ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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その30.万華鏡の向こう側

 ――――ハグレ王国、拠点。

 

 

 

 それぞれの店舗も店じまいを始め、皆が王国に戻ってきて賑わいを見せ始める談話室にて、ヘルラージュは自分の副官の帰りを待っていた。

 

「遅いですわねー」

「それなりに時間がかかるとは言ってたし、こんなものではないか?」

 

 すっかり日が傾いた時間帯。

 

 普段なら一度ぐらいは転移で帰ってくるものだが、今回はそれすらもない。

 

「ルーク君、大丈夫かしら。危ない目にあってなければよいのですけど」

「彼の事だから、何が立ち塞がっても大体なんとかなるとは思うけどね」

 

 ルークの悪運の強さを評価するジュリアだが、ヘルラージュからすればそれ自体が心配の種みたいなものである。

 

「そうは言いますけど……」

「ふふっ。そんなに心配されるとは、あいつも幸せ者だな」

 

 互いが互いを思いやる素晴らしい関係性に感心する。

 

「姉さん、大丈夫かな……」

「おっとここにも心配性の奴がいたか」

 

 今も昔も相変わらずな弟分に、ジュリアがくすりと笑う。

 

 

 

 そうして穏やかな時間が流れていたが、その時は唐突に終わりを迎える。

 

 ――わう!わう!

 

「……ベロベロスが吠えてる?」

 

 人懐っこい彼が拠点内で吠えることは珍しく、何か異変でも起きたのかと、ジュリアが立ち上がったその時、

 

「――――デーリッチ!」

 

「にょわあっ!?」

 

 突然聞こえた大声に、ヘルラージュが悲鳴を上げる。

 

 ――わわっ、マリーさん!?どうしたんですか!?

 

 ――デーリッチ!デーリッチはいるか!?

 

「今のは……ローズマリーの声か!?」

「彼女があんな声を挙げるなんて、何かあったに違いない!」

 

 その場にいた全員が入り口の方へと向かう。ローズマリーが大声をあげることは割とあるが*1、今回のは聞いたこともないほどに悲痛な叫び。ただ事ではないと「廊下は走るな!」の張り紙も無視して駆けつける。

 

 そうして彼らが目にしたのは、ローズマリーがかつてないほどに取り乱している瞬間だった。

 

「ちょっと、落ち着きなさいよマリー! ベル君が怯えてるじゃないの」

「そうですよマリーさん。そんな勢いで迫ったら誰だって答えられませんよ」

 

 息も絶え絶え。追い詰められたような表情でデーリッチの存在を問うその姿を、ルークやエステルが取り押さえている。

 

「ルーク君!」

「ああ、リーダー。王様見なかったか?」

「え、デーリッチちゃんですか? 見ておりませんが」

「そうか……」

 

 ヘルラージュの返答を聞き、ルークは残念極まるといったように表情を暗くする。

 

「どういうことですの?」

「それがだな……」

「一体何があった!?」

「ああ、ジュリアか。 デーリッチ……あの子は戻ってきてるのか!?」

 

 警察として王国内を巡回しているジュリアなら、デーリッチを目撃している筈だとローズマリーが詰め寄る。

 

「い、いや。今朝に君達と出発してから、彼女は一度も見ていないが……」

「ああ、デーリッチ……!!」

 

 複数人からデーリッチがいないという証言を聞いてしまい、ローズマリーが崩れ落ちる。

 エステルが慌てて支えると、入り口から神妙な顔持ちでアルカナが歩いて来た。

 

「やはり、言った通りになってしまったか」

「アルカナさん、一体何が起こったのですか」

「それはこれから説明しよう。だから拠点にいる者を全員集めてほしい」 

 

 

 

「デーリッチ――!!」

 

 ローズマリーの慟哭が、拠点に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 錯乱一歩手前のローズマリーを全員で宥めることには成功した。

 落ち着きを取り戻したローズマリーは謝罪し、アルカナの口から会議室に集められた者達へ一連の流れが説明される。

 

 裏切りと襲撃。

 憎悪と革命。

 

 これまでにない大規模な組織による王国への宣戦布告に皆が動揺を隠せない中、アルカナはデーリッチが王国に現れなかった理由についての説明を行う。

 

「国王殿の身に起こったのは、召喚事故だと考えられる」

 

 召喚事故。

 

 それは召喚対象が本来の目的地とは異なる場所へと転移してしまう事象。

 

 召喚に必要なマナが不足している環境で行った場合などに発生すると言われ、かつて古代人たちの時代には何度も確認されたことがあったという。

 

「そうだな。かつての移民の時もそうした失敗を繰り返した結果、連中はマナの十分な環境を整えることを最優先にしたんだ」

 

 古代から在り続けた人形であるブリギットは、確かにそのような事故があったと肯定する。

 

「別の場所に召喚された、か。それなら、戻ってこれないのも頷ける……」

「でも、だからと言って戻ってこないのはおかしくないかしら?転移した場所で再度転移を試みることぐらいはできるでしょう。あの子のことだから、何度もしくじることなんてないはずよ」

 

 理屈としては間違っていないとアルフレッドが頷くと、マナの希薄な場所などこの世界には少ないだろうとミアラージュが指摘する。

 そもそもデーリッチは何度もキーオブパンドラを用いてきた。

 転移の制御なんて無意識レベルで行える彼女にとって、たかが別の場所に飛ばされた程度は問題でも何でもないだろう。

 

「確かに、そうすればいいだけの話だ。団体ならいざ知らず、デーリッチ一人を転移させるだけのマナがない環境なんてのはそうそうない。もう一度試みてこちらへと戻ってくればいいだけの話だ。だから、これは本当に仮説なのだが、……彼女は異世界、それもこの世界とかなり近い分枝世界へと飛ばされたのだと私は考えている」

 

 異世界。

 その言葉を聞き、改めて動揺が走る。

 

 異世界に飛ばされただけならまだ何とかなる。

 次元の塔なんて半分異世界も同然であり、そこから直にパンドラゲートを繋いで帰還したことは何度もある。

 

 では、何故帰還できないのか?

 

 完全に同じでは無く、しかし限りなく近い世界に飛ばされたのなら、キーオブパンドラとはいえ元の世界がうまく認識できない可能性だってある。

 

「位相は違うが、しかし極めて同じなため、その世界を正しく認識できない。……今現在、彼女はハグレとして、全く別の、しかし似た世界を彷徨っているのかもしれない。これが私達が出した仮説だ」

 

 それは想像を遥かに超えた内容。

 しかし、その言葉を絵空事とは笑い飛ばせず。

 デーリッチは異世界に転移してしまったという仮説が、この中で最も可能性が高いということをその場にいた全員が理解していた。

 

 

 

 

 

 

「本当に済まなかった」

 

 説明を終え、アルカナは全員に向けて謝罪する。

 間接的とは言え、この事態を引き起こしたのは自分なのだとして、頭を下げずにはいられなかった。

 

「……頭をあげてください。私だって、貴女を責めるつもりはありません。」

 

 いくら冷静さを欠いていようと、怒りの矛先を違えるような真似はしない。

 ローズマリーはアルカナに頭を挙げるように促す。

 

「まあ色々話をしたけれども、もしかしたら周辺地域に転移して迷子になっているだけかもしれない。だから、皆は周囲一帯を探してきてもらいたい。異世界に飛んだという仮説については、こちらで対処する」

 

 その提案に異議を唱える者は一人もいない。

 皆が皆、己のできることを果たそうとやる気に満ちている。

 

「さて、私も役目を果たそうじゃないか。エステル、シノブ。手伝ってほしい」

 

 尚、メニャーニャはこの場にはいない。

 彼女は召喚士協会へと鹵獲した魔導鎧の残骸を運び込んで分析を行う仕事をアルカナに言い渡され、ケモフサ村から直に帝都へと向かった。

 連絡用の使い魔を渡してあるため、何か異変が起こればすぐに駆け付けられる。

 ちなみに当の本人のメニャーニャだが、仕方ないとはいえエステル達と引きはがされることに不満を抱くかと思われたが、思いのほかこれを快諾した。

 自分が最もパフォーマンスを発揮できる役目であり、また遠く離れていてもエステル達との繋がりは確かにあるということを、彼女は理解しているのだ。

 

「何をするつもり?」

「簡単なことだ。私達の職業が何なのか、忘れたかい?」

「……ああ、そういう事。いいわ、やってやろうじゃない」

 

 アルカナ達は、召喚術によってデーリッチが迷い込んだ世界への道を開ける。

 この世界に召喚され、ハグレとして生き、ハグレを救い続けた彼女を、今度は召喚によって救い出す。

 

 召喚士として、例をみないほど大義ある仕事だった。

 

「恐らくだが、あちらの世界とこちらは環境が酷似している。通常の召喚は望めないだろう。だから――」

「相互ゲート。ですね?」

 

 浮かび上がる問題点の解決策として、シノブは己の研究成果を提示する。

 ただデーリッチを呼び寄せることが困難ならば、こちらの世界から向こうの世界に乗り込み、直接連れ戻してくればいい。

 

 次に、生物の召喚が帝都では強く取り締まられているという問題だが――、

 

「構わん。私が許可する」

「幸い、先生がいるから召喚には何の問題もないわね。こっちも気兼ねなくバンバン開けてやるわ」

 

 アルカナの肩書は特務召喚士。

 帝都から直々に無制限の召喚を許可された人間だ。

 召喚術を行使することに何も問題はなく。

 また、己の身内に許可を与えるなど、造作もない事だった。

 

「何を言うか。仮に私がいなかったとしても、お前なら迷わずやるだろ?」

「――あったりまえじゃない!!」

 

 師の見透かしたような発言に、エステルはその通りだと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 そうして二日が経過した。

 

 デーリッチ探索班は無念にも何の成果も得られず、しらみつぶしの探索が続いている。

 ルークにハピコ、ジュリアにアルフレッドと、方々への顔が利く者たちは各地へと探索の足を広げている。彼らの奮戦は頼もしく、帝都周辺にまで探索の手が届こうかというぐらいだ。

 

 そして本命の召喚班だが、いくら召喚のプロフェッショナルとは言え、位相の似た世界への接続は難しく、シノブの指導の下とは言えど作業の成果は喜ばしくなかった。

 

「ゲート完了! ……駄目ね、これも違う」

「封鎖開始。再度術式展開が可能になるまで、30分はかかるわね」

 

 召喚術はそうほいほいと乱用できるものではない。

 エステルが普段用いる炎など現象の召喚に比べ、生物の召喚には術者の魔力を大量に必要とするため一度での消耗が大きい。また、大気中のマナが乱れ、空間の安定性を著しく損なう恐れがある。最悪の場合、勝手に次元の穴が開くという危険性があった。

 

 そのため、一度実験を試みたら空間が安定するまで数十分のクールタイムを必要とするのだが、エステルたちにとってはその時間はとても長いものだった。

 

 彼女らの師に言わせれば、『無理を押したところで時間的効率は変わらん。むしろ落ちるわ』なのだろうが、こうしている間にもデーリッチも自分達を探して彷徨っていると考えると、一分一秒の休息すらも無駄だと考えてしまう。

 

「流石に、これだけの召喚魔法を使うのは初めてだわ」

「あんたも疲れることあるのね」

「私をなんだと思ってるのよ」

 

 むう。と頬を膨れさせてむくれるシノブ。

 化け物だ何だと揶揄されることはあるが、友人を相手に子供らしく振舞う姿はまさしく年相応の少女だ。

 

 そんな彼女を見て、エステルは思わず顔をそむける。

 

「どうしたのエステル?何か不安でもあるの?」

「いや、そうじゃないよ。不謹慎かもしれないけどさ、嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「こうしてまたシノブと一緒にいられるの。目的に向かって二人で作業に打ち込んでいると昔に戻れたようで懐かしいんだ」

「エステル……」

 

 流れるようなピンクの髪を乱し、汗もそのままに笑うエステル。

 色気と男気と艶気を併せ持ったその姿に、春を生きるシノブの胸はときめいた。

 

 女性としての魅力を持ちながら、男性的な性格の強いエステルは、対人経験の薄いシノブには強烈極まりなく、シノブの気の弱さはエステルの庇護欲を刺激して余りあった。

 

「シノブ――」

「エステル――」

 

 二人は思わず見つめ合い、そして――

 

「はーい。いい雰囲気になるのはその辺にねー!」

「せ、先生!?」

「み、みみみ見てたんですか!?」

「おう、ばっちり見させてもらったよ。いやー、青春してるねーいいよいいよー」

 

 いやらしい雰囲気にはさせないぞと、いつの間にやら姿を消していたアルカナが戻ってきた。

 最初から見てましたと言わんばかりにニヤニヤと笑みを浮かべて冷やかしまくる。

 

 可愛い女の子は好き。女の子同士が仲睦まじいのはもっと好き。何なら自分も混ざりたいし侍らせたい。

 そんな性的倒錯者なアルカナは生暖かい目で二人を見ながら、手に持っていた荷物をどさりと下ろす。

 

「というかどこ行ってたのよ! 昨日一人で馬車に乗ったっきり戻ってこないし!」

「ちょっと協会にね。いいもの持ってきたからどいたどいた」

 

 そうして取り出したるは布で丁寧に包まれた平たい物。

 取っ払ってみれば、精巧な文様が刻まれた八角形の盆のような金属盤が姿を現し、文様が刻まれていない反対側にはピカピカに磨かれた水晶が、周囲の光景をよく反射している。

 

「――――鏡?」

「無論、ただの鏡ではない」

 

 アルカナは手早く魔法陣の描かれた敷物を広げ、その中心に鏡を置く。

 

 そして、アルカナは魔力を注ぎ込み、自らの奥義たる魔法を行使する。

 

分枝閲覧機能(カレイドスコープ)起動(セット)。閲覧対象選択。個人名、エステル。並行世界(スライド)検索(セレクト)。――対象事象、2938239件該当(アタリ)。最重複項目、映写開始」

 

 詠唱(コマンド)を唱え、脳内に走る膨大な数の世界(ビジョン)を捌いていく。

 

 幾千万もの可能性、その中でもより多く共通した在り方を抽出する。

 

「――――ほら、見たまえ。面白いものが映っている」

 

 術式の発動を終え、アルカナは鏡面を指さした。

 そこには、エステルがここと同じ拠点地下にて召喚術を試行錯誤している姿が映し出されていた。

 

「これ、私?」

「ブリギットさんもいますね。しかし、これは……」

 

 エステルが召喚ゲートを開いては閉じ、また開くのを、ブリギットが補佐する。

 今や近く、そして遠いどこかの風景を、二人の生徒は目にしていた。

 

「あーあ、メンタルナイスを開けまくってがぶ飲みしちゃって……あれ、でもおかしくない?」

 

 然り、デーリッチ捜索作業は、エステルとシノブが交互に召喚術を行うことで負担を軽減している。

 地下空間にはマナオニオンによってマナが満たされているものの、映し出された光景には一つも見受けられない。

 そもそも、捜索班として山狩りに出ているはずのブリギットがいて、代わりにシノブの姿はどこにもない。最初からエステル独りで召喚術を行使している様子だ。よく見ればその目には隈ができており、無茶をしているのは明らかだ。

 

 今の状況とは矛盾した点が大きい光景に、どういうことだとエステルは首を傾げる。

 シノブは、この映像の正体に思い至ったようでその答えを口にする。

 

「もしかして、並行世界?」

「そう! これは私が魔導要塞(エルセブン)を出奔したときに持ってきた魔術礼装の一つでね。遠い未来を見渡すための望遠鏡にして、あり得た未来を映し出す万華鏡。その名も『星空の鏡』。

 本来は未来予知に使用するものだがね。こうして応用すれば、限りなく近い時間を見ることだってできるのだよ」

 

 よくぞ当てたと、意気揚々と鏡について語りだすアルカナ。

 

 ――古来より鏡とは、過去や未来、真実の姿などを写し出す神聖なる道具として神話に登場する。

 この『星空の鏡』もまた、白翼の一族が未来運営のために保管、運用を行ってきた最上級の礼装の一つである。

 

 キーオブパンドラにも引けを取らぬ、始祖ガルタナが作りし至上の一品。

 鏡と称してはいるものの、その正体は異なる可能性を見るための演算装置。

 膨大な情報量に耐えるため、熟達した星術師でもなければ扱えないハイデバイス。

 それを持ち込んできたということは、彼女が事を深刻に感じている証拠だった。

 

「へー、すっごい……」

「元々こいつを使えば望み通りの世界へつなげることなんて不可能じゃないんだがね。私一人への負担がとにかく大きい。帰還計画には使えないと死蔵してあったんだが、骨董品でも役に立つなら使ってやるさ」

 

 アルカナは今映し出されている映像を消去し、再度使用可能な状態に戻す。

 

 彼女らにとっては次が本命。

 デーリッチを見つけ出すべく、アルカナは再度、鏡面の魔法を展開する。

 

分枝閲覧機能(カレイドスコープ)起動(セット)。閲覧対象選択。個人名、デーリッチ。並行世界(スライド)検索(セレクト)……ッ!!」

 

 高負荷に血圧が上がり、鼓動は激しくなり、息が乱れる。

 10年前の全盛期より己の体が錆ついたことを感じるが、その衰えを決して後悔はしない。

 彼女の心は多くの出会いによって満たされている。その対価と思えば、安いものだ。

 

「条件指定。因果係数100%合致――」

 

 見える世界を絞り込む。

 

 あり得た可能性ではない。

 

 この世界、この時代、この運命を共にしたデーリッチ本人の現在(いま)を探すべく、次々に脳裏へと浮かび上がる光景を取捨選択(カッティング)していく。 

 

 それは、極天の星空から、一つの輝きを探し当てるかのように。

 

「――――対象事象、1件該当(アタリ)。検索項目、映写開始!」

 

 アルカナの声が、対象世界の発見を告げる。

 

 その言葉を聞き、エステルとシノブは鏡を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 ――そこに広がっていたのは異様な風景。

 

 皆で何度も歩いた道は、けもの道がごとく荒れ果て、

 

 団らんの日々を過ごした拠点は、人の手が入らなくなって何年も久しい。

 

 ここと同じ、されど全く異なる世界の光景を目にして、エステルの口から言葉が漏れる。

 

「……ひどい」

 

 自分たちの世界に近い世界に飛んだという仮説は立てていた。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()

 

 同じ風景。なのに誰もいない。

 そんな孤独な世界に放り込まれたデーリッチの心情たるやいかなるものか。

 考えただけで胸が張り裂けそうになる。

 必ず探し出してみせると、心の炎が燃え上がる。

 

「見つけた!さあ、道を拓け!」

「ええ、言われなくても!」

「制御は任せて、あなたは繋げることだけを考えなさい。エステル!」

 

 アルカナの指示に従い、エステルは召喚術を行使する。

 

 鏡に映る光景を己の精神に共有する。

 

 本来ならば無作為に選ばれる召喚対象。

 

 『何』を呼ぶかは選べど、『何処』から呼ぶは選べず。

 

 世界それを指定するなど至難の業。

 

 しかしそれを、因果を繋げて確定させる――!

 

「見つけたわよ、デーリッチィィ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成功よ」

 

 シノブが確信をもって成功を告げる。

 地下空間の中央。

 何もなかったその虚空には、世界の壁に開いた黒い穴が浮かび上がっていた。

 

「よっしゃ!」

 

 手ごたえを感じたのだろう。

 エステルは疲労を押してガッツポーズを決める。

 

「今から相互移動を可能にするために空間のマナを調整するわ。あちらの世界とこちら側での環境はほぼ同じでしょうから。エステル、手伝って。先生はマナの計測を――」

 

 シノブの目には、アルカナがたたらを踏んで頭を押さえる姿が映っていた。

 

「――――っはあ。久しぶりにやると疲れるわね。これ」

 

 星空の鏡による分枝演算(スライドセレクト)

 

 ほぼ無数と言ってもよい時間と世界から目当ての映像を一瞬で選び取る技。

 ハイデバイスによる補助を受けて尚、その情報量は決して少なくない負担を術者に負わせる。

 

 短時間で二度の演算は、さしものアルカナも目に見える形での疲労を与えていた。

 

「先生、大丈夫ですか!?」

 

 シノブにとっては今までに見たことがないレベルで疲弊を見せる師の姿。不安は隠せない。

 駆け寄って体を支えれば、虚勢ではない笑みが返ってきた。

 

「問題ないよ。久々に頭を動かしたから疲れただけで、慣れたらこんなもの片手間にできる。

 ――――さあ、みんなを集めて。道標を見失った王様を、今度は私達が導いてやらなければ」

 

 示すべき星を見つけた星術師は、星を取り戻すための一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

『あり得た可能性』

 

 

 

「ねえ、エステル」

「何?」

 

 シノブがエステルに話しかけたのは、拠点に残った者、探索に出ている者を地下に集めている最中の事だった。

 説明能力が一番あるアルカナがローズマリーを呼びに行き、残った彼女達はゲートの管理のため水没都市で二人きりで過ごしていた。

 

「さっき先生が鏡を使った時のことなんだけど」

「あー。私が一人でがぶ飲みしながら徹夜敢行してたやつね。自分の事じゃないとは言え、客観的に見てると無理しちゃってるって恥ずかしくなるわね。それがどうかした?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……あー、そうね。そういえば、シノブの姿は見えなかったわね」

 

 少しの沈黙の後、エステルは先ほどの映像について思い返す。

 

 鏡に映し出された映像には、エステルとブリギットのみがおり、シノブの姿は見えなかった。

 

 ブリギットがいるのは問題ない。古代の技術を知る彼女を補佐に据える選択肢はアルカナも提案していたことだ。結果的にはセンサーを用いてデーリッチの魔力反応を探知するのが良いとして探索班に回ったが、映ったのはそうならなかった未来というだけの話だと推察できる。

 

 ではなぜ、シノブはエステルの側にいなかった?

 

 召喚という分野において右に出る者のいない彼女が、親友の一大事に手を貸さない筈があるだろうか?

 

「先生はあの時、最も重複した世界の姿って言ったわ。それはつまり、最も可能性の大きな世界だったってこと。そこに私の姿がないってことは……」

「別に、たまたま席を外してただけじゃないの?」

 

 エステルの予想に、シノブは首を横に振った。

 

「いいえ、それはないわ。私が関わっているのなら、エステルにあんな無理を強いたりはさせないもの。だから、あの作業に私という存在は関わっていない。それがなぜかわかる?」

「何言ってるの。あんたがいなかった理由なんて、気にしても仕方がないでしょう」

 

 エステルはその先を聞きたくなかった。

 だが、シノブは自分自身に言い聞かせているように話を続ける。

 

「元々、推測はできた。先生が未来を見通せる力を持っていること。あのジェスターが言った()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……おそらく私は、ハグレの革命に加担する可能性の方が高かったのよ」

 

 二人が手を取り合っていない世界の姿を見て、シノブはその顛末を理解した。

 

 

 それが何に起因するのか。

 

 それが何故、今この世界では起こっていないのか。

 

 

 聡明な頭脳は、天賦の才は、自らが取り得たであろう選択を如実に浮かび上がらせた。

 

「エステル。私は怖いのよ。

 彼らのような傲慢な考えで世界をひっくり返すような存在になりかけたことを。

 デーリッチさんが異世界に迷い込んでしまった原因を担っていたかもしれないことを。

 私は、自分自身の浅はかさが恐ろしくて仕方がない」

 

 シノブは思う。

 

 我が師はおそらく、出会った時から自分という存在が世に及ぼす影響の深さを見抜いていたのだと。

 

 

 

 思い返されるは、2年前。

 召喚士協会の門を叩いた時のこと。

 

 意気揚々と数々の召喚士たちと意見を交わし、世界を良くするための研究を進めようとしたシノブは、その抜きんでた才によって飛躍して至った理論を私利私欲に堕落しきった上司たちに容赦なく叩きつけた。そして、当然の如く理解は得られず、それどころか自分達の領分を侵すなと窓際に追いやられる始末。

 そうして、あらゆる部署から鼻つまみ者とされた彼女が最終的に行きついたのが、アルカナの研究室だった。

 

 お世辞にも広いとはいない研究室、資料が散乱する部屋の中で、アルカナはシノブと顔を会わせるなりこう言った。

 

『君の評判は耳にしているよ。その秀でた才。あの貴族共にはさぞ恐ろしく映った事だろうさ。……その使い方を教えてあげる。君という存在が世界に影響を及ぼしたいならどう振舞うべきか。何を知るべきか。私が導いてあろうじゃないか』

 

 最初は、こんな狭い部屋でだらしなくすごしている人間が何を言っているのだろうと思った。

 こんな場所が、自分に相応しいとは思えなかった。

 

 だが、アルカナの眼は決してシノブを侮っておらず。

 さりとて都合よく利用してやろうという意志も感じず。

 

 ただ、憐れむような慈悲の感情だけが伝わってきた。

 

 ――ああ、この人は自分と『同じ』なのだ。自分と同じ、人から理解されずに生きてきたものなのだ。

 

 その時シノブはアルカナに対して、長らく忘れていた安心感を覚えることができたのだ。

 

 

 それからは彼女の元で研究に励んだ。

 

 世の中の良き部分と悪しき部分の両方を見てきた。

 

 何度悪意に晒されたか。何度不条理に道を阻まれたか。

 

 何もかもお構いなく、思うままに振舞えればどれほど楽だっただろうか。

 周囲の影響など何も気にせず、ただ技術を提供してしまえばそれで世界は勝手に変わっていくだろう。

 

 それでもシノブは、正しいやり方で世界を良くしていこうと考えたのだ。

 人の在り方は、美しいのだと信じたいと思えたのだ。

 

 それがアルカナより教わったシノブという人間の生き方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、彼女がいなかったらどうなっていた?

 

 考えるまでもない。

 

 非道な扱いを受けるハグレは増えていただろう。

 自分を守るものはなく、己は悪意の牙に晒され続けただろう。

 

 ……そうして、私は世界を見限るだろう。

 

 一人で身勝手に動き、その結果親友に無理をさせる。

 

 お前もまた、自分勝手に迷惑をかける浅はかな人間なのだという事実を、あの断片から突き付けられているようだった。

 

 シノブの独白を黙って聞いたエステルは、深くため息をついて、

 

 

 

 ぱちん。

 

 

 

 甲高い音が、水没した都市に鳴り響いた。

 

「……えっ?」

「確かに、あんたがそうなる可能性はあったんでしょうね。引っ込み思案なあんたの事だもの、思い詰めて世界をひっくり返そうと考えても不思議じゃない」

 

 エステルの放った平手打ちは、シノブの白い柔肌を容赦なく赤く染める。

 燃え滾るような怒りを込めて、エステルはくだらないことでうじうじと悩む親友を見つめた。

 

「エステル……」

「でも、ここにいるシノブはそうならなかった!

 それは誰のおかげ?

 先生?私?それともメニャーニャ?

 ……違うわ。その全部よ。

 私達が出会ってきた全部が、こうして手を取り合えた。

 なら、もうあんたが道を違えることなんて何がどう間違ってもありえないわ!」

 

 一歩間違えれば、誰だって極悪非道に堕ちることはある。

 ならば、たかが割合の大きな可能性の話など、気にしたところで意味はない。

 

「あんたは今私達と一緒に、デーリッチを助けようとしている!それで十分よ!もしこれからあんたが道を踏み外しかけたら、私が何度だって連れ戻してやるわ!それが親友ってものでしょ!違う!?」

 

 涙を滲ませながらも力強く問いかけてくるエステルの姿は、とても、とても頼もしかった。

 

「……そうね、その通りね。ありがとう、エステル」

「ええ。どんな時でも、私はその手を離さないわ」

 

 どの世界でも変わらず親友としていてくれるであろう彼女。

 その確かな「愛」に、シノブは涙を零した。

 

 

 

 これは余談だが、

 

「し、シノブどうしたんだその頬は!?何があった!? まずは湿布を張らなければ……!! 一体だれの仕業だ!?言ってみろ、私がぶちのめしてやる!」

 

 と、戻ってくるなり頬を赤く染めた愛弟子を見て普段よりも師匠バカに慌てふためくアルカナの姿が、一番面白かったと、後日シノブは語るのだった。

*1
主にデーリッチを叱る時とかツッコミとか




原作を乏しめる意図は全くございませんのでご安心ください。

〇アルカナ
前話から謝罪してばっかりの人。大人が謝罪する生き物だってそれ一番言われてるから。

〇シノブ
原作時空を想像できちゃった。

〇星空の鏡
便利アイテムその2。
並行世界を映す鏡。召喚術を組み合わせれば確定ガチャができる。
軽く言っているが、この世界に一つしかないヤベー代物。
これ使えばハグレ返せるじゃーんって思うかもしれないが、間違いなくアルカナが過労死する。
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