あの、8000字くらいに納めるはずだったのになんで3000字も増えてるの?
おかしいね?
「な、なんで貴方がここにいるのよ。先生!?」
「久しぶりだねエステル。元気そうでなにより」
ハグレ王国の旅路において、三度その痕跡を残し、今なお暗躍を続ける召喚士アルカナ。
その彼女がここに現れたことに、エステルは驚愕する。
「なっ、先生だって!?」
「というと、この人があの……?」
王国の面々も、話には聞いていたがついぞ姿を見せることの無かった人物と、このような場所で出会ったことに、戸惑いを隠せない。
「まあ、エステルの疑問も最もだ。私が此処に来た理由だが、生徒の忘れ物を届けに来て、その途中で彼女と出会い、故障を直してやったに過ぎん」
そう言ってアルカナは懐から何かを取りだし、投げつける。
合間にいた者たちの間をすり抜け、ミアラージュの手に収まったのは簡素な封筒。
開けてみると、白紙のレポート用紙が一枚。
「なにこれ?」
「忘れ物だと言っただろう。私の宿題を提出せずに死のうとするとは、中々いい根性をしているな。ミアラージュ君?」
「そういえば、そんな事言ってたわね。……もしかして、これの為だけに来たの?」
「そうだよ。目ざとく忘れ物を発見した生徒に感謝するといい。そうでなければ、私は今頃村にとどまっていただろう。まあ、その場合はその場合で帳尻が合っていた可能性も否定はできんが」
「……は?彼女の先生?」
目の前の魔女と、恩師が師弟関係にあるなどエステルの記憶にはなく。
身内の方に目をやれば、知らない知らないとヘルラージュも首を横に振った。
「……言ったでしょ。小学校に行ってるって。そこで教師してるのよ、この人」
「そういうこと。別におかしな話でもないでしょう。私が定期的に各地の学校に講義をしに行ってるのは、お前も知ってるはずだけど?」
「いや、いやそうだけども……?」
一応の説明が付くとは言え、あまりにも突拍子が無さすぎる登場に、エステルは困惑する。
つまり、ミアラージュの通う小学校……ハグレ王国が依頼を請けたクックコッコ村の児童学校にアルカナが滞在しており、その縁を以ってハグレ王国とアルカナはここに邂逅を果たした。
というか、レポート用紙一枚をわざわざ届けに来るなど、大げさに過ぎるとも思われるが、そこはそれ。
人と人のめぐりあわせという者は斯様に突拍子の無いものでもあるのだというのがアルカナの主張でもある。
恐らくこれ以上の説明をつける気もない師に、エステルは無理やり納得することにした。彼女としては後で問い詰めるつもりではあるが、この場でわざわざ話の腰を折る必要もないと判断したのだ。
「まあ、ミア君との馴れ初めはさておき、話は部屋の外からこっそり聞かせてもらっていた。私としても見知った相手がただ死ぬのも嫌だからね。話に加わらせてもらいたいのだが、いいかな?」
「えっ、いやうん。貴女ほどの人物が協力してくれるというのなら百人力ですが……」
突然現れ、突然協力を申し出てくる絶賛不審人物状態のアルカナに、ローズマリーも少々戸惑うが、エステルの知り合いであることもあってか、その提案を受け入れることにした。何より、ここで彼女との接点を作れたのは僥倖であるかもしれないからだ。
「えーと、一緒に考えてくれるんでちか?ならデーリッチからもお願いするでち。せっかくヘルちんがお姉ちゃんと再会できたのに、こんな結末じゃ悲しいでちからね」
「君は――。そうか、君が王様か。王様のお願いとあらば、聞かなくてはならないね」
声を掛けてきたデーリッチと、アルカナは見下ろす形で目を合わせた。
そして、何か天啓を得たように星術師は目を見開く。
「……?デーリッチの顔に何かついてるでちか?」
「――いや。新人気鋭の王国のトップがどんなのか気になっただけだよ。成程、人が寄っていくのも納得の顔つきだ」
「え、そう?やっぱりわかる人にはわかっちゃうんだなー。デーリッチの王のカリスマってのが」
「人畜無害。どんなに警戒心の強い動物でもこいつなら安心できると一目でわかるマスコットって感じだ。正直このまま抱きしめて愛でたいぐらいには可愛らしい」
「ん?んん??」
「はいはい!話がズレてきてるわよ!!」
思ってたのと違う答えが返ってきて首を傾げる王様と、明らかに話が脱線しているのでエステルが注意する。
「ああはいはい。すまんね。実のところ、ミア君の症状についてはある程度の見当はついている」
「えっ本当!?」
あっさりと答えを出したことに驚愕するヘルラージュ。姉の生存に関わる事であるために、藁をも掴む勢いだ。
「反応ありがとう。とは言え、仮説だから事前知識と合わせてこの場にいる全員に説明する。その上で処置を検討しようと思う」
「おっ、久しぶりの先生の講義だ。皆、メモを取っておくと良いわよ」
そうして、召喚士協会にて教室を持つ彼女から簡潔な説明が行われる。
「まず、どうしてミア君が血液を取り込む必要があるのかという疑問点について。まず血液を主なエネルギー源にするという生命体についてだが、それはこの世界にもいくつか存在している。小さな動物や虫はこの際除外して、人以上のモノに絞らせてもらうと、吸血鬼が最もメジャーだな。連中は人型でありながら魔物と同等の能力を発揮するがゆえに、必要とするマナも尋常の量ではなく、そのため他生命の血液から直にマナを含めたエネルギーを取り込んでいる。つまるところ、体内で生成されるマナと消費するマナが釣り合っていないんだ」
「成程成程」
「だから微妙に魔物とは違うのね……」
「私の場合もそうだってこと?」
「ミア君の場合はそうだな、アンデッドとして蘇ったこと自体に問題があるのだろう。要は体が半分死体だから、代謝が上手く機能していないわけだ。質問するが、血液を摂取しないとどうなる?」
「えーと、酸欠みたいに頭がぼーっとして、物事を考えられなくなって、身体も動かなくなっていく……」
ミアラージュの症状について、ローズマリーには思い当たる節があった。
「……マナ欠乏症?」
「うん、正解。なら答えは簡単。外部からマナをぶち込んでやればいい。輸血みたいにね」
その言葉にアルカナは頷く。そしてリュックの中を探り、やがて赤い液状の物質で満たされた瓶を取り出した。それはハグレ王国の者達にも見慣れた物であり、王国参謀にとっては生命線とも呼べる代物であった。
「それは……!!」
「今更説明いらんでしょ。という訳ではい。これを摂取しなさい。血とかではないので安心して飲むといい」
ミアラージュにマナジャムの瓶を渡し、今後の処置について考えだす。
「応急処置はこれでよし。えーと、つまりは外部から定期的に魔力を補給できればいいからマナジャムの在庫を確保すればいいわけだな」
「……妖精王国に行けというわけですね?」
「話が早くて助かる。急ごうじゃないか」
アルカナはそう言い、歩いて館の出口に向かおうとする。
「ああいや、待ってください。もっと早く行ける方法がありますので……」
パンドラゲートでの転送を提案するローズマリーに、アルカナは足を止めて振り向いた。
「ん?ああそっか。君達にはそれがあったか。なら丁度いい。相乗りさせてもらうよ」
そんな様子を見て、どうやらこの人は思考だけで走る癖があるのだなとローズマリーは思った。
◇
妖精王国、事務所前。
「おっとと。これがワープの感覚か。慣れないうちは酔うやつも出てくるんじゃないか?」
ゲート移動を初体験しての感想をアルカナは語った。
「そんなこと言って、全然平気じゃない」
「まあね。ワープの理屈自体は特別って訳でもないようだし、気をしっかり持っていれば大丈夫さ」
「……」
ヘルラージュに抱えられているミアラージュも初ワープであるのだが、反応を示さない。
見れば、顔が青を越えて白くなりかけていた。
「あの、一人重症者が気分悪くしてるんですが」
「お姉ちゃーん!?」
「大丈夫、大丈夫よ。この程度、血液が足りないときに比べたら……」
「それで、どうします?アポなしで来ちゃいましたけど」
「まあ、このまま行くしかないでしょ」
人様の建物の前だというのに一気にてんやわんやな一行。
そんなことをしていれば、当然中にいる人物は、騒がしくなった外を訝しんでやってくる。
「もうなんなんですか騒がしい……」
「やあプリシラちゃん。久しぶりだね」
「……アルカナさん?どうしてハグレ王国の方々と一緒に?」
「色々あってね。今回は急用だ。彼女にマナジャムを大量に打ち込んでやってほしい」
アルカナはそう言ってミアラージュを引き渡した。
プリシラは受け取った彼女から感じる重みが明らかに不自然であることに気が付く。
「わ、軽っ」
「ちょっと、いきなり失礼じゃないの?」
「いやだってヅッチーよりも軽いのちょっと引きますよこれ……」
「マナ欠乏症の急患だ。ほっとくと君達みたいにえらいことになる」
そうしてベッドに寝かされ、マナジャムを点滴で打たれて安静となったミアラージュ。
彼女の容態が良くなるまで、一同は腰を落ち着かせることにした。
ローズマリーは妖精王国で待つらしい。プリシラと話をつけていたことから、また両王国間で色々と積もる話があるのだろう。
デーリッチは他の面々を連れて一度ハグレ王国に帰還した。帰ってくる頃には、暇つぶしの漫画本でもわんさか持ってくるのだろう。
エステルはアルカナさんを引っ張って事務所の外に連れ出していった。いや、どちらかと言えばここで色々と質問攻めにしようとするエステルを教授が外へ誘導していった形になる。
皆、ようやく一息つくことができると言った感じだった。
――そして俺は、一人部屋の外。扉のすぐ側でアイツを待ち構えていた。
「よう、リーダー」
「……」
声を掛けてみるが、ヘルは黙ったまま。
そう、おそらくこの中で一番気を張っていたのはあいつだ。
だから今のうちに自分だけでも労っておこうと考えて、人目のないところで待っていた。
向こうとしては用を足すといって出て行ってから、一向に戻ってこない俺を探していたのだろう。姿を見るや否や、ヘルはいきなりこちらに倒れかかってきたのでしっかりと受け止める。
おいおい。今度はこっちが倒れそうになるとか、勘弁してくれよ。
「まあ、その、なんだ。良かったな。姉さん、助かりそうでさ」
「……ええ!!本当に、良かった……!!」
振り払ったりせずに、言葉をかけると、ヘルは雑巾のように汚れてしまったシャツを強く握りしめてきた。緊張の糸と共に、色々と張りつめていたものが切れたのだろう。皺になることなど、どうせこの後リサイクル行きになるのだからと気にせず、ヘルの涙を受け入れた。
次にデーリッチが来た時に、一度着替えるために戻る必要はあるだろう。なんて場違いな事を考えて、この今日の事を思い返す。
――思えば、酷く長い一日だった。
館に足を踏み入れてからの滅茶苦茶なホラーに、思い出すのも忌々しい音響兵器との連戦。
クソ面倒な人形との戦いに、姿を見せたヘルの姉。
……今となってはこっ恥ずかしい、後で拠点の連中に弄くりまわされるのだろう、その場のノリでヘルにぶっ放した口説き文句。
そして秘密結社としての大一番に、あのピンクの上司まで出てきて、もうこれ以上は拠点に戻って眠りたいぐらいだ。
――そういえば、秘密結社はどうするのだろうか。
ふと、そんなことを思い至った。
秘密結社の発端である、復讐という目的は消えた。
それに伴って、ヘルの悪人になるという動機も無くなったことで、悪党の振る舞いも続ける意味はなくなった。
仮にヘルが止めると言ったら、どうするのか。
色々考えてはみるものの、別に本人に問いかけたりはしない。
止めるなら止めるで本人の口から言うだろう。自分はそれを受け入れるだけでいい。
元々ヘルとは二人で組んでいたのだから、別に問題はない。
王国での暮らしも、気持ちのいい仲間との冒険には欠かすことがなくそう悪いものじゃないし、別に離れる理由も無い。
なんだ、悩むことも無いじゃないか。
俺はヘルの隣で、頼りないリーダーを支える副官でいる。
たったそれだけでいいじゃないか。
まあ、それに、だ。
こんなに楽しい馬鹿騒ぎを、彼女は今更やめるとは言わないだろう。
◇
「全く、いきなり病人を運び込んでくるとか驚きましたよ」
「ごめん。マナジャムの大量摂取ができるとしたら、ここしか無くて」
「お姉ちゃん、大丈夫なの?」
処置を受けて数時間。
ヘルラージュは気が気でない様子で姉の容態を訪ねる。
「ええ、落ち着いていますけど。……いや、正直、落ち着かずに今にも動いてやろうとウズウズしていますね。少なくとも、三日後に死ぬような顔はしてないですよ」
「はぁ~~~~~~」
姉が助かることが分かり、ヘルラージュは大きなため息をついた。
「ある程度はアルカナさんから説明を受けていますが、ええと、妹さんでしたっけ?正直信じられないですね」
恐らくラージュ姉妹の見た目の事を言っているのだろうが、当のプリシラ自体、ヅッチーと同等の幼女体からほんのわずかな期間で成人女性の大きさに成長しているので人の事は言えたものではない。
「ねえ、退屈よ。いつまでここにいればいいの?」
とうとうベッドの上で積読の漫画を消化するのにも飽きてきたミアラージュが、寝室から出てきた。その顔色は健康体そのもので、快復に向かっていることは見てとれた。
「おや、眠るなら棺桶型のベッドが良かったかな?」
「そういうのいいから。それより、教えてよ。あなた達が今、私に投与しているものは何?」
この状況下では洒落にならないジョークを飛ばすアルカナを無視して、マナジャムについての説明を求める。
「マナジャムを薄めたものだよ。少しお塩が入っているけど」
「マナジャム?どうしてこれで私が元気になるのよ?」
聞きなれない単語にミアラージュは首を傾げる。
「先ほども解説したとは思うけど、君はマナを体内で生成できていないんだ。だから外部から血液という形でマナを摂取しなくてはいけない。マナジャムはマナを豊富に含んだ果実を
「良かったですわね、お姉ちゃん」
今後はマナジャムを摂取すれば、問題なく日常生活を送ることができるとのこと。
ミアラージュは長年抱えていた問題を一瞬で解決したアイテムが世の中に存在していることを信じられないようだった。
「ねえ、だったらどうしてこれを世界中に流通させないの?」
故に、その疑問は最もである。
何せマナは生命力の元とも言える世界の構成要素だ。今回の様に人への健康食品に用いることができる他、古代文明の動力としても使用できる。大気中のマナ濃度も操作できる等多岐に渡って活用方法が見いだせ、その気になれば環境的な問題をすらも一気に改善できてしまうだろう。
そんな代物が市場に乗っていない。とするならば生産地点で流通制限がかけられているのだろうという推理をミアラージュは言った。
「そうですね……。そもそも妖精達のために生産しているので、現状だと生産量が単純に追い付かない。
あと、作った本人が失踪していて、これを広めていいのかの判断がつかないんですよね……」
そこまで言って、プリシラはアルカナの方を見た。
「そこの所、どうなんです?」
「ああ、シノブから権利は委託されてるけど、まだ開発段階だからな。協会の方でも栽培ができないか秘密裏に研究を進めているけど量産化できる環境が整ってない。だから安定供給が可能になるまでは流通許可は出さないつもりだよ」
「だ、そうですよ」
「……ん?今なんて言った?」
失踪していると言いながら、この場にいる人物が許可を判断していることに疑問の声が挙がる。
「あ、特許責任者は私です。どうも」
妖精王国と関わりをもった段階で、既に開発者のシノブと特許関連についての話はついている。表舞台に出たがらない彼女の代わりにアルカナがその手の管理を引き受けているのだと説明が入った。
「うわあ責任者出てきちゃったよ」
「えぇ……?」
「この人ホント何にでも関わってるな……」
「立場と人脈は使いようってね」
大人の武器を最大限に活用して好き放題するアルカナであった。
「じゃあ、貴女にお礼を言えばいいのかしら?」
「いやいや、私がしたことと言えば途中で割り込んで知識を並べ立てたぐらいだろう。これは予測だけど、私が関与しなくても収まるところに収まっていたんじゃないかな。マナジャムについてはそこのローズマリー殿も保有していたようだしね。まあ、君のような聡明で麗しい少女を助手として側に置くのも悪くないけど」
「今、欲出しかけたでしょ?」
「出してない出してない」
自分ではなくハグレ王国にこそ返す恩があるというアルカナ。しれっと欲望を丸出しにした部分をエステルに指摘されるも素知らぬ顔だ。
「そう。あなたがそう言うなら……よし、決めたわ。私、あなた達の王国に帰属する!」
「え!?」
少し考え、ミアラージュはハグレ王国の仲間として加わる事を決めた。
しかしローズマリーは、受け入れ態勢が整っていないのにそういうことを言われてもと困惑する。
「ふぃー、遅くなったでち。漫画持ってきたでちよー!」
「おっすおっす。ミアさんの容態はどうなった?」
タイミングよくデーリッチとルークが戻ってくる。
そこで、ミアラージュは大声で質問を投げかけた。
「王国に入ってもいいかなー!?」
「いいともー!!」
デーリッチは当然二つ返事で了承する。
「よし!いいって言ったわよね!?もう取り消しダメだから!じゃあ、明日からよろしく!!」
とまあ、非常に軽いノリで、ミアラージュの王国入りが決定したのだった。
「えーと、どういう事だ?」
「うふふ、これからがとても楽しくなりますわね……♪」
◇
ミアラージュお姉ちゃんの処遇にひと段落ついたところで、改めてこの場で会合が開かれることとなった。
「ちょっと、迷惑なんですけど?」
「では改めて。初めまして、となるのかな。ハグレ王国の皆様方。私はアルカナ。アルカナ・クラウン。帝都召喚士協会においては、協会長補佐にして特務召喚士官であり、そこのエステルに、君たちが出会ったであろうシノブが在籍していた研究室の学部長を務めている。また、ハグレ集落の監査官としても任命されている」
「これはご丁寧にどうも。ハグレ王国の経営を担当しているローズマリーです」
改めて互いの名前と所属を交換する二人。
「……えっ!?」
「いや、何で君が一番驚いてるのさ」
「いやだって、先生は確か一級召喚士って話じゃ……?」
「あ、話してなかった?ここ数か月のあれやこれやでね。一度は返上した地位にも再び就かざるを得なくなったのよ」
特務召喚士と言えば、王室からも認められた召喚士として最上級の位であり、召喚について一切の制限がかけられていない、まさしく召喚士を志した者の憧れと言っても過言ではない称号だ。しかもそれを一度は返上したと言った。一体、どれほどの事があっての事なのだろうかエステルには想像もつかなかった。
「あれから大規模な人員の入れ替えが起こってね。なし崩しに協会長補佐に就任。組織の形を保つためにお偉いさん方の機嫌を取ってたら、あれやこれやと特務士官に逆戻りって訳。まあ、これはこれで自由にできる範疇が増えたからむしろ僥倖でもあったんだが」
誰もが羨むようなキャリアアップを、さも面倒事のように語るアルカナ。
大人の余裕、と言うには少々若い見た目の彼女の口ぶりからは、どこか老成したような価値観が見受けられる。
「そういう事言わないでよ。召喚士頑張ってる子がそんな贅沢な悩み聞いたら卒倒するわよ?」
「あっはは。一理あるわ。確かに、人間一度位は組織のしがらみなんてものを体験しておくべきよね」
「うぐう」
その言葉に若干ダメージを受けた妖精が一人。
彼女もまた、不在の女王に変わって国を切り盛りするべく周囲の期待と不安を一心に背負った結果が例の事件に繋がったため、苦笑いをする他ない。
「それに地位というのは己を縛る枷だが同時に強力な武器でもある。特に、私が今進めている計画は、組織を動かせるだけの力が必要になる」
「計画……?」
「そうよ、それについて教えてくれるんでしょうね?」
「いや、まだ駄目だ。少なくともここで話していいことでは無い。特に、王国全員が揃っていないのならね」
「……そうですか」
言外にハグレ王国全員を巻き込む気だと告げられ、ローズマリーはこれが相当に大きな活動になることを予期する。
「今度はこっちから質問しよう。君達はハグレを集めて国を名乗っている。これは事実だね?」
「(……やはり、そこを聞いてくるか)ええ、間違いありません」
「では、何故国として勢力を拡大する?今のご時世、ハグレについての活動は決して良いとは言えない筈だが」
「それは……」
「それはもちろん、ハグレ達の居場所を作るためでち!」
金色の目を鷹の如く光らせて問うアルカナ。その圧力に言いよどむ参謀だが、国王はアルカナの目を真っ直ぐ見て元気よく答えた。
「ふむ?」
「ああ、勿論ハグレだけじゃないでち。この世界でちょっと窮屈な思いをしている人たちが、デーリッチの王国ではのびのびと笑い合って過ごせる……そんな国を、デーリッチ達は目指しているんでち!」
「そうか……。そうか。ありがとう。ならば、何も言うことはないな」
自信満々に、太陽のような、あるいは満天の星空めいた笑顔を見せたデーリッチ。そこに、輝かしいものを見るような目でアルカナは笑った。
「ではこちらから提供できることが一つ。我ら召喚士協会、ひいては帝国の姿勢として、ハグレ王国及び妖精王国に対して、融和の姿勢を取っていきたいと考えている。これはハグレ監査官としての権限を持つ私が述べられる客観的な意見として受け取ってくれて構わない」
「……ッ!そうですか、それはありがとうございます」
続けて出されたのは、一番求めていた答えでは無いものの、値千金のものと言える情報だった。
何せ、ハグレ王国は現在進行形で帝国の領土をちまちまと傘下に置いているようなもの、下手をすれば、ハグレの危険分子として軍が派遣されることも考えなければいけないのだ。当面はその心配がなくなったという事実は、ローズマリーにとっては何よりの報せだった。
「ただし、帝都周辺、特に運河を越えていたずらに進出するのはまだ避けた方がいいだろうね。大陸西部は支配地として重要に思ってないだけで、東部は権力の強い貴族の領地ばかりだからね。反ハグレの風潮は強くなるだろう」
「……肝に銘じます」
当然、釘を刺すことも忘れない。
アルカナにとってもハグレ王国、妖精王国の二つは望外のもの。ここで失われてはいけないものだと、強く感じているのだ。
「悪いが私が今ここで言えるのはこれだけでね。これ以上の込み入った話は、後日改めて会合の場を設けるつもりだ」
「いえ、それだけでも充分な話ですよ」
「まあ、こちらとしても利益になる話でしたし、場所を勝手に使ったことについては不問にしましょう」
(……すげえな、話題をチラつかせただけで完全にこちらへの優勢権を取りやがった)
参謀たちとの会話を横で聞きながら、ルークはアルカナについてそう分析した。
アルカナが出した情報は、実のところ彼女からしてみれば大したものではないのだ。
帝国が王国にどう対応するかはあくまで彼女の意見でしかなく。暗躍している"計画"とやらについては殆ど内情を話していない。エステルの反応からしても、内緒で伝えたという線は消えた。
ハグレ王国に対する世論の反応については、村々で聞き込みなどをして多少調べれば、確証とはいかずともある程度の察しがつくものではあるし、貴族社会である以上は彼女より上の権力者の采配によってあっさり覆ることもあり得ない話ではない。
しかし、召喚士協会の重鎮、そしてハグレ監査官という立場の人物が発したことによって、帝国からの印象が確定したのもまた事実。
彼女は自分の持つ"権限"を見せつけ、最大限の聞こえの良い言葉を発しただけだ。
それだけでもローズマリーからの好印象を勝ち取った。それはハグレ王国を味方につけたと言っても過言ではないだろう。
「ん~~~、よくわからんでち!」
「簡単に言うと。私は君達の事を応援したいって言う事だよ。王様」
「なるほど!そういうことだったんでちね!」
(デーリッチはすぐ相手を信頼するしな……)
今のところ、こちらを陥れようという雰囲気は発していないが、相手はおそらく陰謀渦巻く貴族たちと渡り合えるだけの存在。
目の前の女傑に、自分がどれだけ適うかは分からない。もしかしたら、一切の抵抗も許されずにすり潰されるのかもしれない。
だが、もしもの時のために、ある程度は気を配っておく必要があるとルークは考えていた。
(……ふむ、こっちを注意深く観察しているな。しっかりと斥候の類も機能しているらしい。参謀もなんだかんだ最後の所で見極めようとし続けている。この年齢でシノブやメニャーニャに引けを取らないだけの頭か、組織としては問題なしだな)
アルカナもまた、この会合において、王国の首脳陣及び、汚れ役の類を確認していた。
ローズマリーはこちらを受け入れる姿勢を見せてはいるものの、全てを信用しきったという風には見えない。ここで組織として盲目な面を見せるようであれば、このまま自分がさりげなく介入してテコ入れを行おうとも考えていたが、どうやら無用な心配だったらしい。
そうして、警戒心はあれども割と穏やかな内容で会合は終了した。
「じゃあ私はこれで」
「え、ちょっと。どこ行くのよ」
会合が終わるや否や、とっとと退出しようとするアルカナをエステルが呼び止める。
「まだ学校での講師やる期間が終わってないんでね。君達の拠点にお邪魔するのはもう少し後になるだろう」
「あっ、そういえば。私どうしようかしら……。館から移住するのに運び込むものも色々あるだろうし、王国からあの村まで結構距離あるんじゃないの?」
「好きにするといい。そっちも忙しくなりそうだからね。私の講義の感想は、次に会った時にでも聞かせて頂戴」
「そうね。そうさせてもらうわ」
学生生活に対する未練を思い出し、事が片付いたら復学するのも一興だとミアラージュは考える。
「ああそうそう、ではこれを渡しておこうか」
去り際にエステルに手渡されたのは、ある一点に印がされた地図であった。
――『クラウン領下、ハグレ獣人区指定区域、ケモフサ村』
「え、何この地図?というかクラウン領って先生の……」
「五日後だ!この地図の場所に王国と共に来るといい!そこで、君達と本格的に話し合う場を設けたい!歓迎の準備もしておこう!!」
その言葉を最後に、有無を言わさずアルカナは立ち去ってしまった。
「……嵐のような人だったね」
「ああ、しかしこれは大きい。何せ向こうからのお誘いだ。ここで帝都との繋がりができるというのなら、今後も上手くやっていけるのかもしれない」
まくし立てるような口調と含みを持たせた発言で強烈な印象を残していったアルカナ。
そんな彼女との思わぬ接触によって、今後の明確な指標ができたことを、ローズマリーは幸運と受け取ることにしたようだ。
アルカナも帰り、ミアラージュも退院したことで、一同も散々占拠した妖精王国から帰宅することにした。
「それじゃ、帰って打ち上げだね。いや、この場合は歓迎会になるかな?」
「ああ、それならとっくにミアさんの歓迎パーティとして話が進んでるよ。今頃料理も並んで、後は主役の俺たちが戻るだけだな」
「どの道王国入りは決定していたか……」
参謀の知らない間に、受け入れ準備は万端になっていた様子。
ヘルラージュは意気揚々と姉の手を取る。
もう、要らぬ血で汚れる必要のない、小さな手を。
「随分楽しそうじゃない。ヘル」
「うん!だってお姉ちゃんとまた一緒にいられるんだもの!」
「やれやれ……」
「ところで貴方、ヘルとどこまでいってるのか、教えなさいよね?」
「……え?」
この後、宴会ではルークのヘルラージュに対するアプローチについて散々いじくり回された挙句、周辺の村にまで話が広まり、しばらく周囲の話題は持ち切りだったそうな。
アンケートは今回でひとまず区切りです。次回投稿までが〆切。
特に意味はないけど、今後のキャラクター描写を考えるためのひとつとして受け取らせていただきます。
次回は宿屋イベント系の小話集。
エステルとアルカナが何話していたのかはそっちに収録予定です。
(魔女の館編)MVPは誰?
-
ヘルラージュ
-
ルーク
-
ローズマリー
-
デーリッチ
-
その他