特に抵抗する様子もなく、スパイクと名乗ったギルマンは事情を話し始めた。
一年ほど前、サハギンに混ざって細々と暮らしていた自分たちの下にウォルナット・ハグルマという人間がやってきて商売を始めたこと。
彼らの持ってくるアイテムはどれもこれも質が良く安価でサハギンを始めとした群れが歓迎したこと。
次第に群れのサハギン達が彼らの事情に協力し始めたこと。
スパイク自身も、借金を返せなくなった冒険者や傭兵を引っ立てるために何度か槍を振るったこと。
そして、いつの間にか自分達の上に見知らぬ深人が君臨し始めたこと。
「ハグルマは最初、仲間を集める儀式だって言った。なんでも自分達の世界とこの世界を繋げるためのゲートを作り、より規模を大きくするのが目的だと。俺たちは何の疑問も無くそれを受け入れた。そして実際に儀式は成功して、あいつらはやってきた」
自分達と同じような半魚人に、屈超な鮫人、サハギン達の乗騎となるキンギョまで。海を住みかとする生命体が次々とこの世界へと流入してきた。
彼らは異なる環境にやってきたことに少し戸惑ってはいたものの、元からいたサハギン達を見て仲間だと認識した。だからスパイクも仲間として受け入れた。
だが、あれだけは違った。
「俺のいた世界にあんな支配者がいたなんて話は聞いた覚えもない。だけど本能が知らせてくるんだ。あれは俺よりも
「支配者だと?」
「そうだ。そうとしか言いようがない」
ただでさえ青い顔をさらに真っ青にして、スパイクは震え出す。
――――最後にやってきたのは、蛸の頭を持つ魔人たちだった。
『なるほど……、迷宮なき世界とは何とも奇怪な……』
その触手に覆われた口から発せられたのはひどくおぞましい声だった。
なんだこれは。なんだこいつは。
こんなものを俺は知らない。
なのに何だ? 何故自分はこれを畏れている?
『お気に召しませんでしたか?』
『否、興味がわいた。ここを新たな領土とし、この地に住まう人間の味を探求するのも一興。ハグルマの眷属よ、よくぞ我を招いた』
『それはどうも。ご満足いただけたなら幸いです。これからも我らをどうか御贔屓になさいますよう』
無意識のうちにスパイクは頭を下げていた。仮に目が合えば、それだけで気が狂いそうだった。
横を見れば、他のサハギン達も同じように頭を下げていた。
恐怖で地に手をつけ跪く者。槍を掲げて高揚の雄たけびを上げる者。貴族様だぎゃ、偉大な脳漿喰いのおかただと涙を流して打ち震える者。様々な反応でその場は埋め尽くされた。
「みんなおかしくなっちまった。いきなり現れた奴に従うことを、何の疑いも無く受け入れたんだ」
脳漿喰いと呼ばれた魔人はサハギン達を睥睨する。
元の世界のそれよりも知性があるからだろうか、感涙や畏怖に騒ぐ彼らを見て心底愉快そうに笑っていた。
『ああそうだ。愚かな下僕どもよ。我らの言葉に従い、ただ奉仕せよ』
スパイクは漠然と思い至った。自分はこのままではこの存在の言いなりとなり、その一生を奉仕へと捧げることになるだろう。これまでの人生とは、何の関係も無かったはずのものに。
それは嫌だ。
だが歯向かってどうする?
虫けらのように殺されるか、あるいはもっと悲惨な結末を迎えるだけだ。
だが今ここで逃げ出せばどうなるかわかったものではない。
周囲の熱狂に気圧されながら、彼はただ頭を下げた。
そうして反抗する決意を得られぬままに、スパイクはエルフとの戦争に駆り出された。
彼自身の心境としては、エルフと争うことにはあまり積極的ではなかった。他のサハギンらのように殺したいとまでは思っていない。だが、逆らうことができなかった。
だからこうして哨戒任務に従いながら逃げる機会を伺っていた。
そんな時にハグレ王国と鉢合わせ、今に至るのであった。
「……なるほどな。君の事情は大体わかった」
スパイクの事情は思いのほか単純だった。彼は最終的にサハギン達とそりが合わなかったのだ。
種族間での文化の違いだが、これまでは同じくハグレとしての境遇がうまいこと誤魔化していた。だが、ハグルマによって多くの深人が加わったことでそのバランスが崩れたのだ。
「見ただけで自分達の支配者だと分かる種族……そんなのが実際にいるんですか?」
「人間でいう貴族だとか神とか、悪魔なら伯爵級とかと同じさ。サハギンは国家を作らず、集落単位で生活している。海の神を信仰しているぐらいの文化しか聞いたことが無かったが……世界が違っても支配者というのは変わらないらしい」
「まずいですね……。貴方の話が本当ならば、サハギン達を本能レベルで従わせられるだけの存在を連中は呼び出したってことでしょう?」
メニャーニャの疑問を皮切りに、知識人たちがそれぞれの見解を口に出していく。
単純な武装集団が狂信者の軍団になりはてる。これほどまでに厄介なことはない。
「いや、むしろ話はシンプルになりました。つまりその脳漿喰いとやらを叩き潰せばサハギンどもの士気は目に見えて落ちる。そして召喚された魔物たちはゲートに押し込んで返してしまえばいい」
クリストファーはこのまま乗り込んで支配者たちを倒すことを提案する。エルフとてサハギンを根絶やしにするつもりはなく、するための余裕も持っていない。そのため撤退を選ばせるために兵站を潰すのが目的だったのだが、敵がわかりやすい士気の象徴を用意してくれたと言うならばむしろ好都合だった。
「そうは言いますけど、そう簡単にいきますかね? 攻めてきたのが分かれば逃げ出す可能性も捨てきれませんよ?」
貴族という言葉から帝国のふんぞり返って何もしない連中を思いだし、メニャーニャは慎重な意見を語った。
「メニャーニャの言う事にも一理ある。だが、その手の存在は総じて傲慢で支配欲が高い。今頃基地の奥底でふんぞり返っているだろうから、一気に乗り込んで叩いてしまえばいい」
「ああ。あいつらは基本的に人間も見下していた。わざわざ背を向けて逃げるようには見えなかったな」
アルカナの種族的見解を交えた考察に、スパイクが自分の身をもって体感した彼らの雰囲気を語って補足した。
「それに……他ならぬ私がやってくるんだ。連中にとっては好機とでも思うんじゃないか?」
然り。
アルカナはハグレ監査官として様々なハグレと接し、友好的な関係を築こうと努力してきたが、当然ながら
理由としてはそもそも彼女の管轄にサハギンが入っていなかったというのもあるが、それ以上にかつてのハグレ戦争の折にアルカナが蹂躙した種族の中でサハギンが一番多かったというのがあるだろう。個で強い猛者が揃った獣人たちよりも、強さが平均的かつ、陸地ではあまりポテンシャルを振るえないサハギンのほうがアルカナ達の被害を受けやすかったのだ。
そんなわけで同胞たちを虐殺した筆頭として、サハギン達の間でアルカナに対する憎しみは醸造されていった。ハグルマの台頭を受け入れ、帝都やエルフ王国への侵攻に協力的な要因の一つとしては、十分に考えられる。
であれば、その憎たらしい相手が自分達の陣地にほいほいとやってくるのに、ただ逃げようと思うだろうか?
そんな師の自嘲めかした言葉に、メニャーニャはむっとした表情で言い返した。
「冗談でもそういうことはやめてください。先生だって好きで殺したわけではないでしょう?」
「同じだよ。私はあの時、この世界の住人とハグレを天秤にかけて、君達をとったんだからね。今回も、同じことだ」
どの道、自分を良く思わない勢力との衝突は避けては通れない。ならばこの騒動が収まるまで、自分は全てを背負う権利があるのだとアルカナは決意していた。
そこに、デーリッチが言葉を挟んだ。
「だめでちよアルカナちゃん。そういうことはデーリッチが認めん。悪いことをしたら、懲らしめて反省してもらう。そうして、ちゃんと分かってもらうんでち」
「……わかってはいるけど、難しい道のりだね」
「先生が目指した理想よりはよっぽど簡単じゃない?」
「そうかもしれない」
エステルの言葉にアルカナもつい笑みを零す。今度は心からの微笑だった。
「ま、話を戻すが、とにかく連中は私の
「でもそれだといいのか? さっきの奴らをみすみす逃してしまって」
ルークはこちら側が攻めてきていることを知ったサハギン達が、こちらを万全の態勢で迎え撃ってこないかを危惧していた。
「途中で気づかれるのは折りこみ済みよ。そうじゃなきゃわざわざ生かして返さないよ」
「ある程度動いてくれた方が分かりやすいと」
「そういう事。……さて、スパイク君。我々は現在、君達の拠点を破壊するべく進軍している。君が降伏した以上、ここに野放しと言う選択肢は取れない。悪いが、このまま同行してもらうぞ」
「好きにしてくれ。どうせお前たちがこなけりゃずっとこき使われるか死ぬかだったんだ」
半魚人とてこの行動のリスクは納得している。最悪裏切り者として袋叩きに遭う可能性だってあるのだ。だが彼は自由を掴むために藁にもすがりたかった。それがサハギン達の間で虐殺者と名高き帝都の魔術師であったとしても。
アルカナは続いてクリストファーに声をかけた。この作戦においてエルフである彼の意見を無視してはいけないからだ。
「君もそれでいいかな?」
「いくら相手が魚人とはいえ、この程度でとやかく言うつもりはありませんよ」
そうは言ったものの、あまり信用してはいないのかクリストファーは不信な視線をスパイクに向けている。彼はこの魚人が不審な行動に及べば即座に処断するつもりであった。それは側近としてリリィ女王からこの作戦を任されたことへの責任でもある。
そんなエルフからの敵意も、今のスパイクにとっては何故だか心地良いものに思えた。
「……恩に着る」
こうして、彼らの行軍に奇妙な同行者が一人加わったのであった。
◇
ササメヶ窟。
かつてはそう呼ばれた川に面する洞窟は、今ではハグルマ第三工場と名を変え、エルフ王国を攻めるサハギン軍の要塞として変貌していた。
既に手を加えられ、石造りの建造物と化した作戦室にて、一人の男が頭を巡らせていた。
「成程成程、こちらを直に攻めに来ましたか……」
逃げ帰ってきたサハギンからの報告を受けて、ウォルナットはどう構えるべきか考えていた。
「おそらく例の魔法使いはアルカナで間違いないでしょう。となればハグレ王国も同行している可能性が高いですね」
「資本卿、いかがなさいましょうか……?」
平社員のウオスキがどこか落ち着きのない様子で指示を仰ぐ。それは敵が攻め込んでくることへの不安と言うよりは、餌を待つ犬のような期待から来るものであった。
それは上司である彼にも分かっており、部下のモチベーションを最大限に引き出すためのもったい付けも充分と判断し、ウォルナットは指示を下す。
「勿論、帝国に我らハグルマのすばらしさをとっくりと堪能していただくとしましょう」
「……ッ! では……!!」
「ただちに
「わかりましたッ! ふっ、ふひひひひっ……」
ウオスキは隠しきれぬ笑みを漏らしながら足早に去っていく。
彼はダンジョンを作ることに並々ならぬ執着を持つダンジョンオタクだった。
そうしてまた一人となった作戦室で、ウォルナットは怪しく笑った。
「……ふふふ」
計画は万事つつがなく問題無し。
「嗚呼、偉大なる始祖ハグルマよ。私をこの世界へ導いたことを感謝いたします……!」
一人の男の底知れぬ野心は、着実にこの世界を侵食しようとしていた。
◇
捕虜が一人加わったからと言って、道のりに変化はない。
奇襲を警戒しながら、ハグレ王国は川沿いに道を進んでいた。
「しっかし、意外だったわ」
「何がですか?」
唐突にエステルが放ったその言葉に、反射的にメニャーニャは訊き返した。
「あんたが先生についてきたことよ。いくら何でもこんな血なまぐさいことにまで付き合う必要はなかったでしょ?」
「あぁ。そのことですか」
エステルは単純にメニャーニャを案じていたらしい。魔物相手なら過去に何度かやり合っているとはいえ、戦争には向いていないと思われていたのだろう。
「確かに、シノブさんと同じように帝都で待機でも問題は無かったでしょうね。召喚ゲートの封鎖も先生とデーリッチさん達でもなんとかなるとは思いますし。ただ、私なりにここに来る理由があったんです」
「何よその理由って?」
「わかりませんか? あんな連中に私たちの計画を台無しにされたからですよ。わざわざ先生が穏便に済ませようとしていたのを自分達から悪化させてくれやがって、特に
「ああ……なるほど……」
敵の身勝手さに憤るメニャーニャの激情に、エステルは納得した。この戦争は明らかに作為的なものだ。自分達の師が、親友が世界を変えるための努力を水の泡にしようとした者たちに対する怒りはエステルだって抱いている。
ただ、後輩がここまでキレているとは思っておらず少々面食らう形になった。彼女がかなり帰還計画について入れ込んでいたのは知っていたが、それはおそらくつぎ込まれた技術によるものだと推測していた。だがメニャーニャにとっては、協会での仲間で、アルカナの研究室のメンバーで考案したという点が重要だったのだ。エステルにはそれが何だか嬉しく思えた。
「盛り上がっているところ悪いですが、皆さんストップです」
クリストファーが一行を呼び止める。どうやら目的地にたどり着いたらしい。
偵察の時点で予定していたこのポイントは、洞窟から見て飛び下りれる高さの崖になっている。ここからなら洞窟を上から眺めることも、弓を一方的に撃つこともできる絶好のポイントだ。
「おっと。流石に警備はいるよねえ」
洞窟の入り口にはサハギン達が結構な数で待ち構えていた。
警戒心は最大で、熱烈な歓迎を受けることは想像に難くないだろう。
「忍び込むことはできますか?」
「あの数は流石に無理でしょう」
流石に死角もないし、それなりに大所帯である。
侵入しようとすればどの道目立つこと間違いなしだ。
「そっか、それじゃ――」
仕方なしとアルカナは手を掲げる。
彼女の周囲に星のような光球が浮かび、主の号令を待つ。
そして、
「――迅速に叩き潰そうかね!!」
アルカナは手を振り下ろし星魔法を放った!
流星めいた速度で進むそれはサハギンの足元に着弾し、衝撃でサハギンの一人が小さく宙を舞った!
「ぎょわーっ!?」
「来たぎゃ! 殺すだぎゃ!!」
巻き上がる砂煙!
それに乗じてデーリッチ達は下へと飛び降り、戦いを始める!
リーダー格のサハギンは件の
「フレイム!」
エステルの火炎による熱で怯ませたところに、ルークと柚葉による鋭い攻撃が突き刺さっていく。
ドリントルのひつじショットも頼もしい。的確に命中し、無駄な血を流さずにサハギンを眠らせていく。
「ヤエちゃーん」
「ちょちょいっとね」
ヤエちゃんの隠された左目が光り、謎の力がサハギン達を縛り付ける!
「むぎゃっ!? 何だぎゃこれは!?」
「これは……すごいですね」
「それほどでもないわ。もっと褒めていいわよ」
「流石はヤエちゃん!」
「いいわよ!」
「いよっ、凄腕サイキッカー!」
「もっと!」
「むしゃぶりつきたいサイキックむちむちポーク!」
「誰よ最後のやつ! 出てきなさい!」
我らがサイキッカーヤエの活躍により、見張り達はあっさり撃退されたのでした。まる。
ちなみにヤエちゃんはアルカナ的にはとても良いらしい。何がとは言わないが。
倒れたサハギン達だが一応、息はある。
「よし、こいつらはここに縛って置いておこう」
「突撃でちー!」
そうして倒れたサハギン達を横に転がし、一行はデーリッチの号令で内部へと突入しようとする。
その時だった!
「……なんだ!?」
「はわわわわ!?」
「うおっと!?」
大地を揺るがすような地鳴りが鳴り響いたのだった。
〇スパイク
ギルマンというサハギンとは似て非なる種族。とは言えその違いは人間から見てもよくわからない。
百万迷宮から現れた支配階級の深人に奉仕種族としての本能を刷り込まれかかったが、何とか抵抗した。
〇アルカナとサハギン
実はかなり関係が悪い。サハギンはアルカナに恨みを持っており、アルカナも社会構造の全く異なるサハギンを若干避けていた。その上サハギン達を管理していた監査官はとても杜撰な管理をしており、それがハグルマの介入を許した。