「くれぐれも失礼のないようにな」
そう言って門番役の悪魔は道を開けた。
ラプスの猛攻を耐え抜き、優勝したハグレ王国一行は闘技大会の主催者、すなわちこの冥界の館の主と対面しようとしていた。
優勝者の証であるチャンピオンバッヂ。医務室にまとめて担ぎ込まれた後、ラプスから手渡されたそれは通行証を兼ねており、こうして見せることによってお目通しが叶うという話だった。
そうして進んだ先には豪奢な扉があった。
デーリッチが手をかけ、ドアノブを引こうとする。
だが……
「開かないでちねぇ……」
鍵がかかっているわけでもないが中々開かないとは門番が話していたとおりだが、それにしてもうんともすんとも言わない。
すぐそばの壁を見てみれば、『扉開けたらめっちゃ報奨金出す!』との触れ書き。
館の主とやらもこの扉に手を焼いているのか、あるいはこれが優勝者への試練だとでもいうのか。
「ルーク、何か仕掛けとかないか分からないかい?」
「そうだな……」
謎解きめいたギミックの存在を考え、その手の事に詳しいルークが扉を調べることにした。
一見して、何の変哲もないただの扉。
模様などにからくりが無いか確かめるも、一枚の分厚い鉄の板。
ならば周囲の壁や床かと触れてみたが、出っ張りも窪みも無く、引き戸も無い。
分かったのは、何もないと言う事だけだ。
「……駄目だ。どこをどう見ても怪しい場所がねえ」
「ルーク君でもダメですか?」
「申し訳ないですがね。もしかしたら向こうからガッチガチに施錠されてる可能性もあります。だったら無理矢理ぶち破った方がいいかもしれませんよ」
そういうことが一番得意なニワカマッスルの姿を思い浮かべるが、残念ながら彼は今この場にいない。
闘技大会で無茶をさせ過ぎたこともあって、今は一足先に拠点に帰還してもらったのだ。また、同様に帰還したメンバーとして柚葉がいた。ラプスの猛攻を正面から受け続けた二人を休ませ、代打を呼んで探索を続行しているのが現状までの経緯である。
一行が頭を悩ませていると、彼の代わりとしてやってきたエステルが声を発した。
「あー、大体わかったわ」
「エステル?」
積極的に会話に関わる彼女が珍しく黙っていたのも、扉を観察していたからだろう。アルカナの弟子という肩書に恥じぬ魔術知識の冴えを発揮するように、扉をぺたぺたと触って見分していく。そして、確証を得たように頷いた。
「やっぱり、普通にやっても無理よこれ」
「はぁ?」
「多分だけど、この扉がっちりと固定されてるわ。それも物理的じゃなくて空間的にね。魔法の封印みたいなものよ」
エステルの説明はこれ以上なく正解に近い。次元の裂け目は世界と世界の間でマナを通す循環口としての役目を持っているが、その一方で世界のバランスを乱さないよう、膨大に過ぎる魔力をもつ存在が他の世界へと不用意に渡ることを防ぐという機能も持ち合わせている。いわば、世界を通じる穴につっかえるのだ。
それを聞いてルーク含め、他の者達も納得した。
成程、つまりこの扉は冥界が次元の塔と接続した際に次元の裂け目にピッタリと挟まった結果あらゆるものを通さない封印へと変化してしまった。恐らく館の主はこの封印を何とかしたくて、それができるだけの実力者を開けられる者を探すために闘技大会を開催していたということだろう。
であれば、召喚士として次元の穴を操作できるエステルならなんとかできるかもしれない。
「それなら開けられるか?」
「無理。だってこれ次元の裂けめみたいなものだもの。私の手に負えるものじゃないわ。それに封印を解くなら最適のものがあるじゃない」
エステルがキーオブパンドラを指し示す。
究極の時空操作装置であるこの鍵にかかればあらゆる封印は暗証番号0000と同義みたいなものだ。
すかさずデーリッチが鍵をかざして魔法を発動すると、みるみるうちに封印が解かれていく。その見事なまでの力の一点集中による開封は、まさに熟練といって差し支えなかった。
「見事な魔力の操作ね」
「いつものようにフルスイングでぶち破るのかと思ったけどな」
ミアラージュが感心する傍ら、ふとルークは考えた。闘技大会の目的が封印を解くことだったとして、実際にこの扉を開けられる者など殆どいない。運よくデーリッチがキーオブパンドラとかいう反則アイテムを持っていたから開けられたが、仮にラプス含め他の選手が優勝していた場合悪魔たちはどうするつもりだったのだろう。
(ま、アイツなら力技でぶち破ってもおかしくはねーか)
むしろいいサンドバッグだとばかりに技を叩き込みまくる彼女の姿が容易に想像できてしまい、ルークは吹き出しそうになった。
「ぶふっ」
「……どうしたんですの?」
「いや、何でもねえよリーダー。そら、開いたようだし行ってみましょ」
ヘルラージュが怪訝な目を向けてきたのでルークは適当に誤魔化した。
そうして一行が足を踏み入れた先は館の主人の部屋だ。
絢爛豪華な調度品、天蓋付きのベッド。
いかにもといったお嬢様部屋だが、誰かがいる気配は微塵もない。
静寂に包まれ、時計の針を刻む音だけが響き渡る様子はこれからよからぬ何かが起こる予感を覚えさせる。
「誰もいないようですわね……?」
「あの先にまだ道があるな。もしやあっちにいるか」
ルークが指示した部屋の奥。
そこから先は暗がりでこちら側からは詳細を確認できないが、そこ以外に進む場所もないので彼らは進んでいく。
奥の部屋はそれまでの素晴らしい部屋とは一変して、おどろおどろしい空間が広がっているのみだった。
「うわぁ、なんだかいやーな雰囲気の場所に出たでち……」
「具体的にはボスが出てきそうな空間だぁ……」
「縁起でもないこと言わないでくださいまし!?」
メッタメタなルークの発言にヘルラージュがビビり散らす。
だが奥へ進んだ場所がこんな怪しげな空間で始まるものなど、明らかに表彰式ではなくボス戦だろうから仕方がない。
などと言い争っていると、声をかけてきたものが一人。
「ワオ! ついに勇者が来てくれたんですネー!」
そこには目麗しい銀髪の女性がいた。
裾の短いスカートにスリットの多い派手な服。
片言でおどけたような口調も相まって道化めいた印象を与える。
そして……纏う雰囲気は、悪魔のものだ。
「うれしいデース! ありがとデース! これでやっと出られマース!」
どうやら封印されていたのはこの女性のことだろう。
陽気で無邪気な笑顔をしているが、十中八九猫をかぶっているのをルークには読み取れた。
「ええっと、貴女がイリス様でよろしいですかね?」
「ねえ。もしかしてあの女性が……?」
事情を伺えば予想通り、冥界が次元の塔に召喚された際に、イリスだけがその膨大な力のせいでゲートに弾かれ、こうして次元の狭間に取り残されていたという。内側からバリアに干渉することはできず、外側からバリアを破るだけの実力を持った強者を呼ぶために、悪魔たちに闘技大会を開催するように命令していたとのことだ。
……怪しい。
どうして悪魔たちが冥界の一角ごとこちらの世界に近づこうとしたのか。そしてこちら側の世界との接点を持とうとした理由が不明瞭である。
何かよくない予感がしたルークは、危険を承知でイリスに尋ねる。
「なるほど。失礼ながら、どうしてこの世界にやってきたのかお聞きしても?」
ルークの問いにイリスは少し目を丸くした後、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ワッツ? 理由を知りたい?」
「ええ。ちょっと気になったものでして」
「オーケー。それなら教えて差し上げマース! それは勿論地上侵略のためデース!! ここに挟まってたのもちょうどいい感じに地上へ繋がる穴があったからなんデスヨー」
「はいそんなオチですよねなんとなくわかってました畜生めが!!」
衝撃的な目的を口にしたイリスに、ルークは思わず叫んだ。
「え、今めっちゃ物騒な単語が聞こえたんでちが!?」
「ゴータマシッダールタ?」
「それは仏僧!」
「オーウ。分かってくれましたか!!」
「やかましゃあ!!」
大陸人には微妙に伝わりづらいネタである。
「ち、地上侵略って悪魔たちで戦争をしかける気ですか!?」
「
さも当然だろうとイリスは首を傾げる。見てくれだけなら可愛らしいと言えるが、デーリッチ達からすれば自分達の行いが地上に災いの種を撒くような真似だったと言われたも同然で、すんなり受け入れるわけにはいかなかった。
「ワタシの解放のために悪魔たちは留まってマシタ。ワタシ、解放された。もう待つ理由ない。ユーシー?」
イリスは先ほどまでの人当たりのよい振る舞いから一変し、見下すような目線を向ける。
悪魔であるゼニヤッタが仲間にいることで感覚が麻痺していたが、本来悪魔とはこういうもの。人を誑かし、弄ぶ。片手間にこちらを脅かすことを考える油断ならない存在なのだ。
「ノーウォーリー。あなた達は命の恩人ね。見逃してあげる」
ハグレ王国に危害を加えるつもりはないとイリスは言う。悪魔の親玉らしく、貸し借り関係はきっちりとしているらしい。とはいえ、こちらから何かを仕掛けるなら黙ってはいないということだろう。
だが、彼らは命惜しさでこの悪魔を見逃すわけにもいかなかった。
「そっちが見逃すと言っても……こっちが見逃すわけがないだろう!?」
「ほう……?」
案の定ローズマリーが引き留めにかかる。
そしてルークにヘルラージュ、ブリギットにエステルと仲間達が続くようにイリスを止めにかかる。
「そうだな、マリーさんの言う通りだ」
「取り返しがつかなくなる前に止めますわよ!」
「なあ、今ならまだ痛い目に合わなくてすむぜ?」
「ええ、ここで食い止めるわ! 主に私達の為にね!!」
(((((これ以上面倒事を増やしてたまるか!!)))))
地上の危機を前に、彼らの心は一つになっていた。
そう。イリスが悪魔を率いて地上に侵攻するというのは大きな問題ではあるのだが、それ以上に問題なのが、侵攻してきた悪魔たちをアルカナが迎え撃つことだ。
ただでさえ革命だ反乱だとピリピリしている状態の中、さらに面倒の種が増えたらどうなるか。
決まっている。
アルカナやシノブによって悪魔たちはぼっこぼこのけちょんけちょんにされるのだ。そしてその余波で地上は結局滅茶苦茶になる。
エステルを始めとして、彼女らのでたらめな火力を知っている彼らは必死にイリスを止めようとしていた。
「みんな必死でちねえ……」
「まあ、どっちにしろ面倒なのは変わらないんだけどね」
そんなズレた思いは置いておいて、イリスもこの無謀な愚か者たちで遊んでやろうと悪辣な笑みを浮かべる。
「アーハ。それじゃ仕方ない。命が要らないなら貰いましょうか」
そう言うとイリスは両手を後ろに回したままに、凍てつくような魔力を立ち上らせた。
◇
――手繰る魂のイリス。
名前すら強大な呪文として扱われるほどに高位なる悪魔である彼女は、人間界に於いてもまことしやかに囁かれる存在であった。
それはエステルたちの世界でもまた変わらない。しかしながら、その邪悪さゆえに禁呪として扱われ、その名を知る者は少なかった。
――故に、彼女達は幸運とも言えただろう。
悪魔たちの主。冥界の姫。
神にすら匹敵するその忌まわしくも偉大なる力を、身を以って知ることができたのだから――。
「ほーら、また始めますヨォ?」
たった一瞬の詠唱で、総毛立つ冷気が吹き荒れる。
ルーク達が雪乃の作ったかまくらで吹雪をやり過ごしたのもつかの間。イリスの背後に浮かぶ大鎌を持った巨大な両手が不穏な気配を発する。
戦闘が開始した当初、イリスはこの"両手"を使用していなかった。
ハグレ王国が小手調べとばかりに氷魔法を放ってくるのを上手にやり過ごし、エステルがファイアを叩き込んだ。そして分かりやすく炎を厭う様子から炎を苦手としていることが判明し、これだけならイニシアチブを取れたと言えた。
しかし、何度か同じことを繰り返しているうちにイリスはそれまでの顔色を変える。嗜虐的な表情から好戦的な表情に、ハグレ王国の者達を敵として認識したのだ。
『オウ。これなら本気でも楽しめそうデスネ!』
イリスの背後に虚空から大きな鎌をそれぞれに携えた"両手"が出現したのだ。
そして、イリスは魔法を単調に放つだけの戦法をやめ、ここからが本気だとばかりに強烈な攻撃を放ってきた。
「キャンディーのように潰してあげマース!」
「ぬおあっ!」
イリスはルークを魔力の殻で包み込むように閉じこめ、飴玉を踏みつぶすように砕く。
ルークは咄嗟に防御姿勢を取り、逃げ場を無くした圧力によって叩き潰される未来を回避した。
「ハーイ! タネも仕掛けもゴザイマセーン!!」
「いや用意してってわあっ!?」
デーリッチがどこからともなく出現した箱に閉じ込められるや否や、イリスの手に握られた鎌で箱ごと切断! しかし慌てて屈んだおかげで真っ二つは免れた。
おおよそこちら側を玩具めいて弄ぶような攻撃の数々! だがその威力は決して遊びではない!
そして、力を溜めるようにして沈黙していたイリスの両腕が唸りをあげる。
「レッツ、パーティ!」
放たれるのは、音をも切り裂く魔の十六連撃!
デーリッチ達は必死に避ける、避ける、避ける!
「うわあ!」
「きゃあ!」
「っぶねえ!」
「アッハハハ! 見事なダンスですネー」
逃げ惑う彼らをイリスは高みの見物と嘲笑う。
その後ろから、忍び寄る影。
「――ッ」
「グワッ!?」
ルークが背中から斬りつけ、すぐに飛び離れる。
意識外からの攻撃にイリスは怯む。その隙にデーリッチが皆を回復する。
「調子に乗り過ぎましたねぇ」
「チッ……」
降り注ぐ氷柱を躱しながらの挑発にイリスは不愉快そうに顔を歪める。
ルークは回避力を活かし、積極的にイリスの注意を引きに行っている。
決定打を叩き込むための布石として、ルークは率先して囮役を引き受けていた。
そうして、エステルとブリギットが準備を始める。ブリギットの椅子の下部がせり出し、巨大な砲塔が顔を出す。
「久々に動かすから大丈夫か……?」
「え、ちょっと大丈夫なの!?」
「冗談だよ、メンテナンス済みだ」
「ブリちんが頼りなんだから冗談でもやめてほしいなあ!!」
漫才を繰り広げながらもコロナ砲のエネルギーがチャージされていく。ブリギットが保有するこの古代兵器は、ハグレ王国の中でも随一の火力を誇る。
「おっと。見逃すと思いましたカ?」
勿論、イリスもみるみるうちに増していく熱量を素直に受け止めてやる義理はない。
妨害しようとしたところに、攻撃を引きつけていたルークが叫んだ。
「雪乃!」
「りょーかい!」
「ハン……?」
イリスが訝しんだ直後、180度カーブを描きながら何かが飛来する。
それはボールだ。ちょうどスポーツで使われるサイズで気持ちよく蹴れそうな感じのボールである。それが飛んできたのだ。
「ワッザ!?」
楕円形になりつつ物理法則ではありえない軌道で向かってくるカタナシュート。これには流石のイリスも面食らう。そのまま脇腹へとナイスシュート。
「ぶほッ!?」
「イエイ!」
雪乃がかまくらシェルターの向こうから顔を出していた。どうやら雪シェルター越しにシュートを決めてきたらしい。
「いやおかしいナ!? ワッツハウ!?」
「だってボールは友達だよ?」
ボールは友達なんだから相手を自動的に追いかけてくれるに決まっているだろう。でもそれは友達を足蹴にしているのではないのか? イリスは訝しんだ。
そうこうしているうちにブリギットはコロナ砲のチャージを終える。
あとはブリギットが命じるだけでその爆発的エネルギーがイリス目掛けて解き放たれる。
「オーゥ。これは困りましたネー」
「どうした、降参でもするか?」
「ハフン? その必要はないデスネ。
――だって、こうすればいいだけの話デース」
「――っ!?」
イリスの身体が泥のように溶け、どぷんと音を立てるようにして沈んでいく。
ルークは驚愕に目を見開いた。故に反応が遅れた。
そして、
「な、に――?」
それは冥界の姫君たるイリスの権能。
混沌より生まれ出ずる者による静寂への誘い。
魂を直に掴みとる、死神の手。
ただの人間如きが抗うことなど、出来る道理はない。
「ぐああああっ!?」
「きゃあああ!?」
「うひゃあ!?」
生存本能による無意識の悲鳴。あるいは死に直面した者の断末魔の叫び。
意識を奪われそうになるほどにゾッとする感覚は、まるで体温がゼロになったのではと錯覚させる。
そしてそれは、事実として魂と身体から温もりを奪い去った。
「あ、まずい――」
「エステル!?」
「……」
「ルーク君!?」
雪山での遭難における低体温症めいた睡魔に襲われてエステルが意識を失い、ルークも同様に倒れ伏した。
「ちっ……油断した……!!」
「みんな、大丈夫!?」
ブリギットは
「俺は大丈夫だ。雪乃、エステルを起こしてやってくれ」
「ルークさんは?」
「こっからじゃ遠い。あっちはヘルちんに任せる」
「わかりました。えーい!」
「むごっ!?」
雪乃が慌ててベル特製のリバイヴ薬をエステルの口に突っ込む。やはりこの雪ん子、睡眠と氷に対してはめっぽう強い。ここぞというときには頼もしい子であった。
数多の薬草を煮詰めに煮詰めた結果出来上がった液体を否応なく口に放り込まれたエステルは、そのあまりの苦さに飛び起きた。
「にっが!? 寒さよりむしろこっちで死ねるわ!?」
ベル印のポーションはもれなく苦い。効能が高くなるほどに苦い。良薬口に苦しとはいうがそれにしたって限度はあると思う。何度も苦情は入ってるが断固として味の改善をするつもりのないベル君だった。この戦いを生きて帰ったらもう一回物申そう。
「でも目が覚めた。ありがと!」
エステルは視線を動かし、ルークがヘルラージュに起こされるのを確認。人型に戻ったイリスを睨みつける。
「やってくれたじゃない……」
切り傷に凍傷まみれ。満身創痍もいいところ。だが気合だけは十分にある。そんな状況からの逆転はエステルの得意分野だった。
「ブリちん、今からブチかませる?」
「オーケー」
闘志は一ミリとて衰えていない。
そんな彼女達をイリスは余裕の表情で見下す。
「立ち上がりましたカ。でもそんなボロボロでどうするつもりデスカ?」
「こうする」
ルークが音もなく後ろから斬りかかってきたが、イリスはひらりと身を翻して回避。
「チッ……」
「フーリッシュ。そう何度も同じ手に引っ掛かりまセン」
「レイジングウィンド!」
「ファイア!」
だが、その回避した先を狙うようにミアラージュとローズマリーが魔法を放っていた。
イリスからしてみれば痛手ではないにせよ、まんまと誘導されたことは面白くない。
続けて飛来する短剣や矢を躱しつつ、もう一度切り刻んでやろうと背後に浮かぶ両手が唸りをあげる。
「ヌゥ……、無駄な悪あがきデスネー」
「果たしてそうかな?」
「ハン……?」
ルークの言葉にイリスは訝しみ周囲を見る。そこで初めて違和感に気が付いた。
「これは……!!」
イリスを囲むように配置された炎符。その数六つ!炎符は熱を発しながら赤い光を放っており、その光はまるで互いを高め合うようにして輝きを増していた。
「フィールドオブファイア……! 誘導するのに手間取らせてるんじゃないわよ……!!」
六方に描かれた炎の魔術。
本来ならば自陣に作用し、味方が用いる炎属性の技を強化する補助魔法。エステルはそれを敵を囲むように使用した。
それは素早いイリスを包囲するため。
慣れない使用法のために消耗が激しく、さらにしばらく使い勝手も悪い突貫工事。
だが、これで逃げられるということは無くなった。
「――さあ、受け取りな」
装弾良し。照準良し。
発射の合図を下し、砲門から太陽を想わせるかの如き光が溢れ出した。
一瞬後、轟音と共に昏い空間を照らすように爆炎が立ち昇る。
炎符が共鳴するように輝き、さらに炎の勢いが増す。
「―――――――ッ!!」
灼熱の中、声にならない悲鳴が響き渡る。
だが、これで倒れるようでは冥界の姫君の名折れ。
イリスの憎悪に満ちた凍てつく視線がエステル達を見据える。顕現させていた大鎌を魔力に還元し、反撃の一撃を叩き込もうとする。それは想定済みだ。
追い詰められた敵が本気を出そうとするのなら、その前に叩き潰す。
「今だリーダー!」
「レイジングウィンド!」
機会を伺うようにして待機していたヘルラージュが風の魔法を放つ。風の刃が炎の中へと吸い込まれていく。
高威力のヘルズラカニトではなく、あえて威力に劣る汎用魔法を選んだのには理由がある。
まず、これは攻撃を目的として放たれていない。
真空によって攻撃する彼女の切り札ではなく、圧縮した空気を放つのが目的。
そう、これは灼熱に空気を注ぎ込むための鞴だ。
風に煽られた炎はさらに燃え上がり、太陽の如く冥界を照らす。
かつて日を失った者達が作り上げた兵器が、その光で昏き世界を切り取っていく。
――炎が収まった後、そこには全身を焦がしたイリスが倒れていた。
◇
「よおルーク。どうだった?」
激闘を終え、ハグレ王国がイリスの部屋から出てきたところにラプスが話しかけてきた。どうやら彼らが出てくるのを待っていたらしい。
「なんでいるんだよ」
「あたしも色々気になったからな。それで何か貰えたりしたのか?」
「これ」
「ハアイ」
ルークは何故かついて来たイリスを指さした。地上侵略を取りやめさせたはいいが、ハグレ王国に興味の矛先を移したようで、こうして無理やり仲間に加わってきたのだ。正直嫌な予感しかしないが、デーリッチがあっさりと受け入れてしまったため強く言えないのであった。
そして当のイリスはあれだけ必死に戦って打ちのめしたというのに、すぐに体の傷を癒して何事も無かったかのように笑っている。
「誰だ、この人?」
「オウ、このガールもお仲間ですカ?」
「イリス様。この者はチャンピオン達と決勝で争った選手ですよ」
「ほう?」
「ん? もしかしてこの人が主催者?」
「イリスと言いまーす! よろしくデース!」
ラプスのほうもイリスが悪魔たちの主であることを察したようだった。
「なあ門番さんよ、この人俺達の仲間になるとか言ってきたんだけどいいんですか?」
「イリス様の我儘はいつもの事だ。精々頑張ってくれ」
「ええ……?」
「なあ、一体何があったんだ?」
「それがだな……」
ルークが先ほどまでのいきさつを話す。
「へー。そりゃ災難なこって」
「お前他人事だと思って……」
「いいじゃねえか。仲間が増えたんなら喜んどけって」
「だからってなあ。こちとら死にかけたんだぞ」
「生きてるんだから気にすんなって」
「そうデース、生きているって素晴らしい事デース!」
「殺しに来た張本人が言いますか!!」
ローズマリーのツッコミは今日も冴えている。
「まあ、あたしなら一人でも余裕だけどね」
「なら試してミマス?」
「お、じゃあやるか」
「はいはい二人ともストップストップ!」
戦闘をおっぱじめようとする二人を慌ててローズマリーが止める。こいつら元気だな。
「もうなんなんですのこの人……」
「あんた、よくこんなのとチーム組んでたわね」
「まあ、見てる分には気持ちのいい奴だし」
「それで済ませる貴方も大概ね……」
何はともあれ、ハグレ王国の冥界での一幕はこれにて一件落着である。
ラプスは仲間になりませんがちょいちょい顔を出してくる予定です。