ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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その24.白翼の一族

「――――白き翼(アルバトロス)?あなた今、アルバトロスって言ったの?」

 

 アルカナが告げた、真の名前。

 それにいち早く反応したのが、ミアラージュだった。

 

「おや、知っているのか。流石は旧き古神術の継承者、といったところか」

「元、よ。今はヘルが後継者。

 もっとも、そんな肩書にもう意味があるのかはわからないけど。

 ……それより、貴方のその名前、本物かしら?」

「勿論。偽りのない事実だとも」

 

 生まれがフカシではないかというミアラージュの問いを、アルカナは自信をもって肯定する。偽る者さえ現れる……彼女の一族はそれほどまでに高名なのだ。

 

「あの~。アルバトロス、って何なの、お姉ちゃん?」

 

 なお、同じ継承者でありながらも知らないぽんこつが一人。

 

「いや、あなたも知っときなさいよ!

 割と初歩の初歩よ、アルバトロスの家系って……。

 それとも、()()()()()って言ったらわかるかしら?」

「……えっ、白翼!?あの伝説の!?」

「やっぱり知ってたじゃない……」

 

 度忘れをかましていた妹に姉は呆れた様子だ。

 

「あの、ミアさん達は知っているんですか?」

「そうね、ローズマリー。魔術師を志したのなら、一度は聞いたことはないかしら?

 かつて大国を導いた星詠みの魔術師。

 その出身地の名は、城塞都市エルセブン。絶海に浮かぶかの魔導要塞こそは、あらゆる叡智が集う場所って」

 

 大陸から西に、北に向かった先の絶海。

 航路より外れたそこにあるは一つの要塞。

 

 その名をエルセブン。

 

 五百年以上の歴史を持つ魔術一族が治めしかの島は、単体で完結する閉じた異界であると。

 

「そして、その島を治める一族の名前こそが、アルバトロス。渡り鳥の名を持つ白翼の一族こそ、彼女のルーツということね」

「ご明察。彼女の言う通り、私はこの大陸の出身ではない。私は白翼の一端として生を受け、当然の如く星の魔術を修めた。そしてある出来事がきっかけで大陸に出て、私の噂を聞きつけた帝国に宮廷魔術師として招かれたんだ」

 

 超待遇の過去がさらりと明かされた。

 

「へ? 先生が、宮廷魔術師? ……マジでか」

「別に驚くことではないですよ先輩。むしろそれぐらいのキャリアがなければ、この人の滅茶苦茶な経歴にどう説明をつけるんですか?」

「とか言って、お前も私の素性を聞いたときはぽかんと口開けて30秒ぐらい固まってたじゃないか」

 

 師の経歴を唯一知らされていなかったらしいエステルは、初めて聞いたその事実をどう咀嚼していいか分からなかったが、メニャーニャの言葉で多少の納得できてしまった。他の者達も驚愕よりは、この訳の分からないレベルで自分達を翻弄してきたコネクションの広さへの裏付けが取れたことによる納得が勝っていた。

 

 召喚士協会の設立当初からいる人間で、様々なところに顔が利いて、ハグレ監査官という役目を担っているアルカナが、ぽっと出の魔術師である訳が無いのである。

 

「白翼の一族が伝える霊子星術は、この世界において極めて希少で高度な技術……魔導の歴史をひも解いても、百以上の国がその叡智を求めたと聞きます。それはこの帝国も例外では無かったという事でしょう」

「経済力による支配を行っていた帝国にとっては、喉から手が出るほど欲しい逸材だったというわけだ。何せ、高度な未来予測までできるのだからね」

 

 未来を見通す目を持つことができれば、経済の流れを思いのままコントロールすることも不可能では無い。

 帝国の経済が滞り始めていることに悩んでいたユーグレア3世は、星のように輝く魔術を操る《星を見る者(スターゲイザー)》なる冒険者の噂を聞くや否や、その者を宮廷魔術師として招聘した。

 

 それが当時のアルカナであり、弱冠18歳のという類を見ない若さで帝国魔術師の頂点に立った存在だった。

 

「まあそういう訳で、私は宮廷魔術師としての地位を得て、発展にもいくらか関わらせてもらった。その時にできた繋がりは今も残っていてね、かれこれ14,5年の付き合いになる者もいる」

「はえ~。すっごいでちね~」

 

 順風満帆とも呼べるアルカナの人生に、素直に羨望の目が向けられる。

 

 とはいえ、これだけでは何の説明にもなっておらず、

 

 むしろ疑問は次々と浮かんでくる。

 その年齢で宮廷にいたのなら、むしろ今こそその影響力は高みに達しているだろうに。

 今この場で辺境の貴族として振舞っていることと、どうしてもかみ合わない。

 

 そんな疑問を解くべく、エステルは切り出した。

 

「でも、それほどの人物だった先生がなぜ召喚士協会(うち)にいるのよ?

 言っちゃあなんだけどさ。協会ってそこまで権限ある組織でもないよね?」

「まさしくその召喚術が開発されたからだよ。おおよそ12年ほど前、異世界より未知の物質、生命、技術を持ってこれるという召喚術によって、帝国はそれこそ末端に至るまでその恩恵を受けた」

 

 エステルやルークにはその言葉は強い実感をもって刺さった。

 

 彼らは幼少期を、その発展していく帝都で過ごしたのだから。

 別世界より溢れかえったヒト、物、技術。

 この世界に元から存在するものではない、異なる技術形態のものが次々と取り入れられ、まるでつぎはぎのように様相を変えていく帝都。

 

 彼らは日に日に自分達の世界が豊かになっていくことに素晴らしさを感じたことを今でも覚えている。

 そして同時に、住み慣れた町が得体のしれないものに変わっていくことへの恐ろしさもまた、忘れたことは無い。

 

 とは言え、世間は召喚術による一大ムーブメント。

 宮廷や議会も召喚による利益を最大限に得るべく、召喚術を支援する政策や学問としての体系化を推し進めていき、召喚士と呼ばれる職業が世にあふれかえる原因のひとつを作った。

 

 当然、そうなれば割を食う者もいるわけで。

 

「……それが問題でね。みーんな興味がそっちの方にいってしまったんだ。大してこっちは際限なく増える召喚物のせいで未来予測が不安定になった。一人のハグレがもたらした技術によって、予測した未来とは真逆の結果になったことさえある」

 

 外様(とざま)であったからか。それとも、()()()()()()が警鐘を鳴らしたのかはわからないが、アルカナは召喚術を歓迎できなかった。

 

 召喚術で利益を得たい貴族たちや、召喚士として活躍し、発言力を強めたに者達からして見れば、それは目の上のたんこぶとだっただろう。

 流行りに乗れない小娘が窓際族めいた扱いになるのに、そう時間はかからなかった。

 

「まあ、そういう技術がろくでもない結果になるのはなんとなーくわかってたから、皇帝陛下にも諫言したんだ。どうなったと思う?」

「……落ち目の魔術師の言葉なんて、碌に受け入れてもらえない。ですか?」

「大正解。陛下はある程度耳を傾けてくれてはいたけどね。それ以外の貴族どもがこぞって私を批判。結果として、私は宮廷を降ろされたのさ」

 

 帝国の発展を妨げる者を宮廷に挙げておくなど認めるわけにはいかない。

 そうした議会の声から、ユーグレア3世はアルカナに宮廷からの立ち退きを命じた。

 謀殺すらあり得た状況で、彼女がわずかなひと時、その叡智を帝国にもたらした功績を無下にしまいとする皇帝の心情を察し、アルカナもこれを受け入れたのである。

 

「そのあと、私は帝国大学の魔法学科へと立場を置き、召喚士協会の設立に立ち会った。智慧は買ってもらえたようでね、技術局は顧問として私を推薦した」

「ん?召喚士の貴族が先生を追い出したのに協会の幹部にするのっておかしくないか??」

 

 エステルの疑問には、メニャーニャが答えた。

 

「そこはおそらく監視の目的もあったのでしょう。先生の魔術は戦闘能力も抜群だから、まかり間違って他国に渡って報復でもされたらたまったものではない。だから相応の立場を用意して、帝国に残ってもらおうという魂胆でしょう」

「ちょっとそれはいくら何でも我儘が過ぎないか?」

 

 口を挟まれたくはないが、だからと言ってよその手に渡るのはもっと御免だという政治家の我儘に、彼女は顔色を変えず、文句のひとつも言わずに従った。

 と、いうのも。この時のアルカナ自身にはある思惑があったからだ。

 

「虫のいい話だとは思ったよ。でも悪い話じゃ無かった。

 あの時の私は、召喚術に直に関われる立場に就けば、暴走しかけた発展を抑制できると思ったんだ。

 

 

 ……その結果が、あの戦争だがね。

 自分自身の浅はかさを痛感したし、あの時はホント、何もしたくなくなるぐらいには意気消沈した」

 

 それはかつて、己の一族の主席に立ったという実績からか、

 あるいは、人の世を支えんとする一族としての使命からか。

 

 どちらにせよ、混沌を極めた世界を正しく導けると考えた自分(アルカナ)が、自惚れていると自覚させられるのには、そう時間はかからなかったのだ。

 

 

 ――――自分一人が何かをしたところで、世界を変えることはできない。

 

 

 そうして結局防ぐことのできなかった大事件を前に、アルカナは自堕落的な思考に陥っていた。

 

 ちょうどその時だった。

 

 政府から召喚士協会に、暴徒化した召喚人の鎮圧命令が下されたのは。

 

「私も鎮圧側に回されてね。やむを得なしに召喚を行った。ヴィオやブーン、そしてもう一人を含めた3人と出会ったのも、この時だ」

「いやあ。今思えば唐突に知らない所に呼ばれて戦ってくれとか、相当な無茶ぶりだったおね」

「そんなわけで私は3人と遊撃隊を組み、戦場を駆け巡ったのさ。あの時は結構溜まってたし、やけっぱちで流星を降らせたこともあったかな」

 

 今は各地の巡回をしてもらっている猫人。

 隣でこちらを相も変わらずにこやかな顔で見ている戦士。

 そして、いろんな意味でキャラが濃かった女性。

 

 この3人は暴徒ハグレの鎮圧にめっちゃ貢献した。

 アルカナも後衛で魔法をバカスカ撃ってめっちゃ貢献した。

 

「そういえば、あの時は真昼間でも流星が見えるとかいう噂が流れてたっけ」

「やれ凶事の前触れだハグレの呪いだとか大人たちは騒いでたけど、貴方の仕業だったのか……」

「やることなすことスケールが違うんでちね……」

「そう褒めるな、照れるじゃないか」

「誰も褒めてないわよ」

 

 全体攻撃感覚でレベル8級の魔法をぽこじゃか撃つ彼女に対して、称賛よりも畏怖の念が向けられる。

 

「まあ、そういう訳でだな。鎮圧に一役買った私は、その功績を讃えられて伯爵の位を得た。そうして、この辺り一帯を領地として治めるようになったという話だよ。

 ――さて、問題はここからなんだ。」

 

 そう、ぶっちゃけここまでは前置きだ。

 アルカナが語ったのは、波乱万丈なれど、ただの略歴。

 帰還計画を立てるに至った動機が、これより語られる。

 

「そうだな。これを知っているのはシノブに、私の直属3人ぐらいだろう」

「そうですね。私もそこまでの理由はまだ語ってもらっていませんので」

「おっ、私とお揃いか~」

 

 ようやく後輩と条件が一緒になったことに安堵するエステルだが、メニャーニャはその程度のいじりに動じない。高みを見せつけながら、掴みどころのなかった己の師が、今まさにその根幹を見せようとしているのだから。

 

「そう言っていられるのも今の内ですよ。シノブさん達の顔を見てください。

 ……皆一様に口を堅く結んでいます。おそらくですが、相当な厄ネタですよ」

 

 アルカナの事情を知る彼らの顔は、一様に真剣なもの。

 ハグレ王国の皆も、何を告げられるのか心して聞いていた。

 

「きっかけはね、些細なことだったんだ。戦争が終わって、ひとまずの平穏が訪れた時、私はどうしようもない不安に襲われた。状況は何も好転していなくて、むしろ混迷の時代へと歩を進めようとしていたのだからおかしい話では無かったけれど」

 

 それは虫の知らせか。あるいは天からの神託か。

 未来運営を行う一族の主席たる彼女にとって、その不安を解消する手段はとても容易いことであった。

 

「どうしても不安をぬぐえなかった私は、この世界の未来について演算にかけることにした。分かりやすく言えば天変を占った。その結果、たった一つの明確なビジョンが映った。

 エステル、メニャーニャ。私はね、視てしまったんだよ」

「……何をですか」

 

 

 

 

「――――滅び」

 

 

 

 

 その問いに、簡潔な、それでいて最も分かりやすい答えが返ってきた。

 

 

「ほろび?え、滅びって、滅亡って意味の……?」

「ああ、それも完膚なきまでのね。

 このままではいずれ、この国を災厄が覆い、それは大陸を越えて、また別の災厄を引き起こす。そうしてこの星の霊長は例外なく死に絶えると、凶つ星は示したのさ」

 

 星が示した答えは、滅亡。

 明確に滅ぶというにわかには受け入れがたい結末が、近い未来に起こりうるということをアルカナは察知してしまった。

 

「召喚程度の変化でこれは覆らないと確信した私は、本格的にこの未来の解決に乗り出した。何をするべきか、なんてのは明白だったよ。何せ、この国には特大の爆弾が目に見える形で埋まってるんだからね」

 

 滅亡の原因が戦争か、災害か、はたまた異界からの侵略かなんてのは分からない。

 だから、目に見えている爆弾から片づける必要があった。

 

 その爆弾とはハグレであることは言わずもがな。

 ハグレとの軋轢が大きくなれば、いずれまた戦乱が呼び起こされる。

 混迷の時代が再び戦争の時代に戻さないために、アルカナの孤独な戦いが幕を開けた。

 

「まず私はハグレ達を扱えるだけの地位を求めた。何せ最も大きな不安要素だったからね。ある程度制御できた方が都合が良かった……というのが理由の一つだ」

「もう一つの理由は?」

「他の連中が信用できなかったからだな。どいつもこいつもハグレを差別はすれど保護はしない、当たり前の話だろうよ」

 

 反発の上がりかねない物言いだが、反対の声は上がらなかった。アルカナの言葉がまぎれもない事実であることを、受け入れざるを得ないほどには、当時のハグレ差別は酷かったのだ。

 

「幸運なことに、ハグレ監査官の地位にはすぐ就くことができた。当時は戦後処理と復興に力を入れたくて、誰も彼もがハグレの管理なんてやりたがらなかったわけさ」

 

 そうして、反乱軍の中心だった獣人たちを領地に招き入れた。

 《雷狼》と恐れられたマーロウを始めとして、数多くの獣人がアルカナの領地で暮らすこととなった。

 

 勿論、ただ領地としたからと言って好き放題出来るわけではなく、今の状況になったのも、おおよそ1年前のことであった。

 

「こうして私はハグレと関わる立場と権力を手にし、ある程度の情報を得られるようになった。

 そうして余裕ができた私は、並行して召喚術の研究を進めることにした。

 そこからは、先ほども話した通りのことだ」

 

 生態が違う。 

 文化が違う。

 価値観が違う。

 

 どこか一つでもすれ違えば簡単に戦の炎が燃え上がる。

 まるで、地雷原を突き進むかの如き行軍。

 

 一歩間違えれば、ハグレ達の怒りの矛先が自分に向く最前線で、アルカナはハグレ達と向き合う道を選んだのだ。

 

「とまあ、私が優しい聖人君主みたいな語り方をしたが、動機は全てハグレではなくこの世界の人間の為。私の独善(エゴ)に過ぎない。

 帝都の意向で非情な判断を下したこともある。

 かつての戦争から私を恨むものだっている。

 最初はここの住民だって私を睨みつけていたものさ」

「……でも、貴方の奮闘は伝わっていたのではないですか?」

「さて、どうだか」

 

 ローズマリーの言葉に自嘲するかのような笑みを浮かべながら、アルカナはマーロウの顔を見た。

 

「それに、私はあの戦争で君たちを真っ向から打ち破った張本人だ。

 なあマーロウ。君は今もこうして大人しく隣に立ってくれているけど。ホントは今でも私の首を叩き落としたいんじゃないの?」

「恨みがない、と言えば嘘になります。

 あなたが我らの同胞の屍で山を築いたあの日の事は、今でも鮮明に思いだせる」

 

 空を埋め尽くさんばかりの流星が自分達へと降りそそぐ。

 

 焼かれ、貫かれ、砕かれて。

 

 次々と死体になっていく同胞たちを、無感動な表情で見つけるあの金色の瞳。

 

 全てが終わった後、荼毘に付される*1同胞たち。その全てを忘れまいと見つめ続けた金色の瞳。

 

 少しの沈黙の後、マーロウは再び口を開いた。

 

「……ですが、ここの暮らしは決して不自由ではなかった。もしこの村があなた以外の下にあったのならば、我々は今のような暮らしすら出来ず、ただ子供たちのためと言い訳をしながら、いたずらに恨みを募らせていたでしょう。今はそうでないことが、答えです」

「ありがとう。そう言ってくれるだけで、私はまだ歩いていける」

「何、未来を求めて抗っているのは私も同じですよ」

 

 本来の流れとは異なれど、猛者として理不尽に挑もうとする彼の意識は変わっていない。自分達が謂れなき迫害を受け、愛する子供たちへ不便を強い、我が物顔でハグレの上に立つ帝国に対しての恨みも、決して無くなってなどいない。

 

 だが、彼女の巡礼を穢したくはなかった。

 

 マーロウは召喚士協会の人間としてではない、賢者であり戦士であった、アルカナ(孤独な少女)に敬意を表し、彼女の戦いに力を貸すことを決意していたのだ。

 

 改めて、アルカナは口を開く。

 

「私は確かに、人間の薄汚い欲望に振り回され、その栄光を失った。だが、人は決して罪深いだけじゃない。誰しもが持つ、確かな善性は、夜空の星々のように尊く見えた」

 

 最初は、ただ見たからだった。

 滅びを観測した者の責務として、立ち向かわなければいけないという思いが先に逢った。

 だが、人々と接していくうちに、別の感情が芽生えた。

 ――――『善性の証明』

 それこそが、この世界で自らが挑むべき「命題」だと、(アルカナ)は確信したのだった。

 

「この世界の人間が、未だ捨てたものではないという事を、私は証明したい。

 ハグレの立場を向上させることで、帝国人とハグレを隔てる壁を取り払い、お互いが善なるものであることを認め合ってもらいたい。人類が美しいことを、皆に知ってほしい。

 

 ――――以上が私の動機だ。にわかには信じがたいと思うし、妄言と捉えてくれても構わない。だが、私は真剣な思いでこの計画を立案し、成功させたいと思っている。それは事実だ」

 

 アルカナの長い告白が終わり、その場に静寂が満ちる。

 皆、先ほどの話を理解しようとして、無意識に黙ってしまっていた。

 

(いやいやいや。ちょっとスケールデカすぎというか、世界の破滅!?何言ってんのよこのダメ人間!!でもこの人がここまで言うことが嘘なわけ無いんだよなあ。というか、そんな苦行じみた人生送ってたのか先生……。いつもだらしない感じだったけど、それはいつもの反動だったのかな。

 というか、みんなも黙りこんでるじゃない!ああもう、これは私が切り出すしかないのか……??)

 

 沈黙に耐えられず、エステルが口を開く。

 その直前に、彼女が割り込んだ。

 

「一つ、いいですか」

「……メニャーニャか、言ってみなさい」

「せっかくなので、遠慮なく言わせてもらいましょうか。

 アルカナさん。貴方は、大馬鹿者です」

 

「!?」

 

 あまりにもストレートに告げられた言葉に、当事者たち以外の全員が絶句した。

 

「はっきり言って、貴方のやってることは無駄です。

 何故って?帝国は貴方を冷遇した。ハグレという過ちすら犯した。ならば、ハグレに加担するなり、滅びを見て見ぬふりして離れるのが普通だ。

 だと言うのに、この国で生き続けた。後ろ指を差されながら、ハグレという特大の危険分子を抱え込んだ。挙句の果てにその理由が、名誉や地位ではなく、人の善性を尊んだ?決して評価されないとわかっていながら、そんなものの為に頑張っていたと?そんなものに、なんの価値があるとでも?」

 

 息を継ぐ間も無く思いをまくし立て、溜めた不満を洗いざらいぶち撒ける。

 

「全く――――、莫迦げているにもほどがある!

 私は今まで、こんな愚かな人を師として敬っていたとは。

 こんな夢想家を、賢者として目標にしていたとは。とんだ詐欺だ!」

 

 アルカナの理想はメニャーニャには理解できなかった。

 自分は偉業を成しえたいかと聞かれれば肯定はする。だがそれは、認めてくれるものがいるから。自分が立派であるという事を理解してくれるものがいて初めて成り立つものであり、人知れず世を救おうなどという思いは微塵もない。

 

 今回だって、シノブやアルカナに頼られたからこそやってきたのだ。

 そうすれば、憧れていた先輩達と同じ視界を共有できると思ったのだ。

 

 だというのに、何だこの有様は?上司たる彼女は小さな王に論破され、こうして弱弱しく過去を吐露している。

 

 そうして判明したのが、これでは、文句の一つも言いたくなるというものだった。

 

「……同じようなことを、シノブにも言われたよ」

 

 その意見は、どうやらもう一人の先輩も同じだったようだ。

 

「でしょうね。ああ、全くもって救いようがない!」

「おい、メニャーニャ、それは流石に……!!」

 

 うるさいなあ。

 ただ相手の事情を見せつけられたこっちの気持ちも知らないで、先輩面して……!!

 

「――――だから、ほっとけないんですよ」

「はえ?」

 

 なので、こっちもある程度さらけ出すことにした。

 

「エステル先輩。白状しますと、貴方が協会から逃げ出した時、私も後を追おうか考えました。シノブさんが協会を脱退すると言った時、ついて行こうか悩みました。

 

 だけど、またあのせまっ苦しい研究室で独り過ごすあの人を野放しにできるかと考えたら、私一人ぐらいは、そばで見てあげようかなと、思っちゃったんですよね。はーーーーあ。どうしてこう面倒な人にばかり惹かれちゃうんですかね、私」

 

 理解できない。といったのは師の理想について。

 善性の証明なんぞという曖昧で不確かなものを命題に掲げるような真似は自分にできないだけ。

 自分自身が胸を張って善人と言えるほどのお人よしじゃないという自覚があるのも、そうした思いに拍車をかけている。

 

 私には哲学的な問題ではなく、科学的な問題が性に合っているのだ。

 

 なので、世界を維持するための研究については否定しない。

 突発的に訪れる危機を乗り越えようとするのは、誰だって考えること。

 

 むしろ、何もかも一人で背負いこもうとする部分は自分とよく似ていた。

 所々で他人に背負わせようとしているのだろうが、横から言わせてもらえば、誰とも視点を共有できないせいで、結局自分で殆ど背負っているではないか。

 

 だから、自分も理解できる部分は担ってやりたいと、思ったのだ。

 

「正直、計画を聞いたときは耳を疑いましたし、できるのかどうか半信半疑でしたが、次元ポータルに時空アンカー。ここまで手を出している以上、最後まで付き合わせてもらいますよ」

「―――ありゃりゃ。まーたガツンと言われちゃった。

 今日はよく喝を飛ばされる日だな」

「メニャーニャ……!ええ、ありがとう。貴方は私の自慢の後輩ね」

「まあ、それほどでも」

「ちょっとちょっと!!何、私を抜いて話進めてんのよ!

 私だって召喚士よ!アルカナ先生の生徒よ!

 あんたたちだけに任せていられるわけないでしょーが!!

 私にも! 手伝わせなさいよ!!」

 

「……しょうがないですね。理論を一から教えてあげますよ。わからないとか言っても、わかるまで叩き込んであげますから。覚悟しておいてください」

「やったーーー!メニャーニャだいすきーーーー!!」

「ひっつくな、わがままボディ!」

「!?」

「ふふっ、ありがとう。エステル」

 

 召喚士達は改めて、お互いをかけがえのない親友として認め合った。

 

 

 

 そして、星術師は王の元へと行き、判決を待った。

 

「アルカナさん、よく話してくれたでちね。」

「国王殿……」

 

「デーリッチから言う事は何もないでち。

 慰めも哀れみも労いも、全部やり遂げられていないのに言うのはアルカナさんへの侮辱に他ならないでちからね。デーリッチだって、王国がまだまだなのに王様やるのをお疲れ様とか言われたら、最初は嬉しくても、後々やるせない気持ちになっちゃうから」

 

「……」

 

「――――でも、聞いたからにはほっとけないでちよ。

 ね、ローズマリー!!」

「……確かに、世界の危機なんて私達の前にはいくらでも転がってくるか。

 いいだろう。この大博打、乗ってみるべきだと思うよ」

「と、言う訳で。

 ちゃんと話してくれたから。力を貸してあげるでち」

 

 みんなもいいでちね?と尋ねれば、応!とハグレ王国の仲間は手を挙げる。

 優しい世界を目指して、この場の全員が奮闘するつもりだった。

 

「……ああ、ありがとう」

「私からもお礼を言わせてください。デーリッチさん。

 先生の夢を、否定しないでくれたことを」

 

 二人が感謝の言葉を口にすると、王様はにっこり笑顔で言った。

 

「ぬはは、なーにいってるんでち。

 

 ――――ハッピーエンドを目指すのは、当たり前の事じゃないでちか!」

 

 

 

 

 

 

 原典では、無秩序な救済を望んだが故に道を違えた。

 しかしこの分枝では、人の善性を尊んだが為に手を取り合えた。

 

 ――だが、忘れてはならない。

 どれほど軋轢を埋めたところで、この世界に積もった怨は決して消えることはなく。

 この世界と手を取り合うことを、拒む者もいるのだということを――

*1
墓を作る土地などなく、アンデットが発生する可能性を考慮して帝国では"ハグレの死体"は焼却された。宗教もバラバラだから纏めて焼いたか埋めたかのどっちかだろう




〇白翼の一族
アルカナの出生にして、作者のオリジナル世界観そのもの。
この世界では600年前ぐらいに発足し、独自の閉鎖環境で魔術を極めてきた。

〇滅亡の原因
ぶっちゃけ原作とかこの世界でのゲームオーバー時空。
帝都が滅べばアウト。ハグレが殲滅されてもアウト。また次元の塔イベントがしくじってもアウトだし、クリア後のアレをほっといてもアウト。
正直アルカナの話が飛躍してるかと思ったけど全然そうでなかったことに作者自身が最も驚いてる。

〇マーロウ
打算だろうと何だろうと、結果をみれば穏やかに過ごせてたことは確かな恩である。
その恩を忘れて私怨に走るなど、武人としての誇りを捨てるに等しい。

〇シノブ
導いてほしいシノブと導き手のアルカナ。
需要と供給が合っちゃったため、目標がアルカナに沿ったものになっている。
彼女の心情については、後々に。

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