初っ端から次元の塔6層です。
またまた出てくるオリキャラ達。
その35.波濤戦士
『波濤戦士』
デーリッチを救出してから数日後。
アルカナとシノブの二人は帝都へと帰還した。
アルカナは召喚士協会として今回起こった事態を帝国へ報告するため、シノブは研究を進めるため設備の整った協会が適していると、それぞれの理由でしばらくは帝都に身を置くことになった。
エステルとシノブは別れを大層惜しんだものの、強く引き留めるような真似はしなかった。
恐らくは、そう間を置かずに会うことになるだろうなという予感があったから。
革命軍(暫定名称)に参加するハグレや召喚士くずれが近いうちに動きを見せるだろうというアルカナの見解に、ローズマリーやプリシラ、ジュリアなど知略に優れる者達も賛同し、いつでも対応できるようする必要があった。
丁度その時に飛び込んできたのが恒例の次元の塔の解放の報せ。
次元の塔6層はなんと冥界であった。
何を言っているのかわからないと思うが、恐らく誰にも分からない。
何せ人間が生きている間ならば訪れることのない世界。
悪魔や魔物の本拠地と言っても過言ではなく、生息する魔物の強さも桁外れ。
危険度は宇宙や地底と比べても段違いのA級危険地帯だ。
しかし鍛錬の場を求めていたハグレ王国にとってはうってつけの場所とも言え、この空白期間を有効活用しようと彼らはデーリッチとローズマリーに率いられ、冥界へと繰り出したのであった。
繰り出した。のだが……
「寒いですわー!」
「そんな露出度高い恰好で来るからですよ」
「だってどてらは無理って言われたんだもーん!」
冥界の寒さにヘルラージュは悲鳴を上げる。
どてらを着ようとしたが防御力の関係で却下されてしまい、泣く泣く秘密結社の仕事着の上にフレアバキュームを羽織っている。だが炎耐性が上がるだけで、寒さには何の役にも立たないのであった。
「ヘルさん。皆様が寒さに耐えているというのに我儘を言ってはいけませんわ」
「ゼニヤッタさんは平気でしょうね! 悪魔ですもの!!」
「あら。これはうっかり」
泣き言を漏らすヘルラージュをゼニヤッタが嗜めようとするも、氷耐性持ちが言ったところで意味はない。
ルークは改めて今回のパーティを確認する。
ニワカマッスル。雪乃。こたつドラゴン。ゼニヤッタ。ヘルラージュ。ミアラージュ。そしてルーク。
見事に寒さをどうにかできる人ばかり集まっている。
ニワカマッスルは筋肉が熱を放っているので彼の周りが妙に温い。というか生暖かい。
ゼニヤッタは冷気を操る悪魔なので冥界とかむしろ実家のような感覚なのだろう。
ミアラージュは半分死体だから冷気はともかくとして寒さはある程度までは平気である。あ、今くしゃみした。
こたつドラゴン?こたつに入っている時点でお察しだ。
あと雪乃も超薄着なのにけろっとした表情で立っている。
『あの子って一見人間っぽいんだけど、実は雪の妖精で種族が違うんだよなあ』というのを皆に改めて実感させる瞬間だった。
「そんなに寒いならこたつに入ればいいじゃん。入れてあげるよ?」
「私がこたつに入った状態で歩けるとお思いですの!?」
「……ふっ、修業が足りなかったか」
「そんな修行したがる奴は殆どいないだろ」
それはヘルラージュにとってとても魅力的な申し出だったが、すぐに欠陥に気が付き却下する。
こたつを背負って歩ける者など後にも先にもこたつドラゴンぐらいのものだろう。
「……仕方ないですね。それじゃこれでも羽織っててくださいよ」
「わーい! ありがとう!!」
「いいってことですよ」
ルークは自分のジャケットを脱いでヘルラージュに渡した。彼が現在装備している竜鱗アーマーは、暑さも寒さも軽減してくれる優れものなので、上着一枚程度なら問題ない。
「こいつ……ヘル相手だと途端に出来る奴になるわね」
「なるほど。そうやってポイントを稼いでいくのか。なら俺も寒さに震えているお姉さんに筋肉の暖かさを分けてやれば……」
「マッスルさんって頼りになりますけど、たまに論外ですよねー」
「わかるー」
「えっ!?」
女性陣からの評価が一気に冷え込んだニワカマッスルであった。
◇
冥界の魔物をなぎ倒していき、聳え立つ城の中へ入ったハグレ王国一行。
飾り気など無い冥界から打って変わって、豪奢な内装が彼女達の目の前に広がる。
あまりの豪華さに一行は面食らって一瞬言葉を忘れる。
「おおっ。これは……」
「今までに見てきた中で最も豪華だな」
「ゼニヤッタちゃんのお家みたいだね」
「むしろそれ以上かも……?」
「ええ。私よりも高位の悪魔が住まわれているのでしょう」
次元の塔2層に召喚されたゼニヤッタの屋敷。
それを知る面々には、この屋敷がそれ以上に豪華であることが分かる。
ゼニヤッタ自身、ここに住まう存在が自分よりも上の存在であることを空気で感じ取っていた。
「ようこそイリス様のお屋敷へ!」
「おおっ。メイド悪魔……!!」
一行を給仕服姿の悪魔が出迎える。
服の上からでもわかるナイスバディにニワカマッスルが思わず鼻を伸ばす。
「冒険者の方でございますね? 当屋敷では現在闘技大会を開催しておられます。腕に自信のある方は是非振るって参加くださいませ!!」
「闘技大会?」
デーリッチの疑問にええ、と使用人悪魔は頷く。
「現在我らが主イリス様のご意向により、様々な場所、種族を問わず腕に自信のある方をお招きしておられるのです」
「へぇ……」
「見たところあなた方も冥界を抜けてきたご様子。であれば一度参加されてはどうでしょうか?」
同じ悪魔も従えているようですしね?と使用人悪魔はゼニヤッタを見て言った。
悪魔が仲間に加わっている、というのはそれだけで強者のステータス。しかも契約も無しに悪魔が自ら人間に従っている。つまり純粋な力関係で屈服させたということであり、そのことを見抜いた使用人悪魔は、これほどの強者を見逃すわけにはいかないと積極的に勧誘していく。
それは主人が開催した祭りを盛り上げようという意図によるもの。
(これほどの逸材、もし招き入れたらボーナスも弾んでもらえるわね)
個人的な欲も結構あった。
「それ、参加するといいことあるの?」
「勿論。成績に応じて景品が振舞われる他、優勝者には主様直々の歓待をいただけるとのことです」
「どうするでち?」
「ふむ……もう少し話を詳しく聞こう」
その後も色々と話を聞いていき、命の保証もされるという事なので一行は参加してみることにした。
「面白そうじゃねえか。行こうぜ、デーリッチ!」
「私達に適う相手なんでしょうね?」
なんだかんだと皆やる気に満ちており、祭りごとが大好きな王国民の気質がよく表れている。
「じゃあ一度見に行ってみようかな。 どこからいけばいいでち?」
「そこの魔法陣に入ればすぐにでも」
「わかったでち。みんな、いくでちよー」
「いってらっしゃいませ。 ……よっし!これでボーナスよ!!」
一行の姿が消えた後、ガッツポーズをする悪魔の姿があったとか無かったとか。
◇
闘技場には様々な種族が見受けられ、冥界のうすら寂しさが嘘のように活気に満ちていた。
「あらいらっしゃい。貴方達もエントリー希望者ね?」
案内に従って受付に向かえば、悪魔が受付嬢をしていた。
これまた別嬪なのでニワカマッスルが鼻を伸ばす。
「あのー、闘技大会のエントリーはここでいいんでちか?」
「その通りよ、この闘技場で勝ち抜いてランクを上げていくの。最初は一番下のDランク。連勝していけばC、Bと順調に上がっていけるわ。
そうして一番上のAランクでの戦いで頂点に立った選手が栄光あるチャンピオンになれるのよ」
「ふむふむ」
「せっかくだし、エントリー前に試合を見に行ったらどうかしら? 丁度今から、Aランク昇格の試合が始まるのよ」
「どうする?」
「無料なら見に行ってもいいだろうね。大会に参加するなら、敵を知ることも大事だし。特に反対しないよ」
ローズマリーの許しも得たので、一行は観客席へと向かう。
「うわっ。結構混んでるでちね……」
「皆、散り散りにならないように纏まって歩くよ」
観客席はその殆どが埋まるほどにごった返していた。
「はいはいはーい! どっちが勝つか張った張った」
「あと5分で発券終了よー!」
「流石は悪魔の闘技場だな。堂々と賭け事が行われてるよ」
「ハピコのやつを連れてこなくてよかったな。最悪、王国の金全部賭けられてたぞ」
チケットを発行する悪魔が観客席を行き来する様を見て、自国の守銭奴がこの場にいなかったことを良かったとローズマリーは心の底からそう思った。胴元に回って荒稼ぎして財政管理をややこしくするのがローズマリーには目に見えていた。
「オッズはAチーム1.05、Bチーム3.0!」
「選手の詳細は掲示板を見てちょうだいね!!」
「特にAはあの竜人族! さあ張った張った!!」
「竜人族……」
竜と人の合いの子である竜人族。
強力な力を持つ希少種族であり、こたつドラゴンもそれにあたる。
当の彼女は、対戦表に書かれた名前を見てぶるぶると震えていた。
「こドラちゃん?」
「ぶるぶるぶる……Aの選手。リューコちゃんだ……」
「知り合いかい?」
「うん。学校にいた時のクラスメイト。お金持ちで、すごく強くて、すごく怖いんだ」
「あー、いますよねクラスに一人はそういうの……」
かつて自分を馬鹿にしたリューコの荒々しい様子を思い出して、こたつに潜りだすこたつドラゴン。
雪乃もそう言ったスクールカーストの生々しさには思い当たる節がある様子。
「まさしくエリートってことか。そんな奴と戦うのは一体誰――――」
「えーと、ラプスって選手だね。彼女も拳一つで全試合を勝ち抜いてきた相当な強者って前振れだ。しかし、竜宮海底人? 聞いたことのない種族だな……」
ローズマリーはリューコの対戦相手の種族が聞き覚えが無いと言う。仲間達も同様のようで、もしかしたらハグレなのかもしれない。
そんなふうに一行が思いを巡らせている傍らで、
「――――Bに1万ゴールド」
ルークはためらいなく近くにやってきた悪魔へと金貨の入った袋を手渡した。
「え、ちょ、ルーク!?」
「そんな大金ぶっこむとか正気か!?」
仲間達が制止するのも最もである。
リューコが強力なのは見て分かるが、相手の素性、実力は不明。
闘技場を勝ち抜いてきたことから相当な猛者であることは予想できるが、それでもそんな大金を勢いよくつぎ込むのはどう考えても無謀だ。
だがルークは既にチケットを受け取っていた。
「い、今からでも遅くありませんわ! 早くチケットを払い戻してきなさい!」
「だ、駄目だよぉ。リューコちゃんとても強いんだから。相手が誰だか知らないけど勝てるわけ……」
「問題ありませんよ、リーダー」
確信を持ってルークは自分の上司に告げる。
それを見て、ヘルラージュはルークの顔を真っ直ぐ見た。
「……大丈夫なんですね?」
「ああ。俺を……、いや、あいつを信じろ」
「わかりましたわ」
その言葉だけでヘルラージュが判断するには十分だった。
「ちょっと、ヘル!?」
いくらなんでもそれは甘すぎるのではとミアラージュは妹の判断を疑う。
だがヘルラージュには分かっていた。
ルークがラプスという選手について、確信を持って勝つと言った根拠が、
明らかに相手を知っているような素振りでの言い方の意味を、
彼の目を見れば、その答えはわかっていた。
◇
「レディースアンドジェントルメン! さあ始まりました本闘技大会Aクラス決定戦! 選りすぐりの猛者が戦うこの試合! 会場全体が震えております! 実況は私、ミャーミヤコ。そして解説はジョルジュ長岡さんに来てもらっております!」
「おう。任せておきな」
司会を務める女悪魔の隣に座るのは、筋骨隆々に太い眉毛が特徴の胴着を来た巨漢である。
「さて今回の対戦カードはこちら!
――Aチーム、リューコ選手!
これまでの試合をすべて勝ち抜いてきたという実力者! 竜種への変身能力を持っておりそのパワーは圧倒的! 相手は果たして変身後の姿を拝めるのか!?」
そうして進み出てきたのは、赤い髪の女性。
炎の如き赤で染めたその恰好は、挑戦的な視線と相まって非常に暴力的だ。
「――Bチーム、ラプス選手!
『波濤戦士』の異名を持つ彼女は、同じく全ての対戦者を一撃で沈めてきた深海の猛者! その技の冴えを今日も私達に見せてくれ!!」
同じく闘技場に現れたのは、黒に近い褐色の肌に青紫の髪をした、胴着姿の女性。
絶世の美人とも呼べる整った顔立ちをしており、何より目を惹くのが、枝分かれした立派な角である。
しかしその片方は折れており、痛ましくも相当な修羅場を潜ってきたことが伺える。
奇妙なことに、竜人としての特徴は彼女の方が有していた。
バトルフィールドの上に立つは、赤と青、二人の猛者。
互いに睨み合い、開始の合図を待っている。
「いかがでしょう解説のジョルジュさん。このお二人とは以前に選手として対戦したとのことですが、その時の経験から何か言えることは?」
武術家であり求道者であるジョルジュは、闘技大会にエントリーし、リューコ、ラプスの両名と対戦している。つまり二人の戦い方を知る選手として解説役にはこの上ない適任であった。
「そうだな。赤い嬢ちゃんは見ての通り相当な大きさだ。吊り目に八重歯と合わさってまさしくデカい乳がナイスだ。対して褐色肌の姉ちゃんもかなりの持ち主。鍛え上げられた筋肉で持ち上げられたその二つの山、初めて見た時にゃあ俺が長年振り続けてきた右腕が震えて動かなくなるぐらいの圧力を放っていたぜ」
「すみません。何の話をしていらっしゃいますか?」
「そりゃあ勿論、おっぱいだろ?」
おっぱい求めて30余年。
高く振り続けてきたその右手と、それに伴って鍛え上げられた全身の筋肉。
彼もまた、一人の
「誰ですかこいつ選んだの!? 絶対人選ミスでしょ!!」
「それはそうと、君も中々ナイスおっぱいじゃないかミャーミヤコちゃん。どうだい一回揉ませてもらえないでしょうか?」
「悪魔なので特にセクハラ厳禁とかはありませんが、今は試合の話をしてください!!」
「……そうだな。リューコは確かに強いぜ。古今東西、赤い竜は力の象徴よ。人間の姿でもパワーは優れてるが、竜形態になった時の劫火が一番やばい。それに竜体は単純にデカいから、ただ対策した程度じゃどうにもならねえ。やはりレベルを上げて物理で殴るのが一番だろうな。その点で言えばラプスの姐さんはそれの極致だ。俺の身体を正面から吹き飛ばした一撃。あれは荒れ狂う海のような暴力を清流のごとき静かな技の流れに乗せて放たれる。どんなに堅固な門だろうと、あれは容易く砕くだろうさ」
「つまり?」
「どっちが勝ってもおかしくねえってことだ」
二人を見るジョルジュの冷静な分析。
何度か試合を沸かせた実力者である彼の言葉に、観客も固唾を呑んで見守る。
「成る程、ありがとうございます!それではAランク昇格戦。果たしてさらなる高みに登る猛者は一体どちらになるのか!レディー、ゴー!!」
試合開始のゴングが鳴った。
先に仕掛けたのはリューコだ。
一息にて距離を詰めて殴りかかる。
ただそれだけなのだが、並大抵の相手ならばこれだけで決着がつくだけの威力を誇る。
しかし、ここに立つのは彼女と同じ決勝進出候補。
それも、また同様に鎧袖一触の如く対戦者を倒してきた相手。
ラプスはリューコの拳を愚直に受け止めるような真似はせず、左腕を添わせるようにして受け流す。
その威力を推進力へと変えて跳躍し一回転。
リューコの延髄めがけて空中回し蹴りを放つ。
「がッ……!!」
リューコは急いで振り向きガードすると、想像以上の重さに思わず目を見張る。
衝撃は破裂音となって響き、リューコは数メートルも後ろに吹き飛ばされる。
ラプスは着地し、僅かな接触で左腕に伝わってきた感触に喜悦の笑みを浮かべる。
対するリューコは、自分の耐久力を軽々と貫かんとする相手がいたことに驚愕を隠せない。
「いい拳だな。クソババアよりは軽かったが、大したものだ」
「……ふん、てめえの蹴りも中々やるじゃねえか」
無論どちらも先の攻撃は全力ではない。
互いに様子見の牽制。それだけでもこれまでの試合とは全く異なるレベルのやり取りが繰り広げられたことに観客の間にどよめきが走る。
「うらぁ!!」
再び突撃したリューコの水平蹴りが足を刈り取ろうとする。
ラプスはこれを回転しながら跳躍して回避。そして繰り出される踵落し。
「シャァ!!」
リューコは己の頭目掛けて振り下ろされたそれをかろうじて回避し、斧めいたラプスの足が地面を砕いて突き刺さる。
『おおおおおおおッ!!』
すさまじい威力に沸き立つ観客。
今までにない力のぶつかり合いを見るためにやってきた彼らにとって、この戦いはまさしく求めてやまないものだった。
それは勿論、強者との戦いを求めてやって来た彼女たちも同じーー!
「面白えじゃねえか……!!」
リューコの乱打をラプスは捌く。
迫りくる拳を受け流し、返す刀で放たれる蹴りが拳に阻まれる。
「ぐはっ……!!」
「ごっ……!!」
数十回の攻防の末、リューコの拳がラプスの顔面を捉え、ラプスの蹴りがリューコの鳩尾に突き刺さる。
「おおっと!激しい攻防が続いておられましたがここで両者互いにクリーンヒット!」
「ラプスの姐さんが技量で勝る分、リューコの嬢ちゃんは竜種としてのパワーが売りになる。顔面に受けたのは後々に響いてくると思うぜ」
そう語るジョルジュだが、実際の形勢はご覧の通り。
息を切らしているリューコと、血色の痰を吐き捨て、殴られた箇所を手で触って威力を確かめるラプス。
半竜として並外れたスタミナを持つリューコだが、ラプスの拳は強靭な外皮を貫いて内部に衝撃を与えており、想定外に彼女の体力を削っていた。
「なあ、そろそろお前の変身を見せてくれてもいいんじゃねえか?」
「言われなくても見せてやらあ……っ!!」
人間態のままでは耐久性に難があると判断し、リューコは様子見をやめて全力を出すことにした。
「おおおおおおおおッ!!」
「……ッ!」
高まる気に空気が揺れる。
ラプスは飛び下がってさらに距離を取った瞬間、先ほどまで彼女がいた場所には赤い竜の前足が存在した。
人の何倍もの大きさの赤き竜。
暴虐を形にしたようなその巨体こそ、竜人の中でも貴種に位置するリューコの真なる姿であった。
「おおっ、竜になった!」
「竜人は人と竜の二形態を自在に使い分けられる。本気を出した証拠だろうね」
迫力あるその威容に、観客たちが沸き上がる。
「いけー、リューコ! そのまま潰しちまえーー!!」
「ひるむなラプス!! その図体地面に沈めちまいな!!」
観客たちが好き放題に野次を飛ばす。
拳と拳のぶつかり合いもよいが、様々な種族が戦い合う闘技場の醍醐味はここからだと歓喜に満ちる。
「へえ……」
常人ならば気圧されるだろう竜の威圧を正面から受けて尚、ラプスの目には怯えの表情は微塵とてなく。
ようやく手ごたえのある相手が出てきたかと、挑戦的な視線で睨み返した。
「その余裕ぶった顔が歪むのが楽しみだぜ、……スーパーインフェルノ!!」
リューコの口から炎が迸る。
竜の代名詞とも呼べるブレス。あらゆるものを灰に変えると自負する必殺の劫火にてリューコ勝負をつけにかかった。
灼熱のブレスに呑まれ、ラプスの姿が観客席から見えなくなる。
「おいおい、あのラプスって嬢ちゃんやられちまうんじゃねえのか?」
「んなこたねえよ」
ニワカマッスルの心配するような声をルークはばっさりと切って捨てる。
「あいつの本気はここからだよ」
「どうした!? 喉が焼かれて声も出せねえか!?」
ブレスを吐きながら、リューコが勝ちを確信したように笑う。
しかし、ラプスは単身冥界を踏破する実力の持ち主。この程度の危機は何度だって乗り越えてきており、気でブレスを防御しながら、上等だと不敵な笑みを浮かべる。
「――水龍槍」
ラプスの腕にまとわりつく螺旋状の水流。気を水として具現化したそれは勢いよく腕から射出されながら龍の形となって回転し唸りを上げ、そして槍となって炎を貫いた。
「ぐわあっ!?」
ブレスを突き破って飛んできた鉄砲水はリューコの顔面に命中し、リューコは反射的に目を閉じてしまう。それによって生じた隙を見逃さず、ラプスはリューコの懐にもぐりこんだ。
「な、てめえ!」
「リューグー我流奥義……」
リューコが気づいて迎撃しようにももう遅く、
ラプスの踏み込みが大地を陥没させ、そして。
そうして放たれた一撃。
これまでに見せてきた蹴りではなく、掌底。
大地を踏みしめ、そのエネルギーを一点に放つ。渦巻く水龍気を纏った渾身の掌底が深紅の巨体に突き刺さる。
龍が荒れ狂う海を突き進むかの如き一撃は、赤い竜の身体を問答無用で吹き飛ばした。
「ぐ、おおおおおおっ!?」
己の身体の中を荒れ狂うエネルギーが蹂躙する未知の感覚にリューコは苦悶の声を上げる。
そのままリューコの巨体はコロシアムの壁に激突し、盛大に土煙を上げてその姿は見えなくなる。
「きゃああああ!?」
「あのバカっ、
地震の如き衝撃が観客席に伝わる。
バランスを崩したヘルラージュを支え、ルークはラプスに対しての悪態をつく。
「リューコちゃんはどうなったじゃん!?」
竜すら吹き飛ばす威力の大技が決まったことで観客席がざわざわする中、次第に土煙が晴れる。
そうして露わになったリューコの姿に、観客は目を向けた。
彼女は人間形態に戻っており、その顔は目、耳、鼻、口から血を垂らしている。かろうじて立ってはいるものの、その両足は震えており誰がどう見ても重症であることは明らかだ。
それでも、ぎらついた目に宿った闘志は僅かにも衰えず。
ラプスは残身で身構え、彼女をリューコは睨みつけて殴りかかろうと一歩前に踏み出し――――
――――そして、倒れた。
レフェリーが駆け寄り、容態を確認すればリューコは完全に気絶していた。
「リューコ選手、ここでノックダウン!」
「竜変化でブレスを放ったのが選択ミスだったな。一番の火力だったんだろうが、大技ってのは隙もデカい。ブレスを盾にして小技で隙を作り、懐にもぐりこんだ姐さんが一枚上手だったな」
リューコが取るべきだった選択は巨体を活かした格闘術。
受け流しの難しい一撃を与え続ければ細身のラプスを押し切れたかもしれず、その判断を誤った結果が敗北だったとジョルジュが分析する。
「これにて勝者が決定しました!」
――――ワアアアアアアァァァァ!!
黙って勝負の行方を見守っていた観客席から一斉に歓声があがる。
素晴らしい戦いを披露してくれた二人の選手に向けて、惜しみない拍手が浴びせられる。
「ほ、本当に勝ったな……」
「な、言ったろ?」
竜人すら肉体一つで下すという圧倒的な力を見せつけたラプスに対して驚愕する王国の面々。
無論ルークからしてみれば、考えるまでもない結果だったわけだが。
「ま、俺の見る目にかかればこれぐらいは朝飯前ですよ」
「とか言って、単純に彼女が知り合いだっただけでしょ」
大博打を当てたことで得意げになるルークだが、ミアラージュに指摘されてばつが悪そうな顔つきになる。
「ま、そうですよ。別に隠す事でもありませんからね」
「というと、彼女も例のチームの一員だったのかい?」
「そうだな。あいつも俺や旦那のチームの一人だったのさ」
そう言ってルークは、懐かしさに満ちた目でラプスを見下ろす。
ラプスも観客席から自分を見つめてくる相手に気が付き、怪訝な目を向けるもそれが誰かを理解した途端、嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべた。
――波濤戦士ラプス。
《夜明けのトロピカル.com》の一員としてルークと共に大陸を駆け抜けた、大馬鹿者の一人である。
〇ジョルジュ長岡( ゚∀゚)
「おっぱい!おっぱい!」
ブーン系からの名有り脇役その1。
かなり前からこいつが出ることは決まっていた。
何気にリューコの竜形態を引き出している。
〇ラプス
「クソババアはいつかぶっ殺す」
ルークの昔の仲間。7話で言ってたのは彼女のこと。
親と喧嘩別れして故郷を脱走してきたらしく、一体誰に似たんだとは親の愚痴である。
レプトスのような陣スキルを使わない代わり、攻撃スキルの威力が凶悪化している。