約5年前。
その日、リューグー海底都市でとある事件が発生した。
リュージンの長アリウープと、その直娘ラプスによる大喧嘩である。
「ラプス! この大馬鹿者が!! 今回ばかりは許さぬぞ!!!」
「煩え、このクソババア!!」
アリウープの怒号と、ラプスの咆哮が街に響き渡る。
それを聞いたリュージン達はまたか……と思いつつ、自分達の日常へと意識を戻す。
リューグー海底都市は穏やかな都市である。敵対種族の存在はあれど、ここ数年はそうした争いごとも無く平和な日常を送っていた。
そこに生まれたアリウープの直接の娘であるラプスは、類稀なる闘争心と好奇心を持ち合わせる戦士の才能に溢れたリュージンだった。言い換えれば、これまでにない問題児だった。
武術の腕をめきめきと伸ばしたラプスは退屈な日々に飽き飽きし、自分の限界を知ろうと自らの知らぬ環境を求めた。それは深海にある自分たちの街の外。つまり地上だ。
リュージンが地上へ出ようと望むのはアリウープにとっても珍しい事では無い。己の子孫に教育を施すに当たって、毎回と言っていいほど地上に行こうとする声はある。その度にアリウープは優しく窘めながら、地上の民との接触が必ずしも良い結果になるとは限らないと言い聞かせた。
どうしてもという場合は海を通じて地上の近くまで泳がせれば大体のリュージンはそこで満足して大人しく引き下がるのだが、ラプスはそうはいかなかった。
一度海面から地上を覗いてからというもの、ラプスの好奇心は収まるところを知らなかった。海面から顔を出して見上げた夜の星々、吹きつける潮風、遠目に見える広大な大地と巨大な山。完全に魅入られたラプスはその後も度々地上に行きたいとアリウープに要求した。
これはアリウープにとって好ましくないことだった。
ラプスが知る由もないことだが、アリウープはリュージンが地上に出ることに対して非常に及び腰になっている。これは種族全体としてのある問題に起因しており、それ以外にも様々な事情が絡み合ってアリウープはラプスを地上に出すわけにはいかないと考えた。それに勝気が強すぎて絶対トラブル起こすだろうし。
これが長きに渡る親子喧嘩の始まりだった。
アリウープも最初は長として優しく、そして厳しく諭そうとしていたのだが、諦めの悪いラプスに対しては、直接の娘ということもあってかついつい感情的になってしまう。いくらリュージンが分裂で増える単為生殖であり、親子の関係が希薄であっても直接の間柄ともなれば色々と勝手が違うのは当然の事だったのだろう。
口論の末、ラプスが決して譲らぬことを理解したアリウープはラプスが地上へ勝手に出ることのないように海との接続区を出入り禁止にした。一度でも外に出せば、そのまま逃げだすのは目に見えていたからだ。
それでもラプスは脱走を試み、そのたびにアリウープから大目玉を喰らう。二人の口論はいつの間にやら罵声が混ざり始め、終いにはお互いの拳と拳でぶつかり合う羽目になっていた。
反抗期じみたラプスの態度と、かなり大人げないアリウープの性格がお互いに穏便に引き下がるという選択肢を除外していったのだ。
そうして予定調和のごとく殴り合いに発展した二人の喧嘩だが、それはリュージン達の間では最早恒例の出来事となっていた。挙句にはどちらが勝つかの賭け事で盛り上がる者までいる始末で、穏やかだが変化の少ない日常を過ごすリュージンたちから見れば彼女たちの大喧嘩はささやかなスパイスでもあったのだ。掃除役のリュージンからすればあっちこっちに破損を起こされてたまったものではないのだが。
本日も都市中を壊して崩しての末、アリウープがラプスを叩きのめす。
そうしてしばらく
……この日までは、そうだった。
「しばらくそこで頭を冷やしておれ」
ぞんざいに投げ捨てたラプスを無感情に一瞥し、アリウープが去る。
完全に気配が消えたことを察知してから、まるで死体のようになっていた彼女――ラプスは、ごろりと地面を背中にして
――竜の巣。
ここはラプスの種族たるリュージンと敵対関係にあるリュウビトの居住区域だ。
故郷でも立ち入る事を禁じられるほどの危険地帯である場所に、ラプスは放り出された。
事実上の死刑宣告。普段から挑発を行っているラプスだが、今回ばかりは完全にアリウープの怒りを買ったことを理解していた。
「……ちくしょう。
その発端はアリウープの古い日記だ。長命のリュージンだから、数百年ぐらい前のものか。
どうにか長の弱みでも見つけられないだろうかと私室を漁って見つけたものだが、厳重すぎるほどに鍵がかけられておりその場で読むこと叶わず。しかし壊すわけにもいかず、どうやって外そうかと悩んでいるところをうっかり見つかったのだ。
「ラプス、お主それは――」
「げ。もう帰ってきやがった」
「……今すぐそれを返せば見なかったことにしてやろう。さもなくば――」
「なんだよ。見られて恥ずかしい秘密でもあるってのか? なら猶更気になって――」
「――警告はしたぞ?」
その直後、これまでに無いほどの殺気を伴って、アリウープのほうから襲い掛かった。
ラプスも必死に応戦したが、結果がこれである。
「いつもはまだ手加減してたってことかあ……」
日記も既に没収されたが、正直なところ日記の中身はどうでもいい。
それよりも、彼女にとっては叩きのめされたことが重要だった。
また、負けた。
また、駄目だった。
外への羨望を抱いたのはいつだったか。
親への疑念を抱いたのはいつだったか。
反抗期と一概に捉えられる時期の彼女の行動は、しかし彼女の親にとっては許しがたい反逆だったのだろうか。
外の世界に出ようとする自分。
そのたびに制止され、最終的には殴り合いの喧嘩になる。
そうして負けるのは、いつも自分だった。
……勝てるわけがない。
相手は長であり、師であり、そして親だった。
挑むたびに彼女に近づけている自覚があった。一挙一動から伝わる技の冴えを身体に覚え込ませた。
アリウープのみが使える水龍の気を、見様見真似で身に着けようと血の滲む努力をした。折檻で受けた奥義を、決して忘れないように練習し対策を講じた。
そうしてほんの少しでも強くなっていけば、いずれは認められるかもしれないという思いがあった。
……それでも、かなりの手加減をされていたというのは、中々に堪える事実だった。
「どうなるんだろうなあ、あたし……」
人工の雨が降る。
このまま自分はどうなるのだろうか。
雨に打たれていることもあって、一日あれば立って歩けるぐらいにまでは回復できるはずだ。
だがここは敵地のど真ん中。一日もあれば、リュウビトはラプスの存在に気が付く。
並のリュウビトなどラプスの敵ではない。ラプスの実力は現在のリュージンの中でも五指に入る。
仮に十体のリュウビトに囲まれたとしても、生き残るどころか返り討ちにしてやれる。かつては自分のほうから乗り込んで、直々に暴れたことだってあった。
無論、それは消耗していない状態であればの話。
散々に叩きのめされ、致命傷間近まで痛めつけられて体に力が入らないこの状況で、生き延びることは不可能に近かった。
「――ごふっ」
せり上がってきた血を吐き出す。
どうやら思った以上にダメージは深刻らしい。
それでも意識だけは保っていようと踏ん張っていると、不意に視界が暗くなった。
(ああ、死ぬのかあたし……?)
ついに眼も見えなくなったかと思った。だだ目の前が動いたことで何かが自分の視界を塞いだのだと理解した。
視界を上にやれば、深緑の鱗を輝かせた竜がラプスを見下ろしていた。
「――あ」
「見覚えのある姿が無様を晒しているから近寄ってみれば。なるほど、子の方か」
「お前、は……」
その竜をラプスは知っている。
――湿原王シーザー。リュウビトを統べる頂点に位置する七体の始祖竜の一角であり、己の親アリウープと肩を並べるほどの強者であり――かつて、魔剣士と称えられた戦士の成れの果てだ。
「最近はいささか騒がしいと噂になっていたが、その角を見るに中々に暴れたようだな」
根元から折れたラプスの右角を指して、湿原王は至極当然の結末だとせせら笑った。リュージンの長と娘の親子喧嘩の様子は、どうやらリュウビトの間でも知るところであったらしい。
「リュージンは変わり映えの無い面構えだが……特にお前は粗暴な点も良く似ているな」
「だれがアイツに――ッ!?」
激昂したラプスは起き上がろうとして咳き込んだ。今すぐにでもその顔面に蹴りの一発でも叩き込みたかったが、体幹にすらダメージが入っているこの状況では立ち上がる事さえままならない。しかし仮にラプスが万全であったとしても、彼に一撃すら与えることも許されないだろう。始祖竜とはそれほどに隔絶した実力を持つ存在なのだ。
精魂尽き果てたラプスが叩きつけられるのは、己を叩きのめした相手への恨み言ぐらいのものだ。
「ちくしょう、あのクソババア……!!」
「クク。それほどにアイツが憎いか」
シーザーは興味深そうに笑う。数多のリュージンと戦い屠ってきた彼だが、ここまで反抗的な者を見た覚えはなかった。
アリウープはよほど教育に失敗したらしい。それとも、甘やかしすぎたか。
いずれにせよ、皮肉なことだ。
「……愚かだな。恵まれているのはその運だけか」
竜は半ば独り言のように語りかける。
彼女が敵対していたならば容赦なくその命を刈り取っただろうが、瀕死の相手をわざわざ嬲者にする趣味は持ち合わせていない。悪いと揶揄されるのは口先だけで十分だった。
「アイツは身内にはめっぽう甘いというのに、そこまでするとは一体何をした?」
「……外に出たかったんだよ。それで色々あがいて、このざまだ」
「そうか」
はてさて、こやつを如何したものか。
ほおっておけば下僕たちによって殺されるだろう。それはそれで構わないが、近ごろはそのアイツの動きが怪しい。その詳細に興味はないが、こちらを手玉に取ろうとしていることだけは伝わってきている。それはあまり、好かぬ動きだ。何よりあの直情女が老獪に振舞おうとしていることが気に入らない。
暫し考えるような素振りを見せ、竜は何かを思いついたように笑みを浮かべた。
「こいつをくれてやろう。私には不要だ」
竜は自身の鱗の隙間から何かを取り出しラプスに落とす。
ラプスの目に入ったのそれは、ちょうど手のひらに収まるサイズの板だった。
感触からして何かの金属だろうか。少なくとも、ラプスの生涯では見覚えのない技術の産物だった。
「なんだ、これ……?」
「外への鍵だ。我らが城を登った先に扉はある。どう使うかは自分で考えるがいい」
「なっ――――」
ラプスは驚愕した。
彼女の知る鍵とは大きくかけ離れた形状だったことでは無く、外に出る鍵をリュウビトが持っているということについてであり、それが即ち何を意味するのかをラプスは瞬間的に理解したからだ。
「――あのババア。何が、外に出る方法はないだ……!!」
「お前が出たところで、死体が増えるだけだろう。不器用さは相変わらずらしい」
つまり、ラプスがまだ全然弱いから地上に出さないようにしていた。
実態としては的外れもいいところだが、そんなことは毛ほども知らないラプスは親に対しての怒りを煮え滾らせる。
「……で、なんであたしにこれを?」
「暇つぶしだ。お前が外で死ぬか、その前に我らの巣で死ぬかのな」
シーザーからしてみれば、これはなんてことは無いただの気まぐれである。
今日は何となく気分がいいから渡した。
使い道がないが捨てるに捨てられないものを丁度いいので押し付けた。
近頃、何やらよからぬ企みをしている彼女の鼻っ柱をへし折ってみたくなった。
……なんとなく、この者の目が昔を思い出させた。
ただ、それだけの理由だ。
「……あんたは外に出たがらないのか」
「かつてはそのような夢も見た。だが最早下らぬ夢だ。だが、奴の思惑通りに進むのも癪に障る。さて、どこまで行けるかが見ものだな」
湿原を統べる竜はその言葉を最後に去って行った。
「……」
気づけば、立ち上がるだけの力は戻っていた。
まだ骨が軋むとはいえ、上手くやれば竜の巣を走り抜けるぐらいはできるだろう。
「……いいぜ、やってやろうじゃねえか」
それが、ラプスの旅の始まりだった。
◇
ハグレ王国は三回戦を勝ち上がり、Aランクへの進出が決定した。
次に組まれる試合に勝利すれば、闘技場のチャンピオンとなることができるのだ。
装備もメンバーも万全の態勢を整えて、彼らはコロシアムへの扉を開く。
「待ってたぜ」
ラプスはコロシアムで待ち構えるように立っていた。
「そこのサムライも、まさかこんな形でやり合うことになるとはな」
「うむ。私もお主とは一つ交わしてみたかった。一度は逃したはずの機会をこのような形で得られるとは、互いに運が向いておる」
「はは、違いねえ」
柚葉がハグレ王国のチームにいることにラプスは喜んだ。彼女の事は前々から有望な対戦相手として目をつけていた。一対一とはいかなかったが、仲間と組めばむしろ強くなる。ラプスにとってはむしろ望むところだ。
ニィ。と獰猛な笑みを浮かべたラプスは足を振り上げ、地面が砕けるほどに深く落とした。
「――ッ!!」
空気が揺れる。
ラプスの纏う雰囲気が変わる。
デーリッチ達は総毛だつ感覚に襲われ、無意識に防御姿勢をとった。
その中で唯一、ルークが一歩前に踏み出し、不敵な笑みをラプスに向けた。
「我が名はラプス! 旧き竜の血を引く者にして、蒼海の波濤也! さあ、見せてみろ、お前たちの力をなぁ!!」
「上等!! 今日こそ黒星つけてやろうじゃねえか!! なあ、リーダー!!!」
そう言って振り向いた彼に、ヘルラージュは応えてみせた。
「……ええ。私達の力、見せてあげますわ!」
「これが最後でち。皆、いくでちよ!」
「「「「「応!!!」」」」」
「――レディ、ゴー!」
一同に気圧されながらも、レフェリーは試合開始の合図を告げた。
(さて……まずはアイツらの魔法で様子見だな)
「サンダー!」
ラプスに初手で突っ込む真似はしない。
下手な攻撃を仕掛ければ返り討ちに逢うのは過去に散々経験しており、まずは遠距離攻撃で牽制しようというのが、ルークが仲間達に話しておいた作戦だ。
「――!!」
ヅッチーの放った雷がラプスへ迸る。
ラプスの弱点属性は雷。これもハグレ王国の仲間に共有済みの情報。反対に氷、水はあまり通用しない。炎もまた同様に、水の気で無効化される可能性があった。故にこの選択はナイスだ。
だが、ラプスも歴戦の強者。
命中の刹那を見切り、これを回避する。そして腰を落とし、一息で距離を詰める。
その疾走の先にいたのは――ルークだ。
「――俺か!」
「お前はほっといたら厄介だからな。悪いが寝てろ」
ラプスはルークの背後にまで回り込む。そうして繰り出されるは、肩から背中にかけてを叩きつける龍宮震蹴拳奥義龍宮式テツザンコウ。
「舐めんなよッ!」
ルークは身を逸らして回避! まともに当たれば体勢を崩されるだけでなく、続く技によって問答無用で沈められる。初撃を受けることだけは何としても避けるべく、ルークは経験と感覚を総動員してこれを躱す。
「おらぁ!」
「はっ!!」
「ぐお……っ!?」
体当たりを空振りさせたことによって生じた隙を狙ってニワカマッスルが拳を振るう。
ラプスはそのまま倒れ込むようにしての側転浴びせ蹴りで迎撃! ニワカマッスルは慌てて防御するも、華奢な身体からは想像もつかぬほどの衝撃にうめき声をあげる。
ラプスはすぐさま立ち上がり追撃の技を放とうとするが、それは意識外からの攻撃によって阻まれる。
「シャァ!!」
「クエイク!」
「……っ!?」
大地が隆起し、ラプスに襲い掛かると同時にその体勢を崩させる。
デーリッチが放ったのは初歩の初歩ともいえる地属性魔法クエイク。威力は小さいが、大地に作用するこの魔法の
「レイジングウィンド!」
「デンコーセッカ!」
「サンダー!」
「ぐおおおっ!?」
すかさず殺到する魔法。荒れ狂う竜巻に雷が加わり、ラプスに浅くない傷を刻む。
怯んだ隙を突いて畳みかけるようにニワカマッスルとルークが向かっていく。
「しゃおらぁ!!」
ニワカマッスルとルークはそれぞれ三連撃を放つ!
それにラプスも拳で応え、その全てを捌き切った!
攻撃をいなされた二人は追撃に出ず飛び下がる。
ならばと技を仕掛けようとしたラプスは、歴戦の直観により後ろを振り向いた。
そこには柚葉が立っており、刀を構えていた。まずい。
「気づいたか……だが遅い」
「ぐわぁ!?」
柚葉に切りつけられると同時、ラプスはただ斬られたという感触以外に得体の知れぬ虚脱感を覚えた。
それもそのはず、柚葉の繰り出した技、活殺自在の剣は肉体のみならず精神に対しても影響を与える。つまりは魔法への抵抗力を大幅に下げるのだ。
味な真似を、だが面白い。ラプスは斬り傷を気を巡らせて塞ぎながら舌をなめずる。未知の技を使う相手への畏れではなく、強敵への闘争心が心を満たす。
風の魔法がラプス目掛けて飛来する。彼女は腕を円を描くようにして動かし、風を散らした。
いともあっさりと魔法を掻き消したことにヘルラージュが少々驚きつつも、続く姉のために道を開ける。
「ライデンインストール!」
「ありがと、――デンコーセッカ!」
ヅッチーからの支援を受けたミアラージュが放った雷魔法がラプスを襲った。
魔法への抵抗力を失った所へ威力を増幅した弱点属性の一撃。
流石のラプスもこれにはひとたまりもないか?
ルークはそう思いながらも、しかしラプスがまだ奥の手を出していないことに注意を払った。
「いいぜいいぜ! 面白くなってきたじゃねえか!!」
「嘘、あの人この状況で笑ってますわよ!?」
歓喜の声と共にラプスの気が膨れ上がる。
彼女の足元から激流が噴き出し、魔法をかき消し、周囲の者をコロシアムの端にまで押し流した。
「ついに出してきやがったか」
礼服をしとどに濡らしながら、ルークはラプスの両腕に纏わりつく水のオーラを見る。
――水龍気。
ラプスの気が水となって迸る。
激しく渦をまいた水は押し固められて槍の形を成した。その長さは実に六合*1。
たかが水と侮るなかれ、ラプスの気によって生成されたそれは金属にも引けを取らず、彼女の拳法を下地にして繰り出される技の数々はまさしく一騎当千だ。
「さあ、こっからのあたしを楽しませてみろ!」
勢いのままにラプスは先手を取った。
目にも留まらぬ速さで戦場を駆け、ルークに槍を叩きつける。
「ぐはぁ!!」
「ルーク君!」
くの字になって吹き飛ばされるルークから目を逸らし、続いてタックルを仕掛けてきたニワカマッスルへと向き直る。
「うおおおっ!」
「あらよっと」
迎え撃つ技は水車。槍を回転させて受け流し、同時に反撃を与える技。
赤い巨体が弾き飛ばされるのを横目に、ラプスは魔法を唱えているヘル達へと矛先を向けた。
「そらよっ!」
槍を回すようにして繰り出されるは水龍奥義
津波のごときエネルギーによって広範囲を押し流す全体技だ!
「うひゃあああ!?」
「きゃああああっ!?」
回避する間もなく、ヘルラージュとミアラージュとヅッチーがこの技の餌食となった。
即座にティーティー様によって回復魔法が唱えられるが、その隙を突いてラプスは次に倒すべき相手へと突撃する。
その相手とは柚葉である。彼女が倒れればハグレ王国側はアタッカーを失うこととなり、後は回復を追い付かせずに押し切れると踏んだのである。
「
繰り出したのは水龍奥義水葬三段!
殴り、突き、抉りによる三段攻撃を荒れ狂う波の如く叩きつけるラプスの得意技だ。
必殺の一撃を前に、しかし柚葉は納刀したまま。よもや耐えられぬと諦めたか?
――否、
「奥義、――過剰防衛の陣」
「……ぐあっ!?」
交わさる三合。
迎え撃つは柚葉の居合。
一つ目の殴りを跳躍で躱すと同時に抜刀、二つ目の突きを最低限の動きで流して一閃し、三つ目の抉りには槍の回転の勢いを利用しての蹴りを叩き込んだ。
その詳細を視認できたものは当事者以外におらず。
ただ、瞬時の攻防を制したのは柚葉であることだけはその場の誰の目にも明らかだった。
「む。まだ立つか」
「……くっ、はは」
己の技を完全に返されたのはこれで二人目だ。
一人目もまた、和国から来た人間だった。
それはかつての仲間であり、しばし旅を共にした男。
薙刀使いたる彼からは槍の手ほどきを受け、自らのものとした。
ラプスは奇妙な縁を感じ、そして笑った。
「いいじゃねえか。実にいい!」
歓喜に心揺さぶられながら、ラプスはさらなる速度で槍を振るう。
回避を許さない神速の突きが柚葉を襲う。
「ははははは!」
「むう……まずいな」
次第に剣戟で押され始めたのは柚葉の方だった。
復帰した者達も攻撃に加わるが、ラプスは被弾を意に介さずそれ以上の苛烈な攻撃で返した。回避する間もない暴力の応酬が繰り広げられる。
武器一つ打ち合う度に傷が増える!
魔法を打ち払う度に胴着が裂けていく!
背中が破れ、隠されていたものが露わとなる!
「……ワオ」
観客の一人が声を漏らした。
彼女の背中に刻まれた見事な昇り龍の入墨。
見る者の目を奪うほどに素晴らしいその入墨は、荒れ狂いながらも清らかなラプスの気質を現しているようだった。
「あーもう、いつになったら倒れるのよ!」
「……だが、流石にあやつも限界に近いと見た。明らかに大技の頻度が上がっておる」
ダメージを与えるたびに鈍くなるどころか、むしろ激しくなっていることにミアラージュが叫んだ。
試合故に死なないとはいえ、終わりの見えない殴り合いがこうも続けば文句の一つでも言いたくなるというもの。
しかし、着実に体力は削っているのだろう。
ティーティー様の指摘通り、ラプスは奥義の連打で畳みかけようとしていた。
ルークを殴り、ヅッチーを蹴り飛ばし、衝撃を飛ばして遠くで備えていたデーリッチをスッ転ばした。
「そらよ!」
ラプスが柚葉目掛けて水槍を投げつける。
水槍は刀で弾かれるも、その瞬間に槍の形を失い、凝縮された波濤が解放される。
「小癪な!」
「――それはダメだ!!」
この程度は何ら障害にならぬと広がる波をガードする柚葉を見て、ルークは慌てて警告を飛ばす。
――その瞬間、彼女の天地が逆さになった。
「――な」
背後からがっちりと掴まれ、跳躍したラプスによって柚葉は垂直に落下していた。
「水龍、逆落としぃいいいい!!」
ラプスが放つは龍宮振蹴拳奥義、水龍落とし!
かつて親からの折檻に使われた技であり、旅に出てからは研究を積み重ね己のものとした技である!
「グワーーーーーッ!?」
カウンターには掴みという法則に勝てるはずもなく、脳天に衝撃を受けて柚葉はあえなく
「柚葉さん!」
「出し惜しみなしだ! 喰らいやがれ!!」
ラプスはそのままヘルラージュ達に突撃する。体力の温存など考えてはいない、この一瞬で片をつける。
彼女の猛威から仲間を守るため、ハグレ王国の壁たるニワカマッスルが立ちはだかる。
上等だ。ラプスは己が持つ最高の技をぶつけることにした。それが自らの打撃を耐え続けたこの漢への礼儀だ。
「
「うおおおおおおっ!!」
放たれるは龍の突進力と獣のしなやかさを持つ究極乱舞! ありとあらゆる外敵を打ち砕く四段撃!
四つの打撃が巨体に叩き込まれる!
常人ならば五体が四散であろう衝撃!
聞く者にさえ必殺を確信させるだけの轟音が鳴り渡る!
その場にいたすべての者が、その行方を見守っていた。
「……フゥ、耐えきったぜ!!」
脂汗を滲ませながら、その男は立っていた。
今にも崩れ落ちそうな体を気合で支えながら、なんてことはないように笑った。
「――は」
反対に、膝をついたのはラプスのほうだった。
すべての力を使い切った波濤戦士は仰向けに倒れ、そして――。
「――負けた負けた! あんたらの勝ちだ!!」
心底愉快だと言うように、笑って己の敗北を受け入れた。
色々ぼかして過去語りしようかと思いましたが、バレバレなので隠さずに書きました。
大婆様が引き留めてた理由は単純に踏み切れなかっただけです。
〇ラプス戦パーティ
デーリッチ、ルーク、ヘルラージュ、ミアラージュ、ヅッチー、ニワカマッスル、柚葉、ティーティー様。
〇ラプスの技。
折角なので色々と作りました。