ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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2000UA到達ですってよ。
こんなマイナー原作に加えてTRPGというさらに人を選ぶ要素までつぎ込んだ拙作を見てくれる方々には感謝しかありません。

では、決戦回です。


その17.姉妹、睦まじく殺めよ

 魔女の館。祭儀の間。

 

 秘密結社及びハグレ王国は、冥界に繋がる下り坂めいて長い通路を越え、その部屋に足を踏み入れた。

 そこで、彼女は堂々と待ち受けていた。

 

「いらっしゃい、ヘルラージュ。よく逃げなかったわね?」

 

 ミアラージュは部屋に入ってきた者の姿を見て、僅かに驚愕する。

 

 先ほども顔を合わせた妹、ヘルラージュの表情、雰囲気が先ほどとは別人のようになっていた。

 実の姉に対する迷いを捨て、その目には決意が満ちていたのだ。

 

 それは記憶に残るものとは正反対のもの。

 

 影に怯え、自らの後を追っていた妹の姿とは似ても似つかないものだったが、それが今のミアラージュにはこの上なく喜ばしい。

 

(この僅かな間で、成長したのね)

 

「姉さん……いいえ、ミアラージュ。私はラージュ家の第一継承者として、貴女を討ちます」

 

 先ほども同じ宣言をしたが、その言葉に込められた重みは比べ物にならない。

 自分が負けるかもしれないという恐れを無くし、相打ちにするという捨て鉢の覚悟ではなく、絶対に生きて勝つという想いが彼女の言葉にはあった。

 それを後押ししたのは、後ろに立つ者たち。 

 彼女が旅の中で得た、心強い仲間たちなのだろう。

 

「へえ、威勢が良くて大変けっこう。でも、そんなに大勢連れて仇討ちなんて、少々情けないんじゃなくて?これでは私が誰の敵なのか分からないわね」

 

 確かめるように、ミアラージュが挑発の言葉を投げかける。

 

「恥とは思いませんわ。私がここに立っていられるのは、皆さんとの絆のおかげです」

 

 ヘルラージュは揺らぐことなく、仲間たちの手を借りることを良しと言った。

 

 そうよね。

 私よりも人に、他人に好かれる才能はあったあなただもの。

 それは決して恥じることじゃない。

 紛れもなくあなたの実力、私を討つのに、闇を乗り越えるのに必要な力だ。

 

「私一人ではまた逃げていた……。そのことは認めます。

 ですが、そうでは無かった。

 デーリッチちゃんが、ローズマリーさんが、背中を支えてくれるから立っている。

 ――そして、彼が隣にいてくれると言ったから、私はこうして、貴方と向き合える」

 

 後ろに立つハグレ王国の仲間達とは別に、唯一隣に立っている彼――不敵な笑みでこちらを見てきたルークに、ヘルラージュは少しだけ頬を紅潮させて微笑みを返す。

 

 

 その様子を見たミアラージュの思考は停止した。

 

 

「へえ、そう」

 

 妹が男性相手にそのような顔を見せたことなど一度も無かったために、目の前のやり取りを飲み込むのに遅延が発生したが、ミアラージュはすぐに思考を復帰させる。

 

 表情は変わらず、されどわずかばかりの怒気が混ざった声が漏れた。

 

 

 

 ……なるほど。

 

 どうやら妹は仲間だけではなく、心から信頼する殿方を見つけたと言っているようだ。

 

 それは大いに結構。

 妹が選んだ相手だ。今まさに仇として討たれる自分が文句を言う筋合いは無い。むしろ予想以上の成長に目頭が熱くなるまである。

 

 ただし、だ。

 

(まさかとは思うけど、あの服装が趣味とか言うんじゃないでしょうね……?)

 

 先ほどから指摘したくても流れ的に指摘できない、妹の露出度の高い服装については一言物申したい――!!

 

 ここで、読者の方々にも改めて説明をしておかなければならない。

 ヘルラージュの服装は、胸と臍下あたりが大きく開いた黒いドレスだ。背中なんてそもそも隠れている面積の方が少ない。本人の人付き合いやすい性格から流されがちではあるものの、相当に際どいものだ。肌を大きく露出させた服など、生家の頃ではまず考えられない選択であっただろう。

 

 とは言え、記憶にある妹の性格からしてまず選ばなさそうな服であったとしても、喜ぶならと着る可能性は高い。

 というか着る。純粋なヘルはそういうことするわ。

 

 そして、この場には男性が複数人いた。

 

 巷で話題になっているゴーストハンターとして見た覚えのある金髪の青年。

 

 腰ミノ一丁の赤い肌の牛人。

 

 そして、妹の隣に立つ自分達と似た髪色に黒紫の礼服の青年。

 

 ミアラージュはその中でもヘルと隣り合わせに立っている彼、ルークが、妹と特別な関係を築いていることは容易に察することができた。

 それに服装の色合いも似ているし、妹のドレスと似た意匠が施されていることから、製作者が同じな事も窺える。これはギルティであるとお姉ちゃん裁判で判決が下った。

 

(よし、〆る!一回折り畳んでから死ぬ!!)

「それじゃあ、開戦といきましょうか!」

 

 

 妹を毒した(推定)そこの男は徹底的に凹ませることを決心して、ミアラージュは意気揚々と戦闘を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

「――ファイア!」

 

 エステルの炎魔法が、先陣を切って放たれる。

 彼女の高い敏捷性による先制攻撃。

 

「ふうん。中々やるじゃない」

 

 この魔女の館でも猛威を振るった彼女の獄炎を、ミアラージュは正面から防ぐ。

 同じくアンデッドである以上、炎は弱点である筈だが、魔法であるため、ミアラージュの高い魔法防御によってダメージは幾らか抑えられてしまっているようだ。

 

 今受けた魔法を冷静に分析しながら、ミアラージュは杖を振るう。

 

「まずはそこの伊達男から潰してあげようかしらね」

「え、俺!?」

 

 その言葉と同時に、虚空から召喚された怪異の腕が、ルーク目掛けて振り下ろされる。

 魔法への耐性はあるため、物理攻撃を使う相手を優先的に倒そうという目論見なのだろうが、明らかに私情が入っている。

 

「うわっ、おっと」

「――ブリザード!」

「ぐっ、冷気か……ッ!」

 

 危うく鯖折りにされるところを間一髪回避するも、体勢を崩した間を狙って放たれた冷気が辺り一帯を襲う。

 だが、この程度で倒れないほどには、彼もハグレ王国の冒険の中で鍛えられている。

 切り返すように、ルークは俊敏な動きで間合いを詰め、流星めいた斬撃を繰り出した。

 

「へえ、やるじゃない。ヘルのお気に入りなだけはあること。何なら、貴方も特別にこっちに加えてあげてもいいわよ?」

「生憎だが、まだ生きていたいんでね……ッ!」

 

 ランドセルから覗く二つの霊魂が手で招く。

 ミアラージュが両親であると言ったそれは、ヘルラージュを震撼させるに十分な事実であった。

 妹も同様に縛ろうとする姉は、ルークにも同様の誘いを投げかけるが、生にしがみつくことにこだわりがあるこの男はその質問を断るのに考える必要すらなかった。

 

 言葉を交えながらも斬りつけられるミアラージュ、だが彼女は魔力で動くアンデッドであり、この程度の負傷は戦闘の継続に何ら問題も無い。

 間髪入れずに氷魔法が連続で襲いかかるも、魔力障壁で悠々と受けきってしまう。

 

「じゃあ、これはどうかしら?」

 

 ミアラージュは杖を振るい、悪霊を使役する。

 悪性の風が前衛に吹き抜け、猛毒と致死の呪いがまき散らされる。

 

「ちィ……!」

「くぁ……ッ!」

「あぁッ、大丈夫ですかお二人とも」

 

 瘴気に満ちた嵐に晒される前衛。

 ルークとエステルの二人が毒に侵され、膝をつく。

 持ち前の幸運で状態異常を弾いた福ちゃんと、別の要因で無効化したのがもう一人。

 

「ふんッ」

「うわッ……と、洒落にならないわね」

「これでも、王国では随一の腕力を自負しておりますので」

 

 毒なんぞ知った事ではないと、ゼニヤッタが腕に纏わせたスノーソードを振るう。

 細腕からは想像もつかぬ剛力で振るわれる氷の刃は、床板を易々と切り裂いた。

 

 魔法障壁すらも貫通してくるその威力にミアラージュは苦笑する。

 返すように竜巻を巻き起こし(レイジングウィンド)、悪魔貴族との距離を取らせる。

 

 その間に福ちゃんの異常回復魔法(キュアオール)によって毒を治療される二人。

 彼らは回復の最中、相手の手札を分析していた。

 現段階でも物理、風、氷。

 あまりに豊富な、彼女の操る魔法の数々。

 魔法書で習得できる魔法もあったが、他の魔法使いが使う同種のそれよりも明らかに威力が高い。これ即ち、ミアラージュが各属性への適性を有するまぎれもない天才であることを示す証であった。

 

「ああもう、どうしてこう天才ってのは満遍なく属性を使えるのよ!」

「そんなこと言うけどよ、炎以外使う気はないんだろ?」

「まあね。魔法書だって補助以外炎一択よ」

「補助も使わねえだろが」

 

 補助魔法に用いるリソースすら炎魔法で焼き払った方が安上がりだと主張するエステル。爆炎ピンクの名は伊達ではない。

 そんな軽口を交わしている間にも、戦闘は進む。 

 

「まだまだ行くわよ!」

「うわッ!」

「チッ」

「明らかに俺に攻撃集中してるんですけどぉ!?」

 

 前衛を薙ぎ払うは迸る雷光(デンコーセッカ)

 福ちゃんにとっては大したダメージではなく、ルークも比較的高めの魔法防御で耐え忍んだ。雷の量が若干多かったのは気のせいだ。多分。

 交替で前衛に出てきたアルフレッドとニワカマッスルも、負傷三割と言ったところか。

 

 続けて鯨めいた霊魂が青い炎を纏って突撃してくるのを回避し続けるルーク。よく見ればその人魂はヘルラージュのパパである。娘のお相手を送り出そうとするお父さんの挨拶だ受け取ってやれ。

 

「緊急回避!」

「任せなッ!!」

「すまねえな、マッスル」

「へっ、全然余裕だぜ!」

 

 挑発のために前に出ていたニワカマッスルを盾にするようにルークは移動し、ニワカマッスルも把握したように飛来する攻撃を引き受ける。炎に耐性のある彼にとってこの程度の負傷は何ともなく、返す刀でミアラージュにヒートタックルを喰らわせる。負わせた傷は即座に再生が始まるものの、確かな手ごたえがあった。

 

「せいやッ!」

「アイス!」

「あら、こわいこわい」

 

 福ちゃんによる氷魔法に、アルフレッドの刺突。

 攻撃を受けて退いたミアラージュだが、その言葉は余裕で満ちていた。

 

「やるじゃない。だったらこの技を見せてあげようかしら……!!」

 

 後ろに跳び下がって杖を構え直すミアラージュ。

 何らかの絶大な魔法の予兆に、王国の面々は身構える。

 福ちゃんは後衛に下がり、デーリッチと共に前衛が崩壊した場合の立て直しに備えている。

 

『みな眠りし小夜中に、我ら骸は死を謳おう』

「……この魔術は!!」

 

 ミアラージュの言葉に、周囲に浮かぶ幽霊たちも同じような言葉を唱える。

 一同の周囲の温度が下がっていく。

 実際にはそうでないというのに、彼らの感じることのできる"温もり"が次第に失われていく。

 

『命あるものよ、その全ては我らの糧とならん!』

 

 詠唱が終わる。

 

 前衛に立っていたニワカマッスル、エステル、ゼニヤッタ、ルークの四人はぞわりとした倦怠感に襲われた。

 

「なっ…ッ!?」

「これは、マナドレイン……!?」

 

 同じような技を用いるゼニヤッタは、ミアラージュが用いた魔法の正体にいち早く気が付く。

 

――即ち、対象の活力魔力を吸い取り、自分のものにする吸収技!

 

 だがゼニヤッタの操るダブル噛み付きも、一度に吸収する対象は一人。

 それを相手全体を対象にとって行うという、相当な制御が要求される芸当をこの少女はいともたやすく行っているのだ……!

 

「んっ……ふぅ。中々上等な魔力を持ってるじゃない貴方達」

 

 体内を循環する魔力に身を震わせ、恍惚とした表情を隠さないミアラージュの肉体は、瞬く間に艶を取り戻していく。

 

「懐かしいでしょう?ヘル。この技、覚えているかしら?」

 

 忘れたことなどない。

 それは姉が狂った原因といってもよい技。

 死霊が吸い取った活力を術者に還元するこの技の制御を誤り、暴走した死霊たちに姉は命を奪われたのだから!

 

「ま、効率悪いんだけどね。直接血を啜らせてもらうのが一番なのよ、だから早くくたばりなさいな……!!」

「ぐわあぁぁッ!!」

 

 滾る活力を以って振るわれる魔法を受け、前衛は防戦を強いられる。

 

「で、どうすんだリーダー?これじゃあいくらダメージ与えてもいたちごっこな訳だが」

 

 回復に出てきたデーリッチと入れ替わるように後列に退避してきたルークが、この中で最も対策を講じられるヘルラージュに問いかけた。

 暫しの黙考の後、ヘルラージュは答えを出した。

 

「……魔力の吸収はどうしようもありません。交替を活用して凌ぎましょう!回復の瞬間はどうしても無防備になります!その時に最大限の物理攻撃を与えてください!」

 

――対策は不可能。故に正面から押し通す!

 

 相手の技が致命的ではない以上、セオリーに乗っ取っての攻略が最も良いと判断した。

 

 この場合のセオリーとは?即ち対死霊(ゴースト)戦法だ。

 死霊(ゴースト)を倒すには、気門と呼ばれる部位を破壊するのが一番だ。ではそうでない死者を相手取るには?答えは精神を屈服させる。朽ちた肉体を再生させ、際限なく起き上がる死者には「これはだめだ」と思わせるだけの強烈な一撃を与えてやるのが最も効果的だと言うのが、冒険者達にとっての通説である。

 ミアラージュがそうした一般的なゴーストに縛られない存在であったとしても……いや、むしろ尋常でない速度での回復を可能とする彼女相手ならばこそ、一撃で勝負を決めるのが勝ち筋となるだろう。

 

「承知。お前ら聞いたな?MPの消費は最小限に、一撃で決めれるように立ち回るぞ」

「ああ、まずは攻撃のための準備だ。エステル!そのまま前線を維持!」

「オッケー!」

 

 作戦を聞いた王国の面々は、ローズマリーの指示を受けて陣形を構築する。

 戦いはいよいよ佳境に入ろうとしていた。

 

「ほら、行きなさいパパ!」

「また俺かよ!ぐえッ」

 

「あっ、しまった!」

「大丈夫か!?」

 

 挑発の切れ目に見事パパズダイナミックが飛んでいき、ルークに直撃する。

 そのまま腐食の進んだ床に倒れるルーク。これでは戦闘継続は無理だろうと判断し、後衛と交代させる準備をローズマリーが行う。

 その時だ!

 

「――死ぬかと思った!」

「うわっ、びっくりしたっ!」

 

 戦闘不能状態になった筈のルークが突然起き上がり、他の者達を驚愕させる。

 どうやらこの男、体力に余裕を残した状態で倒れていたらしい。

 そのまま攻撃を叩き込むルーク。

 不意を突かれたミアラージュにクリティカルヒット。

 

「ぐっ、小賢しいじゃない」

「生き汚いのが取り柄でねッ!」 

 

 迎撃の魔法に、バックステップで距離を取るルーク。 

 即時復活の特技とは言え、どの程度の体力を温存できるかは気力(TP)の度合いにもよる。

 今回は二割といったところで、回復の準備が整うまでは後衛で待機することになった。

 

 決戦が始まり、五巡六巡した頃合いか。

 

 ……戦況は、ハグレ王国に傾いていた。

 

 事前にヘルラージュからもたらされた情報もあってか、人選も吟味した上での戦いは非常によくできていた。

 炎魔法が来れば耐性のある仲間が最小限のダメージでやり過ごし、状態異常に罹ればキュアスペシャルで即座に治癒される。

 切り札のソウルスティールもMPに余裕のある仲間達が引き受けることでパーティ全体のガス欠を防ぎ、エステルが事前に展開した火炎強化魔法(フィールドオブファイア)で回復の隙を突いて大打撃を与える。

 

 お前ら攻略本でも読んだ?ってぐらいに完璧な試合運びが行われていた。

 

「ああもう!ここまで徹底的に対策されてるとやりづらいわね!!」

 

 遠慮なく始末をつけるためとはいえ、あまりにも的確にこちらの弱点を突いてくるハグレ王国に、ミアラージュも苛立ちを覚え始める。自分の魔術は一流と自負している以上、いくら負け戦を演じているとは言っても心にくるものがあり、流石に文句の一つでも言いたくなるというもの。

 

 だがまあ、そんなものをお構いなしに連中はとどめの準備を行っている。

 

「そろそろ来るはずだ、総員、準備を!」

「ええ!」

「応ッ!」

「ああ!」

 

「――命あるものよ、その全ては我らの糧とならん!」

 

 体力も尽き始め、やむを得ず回復をしなくてはならない状況。

 ローズマリーの予想通り、ミアラージュはソウルスティールを発動した。

 

 吸われていく魔力。

 しかし、それは織り込み済みの犠牲だ。

 

 回復の隙を突き、最大の一撃を与えるべく全員が動き出す。

 

「禍神降ろし!」

「スタミナイレイス!」

 

 ヘルラージュの切り札の一つ、古き凶悪な神を憑依させ、物理攻撃を倍加させるという破格の性能を誇る強化魔法。

 福ちゃんがあらかじめかけた攻撃強化により、さらにその性能は跳ね上がる。

 こらそこ、どっちも似たような力とか言ってはいけない。

 

 禍神降ろし、ゴッドブレス。

 それらの強化魔法が一人の青年に付与された。

 そう、アンデッドを屠るのならば、彼以上の適任者などいない!

 

 ゴーストハンター、アルフレッドが必殺技を繰り出した。

 

 ――回避は間に合わない。

 魔力吸収の秘術は、回復中は無防備になるという欠点が、開発した当初から問題点として残ったままだ。……わざと、そうしたままだった。

 

 駄目押しと言わんばかりに、短剣が飛来し杖を弾き飛ばす。

 そちらを見れば、すっかりボロボロになった黒紫の礼服を着た、自分が散々狙い撃ちにした妹の相棒たる青年が、振り抜いた姿勢のまま立ち尽くしている。

 

 そして、彼女はその一撃を受け入れた。

 

「ヘヴンズ……ゲート!」

 

 

 

 

 

 

「勝負あったな」

 

 俊英の一撃。

 

 徹底的な支援を受けたその一撃は、魔術の秘奥によって黄泉がえりし不死者にすら、膝をつかせるだけの威力を発揮した。

 

 最早ミアラージュには、肉体を動かす魔力も、戦闘を続けるだけの精神力もない。

 

「ごほっ……!かはっ!」

 

 血を吐き出すミアラージュ。

 力なく立ち上がり、真っ赤に染まった口元をぬぐうことなくこちらを見据えるその有様は、まさしく血に飢えた屍人であった。

 

「……なるほどね。強くなった。継承者を名乗っているのも、看板を維持したくて無理やりという訳じゃなさそうだ」

 

 敗北を受け入れるミアラージュ。

 その様子はどこか晴れ晴れしかった。

 

「だけど、負けたのが貴女で良かった。どうせ、殺せないのでしょう?」

 

 いくら強くなっても弱虫のままだとミアラージュは嘲笑う。

 とどめを刺せずに、自分を見逃して、犠牲者を増やすのだと。

 そのままミアラージュは背を向け、覚束ない足取りで裏口へと向かおうとする。

 

「……」

「待てッ!」

 

 ローズマリーが制止の声を投げるも、ミアラージュの歩みは止まらない。

 

「どうしたのよ、ヘル。何とか言ったらどうかしら?」

 

 妹に対して、さらに挑発を重ねる。 

 ……ヘルラージュは重い口を開いた。

 

「待ってください。姉も、私も逃げません。とどめは、私がやります」

 

 ヘルラージュは前に出て、この運命の終止符を打つために姉と向き合う。

 姉は血に狂った。死者である彼女を、これ以上現世に置いてはならない。

 ただ、一つだけ釈然としないことがあった。

 

「その前に、一つだけ聞かせてください。どうして、あの技で戦ったのですか。姉さんが暴走した時のあの技を、私が研究していない筈がないのに」

 

 ――そう。

 惨劇の引金となった術。

 それをヘルラージュが理解していない筈がなく、その技を使用するなど、あえて弱点を晒したようなもの。使うとしても、欠点の克服ぐらいはしているだろうに。

 本当に生きようとするならば、明らかに不自然な点を、ヘルラージュはどうしても捨てきれなかった。

 

「たまたまよ。貴方が調べていたことを、私が知らなかった。それで終わり。これ以上犠牲者を増やしたくなければ、私を殺せ。早く!」

 

 最早自分は本能で人を殺すのだとミアラージュは言った。

 どこか急ぐように、切羽詰まったように、挑発ではなく懇願のように。

 その様子は、悲痛な叫びを伴うかのようだった。

 

「そうかい。だったら望みどおりにやってやるよ」

 

 逡巡するヘルラージュを押しのけ、ルークが向かい合せに立つ。

 その手に握られるは短剣。

 何らかの魔術的効果が付与された代物ではないが、深く心臓に突き立たせれば、それだけでミアラージュは朽ち果てるだろう。

 

「ルーク……?」

「いいんだよ。こんな仕事は、俺みたいな悪党がやるべきなんだ」

 

 頭を振り、短剣を振り上げるルーク。

 これでいい。

 最後に手を汚すのは、自分一人でいいのだと、

 

 そこに手が添えられた。

 

「――何を、」

「駄目ですわ、それは。貴方は私の副官で、右腕で、相棒でしょう?だから、一緒にやりましょう」

 

 この罪は、貴方にも半分背負ってもらうのだと、ヘルラージュは自分の副官に微笑んだ。

 

「……承知」

 

 それを受けて、彼女に適わないことを、彼は改めて心に刻んだ。

 改めて、姉と向き合う。

 

「全く、折角の死に様が台無しよ」

 

 目の前で惚気を見せられたミアラージュは文句を零す。

 妹が手を汚すことを気遣う様子に、姉はわずかに微笑み、わざとらしく腕を広げ、心臓を差し出すように立った。

 そして正面に立つ彼以外の誰にも見えないように、唇だけをこう動かした。

 

 ――あの子の事、お願いね。

 

「……ッ!」

 

 二人は短剣を振り降ろし――

 

 

「待ってくれッ!そうじゃない、待てーーッ!!」

 

 

――刃は刺さる寸前で止まった。

 

 

 割って入った存在に、後ろに下がって距離を取る。

 

「……キャサリン?」

 

 無力化されたはずの人形が、彼らの間に割り込んできたのだ。

 

 キャサリンは必死の形相で告げた。

 彼女らに用意された、避けようのない運命を。

 

「ミア様には時間がない!あんた達が手を汚す必要なんてない!

 

 ――もう三日と経たずに、魔女様は土に還るんだよ!」

 

「――キャシー!!どうした!?やめろッ!」

 

 従者の手に持つ"あるもの"を見て、ミアラージュは叫ぶ。

――やめろ、やめてくれ。どうしてそれが。

 

「ここはアンタたちを満足させるために、仇討ちをやり遂げさせるために、ミア様が用意した舞台だ!

 ……勝手に死ぬんだよ!その前に宿怨を終わらせたいと願ったんだ!だから、もういい!やめてくれ!!」

 

 主人を殺さないでほしい。

 その願いは、至極真っ当なものだ。

 だが、復讐そのものが、仕立てられたものだというのは、如何にも納得し難いものがある。

 だって、それならば――、

 

「……どういうことだ」

 

 ヘルラージュよりも先に、ルークが問う。

 ここで苦し紛れの命乞いをするようならば、諸共に止めを刺すことを辞さないつもりだった。

 だが、キャサリンの声に、表情に、取り繕うような要素は見当たらなかった。

 

「その話だけじゃねえ!まだある!」

 

 そう言って差し出されたのは、一冊の本。

 随分と古ぼけたその本。その表紙には、一人の名前が綴られていた。

 

「……ママ?」

「ミア様が隠していた日記だ。あんたの母の日記になる。読んでみな」

 

 ヘルラージュは差し出されたその手帳を受け取り、読み始めた。

 

 ~~

 

 

 ○月×日

 

 ついに『黄泉還り』の秘儀は完成した。

 あとはこの奥義を実践するだけ。

 必要な下準備は夫が済ませていることだろう。

 

 これでミアが帰ってくる。

 ヘルに不相応な訓練を与えなくても良くなる。

 

 これで、ラージュの血は安泰だ。

 念のため、以下に術式を記しておくことにする。

 

 (以下、難解な魔術言語での術式が記されている)

 

 

 □月△日

 ――やった。成功した! 

 ミアは蘇った。

 感動の余り、夫と共に年甲斐も無くはしゃいでしまった。

 ヘルも喜んでいた。

 ああ、今夜はお祝いね!

 

 

 ☆月#日

 無事に蘇生したミアが、血液を求め始めた。

 どうやら術式に欠陥があったらしく、生命力を外部から取り込まなくてはいけないらしい。

 ごめんなさい。ミア。

 こんな不完全な身体で蘇らせてしまって。

 

 でも大丈夫。

 血液ぐらい、私達がいくらでも持ってきてあげるから。

 

 

 %月$日 

 ……足りない。足りない足りない足りない!

 

 ペットはもういない。

 家畜の血でも足りないと可愛いミアは言った。

 

 やはり、人の血を与えないといけないのだろう。

 

 ……だが、私達家族の血はダメだ。

 最も効果的であるだろうが、ヘルを捧げようものなら、可愛いミアは間違いなく自ら死を選ぶ。

 大体、万が一のことがあった場合の保険を捨てるなど、あってはならないことだ。

 大丈夫、まだ当てはある。

 教会の墓地に先日新しく埋葬されたものがいると聞いた。

 

 ……鮮度に不安があるが、賭けてみるべきか。

 

 

 ?月!日

 墓地で使える死体は尽きた。

 人の血が最も効果的であることが分かった以上、ためらうことはない。

 可愛いミアの為だ。

 

 たかが一人二人屋敷に持ってくる程度、どうという事も無い。

 

 まずは、子供から試してみるべきか。

 

 

 *月#日

 ……あの子が血を拒み始めた。

 やはり死体を第二倉庫に放り込んでおくのでは不味かったか。

 死体を発見された以上、墓場から持ってきたという誤魔化しも聞かないだろう。

 明日、夫と共にミアを説得に行く。

 あの子はラージュ家の宝だ、二度と失わせるわけにはいかない。

 

 そう、二度と――

 

 

 ~~

 

――キャサリンが持ってきた母親の日記に書かれていたのは、禁忌の真実そのものであった。

 

 ミアラージュが蘇った後に血液を求めたこと。

 それを解消するために姉妹の両親はその手を数多の血で染め、最後には人間にまで手を出したこと。 

 

「姉さん。いえ、お姉ちゃん。これは――」

 

 目の前の、仇ですらなかった、哀れな姉を見る。

 

「……誰が、誰が止めろって言うんだ!全部、全部私のせいだ!私が血を欲したのが悪いんだ!そうでなければ維持できないこの身体が――!父と母が狂気に走ったのも私のせいだ!だから、悪いのは全て私なんだよッ!!

 

 ……討て、ヘル、討てっ……!!

 

 

 討てよぉ……」

 

 涙を流し、懇願する。

 その有様を見て、彼女が血を求める怪物だと思う者は、ここにはもういなかった。

 

「お姉ちゃん……。じゃあ、パパとママを殺したのってもしかして……」

「誰が止めるって言うんだ、あれを……。私しかいないだろうが……」

 

 だから殺した。両親が狂ったのは自分のせいだから責任を取らなければいけない。

 そして最後にヘルが自分を討つことで罪の連鎖が終わるのだとミアは叫んだ。

 

「おんなじだぜ、ヘルさん?今回の件もな」

 

 キャサリンは自分が家畜から血を抜いたのだと言った。

 ミアラージュと、少しでも生きていたいという思いからの犯行なのだと。

 

 真相を知り、ヘルラージュはミアラージュに近寄り、優しく抱きしめる。

 

「ヘル……?」

「……そう、鬼火だったわ。私達の復讐は、ただの幻だったのね」

「リーダー……」

「ごめんなさいルーク君。恩人である貴方をこんな茶番のために付き合わせてしまいました」

「いや、いいさ。ここまで来なかったら、その事実もわからないまま幻の仇を追い続けて、毎晩うなされ続けていただろうしな」

「な、なんでそのことを!?」

「大変だったんだぜ、そのたびに落ち着かせるのは。ま、これからはその必要もないだろうがな」

 

 悪癖を晒され赤面するヘルラージュに、ルークはケラケラと笑って見せた。

 彼もまた、彼女の復讐が悔いのない結末に終わった事を理解した。

 

「もういいです。パパとママが側にいるということは、今でもあなたの事が好きなのでしょう」

 

 霊となり、理性を失ってなお姉の側にいる両親を見る。

 相も変わらず自分の事を見ているのかどうかわからないが、それでも肉親としての情があるのだけは分かった。

 

「ヘル、駄目よ。まだ終わっては……」

「何も、誰も恨んではいません。ただ――」

 

 血に濡れた姉妹の因果。

 

 あの日、あの時、両親の死に顔を見ていたら、

 あるいは、もっと前から家族の事を見ていれば、

 このような結末にはならなかったのだろうか。

 復讐の道ではなく、姉の手を取ることもできたのでは無かったか――?

 

「ただ、もっと早く、姉妹でいたかった……!」

「ヘル……!!」

 

 涙を流し、自分よりも小さな姉をより強く抱きしめる。

 姉もまた、涙を流す。

 こんな自分をまだ姉妹と呼んでくれることを嬉しく思い、姉妹としての別れを与えてしまうことに、悔恨を感じながら。

 ああ誰か、神様?誰でもいい。

 どうかこの哀れな姉妹に、手を差し伸べてほしい――。

 

「なーに、諦めムード漂わせてるんでちか」

「……え?」

 

 ――当然!

 ハグレ王国の国王は、目の前の悲劇を悲劇のまま終わらせたりはしない!

 

「三日あるんでちね?だったら、三日で何が出来るのか考えてみるんでち!」

「……そうだな。どうせダメだったとしても、やるだけやってみてダメなほうが悔いも残らねえか」

 

 という訳で、ミアラージュの吸血衝動をどうにかするべく考えようとすることになったのだが、

 

 その前に 一つだけ。

 

「ところで、お前関節外したはずなのになんで動けてんだ?」

 

 ふと、流されかけていた疑問を思い出して、ルークがキャサリンに問う。

 あの時、ルークは確かに右足以外の関節を外した。

 だが、今の彼女の関節は、全て元通りに嵌っている。

 

「あ、そういえばそうでちね」

「自分で直すことは流石に無理だろうし、他の人形にでもやってもらったのか?」

「そんな繊細な真似ができる知恵はない筈だけど……」

 

 その場にいた面々も、同じように疑問を覚える。

 当のキャサリンも、ここに来るもう一人の存在を思い出して口を開いた。

 

「ああ、それはだな――」

 

 

 

「私だよ」

 

 

 

 カツン。

 

 カツン。

 

 声と共に床を踏み鳴らす音が、通路から聞こえてくる。

 

「いやすまない。立ち聞きするつもりはなかったのだが、どうにも出るタイミングというものを逃してしまってね。剣采は聞こえていたのだが、こう脆い床だと走るのも一苦労だし、収まったと思えば、少々大事な話の最中と来た。まあ、彼女が割って入らなければ私が一度止めるつもりではあったのだがね」

 

 近づいてくる声の主、

 

 暗がりより悠々と歩み出たそれは――

 

 人間である。

 

「しかし、どうやら中々の難題を抱えているようじゃないか。屍人の吸血衝動――成程、これはやはり、私がここに来たのは最適な選択であったということだろう」

 

 その顔は、息を呑ませるほどの美貌を備えており、

 

 歩く度に揺れる白金の髪は、絹糸よりもなめらかで、

 

 叡智の結晶(めがね)越しにこちらを見つける黄金の瞳は、空に座す星々にも引けを取らない輝きを放っているようにも見え、

 

 身に纏うその外套は、星々を散りばめたような意匠が施され、裏地はどういう原理か宇宙を幻視させるような闇を抱いている。

 

 なにより、たった今まで激戦が繰り広げられていたその場に現れ、何の驚きもなく、ただ穏やかな笑みを浮かべているその姿は、

 

 人を救う聖者のようにも、人を嗤う魔王のようにも見えた。

 

「あ、アンタは……」

 

「おや、私がここにいるのが信じられないといった顔だね。

 だがしかし、だ。

 

 星々は必然として我々の行く末を指し示すものであり、

 

 君が私やシノブを追う以上は、どのような場所での遭遇も決してあり得ないものではないだろう?

 

 

 

 ――なあ、エステル」

 

「……いや、だからと言ってもさ。

 何でアンタ、いや貴女がここにいるのよ、先生!?」

 

 

 全くの予想外の人物の登場に、エステルは驚愕の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回ルークが使用した固有スキル。

☆カムフラージュ 消費MP10% 消費TP20
しばらくの間戦闘不能になってもTPを消費して復活する。(1回・4ターン)
蘇生時のHPはTPに依存。
死んだふりで致命傷を回避できる。

☆スケープゴート 消費MP14% 消費TP25
味方一人の狙われ率をぐぐーんと引き上げる。(1ターン)
仲間を囮にして難を逃れる技。控え目に言って下衆い。
挑発の切れ目に使ってみたりしよう。

次回予告という名の謎ポエム

血に狂った因果は捻じれ曲がり、今ここに一つの形を成した。
それは人のキズナがもたらしたものか、あるいは果てなき祈りの結末か。

――また、次の星が光る。

(魔女の館編)MVPは誰?

  • ヘルラージュ
  • ルーク
  • ローズマリー
  • デーリッチ
  • その他

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