「いやあ、儲けた儲けた」
3万ゴールドの配当金を受け取り、ルークはほっくほく顔でカウンターから一行のもとへ戻ってきた。
「臨時収入♡臨時収入♡」
秘密結社のポケットマネーが増えたことにヘルラージュもおおはしゃぎ。
これだけでも充分な収穫であり、当初の目的を忘れてしまいそうではあった。
「私達がここに来た目的、忘れてないでしょうね?」
「そうだよ、試合も見たことだし私達もエントリーの手続きを……ん?」
なにやら医務室のほうが騒がしいことにローズマリーが気が付く。
すると、突然医務室の扉が蹴破られ、何者かが飛び出してきた。
その人物はハグレ王国を見るや否や走り出し、床を蹴って跳び、こちら側――ルークに向けて足を伸ばす形で飛び込んできた。
つまりは飛び蹴りだ。
「うわわっ!?」
「――――シッ」
突然のことに慌てる一行だが、ルークはほぼ反射的に腕を絡め、勢いを殺さずにそれを投げ飛ばした。
その人物――ラプスはそのまま壁に激突するかと思われたが、逆に蹴り返して着地する。そして何事もなかったかのようにルークの側へと歩いていった。
「……久しぶりじゃねえかルーク!!」
「相変わらず物騒だなラプス! 殺す気かてめえ」
「この程度は挨拶じゃんかよ、それともこの程度すらいなせねえほどなまくらになったか?」
「そういうお前は鋭さ増してんじゃねえか! 何だよ昔より強くなりやがって、危うく死ぬとこだったわ!」
「ははははは!!」
ざわめく群衆を気にも留めず、肩をバシバシを叩き合ってルークとラプスは再会を喜ぶ。
あの殺人的な格闘術の応酬を、スキンシップの一環だとばかりに流した二人を、流石のハグレ王国の面々も唖然として見ている。
「それで、そこの奴らはお前の連れか?」
「ああ。皆、改めて紹介するよ。こいつはラプス。昔のチームだと荒事担当だった」
「おう、あたしがラプスだ。よろしくな!」
「あ、どうも……」
ラプスは先ほどの光景に未だ衝撃を受けている面々に挨拶する。どうやら彼女はあまり周りの事を気にしない性格らしい。
「しっかしデカくなったじゃねえか!」
「前と変わってねえよ」
「そうか? そんな洒落た服着こんで偉くなったのかと思ったが」
「生憎、まだ冒険稼業でね。これが仕事着なんだよ」
「はあ? そんな動きづらそうな服で冒険者やってんのかお前?」
「いや、意外と機能性抜群だぞこれ」
「マジか」
ルークの昔を知る者からすれば、彼の礼服姿につっこみたくなるのはお決まりらしい。
悪役っぽい衣装ということで考案された服なのだが、ヘルのセンスが多分に発揮された結果として仕立ての良い服であることが一目で分かるようになっていた。
「それで、お前はなんで
「出場するために決まってんだろ。こいつらとな」
「へー……、ほーう……」
ラプスは興味深そうにハグレ王国の面々をまじまじと見やる。
ルークが新しい仲間を見つけたことへの興味か、あるいは自分と戦うことになるであろう者達の品定めか。特に「らしい」ニワカマッスルに視線を合わせた時には、目が光ったようにも見えた。
「ま、期待しとくよ。精々駆け上がってきな」
その口ぶりからするに、どうやらある程度は眼鏡にかなったらしい。
「逆に聞くけどお前がここにいる理由って」
「武道大会だが?」
「デスヨネー(こいつ変わってねえな)」
ラプスがルークのチームメンバーとして活動していた時の動機も武者修行である。
どうやら、故郷でこっぴどく負けた相手に勝つために強くなることが目的だという。
それはチームが解散した後でも同じらしい。
今も昔も変わっていない仲間の様子に、ルークは少し安心したのだった。
「あのー、ラプスちゃんはハグレなんでちか?」
「うーん、そうなるのか? ま、どっちでもいいけどな」
「な、なんか今までとは違う反応だね??」
「どうせ地上の人間が勝手にそう呼んでるだけだしな。あたしからすればそういう区別はどうでもいいし」
ハグレかどうかをローズマリーが問いかけてみると、何とも不明瞭な答えが返ってきた。
ラプスからすれば、自分がハグレという意識は薄い。
ルークの記憶では、ラプスの種族認識は、故郷の外に住む自分以外の人型種族は全部人間、ぐらいのざっくりした認識だったことを覚えている。
獣人であるアプリコすらも人間と捉えていたことから、多種族との関わりが薄かったのだろう。
「こいつ、海の底に住んでたって話だよ。」
「じゃあ元々いた亜人系の種族なのかな?」
そんな推察をルークが説明すると、ローズマリーも納得する。
妖精やエルフのように、ハグレという概念が生まれる前からこの世界に住んでいた人間以外の種族というものは存在する。恐らく彼女もそうしたものの一つなのだろうとローズマリーは推測した。
「そういう風に思ってくれればいいよ。
それよりもさ、お前たちもしかしてあのハグレ王国か?」
「ご存知だったんですか?」
「そりゃあ、あたしも色々歩きまわってんだ。噂の一つ二つ耳にするさ」
各地を行き来する旅人は得てして情報通である。
武道家であるラプスもまたハグレと扱われる身。修業のために大陸を旅している折にハグレ集落に世話になる事も多く、王国の噂を各地に住むハグレ達の間から聞いていたのである。
「まさかルークが加わってるとは思わなかったけどな」
「成り行きだよ成り行き。居心地いいのは確かだけどな」
「それで、今はそこの子供がリーダーってわけか?」
「いや、デーリッチは王様だけどよ、俺のリーダーじゃねえよ」
「んん?」
「こっちこっち」
そう言ってヘルラージュを指させば、ラプスは驚くように目を見張った。
「何? お前一丁前に彼女なんてできたのか?」
「おうどう言う意味だコラ」
言外に女との縁がないだろうと言われ、つい端的な暴言が飛び出す。
食ってかかるでもない反応でラプスもガチなのだと理解した。
「悪かったよ。それでどういうわけだ」
「色々説明すると長くなるんだが……一言で説明すれば秘密結社だ」
いきさつを説明するのも面倒なので、チームを解散した後に組んだパーティとだけ伝える。
「ほーん。結局似たようなことやってるのね」
「羨ましいか?」
「別に。あたしが参加してた理由はおっさんへの恩返しだし」
これはルークもよく知らないことなのだが、
ラプスは故郷を出奔してからすぐに命の危機に逢ったらしく、その際に色々とルークの恩師であるエルヴィス大徳寺に世話になったという。
その恩義を返すために、彼女はルーク達と冒険者パーティを組んでいた。
なのでそのエルヴィスが死亡した以上は、果たす義理もないということで、武者修行に専念したいとラプスはパーティから離脱したのである。
「ま、お前が元気してるならいいことだよ。あたしのダチが世話になってるみたいだね。よろしく頼むよ」
「は、はい!」
ラプスに肩を叩かれ、ヘルラージュは謎の緊張感に襲われつつも返事を返した。
「それで、試合に出るんだろ? ならそろそろ行きなよ。多分闘技場の掃除も終わってる頃だろ」
闘技場はラプスの攻撃の余波で色々破損しており、その修繕のため次の試合が遅れていたのだった。
「最短で駆け上がってきてやるから覚悟しとけよ」
「それはこっちのセリフだ」
まだ一回戦にも出場していないのだが、彼らの中では決勝で戦うことは既に決まっているのであった。
◇
「Aチーム! 期待のホープ!ハグレ王国!」
「Bチーム! おっぱい求めて30年! ジョルジュ長岡!」
問題なくエントリーを果たしたハグレ王国。
彼女達の最初の対戦者は、リューコとラプスの戦いを解説した武道家だった。
「あ、解説にいた人だ」
「めっちゃ常連ぶってた割にランク最低じゃねえか」
「散々な言いようだな、あんたら……」
つまるところ、この男――ジョルジュ長岡は一回戦目でラプスやリューコに負け続けてランクが上がっていないのだった。
とは言え、油断はできない。
彼はおそらく、実力としてはDランクに収まる器ではないのだから。
「生憎かわい子ちゃん揃いだからって手加減はしねえよ。俺だって昇格がかかってるんだ、覚悟しな」
そうして闘気を漲らせるジョルジュ。放たれる威圧感は姿を一回りほど大きくなったかのような錯覚をデーリッチ達に与える。その巨体から繰り出される一撃を魔法使いが受ければ、ノックアウトは間違いなしだろう。
「うへえ。ありゃ一撃でも受けたらひとたまりもなさそうだ」
「でも見た目通り物理攻撃と防御が大きそうだから、マッスルとこどらを前にしてに魔法で攻めていけばいいだろう」
「あれ、もしかして対策万全だったりする?」
「パーティで来てる時点で察しろよなー」
「よし来い、同じ筋肉を持つ者として語り合おうじゃねえか!!」
試合開始を同時にニワカマッスルがジョルジュと四つに組み合った。
いきなりのパワー対決に観客が沸き上がる。
そうしてひきつけている間に、炎に氷、風と魔法が撃ち込まれる。
ニワカマッスルに足止めを任せ、魔法で一気に畳みかけてしまう作戦の滑り出しは順調だった。
「おいおい……、てめえらよお。
――――甘えんだよ」
などということはなく。
殺到する魔法を前に、ジョルジュの殺気が膨れ上がる。
「――っ、皆さん下がって……ッ!?」
「きゃあ!?」
「痛あ!?」
「ぐおっ!?」
魔法使い達は咄嗟の反応が遅れ、痛烈な一撃を受けることになった。
見れば、ニワカマッスルも吹き飛ばされている。
一体何が起こったというのだろうか?
「全く。俺だって自分の弱点ぐらい分かってるっつーの。
当然、対策への対策だってしてあるに決まってんだろ」
ジョルジュの右腕に絡みつく、鉄の蛇。
龍の意匠が施された鎖による猛打によって、組み合っていたニワカマッスルも含め、前衛を薙ぎ払ったのである。
「く……っ、回復の準備を!!」
「大丈夫か!?」
ローズマリー*1が判断ミスを悔やむ間はない。
鎖によって身を打たれたラージュ姉妹やゼニヤッタが下がり、デーリッチとルーク、そして雪乃が前に出る。
「そらよっ」
ルークの突撃をジョルジュは躱す。
当然だがこれは囮。
「カタナシュート!」
「ぐおっ!!」
続いて雪乃がシュートした雪だるまがジョルジュに命中する。
「いってえ!雪なのにめっちゃいてえ!!」
「だって雪なんて固めたら氷じゃん」
「それもそうか!」
ツッコミを入れつつも攻撃の手が休まる様子はない。
タックルを仕掛けてきたニワカマッスルをジョルジュは躱しながら鎖を飛ばし、空振ってバランスを崩したニワカマッスルの身体に巻き付ける。
「しまった!」
「そらよっ!!」
そのままニワカマッスルの巨体を一本背負いの要領で投げ飛ばす。
赤い巨体が半円を描く。遠心力を上乗せされて叩きつけられたニワカマッスルは地面へとめり込んだ。
「うぐぅ」
呻き声を上げながらも戦闘不能とまでは行かないのは流石のタフネス。
しかし衝撃は脳を揺らす。
「当たれぇ!」
「シューティングバブル!」
雪乃が
「そらそら!」
「きゃあっ!」
雨あられと降り注ぐ弾幕。
ジョルジュは自分に命中するものだけを正確に撃ち落としていきながら反撃を放つ。
空中で自在に変化するその挙動は、明らかに物理法則を無視している。
どうやら分銅鎖のように先端の遠心力で攻撃するのではなく、自律的に駆動できる鎖そのものが武器らしい。
本来の用途道理の拘束によし。
振り回して飛び道具の迎撃によし。
そして腕に巻きつけて即席の籠手によし。
中々武道家向きの装備と言えるだろう。
「チャチな飛び道具なんざこれで撃ち落としてやんよ!」
「それならこっちも秘密兵器を出すでち! カモンこたっちゃん!!」
「わかったじゃーん」
そうして進み出るはハグレ王国の誇る対物理最強兵器。
そう、こたつだ。
「がっつーん」
「へぼっ!?」
こたつの天板で跳ね返された鎖がジョルジュの顔面にぶち当たる。
まさかこたつで反撃を喰らうとは思ってもおらず、ジョルジュはたたらを踏む。
「――――シッ」
「ぐわあっ!?」
そうして隙の生じたジョルジュを背後からルークが斬り付ける。
無防備な背中にざっくりと切り傷が刻まれる。
鎖によって巻き上げられた土煙に乗じて姿を消したルークはジョルジュの背後に回り込んでいた。
完全に気配を遮断した際のルークは、相当な達人か魔術の類を用いでもしない限り発見することは困難である。
虚を突かれたジョルジュは、いきなり現れて攻撃を加えたルークのほうについ意識が向いてしまう。
繰り出された鎖を最低限の動きで回避しつつ、ルークは警告を与えた。
「てめえ!」
「おおっと、俺に注意を向けてていいんですか?」
「……まさか!?」
その言葉の意味を理解したジョルジュが振り向くも、既に準備は完了していた。
「オープンパンドラ!」
デーリッチによって蘇生された魔法使い達。
全員TP100が完了しており、既に気合十分である。
「それじゃあ、百倍返しといこうじゃない……魔神降ろし!」
「あっ」
そして発動する超絶魔法強化。
ヘルラージュにはさらに倍でドン!
「ホワイトローズ」
「ヘルズラカニト!」
「舐めんな!全部叩き落してやれば……」
全力で迎撃しようとジョルジュは鎖を振るおうとした。
しかし、鎖は動かない。
それどころか、鎖がジョルジュの意に反するようにして彼の身体が引っ張られていく。
「……は?」
「ほーら、これのことかな?」
「おう、綱引き勝負といこうじゃねえか!!」
ルークが示した先。
復帰したニワカマッスルが、鎖を腕に絡ませ力強く引っ張っていた。
「て、てめえええええええ!!」
鎖が絡まる右腕が引っ張られてバランスが崩れる。
いくらタフネスに優れるとは言え、無防備な状態で容赦も情けもない魔法が叩き込まれてしまってはどうしようもなく。
「お前ら……、いい勝負だった、ぜ……」
その
「ジョルジュ選手、ここでノックアウト!
ジョルジュVSハグレ王国は、ハグレ王国の勝利となりました!
白熱した接戦の中、僅かな隙をついての勝利!
やはりジョルジュ選手を打ち破るのは強者の証か、それとも強者とばかり当たる彼の不運か?
それではハグレ王国の方々、ここで勝利の一言を!」
と、ミャーミヤコがハグレ王国に振る。
どうやら勝者として何らかのパフォーマンスを求められているようだった。
ちょうど前線に立っていたルーク達が顔を見合わせる。
少し考えて、ここは秘密結社として勝利のポーズを決めることにした。
「チョロいぜ」
「甘いわね」
「チョロ甘ですわね」
「あー!? デーリッチの台詞取られた!?」
秘密結社の三人が締め、歓声と共に第一試合は幕を閉じたのであった。
◇
「いやー、負けた負けた。完敗だぜ嬢ちゃん達」
試合後。
医務室で治療を受けながら、ジョルジュはデーリッチ達に向けて笑いかけた。
「そっちも強かったですよ。いくら人数差の補正があるとは言っても、八人がかり相手にあの立ち回りは中々のものかと」
ローズマリーもまた彼の健闘を称える。
「ここでソロで参加してるやつは大体これぐらいできるぜ。
特に、ラプスの姐さんなんかはそうだ。
姐さんと戦った奴にはテンプルナイツっていう6人パーティがいたんだけどよ、誰一人として有効打を与えられず1分で潰されたぜ」
曰く、
魔法使いと騎士による回復と防御のローテーションを得意とする難攻不落の陣形を、ラプスは意に介さず一人ずつ倒していったという。
まさしく一騎当千である。
「本当にすごい人なんですねぇ」
「やるやる。あいつならやるわ」
ルークからしてみれば、その程度の大立ち回りは昔に散々見たものである。
一人で盗賊のアジトに乗り込んで制圧してくるぐらい朝飯前にやってのける女だ。
今更騎士団の一つ二つ叩き潰した程度じゃ驚きもしない。
「まあ、ラプスさんについてはひとまず置いておこう。
どのみち後二回勝たなきゃ彼女にはたどり着けないんだしね」
まずは目の前の相手に勝たなければならないと、ローズマリーは一行に呼び掛ける。
既に対戦表は組まれている。
ハグレ王国の準備ができ次第、挑戦するつもりだ。
「次の対戦相手について教えてくれないか?」
受付悪魔に二回戦目の選手について尋ねると、答えが返ってきた。
ダイミョー柚葉。
和国から来たという女侍が、次の対戦相手だった。
〇ラプス
一人称はあたし。
サバサバ系の姐さん肌。
ルークをよくスパーリング相手にしており、ルークが打たれ強いのは彼女のおかげと言っても過言ではない。
〇ギガース山賊団とテンプルナイツ
前者は既に戦った相手。
後者は単調な戦闘描写になると思い出番ごとリストラされました。
〇ジョルジュ長岡
格闘家。ギャグキャラとして動かすのはもうちょっと後。
自在に操作できる鎖を補助武器として用いている。
対戦相手が悉くボスキャラばかりで一回戦負けが続いていたくじ運の無い人。
皆も抗い護るで検索しよう!