ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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ハグレ夏祭り、皆さんは楽しみましたか?
様々なイラストとssが投稿されて、一日じゃ網羅しきれないほどには集まりましたね。
そんな祭りの賑やかさを尻目に、せこせこと書き上げました。


その46.彼ら彼女らの一幕・陸

『めんどくさい人』

 

 

「結論から言いますと、あんまり得られるものはなかったんですよねえ」

 

 召喚士協会の一室。

 私は先日の一件についてをシノブ先輩に話していた。

 とは言っても、シノブ先輩も事の一部始終については既に報告書に目を通しているはずだ。

 だが、彼女は書類の文面で得る情報よりも、私の口から話を聞こうとせがんできた。確かに、報告書の内容はいくつか面倒な事実を省いているから、この目で見てきた私のほうがより正確な説明ができるだろう。シノブ先輩らしい的確な判断だ。あのシティゴリラよりも私を選んだのもポイントが高い。

 

 私はハグルマが保有していた数多の技術についてを語ることにした。未知の世界から持ち込まれた最先端技術について、シノブ先輩は興味深そうに聞いていた。

 

「そうなの?」

「通信機器については解析してみましたが、どうやらあちら側の設備をこちらに引き込んでいたようでして、私たちが使うには壁が多すぎますね」

 

 通信機の一件は本当に残念だった。

 無線機器を鹵獲したまではよかったものの、百万迷宮との相互ゲートを封鎖したことで通信インフラは途絶、通信機はただのガラクタと化してしまったのだ。

 技術水準を一段階上に引き上げるには、まず普及させる必要がある。それは私たちにとって最も困難な壁と言えるだろう。

 ……と、話がそれましたね。

 シノブ先輩が聞きたがっているのは、何があったかというよりは、何をしたかという冒険譚である。

 

「話を戻しましょう。私たちは基地である洞窟に突入しようとして、目の前の洞窟が揺れ出しました」

「まあ!」

「それはハグルマが持っていた周辺の地形を迷宮に作り替える技術だったんですよ。彼らが高度な技術を持っているのは知っていましたが、流石に空間を操作できるまでとは思ってもみなかったですね」

「確かにそれはすごい技術だわ。どうなってるのか調べたいわ」

「私も同じ意見です。でもほっとくと面倒になるからって最終的に破壊することになったんですよね」

「残念だけど、仕方ないわね」

 

 空間を自在に組み替えるなど明らかに危険な技術であり、今の自分達では持て余すと判断した先生は、相互ゲートを地表に持っていった時点で迷核の破壊を決断した。

 名残惜しいとは思ったが、私もあんなものはむしろあってはいけない類の技術だと直感的に理解していたので特に異論は挟まなかった。それについてはシノブ先輩も同じ意見のようだ。

 

「まあそんなことは当時の私たちは知りませんでしたから、基地の中身がスパイクさんからの情報とはまるっきり違うってことでクリスさんとスパイクさんが喧嘩しまして。というかクリスさんの暴走ですがね。先生がいなかったらちょっとまずかったかもしれません」

「それは大変だったわね」

「全くですよ。それで事前の見取り図が当てにならないのでしらみつぶしに行くしかないと思っていたのですが、そこでヤエさんが超能力でボス部屋までの道を当てたんですよ」

「まあヤエさんが……え?」

 

 シノブ先輩はそれを聞いて固まった。

 私はそのことに気がつかず、話を続けていた。

 

「最初はどうなんだって思いましたが、あの道具で大幅に道を短縮できたのもあれのおか「メニャーニャ」なんですか?」

 

 私は話を遮られ、そこでシノブ先輩の様子がおかしいことに気が付いた。

 先ほどまでは大人しく相槌を打っていた筈が、一転してこちらを問い詰めようとするオーラを発している。

 

「私、そんなの聞いてないんだけど?」

「……何がですか?」

「ヤエさんがいることよ! 何であなた達だけヤエさんの超能力を堪能してたのって言ってるの!」

 

 ぷんすこ! と擬音が聞こえそうなぐらいに分かりやすく怒り出す。

 この年下の先輩は、自分が一目置く超能力者の力を見るのに自分だけハブられたと思ったのだろう。明らかに不機嫌だ。

 

 やってしまったな、と思った。

 

 この人は時折年相応というべきかそれ以下に幼い言動になる時がある。

 こうなったらとにかく面倒くさい。

 なまじ頭が良い分ごまかしが通用しないのがとにかく厄介すぎる。

 

 確かに同行したのはハグレ王国だとざっくりした説明で、誰がいたとは具体的には言ってない。シノブ先輩も質問してこなかったので、あまりその辺は気にしてないのだろうとスルーした。そのあたりをちゃんと確認しておけばよかったな、なんて思っても後の祭りである。

 そもそもハグレ王国がどんなメンバーで来るのかなんてあちら側に一任しているのだから、そんなことを私に言われても仕方がないはずだ、そんな簡単な話はこの人だってわかっているだろう。だがわかっているのと理解してくれるのとは話が別なのはどうしようもない。

 

 というかいくら尊敬してるからって、まさかその一言が地雷とは誰が思うか。

 だが露骨に反論すると火に油を注ぐだけなので、やんわりと説明することにした。

 

「いやいや、ヤエさんが戦闘で超能力を使うのは当たり前じゃないですか。それにあの人は雷属性の魔法も使えるからサハギン相手だとまず選ばれるんですよ」

「ずるいわ~私だって見たかったのに~!」

「駄目だこりゃ」

 

 完全にイヤイヤ状態だ。

 これではいつまともに話を聞いてくれるか分からない。

 私は話題と彼女の怒りの矛先を逸らすべく、切り札の一つを使った。

 

「まあひとまず落ち着いて。ここはお茶でも淹れましょう。確かアルカナさんがお茶請けをこっそり買ってるはずです」

 

 その切り札とは私たちに隠れて師が堪能している甘味である。

 あの人が差し入れと称して私たちに買ってくることが多いが、秘密裏に一段高いのを自分用に買ってきているのは知られていないとでも思っているのだろうか。

 

 中の奥の方、安物の缶にわざわざ移してある高級菓子店のクッキーを引っ張り出そうとすると、後ろから声がかけられた。

 

「あ、メニャーニャ。そっちのクッキーよりも下の奥のアップルパイのほうが日持ちしないから出すならそっちのほうがいいわよ」

「あ、それはどうも……」

 

 シノブ先輩の言葉に従い、戸棚の下段、隠すようにしておかれた菓子箱を見つけ出す。

 

「……シノブ先輩、さてはこれが目当てでしたね?」

「え、何の事かしら? さあ他にヤエさんのどんな能力を見たの!? 全部聞かせてもらうわよ!!」

 

 先輩は目をキラキラさせていつの間にやら紅茶を用意している。

 

 全く、食えない所は先生譲りだな。

 

 

 

『あなたは私の』

 

 

 ある昼下がりのこと。

 

 俺に視線が突き刺さる。

 遠巻きにこちらを眺めているものもいれば、気にしない素振りを見せながらちらちらとこちらを見るものもいて、極めつけにはニヤニヤしながら眺めている悪魔もいた。

 

 とにかく、俺たちは注目の的だった。

 

 というのも……

 

「……あのー、ヘルさん?」

「なあに?」

「そろそろ離してくれませんかね」

「いやー」

 

 俺の後ろにいる彼女が原因なのだが。

 

 

 単刀直入に言えば、俺はヘルに後ろから抱きしめられていた。

 いや、体重をこっちに乗せてるからのしかかられている、のほうが正しいかもしれない。

 

 こうなったのはおよそ一時間前。

 俺は昼食を終えてまったりと珈琲を嗜んでいた。ここしばらくは大立ち回りが続いていたからだろうか、こんな特に何かがあるわけでもない平穏なひと時が五臓六腑へと染み渡る。そうして休日の有難みを噛み締めていたところ、ヘルが後ろから襲い掛かってきた。

 普段の俺なら人に背後を取らせる真似はしない。しないのだが、拠点内で気を抜いていたのと、相手がヘルだったこともあって完全に油断していた俺はものの見事に彼女の不意打ちを許してしまった。ぽふんという音が鳴るように被さってきたヘルを反射的に振りほどきかけたが、それをして彼女がどんな表情をするかを考えて実行には移さない。それに別に邪魔だとは思わなかった。という訳で、俺は彼女に成すがままにされているのだった。

 

「さっきからずっと見られてるんですが」

「別にいいじゃなーい。そんなに見られるのが嫌なの?」

「そういうわけじゃないですけどね」

「ならこのままでいいわよね」

「……どうしたんだ? 普段のお前らしくない」

 

 とは言え。ヘルが人前でこんな積極的なアプローチをしてきたことがどうにも不可解だった。

 

 そして何より。

 首から背中にかけて押し付けられている柔らかなあれを意識せまいと考えているのもそろそろ限界だった。

 

「だってルーク君、最近他の人と一緒にいることが多いじゃない? そろそろ誰の部下なのかを思い出してもらおっかなーって」

 

 ぎゅっと。

 拘束は緩むどころか、逃がすまいと言うようにもっと固くなる。

 それを見て雪ん子とサイキッカーの雪だるまコンビに、カレーの姫様と狼のお姉さんを加えたカシマシカルテットが嬉しそうに話している。ちくしょう人の恋路だからって楽しそうだなお前ら。

 

「あー……」

 

 それに心当たりは、ある。

 おそらく、この前の祝勝会の時。

 早々に酔いつぶれたヘルをミアさんが部屋まで連れて行った後、俺は大人たちと飲み比べを続行した。誰だったかは覚えていないが、勝負を吹っ掛けたられた俺は勢いに任せてそれに乗っかった。

 

 その時はジーナに福ちゃん、ジュリアさんに柚葉、そしてアルカナさんととにかく酒飲みが集まっており、それはもうひどい有様だった。

 

 

 特に巻き込まれたアルフレッドは悲惨の一言だ。

 ジーナとジュリアさんの身を案じながら一線を置いていた彼だったが、一瞬のうちに酔った姉二人に衣類をはぎ取られ、貞操の危機を迎えていた。最後の砦は死守したらしいが、割と危なかったのは覚えている。あいつも中々苦労する男だよほんと。旦那とは別の意味で女に悩まされるんだろう。

 マッスルが早々に引っ張り出されたのは幸運だ。本人は悔し涙を流していただろうが、あの中に放り込まれれば二度と同じような口は効けなくなるだろう。それぐらいには地獄だった。

 大明神も意外なことにとっとと抜け出していた。曰く、『ヅッチーの教育に悪いから』らしい。王国一と言える女好きの奴からすれば天国に近い状態だったろうに、割とそういうところはちゃんとしているのだと感心した。まあ、酔いどれどものひしめく地獄は流石に手に負えなかっただけかもしれないが。

 

 そしてかくいう俺も、割とひどい有様だったらしい。

 推測系なのは、気が付いたらヘルに介抱されていたからだ。

 

 頭の痛みに悩まされる俺を、彼女はしょうがないものを見るような目で世話してくれた。何事も無くて良かった。問題を起こしていたらどうしようかと思いました。という言葉の裏には、俺がただ飲みつぶれていただけであることへの安堵があった。

 

 大方、俺が別の女に取られるとでも思ったのだろう。

 同じ王国の仲間じゃないか、などというのは通用しない。むしろ同じ屋根の下で暮らすからこそ、知らないうちに仲が縮まっているなんてことはおかしくないだろう。俺たちほどあからさまじゃないにしても、誰かに好意を抱いている者は何人かいるはずだ。

 

 子供じみた嫉妬心、などと馬鹿にはしなかった。

 ヘルラージュと言う女性は大らかな反面、非常に繊細だ。

 普段はあまり負の感情を表に出さないが、人との温もりに餓えた寂しがり屋で心の中では人並みに不満や我慢を抱えている。最も親しい姉と再び暮らすことができるようになった。だが、それがまた失われないとは限らない。

 

「……それに、ルーク君はいつも危ない目に遭うんですもの。生きて帰ってくるとは信じてますが、心配ですわ」

 

 ヘルは不安げな声で呟いた。

 俺にしか聞こえないぐらいには小さな声。

 だがそれは、俺から他の音を奪うぐらいには強く響いた。

 

 確かに、俺は常々死にかけるような目をどうにかこうにか生き延びている。

 この前だって、咄嗟の機転が無ければ怪物にぶち殺されていただろう。

 

 自分の見ているところならまだしも、そうでない場面でも死にかけるのだから、ヘルからしてみれば気が気でないのも確かだった。

 自分で言うのもなんだが、俺は常々死地へと飛び込んでいく性分だ。

 身の回りの脅威に注意を払いながら、危険の中にある浪漫を求めたがる、非常に厄介なろくでなし。

 

 つまるところ、

 

 ヘルの不安は、結局は全部俺のせいなのだ。

 

「悪かったな」

 

 申し訳なさを感じた俺は、ヘルを横に引き寄せて抱きしめ返す。

 驚くほどに華奢な身体からは、香水など使わずとも良い匂いがした。

 その柔らかな感触を肩から先で堪能する。

 

「えっ」

「おいおい、自分からやっておいてこっちからはダメっていうのはないんじゃない?」

 

 どうやら自分からする分には問題ないが、まさかやりかえされるとは想像してなかったらしい。その美しい顔が赤くなるのを見るに、意趣返しは成功したようだ。

 

 俺達に向けられる視線が色目気だつが知った事ではない。

 「キターッ」とか「やっとやり返したわね」とかなんとか聞こえるが、そんなのは無視する。

 せっかくのお誘いだ。

 ここは遠慮なく、彼女との団らんを堪能させてもらうとしよう。

 

「むぅ……そういうのはずるいですわ」

「ははっ、どうせ今日は用事も何もねえからよ。好きにしてくだせえ」

「じゃあ好きにしまーす」

 

 本人から許可をもらったので、ヘルラージュは遠慮なくルークに身を預ける。

 均整の取れた顔をだらしなく歪ませ、彼女は想い人の感触を全身で受け止める。

 

 この後二時間ぐらい、二人は一緒の時間を過ごすのであった。

 

 ……そして、それを離れた物陰から覗くものがいる。

 

「……くぅっ、ルークめ羨ましいぜこんちくしょう」

 

 真っ赤な筋肉牛は自分のキャラをわきまえることなく、女々しくもハンカチを噛んで涙を流している。

 横にいる翼人の少女は、胸焼けするような光景から距離を置くような仕草をする。

 

「見せつけるようにしちゃって、あの二人もお熱いこった」

「俺だってあんな風にお姉さんとイチャイチャしてえよ」

「そんな図体で何言ってんだよ」

「たしかに俺の筋肉に抱かれたい女の子は一杯いるさ、でもたまには俺のこの小さな心を優しく抱きかかえてほしいときだってあるの!」

「あひゃひゃ! あんたを抱えられる女なんて、それこそ天使でもない限りいないっての!」

 

 

 

『焔』

 

 

 

 そこは諸外国と帝都の貿易を中継することで栄える大きな街。

 昼間は賑わいを見せるこの街も、夜になれば目を閉じる。

 大人は酒を飲み、子供たちは寝物語を横に瞼を閉じる。

 

 静寂な平穏が過ぎゆこうとする中で、突如として轟音が鳴り響く。

 音の出所は、街の中心から。

 その音で眠りにつこうとしていたものは一斉に飛び起き、微睡みに浸っていた者は泡を食ったように玄関の外に出た。

 そして、それを見たすべての者がぽかんと口を開けた。

 

 何せそれはこの町でもっとも大きな建物。

 この街の繁栄を示す象徴。

 欲深い領主の城である館が、いままさに燃えていたのだから。

 

 真っ赤な炎が夜の闇を一瞬だけ明るく照らす。

 すでに領主館の前の広場には住民が集まり、人だかりができていた。

 

「自警団だ、一体何が起きている!?」

 

 騒ぎを聞きつけた自警団が現場に駆け付ける。

 豪華な装飾の施された金と搾取の化身は、もうもうと黒い煙を吐き出していた。

 群衆の中から、自警団の姿を見た青年が話しかけてくる。

 

「バリーさん! それがいきなり爆発を……!」

「何だと!? 門番は何をしていた!?」

 

 野次馬の群れをかき分け、門の前までたどり着く。

 

 玄関の前で右往左往している門番たちが、自警団長に駆け寄ってきた。

 

「ああ、やっと来てくれたか!」

「それが自警団の旦那、内側から鍵がかかっててびくともしないんですよ」

「何?」

 

 やむを得なし。

 窓を叩き割り、中へ強引に侵入する。

 

 館の中は嫌に静かだ。

 あれだけの爆発が起こったと言うのに、領主とその家族はおろか、使用人すらも誰一人として動いている様子が感じられない。

 

「これはまずいぞ……!」

 

 慌てて領主の部屋に向かうと、部屋に入る前から異変が生じていた。無駄に金をかけた扉は内側から周囲の壁ごと粉砕されたのか、廊下に破片が散らばっていた。

 

「ガメッツ様!」

 

 中を見れば、そこにはこの街の領主、ガメッツ・マネゲバーが上半身のみという無残な死体で転がっていた。

 

「なっ……!!」

 

 領主は一糸まとわぬ姿で、何が起きたかもわかっていないかのような表情で絶命していた。

 寝込みを襲われたのだろうか、寝台があったであろう場所は跡形も無く吹き飛んでいる。

 後からついて来た門番や衛視たちも、この惨状を見て言葉を失った。

 筆舌に尽くしがたい有様を前に、しかしバリーは何が起きたのかを知るべく中へ踏み入る。

 そこでがさり、と何かを踏みつけた。

 

「何だ?」

 

 屈んで拾えば、それは一枚の紙。

 多少焦げてはいたが、読み取るのに支障はない。そこにはただ一つの絵が描かれていた。

 

「これは絵? いやわが国の国章か……?」

「団長、こちらを!」

 

 後ろを振り返れば、部下が同じものを持っていた。

 それだけではない。

 先ほどまでは焦りで見落としていたが、壁や床、天井といたるところに同じ紋章が描かれた紙が貼りつけられていた。

 

 帝国国章を上から打ち消すという挑発的なマークは、まるで自分達をあざ笑うかのようだった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ。上手くいったようだな」

 

 領主館から数ブロック離れた宿。

 双眼鏡を手に、一人の獣人が満足そうに頷いた。

 あの領主ガメッツが夜な夜な目麗しい娘を各地から招き、褥を共にするという噂は有名だ。彼は女がどこの国の出身、地位であったかを問うことはない。それどころかハグレであったほうが興味をそそると言う好色極まる俗物だった。

 

 そんな節操の無い好色家であるため、形整ったホムンクルスを奴隷として送り込むことは驚くほど容易であった。後は寝室に招かれた夜、内側から手引きした兵隊に奴隷を解放させ、関係者を始末する。そして領主は護衛も何もない最も油断した瞬間に、ホムンクルスに仕込んだ自爆の術で爆殺する。それが今回の作戦であり、自分達の存在を世間に知らしめ、同じく鬱屈した感情を抱える同志を立ち上がらせる啓発を目的としていた。

 

「ヤッハーッ!」

「いいザマだぜ!!」

「よく燃えてるじゃねえか!」

「いつも俺達を安い給料でこき使ってきた天罰さ!!」

 

 燃え上がる黒煙を見て、同志たちが騒ぎ立てる。

 人間、獣人、あるいはまた別の種族。彼らの中にはこの街の事情に精通した街の住人達もいる。彼らは皆、様々な理由から冷や飯食いの立場に甘んじていた者たちだ。

 それはアプリコの従える者達に共通した事情だ。彼はハグレだけでなく、この国の現状に不満を持つ者達に抱き込んでいた。

 義のために帝国を打倒せよ。我らの手で真の自由を勝ち取るのだと。

 そうして語られた理想と、こうして領主を見せしめに打倒することで、彼らは部下として加わっていった。

 従軍経験も碌にないならず者も多かったが、生粋の軍人であるアプリコにとって、彼らをまとめ上げるなど造作もないことであった。

 

「アプリコ様」

 

 アプリコの下に、白い髪に赤い瞳の男が近づく。彼もまた、ジェスターが遣わしたホムンクルスである。

 

「ジェスター様からの言伝です」

「何だね」

「ハグルマの軍隊は敗走、しかし当初の目的は成功した。一度こちら側へ戻ってくるようにとのことです」

「わかった。どのみち明日には街を出る。馬車の手配を頼む」

「かしこまりました」

 

 遣いのホムンクルスは静かに退出する。

 まだ狂熱冷めやらぬ部下を尻目に、アプリコははるか向こう側の空を見て思いにふける。 

 

「さて、あれから十年……、実に、長かったものだな」

 

 最も大きな闘争が目前であることに、アプリコは空虚な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 そうして金品の類には一切手を付けることなく、領主一族と使用人だけが殺害されるという、凄惨にして奇妙な事件が夜明けを待たずして街中を駆け巡り、周辺の村にも一日を経たずして知れ渡る事となる。

 そして後日、新聞社にある手紙が投函される。

 

 内容はこうだ。

 

 我ら召喚人解放戦線。

 ハグレを奴隷として侍らせる、愚かな領主に天誅を下す。

 

 そんな大胆なまでの犯行声明文が、紙面を飾ったのであった。

 

 

 




恋愛描写ってなんでこんな難しいんでしょうね。

それはそれとて次回からは3章の大詰め。
帝都を舞台とした狂騒劇が幕を開けます。


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