ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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帝都編の開始です。



その47.帝都動乱・導入

『導入・星巡りの采配』

 

 宮殿外朝。天文室。

 

 帝国、特に宮廷の魔術的事象について管理するその空間では、今まさに宮廷魔術師が頭を捻らせていた。 

 年齢は二十代半ばと、つい数年前に着任した若き魔術師は、呪文を一字一句違えず読み上げた後、部屋の中央に設置された巨大な水晶玉を見た。

 

 漆黒と光点。

 

 宇宙そのものを納めたかのようなその水晶玉に手をかざせば、星々が目まぐるしく回転する。

 その動きを宮廷魔術師は必死に目で追った。彼の額には汗がにじんでおり、この魔術が決して楽な作業ではないことを余人に見せつける。

 

 やがて回転が止まり、中心に据えられた光を十個ほどの大小さまざまな星々が取り囲んだ。魔術師はその配置を食い入るように見つめ、やがて肩を落とした。

 

「……駄目だ。何度やっても同じ運勢だ」

「結果は出たかね」

 

 後ろからの声に、宮廷魔術師は慌てた様子で振り向く。

 

「ああ。大臣殿、それがですね――」

 

 何かがおかしいですよ。

 そう言おうとした宮廷魔術師の言葉は途中で止まった。

 大臣の後ろからやってきた人物に、意識の全てを持っていかれたからだ。

 白く輝く艶やかな髪、眼鏡の奥から光る金色の瞳、星空を内包したかの如き外套。

 それらの特徴を兼ね備えた者など、彼が知る中で一人しかいない。

 

 かつての宮廷魔術師たる星術師アルカナが、そこに立っていた。

 

「あ、あなたは――」

 

 言葉に詰まる宮廷魔術師。当のアルカナはぐるりと部屋を見回して言った。

 

「久しぶりに足を踏み入れてみれば、少し寂しくなった気がしますね」

「お前が少し物を持ち込みすぎなのだ」

 

 懐かし気に語る声は、鈴なりのように宮廷魔術師の耳に響いた。

 ふむ、と息を吐いた後、その場で固まっている彼を一瞥してから話を切り出した。

 

「それで、私に星辰を占えと」

「そうだ。いつもならこいつに任せておるのだが、お前の報告にもあったように今年は少々世情が喜ばしくない。故に恥を忍んで、お前にも見てもらいたいと思った次第だ」

「承知しました。……しかし、この水晶玉まだ使ってるんですか」

「うむ。結局お前の持ってきた物以上の魔術具は見つからなかったものでな」

「喜べばいいんですかね。さて、これが今の時勢ですか……」

 

 自分の置き土産が未だに残っていることに苦笑いしつつ、星術師はその華奢な手を水晶玉に向け、そのまま滑るように細やかな指を動かす。

 その動きに合わせるように星々が回転し、アルカナはそれを無造作に目で追い、やがて先ほどと同じようにピタリと回転を止めた。

 

「これは……」

 

 中心の光を幾何学的に取り囲む、幾つもの星。

 その配置、その大きさは先ほど彼が操作した時の結果と同じ。

 

 これだけならばただ宮廷魔術師の結果の再確認に過ぎない。

 

 大きく異なっていた点は、その図形を複雑にするように、周囲にはさらに星々が瞬き、その輝きの数は最初の倍にまで増加していたことだ。

 

「あ――」

 

 宮廷魔術師は、その様子に心を奪われた。

 

 アルカナの容姿ではない。その身に渦巻く魔力の流れ、何一つ迷いのない星の動かし方、そして直後に出た結果の正確さ。

 どれをとっても自分の数ランクは上の技術。

 そんな彼女の卓越した魔術の冴えにこそ、彼は畏怖の念を覚えたのだ。

 

 その一方で、大臣は冷や汗を流していた。占星術に詳しくない彼だが、かつてのアルカナの活躍を知る身として、この結果が尋常でないということぐらいは理解できた。

 

「アルカナよ、これは……いささか多すぎるのではないか?」

「飽くまで今の情報で見えるだけのものです。多少は上下するので目安ぐらいに受け止めていただければ……と言いたいところですが、流石にこれはよくない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼らがこうして深刻な表情を浮かべている理由、それはこの魔術が現在の皇帝の運勢を、特に悪い運勢を占うためのものだからである。

 元々式典など催し事の前や年の節目などに宮廷の運勢を占うことが宮廷魔術師の仕事の一つであり、特に霊子星術という専門技術によってより詳細な未来を導き出せるアルカナもまた、宮廷魔術師時代にこの仕事を請け負っている。

 

 ハグレという不確定要素によって正確性はかつての数割にまで落ち込んだ。それでもアルカナの操る魔術は宮廷にとって耳を傾ける価値が大いにある。例え結果がその通りにならずとも、彼女の卓越した頭脳から導かれるアドバイスは決して的外れではないからだ。

 アルカナの出した結論を見て、大臣はこれから自分達を待ち受ける困難について想像し、身を強張らせる。

 

 その様子を宮廷魔術師の青年はただぽかんと口を開けて眺める以外になく、そんな自分をアルカナが見ていたことを気がつくのも、声をかけられてからだった。

 

「実際にこの目で確認すると、もう一度宮廷魔術師に就いてもらうべきかと皇帝陛下がたびたび仰るのも頷けますな」

「はは、その言葉だけで光栄ですよ。それに彼も中々の光る眼を持っている。経験を積めば、私などいなくとも何ひとつ問題ありませんよ」

「あっ……ありがとうございます」

 

 咄嗟について出た言葉は、ありきたりな礼。だがそれは紛れもない本心からの感謝だ。

 二年という短い歳月で帝国に多大な影響を与えた白翼の魔術師。

 彼女が発したこの発言は、これからの彼の人生において上位に来るほどの喜びであった。

 

「……それで、どうするのですか?()()()()()()()()()()()()()()()()って言うのは、流石に見逃せないでしょう」

「私の一存では騎士団を動かせん。一度議会にそれとなく話を持っていく必要がある。そういうお前はどうなんだ?」

「まあ、こっちでも色々やってみますよ。天から下りて十数年、市井に近い分頼れる伝手は多いのですよ」

 

 不安げな大臣の言葉に、かつての宮廷魔術師は皮肉めかしたように笑って返した。

 

 

 

 

 

 

『導入・祝祭の前に』

 

 サハギン族との戦いを終えて数日。

 いつものようにゆるりとした王国会議が開かれ、各々が活動報告を済ませた頃。

 会議室に彼女はやってきた。

 

「どうも、お邪魔しますよ」

「メニャーニャさん? あなた一人とは珍しいですね」

 

 その人物とは召喚士協会に属する召喚士であり、アルカナの部下、エステルの後輩であるメニャーニャだった。

 

「はい。クラウン特務召喚士は現在多忙でして、今回の伝達については急遽私が代理を務めることになりました」

「そ、そこまでかしこまる必要はないんだけど?」

「それぐらい大事な話ってことですよ。では前置きはこれぐらいにしておきましょうか」

 

 固い言葉をすぐに捨てて、メニャーニャは本題を切り出した。

 

「実はハグレ王国の皆さんを帝都にお招きしようかと思いまして。どうです?」

「え?」

「滞在費用は召喚士協会が持ちますから、遠慮なく遊んでくれて構いませんよ」

「いやいやいや、ちょっと待ってください。依頼ってもしかしてそれですか?」

 

 あれだけ格式ばった言い方から続いた内容に、ローズマリーは戸惑いの声をあげる。

 メニャーニャは気にせず続ける。

 

「はい。そろそろ帝都の方々にもハグレ王国を知ってもらうべきだろうと、アルカナさんが発案いたしまして」

「ねえ、それってほんとに旅行? なにか裏の目的があるとかじゃないわよね?」

 

 エステルが問いただす。

 

「お、鋭いですね先輩。その通りですよ」

「先生が多忙のくせに私たちを呼びつける時点で何かあるってわかるわよ。……それで、要件は何?」

 

 あっさりと白状した後輩に、エステルは続きを促した。

 

「まあ大体分かるとは思いますけど、来るべき時が来たって話ですよ」

「え?」

「皆さんには観光目的として帝都に入っていただきます。通行許可証については、持ってない人については協会が発行します」

「来るべき時って……」

「まさか、奴らが攻めて来るのか!?」

 

 メニャーニャの発言に、会議室にいた者達が一斉にどよめく。

 この時、一同は共通してある組織を思い浮かべた。

 

 ――召喚士解放戦線。

 

 アルカナと同じ出身であり、彼女の殺害を目論む男――ジェスター・サーディス・アルバトロスが創設したと思われるハグレ達の革命組織。

 水晶洞窟でハグレ王国を襲撃し、各地で様々なテロ行為を行い、そしてサハギン族のエルフ王国侵攻の裏にいたハグルマのさらに裏で糸を引いていただろう集団。

 彼らがいよいよもって、帝都へ襲撃を仕掛けるつもりなのだろうか。

 

 息を呑んだ一同に、メニャーニャは告げた。

 

「ええ、近いうちに来るんですよ――」

 

 

 

「――終戦記念日式典が」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 終戦記念日。

 それはおよそ10年前に勃発したハグレ戦争が終了したことを祝い、死者を弔うために制定された帝国の記念日である。

 暴徒鎮圧のために戦った軍人を讃えるために、犠牲となった帝国民が安らかに眠れるように、そしてハグレが今後このような事態を起こさないように。

 そうした思いを込めた式典が、帝都の広場にて執り行われる。

 これは王族も参列する由緒正しき式典であり、そこにハグレ王国を参加させることで、帝国とハグレとの融和の一助とする。

 

 それが、ハグレ王国が帝都に招かれた本当の理由だった。

 

「成る程。それなら確かにアルカナさんが来れなかったことも納得できる。ハグレ王国を帝都に認めさせるためにあの人は今動いているんですね?」

「その通り。帝都上層部――帝国議会は今まで、あなた達ハグレ王国に対しては各地に点在するハグレ集落と同様に認識しており、さほど注意を払ってきませんでした。……ですが、それもこの前までの話です」

「それはもしかして、エルフ王国の一件ですか?」

「はい。帝都と関係を持つエルフ王国に協力し、サハギン族を撃退し、ハグルマという帝都にとっての脅威を退けた。あなた達が帝都の軍隊に匹敵、あるいは上回る武力勢力であることが証明された。そうなれば、帝都としてもあなた方と関係を結ばない方針はありません」

「ふむ……」

 

 ローズマリーは考える。恐らくアルカナは、この一件でハグレ王国が帝都の意志で左右されないように地盤を固めるつもりだ。それは彼女が立案した帰還計画の成就にも繋がるからだろう。

 

 自分たちがアルカナと初めて会合した時、帝都はハグレ王国とはある程度融和の姿勢を取ると彼女は言っていた。

 

 それと同時に、他の貴族たちの考えはまだ不明だとも。それは見逃されているとかではなく、単に勢力として認識されていなかっただけなのだ。

 

 もしここで帝都へ赴かなければどうなるだろうか。最悪なのはハグレ王国が危険分子と見なされること。そうでなくとも、自分達の招集に応じなかったことで心証を悪くするだろう。召喚人解放戦線によってハグレを中心とした反帝国の運動が活発化している現在、ハグレに対する警戒心は上昇していることを鑑みればおかしな話ではない。自分たちは何も帝都を敵対関係になりたいわけでもない。良好な関係を築けるのならその方が良い。それはあちらも同じだろう。

 

 ――だが、本当にそれだけだろうか?

 

 帝都の政治に詳しいわけではないが、貴族たちが自分の勢力争いで卑劣な罠を仕掛けるというのは既に経験済みだ。建国からおよそ数か月という僅かな時間で、ハグレ王国の規模は予想以上に拡大した。これを機にハグレ王国を支配下に置く、あるいは排除しようとする動きが帝都にあってもおかしくはない。アルカナがそういうことをする人間ではないと信じてはいるが、他の権力者がどう思っているかまでは不明だ。浮かれ気分での参加は、どうあれ足を掬われる危険性がある。

 

 参謀は悩んだ末に、国王に判断を委ねることにした。

 

「どうするデーリッチ? 帝都の儀式に参列するっていう、ちょっと堅苦しいことだけど」

「うーん。メニャーニャちゃん、その催しはどれくらいの人が集まるでち?」

 

 首を傾げながら、デーリッチは疑問を口にした。

 

「はい。街では一種の祭りになりますので、ハグレだろうと多くの人が集います。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()賑わうでしょう」

「ならば行くでち。ここで拒めば、王国の沽券に関わるのはわかってるでち」

 

 含みのある返しをしたメニャーニャに、デーリッチはこの案件を受け入れることを選んだ。

 彼女たちのやり取りを黙って聞いていたデーリッチだが、国王として自分なりに物事を判断していたらしい。

 ローズマリーは日に日に成長を見せる少女の姿を見て、依頼を受諾することを決定した。

 

「よし、分かった。メニャーニャさん、その話お受けします」

「ありがとうございます。それじゃあこれが人数分の通行証です」

 

 メニャーニャから手渡された通行証をローズマリーは受け取り、目を丸くした。

 それらにはしっかりと通行を認める印鑑が押されており、その名前は「帝都召喚士協会・特務召喚士補佐メニャーニャ」と刻まれている。

 

「もしかして貴方が作ったんですかこれ?」

「そうですが何か?」

「え……メニャーニャ、いつの間にそんな偉くなってたの?」

 

 帝都の通行許可を発行できるだけの権限をいつの間にか後輩が有していたことにエステルも目を丸くする。

 

「先生に色々連れ回された結果ですよ。どうやらシノブさんよりも私を召喚士協会での後釜に据えようとあの人は考えているらしくて」

「あー、確かにシノブは政治とか全然だしね……」

「全く、私にこんな地位は性に合わないんですがねえ」

 

 そういうメニャーニャだが、言葉の端には優越感がにじみ出ている。

 たらいまわしの結果に収まった地位ならともかく、自他ともに師の跡継ぎであるという認識によるものならば、まんざらでもない――そんな思惑が伝わってくるかのようだ。

 若干ドヤ顔気味の後輩が、エステルにはなんとなくムカッときた。

 

「なにそれ、嫌味?」

「いえいえ。エステル先輩はフットワークの軽いポジションが適任ってことですよ」

「なーんか納得いかないな……」

 

 ちなみに、エステルは前線に放り出しておくのが一番だと考えているのは他ならぬアルカナである。というか大体の人間がそういう認識である。

 エステルからすれば野生児扱いは不本意なのだが、先手を取ってフレイムが座右の銘*1なのでまだまだ知性派の仲間入りは難しそうである。

 

「それでは二日後、丁度式典の三日前ですね。()()()()()()()()()()()()()現地でご説明します。協会総出でお待ちしていますので、それでは」

 

 足早に去って行ったメニャーニャを見送ってから、ローズマリーはため息をついた。

 

「……なんだか大変なことになったな」

「そうね。それにあの子の言いぶり、複雑な事情が絡んでるってことでしょうね」

「二日後か……。準備をするだけの猶予は十分にあるな」

「ええ。出来る限りのことは済ませてから向かいましょう」

 

 神妙な顔で話し合う二人に、たかが観光に何をそんな、というような者はいなかった。

 

 それもその筈。

 

 これがただの観光と国交で終わるわけがないだろうと言うことを、その場の全員が確信していたのであった。

 

 

 

 

 

 

『導入・監獄にて』

 

 帝都、収容所。

 

 帝都で罪を犯した犯罪者が懲役に服すそこは、石と鉄で外界から隔絶された要塞といえる。

 そしてその中でも、厳重に隔離された重犯罪区という場所がある。

 

 そこに収めれるのは当然生半可な犯罪者達ではない。帝国が経済国としての統治を進めるために生きて収監されてはいるが、本来ならば極刑であってもおかしくない者達ばかりである。そして事実、彼らは生きて表の世界に出ることのできるほど短い時間を与えられてはいない。

 

 そんな監獄に一人、新たな男が入ってきた。

 

 看守に連れられてきてはいるものの、その男の態度は不遜そのものだ。

 金髪を後ろに撫でつけたその男は囚人服ではなく、貴族が着るほどの仕立ての良い服を身に纏っている。

悠々とした足取りで進んでいくその眼差しは、この場所への嫌悪感に満ちている。

 

 その様子は看守に連れられている、というよりは、看守に先導させているといったほうが正しいだろう。

 金髪の男の後ろには、同じく上等な身なりの男が二人付き従っている。

 

 これを第三者が見れば少なくとも新しい囚人だとは思うまい。

 まるで、悪趣味な貴族が囚人たちを嘲笑しに来た。

 あるいは奴隷商の商品を吟味しに来た、と言った方が正しいだろう。

 

 そして実際、その表現はおおむね正しい。

 彼は収監されるのではなく、むしろこの中にいる囚人を出すためにやってきたのだった。

 

「しっかし、本当に陰気臭い場所だなここは」

 

 薄暗く、外の空気の通りが悪い環境に対して金髪の男は何度目かもわからない苛立ちの声をあげる。それに看守は反応を示さずにただただ先へと足を進める。

 男に従う二人もまた黙って追随する。余計な口を挟んで苛立ちをこちらに向けられでもしたらたまらないからだ。

 

 かつんかつんと、靴が石を踏みつける音が響き渡る。

 

 ずらりと一列にならんだ鉄格子。

 それを石の壁で仕切って作られた個室の一つで看守は足を止めた。

 

「ここだ。ここに奴が収監されている」

「そうかい、案内ご苦労だったな」

「言っておくが、私はここでは何も見ていないし、何も聞いていない。わかっているな?」

「はいはい。ちゃんと金は払ってやるよ。それじゃあ、ご対面といこうじゃないか」

 

 念を押す看守に、男は鉄格子の鍵を開けるように要求する。

 ランタンの光が照らされ、薄暗い闇で隠れていた囚人の姿が露わになる。

 

 その囚人は、ハグレであった。

 身体は白い羽毛に覆われており、顔には黄色い嘴、頭のてっぺんには赤い鶏冠のようなモヒカンヘアが垂れている。そして背には翼が生えており、鳥人と呼ばれる種族であることは明白だった。

 

 そのハグレの名はクックル=ドゥルードゥ。

 召喚全盛期の時代に帝国貴族に召喚されたハグレである彼は、ハグレ同士を戦わせると言う悪趣味な遊戯での殺し合いを強いられていたが、反乱に乗じて自らを召喚した貴族を殺害し、そのまま反乱軍へと合流した。

 

 ハグレ戦争において、帝国軍人や傭兵たちの間で恐れられたハグレは多い。

 

 反乱軍の指揮官として立ち上がった雷獣戦士の異名を持つ猛将マーロウ。

 青空オレンジなる奇妙な二つ名とは裏腹に、帝国の軍勢を翻弄した獣人参謀アプリコ。

 アプリコの息子であり、精鋭部隊によって討ち取らざるを得ないほどの実力者だった戦士プラム。

 

 クックルも彼らと並べて語られる存在だ。

 彼はただ殺戮と破壊の限りを尽くしたが、ただ憎悪の赴くままに暴れるその気性の粗さが災いし、最終的に捕縛され凶悪犯として収監されたと言う経緯を持つ。

 

 だが、その経歴も10年以上前の事だ。

 

 かつては怪力無双を誇ったであろう巨躯は、最低限の食事と厳重な拘束によって痩せ衰えている。

 

 それでもなお残る膂力で万が一にでも拘束を破壊されないよう、脱力の魔法に加えて力を入れることのできないように縛られて鎖に繋がれている。

 

 そんな極限の環境に放り込まれてしまえば、どんな歴戦の戦士であろうと正気を保っていられる保証はない。

 

 ……それでもなお、クックルは男たちに向けて憎悪の視線を投げかけた。

 

 彼の頭の中は常に一つの事で埋め尽くされていた。

 

 いつかここを脱獄する。

 

 自分が刑期を終えて出るという考えは最初からない。

 そもそもの話、彼は本来ならば死刑になっているはずだった。彼の出した被害は帝都の法に照らせば処刑以外の道は存在しない規模だ。だが、終戦後の立て直し、王室の慶事、ハグレの権利を認める政策の一環など、様々な事情が絡まり合い、彼は恩赦として処刑を免れることになった。それでも、終身刑として一生を鎖で繋がれたまま過ごすことに変わりはない。

 

 だから、命だけは保ち、逃げ出す機会を伺う。

 そうしていつしか、彼は生を繋ぐことのみを考えるようになった。

 いつしか正常な思考も捨て去り、ただ反射的に食事を貪り眠りにつくというルーチンを繰り返していた。

 

 この日もぞんざいに渡される最低限の食事を飲み込み、後は眠るだけというその時。

 

 光が視界に飛び込んだ。

 それは看守の持つランタンの光で、眠りを妨げられたクックルは感情の読み取り難い瞳で睨みつけた。

 だが看守も最早慣れたもので、鍵を取り出して鉄格子の錠へと差し込んだ。

 

 金属が外れる音がした。

 

 重い音を立てて、自分を外界から隔離していた仕切りが取り除かれる。

 

「よう。外に出る時間だぜ」

 

 その言葉を聞き、彼の脳裏に去来した感情は歓喜だったか? 否、そうではない。

 

 声をかけてきた人物を見る。

 看守の隣に立つその男の無力を強いられる自分を見下すような視線は看守たちのそれと同じだが、服装はそうではない。

 上質な素材で仕立て上げられ、財力を誇示するような装飾の施された服装は、彼が憎んでやまない己を殺し合いの見世物にした傲慢な権力者のそれだ。

 

 思考が巡る。

 

 この男は己を解放しに来たのではない。

 かつて己を隷属させた傲慢な貴族どもと同じだ。

 

 それを男の視線から読み取った瞬間、彼の思考は瞬間的な怒りで満たされた。

 

「――――!!」

 

 鋭い目は血走り、衰弱した声にならない怒号を張り上げる。

 自らを拘束する鎖がじゃらじゃらと音を立てる。

 筋肉も痩せ細えているだろうに、その膂力はまるで衰えてないように見えた。

 

「おうおう。鳥らしくうるさい奴だな。まあ、そんなになってもうるさく鳴くだけの元気はあって何よりだ。おい、こいつを眠らせろ」

「は、はい」

 

 金髪の男の指示に従い、子分の二人が牢屋へと入る。

 流石にこの剣幕を見て萎縮せずにはいられず、彼らはクックルにおっかなびっくりといった様子で近づく。

 

「抵抗しても無駄なんです!」

「大人しくしていれば外に出られます」

 

 繋がれながらも暴れ回るクックルの一撃を受けないようにしながら目の大きな男が注意を引き、その隙に細目で小柄な男が注射器を取り出して鳥人の太い首筋に突き刺した。

 

「――!! ――! ……」

 

 クックルの首筋に鋭い痛みが走る。それに対する怒りを出す前に、彼の衰弱した意識はまどろみの中へと沈んでいった。

 金髪の男は満足したように頷き、続く指示を出した。

 

「よし、こいつを運び出すぞ」

「しかしマクスウェルさん。これは何なんです。僕にはこんなやつを牢屋から出して使い物になるのかわかんないんです」

「何言ってるんですかビロード。こいつはマクスウェルさんの研究の実験台にすると言っていたではないですか。私にはわかってますよ」

「そんなことは僕もわかってます! わかんないのはなんでこんなおっかないニワトリモドキを選んだのかってことなんです」

 

 目の大きなベルベットが嗜めるも、ビロードと呼ばれた細目の男が自分たちのリーダー格にあたる金髪の男――マクスウェルへとクックルを持ち出す事への疑問を口にする。

 

 優秀なハグレを次の実験台にする。

 そう聞かされてはいたが、彼の目にはこれが衰弱して狂った鳥人にしか見えなかった。

 確かにベルベットもそのことには懐疑的な感情を抱いてはいたが、マクスウェルのことだから何か考えがあるのだろうと特に追及する気はなかった。

 

 ビロードの疑問にマクスウェルは鼻を鳴らす。

 自己顕示欲の強い彼にとってその疑問はむしろ好ましく、取り巻きたちに自慢するようにマクスウェルは言った。

 

「問題ないさ。確かにこいつは弱っているけど、僕の研究成果があれば昔以上に強くできる」

「でもそれだと反逆されないですか?」

 

 先ほどの様子を見る限り、力を取り戻せば喜々として自分達に襲い掛かるだろうと言う事は想像がつく。

 そんなビロードの心配をマクスウェルは否定する。

 

「なあに、こいつに求めてるのは力だけだ。おっかないことを考えないようにいい夢を見続けてもらえばいいだけだよ。そういう薬物の知識は得意だろう?」

「ま、まあそれなら……」

 

 自分の力が必要だとされたことで子分はそれ以上の疑問を口にすることなくクックルの搬送準備に取り掛かる。

 

 自らの的確な采配のもと、自分の望む手駒が増えていくことに彼はほくそ笑んだ。

 

「くくっ、今に見てろよシノブ。お前たちですら敵わない相手を今に連れて行ってやるからな」

 

 マクスウェルの笑いが監獄に木霊する。

 

 魔導の巨人を打ち負かすと言う妄執が、今まさに大きな力を手にした。

 

 僅かに予兆を知る者はいたものの、その可能性を重視する者はおらず。

 

 それが、帝都を揺るがす事件を引き起こすことになるとは、まだ誰も知らなかった。

 

*1
言ってない気もするけど似たようなことはいつも言ってる




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