ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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ちょっとやる気が飛んで行ったので初投稿です。
会話を回す上でエステルさんが便利すぎますねこれ?


その15.そして姉妹は再会する

「――はっ!俺は一体!?」

「目が覚めましたか?」

 

 気が付くと、そこには慣れ親しんだ拠点の天井。

 

 上体を起こして周囲を確認すると、視界の端からヘルラージュが覗き込んでくる。

 その紫の瞳からは、心配だという感情が読み取れ、若干の混乱が見られるルークを落ち着かせた。

 

 ――記憶にかかったノイズが晴れていく。

 そう、ハグレ王国は魔女の館より撤退したのだ。

 

 そもそも、どうして彼らが撤退する羽目になったのか、少々過去を覗く必要がある。

 

 

 魔女の館を突き進んでいくデーリッチ達。

 そこで彼女達はこれまでに最も手ごわい相手との戦いに臨むこととなった。

 

「ぼえん♪ぼえん♪ぼよよえーん♪」

 

 初っ端から混乱をまき散らす超音痴攻撃。

 対策を講じていなかった一行はこれをもろに受けてしまう。

 

「ぎゃああああああ!?」

「ぐおおおお、耳がああああ!!脳が割れるうううう!?」

 

 前衛落ちからの同士討ち。

 慌てて魔法系の仲間を前に出せばダメージによってあえなく戦闘不能に。

 

「ごふっ」

 

 ばたんきゅーと前衛がAパートも終わらぬ間に失神した。

 全滅である。

 ハグレ王国史で圧倒的敗北が刻まれた瞬間であった。

 

「う、うおおおおーっ!

 こ、こんなん駄目じゃーー!

 頭が割れる前に撤退じゃー!!」

 

 なすすべなく撤退するデーリッチ達。

 

 

 

 という訳で急遽対策会議が開かれることになった。

 

「一番の問題は混乱だ。耐性のあるエステルとベロベロスを前に出していこう。

 後は、そうだな。ジュリア隊長も状態異常に対しては強いほうだったね」

「事前に構えておけばなんとかなるだろう。

 とはいえ、耐性持ちが3人だけというのは些か不安ではないか?」

「だったらいい提案がある!」

 

 どこかテンション高めで提案するルーク。

 ローズマリーはいい予感はしなかったが、珍しい彼からの意見ということで聞いてみることにする。

 

「アレがなんであれ……歌なんだろ?

 だったら、音楽で対抗するしかねえ!!」

 

 ルークはエル・マリアッチを持ってきて対抗策を告げる。

 歌には歌。音楽には音楽。

 つまり……デスメタルにはロックだ!

 

「いや、なんでそうなる!?」

 

 当然だがツッコミも入る。

 この時点でローズマリーはルークの提案を聞いたことに後悔していた。

 しかし問題ない。

 

「ロックンロールは全てを解決する。昔旦那に教わった事がここで活きてくるとはな」

「活かされねえよ!明らかに法螺話じゃねえか!!」

「あーあ、まだ混乱が直ってないでちねえ」

「というか、(ヤク)でも決めたか?焦点が合ってねえぞ」

「気つけと称して月光草とメンタルナイスのブレンドを煽ったせいかと……。」

 

 ロックはあらゆるものへの解決方法なのだとガンギマッた目でまくし立てるルーク。彼は回復アイテムがれっきとした薬品であることをその身を以って証明してくれた。

 薬草系アイテムの過剰摂取や直接吸引はあまりお勧めできません。(byハグレ警察)

 

「真面目な話、あの歌をより大きな音で聞こえなくするぐらいしか解決策が見つからない」

「あっ、思ったよりまともな理由……」

 

 いきなり正気に戻って理由を語るのがより一層不安定さを感じさせる。

 ローズマリーはこの一件が終わった後、早急に薬物についての法令を定めることを決定した。

 そこに、エステルがこの作戦において一番重要な点について指摘する。

 

「ところで、お前ギター弾けるの?」

 

 楽器は、弾ける者がいなくては意味が無い。

 ルークは一瞬固まり、王国の面々をぐるりと見て、

 

「……エステル、パス!」

 

 ピンクに実行役を押し付けることにした。

 

「えぇ、私!?なんで!?」

「いや、この中だと一番ギター似合うからさ……。

 お前ならこのギターを使ってドラゴンとも戦える」

「どんな理由だッ!」

「そんなッ。以前『私の音楽がわからない奴はみんな燃えカスよ』って言ってたじゃないか」

「いや、言ってねえよ!?なんだその雑な発言の捏造は!!」

「そんなッ、エステルちゃん十八番の『情熱ピンク』のあの熱狂は夢だったんでちか……!?」

「夢だよ。何ライブ開催したことになってんだ私」

 

 勝手なイメージを押し付けられるエステル。

 彼らの頭の中には既にギターを掲げてポーズを決めたエステルの姿がありありと映し出されていた。

 

「まあまあ、とりあえずギター持てって」

「え、いや?うん?」

 

 言われるままにギターを受け取ってしまうエステル。

 

「そんで右腕掲げて」

「右足はしゃがんで」

「左足は伸ばして」 

 

 色んな人がポーズを指示し、空気に乗せられたエステルはその通りにする。

 

「ふむ、こんな感じ?」

 

「「「よし、それだ!!」」」

 

 ポーズを決めた瞬間、彼らはエステルの背後に炎が迸ったのを幻視した。

 控え目に言ってダサい。

 

「すげえな、まるでCDジャケットじゃないか」

「これはミリオン間違いないでち」

 

 世界一ダサいジャケットみたいなポーズを見て、これならばあの怪音波にも対抗できると確信する。

 

「え、そうかな……?そう言われると悪い気はしないな……」

 

 周囲の熱意に当てられ、エステルもやる気を出し始める。

 

「うーん、なんだか変な方向に話が進んじゃったなあ」

 

 奇天烈な提案が通るのはいつものことではあるのだが、王国参謀は少し心配であった。

 

「まあまあ。やるだけやってみようじゃないか」

「いけるかなぁ」

 

 

 

 

 

 

「いけたわ」

 

「ヤッフーッ!」

「イエー!」

 

 『ハードロックでデスボイス相殺』作戦は強行された。

 

 エステルの暑苦しいピンクロックンロールがスライミーズのデスヴォイスと反共鳴し、精神に異常をきたしかねない怪音から我慢できなくもない感じの騒音レベルにまで中和していた。

 

 ぶっちゃけ素人のエステルは聞きかじったノリでかき鳴らしているだけなのだが、何とかなってしまうのは流石主人公というべきか。

 ルークも悪ふざけで提案した作戦が通用したことに若干引いている。

 

 数ターン持てば良いほうだと考えていたが、十ターン完走したことは流石に予想外である。

 

「私たちの演奏についてこれるなんて……こんなところにライバルがいたのね」

「アンタたちの歌も、ハートを揺さぶってきたじゃない」

 

 一曲終えて満足気に健闘をたたえ合う両者。

 

 十三章というロード並みの長さを無駄に誇るスライミーズの歌を、エステルの爆炎ビートは打ち消し切ったのである!

 

 エアドラムの空しいビートをハーモニカが調律し、それをボーカルが台無しにする渾身の一曲と炎のロックンロールは、初めから決まっていたかのように相対し、全てをぶつけ合った。

 

「――などと言えば喜劇的ですね」

「いや、全部君の悪ふざけだからね?」

 

 目の前で起こっていたこの珍イベントをいい感じに解説してみようとするルークだが、ローズマリーの冷静なツッコミが突き刺さる。

 

「スカウトされたらあなたとユニット組むのも悪くないかもしれないわ。どう?」

 

 エステルに光るものを見出したドロリッチがアイドル業界に勧誘する。

 しかし夢は終わるもの。

 このわずかなひと時を凌ぎ合った仲なれど、先に進むために現実を突きつける時が来た。

 

「あーうん。それは無理ね」

「どうしてッ!?」

「だって下手くそだもん、あんたの歌」

「ガーン!?」

「ハーモニカとエアドラムはともかく、真ん中の歌がどうしようもなくダメね」

「ガガーン!?」

「後エステルのギターで聞けなくもなかったけど、それでも騒音レベル。

 君、歌が致命的に向いていないよ」

「ガガガーンッ!?

 いやーッ、認めたくないーー!!」

 

 エステルの酷評にローズマリーが追撃をかける。

 回復効果のハーモニカと効果なしのエアドラムがあっても、混乱付きダメージのボーカルで全ての評価は最底辺である。

 正確な評価にショックを受けたスライミーズはおまかせ装備にすると高確率で装備されることに定評のある名刺を置いていき、館から出ていった。

 もう出会いたくはないが、何故かまた出会う気がしてならない一行であった。

 

「はいお疲れ、いやー何とかなったな」

「まさかこんな作戦がまかり通るとは……、とにかくお疲れ様、エステル」

「エステルさんが引き受けてくれなかったら、立ったまま気を失っているところでしたわね」

「今回のMVPでちね。帰ったらハグレ王国の勲章を差し上げよう」

「ええ……、テンション戻ってきたわ。何やってたんだか私。

 あー、腕が痛いわ」

 

 慣れない演奏で精神力を使い果たしたエステルを後衛に下げ、一行は館の奥へと進むことにした。

 

 

 

 

 

 

 廊下を突き進んだ先、人形が所狭しと並べられた部屋に一行はたどり着いた。

 構造的に相当な奥に進んでいると思われ、パンドラゲートでメンバー調整済みである。

 

「うわっ、ここも人形だらけだな」

「ひいぃぃ……もう人形はたくさんでちぃ」

 

 ゾンビ人形に散々驚かされた一行にとって、動かないとは言え人形のひしめきあう様子は恐怖物だ。

 

 デーリッチやベルのような子供達は怯えているが、反対にローズマリーやヘルラージュは風景を冷静に捉えて落ち着いた様子だ。

 ヘルラージュが落ち着いた様子なのは彼らからしてみれば意外なことこの上なかったが、この館の事情についてやけに詳しいからだろうと納得していた。

 

「あれ?人形に包帯……?」

 

 ヘルラージュが部屋に入っていた時から感じていた違和感の正体。

 部屋の入口に近い場所、並べられた人形の中、()()()()()()()()()()()が一つだけ。

 

 そして、今最も部屋の外に近いのはデーリッチ。

 

「しまった!デーリッチちゃん!後ろですわ!」

「え?」

 

 警告するよりも早く、ルークは既に短剣を腰から引き抜いていた。

 

「どけっ!」

「ぎゃんっ!?」

 

 デーリッチを押しのけ、彼女の首元があった部分に刃を添える。

 金属同士がぶつかり合い、甲高い音が響き渡った。

 

「デーリッチ!?」

「おわーっ!何でちか!?」

「勘の鋭い奴だ。アンタが割り込まなきゃ一撃必殺だってのによ、オニイサン?」

 

 素早く後退した下手人の姿を、一行ははっきりと認識する。

 

 膝ぐらいの背丈、二つ結びの金髪。

 そして片目を覆った包帯と、屋敷の住人から聞いていた特徴とまさしく合致する。

 

「キャサリンか!?」

「そう、魔女様の次に偉いキャサリン様だ。あんまり時間が無いから、手っ取り早くバケツ三杯分の血を頂くぜ」

 

 そう言うなりキャサリンはナイフを手にして一番近くにいたルークに飛び掛かる。

 

「前衛!」

 

 難なく防御したルークは攻撃役に呼びかける。

 

「おうよ!」

「せやあっ!」

 

 マッスルの豪快な腕とアルフレッドの鋭い刺突による連撃がキャサリンを無力化せんと襲い来る。だが彼女からしてみれば穴だらけの攻撃だ。

 

「へっ」

「なっ!?」

 

 キャサリンは小柄な体格を活かして攻撃の隙間に潜り込む。

 いともたやすく連撃技の応酬を回避されたことに対して驚愕する二人。

 大して戦線から一歩離れたところで観察しているローズマリーは冷静に相手を分析する。

 

「見た目通り、回避は得意のようだな。じゃあ魔法で攻めていこう!」

「オッケー!」

 

 軌道の分かりやすい物理攻撃ではなく、魔法が効果的だろうと判断するローズマリーの言葉を受け、魔法メンバーが前衛と入れ替わる。

 

「ファイア!」

「サンダー!」

 

 エステルの炎やサイキッカーヤエの雷がキャサリンへと伸びていく。

 多少の追尾性を有する魔法は、高い俊敏さで逃げるキャサリンに追随し、命中すると思われた。

 

「おっとあぶねえ」

「……何!?」

 

 しかし、これすらもぎりぎりのところで避ける。

 これには流石のローズマリーも驚愕を隠し得ない。

 

 風や炎、冷気に雷と、目の前で発生した自然現象に明確な安全地帯というものはない。

 マナによって自然現象を超常的に引き起こすという原理上、魔法が回避されるという事象は起こりにくいのだ。

 しかしこのキャサリンはそれを悠々と躱したのだ。なんと恐るべき魔法の範囲外への移動を可能にする俊敏性か!

 

「そらよっ」

「ぐわっ!?」

 

 そしてナイフが空間を埋めるように何本も飛来する。

 高速で放たれる攻撃に防御姿勢を取る暇も無い。

 

 幸いにして戦闘不能に陥った者はいなかったが、奇妙な現象が発生する。

 

「なんだこりゃあ!?」

「う、動けない!」

「……動きが止まってますの?」

 

 マッスルとエステルの二人が攻撃動作に移らずに停止しているのだ。

 その表情や発言から自ら止まっているわけでは無い事は明白。

 一体どういう訳か。

 

「影に刺さったナイフだ!それが動きを止めている!」

「へえ、一瞬で見切るとはね。あんた結構頭いいじゃんか……」

  

 からくりを見破るローズマリーが、影からナイフを抜き取るように指示する。

 その聡明さにキャサリンは感心する。

 

「自分の手札を見破られたってのに、随分と余裕ですね?」

「生憎と、その程度で負けるつもりがねえんですわ!」

 

 ルークが煽ってみせるも、キャサリンに焦りの表情は見られない。

 

 ――影を介して発動する束縛系の呪術。

 魔女の力で動く人形である以上、こうした技もお手の物という事だろう。

 確かに厄介だが、拘束力は一瞬。

 後衛がカバーに回れば束縛されたままなぶり殺しに会うということはない。

 

 しかしキャサリンの真価はそこではない。

 最も対策を講じるべきなのは確定で命中することが基本である魔法攻撃すらも躱していく異常なまでの回避性能である。

 

(……このすばしっこさ、背の低さと言い、やっぱりこの前の奴で決定だな)

(ひゃーっ、こいつこないだ待ち伏せしてたやつじゃねえか。予想通り、ここまで追ってきたってことか)

 

 互いに互いの分析を終え、妙な因縁を感じ取った二人。

 戦闘スタイルも似ていることから、お互いを油断できない相手だと認識する。

 

「くれてやるよ伊達男!」

「ざけんな!」

 

 キャサリンの投げたナイフをルークの短剣が弾き飛ばす。

 部屋の中を縦横無尽に飛び回る彼女に一行は苦戦を強いられる。

 おまけに大量の人形が遮蔽物として機能しており、キャサリンがそこに隠れると狙いが付けられないのだ。

 

「おう、こっちだ人形さんよ!」 

「すまねえ、頼んだ!」

「回復するでち!」

「ええい、すばしっこいわね!」

 

「とにかく攻撃するしかないのだろうが……」

 

 今はニワカマッスルが盾となって攻撃を引き受けているため、多少は考える隙が出来ているがあまり状況はよろしくない。

 幸い耐久力は少なそうなので、一つ二つの決定打があれば勝負はつくだろう。

 

 問題は、その攻撃が当てられないことだ。

 

 このまま攻撃を続けて決定打を与えられるのを待つか、徹底的な対策を取るか。

 作戦を考える中、ちょいちょいと、ローズマリーの視界の端で何かが動くのが目立った。

 

「ん?」

 

 そっちを向けば、後衛に下がってきたルークがヘルラージュと共にローズマリーを呼び止めていた。

 

「マリーさんやマリーさん。ベルもこっちに」

「どうしたんだい?」

「ベル、この前作ったあれあっただろ?出してくれ」

「え、あれですか?」

「また悪だくみが始まりましたわね……」

 

 道具袋とは別の袋を漁り始めるベル。

 ヘルラージュは何やら心当たりがある様子。

 こういう時のルークの提案は、概ね彼の性格がにじみ出るようなものだと、彼女は知っているのだ。

 

「要点だけ伝える。まず俺はしばらくいないものとして扱ってくれ」

「……は?」

 

 ルークは手短に提案を伝えると、ローズマリーはその作戦とも言い難い内容に若干呆れた。

 かと言って、この状況を利用できるその提案を無下にもできなかった。

 

「作戦と言いますか賭けと言いますか……」

「……まあ、このまま無理に当てようとするよりは状況も好転するか。

 やるだけやってみるのもいいだろう」

「そうこなくちゃな」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるルークを見てローズマリーは思う。

 彼は秘密結社のメンバーを応援する(Back Up)参謀の位置にいるが、どちらかと言えば相手の邪魔(Fuck Up)に特化した道化師だろうと。

 

「交代!マッスルはそのまま、アルフレッドはヘルちんと交代して」

「了解!」

 

「エステルさん、フレイムをお願いします!」

「任せて、特大のかましてやるわ!」

 

「デーリッチはTP貯めて、40ぐらいまで!」

「やけに具体的!?」

 

「はいはい、下がってきた人は作戦説明するね」

「……ええ?それマジ?」

「わかったよ。こっちも準備しておく」

 

「フレイム!」

「レイジングウィンド!」

 

 再び魔法による攻撃が開始される。

 竜巻に舞い上げられるように広がる炎は面を制圧するように、明らかに回避できる方向が限られている。

 

「へっ、隅に追いこんでやろうって寸法か?」

「いくらアンタがすばしっこくても、それなら避けられないだろ?」

「頭が回る輩が多いねえ。こっちも時間に余裕がねえんだ。行くぞッ」

 

 すばやい相手を制圧するなら、狭い場所に追い込んで回避できないだけの飽和攻撃を浴びせる。なるほど実際効果的で理にかなった戦法である。

 

 だがここをどこと弁えよう。

 この館はキャサリンにとってはホームグラウンド。

 

 そんな作戦をここで行うということはつまり嘗められていると言う証。

 

 ならばその狙いにあえて乗ってやり、壁を蹴っての立体機動で翻弄してやるとしよう。

 そう考え、こちらから誘う様に隅へと回避する。

 

 すぐに隅に追い詰められ。正面には牛男が立ちふさがる。横に躱せば魔法や特技で追い詰める算段だろうが、寧ろ鈍そうな目の前の巨体を遮蔽がわりにして奇襲をかけてやろうか。

 

 そう考えたところで、足にコツンと何かが当たる。

 

「あぁ?何だこりゃ?」

 

 戦闘で人形が散らばったのかと思い、事が済んだら片付けねばという考えと共についそっちに視線が向く。

 コロコロと部屋の隅に転がるのは一見するとただのガラクタだった。

 しかし、よく見れば金属の筒には中身が詰まっており、花火が付けられていることと言い、子供が作った工作品のような印象を受ける。

 なお、花火には導火線がつけられ、現在進行形で燃えているところだ。

 

 どうみても爆弾です。本当にありがとうございました。

 

「げっ!?」

「全員、目と耳を閉じて!口開けて!」

 

 轟音。

 閃光。

 

「ぐわっ!?」

 

 人形の身体とは言え、人の魂を憑依させている以上は精神は人間。

 つまり大きな音には驚き、眩しい光には目を閉じる。

 肉体的な反射とは別に、精神がそう反応するのだ。

 人形たちが労働を行っていることや、食事を行っていることなど、人間として扱っている要素をつなぎ合わせることによってそう判断できた。

 

 ……非常に不本意ながら、あの音響兵器が隔離されていたこともヒントになっただろう。

 騒音など、明らかに感覚が無ければ感じないものだ。

 

 

「味な真似するじゃないか」

 

 人形という先入観に囚われない戦法に、キャサリンは感心する。

 一行に掛けられたキュアスペシャルによってハグレ王国側は素早く戦闘態勢に復帰。

 隙を見せたと言わんばかりに、特技と魔法が雨あられと降り注ぐ。

 

 肉体的なダメージは無いとは言え、今のは効いた。

 回避力も低下し、次第に受ける攻撃が増えていくが、それでもまだ戦闘は可能だ。

 疲れ知らずのこちらが未だ有利。あちら側のリソースを削り切れればこっちの勝ちだ。

 

(……ん?あの兄ちゃんはどこ行きやがった)

 

 猛攻を回避しながら、つい先ほどまで刃を交えていた伊達男の姿が見えないことに気が付く。

 散々煽りに煽ってきた相手がいないことに多少意識が向いていたせいか、背後から忍び寄る者の気配に遅れてしまった。

 

「がっ!?」

「毒は効かなくても、クラッカーは効いたようですね」

 

 探す必要はない、こうして向こうから接触してきてくれたのだから。

 抱え上げられ、思う様に動けなくなる。キャサリンを拘束した男は上半身を抑え込み、腰に手を伸ばしてがっちりと関節を極める。

 

「あっ、おまえまさか」

「チェックメイトだ」

 

 ゴキン。

 

 関節を外した音が、人間のそれよりも小さく鳴った。

 左足の制御を失ったキャサリンは床に倒れ込む。

 

「ぐええっ!?」

「おらよ」

 

 手馴れた様子で続けざまに両肩の関節も外し、完全に無力化する。

 それを見て一行はようやく戦闘態勢を終了した。

 好き放題翻弄されたからか、その顔色には疲労の色が隠せない。

 

「よくやってくれた」

「いえいえ」

 

 ローズマリーがその腕前を称賛する。

 ルークは大したことじゃないように受け取りながら、耳栓を外した。

 

 ――作戦の内容はこうだ。

 まず、面制圧力のある魔法で動きを制限。

 次に閃光弾(フラッシュバン)を投げつけて状況を把握できなくする。その間にルークが人形の群れへと身を隠し敵の視界から完全に消える。ベルとルークが作った悪戯用のクラッカーを改悪した粗製な(サタスペ)武器ではあったものの、効果は万全であった。

 そして彼はそのまま派手に視界を覆う魔法の影に隠れて背後へと忍びよったのである。

 

 

「手際良すぎだろうが……。兄ちゃん、さては堅気じゃねえな……?」

「それはお互い様でしょう。

 こんな世界に生きてんだ。きれいな手のままって訳にもいかねえだろ」

「へっ、違いねえ」

 

 中指を立てて皮肉を語るルークにキャサリンは思わず同調する。

 こんなところも気が合うのだから性根が似ているのだろう。

 

「さて、魔女の話を聞かせてもらおうか!彼女はどこにい――!?」

「はろーえぶりばでぃ!」

 

 ローズマリーが問い詰めようとすると、部屋の時計から気さくな挨拶と共に飛び出してくる何か。

 一息ついたところの不意打ちに驚く一行をよそに、ゾンビカラスは既に敗北した同居人に声を掛ける。

 

「なんやキャシー。応援に来たのにもう負けてたんかいな~」

「うっせーな、朝から関節の調子が悪かったんだよ」

「せやから言ってるやろ。そろそろコラーゲン摂らな、あかんてー」

「高齢期かっ……!」

 

 呑気な会話に思わず突っ込んでしまうデーリッチ。

 

「おいおい、漫才を聞きに来たんじゃないぞ?

 それとも、魔女の下には君が案内してくれるってのか?」

 

 そんな団らんを聞いている暇もなく、ローズマリーが館の主についての情報を要求する。

 

「あー、魔女様?

 魔女様ならもうおるで?」

 

 

 

「……えっ?」

「はぁ!?どういうこったよ!?」

「あんたらが館で騒いでいるうちに、もう帰ってきとりますわ」

 

 驚く人形の声を後目に、からくり烏は説明する。

 魔女は既に学び舎から帰ってきている。

 なんならもうこの部屋にやってくるだろうと。

 

「あら、私に用事かしら?」

 

 背後から聞こえた声に、全員がそちらを振り返る。

 

 一行の視線が集中する先、部屋の入口には幼い一人の少女が立っていた。

 

「お、おかえりなさいませ魔女様!?ああっ、身体が動かねえ!」

「ただいま。あーあ。またこっぴどくやられてるじゃないの」

 

 外れた関節で必死に立ち上がろうとする人形を、少女は呆れた様子で見る。

 会話から察するに彼女が魔女なのだろうが、にわかには信じがたかった。

 

「これが、魔女だって……?」

「ランドセルかついでるでちー」

 

 一行は魔女の姿に目を疑う。

 切りそろえられた髪。白いワイシャツと赤い吊りスカート。デーリッチよりは大きく、ハピコよりも小さい背丈。背負った赤いランドセルから飛び出すのは縦笛(リコーダー)

 一見してごく普通の小学生にしか見えない少女が、この館の魔女であるというのだ。

 

「小学校に通ってる魔女?まさか冗談でしょ……って、どうしたのよ」

「……いや、何でもねえ」

 

 エステルに指摘され、ルークは無意識に後ずさっていたことに気が付いた。

 一行の中で彼は、目の前の少女が()()であることを、生存本能で理解したのだ。

 一方で魔女の方も、服装も種族も統一感のない来訪者の集団を訝しんでいた。

 

「それで、貴方達は誰なのよ?」

「……君を懲らしめに来た者達だよ。村の家畜を誘拐したり、血を抜いたりしているだろう?」

 

 

 

「家畜の誘拐……?

 ……あぁ、そうね。それがどうかしたの?」

 

 魔女はこれまでの犯行を肯定するが、問題と捉えていないようであった。

 

「それがって……。犯罪だろう、それは。今すぐに止めるんだ」

「死者は生者の法に縛られないわ」

「それはゾンビ人形たちの話だろう……!君は生きているじゃないか!」

 

 確かに目の前の少女は呼吸もしている。

 顔色も少し悪く見えるが、生きている人間の範囲内だ。

 

「まぁそのあたりは水掛け論になるからいいけど……」

 

 そこで、魔女の視線は、ハグレ王国がこの館に来る切欠となった女性に向いた。

 

「ねぇ、それより、思い出したわ。

 見覚えのある顔。貴方、ヘルラージュよね?」

「(……やっぱり顔見知りか)」

 

 沈黙するヘルラージュだが、それが肯定であるということは誰でも理解した。

 

「やっぱり……!

 面影が残っているもの!

 会いたかったわ、ヘル!」

 

 再開を喜んでいる魔女に対して、ヘルラージュの表情は暗い。

 

 

 彼はその表情を見たことがあった。

 それは彼女が冒険の目的を告げた時。自らの境遇について触れられた時。

 彼女はいつも、同じような顔で細々を話をしてくれたことを、よく覚えている。

 

 

 ヘルラージュはこの館の仕掛けについて詳しかった。

 それは自分も同じ術を用いるから。

 自分の実力より高度な術であっても、使い手を知っているのなら心当たりがあって当然だ。

 

 そして魔女を名乗る少女の顔が、どこかヘルラージュと似ていると感じたのは、気のせいではないのだろう。

 

 

 ルークはヘルラージュを見た。

 願わくば、自分の予想通りであってほしくないという想いを込めて。

 

 それを受けてヘルラージュはかぶりを振った。彼をこの場面に立ち会わせたことを、申し訳なく思いながら。

 

「姉さん……。やはり、生きていたのね……」

 

「死んでるってば、だからー」

 

 ヘルラージュの姉。

 いきなり現れた仲間の身内に一行は驚愕を隠せない。

 

 

 

「姉さんだって?」

「いや、どう見てもヘルちんより年下だろ……」

 

 しかし姉妹と言っても見た目が逆転していることは説明できず、困惑する一同。

 

「だから言ってるでしょう?私は死んでるの。……年を取らないのよ、もう。」

 

 軽快な口調とは裏腹に、悲しみを帯びて語られるそれを子供の戯言を捉えることはできなかった。

 

「ほ、本当にゾンビなのかい……?」

「その通りです……。

 彼女が私の両親と村の人たちを殺した、私の復讐相手……。

 

 古神交霊術。元第一継承者――。

 ミアラージュ。

 私の姉です」

 

「……っ!!」

 

「会いたかったわ、ヘル。ああ、こんなに大きくなって。ずっと待ちわびていたのに、全然会いに来てくれないのだもの。

 

 ――すぐにでも殺しに来ると思っていたのに」

 

 

 妖艶に細められたその紫色の瞳は、幾度となく見てきた彼女のものと瓜二つ。

 二人が血縁であることの紛れもない証明であった。

 

 

 ――認めたくはなかった。

 

 ヘルラージュが姉の話をしたとき、彼女は辛そうに話したが中には確かに喜びがあったから。

 憧れの姉だと言ったその言葉は、決して嘘ではなかったから。

 

 家族の事を話すのが辛い。

 それは復讐の動機でもあり、失った過去への未練を思い出させるからだと理解できた。

 

 だが、まさか。

 

 その姉が復讐相手と同一などと、果たして自分に想像できただろうか。

 

 あまりにも非情な運命に、ルークは奥歯を深く噛み締める。

 

「……見た目に惑わされてはいけませんッ!

 彼女はもう何人も殺しています。後戻りはできません……」

 

「それで、どうするの?今度こそ私を殺すって?」 

 

 試すような物言いに、ヘルラージュははっきりと立ち向かう。

 

「……貴方を土に還します。それが私にできる唯一の供養です」

 

 姉の不始末は妹が付けるのだと宣言して、秘密結社の頭目は不死者を睨み返した。

 

 ミアラージュは面白そうに笑った。

 それは不遜にも自分を滅しようとする愚か者をあざ笑ったのか、それとも臆病だった可愛い妹の意外な成長に喜びを隠せなかったのかは、この場にいた者では判断できなかっただろう。

 

「そう、ならいいわ。丁度三人、いやもっと多くの血が必要になってきたところだもの!

 キャシー!彼女達を丁重に奥に通しなさい!

 決戦は玉座だ!このような部屋に妹の血を流してなるものか!」

 

 そう言ってミアラージュは館の奥へと姿を消す。

 

「待ってるわ、ヘル!必ず来てよね!

 ――今度も逃げたら、もっと多くの人が死んじゃうかもね?」

 

 妹を試すように、期待するようにな口ぶりで挑発しながら。

 

 

 

 

「……本当に、待ってるから。止めて頂戴ね」

 

 最後の言葉(ほんね)だけは、誰にも聞こえないようにしながら。

 




次回予告

???「現れたミアラージュはなんとヘルラージュの姉にして死の淵から蘇ったデッドマン!!ヘルちんの口から明かされるラージュ家の悲劇!
過去を乗り越えるべく、寄り添うは秘密結社の絆!少年の想い!
いやー、私はロマンスって大好物よ!

そして乱入してくるのは驚きの……!?
魔女の館編もいよいよ大詰め!
16話『ミアラージュの幽鬱』。
次回も見てちょうだい!
あと、感想とかもくれるとモチベーションの向上になるようだね!

――え、私は誰かって?
それはお星さまにでも訊いてみるこったな!!」

(魔女の館編)MVPは誰?

  • ヘルラージュ
  • ルーク
  • ローズマリー
  • デーリッチ
  • その他

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