ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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その34.第2章・アウトロ

敗走者たち潜む者たち』

 

 

 石材で覆われたその場所。

 どこかの遺跡と思わしき建造物の一角にある部屋。

 

 そこは奇妙なことに、黒い泥で満たされていた。

 

 沼としか形容できないそこから、何かが浮かび上がる。

 それは瞬く間に人の形を取り、極めて理知的な印象を与える男がその場へと現れた。

 

「――――」

 

 命と悪意の泡立つ感触を全身に感じながら、その男は目覚めた。

 

 わずかに蠢く粘性の液体と形容できるそれを身体に貼り付かせながら、彼は静かに立ち上がる。

 

「――――成程、このような感触か」

 

 再構成された身体。

 感覚が隅々にまで行き渡った事を、ジェスター・サーディス・アルバトロスは確認する。

 

 そうして、彼は体感的にはわずか数秒前の出来事を思い返す。

 

 かの王が転移した瞬間、その光に気を取られた僅かな瞬間でアルカナが放った魔術によって、自らの肉体が完膚なきまでに破壊された。

 

 骨格を粉砕され、臓腑を焼かれ、脳髄が端から砕け散る痛み。

 思い返すだけで腕が震える。

 再び彼女と立ち会う度にそれを味わうのかと思えば足がすくむ。

 

 ――だというのに、

 

 ジェスターの顔は、喜悦の笑みで歪んでいた。

 

 止めを刺されるあの瞬間、確かにあの女には"敵意"があった。

 骸と化す己を見下ろすそれは、自分に対する悪意であった。

 

「――クク」

 

 込みあがる感情に、思わず声が漏れる。

 

 あの時、あの瞬間、彼女は私を見たのだ。

 その事実だけでも、殺された甲斐があるというもの。

 

 ジェスター・サーディス・アルバトロスは、裡に漲るそれを受け入れる。

 

 苦痛を、殺意を、敵意を、恨みを、妬みを、嘆きを、悲しみを。

 

 ありとあらゆる悪意が彼の糧だ。

 

 それが沸き上がるのは世界の影より生じる黒い泥。

 

 存在を貶められたもの。

 忘却の彼方に押しやられたもの。

 

 生きとし生けるもの全てから廃棄される悪性情報は己の血肉と化し、さらなる力となってジェスターという魔術師を構成する。

 

「――馬鹿な」

 

 着実に力が増す快感に浸っていると、唐突に召喚士がここに現れた。

 ホムンクルスに導かれてこの部屋を訪れた彼は、目の前にいるジェスターの姿が信じられないようだった。

 

「――マクスウェルか」

「お前、死んだ筈じゃ」

「ああ、確かに私は死んだな。あの女の星光に身を裂かれ、完膚なきまでに敗北を喫した。それはまぎれもない事実、私の落ち度だ、君にも責める権利はあるだろう。同志マクスウェル」

 

 彼――マクスウェルは、確かにジェスターが敗北したことに当たり散らし、アプリコの手でアジトに担ぎ込まれた。そうしてホムンクルスたちの案内で、この部屋を訪れたのだ。

 

 だというのに、当のジェスターが生きてこの場にいる。

 上半身を吹き飛ばされたはずなのに、彼の彫刻めいた体には一分の欠損も感じられない。

 自分が一度死んだことを何の問題も無いように話しかけてきたジェスターに対して、マクスウェルの思考を困惑が埋め尽くす。

 

「だったら、何で」

「自分の死に備えておかないのは二流の魔術師ということだよ。業腹だが、私と奴の実力差は重々承知の上だった。故にこうして、次の身体を用意しておいたのだよ」

 

 かろうじて捻り出した言葉に、ジェスターは偽りなく答えた。

 欠損が生じた時のためにスペアを用意する。それは自分の命も同じ。

 たったそれだけのことだと言うジェスターを、得体のしれない怪物を見るような目でマクスウェルは見る。

 

「……まあ、つまりは蘇生の術式を編んでいたにすぎない。この奥義を破られない限り、私の肉体は混沌より再構成され続ける。死の痛みというリスクさえ呑んでしまえば、私は事実不死身なのだよ」

 

 簡単に言うジェスターだが、果たしてその死の痛みに耐えられる者がどれだけいるのだろう。

 自らの死の感触を説明できる者はハグレ王国のミアラージュか、あるいは形なき泥で身体を構成する冥界の支配者ぐらいのものであれば、幾度もの死を越えんとするジェスターもまた、人ならざる領域に足を踏み入れる存在なのだろう。

 

 人倫を度外視したジェスターと、圧倒的なまでの火力を誇るアルカナ。

 対立する両者に共通しているのは、常軌を逸した魔術を操ると言う一点である。

 

 自分の理解が及ばぬ相手を前に、マクスウェルはそれ以上の追及をやめて今後の作戦についての話題を振ることにした。

 

「……まあいいさ。アンタが死んでいなかったっていうならそれでいい。それで? 次は何をするんだい?」

「ああ。それは――――」

 

 ジェスターは次に動くべき時を言おうとしたが、それは部屋に入ってきたホムンクルスによって遮られる。

 

「ジェスター様。お客人です」

「――そうか。丁度良い、同志マクスウェル、君もついて来たまえ」

 

 今まさに説明しようとしていた人物がやってきたのだから、続きはその後の方が良いと考え、ジェスターは来客の元へと向かう。

 部屋から出てしばらく進み、開けた場所に出る。そこには一人の男が佇んでおり、ジェスター達の姿を見るや否や頭を下げ始めた。

 

「ややっ。これはこれはジェスター様。ご機嫌はよろしいようで」

 

 それなりの位に座る人物がやってきたことに、ジェスターも僅かに面食らった。

 

「……ハグルマ殿。貴方が直々に来られるとはな」

「ははは。ハグルマは上から下まで直々の営業が売りですので」

 

 背広を纏い、七三分けの髪形に黒縁メガネ。

 名前をウォルナット・ハグルマという、おおよそ特徴をなくした格好のビジネスマンは、深海種族を崇める邪教、ハグルマ資本主義教団の敏腕営業マンにしてこの大陸での経済活動を取り仕切る資本卿だ。

 

「このような形での打ち合わせとなってしまい申し訳ない」

「いえいえお構いなく。この場所は我らが偉大なるハグルマ様の住まう深階によく似ておられますれば、わたくしどもからすればむしろ居心地が良いのですよ」

 

 人間と同じ出で立ちではあるものの、彼は純粋な人間とは言い難い。

 それもそのはず。

 彼はハグルマ教徒の中でも高位に位置する資本卿。

 既に深海の邪神の依り代として、その身にはおぞましき深人(ディープワン)の特徴が表れ始めているのだ。

 

 もしその手袋を外せば、霊長類にあるまじきヒレが生じていることが確認できるだろう。

 

 マクスウェルからしてみれば、人に生まれながらなぜサハギンなどという魔物に近づこうとするのかを理解できなかったが、だからと言ってジェスターが協力関係を結んだことに異を挟むほど彼は無能でもなかった。

 

 最早、帝都で自分が地位を築き上げるのは難しい。ならば、彼らの計画に加担して新しく成立するであろう国家の重鎮としてのポストを得る方が望みはある。それに自分の気に入らない相手が失墜するというのだから、一石二鳥というものだ。そうマクスウェルは考えていた。

 

「早速仕事の話といこう。頼んでいた例の物は?」

「はい。発注された魔導鎧四個小隊分。数字にして12ダースを納品可能でございます」

 

 水晶洞窟にて投入された魔導鎧。

 それを12ダースも製造したのだという。

 なんと恐るべきハグルマの技術力か!

 

「特型はどうなっている?」

「そちらも問題なく。しかし特注品ゆえ、実際に装着してからの調整となりますが……」

 

 若干申し訳なさそうに語るウォルナットを、ジェスターは寛容に笑った。

 

「良い。元々対象はこちら側で用意する手筈ですので。それにしても良い仕事をしてくれた」

「ええ。ええ。それもこれもあの忌々しい種族を駆逐するためならば」

「エルフか。私としては旧き神秘を尊ぶ種族だが、君達にとってはそうではないと」

「我らからしてみれば、あのようなヒトがエルフを名乗るなどおこがましいにもほどがあります」

 

 これは不可思議な話ではあるのだが、

 彼らハグルマがこの世界に召喚される前の世界。

 百万大迷宮と呼ばれたそこに住まうエルフという種族はハグルマの崇める深海種族の名前であった。

 同じ名前を持っておきながらも全く異なる生態を持ち、深海の種族を唾棄するこの世界のエルフは、彼らにとっては一刻も早く滅ぼしたい種族なのだろう。

 

「まあ、そちらの信仰についてはあまり口を挟まないでおこうではないか」

「ええ。私達を結ぶのはビジネスですから。あなた方は資金と設備を我らに融資してもらい。対価として我ら教団は大陸の販路を拡大できる。実にWIN-WINの関係といってよいでしょう」

 

 サハギンを顧客とし、対立種族であるエルフとの戦争を狙っていた彼らは、ジェスターが持ち出した白翼の技術とマクスウェルが復興させた古代技術を融合させ、こうして兵器として量産化に成功させた。

 

 そして今度は、勝手に召喚したくせに自分達を危険思想と判断し*1、特許を奪い締め出そうとした帝国をも侵略しようというのだろう。そうすれば莫大な経済基盤を乗っ取ることができ、偉大なる神へ捧げるための金もさらに稼ぐことができると言う寸法だ。

 

 帝国の破壊と新生を目論むジェスターからしても、優れたテクノロジーの使い方を知るハグルマは好まいものだった。

 

 深く付き合うならば確執も起ころうが、今の所は同じく帝国の革命を最終目標とする同盟相手。いや、取引相手と言ったところだ。

 

「さて。私どもはこうして注文通りの品を納めたわけですが……次なるお考えのほどはいかに?」

「そうだな。我らの存在は帝都の知るところとなった。であれば計画を次の段階に進めるとしよう。エルフとサハギンの全面戦争は秒読み。帝国とて静観を決め込んでいられまい。そこが我々のねらい目だ」

 

 そこで、ジェスターはマクスウェルの方を向いた。

 

「君には帝都に行ってもらおう。少し、持ち込んでもらいたいものがあるんだ」

 

 

――全てを混沌の渦に飲み込まんとする計画は、着実に進んでいた。

 

 

 第3章『帝都動乱』へと続く。 

*1
邪神信仰はどうあがいても邪教なので当然といえば当然なのだが


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