ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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第二章・開幕

原作だと三章なのにこの小説だと第二章なんですよね。わざわざ序章を一章に直すのもアレなんでこのままいきます。

なおオリジナルの部分しかないので口調がおかしくてもご了承。


第2章【演者たちは一同に会する】
その13.学び屋に来たる


 ――王国大学。

 

 

 ローズマリーによって提案されたそれは、ハグレ王国の学び舎として設立された教育機関である。

 学び舎、と言うと数学だ文学だ歴史学だというような、読者の方々が思い浮かべる堅苦しい勉強をするための施設だと思われがちだが、実際は王国民の戦闘スキルを強化、習得するための戦闘訓練施設である。

 

 妖精王国との戦争を経験したことによる、戦力増強案の一環であり、設立から間もないが、既に何人かのスキルが研究の末に強化される実績を誇り、現在は最も王国民の関心を集める施設となっていた。

 

 そして大学設立のもう一つの目的が、ゆくゆくは教育全般を指導できるようにするというものであり――

 

 

「んで、私達がここに来ることになったと」

「そういう事になりますわ」

 

 

 場所は変わってクックコッコ村。

 

 畜産業が盛んなことで有名な村だが、ここには大陸一歴史のある学校があるというもう一つの特徴を持っていることでも有名だ。

 

 ハグレ王国とはこれといった関係は持っていない村であるが、これから王国大学を運営していくにあたってこれ以上ない先人であると言える。

 そういう訳で王国大学の参考にするべく、クックコッコ村を訪れたハグレ王国であったが、ここである問題が浮上する。

 

 

 ――そう、前述の通り、何も接点が無いのである!

 

 

 これまでハグレ王国はハグレを仲間にする過程で近辺の村から問題を聞き入れ、その解決をすることによって村々との交流関係を築いてきた。それによって結ばれた信頼関係は厚く、交易による利益以上のものを育んできた。

 逆に言うと、この村とは未だにそうした関係がない。

 そのため王国のネームバリューが薄く、いきなり「大学の参考にしたい」などと要望を持ち掛けても、怪しまれる可能性が高い。

 

 これが仮に、帝都と対等な関係を得た後などであれば、立派な一つの国として相手にされて問題はないのだが、今はまだ「大陸の辺境に興った大規模ハグレ集落」と認識されているのが正確な評価と言えるだろう。

 

 

 ではどうするかというと、いつもと同じことをする。

 何らかの依頼を請けて解決し、それを足掛かりに関係を結んでいく。

 

 

 とは言っても都合よく依頼が舞い込む訳もなく、かと言って王国全体の課題として動くには少し大げさに過ぎる。

 大学は飽くまで施設の一つなだけであり、今すぐに解決しなければならないというものでもない。

 

 という訳で白羽の矢が立ったのが、悪の秘密結社ヘルラージュである。

 秘密結社も知名度で言えばどっこいどっこいではあるのだが、慈善事業団体という触れ込みが広まっており(※悪の秘密結社です)、王国よりは村人達も依頼をしやすいだろうという考えあってのことだ。

 

 

 ――さて、ここで改めて秘密結社について解説するとしよう。

 

 

「秘密結社の名を知らしめる大仕事ですわ。頑張りますわよ!」

 

 意気揚々と号令をかける女性が秘密結社のリーダーであるヘルラージュ。

 彼女は悪の秘密結社というイメージからは想像もつかぬお人よしであり、慈善事業依頼の大半は彼女が持ってくる。

 人前での立ち振る舞いも気品を感じさせるもので、秘密結社などといううさん臭さの塊が、表に出て信用を勝ち取れるのは、ひとえにヘルラージュの魅力あってのものだ。

 

 ナイスバディで露出度の高い衣装なのでよからぬ事を考える不届きものも活動当初はいたが、ヘルラージュの魔術師としての実力は高く、返り討ちに会うたびにそういうのは減っていった。

 

 ……たまにひどい恐怖を植え付けられたり、ごくまれに行方知れずになる者がいたりするらしいが、本人に聞いても知らないという。ハグレ王国七不思議の一つである。

 

「なーす!」

「びーっ!」

 

 珍妙な点呼を取るのは戦闘員のデーリッチとローズマリー。

 なすびスーツに身を包んだ二人は、コミカルなシルエットから秘密結社のマスコットとしても扱われており、これもまた秘密結社の知名度上昇に貢献している。とくに子供達からは大人気だ。中身が年端もいかぬ少女だというのも親しまれる一因だろう。

 

 尚、なすびスーツを着たローズマリーには大きなお友達という名のコアなファンがついていることは、あんまり知られていない事実である。

 

「この村には何度か来たことがありますからね。酒場に行けば顔見知りの一人や二人、出てくると思いますよ」

 

 そう言ったのは秘密結社の副リーダー兼参謀役を務めるルーク。

 彼は冒険者時代の経験からくる顔の広さが売りだ。また義賊団の一員として長年生きてきたことから実力も知られており、襲撃や誘拐などの物騒な事件は彼を通じて依頼されることも少なくない。その他にも、他のメンバーには向いていないと判断した裏工作などを率先して行っている。ぶっちゃけ悪という部分を担当しているのは彼一人と言ってもいいかもしれない。

 

 幹部である彼はセクシーな衣装のヘルラージュと対比するようにスタイリッシュな服装を見に纏っている。これもまたちょっと大きくなった男の子から密かな人気がある。いつだって男はダークに魅入られるものさ……

 

 

「それじゃあ、まずは聞き込みですわ!困っている人を探しますわよ!」

「ローズマリーさんは街角に立って目印になることとチラシを配る事。村の掲示板や酒場には前来た時に私が貼ってありますから、それを見た人たちがわかりやすいようにするのも役目です。デーリッチは村を歩き回っててください。ガキ共から話を聞くのはあなたが適任ですからね」

「わかりました。足での聞き込みはそっちにお任せしますね」

「らじゃーっ!」

 

 点呼が終わると、ヘルラージュが最初の活動を宣言し、ルークがそれぞれの役割を説明していく。

 

 初っ端から広報活動という、明らかに秘密にする気のない行動をとる秘密結社だが、ぶっちゃけいつものことなのでもう誰も気にしていない。

 

 ちなみに今現在は、村一番の大通りのど真ん中で作戦会議を行っているためすごく目立っており、住人たちは遠巻きに眺めている。

 

「お邪魔するよマスター」

「おお。アンタか、ルーク。表が騒がしかったのはお前らの仕業か。つまり今日は秘密結社ってやつか?」

 

 ルークがヘルラージュを伴い酒場へと入ると、初老の店主が出迎える。

 

「一応ハグレ王国の名代としても来ているわけだが、まあそういうことですよ」

「ハグレ王国。冒険者どもの間では随分と噂になってるらしいじゃないか」

「ええ、充実していますよ。何せ、前よりも羽振りが良くなった」

 

 ルークはカウンター席に腰を下ろす。

 

「何か変なことはなかったかい?特別冒険者に頼むまでもないけど、変な面倒事があるとか」

「こっちではそういうのは聞かないね。でも農場のほうだと色々騒ぎがあるみたいだな」

「と言いますと?」

 

 さらに話を聞こうとするルーク。

 

「さあな。詳しくは知らん」

 

 店主はそう言うが、視線をルークから逸らさない。

 言うまでも無いが、ここから先は情報料が必要ということだ。

 

「そうかい、これで思い出したりはしないか?」

 

 ルークはわかっていたように、ゴールドの入った袋を卓上に出す。

 ぱっと見5000ゴールドはあるだろう中身に、店主は目を見張る。

 

「随分と多いじゃないか」

「これからもうちの国を贔屓にしてくれるなら、安いものだろ?」

「宣伝費ということか。抜け目のないやつよ」

 

 それを検め、懐に納めると店主は話の続きを切り出す。

 

「そうだな。なんでも家畜の数がいつの間にか減ってるんだとよ。それも複数の農家からね。それ以上の詳しいことは本当に知らんから、実際に聞きに行ってみると良い」

「ありがとう。それじゃあそっちに向かいますよ」

 

 そう言ってヘルラージュを呼ぼうとしたその時、

 

 

 

「ルーク君、ルーク君!あちらの農家さんのところで家畜が盗まれているらしいですわ。早速行きましょう」

 

 と、いつの間にやら聞き込みを完了していたヘルラージュが彼の下に戻ってきたのだった。

 

「……秘密結社のお嬢さん。口が上手いな」

「ヘルさん、相手の要望を聞き出すのとか得意ですからねえ」

 

 

 

 

 

 

 ――日が沈み、月が昇る。

 

 家畜泥棒については、話を聞く限り夜中の犯行だということで、秘密結社は夜通し張り込みを行う事にした。

 

「本当に来るんでちかね」

「被害にあっているのは基本的に小さい家畜だって聞いたから、多分ここのあたりだろうね」

 

 柵を破壊された形跡はない。

 潜り抜けてきたのか、飛び越えてきたのか。

 いずれにしても、面倒な相手になりそうだとルークは考える。

 

「……来た!」

 

 すると、月明りの下、何者かが近づいてくる。

 ひょい、とあっさり柵の下を潜り抜ける。

 詳細は確認できないが、相当に小柄らしく、通常人類(ヒューマン)かどうかも怪しい。

 

 貼り込んでいるこちらに気が付いていないらしく、人影は持っていた縄を投げ、鶏の首にひっかける。

 そのまま外に持っていこうとするので、現行犯逮捕を実行する。

 

「ファイア!」

「……ッ!?」

 

 ローズマリーが魔法を炸裂させる。

 突然の火炎に、家畜泥棒は家畜から飛び離れる。

 

「待てッ」

 

 ルークが追いかけるが、泥棒は小柄な体躯を活かした動作で距離を離していく。

 泥棒が柵を越えると、仕掛けた罠が発動したものの、動きが鈍る様子はない。

 

 自分も柵を乗り越えて諦めず追随していくが、泥棒が体をこちら側に向けたように見える。

 

「……!」

「っ!?」

 

 危険を察知して身を反らす。

 その瞬間、風切り音が二つ。

 

 彼の顔面すれすれを、刃物が過ぎ去っていく。

 予備動作無しの投擲術。

 後一歩遅れていれば、手痛い傷を負っていただろう。

 

 ルークが体勢を立て直すと、すでに人影は見当たらない。

 

「ちっ、見失ったか」

「大丈夫でちか!?」

「すまん。逃げられた」

「そうですか。貴方に大きなけががなくて良かったわ」

 

 取り逃がしたことを謝罪するルークに、ヘルラージュはそれよりもと彼の安否を気にする。

 

「やれやれ、久しぶりに手こずる相手が出てきたな」

「こっちも罠を作動させたけど突破された。相手には毒への耐性があるね」

 

 ローズマリーの失敗作ボムを流用した毒トラップが通用しなかったことから、毒への耐性持ちだという情報が得られた。

 

「冒険者崩れが毒耐性なんてご立派なもの持ってるんですか?」

「魔術師とかならあるかもしれないけど、それなら魔法で抵抗するはずだよね」

 

 泥棒の正体について考えるも、はっきりとした答えは出ないまま。

 

「何はともあれ、今日の被害は無くせたわけだし。見張りがいるということを知らせただけでも今後の被害は少なくなるはずだ」

「それじゃあ依頼人に報告ってことでいいですか、ヘルさん?」

 

「ええ、問題ありませんわ。皆さんお疲れ様です」

 

 そういう訳で、朝になってから依頼人に追い払った旨を伝える。

 捕縛できなかったことを謝罪するも、追い払ってくれただけでも充分だと笑顔で返され、感謝状までもらってしまった。

 

「困っている人を助けるのはいいですわね」

「それでいいんでちか悪の秘密結社……」

「名が売れるならいいことですよ」

「ええ!」

 

 成果に満足げなヘルラージュと、悪じゃねえなとツッコミをいれるデーリッチ。

 今日も秘密結社は成功のようです。

 

 

 

「……しかし、まだ終わりとは思えねえんだよなあ」

 

 

 

 

『悪い夢 ヘルラージュver』

 

 拠点の廊下を一組の男女が明かりを片手に歩いている。

 

 彼らは深夜見回り隊。

 

 消灯時間後も不必要に起きているお子様たちがいないか監視するのも大人組の仕事である。

 

「王様たちはしっかり寝てますね」

「そうですか。では次にいきましょう」

「はい」

 

 デーリッチら含む最年少組の熟睡を確認し、部屋の扉をゆっくりと閉める。

 

 彼らの割り当ては基本的にシフト制だ。

 今日の当番は福の神こと福ちゃんと、これまた以外な組み合わせでルークである。

 

 夜中に男女二人ずつといういかにもな組み合わせだが、そういう問題はまず起きない。

 

 

 この王国、おおむね女性のほうが男性よりも強いので。

 

 

 普段から特に話をするわけでもない二人であったが、別に険悪な仲というわけでもない。ただ共通の話題という者が少ないだけだ。

 彼らは何か話し合うでもなく、次の部屋に行く。

 

「さて、ここは……」

「ヘルさんのお部屋ですね。……入りづらいですか?」

「やめてくださいよ福の神様。そうじゃなくてですね……」

 

 ヘルラージュの部屋の前で止まったルーク。

 一行に入ろうとしない様子に福ちゃんが茶化すも、ルークは中の様子に耳をすましている。

 

……ちゃん。おねえちゃん……

「やれやれ、またか」

 

 そう言って起こさないようにそっと部屋に入るルーク。

 福ちゃんも後を追い、ヘルラージュを見ているルークの後ろから彼女も覗き込む。 

 

 ヘルラージュは魘されていた。

 

「うう……、お姉ちゃん。パパ、ママ……」 

「これは……」

 

 苦し気な寝言を漏らすヘルラージュに、福ちゃんは驚く。普段から弱音を漏らすことはあっても、このように苦しむと言ったことはなかったからだ。

 

「私が、私がやらないと……」

「……」

 

 ルークが無言でヘルラージュの額に手を置く。

 

「う、ん……。すぅ、すぅ……」

 

 しばらくそうしていると、ヘルラージュの寝言は穏やかなものになる。

 それを見届けてから、ルークは彼女の寝室を出た。

 

 廊下を歩きながら、先に口を開いたのはルークだった。

 

「たまにあるんですよ、ああやって魘される日が。王国にきてからは見なかったけど、無くなったわけではなかったか」

「そう言ったことは聞いていませんでしたが」

「毎日ではないですからね。俺がヘルと共にいるようになった当初は割と頻繁に魘されてましたよ。それからというもの、次第に少なくなっていきましたがね」

 

 最早慣れたものだというルークだが、その言葉は決して軽くはない。

 

「ああやって手を置いてやると、すっと止みまして。同じ場所で寝る場合は、大体そうして収めていました」

「なるほど。それで、あの子が言っていたのは……」

 

 彼の言葉に納得する福ちゃん。そして疑問は彼女の寝言の内容に映る。

 家族のことが譫言になって出てくるのは決して珍しくはないが、それが悪夢として出てくるならば別の話だ。

 

「家族でしょうね。自慢の姉がいたって話を彼女から聞きました」

「もしかして、それが彼女の言う復讐に関係しているのですか?」

「おそらくは。家族の事に魘されているんだ。相当な事があったんだと思いますよ」

 

 家族、復讐。

 この二つの言葉がどう繋がるのか、わからない二人ではなかった。

 

「この間、うっかりヘルの前で家族について言ったんですよ。愛されていたんだろうって。そうしたら歯切れの悪い反応を返されまして」

「ああ、それはご愁傷様で……」

「あんまり意識したくないことだったんですかね。とにかく、あいつのことをなーんも分かってねえことだけは分かったんですよ、俺は」

 

 

 お互いの背景を知らないでいたのは配慮ではなくただの怠慢だ。

 

 相手のうわべだけ知った上であたかも知っていない素振りをするのは、本当に知らなければ触れない、あるいは手を引くところにまで触れてしまう最低なことだと、彼は理解した。

 

 

「あら、人の関係なんてそんなものですよ。

 分からずにいたから衝突する。

 分かり合っていてもすれ違う。

 だったら、全部正面から受け止めるのも、愛というものではないでしょうか?」

「なるほど……そういうものですか」

「大体、お二人の仲が決裂したわけではないのですし、考えすぎです。ルークさんだけが傷ついていては彼女も悲しみますよ」

「はは、確かにヘルは人の感情には敏感ですからねえ」

 

 いつの間にやら懺悔と説教をする関係になっている二人だが、人と神という関係上、ごく自然とそうなってしまうのも不思議ではない。

 

「ルークさん」

「何ですか」

 

「ヘルさんのこと、ちゃんと見てあげてくださいね。

 ……あの子の術、禍神降ろしは文字通りまつろわぬ荒魂、この世の悪として定められたものに関わるものです。

 万が一制御を誤れば、彼女の心は文字通りの影に、廃棄されたものが集う暗黒へと呑まれてしまうでしょうから。側にいて支えてくれる人がいるというのは、とても善いことになります」

 

 

 そう言って語る彼女の目は、人を慈しむ女神そのものでありながら、

 同時に、彼女が禍ツに精通した存在であることを匂わせた。

 

 

「驚いた。そんなところまでわかるんですか神様ってのは」

 

 戦闘で垣間見ただけだというのに、彼女の術の原理を看破して見せた福の神に目を丸くするルーク。

 神であれば決しておかしくはないだろうが、ヘルラージュと福ちゃんはヒーラーとしての役割が被っているため、同じパーティに編成される時はあまりなかった筈。数少ない時に目撃したとしてもなんたる観察眼と理解力か……!!

 

 

「これでも福の神です。正反対のものにも詳しいんですよ」

「そういうものですか」

 

 

 生じた違和感。

 しかしルークは福ちゃんの言葉に納得することにした。

 

 ――後ろ暗い何かを抱えているのは、自分以外にも存外いるらしいというだけのことだ。

 

 それに、だ。

 

「……支えているなんてとても。

 俺はあいつの秘密結社を手伝うことで、自分の未練をごまかしているだけなんですよ。

 昔に馬鹿やった悪童(ワルガキ)(ユメ)を、他人の復讐(ケジメ)に被せるなんて、ろくでもないにもほどがある」

 

 自分の動機に比べれば、どんな相手の過去も、マシに思えてしまうのだ。

 

 そう。ルークがヘルラージュに付き従う動機など、ただの未練に他ならない。

 妖精達がヅッチーへの未練と嫉妬からハグレ王国に戦争を仕掛けたという動機を聞いて、自分の中で渦巻く感情が何なのか合点がいったのだ。

 

 ――かつて自分が輝いていた数年前の時代。

 

 ハグレ差別が瀰漫(びまん)*1する退廃の時代を、ハグレを含む仲間達と共に駆け抜けた冒険が忘れられない。

 

 青春を過ごした数年と、その後に単独で冒険者として生きた数年。

 

 その果てに自分は彼女と出会い、紆余曲折ありながらこうして秘密結社を立ち上げた。

 

『秘密結社だあ?』

『ええ、これより(わたくし)達は悪の秘密結社ヘルラージュです。貴方は副リーダーとしてついてくるのです。……ついてきて、お願い!』

『……まあ、いいですよ』

『やった!では、(わたくし)のことはリーダーと呼んでください』

『すいません。それはちょっと』

『なんで!?』

 

 あの時、自分は訝しみながらも殆ど二つ返事で了承した。

 それは彼女の言葉だったからか?不思議と聞いていて悪くないと思った。

 

 ただ、思い出してみればそれに対する理由が浮かび上がってくる。

 

 ――鼻持ちならない貴族の金品を、恵まれない者達にばら撒く。

 

 ――古代人の遺産をこの世界の誰よりも先に発見する。

 

 ――様々な世界から流れ着く奇想天外奇天烈なアイテムを集める。

 

 ――自分達をナメる奴はしばき倒す。

 

 チームの仲間が掲げていたバラバラな目標は、いつしか自分自身の生きる指針にもなっていた。

 

 そうした未練を、ヘルラージュに対する憧れと混ぜ合わせて今の彼は此処にいるのだ。

 

 ヘルラージュの目的は復讐だ。

 お人よしの彼女の事だ、復讐を決意するまでにどれほどの葛藤があっただろうか。人を傷つけることに対してはためらいの少ない自分には想像もつかない。そんな自分が手伝うことで、高潔な意思に泥を塗ってはいないだろうか。

 

 そうやって悩むぐらいなら彼女から距離を置いた方がいいのだろうが、そうして彼女が悲しむ顔を想像するぐらいなら、今のままでいいと思ってしまうので救いようがない。

 

 そんな自己嫌悪のループに陥りつつあるルークだが、それを神は許さなかった。

 

 福ちゃんは理解した。

 この男は自分自身が認められないのだ。他ならぬ想い人からは既に認められているというのに。

 事あるごとにそれを負い目と感じ出すならば、他の者が指摘してやるしかないのだろう。それこそ、神の許しでも必要か。

 

「こらこら。自分を卑下していては、福が来ないですよ。

 あなたは自分がヘルさんに見合ってないと思っているのでしょうが、私からすれば彼女と話す度にあなたを褒める言葉を頻繁に聞かされる羽目になっているのです。その信頼を疑うのは彼女への不義と知りなさい」

「……すいません。どうしてもつい」

「人は助け合うもの。それはどんなものであれ、尊ぶべきものなんですから」

 

 そうして福ちゃんにたしなめられると、次第にルークの気持ちが晴れていく。今の彼には太陽が射したに等しいだろう。

 

「ありがとうございます。福の神様」

「いえいえ。悩める人に手を差し伸べるのが神の役目ですので。

 でも、こういうのはティーティー様に相談するのが適しているかもしれませんね」

「いやいや、福の神様からの話も含蓄がありますよ。色々と考えられますし、許されている感じがするんです」

「あら、それなら福の神となった甲斐があるというものです」

「え?」

「いいえ、何でもありませんよ。うふふ」

 

 何か大事なことが漏れた気がする。気がするだけだ、いいね?

 

「しかし、そうやって徳の高い事を言われるとなんだか後光が射しているようにも見え……眩しッ!?」

「うふふ。福の神ですよー」

 

 本当に後光が射してた。

 これぞ福パワー。

 

「さあ、見回りも終えて寝るといたしましょう」

「そうですね」

 

 そうして寝床についたルークの頭には、不思議と悩みはなかった。

 

 

 

 

 

 

 キーン。コーン。カーン。コーン。

 

 

 授業の終わりを告げる鐘の音が響く。

 

 待ちわびた放課後に湧き立つ子供がいれば、脱兎のごとく教室を出る子供もいる。

 そんな周りの子達の様子を観察する私は、クラスの中ではとても浮いているのだろう。 

 

 小学校の学習範囲などとうの昔に学習済みだが、こうして子供達を同じ空間を共有して教育を受けるという体験は貴重なもので、決して悪くない。

 

 

 むしろ家では学んでこなかった事が学べることもあり、日々新たな発見が私を楽しませてくれる。

 それに、魔法学の特別講師としてやってきた()()に出会えたのは、思いがけない副産物だった。

 

 しかし周りの子と話を合わせるのは少々苦手で、大人びた言い方も合わさって少しばかり距離をおかれている。こればかりは仕方がないと割り切っているが、それでも幾らかの疎外感を感じるし、そんな事を悲しむ資格は私にはない。

 

「ねーねー聞いたー?あの話ー。」

「それってあれ?あの泥棒をやっつけたって人達の事?」

「そうそう」

 

 クラスメイト達が寄り集まって、姦しい世間話をしている。

 

 そういえば、家畜泥棒が噂になっていたらしい。

 

 もしかしたらうちの家事を取り仕切っている()()()がまた何かしたのが、村の人間に知られたのだろうか。私の事を思ってしているとはいえ、あの子にあまり危ない真似はしてほしくないものだが。

 

 許してはいけないことだとわかっていても、面と向かって指摘できないのだから、我ながら本当に甘いと思う。

 

「ええと、何だっけその人たち。えーとえーと……」

 

 どうやらその泥棒とやらは追い払われたらしい。

 もし犯人が私の考えている通りなら、よく追い払えたものだと感心する。

 いや、あの子が先に逃げただけか。必要以上の危険は冒さないようにいつも注意してあるから。

 

 私も内容に少しだけ興味を持ち、話の輪に加わろうと近づいて――

 

「そうだ、ヘルラージュ!」

 

 

 ――え?

 

 

「うんうん、あの綺麗な女の人でしょ!」

「リンちゃん見たんだ。いいなー、私も見たかったなー」

 

 うそ

 

 なんで、その名前が

 

「ミアちゃんもそう思うでしょー」

「……え?あ、うん。そうね」

 

 声を掛けられた。

 殆ど反射のように、相槌を打つ。

 

 しかし、私の頭は一人の名前で埋め尽くされていた。

 

「――――それで、あの男の人が――」

 

「お似合いって感じ――――」

 

「――あのなすびの――――」

 

「かわいいよね――」

 

「――それはちょっと――」

 

 

「それじゃあ、またねー!」

 

 皆が何を話していたのか、その後はよく覚えておらず、

 気づけば、知らぬ間に学校を出て帰路についていた。

 

「……そう、あの子がいたのね」

 

 ――ヘルがいた。

 

 ちゃんと大人になって、実力をつけたあの子(ヘルラージュ)が昨日、この村にいた。

 

「――ふふ。ふ、うふふふふふふ」

 

 事実を噛みしめる。

 

 笑いが止まらない。

 

 ぎしり、と背負ったランドセルが揺れる。

 どうやらあの二人もヘルの名前を無視できないようで、そのことに余計に笑みが深まる。

 

 ヘルを代替品とすら扱っていなかったのに、家族としての無念は残っているというのは何とも皮肉な話か。

 

 何はともあれ、居場所が近いならば話は早い。

 

 私は場所を整えるだけでいい。

 そうすればむこうからやってくるはずだ。

 

 

 

 待ち望んだ相手がいる。

 

 ここまで生きてきた目的がある。

 

 

 ああ、待っててね。ヘル。

 

 もうすぐ私が――

 

 

 

 

 

 

 

 

         ――あなたの手で殺されてあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

*1
風潮などが蔓延る事




ルーク
寝言からヘルちんの家族構成は知ってた。
ヘルちんが善人過ぎて一緒にいることに負い目を感じている。
相談に乗る相手がいれば解決するのだが、弱みを見せたがらないので中々上手く行かない。
ヘルの悪口いう奴は許さない。

ヘルちん
何度か魘されてそうってことでこうなった。
あの過去の描写ではトラウマになっててもおかしくはないだろう。

福ちゃん
元禍神の福ちゃんならヘルちんの術の原理に気が付いてもおかしくはないよねって妄想が形になった。
神様なのでめっちゃ説教する。相手が脛に傷をもつのなら先達としてなおさら放っておかない。

ミア
ようやく登場する人。
秘密結社についてはほとんど聞いてなかったし聞こえてなかった。

(魔女の館編)MVPは誰?

  • ヘルラージュ
  • ルーク
  • ローズマリー
  • デーリッチ
  • その他

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