バスで移動する事数時間、藍越学園一年生一同を乗せたバスは今回の林間学校の宿である旅館に到着した。
藍越学園一年生は全10クラスもあるので止まっているバスの数も10台を数えるほどだ。
しかし、そのバスの数をものともしないほどに旅館は大きかった。
そんな旅館を貸切で使うほどにこの林間学校は理事長の大盤振る舞いがなされている。
その証拠にバスからぞろぞろと降りてきた生徒達から「すげーっ!」とか「こんな凄い所に泊まれるなんて!」とか「藍越入ってよかったー!」などの言葉が聞こえてくる。
この旅館は「花月荘」と言って、日本でも有数の温泉宿で雑誌やTV番組で何度も取り上げられるほど有名な旅館なのだ。
もう一度言うが、その有名な温泉宿を藍越学園一年生一同で貸切にしてしまうほど学園側が大盤振る舞いをしている。
しかも毎年林間学校はこの宿を貸切にしているらしい。
まさに贅沢の極みとも言えるかもしれない。
バスから出て全生徒が一度、旅館前に整列して引率者のひとりである頭髪の開拓前線が進みつつある学年主任の須賀(42歳独身)から「藍越の生徒として節度ある行動を~」だの「この林間学校を通じて清き心を育んで~」だのつまらない話を聞いている。
七月初頭の炎天下でそんな無益な話をされても生徒には拷問でしかない。
話している内容だって大して実のある話ではないのだ。
その後、簡単な注意事項を一通り聞かされた所で話は終わり、生徒は各自用意された部屋に移動となった。
10分近くも無駄話を聞かされた生徒達から安堵の息が漏れる。
さすがに10クラスもの大人数が一度に旅館に入るわけにもいかないのでまずは一組から順に部屋に向かうことになった。
「それでは一組の皆さーん!各自用意された部屋に向かってくださーい!」
「「「「「はーい」」」」」
一組副担任の山田真耶が号令をかけると一組の生徒は移動を開始する。
「おーい、シャル」
「あ、一夏」
移動の最中、シャルロットの背中を見つけた一夏が声をかける。
一夏はリュックを背負っていて、シャルロットは旅行用の鞄を手にしていた。
やはり男性と女性の違いか荷物の量はシャルロットの方が多い。
「荷物重そうだな。俺が部屋まで持って行ってやろうか?」
「えっ!?い、いいよ、一夏に悪いし・・・」
手を振って遠慮するシャルロット。
「そんな事気にすんなって。ほら、貸してみろって」
一夏もちょっと強引にシャルロットの手から荷物を受け取る。
「あ、ありがとう////」
「いえいえ、これくらいどうってことないって。ほら、早く行こうぜ」
「う、うん」
一夏に促されるとシャルロットは一夏の後ろについて用意された部屋に向かった。
「しかし、この旅館本当に広いなぁ。一クラス約30人を全10クラス、合計約300人を丸々収容できる規模ってのが凄いよなぁ」
「そうだね。広さもそうだけど、凄くキレイだよね。内装は日本の歴史を感じさせる装飾だけど、近代の最新設備も完備してるみたいで快適だね。廊下にもエアコンが効いてて涼しいし」
「あんな炎天下で外で待たされてる他のクラスの連中には悪いけどな」
「そうだね。それに須賀先生の話長かったからね」
「だよなぁ。あんな炎天下の強烈な熱線にあぶられたら須賀の頭髪の開拓がまたスピード上げるってのに気付かないもんかねぇ」
「頭髪の開拓って?」
「夏の間に太陽にジリジリと照らされて、弱りきった頭部の作物が秋には干からびて抜け落ちるってやつだ」
「何それ!おっかしいや!!」
「あははっ」と笑い合う一夏とシャルロット。
そうこうしているうちにシャルロットに当てられた部屋の前に到着した。
「ここでいいか。ほら」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、俺も自分の部屋に向かうとするか」
一夏はシャルロットに荷物を渡すと自分に当てられた部屋へ向かおうとする。
「ねえ、一夏」
「ん、どうした?」
背を向けて去ろうとする一夏を呼び止めるシャルロット。
「あ、あの、ね・・・」
シャルロットは少しモジモジしながら人差し指同士をつんつんとさせている。
別班になってしまったとはいえ、思わぬ形で一夏とふたりだけで話すチャンスがやってきたので、自由時間の少しの間だけでも自分と過ごしてもらえるように約束を取り付けようと考えているのだった。
いざとなると少し照れてしまって切り出せずにいたが、この少しの躊躇がシャルロットの仇(あだ)になった。
「あ、織斑くんちょうどよかったです。班長の皆さんは部屋に荷物を置いたら一度集合して先生達と打ち合わせがありますので早めに部屋に荷物を置いて来てくださいね」
副担任の真耶が一夏の姿を見つけると班長は一度部屋に荷物を置いて教師陣と打ち合わせがあるので早めに行動しなければならないことを伝えてきた。
第一班の班長を任された一夏は当然これに参加しなければいけない。
「あ、はい、わかりました。すぐ行きます。じゃあな、シャル」
「あっ、一夏・・・」
シャルロットの声も空しく、一夏は足早にその場を去って行ってしまった。
「はぁ・・・」
思わずため息が漏れる。
せっかくのチャンスを潰してくれた真耶を睨もうとするも、その真耶はもうその場にはいなかった。
やり切れない想いを抱えたままシャルロットは部屋に入った。
一方、部屋に荷物を置きに来た一夏は
「やあ、織斑。遅かったね。何かあったのかい?」
「ああ、ちょっとな」
「・・・・・・・・」
部屋には同じ班の悟史と俊樹のふたりがいた。
部屋割りは簡単に班ごとに1部屋という割り方だ。
男女は別々なので一組だけでも男子・女子部屋がそれぞれ5部屋ずつで全10部屋だ。
部屋は旅館らしく和室で床は畳だ。
二十畳一間に旅館の庭園を望めるテラスのような場所があり、洗面所にトイレも完備、部屋にはシャワールームも付いていた。
3人でこの部屋を使うのは贅沢と呼べるかもしれない。
「外から見ても凄かったけど、中も凄いなこの旅館」
「そうだね。毎年この旅館を貸切にして林間学校を行っているっていうんだから、藍越の羽振りの良さがわかるよね」
「・・・・・・・」
悟史は部屋のテーブルの前で座布団の上に座ってお茶を飲んでいる。
俊樹はテラスから庭園を眺めている。普段は無愛想な俊樹も少しだけ表情を穏やかなものにしていた。
「せっかくだし、この部屋をもう少し満喫していたいところだけど、俺はこれから班長会議にいかないといけない。ちょっと行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい」
「うむ」
お茶を飲んでいた悟史と顔を庭園から一夏の方に向けて頷いた俊樹に手を振って一夏は班長会議に向かった。
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アイキャッチしりとり
箒「ダイナマイトとダイヤモンド」
真耶「ドリルマンとマンドリルって全く違う生き物ですよねー」
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side 一夏
会議は簡単に、部屋に異常はないかの確認や今日の今後の予定何かを聞いて終わったのでそんなに時間は掛からなかった。
この後はほんの少しだが自由時間になっているので生徒達は各々が自由に過ごす事になる。
俺も何をするのかは決めていないのでとりあえず部屋に戻ってから考える事にした。
「ただいま」
部屋の前に到着した俺は掛け声とともに扉を開けて中に入る。
「ああ、織斑」
「おりむー、おかえり~」
「一夏、お疲れ~」
「邪魔してるぞ」
「・・・・・・・」
中に入ると第一班が全員集合しているではないか。
「あれ?何で鈴達がこの部屋にいるんだ?」
「ほら、次の集合時間まで少し時間があるでしょ」
「それで、部屋で大人しくしてるのも何だって事になってな」
「せっかくだから~、遊びにに来ました~♪」
なるほどね。
まあ、こっちも特にする事もないしな。
ボーっとしてるより鈴達と一緒に遊んで過ごした方がよっぽど有意義だろう。
「それと、さっきの大貧民の勝負は一夏がビリッケツだったんだからね。約束は守ってもらうわよ」
「ちっ・・・、覚えてたか・・・」
そうなのである・・・。
バスで第一班全員でやっていた大貧民で俺はビリになってしまっていた。
最初の方は箒が負け越していたんだけど、後半になって手札の悪さが目立った俺は立て続けに負けてしまい、気付けばビリになってしまっていたのだ。
おかげで俺は第一班全員にジュースを奢ることになってしまったという訳だ。
「ほらほら、わかったらさっさと買ってきなさい!あたしはコーラね!」
「私は~、オレンジ~♪」
「では、僕は微糖のコーヒーを」
「スポーツドリンクを頼む」
鈴に続いてのほほんさん、桐生、瀬戸が注文してくる。
そんなに纏めて言ってくるなよ、覚えらんねぇだろ・・・。
「はいはい、わかった、買って来ますよ・・・」
敗者に慈悲などあろうハズがないという事か・・・。
まあ、負けは負けだ、さっさと買ってくるとしよう・・・。
「あれ?そういやぁ箒、お前まだ何の飲み物頼むか言ってないよな。何にするんだ?」
買いに行こうと立ち上がってから俺は箒だけ飲み物の注文を言っていない事に気付いた。
「あ、ああ、それなんだが、買いに行くなら私も一緒に行こう!」
「えっ、何で?」
「まあ、あれだ、この人数分の飲み物を持ってくるは大変だろうからな。だから私が運ぶのを手伝ってやる。私の分はその時に言う」
別に大変でもないと思うけどなぁ。
「それにだ、ビリは一夏だったが、私もブービーだったからな。ならここはビリとブービーのふたりが一緒に買いに行くのが常識だろう!」
いやいや、そんな常識少なくとも日本には無いだろう。
「ほら、さっさと行くぞ!」
「わかったからそんなに急かすなよ・・・」
そんなにせっつかなくても飲み物は逃げないだろうに。
まあ、手伝ってくれるって言うならそれに甘えるとしよう。
「じゃあ、行ってくるわ」
「いってらっしゃ~い、ごゆっくり~♪」
ん?何だよごゆっくりって?
さっきはさっさと買って来いって言ったくせに。
あと鈴、何をそんなに歯を見せて笑ってるんだ?
自分の歯の白さを自慢しようってのか?
それなら俺だって負けない自信が――――――
(べしっ)
「くだらん事を考えてないでさっさと行くぞ」
箒にチョップされてから俺は引き摺られるように部屋をあとにした。
side out
side 箒
「箒は何飲むんだ?」
「ん?ああ、そうだなぁ。じゃあ、私はカル○スを貰おう」
「わかった」
今、私と一夏は旅館のロビーにある自販機で頼まれた飲み物を買っている。
全部で6人分だから3つずつ持てば事足りるだろう。
「鈴はコーラっと。鈴のコーラだけ思いっきり振っといてやろうかな」
「やめておけ。鈴を怒らせたらあとが面倒なだけだぞ」
鈴を怒らせるとやっかいなのは私も一夏も理解しているのでコーラを振っておくのはさすがに止めておいた。
「全員分買ったよな?じゃ、戻ろうぜ」
「あ、ああ」
さて、何故私が飲み物を買うのに同行したかと言うと、一夏とふたりになりたかったというのもあるが、それとは別に大事な用があったからだ。
その用というのは他でもない。
明日は7月7日だ。
世間では七夕と呼ばれる日ではあるが私にとってこの日は別の意味がある。
何を隠そう、私はその日、7月7日に生まれたのだ。
つまり明日は私の誕生日だ。
そのことを一夏が覚えているかどうかを確かめたくてふたりになりたかったのだ。
「な、なあ一夏」
「ん?」
「明日は何の日か知ってるか?」
部屋に戻る道すがら、私は一夏にさりげなくそれを聞いてみる事にした。
「明日か?今日は金曜日だから明日は土曜日だろ?」
「いや、そうではなくてだな・・・」
ここで私は「明日は私の誕生日なのだ!」と気軽に言えるような性格ではない。
しかし、やっぱり好きな人からは祝ってもらいたいと思っている。
せめて、「おめでとう」の一言だけでも言って欲しい。
なので、ここはなんとしても一夏に明日は私の誕生日であることを気付かせなくてはならない。
「その、あれだ、何かあるだろう?」
「何かって明日って7月7日だろ?ああ、そういや七夕だな」
「それもそうだが、他にもあるだろう」
「他にも?んー、そうだなぁ・・・、あれか?日中戦争の発端になった盧溝橋(ろこうきょう)事件があった日か?」
「違う!そうではなくてだなぁ!」
ああもう!
この鈍感にさりげなくはやっぱり無理があったか。
こうなったら仕方が無い。
もう少し本題をちらつかせて言わなければ。
「ほら、あれだ。何かが始まったというか、何かが誕生した日というか」
「何かが誕生した日か?」
むぅ、さすがに直接的すぎたか?
でも、これぐらいしないと鈍感な一夏は気付いてくれないだろうから背に腹は代えられん。
「んーーーーーーーーっ、あっ、そうか!わかったぞ箒!!」
「ほ、本当か!?」
やっと気付いてくれたようだ。
私の心は曇りがかった空が一気に晴れ渡るような感じがした。
「7月7日はカ○ピスが誕生した日だ!」
その言葉を聞くまでは。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、はっ?」
「大正8年に日本で○ルピスが販売された日だろ。あれって確かパッケージの水玉は発売日の七夕に因んで天の川をイメージしてるんだよな。ああ、そうか、だから箒は今カルピ○を買ったのか。なるほどなるほど」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ん、どうした箒?」
「・・・・・・、のぉ・・・・・」
「へっ?」
「この大馬鹿ァァァァァァァァァァァ!!!!!」
頭の中で何かが弾けた私は手に持っていたカル○スのペットボトルを思いっきり一夏の顔面に投げ付けた!
(ドゴォ!!)
「ぐえっ!!」
「ふん!」
顔を押さえて苦しむ一夏を残して私は早足でその場を去る。
信じられん!!何だあの頓痴気が!!
何で私の誕生日の事じゃなくてそんなことを思い出すんだ!!
ってゆーか何でそんな事を知っているんだあいつは!!
ああ、もう!!一夏の大馬鹿者!!!!
side out
「あ、箒おかえり―――――って、何?どうしたのよ?」
「何でもない!」
「一夏は?」
「知らん!ほら、飲み物だ!それと私はもう部屋に戻る!!」
手に持った飲み物を乱暴にテーブルに置くと箒はずかずかと部屋を出て行ってしまった。
部屋に残された一同は唖然として箒の背中を見送った。
「・・・・・・・あの大馬鹿、また何かやらかしたわね。はぁ・・・・」
鈴はこめかみを押さえてため息を漏らしたのであった。