ!!」

 

シャルロットも泣きながら一夏の身体を抱きしめ返した。

それはまるで彼の悲しみをすべて受け止めようとしているかのようだった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

遂に一夏は押し殺していた声を上げて泣き始めた。

シャルロットも嗚咽を溢しながら一夏をしっかりと抱きしめる。

そして、しばらくの間、彼の悲しみをシャルロットはその小さな身体で受け止め続けたのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アイキャッチしりとり

 

萬月「浮かない顔をしてどうしたんだい?」

 

 

 

四季「いつまでも一緒だよ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

萬月・四季の葬儀から数ヶ月後の春。

一夏の通う小学校は春休みに入り、新学期に向けての準備が進んでいる。

十秋も部屋に閉じこもる日々から抜け出し、百春も千冬の説得に応じて大学への進学を決めている。

千冬も親戚達を説得して両親が残してくれた家に四人だけで暮らせるように色々と手配してくれた。

織斑家は少しずつではあるものの、両親の死を乗り越えて前へと進み出そうとしている。

そしてそれは一夏もであった。

 

「一夏、何してるの?」

 

「お、シャルか」

 

春の長期休暇を利用して織斑家に遊びに来ていたシャルロットは庭先で一夏が何かしているのを見つけた。

 

「それってハシゴ?それをどうするの?」

 

一夏が持っていたのは梯子だった。

 

「ん、ほら、今日って何かいい風が吹いてるだろ?」

 

「え?う、うん、そう言われれば・・・」

 

「だからさ、ちょっと風を感じてみようかと思ってな」

 

「風を感じる?」

 

「そう」

 

一夏は梯子を家の外壁に立て掛けると梯子を登って屋根の上に上がった。

 

「い、一夏!?屋根の上になんて上がったら危ないよ!」

 

「へーきへーき!何ならシャルも来るか?風が気持ち良いぞ」

 

「で、でも・・・」

 

「大丈夫だって。ほら、来てみろって」

 

危ないとは思いつつも、一夏に誘われるがままにシャルロットは梯子を登って屋根の上に上がった。

途中で足を取られてバランスを崩しそうになるも一夏が身体を支えて、ふたりは屋根の一番高い所まで上がった。

 

「んーっ!何か良いなこういうの」

 

一夏は屋根の上に腰を下ろすと大きく伸びをする。

 

「そうだね。風が気持ち良いや」

 

シャルロットも一夏の隣に腰を下ろして吹き付ける風を身体で感じる。

 

「でも、あんまり長くいると風邪引いちゃうかもね?」

 

「春になったとはいえまだちょっとだけ風は冷たいからな」

 

顔を見合わせてひとつ笑みを溢すふたり。

それからふたりは揃って空を見上げる。

雲ひとつない晴天で透き通るように青い空が広がっていた。

 

「最近さ、こうやって空を見上げることが多くなったんだ。こうして空を見上げているとさ、この空の向こうに父さんと母さんの姿が見えるような気がしてさ。もちろん、こんなことをしても見えるわけはないのはわかってるんだけどな。今でも父さんと母さんがあの空の上から見守ってくれてるような気がするんだ。だからかな?ボーっとしてるとこうして空を見上げちまうのは・・・」

 

「一夏・・・」

 

「そんな顔すんなよシャル。いつまでも落ち込んでても父さんと母さんは絶対に喜ばないからな。だから、『俺』も落ち込んでばかりいないで前に進む事にしたんだ」

 

「えっ・・・?一夏、今『俺』って?」

 

シャルロットは今一夏が口にした一人称に首を傾げた。

今まで一夏の一人称は『僕』だったはずだ。

しかし、先ほどは確かに『俺』と言った。

 

「あ~、はははっ・・・、なんというかさ、ちょっとしたケジメってやつだな。」

 

一夏はシャルロットの言いたいことに気付いたのだろう。

少し恥ずかしげに頬を掻く。

 

「父さんと母さんがいなくなってからうちは苦しんだけど、千冬姉達もそれを乗り越えて前に進もうとしてる。だったら、こっちもいつまでも落ち込んでいないで前に進もうと思う。いや、進まなきゃダメなんだ。だから悲しみに暮れてた『僕』から、これから千冬姉達と一緒に強く生きていくための『俺』に生まれ変わろうと思うんだ。そうすれば父さんと母さんも喜んでくれると思うし、安心して見ていてくれると思うよ」

 

「そっか。強いんだね一夏は」

 

「そんなことないさ。俺はただ、『傘を差す事』を覚えただけだ」

 

「カサ?」

 

「そう、傘だ。父さんと母さんが亡くなって、俺の心には『雨』が降り始めてしまった」

 

「アメ?」

 

「その『雨』は勢いを増して土砂降りになった。そして、その『雨』が完全に上がるのは多分とてつもなく時間が掛かる。なら、そんな時はどうすればいい?どうすれば濡れずに済む?それは、『傘を差す事』だ。『傘』を差していけば濡れずに済む。だから、俺は『傘』を差して前に進むんだ。そして、この『傘』を差し伸べてくれたのはシャル、お前なんだぜ」

 

「えっ?ぼ、僕が?」

 

「俺が塞ぎ込んでたとき、シャルはずっと俺を慰めてくれただろう?フランスに帰っても電話は週に1回は必ずくれたし、手紙だって小まめにくれた。俺はそれが凄く嬉しかった。お前がそうしてくれたから俺は『傘を差す事』に気付けたんだ。お前がいてくれなかったら俺はずっとあのままだった。お前が励ましてくれたから俺は強くなろうと思えたんだ。だから俺はまだ強くなんてないさ。けれど、もし俺が強いっていうなら、それは、『強くなりたいから』、強いのさ」

 

「一夏・・・」

 

「そして俺は、誰かを守ってみたい。千冬姉も、百春兄も、十秋姉も、周りの人達を守ってみたいんだ。だからシャル、俺はいつかお前の事も、守ってみせるよ」

 

「・・・・・・・・」

 

10歳とは思えないほどカッコイイセリフを言う一夏にシャルロットは見惚れる。

今まで見たことが無いほど凛々しく、真剣な一夏の表情に胸がキュンッとした。

顔に熱が集まるのが分かり、痛いくらいに熱い。

それほどまでにシャルロットは一夏に見惚れていた。

 

「ん?どうした?」

 

「ふえっ!?な、何が!!?」

 

「顔が赤いぞ?熱でも出たか?」

 

「だ、大丈夫だよ!ちょっと風が冷たくなってきたし、そろそろ降りよう!!」

 

「お、おう・・・」

 

一夏に見惚れていたのを悟られるのが恥ずかしくなり、シャルロットはそそくさと梯子を下りて行ってしまう。

そんなシャルロットを見て一夏は首を傾げながら梯子の方へ向かう。

 

「・・・・・・・」

 

途中で一夏はもう一度空を見上げる。

 

(父さん、母さん、俺強くなるよ。今はまだ強くはないけど、『傘』を差しながら、千冬姉、百春兄、十秋姉達と一緒に強くなっていくよ。だから、見守っていてくれよな)

 

胸の内で一夏がそう告げると一陣の風が舞った。

一夏はまるでそれは天国の両親が「頑張れ、お前なら出来る」と自分を激励してくれているような気がした。

 

(ありがとう、父さん、母さん)

 

だから一夏はその激励の言葉に応えるように力強く頷いてみせたのだった。

 

 

こうして一夏は過去の弱い『僕』と決別し、これから強くなるための『俺』となって走り出したのだった。

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