時間が飛びまくりますがご了承ください。
吐いた息が白くなるのを見ながら、夜の街道を進んでいく。
日の明かりなどとうに落ちているのに、この辺りは昼間と変わらないと錯覚させるほどに活気と色とりどりの光に満ちている。
見上げた夜空に星が見えないという事実に、文明の力を感じながら歩いていき、私はある建物の前で立ち止まった。
帝都商業区の一角に存在するパブ、『サモンバッカス』。
用もないのに行き慣れてしまった店の扉を開ければ、先ほどから聞こえていた喧噪が音を増して耳を震わせる。
市民もハグレも、ここでは平等に酒を飲むことができるためか、いつ来ても人で溢れている。
店員の案内もほどほどに、目的の人物を探すために店内を見渡す。
その人がこの店で縄張りとしている席に目を向ければ、案の定彼女はそこにいた。
カウンターの中央には白い髪を長く下ろした女が一人。星を散りばめたような模様のローブ、腰には先端にミニ天球儀のついた杖、一目で召喚士だとわかる恰好。
切れ長の金眼を据わらせたその女性がショットグラスを一息に呷っては横に積み重ねている。既にピラミッドは四段目を作り終えた後にも関わらず、その人は黄金色の液体で満たされたグラスをまた受け取っている。かと思えば、五段目の建造が始まっていた。
周囲の席には顔を赤くしてカウンターに突っ伏していたり、椅子に座っているにも関わらず天井と床を勘違いしている人が何人か。相変わらずここで飲み比べに興じていたようだ。
グラスを磨いていた店主がこちらに気づき、やっと来たかというような眼差しを向けてくる。
私はため息をついて、その人に近づき肩を揺さぶった。
「先生、いつまで飲んでいるのですか」
「ん……?ぁあ、しのぶじゃないかぁ。大丈夫、まだ全然いけるから」
「完全に酔っていますね?研究室に戻りますよ?」
「あっははは!なんだお前も一緒に飲むか?」
「エステルとメニャーニャも待っているんです。これ以上はボルトが飛んできても知りませんよ?」
「……やべぇ。マスター、今日はここまで。金はこいつらから取ってやってくれ」
メニャーニャの名前を出した途端に先生は立ち上がり、受け取った水を飲み干してから隣にいた人たちを指さしてそう言った。そして出口に向かって歩こうとしたのだろうが、アルコールで小脳が働いていないのだろう、上半身が前に傾いたのでとっさに手で支える。
「おっと、悪いが肩を貸してくれシノブ」
「飲みすぎです……、仕方のない人ですね」
「はあ、やわらけえ」
「あまり触らないでくださいね?」
千鳥足の先生に肩を貸す。隣り合った顔から漂ってくる酒精の匂いはそれだけでこっちも酔ってしまいそうなほどだ。
そして腕を胸や二の腕に絡めてくるので適度に釘を刺しておく。
同じ女性だというのにこの人は私の体を普段から積極的に触ってくるのだ。そんなに触って一体何が楽しいのか私には理解できない。
「失礼いたしました」
「じゃあな、また来るぜ」
「……とっとと連れて帰りな」
寡黙な店主に一言断ってから店を出て、来た道を今度は二人で戻る。
背景の喧噪が、今の方が昼間よりも騒がしいのではないかと思わせる。
「いや、すまない。軽くひっかける程度で済ませる筈だったんだが。あいつらの飲みっぷりに付き合ってたらさ」
「そのように仰ってますが、酔いつぶれかけた先生を迎えに行くのはこれで十三回目になります」
「そうだっけ?」
「はい、数え間違いはありません」
「何か嫌だな回数覚えられてるの……」
「それでしたら、書置きだけ残していなくなるのは止めてください」
「ん、考えとく」
そうして先生ととりとめのない会話をして歩いた夜の帰り道。
それが人生で楽しいと心の底から思えた、私の数少ない記憶の一つだった。
◇
日差しが暗闇を切り取る。
その眩しさに思わず手で顔を覆うと、体の節々が倦怠感を訴えてきた。
「……あー、くっそだりい」
重みが一切和らいでいない体を起こして時計を見れば既に十時に差し掛かる時間だった。
「やっべ、急いで支度しよ」
背中を伸ばし、関節が小気味よい音を立て小さな快感を得る。
良い具合にほぐれてきたので立ち上がると、かすかに残った酩酊感が足元を掬いかけるが、負けるものかと頬を叩く。
そのまま洗面台に向かい鏡を見る。
見飽きた白髪と金色の瞳はどちらもくたびれ、我ながら見苦しいものだと思った。
蛇口を捻って顔に溜まった脂を流し、櫛で髪を梳かす。
「ぺっ」
痰を吐き捨て、水を喉に流し込めば体に活力が漲ってくる。
最後に杖と外套、背負い鞄を持ってドアノブに手を掛ける。
「おはよう諸君。計画実行にはいい朝じゃないか」
「おはようございます。先生」
「おっはよー!」
「いや、もう十時十二分ですよ。いくら何でも寝すぎというものでは?」
扉を開けながら挨拶をすれば、出迎えてくれる私の
「いや~、寝るのが遅くなっちまったようで」
「子供みたいな言い訳を……、昨日帰ってきて早々にベッドに頭から突っ込んだくせに何を言っているんだか」
「ちっ、誤魔化されねえか」
三人の
「悪かったよ。ちょっと景気づけのつもりが羽目外して呑み過ぎたんだ」
「全く、
「それはどういうことだ!先生も何とか言ってやってくれ!」
「そうだぞ、私は部屋にこもってるほうが好きなんだ。こんなゴリラと一緒にしないでくれ」
「そうそう……って誰がゴリラだ!」
「確かに学力はある先生とせわしなく動き回ってる先輩だと全然違いますね。でもゴリラは森の賢者と呼ばれるぐらいには賢いそうで。ああ、これじゃあ先輩はゴリラですら無いのでは?」
「何もフォローになってない!」
「……ぷっ、くくくく」
ピンクのと茶色いのを相手にうだうだと言い訳を並べていたら二人が勝手に喧嘩をおっぱじめる。かと思えば黒いのが唐突に笑い始めて、皆の視線がそっちに向いた。
「何ですかシノブさん、おかしいことでもありましたか」
「いいえ。ただ、今日もエステルとメニャーニャは仲良しねって」
生徒のうち黒いの、シノブは微笑ましいものを見る目でそう言った。
これに真っ先に反応するのが茶色いメニャーニャ。そしてピンクがエステル。
こんな狭苦しい私の研究室に押し込められて、今は何故か好き好んで入り浸っている生徒達だ。
「なっ、誰と誰が仲がいいんですか!」
「何だ?恥ずかしがってんのか?私がメニャーニャと仲良しなのはいつものことじゃないかほれほれ」
「フンっ!」
「あだっ!」
「おうおう、いちゃつくのもそこまでにしておけ」
メニャーニャの踵がエステルのつま先に突き刺さった辺りで手を叩いて注意をこちらに向けさせる。三人が仲睦まじいのは良いことだが、あいにく今日は予定が押している。
「さて、お前ら今日の準備できてる?」
「はい。目的地の資料はこちらに」
「食料良し!マジックウォーターもメンタルナイスも十分!」
「馬車の手配もできています。先生こそ大丈夫ですか?」
「昨日の時点で問題なしよ。つーわけでさ」
全員に見えるように、笑みを浮かべて。
「魔物根絶運動、ゼロキャンペーン。始めよっか」
生徒達が考えた素晴らしい企画の開始を告げるのであった。
私の名はアルカナ。召喚士たちを纏める召喚士協会に所属する、他の連中よりとても強いだけの一人だ。
◇
魔物ゼロキャンペーンとは、文字通り魔物を根絶するための運動のこと。
詳細に言えば、人間や家畜、果ては一般の動植物を食い荒らす魔物はこの世界の外から《次元の穴》を通じて来ており、その穴を閉じることによって魔物の湧きを減らすことで根絶するという内容の運動である。
理論を構築したのがシノブで、実行までの体制を整えてるのが私とメニャーニャ。
エステルは……実働要員だ。
これまでに二度ゼロキャンペーンを行っているがその効果は抜群で、実際に魔物が殆どいなくなったと村から幾つか感謝状が贈られてきたほどだったりするので実績も十分。
さて、今日の話をしよう。
依頼があったのは帝都から北に向かった先にある、山の麓の洞窟だ。
近隣に住む村人がチラシを見て連絡をしたのがおよそ一週間前の話で、そこから地理の下調べや魔物の湧きポイントのアタリをつける前準備を行った上で臨んでいるので人数の割には大きなプロジェクトなのだ。
村に到着した私達は宿屋に荷物を置き、村長らに顔を通す。
「どうもこんにちは、召喚士協会の者です。本日はゼロキャンペーンの件で伺いました」
「おお、よく来てくれました。さあこちらへ」
村長と報酬やら何やらの最終的な打ち合わせをした後、私たちは洞窟へと突入した。
幸いにも道中の魔物は大した強さでは無く、パーティの中ではレベルの低いエステルとメニャーニャでも対処できるので、私は後ろで楽をしているのだった。
「やっぱ事前調査してると楽出来てええわー」
「ちょっとは働いてくださいよ……っ!」
愚痴を言いながらもメニャーニャはサンダーを唱え、稲光で魔物を焼き焦がしていく。
ここまでに私は魔法を一切行使しておらず、消耗が激しいのは二人だけだ。
「とは言ってもね。私の魔法は狭い所に向いてないんだよ、下手に撃って落盤したらどうするんだ」
「だからと言って何で私が……」
「んー、別に文句ないよ私は」
「まあまあ、これも勉強だと思いましょう?あ、この分岐は右ですね」
マナ濃度の差から道の探知を行いながらシノブがなだめるが、メニャーニャは釈然としないままだ。私がいる理由の大半はケツモチだからあまり動かないのは大目に見てほしい。
「まあこう考えてみてくれよ。二人が優秀だから私達に仕事が回ってこないんだってさ」
「えー、そう?照れるなあ」
「そうやって持ち上げて誤魔化すつもりですか?」
「いやいや、実際優秀だよ。お前もエステルもさ」
これは私が直接彼女達を見てきた中での率直な評価だ。
エステルは炎魔法の扱いで言えば目を見張るものがある。単純な戦闘能力であれば、同期の召喚士であれば右に出るものはいない。
メニャーニャは雷魔法を扱っていながらも炎と氷の二属性にも若干の耐性を獲得するという離れ業を披露している。本来魔法使いが自分の扱う属性一つの耐性しか持っていないことを考えれば破格と言っても過言ではない。
問答無用の天才であるシノブにも引けを取らない才能を二人は持っている。
そのことを二人はもう少し誇ってもいい筈だが、謙虚にもあまり実力を誇示することがない。
「私なんてシノブ先輩に比べたら赤子も同然ですよ」
(いやこいつはひねくれてるだけか)
優れている自覚はあるのだろうが、単純に彼女の性格上そう振る舞わないだけだなとメニャーニャを見て思う。褒めれば嬉しいくせにそっぽを向き、構わないなら不機嫌になる猫みたいな少女がメニャーニャだ。にゃーにゃー。
まあ本人の前でそんなことを指摘したら不機嫌になるし、最悪ボルトが飛んでくるので言わないのだけども。
「猫みたいなやつだよなあ」
「口に出てますよ」
「あれ?」
どうやら考えが口から洩れていたらしい。年を取ると脊髄で会話するようになるからいけない。
そうしてじゃれ合いながら進んでいくと、先の空間に広がりが見えてきて、この先が魔物の巣なのだろうと予測を立てる。
「少し開けてきましたね。ここが魔物の巣だと思います」
「へえ……、エステル、ちょっと見てきな」
「よし任されたー!」
「あ!ちょっと!」
シノブも同じように推察していた。私はこの中で一番運動神経の良いエステルに様子見をするように言った。
メニャーニャが注意する間もなく、エステルは奥に向かって走って行く。
「全く、何がいるかわからないってのに……」
「きっとすぐ戻ってくるわ。それともエステルが心配?」
「どちらかというとあの人が余計な真似をしないかの心配ですね」
エステルはトラブルメーカーという認識は間違っていない。あいつは正義感極振りみたいなやつなので派閥争いでうちに絡んでくる奴がいれば突っ込んでいく。私としてはスカッとするので別にいいが、後始末に奔走する後輩は堪ったものじゃないんだろうけどね。
「流石にそうドジはしないと思うけど……」
「なんて噂してたらもう戻ってきたぞ」
エステルが走って戻ってくる。
相も変わらず魔法使いのくせに斥候と勘違いさせる敏捷性を誇るやつだ。そんなんだからゴリラとか渾名ついてるんだぞ。
そんなエステルは私たちと声が聞こえる距離まで来るなりこう言った。
「何かデカイのいた!」
――通路の影から部屋をのぞき見てもそれが巨大であることがわかった。
「うわーお、こりゃやべえわ」
「流石に大きすぎますね……」
そこにいたのは食人花と分類とされるモンスター。だがその姿は一般的に知られるそれよりも一回り以上は大きい。あまりの大きさからか、根を張っている洞窟奥から一定距離までは出てこられないのが幸いだろうか。そしてその地面には根が突き出たことでできたであろう穴から洞穴生物型の魔物が這い出している。
「あれだけ大きいとなると体を維持するマナの量も相当だと思われます」
「というと、ここに魔力孔があるってことでいいのかな?」
「その判断で正しいでしょうね……それで、どうします?」
「視界で判断するタイプなら避けて通れるんだが、無理だろうなあ」
植物型の魔物は視界を持たず、体温や生体マナを感知することで獲物を認識する。
そのため通常の隠密行為はあまり効果がなく、かと言って今の私達にマナを隠蔽する術式や礼装の持ち合わせはない。
という訳でこの後取る行動は決まった。
「まあ、この程度は想定していたわ」
「仕方ないですね」
「それじゃ私も準備するかね」
「私も戦いましょうか?」
「んー、やばそうなら頼む」
杖を手に取り起動すれば、最近減った出番が来たことで張り切るようにして天球儀が回転を始める。
皆も戦闘準備を取って態勢は十分。
じゃあ、暴れようか。
エステルが岩影から躍り出で、フレイムで取り巻きの大蚯蚓や化け土竜を焼き払った。
それにより魔物達はこちらを完全に認識するが、イニシアチブはこちらの手番が先だ。
炎によって照らされながら、杖をかざして呪文を唱える。
「《スター》。」
――流星。
そう形容できる一筋の光が食人花に衝突した途端、光は炸裂し大きな爆発を引き起こした。
「うわっ……と」
「大丈夫?」
爆風でバランスを崩して転びかけたメニャーニャをシノブが支えた。
「おいおい、しっかりしてくれよ?」
私はマナの回転数を上げ、さらなる魔法を発動しようとして笑い――。
◇
「楽しかったなあ、あの時はさあ」
柄にもなく、物思いに耽る。
私は最近忙しくて埃っぽくなっていた部屋の掃除に取り掛かっていて、研究資料整理している最中、当時の資料を見つけたので懐かしさを感じていた。
あれから時が経って半年と幾ばくか。
メニャーニャが自分の研究で忙しくなったり、シノブのことを良く思わない
とは言え、シノブはキャンペーンの責任者として協会から出ることを控えており(これについては貴族の莫迦坊主どもの嫌がらせが過激になってきたこともあるが)、現地に向かっているのはエステル一人という状態だが、当のエステルはフィールドワークに徹しているほうが性に合っているらしく右に左にと周辺地域を飛び回っている。今は大陸の西の端を回っているらしい。確かあそこには遺跡があったと聞く。
シノブも私が伝手で手に入れた古代種の植物を喜々として研究し始めている。ついでに世界間のマナの流れについても考えを纏めているようで、先日に私と談義(というには少々過程を端折りすぎていたが)を交わしたが、やはりシノブは着眼点が良い。世界間のマナ濃度の差についての考察を聞かされたとき、やはりあいつはこれまでの魔導常識を覆す逸材なのだと再認識させられた。
あの考えに短期間で至れるのならば、おそらく次の段階へとシノブは進むことができる。そうなれば、
「はー、しかしどれだけ溜めてたんだか普段の私」
ハグレ集落からの定期報告に特許管理局との交渉文書。その他机の上に溜まりに溜まった不要書類の山から視線を外し、窓の外を見ればとっくの前に日が落ちていた。
繁華街も明かりを落としており、これから酒を飲みにいくには都合が悪い。
ならばと棚を探してみれば瓶は空っぽ。
綺麗になった研究室を見て満足感に浸りながら一杯……と思っていたのだが当てが外れてしまった。
星空を見上げてみれば、いつもとは違う感覚を覚えた。
「ん、星の巡りが変わったか」
私の魔法は占星術も含んでいるため、多少なら星詠みの真似事もできる。
これは近いうちに何か大きな出来事でも起こるのだろうか。
そんなことを考えていたら、なんだか部屋の外が騒がしい。
誰かが走り回っているのかドタドタと足音が大きくなって私の部屋の前で止まり、次の瞬間には扉が勢いよく開かれた。
「先生、いますか!?」
「どうしたメニャーニャ、こんな夜中に」
「ああ、居ましたか。とにかく大変なことになったんですよ……!」
そう言いながら飛び込んできたのはメニャーニャだ。
彼女は私がこれまでに見たことないほどに慌てており、普段なら欠かさないノックも忘れていた。
「落ち着け。そんなに焦るなんてらしくない」
「落ち着いてられますかこんな事!いいですか良く聞いてください……」
そう前置きした彼女の口から続いたのは、私達召喚士協会、ひいては帝都含む大陸の運命を左右する出来事の前触れだったのだろう。
「――エステル先輩が、指名手配されたんですよ!」
「……何だって?」
思わず、窓の外の星空を見返す。
運命の大きな変化を示すように、星辰は輝いていた。
アルカナ・クラウン
召喚士協会に所属する一級召喚士。色々権力だけはある。
六属性から独立した星属性の魔法に適性を持つ希少属性者。
お酒と可愛い女の子も大好きな頭がいいだけのダメ人間。
地位としてはシノブと変わらないのだが、先輩という柄でもないので先生と呼ばれている。
シノブやメニャの後方保護者面したい……したくない?