ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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スカイドラゴン戦とその後の話。


その33.届いた手

『届いた手』

 

 

――失敗した。

 

 迫りくるドラゴンのブレスを前に、デーリッチは己の避けられない死を覚悟した。

 

 無情な敵から逃れて、たどりついたのは見る影もない拠点。

 

 一人孤独に夜を過ごし、どうにか生きようと村で冒険者を探した。

 

 そうして組むことになった冒険者二人は、囮役を引き受けたデーリッチに助けを呼んでくると言った。しかしいつまでたっても援軍を連れてこない。ここまでくれば自分が見捨てられたことぐらい嫌でも分かる。

 

 思考は速くなり、周囲の時間が非常に緩やかになる。

 これが走馬灯かと思いながら、今まで出会った仲間達との思い出がよみがえる。

 

 とても可愛く、そして何度も自分を乗せて走ったベロベロス。ずるがしこいけど、何度も空を飛んで偵察に行ってくれたハピコ。新しく開くお店をいつも占ってくれた福ちゃん。力自慢で優しく何度も頼りにしたニワカマッスルに、最初は不愛想だったけど今は笑顔を見せてくれるジーナ。こたつドラゴンとはよく一緒のこたつに入ってボードゲームで遊んだり漫画を読んだりした。

 

 ヤエちゃんの超能力は本物だったし、雪乃とは友達になって雪だるまキックで何度も遊んだ。ハオはいつも元気いっぱいで、ティーティー様は時折勉強を見てくれた。アルフレッドは憧れの勇者の意志を継いで立派に頑張っている。ゼニヤッタの忠誠心はこそばゆいけど、彼女の膝の間で食べるプリンはとても美味しかった。

 

 エステルはとうとうシノブと再会できた。シノブちゃんが王国に来てくれる日が見られなかったのは残念だとデーリッチは思った。

 

 ヅッチーは欠かせない相棒で、かなちゃんはセクハラがうるさいけどとても優しくて暖かい。ジュリア隊長からは人の上に立つ者としての心得を教わった。全然悪人じゃないヘルラージュの秘密結社活動はとても楽しかったし、相方のルークとは彼は持ってくる玩具で遊んだりした。ブリギットの駄菓子屋で日常はもっと楽しくなったし、同年代のベルが加わった時は同じ目線の友達が増えたことに喜んだ。

 

 ヘルラージュの姉のミアラージュはちょっと年上のお姉さんとして一緒に遊んだ。クウェウリの王国ベーカリーで朝ご飯とおやつを買うのはすっかり王国の習慣だ。

 

 そして、いつも寂しそうな目で頑張ってきた召喚士を始めとして、これまでに出会ってきた数々の人々。これから王国の一員になってくれるだろう人たち。

 

 多くの出会いが過ぎゆく中、最後に浮かんだのは親友の顔。

 

――ローズマリー。

 

 彼女とは出会った時から常に二人で旅をしてきた。

 自分じゃできないような難しいことをやってくれた緑の彼女。

 

 感謝の思いが沸き上がる。

 

 最後に一目でいいから、ローズマリーの顔が見たかった。ありがとうと言いたかったと思いながら、デーリッチは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――あれ?生きてる?

 

 待てども待てども灼熱はやってこない。

 迫りくる炎は、とてもやさしい何かに遮られてデーリッチの元には届かない。

 

――――嗚呼!!

 

 ローズマリーの魔法障壁が、ドラゴンのブレスを遮っている。

 

 王国の参謀は、決してその炎を国王に届かせはしない!!

 

「……デーリッチ。失敗したって思ってるんじゃないか?」

 

 ローズマリーは背をむけたまま、デーリッチに語りかける。

 

 そう、彼女の言う通り。

 

 デーリッチのお人よしは、遠く次元の壁さえ隔てた仲間達をここまで導いた。

 

 手紙を汚さぬようにと革袋へこめた優しさ。

 他の誰も傷つかぬようにと冒険者にかけた優しさ。

 

 ともすれば、無駄なことだと嗤われるだろうささやかな善意は、今ここに一つの道を作った。

 

 未来へ歩むための確かな道筋を、王国の星(デーリッチ)は確かに指し示したのだ。

 

「おかえり! デーリッチ!! みんなで迎えに来たよ!!!」

 

 その言葉に応じるように、次々と現れる仲間達。

 

「ははっ!間に合ったみたいじゃん!?」

 

 ヒロイン登場にはピッタリだろ?とデーリッチに笑いかけ、ピンクの髪を颯爽と揺らすはエステル。

 

「エステルちゃん……。本当に? どうして? ここ、だって……」

 

 デーリッチの疑問に、ローズマリーは優しく答える。

 君のお人よしがここまでの道を作った。何も無駄なことではなかったのだ、と。

 

 縄張りへ続々と現れる闖入者へとスカイドラゴンが咆哮を挙げる。

 

「お山の大将はお怒りのようだね。でも、私達だってボスを傷つけられて黙っていられないんだ」

「だから、お人よしタイムはここまでにして――」

「ああ。私達の怒り、ぶちまけてやろう――!!」

 

 デーリッチを迎えに来たのは、何も彼女達二人だけではない。

 彼女らの足元。

 丁度デーリッチの目線を埋めるように、3つの首を持った犬が駆け寄ってくる。

 

「くぅーんくぅーん!」

「ベロベロス! 来てたんでちか!?」

 

 ようやく再開できた主人の傷を癒すように、ぺろぺろするベロベロスをデーリッチはくすぐったそうに受け入れる。

 

「なんという忠犬! デーリッチは感動したでち!」

「わんわん!」

 

 大切なご主人を守るため、己の数十倍ものサイズのドラゴンに地獄の番犬は飛び掛かった。

 

 スカイドラゴンは鋭い爪を振り下ろす。

 魔法使いたちでは大ダメージになるだろう一撃を、ニワカマッスルが自慢の筋肉で受け止める。

 

「よぉ! デーリッチ! 随分苦労したみてえじゃねえか!」

「ニワカマッスル!」

 

 デーリッチをあらゆる暴力から守るべく、熱くるしい男は最前線に立ちはだかる。

 ドラゴンの灼熱のブレスさえ、その赤い壁は通さない――!!

 

「国王様!? ご無事でッ!?」

「落ち着いてくださいゼニヤッタさん……。 わわっ、酷いケガ……!! すぐに手当てするから座ってて!!」

「ゼニヤッタちゃん! ベル君!!」

 

 続いて駆け寄って来たのは王の忠臣と獣人の少年。

 重症を負ったデーリッチを見て、ベルは慌てて救急箱からてきぱきと治療道具を取り出していく。

 

「……よし。命に別状はないみたい」

「ああ、良かった……! ハラハラしましたわ」

「うん、間に合った。本当に良かった。ぐすっ……」

「どうして助かったのに泣いてるんでちか。変でちねー」

 

 大事な友達が助かったことに、ベルの両目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 

「わかんない、なんでだろう? でも、悪い気分じゃないんだ。なんだかとっても温かい涙なんだよ」

「ええ、ベル君のお気持ちはよくわかりますわ」

「そういうゼニヤッタちゃんはどちらかというと拳を握ってるでちね」

「それは勿論。いまの(わたくし)には頭から角まで怒りで満ちておりますので……!!」

 

 デーリッチを襲った多くの理不尽と差別に、ゼニヤッタは怒り心頭のご様子。

 

「……さあ、手当てが終わったよ。後は見てて! ボクもがんばるからね!」

「痛み、恐怖、絶望、悪魔のフルコース! その身に刻んでもらいましょう!」

 

 ベルがお手製の大凶爆弾を投げつけ、ひるんだドラゴンにゼニヤッタが拒絶の印を刻み込んでいく。

 

「ようデーリッチ。よく頑張ったじゃないか」

「ブリちん!」

 

 ブリギットは浮遊する椅子に乗りながら、いつもと変わらない調子でデーリッチに話しかける。

 

「拠点に帰ったらお菓子パーティだ。いくらでも食っていいからな」

「わーい!!」

 

 無邪気に喜ぶデーリッチに微笑みを返し、ブリギットはドラゴンへと向き直る。

 

「さて、今日の俺はとても機嫌がいい。こいつは大バーゲンだ。遠慮せず貰っていきな!!」

 

 そう言って浮遊椅子からありったけのルビー弾を吐き出させる。

 土砂降る弾丸が、ドラゴンの翼を食い破っていく!

 

「秘密結社参上!」

「ヘルちん!」

 

 続けて現れたのは、秘密結社のリーダー、ヘルラージュ。

 

「よく頑張りましたわデーリッチ。目頭が熱くなるような奮闘です! では反撃の時間といきましょう!! うちのメンバーをいじめた者に容赦のないお仕置きを……にょわあ!?」

「ヘルちーん!?」

 

 かっこいい口上と共にドラゴンに魔法を浴びせようとしたヘルラージュだったが、ドラゴンの放った風切りの刃に足を取られて見事にすっころんだ。

 

「ああもう、締まらないわね!」

「ミアちゃん!」

「全くみっともない顔しちゃって。ほら、これで顔拭いた」

 

 そう言ってミアラージュは、今度は涙と鼻水に塗れ始めたデーリッチの顔をちり紙で拭っていく。

 

「ずびーっ! 皆が来てくれて嬉しいんでちーッ!」

「……私だって、あんたが生きていてくれて嬉しいわよ」 

「え?」

「だ、だから、あんたが無事でうれし――――」

「え?」

「おい、そこをいじるのは後にしろ! 油断すると死ぬから、相手ドラゴンだから!!」

 

 締まらないのは姉妹揃ってのようで。

 そこに割り込んできたのが、仮面をつけて礼服を着た青年だった。

 

「はいはい。漫才はその辺にしてくださいよ」

「ルーク君!」

「おっと、俺が一番最後か。気が利く言葉とか励ましとか、正直柄じゃないんだけどなあ……」

「ええ……?」

「まあでも、お前が生きていてくれて本当に嬉しい。俺はもう、大事なものを失うのはごめんなんだ。だからこれまで通り、俺たちの王様でいてくれ」

「ぬはは、勿論でち!」

 

 その言葉を聞き、ルークは仮面の奥で笑みを浮かべる。

 

「そんじゃ、俺も精一杯やらせてもらいますよッ! イカサマと相手の足を引っ張るのだけは、誰にも負けないんでね!!」

 

 ルークはドラゴンの攻撃を潜り抜けていきながら、軽やかに刃を躍らせていく。

 

「うう……っ、ぐす……っ」

「なんだデーリッチ? まだ痛むのか?」

「違うんでち、みんなが来てくれたことが嬉しいんでち。こんなところまで、危険な旅だったのに。ごめんね。これだけ集めるの、大変だったでしょう?」

 

 嗚咽を漏らすデーリッチ。

 その言葉を聞いていた一同は、あきれるように肩を竦めた。

 

「やれやれ、わかってねえなあ俺たちの王様は」

「ええ、自分がどれだけ愛されてるか知らないなんて贅沢な悩みよね」

「え?」

「そりゃ大変だったさ。何せ、王国民総勢二十名以上もの立候補からたった十人だけの大激戦。我こそはって誰一人として譲りやしねえ」

「おまけに先生やシノブの助力も得ての救出作戦。みんなデーリッチを助けたい一心で集まったんだからさ」

「え? え?」

「ありゃあ。まだ分からないか。それじゃあここからはマリーに交代。私は戦闘に集中させてもらうよ」

 

 そう言って獄炎を叩き込むエステルと入れ替わるように、ローズマリーがデーリッチと向き合う。

 

「……デーリッチ、見てごらん。これが君の作った人の輪だ」

 

 ローズマリーは奮闘する王国民を指さす。

 ドラゴンの巨体をニワカマッスルが殴りつけ、ブリギットの弾丸が傷口を抉る。

 

「王国という中で、君が話しかけ、勧誘し、作ってきた人の輪」

 

 ドラゴンは怒りで魔力を漲らせるが、ゼニヤッタの使い魔がそれを奪い取っていく。

 

「他人の為に笑い、泣き、話しかけ、仲間に入れ、友人となったらまた笑う。そんなお人よしが育ててきた人の輪」

 

 傷を負った仲間たちを、片っ端からベルが治療していく。

 ベロベロスがその合間を補うようにファイアブリッツでドラゴンを牽制する。

 

「馴染めない子にはよく話しかけてあげていたね?喧嘩がはじまったら、すぐに私に知らせにすっ飛んできた」

 

 ヘルラージュとミアラージュの姉妹によって放たれる風の魔法。

 窒息に苦しみ、毒に侵されるドラゴンのうめき声が響き渡る。

 その隙に、死角から飛び出たルークの短剣がドラゴンの目に食い込んだ。

 

「だから、この十人は集めたんじゃない。

 

 

 

 

 

 ――――集まった」

 

 これからも一緒に笑うため、かけがえのない友のために。彼らは自ら駆け付けた。

 

「いつかベル君が言ったね。君は仲良くなる天才だって。私以外の誰も信じていなかった君の才能を、今ではもう誰も疑いやしない」

 

 それはかつて自分達を高みより見定めようとした魔人(アルカナ)すらも同じ目線に立たせた、人の心を開く力。

 

「人の輪を作り、広げる才能……! 君こそが王に相応しい!」

 

 この暗雲立ち込める世界に光を齎す、類稀なる王の才能。

 

「君はそこで見ていてくれ。王の下に集った、十人の友の力を!!」

 

 ローズマリーの氷魔法が、ドラゴンを凍てつかせてゆく!

 

 動きが氷によって阻害され、体温の低下が機能を奪わせる。

 諸共に吹き飛ばそうとブレスを吐こうと、ドラゴンが大きく口を開けて息を吸い込んだその瞬間、何かがその口に放り込まれた。

 

 ドラゴンはお構いなしにブレスを吐き出そうとして――。

 

 KABOOM!!

 

「わわっ!」

「一度やってみたかったんだよ、これ」

 

 爆弾を投げた張本人のルークは自分の悪だくみが上手くいったことに鼻を鳴らす。

 

 轟音と衝撃に神経を揺さぶられ、爆炎で臓腑を焼かれたドラゴンは煙を吐き出し、目を回して倒れ込んだ。

 

――このターンと次のターン、ドラゴンの防御力は0になり、さらにスタンする!!

 

「さあ、総攻撃の時間だ!!」

 

 

 

『――Yeah!!』

 

 

 

 ルークの言葉に、全員が応える。

 

 

 その後の顛末など、語るまでの事もないだろう。

 

 

 

 

 

 

『夜を越して』

 

 無事デーリッチを救出したハグレ王国異世界班。

 

 時刻はとっくの前に夜になっており、山登りと激戦の疲れを癒すために野宿することになった。

 

 晩御飯は即席のキャンプ飯だったが、彼らにとってはこれまでのどんな食事よりも賑やかで美味しい食事だった。

 

 そうして食事を終え、明日の下山に備えるべく皆がテントで寝静まったころ。

 

 一人、ルークは火の番をしていた。

 

「やあルーク。交代の時間だよって、おや……」

「すう……、すう……」

「マリーさん。御覧の通りだよ」

 

 ローズマリーがルークの膝を見ると、ヘルラージュが安らかに寝息を立てている。

 最初は二人で見張りをしていたのだが、少し前にヘルラージュは寝落ちしたのだ。

 

「おっと、邪魔をしてしまったかな」

「揶揄わんといてくださいよ。ま、寝ずの番には慣れててね。こうしたことも一度二度じゃない」

「ほーう」

 

 続いてやってきたエステルがにやにやと笑う。

 

「なんだよその目は」

「いーえなんでも?」

「おいおい。皆して夜更かしか? 感心しねえな」

 

 ブリギットとミアラージュもやってきた。

 気が付けば結構な人数で焚火を囲んで座っていた。

 

「俺は睡眠自体はいらねえからな」

「私もこんな体だからね。流石にずっと起きてるのは無理だけど」

「あーあ。これじゃ見張りを交代役にした意味がないじゃないか」

 

 仕方ないので眠気が来るまで彼女たちは談笑でもすることにした。

 

「お、マシュマロじゃん。一個もらい」

「何勝手に取ってんだ。食いたけりゃ自分で焼け」

「いいじゃんケチ。うーん、トロトロサイコー」

 

 ルークが焼いていたマシュマロをエステルは奪い取り頬張った。

 文句を言いながらも、ルークは次のマシュマロを準備する。

 

「むぐむぐ……あっ、そうだ。ねえ、マリー」

「何かな?」

「あんたってさ、どうやってデーリッチと知り合ったの?」

「うん?」

「いやあ、二人を見てると大して接点とかなさそうだし、どういう経緯で仲良くなったのかなって。聞かせてよ」

「ああ、それは私も気になるわね」

「うん、そうだな。それを語るには……まず君達に謝らないといけないか」

 

 興味本位で聞いたエステルと便乗するミアラージュ。

 しかしローズマリーは神妙な顔持ちになってなぜか謝罪の言葉を口にする。

 

「え?」

「嘘をついていてごめん。私はハグレじゃないんだ……」

「え?あー……、そうなんだ」

「いきなり謝るから何かと思ったら……それ?」

「やっぱりか」

「なんだ、そんなことかよ」

 

 召喚されたハグレでは無く、帝国に生きる現地人だということを明かすローズマリー。

 だが彼女らに驚きは少ない。むしろやっと言ったかという表情の者さえいる。

 

「なんだか微妙な反応だね?」

「だってマリー、ハグレのことを"ハグレ達"って呼ぶけど、"自分達"とは絶対言わなかったもの。だから何か隠してるんだろうなって」

「それは鋭いね。今後は気を付けるよ」

 

 自分でも気が付いていなかったところから素性がばれたというのは、彼女にとっては不覚だった。

 

「ま、前々から皆分かってたことだけどな」

「え、本当……?」

「人間、相手が自分と同じかどうかってのは大体分かるんですよ。俺は一目見てハグレじゃないことは分かってたな。他の連中は知らんが、少なくとも俺が加入したころにいた連中は大体気づいてるんじゃないかな」

「それって殆ど全員じゃないかー!」

「別に隠してたわけじゃないんでしょう?」

「そうだけどもさあ……」 

 

 まあ、ハグレとつるむこと自体に後ろ指を指されるような時代だ。

 現地人ですよというよりは、同じハグレだと思わせておく方が不都合が無くて済んだというのは一理ある。

 

「それで、ハグレじゃないマリーさんはどうしてデーリッチと?」

「そうだね。まず私は家出をしたんだ」

 

 実家の薬屋は商売がうまくいかず、そのせいで親の喧嘩が絶えない日々に嫌気がさしたローズマリーは家を飛び出した。

 幼いころから父親に叩き込まれた薬の知識で生きていけると考えたマリーだったが、その浅はかさの報いは人間社会の厳しい洗礼だった。

 信用されず、食うに困って路頭に迷い、町はずれでパンを食べようとするハグレに目を付けた。それがデーリッチだった。

 

 ローズマリーの口から語られる身の上話を、エステル達は黙って聞いていた。

 

「あー、食い詰めた結果の盗みね……」

「最低だろ? ハグレ相手なら捕まらないと考えて、デーリッチのパンを横取りしようとした外道が私さ」

「大丈夫よ、もっと最低な奴がここにいるもの」

「否定はせんけどお前なあ!!」

 

 前科いっぱいのルークをエステルは指さす。

 そういう問題ではない。

 

「ルークのほうがまだマシさ。私は結局、取っ組み合いになってすぐに負けたんだ。非力な私が、幼いハグレにすら腕力で勝てるわけがないんだから」

 

 そうして何もかもが情けなくなったローズマリーは泥まみれになって泣きじゃくった。

 そこに、デーリッチは手を差し伸べたのだという。

 

「『半分こ、するでち』ってパンを分けてくれた。襲い掛かったばかりの私にだよ? どんなお人よしだよって思ったさ」

 

 そんな馬鹿はすぐに死んでしまうんだろうなと、ローズマリーは思った。

 だが、それはおかしいことだと続けた。

 優しさという美徳が、愚かしさの象徴のように嗤われる。

 お人よしという徳が、他人の得になる。

 

「その時さ、一時の気の迷いかもしれないけどこう思ったんだ」

 

――――巡り巡って、この子が幸せになれますように。

 

「私はこの一時の気の迷いを、一生の想いにしたいんだ。デーリッチの作った国が、どこまで行けるのか、私は見てみたいんだ……!!」

 

 世界地図の片隅に成り立った、お人よしの国。

 その行く末を見届けることが、ローズマリーという少女の目的なのだ。

 

 話が終わると、エステルはうんうんと頷いた。

 

「成る程ねえ。そりゃすごい話だ。先生が聞いたら手を叩いて大笑いするぐらいよ」

「え、そうなんだ……?」

 

 あの飄々とした女傑がこんな絵空事を受け入れる姿がローズマリーには想像できなかった。

 

「だって、一人で世界の終わりに抗うとか人の善性を証明したいとか言ってるどうしようもないロマンチストよ? そんなあの人がデーリッチの事を度々星と称したのも、納得のいくことだわ」

「あー……」

 

 そう言われると、一気に納得できてしまうのだった。

 

「なんにせよ、それって相当大変なことだぜ? まあ俺だって悪くねえとは思ってるけどよ」

「そうね、とても素敵な話だと思うわ」

 

 皆がローズマリーの言葉を受け入れる中、一人水を注すような発言をする者がいた。

 

「……いや、馬鹿馬鹿しい話だ」

「……ルーク」

「世の中そんな上手くいかねえさ。どうやったって自分だけ得をしようとする奴は出て来るし、そもそもお人よしの存在自体が気に入らねえ奴だっている。そういうのを俺はよくわかってるのさ」

 

 でもよ、とルークは首を横に振って自分の意見を否定するように続けた。

 

「もし、そんな馬鹿馬鹿しい夢が叶うならさ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな愉快なこと、世界中探しても他にないとは思わねえか?」

 

 と、子供のように無邪気な光を彼は瞳に宿してそう言った。

 

「…………ええ、その通りね」

「はっ、なんだお前もロマンチストか? ルーク」

「さて、どうだか?」

 

 そこまで言って、ルークはヘルラージュを抱えて立ち上がった。

 

「交替の時間はとっくに過ぎてるし、俺はこいつが風邪ひかないように寝かせてきますかね」

「ああ、よろしく頼むよ」

「そのまま襲うなよー!」

「やらねえよ!」

「ちょっと、流石にそれは許さないわよ!」

「だからやらねえって!!」

 

 

 

「……そうなんですの?」

「……起きてたんですか?」

 

 

 

 

 

 そうして彼らは何事もなく朝を迎え。

 

 麓のサイフフ村ででっかいケーキを買い。

 悠々と相互ゲートをくぐり、拠点の皆からの歓声を受けて出迎えられた。

 

 そして、ハグレ王国では国王帰還を祝うパーティが開催されることとなった。

 

 それは次に襲い来る嵐の前の静けさであったが、

 

 何が立ちはだかっても乗り越えていける。そんな確信を抱かせるような活気に王国は満ちていた。

 

 

 

 

――第2章「演者たちは一同に会する」完。




色々ありましたが、第2章もこれで終わりです。
いやー、長かった!
序章が6話、第1章が7話ときて第2章が20話と一気にボリュームが増えてしまいました。

大体はアルカナの設定を詰めていったら伸びたのですが。

ルークの昔の仲間が実際に姿を見せて、1章のアウトロで少しだけ顔出ししたジェスターも立ちはだかりと、オリキャラ達が雪だるま式に増えていきました。世界観に即しつつも自分の好きな要素を入れたキャラを考えるのはとても楽しいです。

さてこの後はアウトロに当たる掌編を書いて、第3章に繋げていこうかと考えております。

第3章は原作3章の後半、つまり帝都編に当たる部分なのですが結構がっつり変わっているというか既に色々と原作から脱線してます。そのあたり色々と悩みましたが、「通るさ、私が通す」を胸に突き進んでいくことを決めました。

それではまた。

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