というわけでメニャ祭りなる催しが開催されておりますが私は見る専でございます。
『Age_Of_Ondins』
相互ゲートへ飛び込んだハグレ王国一行。
一瞬の浮遊感の後、水没した石造りの遺跡は草木の匂いに満ちた自然の光景へと変わっていた。
「無事についたようだね」
「ええ。物も人も同じね。そこまで危険はないみたいだわ。ゲートについてはシノブ達がいるから心配しなくても大丈夫。」
「それで、ここは……何処なんだろう?」
ローズマリーはゲートをくぐった先の景色に僅かに見覚えがあると辺りを見回す。
「拠点の裏手の森。妖精王国との戦争の件で使った道よ」
ゲートが設営された場所は、投石器の攻略の際に用いられた抜け道である。
誰も近づくことのないよう、人通りの少ない場所を選んだのだとエステルは説明すると、当時参加していた仲間も確かに似ていると納得する。
「確かにそっくりだな」
当然、ルークにもこの光景は見覚えがある。
彼も投石器攻略班に参加していた他、それ以外にも拠点裏の森を高く売れる虫はいないかと探したことがあり(結果としてハズレだったわけだが)、生息する生物の種類は大雑把とは言え頭に入れている。そのため子供組のベルと並んで、拠点周辺の地理には詳しいのだ。しかし虫や植物の種類どころか、池の形まで全く同じなこの場所には、感心を通り越して気味悪さすら感じる。
「こっちに来て。前に見た通りなら、こっちに拠点の遺跡があるはずよ」
エステルの案内に従い、森を東に歩いていく。
少し歩けば森を抜けることができ、一行の前に現れたのはつい1時間ほど前までいた拠点と全く同じ遺跡の姿。
いや、違う。
入口の扉は曲がっておりどうあがいても入れそうになく、ふさいだ筈の壁のヒビはむしろ広がっている。
自分達が住んでいた建物と全く同じものが荒れ果て廃墟と化していることに、一同は言葉を失ってしまう。
先んじてビジョンを見ていたエステルも衝撃を受けずにはいられなかった。
「そんな……」
するとその時、唖然とする仲間を置いてベロベロスが走り出した。
「わん、わん!」
ベロベロスは遺跡の端の方、木の根元で足を止めてしっぽを振っている。
ルークが駆け付け、確かめると、焼け焦げ炭になった木の枝がまとまっておかれている。
「……焚火の跡だ」
「わんわん!!」
まだあるよ!とベロベロスが吠え、側に置かれていた革袋を加えてルークに示した。
手にとったそれは、虎の刺繍が施されている。
「これは……!!」
「何か見つけたのか!?」
「マリーさん。これを」
見てもらった方が早いとルークは革袋をローズマリーに手渡した。
「……」
袋を開けてみると、そこには便箋が入っていた。
「これ……!この字は!!」
お世辞にも整っているとは言えない、若干のたくった筆跡の文字。
読みづらいはずのそれをローズマリーはすらすらと読み解いていく。
自分がさんざん勉強を教えるときに見た、
「一晩……。あの子は誰もいない拠点を見上げながら一晩も過ごしたのか……!!」
手紙の内容は、一日待ったが誰も来なかったため村を探しにいった。道中の木に印をつけたので足取りに活用してほしい。自分もローズマリー達を探してみる。お腹が空いたのでパンか何かをいれておいてくれると嬉しい。
そして、自分達と必ず会えると信じてデーリッチも探してみるという文章で、手紙は終わっていた。
「デーリッチ……!!」
「デーリッチちゃん、寂しかったんだろうな」
ベルの瞳から涙が零れ落ちる。
おなかがすいたという文章から、デーリッチがどのように一晩を越えたのかを容易に想像させた。
「国王様……!!」
自分達の事を想像しながら孤独な夜を過ごしたという事実に、無力さに対する怒りのあまり血がにじむほど拳を握りしめるゼニヤッタ。
「一歩前進だな。これでアイツがどこにいったかわかる。当てもなくこの辺りをもう一度山狩りする必要は無くなったわけだ」
せめてもの励ましにとブリギットが状況を分析する。
彼女の行先が判明したということで、一行には確かな道標が生まれていた。
「何はともあれよくやったなベロベロス!」
「えらいですわベロちゃん」
「お手柄でございます!!」
早速手がかりを発見した功労者をニワカマッスルが褒めたたえ、ヘルラージュとゼニヤッタが撫で回す。
そして便乗して撫でようとしたが、やましい気持ちを察知されたのか身を引かれてしまいショックを受けるミアちゃんであった。
「ありがとう。それで、どこに行ったかわかるかい?」
「きゅうん……」
ローズマリーの言葉に応えようと周りを嗅ぎまわったベロベロスだが、悔し気に俯き尻尾を垂らした。
何日か経ったうちに雨が降って匂いが流れたのだろう、そこまでは分からなかったようだ。
「しかしこの辺りの地理は元の世界を同じらしい。ひとまず南下していけば大丈夫だろう」
そうして一行は南側へ森を進む。
手紙に書いてあった通り、木々には十字の傷が刻まれていた。
「しかし、あの子サバイバルスキル高いわね」
デーリッチが子供の身でありながら自分達のために手がかりを残してくれた工夫の数々に、エステルは感心する。
「意外でもないさ。あの子は一度ハグレとして私達の世界に来て生き残ってるんだから」
「あ、そ、そうか……」
二人の会話をよそに、ルークに対してミアラージュが耳打ちする。
「ねえ。やっぱりローズマリーって……」
「お察しの通りだよ。ま、気にすることでもないだろ。とっくの前に皆気づいてるしよ」
「え、そうなの?」
「まあな」
「隠してもいませんでしたし」
「国王様と仲がよろしいなら、何も気に留めませんわ」
「お姉ちゃん気づいてませんでしたの?」
「う、うるさいわね!!」
と、そんな風に駄弁りつつ。
ほどなくして、手紙にあった村が見えてきた。
「サイフフ村、ね」
親切にもこの世界の文字は元の世界と同じようで、看板に書かれていた名前をローズマリーは読み上げる。
地理的にユノッグ村があった場所だが、そこにあったのは建物からして別の村だった。
いくらそっくりだからと言えど、ここまで同じというわけでもないらしい。
それでも同じ場所に村ができているのだから、ハグレ王国の出資は関係なく村はできるようだとエステルは分析する。
「それじゃあ、情報収集といこうか」
「そうだね。エステルは酒場に向かってくれ。私はそこの……道具屋かな?で聞きこみすると同時に金貨を換金してくるよ」
「それなら俺もついて行った方がいいかな」
「いや、君は村の住人から話を聞いてもらいたい。いいかな」
「了解しましたよ」
ルークは特に拒む理由もないので承諾する。
「私はローズマリーについていくわ。ヘルはどうする?」
「勿論ルーク君と一緒に」
「あーはいはい。わかったわよ」
「班決めは終わった? じゃあ行くわよ」
不要なトラブルを回避するためにハグレ出身の仲間は村の前で待機してもらいつつ、5人は情報収集に勤しむことにした。
◇
というわけで村の住人からデーリッチの目撃情報について聞き込みを行うことにした2人。
一通り見て回って彼らが抱いた感想は、
「治安悪くないですか?」
「だね。ま、向こうから寄ってくる分には手間が省けて丁度いいが」
テント暮らしと豪邸住まいが両立している時点で村には相当な格差が生まれていた。
ルークはそれなりに上等な服を着ているため、物乞いじみた相手が向こうから寄ってくる。そんな彼らに食料を手渡すことで、情報を得ることに成功していた。
「デーリッチちゃん。やっぱりこの村にいたんですね」
「二人組の冒険者に同行していったのを見た、と。これでどこに行ったかわかればよかったんだがなあ……」
「仕方ありませんわ。一先ずエステルさんと合流しましょう」
目撃情報とその後の足取りに繋がる情報を得られたルークとヘルラージュ。
エステルに合流しようと酒場に向かうと……
「だから!行先だけでも教えてって言ってるのがわからないの!?」
「……揉めてますね」
「ああ。あのピンクに交渉なんて無理だったんだな」
酒場に入るなり、エステルが声を荒げている様子が目に入った。
冒険者窓口でデーリッチについて聞こうとしているのだろう。だが、受付の女性は知らないの一点張りでエステルの話に応じようとはしない。
実際は知っているのだろう。だがハグレが冒険者と組むのは禁じられている。勿論そんな名目を守るような良い子ちゃんな冒険者はまずいない。だからと言ってギルドがハグレを入れたパーティを認めるわけにはいかず、受付は見て見ぬふりの知らぬ存ぜぬを貫いているというわけだ。
「ありゃつまみ出されるのも時間の問題だな」
「助けに入って上げましたら? ああいうのはルーク君の得意分野でしょう」
「ここの金持ってないから無理ですね」
こういう時手っ取り早いのは金を渡すこと。
法の目がしっかりしている帝都周辺ならともかくとして、こんな辺境の酒場は幾らか握らせれば大体の事は喋ってくれるし、黙ってもくれる。
金、やはり世の中は金……!!
だが回りくどい手段を好まないエステルにそれをしろというのは無理だったようだ。
ルークとしては、それができる人間がそろそろ来るだろうと思っていたので、あえて成り行きを見守っていたというわけだ。
「やれやれ。どうやら難航しているようだね」
「ヘル。そっちはもう終わったの?」
「お姉ちゃん。私達は話を聞けましたがエステルさんが……」
ローズマリーとミアラージュが酒場に入ってくる。
「見ての通りっすよ。助け舟を出そうにも袖の下は空っぽでして」
「仕方ない、私が行こう」
エステルの状況を見かねたローズマリーは彼女に変わる形で受付の前に立ち、この世界の通貨であるギニーの入った袋をカウンターに置いた。
そこからはとんとん拍子で話が進んでいく。
曰く、てこてこ山ではスカイリリーという希少な花が採取できる。
しかし、スカイドラゴンが住み着いたことでその採取はほぼ不可能になった。
それでも需要はあるので依頼も来る。その報酬が40000ギニー。
その依頼を、デーリッチを含めた冒険者パーティが受けたという話だ。
「てこてこ山と言えばあの道か」
サイフフ村へ入ってきたときの脇道。
そこがてこてこ山へのルートであると地図で確認する。
「私達が得た情報と合っていますわね」
「こっちの聞き込み結果も大体同じですね」
「成る程、それならすぐにでも村を出るとしよう」
待機メンバーと合流し、ローズマリー達はてこてこ山へと向かうのであった。
◇
てこてこ山はハグレ王国が最初に冒険した場所であり、初の仲間を増やした場所でもある。
初期も初期。
駆け出しのデーリッチとローズマリーで攻略できたほどの初心者ダンジョン。
だからデーリッチに追い付くのもそう難しい話ではない。
その筈だった。
ローズマリーは大事なことを失念していた。
「しまったな。前に来たときはゲートを使っての中腹からのスタートだったから麓の地形が全く分からない。これは出鼻をくじかれた」
「えー!?」
貰った地図も大雑把な道筋しか書いておらず、土地勘も通用しない。
仕方ないので道なりに登っていくしかないと腹をくくるローズマリー達。
そうして始まった山登り。
慣れない道のりを上ると言うのは思いの他時間がかかる。
時にルークやベロベロスが先行して地形を探り、脇道にデーリッチがいないかも確認する。
勿論、何らかの要因で道が途切れてしまうこともあった。
「げげっ、ツタが切れてる」
「そういう時はこれだ」
「たまには冒険者っぽいことするのね」
「たまにはって何だよたまにはって」
ルークがフックロープを崖の上に引っ掛け、即席のはしごとして利用する。
「落石だー!?」
「おらぁ!!」
「ナイス筋肉!!」
ニワカマッスルが落ちてきた岩を粉砕し、道を開ける。
「GRRRRRR!!」
「うっとおしいんじゃー!!」
「回復薬どうぞ」
「ありがとう……苦ッ!?」
道中に襲ってくる魔物は苦戦するほどの相手でもないが、元の世界よりも強力だった。
それらの対処と戦闘後の回復にも時間を取られ、ローズマリーの見覚えがある山の中腹に着くころには夕暮れに差し掛かっていた。
「よし、ここからなら地形がわかるぞ……っ!!」
「ベロベロスの様子からしても、間違ってなさそうだな」
ここから先は右手に進んでいけば問題ないとローズマリーが意気込む。
そろそろ匂いが濃く残っているのか、しきりに地面に3つの鼻を押し付けているベロベロスの姿を見ながらもうすぐだとブリギットが言った。
「もうひと踏ん張りだ、頑張ろう!!」
◇
ようやく彼らが頂上へとたどり着いたときには、日は完全に落ち切り、夜のとばりが空を包み込んでいた。
「おいおい。ついに頂上までたどりついちまったぞ?」
「ねえ皆、あそこに誰かいるわ」
エステルが指さした先にいたのは、男女の二人組だ。
男は軽鎧を纏い、女は踊り子の服装をしている。
「――――ちょっと、何言ってんの!? 話が違うじゃない!?」
「うるせえな。ここで口喧嘩してる場合じゃねえだろ。さっさとここを離れねーと……」
何かを言い争っている冒険者二人。
仲間を制止しつつ、ルークが話を聞こうと前に出る。
「よう、お二人さん。何かあったのか?」
「あ?何だあんたは。悪い事言わねえからここから去った方がいい」
同業者と思ったのだろう。男はルークに対して特に訝しむ様子もなくここから立ち去るよう勧めてきた。
「というと?」
「なんだ知らずにやってきたのか? こっから右手の道の先にはやべえドラゴンがいるんだよ。今はハグレのガキに夢中になってるからいいが、やられるのも時間の問題だ」
シーフの言葉にルークは眉を顰める。
この状況でハグレのガキなど、当て嵌まる者は一人しかいない。
後ろで話を聞いている仲間たちの怒りの念が強くなっていくのを感じながらも、まだ待ってくれと手で制する。
「ハグレのガキ? どんな奴だ?」
「王冠つけてデカい鍵みたいなの持ったガキだよ。あれでも回復魔法は使えたからしばらくは囮になって……」
「ふーん」
ルークは大体の話を理解した。
大方、スカイドラゴンが手に負える相手ではないから、デーリッチを囮にして目的の花を採取しようという算段だったのだろう。
だが、女のほうが土壇場で囮にしたことへの良心の呵責から、助けに行こうと言い出した。
その最中に自分達が現れたということだろう。
……何にせよ、まだ間に合うらしい。
「そうか。君達はデーリッチを見捨てたんだな?」
「え? なんであんたそいつの名前を知って……?」
ローズマリーがシーフに詰め寄る。
男は自分にすさまじい怒りを発しながら迫ってくる相手が自分達が組んだハグレの名を出したことに困惑する。
「――――お願い! あの子を、デーリッチを助けてあげて!!」
そこに、踊り子の女が縋りつくように懇願してきた。
自分達では言っても殺されるだけ。
だから迎えに来たあなた達が助けに行ってほしい。
虫のいい話なのは重々承知。
それでも、自分達を気遣ってくれたあの子が使い潰されるのは見ていられないのだと女は泣きついた。
「言われなくても……!!」
まともに応対する暇すら惜しいと、ローズマリーは指し示された道へと駆け出していた。
「あ、ちょっとマリー!?」
エステルもローズマリーを追いかけた。
「マリーさん!? エステルさん!?」
「私たちも急ぐわよ!!」
「皆。悪いが先に行っててくれ」
ルークは仲間達に先行するよう促す。
――ルークとしては、彼らの行動が間違っていたとは考えていない。
生き延びるために即興で組んだ仲間を見捨てたことなど、意図するしないに関わらずルーク自身にも経験がある。なんなら先にこちらを出し抜いて一人得しようとした
だから、この二人組を卑劣だの外道だのと罵るような資格は彼自身にはない。
故に、これはただの身勝手な行為である。
「な、なんだったんだよ……?」
「おい、そこのお前」
「あ、なんだぶげっ!?」
シーフの顔面に、ルークの拳が突き刺さった。
「まずは裏切られたデーリッチの分」
顔を押さえるシーフの指の間から鼻血が流れる。
「これはマリーさん達を始めとした俺たちの怒りの分」
「ぐへっ」
お構いなしにもう一発拳を振るう。感触からして歯が折れたか。
反射的に逃げようとする男を踏みつけて、逃げられないようにしてからルークは言った。
「そして最後に、お前のムカつく面が気に入らない俺の分だ」
「いや最後のはただのしえんっ!?」
三発目を叩き込まれ、シーフは失神した。
適当な木の陰に転がし、おまけにベロベロスがマーキングを行った。
「さて、行くか……って、なんだ皆待ってたのか。悪いな、こんな下らんことに時間取らせて」
「いや、お前がやらなきゃ俺が殴ってたところだ」
「そうですわ。私も一撃与えたいところですが、ルークさんに免じて拳を下げましょうか」
「いやいやアンタらが殴ったら死ぬんじゃねえの?」
かもなあ。とニワカマッスルは笑う。
正直、彼らの態度に据えかねていたのは皆同じだったという訳だ。
「さあ、そんなのは置いといて行きますわよ!」
「急がないと、二人に美味しいところ持ってかれちゃうわよ?」
「そうだな。待ってろよデーリッチ!」
「わおんわおん!!」
ヘルラージュもデーリッチの危機を救うべく先頭に立って二人を追いかけ、他の者もそれに続く。
そうして、残ったのは元々の二人だけになった。
踊り子はしばらく唖然としていたが、やがて我に返るとシーフの男を引きずって下山の準備を始めた。
願わくば、優しいあの子が救われますようにと祈りながら。
次回、異世界編の大詰めです。