第六十四話 バス移動と人助け
side 一夏
俺は今あるバスに揺られながら窓の外の景色を眺めている。
バスは長いトンネルをくぐり抜け、景色は山間の美しい風景を映し出す。
次々と移り変わる窓の外の風景をよそに、バスの中は賑やかな雰囲気が漂っている。
そう、只今藍越学園一年一組一同、林間学校の目的地に向けてバスで移動の真っ最中だ。
「・・・・・・・」
俺の隣の座席には箒が座っている。
それはいいんだが、何だか箒はそわそわしていて落ち着かない様子だ。
「大丈夫か箒?もしかして酔ったのか?」
ちょっと心配になって箒の顔を覗き込む。
「な、なんだ!?べ、別に酔ってなどいない!!」
俺が顔を覗き込むと少し肩を震わせて箒が慌てて返事をしてきた。
「でもさっきから何か落ち着かなさそうにしてるからさ。もしかして酔っちまったんじゃないかと思って心配してるんだよ。顔も少し赤いけど本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ!大丈夫だから要らん心配をするな!!そ、そそ、それと顔が近い!馬鹿者!!」
「ぬあ」
鼻をおもいきり手のひらで押し返された。
やれやれ、せっかく人が心配してるってのに・・・。
まあ、平気だって言うなら大丈夫か。
「はははっ、君達を見てると面白いね」
後ろの席から同じ班の桐生が笑みを浮かべて顔を出す。
「何々?何か面白い事でもあった?」
桐生の隣に座っていた鈴が興味を引かれたように座席に乗り出して顔を見せる。
「いやいや、ボクはただ織斑と篠ノ之の会話が面白いなぁと思っただけだよ」
「俺が箒に『酔ったのか?』って訊いて、箒が『酔ってない』って返事だけの会話の何処が面白いんだ?」
「ふふふっ、さあ?なんでだろうね?自分で考えてみたらどうだい」
「なんだそりゃ?」
班が決まってから桐生とは接点を持つようになったけど、こいつって育ちが良いけど中々茶目っ気がある奴だ。
前に上品な笑みを浮かべながら膝カックンをしてきのには驚いたな。
本人曰く、「ただの挨拶だよ」って事らしいんだが。
「どうせなら酔ったフリして一夏に世話してもらえばいいのにさぁ。そうすれば目ぇ一杯一夏に甘えられるわよ」
「なぁ!?な、何を言うか!?そんなことできるか虚け者!!」
「あ、今そうすればよかったとか思ったでしょ?」
「思ってない!!」
「ホントにぃ~?」
「鈴!!」
「きゃ~、箒が怒った~♪」
箒と鈴もふたりでじゃれている。
鈴がニヤニヤしながら箒をからかい、箒がそれに反論する。
このふたりの遣り取りは大半が鈴に主導権が握られることが多い。
箒は結構熱くなりやすいから鈴も手玉に取りやすいんだろうな。
箒ももう長い間鈴と親友やってるんだからそろそろ学習すればいいのにな。
まあ、それでもこいつらの仲の良さは揺るがないんだけどな
「ね、ね、ねぇ~おりむ~♪」
通路を挟んで向こう側からのほほんさんがチョコ菓子を嬉しそうに食べながら声を掛けてくる。
ちなみにのほほんさんの隣は瀬戸だ。
「せっとんがトランプやらないかって言ってるんだけど~、おりむー達はどうする~?」
「トランプか?」
「ん」
のほほんさんの向こうから瀬戸がトランプの束を見せてくる。
こういう行事では班員の誰かひとりくらいはそういうのを用意してくるもんだが、まさか瀬戸が持ってくるとは意外だな。
ちなみに「せっとん」というのはのほほんさんが付けた瀬戸のあだ名だ。
某宇宙恐竜みたいなあだ名だが、瀬戸はこのあだ名を受け入れているらしい。
まあ、嫌だって言ってものほほんさんは呼び方を変えないけどな。
俺も「おりむー」はやめてくれないかと何度か言ったんだけど・・・。
「やるのはいいけどさ、バスの座席でどうやってトランプなんてするんだ?ババ抜きにしろ大貧民にしろ手札を捨てる場所が無いぞ?」
「そういえばそうだね~、どうしよっか~?」
「補助席を出してそこに捨てればいい」
「おお~、そっか~、せっとんそれナイスアイデア~♪」
冷静無口な瀬戸と癒し系のほほんさん、このふたりがどんな風に会話をしているのかわからなかったが、瀬戸はあれでいて結構世話上手な奴だし、のほほんさんも愛嬌があって誰にも壁を作らない娘だから意外といいコンビなのかもな。
「なになにトランプ?それならあたしも参加するわよ」
「面白そうだね。ボクも参加させてもらうよ」
鈴と桐生も参加するようだ。
「箒はどうする?」
「まあ、せっかくだ。私も参加しよう」
箒も参加決定だ。
こうして第一班全員でトランプを楽しむことになった。
「で、何やるんだ?」
手早く補助席を出した俺達は早速トランプに興じようとする。
問題は何をするかだ。
「大貧民でいいんじゃない?あたしはそれに一票入れるわ」
「私もそれでいいよ~」
「僕もそれで構わないよ」
特に反対意見もないようなので大貧民に決まった。
「ねぇ、ビリが一番多い奴はあとで皆にジュース1本奢りってのはどう?」
「ほう、面白いな。乗ったぜそれ」
「ふん、自分がビリになって後悔するなよ」
鈴の提案に俺達は乗った。
こういうのがあった方がゲームも盛り上がるしな。
瀬戸がカードを切って皆に配り、第一班全員参加の大貧民がスタートした。
さて、ビリになるのは誰かな?
side out
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アイキャッチしりとり
悟史「よお、桐生悟史だ。よろしく頼みまっせ♪」
俊樹「瀬戸俊樹、趣味は・・・」
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side 一夏
移動中のバスは途中でパーキングエリアに寄って少しの間休憩になった。
トランプで大貧民をしていた俺達の班も一旦休憩となった。
ちなみに今のところビリが一番多いのは箒の二敗だ。
箒って結構考え無しに手札を捨てるから後で手が詰まって負けるんだよな。
あとはそれぞれ皆が一敗をしていて、瀬戸だけは無敗だ。
あいつ結構強運を持ってるらしくて、上がるのも常に上位だった。
ババ抜きとかやっても、あいつ基本無表情だからババ持ってても絶対に誰もわかんねぇだろうな。
休憩がてら、俺もトイレに行っておこうと思って、バスをあとにしてトイレに向かう。
他にもぞろぞろと藍越の生徒がバスから降りてきている。
まあ、パーキングでする事といえばトイレか飲み物を買うくらいしかないしな。
あとはバスで寝てるか友達と駄弁ってるかくらいだろう。
休憩時間もそんなに長いわけじゃなし、さっさと用を足してしまうとするか。
「ぶつかってきてんじゃねぇよ!何処に目ぇつけてんだ!?あぁん!!」
「ん?」
トイレで用を済ませてバスに戻る最中、怒鳴り声のした方を見るとうちの女子生徒がいかにも不良って感じの男に絡まれていた。
「すみません・・・」
「謝って済む問題じゃねぇんだよ!あぁん!!」
うわぁ・・・、ぶつかったくらいであそこまで言うか普通・・・。
女子生徒の方はちゃんと頭も下げて謝ってるのにそれでも許さないとかどんだけ心狭いんだよ・・・。
女子生徒は怯えて仔ウサギのように身を縮こませてしまっている。
そういう態度を取ると相手を付け上がらせるだけなんだけどなぁ・・・。
「あーあー、ぶつけられた所が痛ぇなー。こりゃ慰謝料貰わんとイカンなぁ!」
なんだそりゃ?
付け上がるにしても限度があんだろ・・・。
遠目からだけど、その女子生徒の見た目は華奢そうだぞ。
そんな奴とぶつかったくらいで怪我するなんてお前の方が軟弱だろうに。
「・・・・・・・・」
「黙ってないで何とか言えってんだよコラッ!あぁん!!」
「い、いや・・・」
遂に男は女子生徒の腕を強引に掴んで引っ張った。
女子生徒の方は怯えきってしまっていて抵抗できないでいる。
これはもう黙って見ていられないな。
「おいあんた、そのへんにしておけよ」
俺は男の手を掴んで制した。
無抵抗の女に手を上げるなんて、同じ男として見過ごす訳にはいかないんでな。
「んだぁテメェは!?あぁん!」
「ただの通りすがりだよ。それよりその娘から手を離せよ。謝ってるじゃないか」
ちゃんと謝ってるんだから、笑って許してやるのが男だろう。
この男の態度はあまりにも度が過ぎてる。
「テメェには関係ねぇだろーが!引っ込んでろ!!あぁん!!!」
どうやら意見を曲げる気はないらしい。
どうでもいいけど、こいつさっきから語尾に「あぁん!」を付けるのがやたら多いな。
人によっては威圧されてるみたいでビビるだろうけど、やってる事が事なだけに小物臭が半端なく出てるぞ。
「『テメェ』っていうのは『手前』が元の意味で、本当は自分を意味するんだぞ?」
男の怒りを受け流すように俺は揚げ足を取った。
「バカにしてんのか!あぁん!!」
「別に。知らないみたいだから教えてあげようと思っただけだけど」
こいつ見た目もバカそうだし絶対知らないだろうな。
「この野郎!バカにしやがって!!」
どうやら相当お怒りのご様子だ。
まったく、カルシウムが足りてないみたいだな。
ちゃんと牛乳を飲んでるのか?
「あわわっ・・・、あわわわわっ・・・」
絡まれていた女子生徒はどうしたらいいのかわからないのかオロオロしている。
「目障りだっ!消えろっ!!」
男は俺に向かって拳を振り上げて、そのまま勢いに任せてその拳を振り下ろしてきた。
「まったく・・・、仕方ねぇな!」
俺は男の拳を受け流して、その腕を取って関節を決める。
この辺りは篠ノ之道場で教わった体術が役に立つ。
「いででででっ!!」
ガッチリと関節が決まっているので男は身動きが取れずに悲鳴を上げる。
こういう奴はちょっとお灸を添えてやらないと反省しないだろうからな。
俺は更にぐいっと関節を決める。
「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!!」
「これ以上みっともない真似はやめてさっさと失せな。そうすればこの手を離してやる」
情けない悲鳴を上げながら男はコクコクと首を縦に振る。
どうやら男も観念したようなので俺は男の腕を解放する。
「お、おぼえてやがれ~!!」
うわぁ、なんて古臭い捨て台詞・・・。
今どきそんなこと言う奴いるんだなぁ。
生憎だが、お前の事を憶えるような余計な脳細胞は俺の脳には無いぞ。
「あ、あのっ・・・・」
「ん?」
オドオドとした感じでさっきの男に絡まれていた女子生徒が声を掛けてきた。
髪はセミロングで内側に向いたハネのある癖毛が特徴的で、長方形のメガネを掛けていて大人しそうな印象を受ける娘だ。
見かけたことがないから多分違うクラスの娘だろう。
「大丈夫か?大変だったな」
「へっ?あ、は、はい・・・」
「世の中にはああいう輩が稀にいるからな。気をつけた方がいいぜ」
「う、うん・・・」
「それじゃ、俺はこれで」
手を軽く上げて俺は女子生徒に背を向けてバスに戻ろうとする。
「あ、あのっ!!」
「うん?」
呼び止められて振り向く。
すると、その女子生徒は胸の上でぐにぐにと指を弄びながら上目遣いで見つめてくる。
「あ、あの・・・、ありが、とう・・・。助けてくれて・・・」
恥ずかしそうに小声ではあったけどお礼を言ってきた。
「いえいえ、俺は当然のことをしたまでだって」
俺としては当たり前のことをしただけなんだけど、改めてお礼を言われるとちょっとだけ照れるな。
「・・・・・・・・」
ん?
女子生徒がじーっと俺を見てくる。
どうしたんだろう?
「・・・・・、格好、いい・・・・・」
「え?」
何かボソッと言ったみたいだけど聞き取れなかったので俺は首を傾げる。
「な、なんでも、ない・・・」
「そうか?それよりもうバスに戻らないとやばいな。担任に怒られるぞ」
「う、うん・・・、それじゃあ・・・」
「おう、じゃあな」
もう一度軽く手を上げてから俺はその女子生徒と別れた。
時計を見ると集合時間が迫っていた。
「やべっ!早く戻んないと千冬姉に怒られるっ!!」
俺は駆け足でバスへと戻った。
「戻ってくのが遅い!馬鹿者!!」
(バシン!)
結局、集合時間に遅刻してしまった俺は千冬姉から一撃を喰らうハメになってしまった。
「すみません・・・」
くそぉ・・・、俺人助けしてきたのに・・・・。
side out