『帝都・一日目』
各々が不在の間に店舗をどうするかを決め終わり、そのための準備に取り掛かっていた。
その中でも、特に固定の店舗を持っていないルークはと言えば、ヘルラージュの手伝いをしていた。
人造人間工房という名のぬいぐるみ店は、製品の供給をヘル一人に依存していることと、需要が他店舗と比較して低いことなどを鑑みて、臨時休業と相成ったからだ。
ルークからすれば雑用はお手の物で、てきぱきと店閉めの準備が進んでいく。
『closed』の看板を店前にかけ、ルークは帝都に思いを馳せる。
「しかし終戦記念日とは、もうそんな時期だったか。帝都にもしばらく行ってなかったな。ヘルさんはどうです?」
「私は初めてですわ……」
「うちは歴史ある家系とは言っても精々田舎でちょっと大きいぐらいだったものね」
未だ見ぬ帝都に足を踏み入れることにヘルは内心落ち着かず、姉もまた大陸一の都会に対しての好奇心を隠せない。
「ルーク君は帝都出身でしたわね。ときどき帰っていたりしたんですか?」
「俺に里帰りとか性に合いませんよ。ま、この時期になると屋台やフリマの許可が出るもんでね、俺たちもいつも稼がせてもらってたのさ」
昔の仲間たちと帝都でも一波乱巻き起こした記憶がルークの脳裏に蘇る。
最早戻ってくることのないだろうあの日々を懐かしみつつも、それが今の大切な人との輝かしき日々に繋がっていることにルークは誇らしく思っていた。
「へえ、色々詳しそうじゃない」
「ルーク君がいるなら迷ったりする心配はなさそうですわね」
「それじゃあ俺が案内してやりますよ。路地裏のうまい店から足を踏み入れたらいけないやばい場所まで、どこでも連れてってやりますよ」
「あ、安全なところだけお願いするわね?」
◇
二日後。
ハグレ王国一同は、帝都へと旅立った。
王国民総出ということで、途中の馬車駅までパンドラゲートを繋げ、後は馬車を用いて帝都まで行く。丁度朝に出発して昼前に着く計算だ。
事前に下調べを行ったことが功を奏し、突然の魔物との戦闘や帝都街道地帯で悪名高き装甲十字軍に遭遇するなどのアクシデントを回避し、彼らは無事に帝都へと足を踏み入れていた。
城壁の門をくぐり、彼らの目に飛び込んで来た光景。
大通りに立ち並ぶ店舗は行き交う大勢の人々で賑わっている。
遠目には聖十字教の荘厳な教会が見え、さらにその奥にはまた城壁があり、隔てられた先にはこの帝都を睥睨する宮殿が聳え立っていた。
「ほんごーっ!?」
「こ、こんなに人がいるんですの!?」
「話には聞いていたけど、実際に見るとすごいわね……」
デーリッチの上品とは言い難い叫びを始めとして、驚愕の声を漏らす王国民たち。
「驚いたか? これが帝都さ」
「いや、特にあんたは何もしてないでしょうが」
そんな彼らの様子を見て、悪戯が成功した悪童のような笑みを浮かべるルークにエステルが突っ込みを入れる。
「ま、話は歩きながらでもできるよね。それじゃあ、協会まで案内するわ」
「つってもここからでも見えてるあのデカい建物だけどな。俺は行ったことねえけど」
エステルの引率で帝都を歩くハグレ王国。
興味津々で周囲を見回す王国民に、遠巻きな視線が集まる。
「なんだあいつら……?」
「ハグレがあんなに大勢……例のサーカス団か? ほら、式典の後でショーをやる」
「それにしては様子が変じゃないか?」
「なあ、あのピンクの女の子どっかで見たことないか?」
「しかしでっけーなあの妖精みたいなの」
「あれは噂のハグレ王国だよ」
「ママ見て、うしさん!」
様々な種族に加えて大小の差も激しい彼らがぞろぞろ歩くという光景は非常に目立ち、道中の通行人の目を余さず引きつけていた。
「んー、あんまり変わってねえかな」
「そこまで様変わりすることもないわよね。ちょっとぐらい変わっててもいいけど」
「私にはどれも目新しく見えますわね」
「かんらかんら! やはりどの国も首都は華やかでよいのう!」
「ハオ、帝都はいつ来ても賑やかで楽しいよ!」
「いつも言っておるが、あまり騒ぐでないぞ」
「やれやれ、ここも相変わらず騒がしいな」
「賑やかさならうちの拠点のほうも負けてないとは思うけどね。そうだろアルフレッド?」
「確かに、静かとは無縁だよね」
「何、いつも私の鉄を打つ音がうるさいって?」
「言ってないよ!?」
「ヘル、一人で勝手に離れて迷子にならないでよ」
「もうお姉ちゃん、ルーク君と一緒だから大丈夫よ」
「そういう問題?」
「色んなお店がありますねー」
「お、あそこの妖精うちのやつじゃないか?」
「皆頑張ってますねえ。お、あそこのお姉さん中々のセクシー度……!」
「私、帝都の美味しいパン屋さんを知ってるのよ。ベル君もどう?」
「クウェウリさん、私もお供していいですか!?」
「かーっ、いいなベルのやつ! だがおれも負けちゃいねえぜ。見ろよ、皆が俺の筋肉に見とれてるだろ!?」
「あー、脂が乗ってうまそうだもんな」
「だから食肉じゃねえよ!」
帝都に来たことのある者達は平然と談笑し、初見の者は都会の喧騒に圧倒されながらも好き勝手に感想をくっちゃべる。
あらゆる要素を内包する都であっても、彼らの賑やかさは決して負けていなかった。
そんな珍道中は、ちょうどエステルが足を止めたことで終わりを迎える。
「じゃーん!ここが召喚士協会さ!!」
彼女達の目の前に広がる巨大な建物。
帝都に入った当初から顔を覗かせていたが、いざこうして目の当たりにすると迫力も段違いで、誰からともなく「ほわあ……」という声が漏れていた。
「おや、意外とお早い到着ですね」
「メニャーニャ! 出迎えてくれるとは嬉しいわね」
玄関の前から歩いて来た後輩を見て、エステルは顔を綻ばせる。
「一応私、アルカナさんの名代ですからね。これぐらいのことはしますよ」
「そうそう、先生とシノブはどこよ?」
最近顔を会わせていない二人の所在をエステルは訪ねた。
「ああ、そうですね――」
「先生は城下区域に行ってるわ。昼頃には戻ってくるはずよ」
後ろからかけられた声にメニャーニャが振りむくと、シノブが足早に近づいてきていた。
「噂をすればのシノブがお出ましだ」
「変なあだ名みたいな言い方やめてもらえる?」
エステルのやけに変な言いぶりにシノブもつい反射的に反論する。
「えー、二つ名みたいでかっこいいじゃん」
「それならエステルは身も蓋もないとかが二つ名になりそうね」
「どういう意味だよっ!」
「あるいは虎の尾を踏む、とかじゃないですか?」
「失礼なっ!?」
「あら良いわねメニャーニャ、それ採用するわ」
「ちっともよくねえ!」
そんな軽口のやり取りもつかの間、メニャーニャはすぐに本題を思い出した。
「おっといけない。こんなところで無駄話をしている場合じゃないですね。さて皆さま、帝都までの長旅お疲れ様でした。それだけの荷物を引っ提げてお話というのも酷でしょう。一度宿に案内しますから、そこで荷物を降ろしましょうか」
◇
一同が案内された宿は、旅行者向けということもあって中々グレードの高い部屋だった。
少なくとも、ルークがこれまでに利用してきた宿の中でも上位を争うぐらいには良いもので、彼はこの時点で中々に満足していた。
ルークがあてがわれたのは一人部屋。ハグレ王国は男性が圧倒的少数なのが、こういう時は利点になる。
王国だと相部屋なので、時折一人が恋しくなるのだった。
部屋の隅に旅行鞄を適当に置いて部屋を出る。そのまま隣の部屋の前に移動すると、間もなくしてラージュ姉妹が出てきた。
「あら、ルーク君ったらお早い。待たせちゃったかしら?」
「いや、そんなに変わりませんよ」
三人はそのまま宿の玄関へと向かう。
そして全員が集合した後、メニャーニャによる商業区の大雑把な案内が行われる。
「大通りを北に行けばフリーマーケットが、西に向かえばレストラン街、東には我ら召喚士協会の本部があります。とはいえ、今はどこでも大賑わいですけどね」
メニャーニャの説明通り、今の帝都はどこもかしこもお祭り騒ぎで、見どころには困らない有様で、先ほど通った時に見ただけでも王国の面々からすれば気になる場所で一杯だ。
しかし、彼らにはそれよりも優先しなければならない事柄があった。
「皆さん観光したい気持ちで一杯でしょうが、その前に少しお時間をいただけないでしょうか」
「ああ、例の件ですか」
「はい。貴方がたへの詳しい依頼についてはクラウン特務召喚士より直々に話されます。ちょうど今帰ってきたところなので、向かうとしましょう」
もとよりそのつもりであったため、特に不満の声が挙がることもなく一行は再び召喚士協会へと足を運ぶのだった。
◇
召喚士協会の内装は取り立てて言うべきところはなく、ごく普通の事業所であった。
強いて他と異なる点を挙げるならば、行き交う協会員は皆魔術師や学者の服装をしていると言った点だろう。それも召喚士という職業の人間が集まる場であると考えれば、至極普通の光景だ。
しかし、慣れ親しんだはずのエステルにとって、ここの光景は少々見慣れないものへと変わっていた。
「すげえ、どこもかしこも資料と機材まみれだ……」
「エステル、そこに驚くの……? まあ無理もないだろうけど」
嘆かわしい話だが、エステルが知っている召喚士協会というものはお世辞にも立派な研究機関とは言い難かった。
貴族あがりの召喚士が幅を利かせていた時は、組織の現状維持と自らの権力拡大に腐心する者ばかりで、純粋に研究に打ち込む者は少数派だった。召喚士らしい振る舞いなど、問題を起こしたハグレを取り締まるか、ハグレから特許を奪った技術の解析など、控え目に言ってろくでもないものだった。アルカナの研究室の面々の他には、あのマクスウェルも勤勉であったほうだと言えば、当時の残念ぶりが伝わるはずだ。
それに比べれば、今の協会の様子はまるで別物だ。
話に聞いていたとはいえ、かつての居場所のあまりの変貌っぷりにエステルは開いた口が塞がらなかった。
シノブは親友が古巣に対する感想の方向が若干的外れなことに呆れるも、旧体制のひどさは自分が身を以って知っているので苦笑いするしかない。
「貴族のクソどもが軒並みしょっ引かれていったと言うのはありますがね、アルカナさんが方々に募集をかけたら研究費にどん詰まってる人とかが集まってきたんですよ。純正の召喚士が何人いるかっていう質問は厳禁でお願いします」
メニャーニャの言うとおり、現在の協会員の構成比率は召喚士とそれ以外の学者で6:4といった具合だ。外部から来た研究者たちも、召喚術についての基礎知識を学んでいるが、もっぱら古代技術や召喚人解放戦線との戦いで鹵獲した魔導兵器の解析に回っている。
だが、アルカナが考えていた帰還計画の内容からすれば、おそらくこれで問題ないのだろう。召喚術の原理自体が古代人のテクノロジー由来なのだから、古代技術の知識を持っている者は際限なく引き入れて損はない。
「うーむ、前の居場所だったと言うのにこのアウェー感……」
「すみませーん、どいてくださーい」
「……ん? ねえ、ちょっと待って」
そんな状況だから、前方から大量の資料を抱えてきた召喚士の姿を見てエステルはつい呼び止めてしまった。
「はい? ……って、エステル先輩!?」
「おおっ、やっぱりフリージアだ!」
「本当にエステル先輩だ!? お久しぶりです、お元気でしたか!?」
「私はどこでも元気よ、いやー、やっと見知った顔に会えてよかったわ。どこもかしこも知らない顔ばかりで肩身が狭いのなんの」
呼び止められた召喚士も、エステルの顔を認めるや否や素直に再会を喜んだ。
「あはは……元々私たちの世代は少なかったですからね」
フリージアは数少ない以前からの協会員として、当時からの人材不足から脱却した現状に少々戸惑いながらも順応しているようだ。
馴染みの顔ぶれをようやく見かけることができ、エステルはここがちゃんと昔の召喚士協会と同じなのだと理解できた。
「おっといけない。私はこれを第二研究室に運ばないと。それでは失礼します」
「お、おう。頑張りなよ」
そのままフリージアは足早に去って行ってしまった。
再会を懐かしむ時間すらないことに、エステルは自分だけ取り残されたような感覚に陥っていた。
「い、行っちゃった」
「彼女含めて、先輩の知ってる顔は十人ぐらいしか残ってませんよ」
「むしろ十人も残ってることが奇跡よね……」
「そんなにひどかったのかよここ」
あまりにあんまりな事情に思わずルークが突っ込んだ。
「ま、組織としてまともなら結果オーライよね」
「そういうことにしておいてください。さて、世間話に興じている間に着きましたよ。……もしもし、アルカナさんはいますか」
会議室の扉をメニャーニャはノックした。
「メニャーニャか。入っていいよ」
「失礼します。では皆さん、こちらへ」
メニャーニャに勧められ、一同は中へと入る。
「やあやあ諸君、長旅ご苦労だった」
会議室の上座には老人が座っており、その隣にはアルカナがこちらに向けて手を振っていた。
「紹介いたしましょう。我ら召喚士協会のトップであるウォレッシュ協会長です。協会長、彼女らがこの度協力体制を結ぶハグレ王国の方々になります」
「わしが協会長のウォレッシュである。……まあ、こやつのためのお飾りだがの」
協会長は一瞬だけふんぞり返ったものの、すぐに肩を竦め、腰を深く椅子に沈めた。
「おいおい。仮にもトップなんだからもちっとちゃんとしてくれよ」
「ふん。お主が好き勝手するために据えられたわしになんの威厳がある」
「私を顎で使えると言う特権がある」
「どの口が言うか」
「「はっはっは」」
妙齢の女性と老人が軽口を叩き合う光景は一見奇妙ながらもどこかしっくりきていた。
「さて、わしの役目は終わったから退室させてもらうぞ」
「え、協会長出てくんですか」
「書類仕事が溜まっておるからの」
さっぱりと言い切って協会長は退出した。
「さて、それじゃあ話を始めようか」
その場に集った全員を着席させ、アルカナはさっきまで協会長のいた席で話を切り出した。
「まずは帝都にようこそ。ここまでの僅かな時間でも帝都を見たならば、実際に観光したい欲が湧いている者は多いはずだ。それを考慮したうえで、君達には仕事を依頼したいんだ。無論報酬に糸目はつけず、私の資産からいくらかの宝物も贈呈しよう」
「やっぱり観光が目的じゃないんですね」
「いや。君達には存分に帝都を堪能してもらって構わない。ただこの時期羽目を外す輩が多く出てくるから、そいつらを見かけたら大人しくさせてほしいだけだよ」
「つまり治安維持ですか?」
「平たく言うとね」
アルカナが言うには、治安維持活動を通じて帝都の人々からの好感度を稼ぐことでハグレ王国の存在が帝都に受け入れられやすくなる、とのことらしい。
「それは構わないが、他国の人間を治安維持に関わらせると言うのは信用として大丈夫なのか?」
「元々この時期は衛兵の数が足りないから臨時で募集がかかるんですよ。その枠に皆さんを入れるだけなので、あまり角は立たないかと」
ジュリアの疑問にメニャーニャが答えた。
「ま、気軽に楽しんでいってくれればいいよ。噂のハグレ王国が巡回していると知れれば、そう表立ってよからぬ真似をする輩は出てこないでしょう。
――まあ、ここまでが対外的な理由な訳だが」
アルカナの纏う雰囲気が変化する。
会議室の空気が一気に張りつめ、ようやくの本題に一同は息を呑んだ。
「私は三日前、大臣からの召集を受けて王宮に出向いた。そこで毎年行っている占いを指導させてもらったのだがね……これが少々、いやかなり良くない結果になった」
「良くない結果……まさか、何らかの災害でも起こるんですか?」
「近いね。もっと食い込んだ話をすれば、式典の日に前後してやんごとなき身分のお方に凶事が起こりうるという話だ」
その言葉を聞き、一同に戦慄が走る。
よりにもよって王族がらみの話題とくれば、事の重大さは想像を絶する。
アルカナは全員が真剣な表情で聞いていることを確認してから続けた。
「それ自体は割といつもの事だ……。だが問題はその数でね。普段は多くて五つぐらいなんだが――、今年に限っては二十個も出てきやがった」
「に、にじゅう!?」
「いやいやいや多すぎだろ!?」
エステルやルークが思わず突っ込みを入れた。
さらりととんでもないことを言ってくれる。
他の者も口には出さないが概ね同じ意見だろう。
つまるところ、アルカナはテロリスト達へのけん制としてハグレ王国を用いたいのだ。
並大抵の賊程度なら難なく追い払えるデーリッチ達の実力を鑑みれば、これ以上ない仕事ではあるだろう。
それはそれで良いとして、この依頼にはそもそもの疑問が発生する。
国の脅威に対処すると言う点で言えば、よそ者のハグレ王国よりももっと適任な存在がいるだろう。
「というかそう言うのって騎士団の仕事じゃないの!?」
「そりゃあ、いつもは騎士団が警備しているに決まってるさ。ただ今年は単純に人手が足りないのよ」
曰く、騎士団は市街地の哨戒よりも城下区域の警護に多くの人員が割かれているとのこと。
現在は召喚人解放軍によるテロ活動の被害も散見されている。そんな状態で市街の警備は大丈夫なのかと、当然ながらアルカナは騎士団長に進言したのだが……
『とは言われましてもな。ヒルベイン卿が城下区の護りをより重点的にせよと仰せまして、陛下もシャルル皇太子が心配なようでこれをご承認なさった。というわけでそちらに割けるのは50人が限度になる。城下から正門までの大通りは配備できるだろうから、それ以外は臨時雇いの巡視に任せておけばいいだろう。それにほら、最近はハグレ王国とかいう凄腕の傭兵団がいると聞いた。報告書によれば先のサハギン族の大量侵攻も食い止めたとかいうではないか。召喚士協会は仲が良いのだから、心配ならその連中を雇ってみてはいかがか』
「貴方もハグレの境遇に頭を悩ましているのだから、ここでイメージアップを計るよい機会だろう……なんて言いやがったのさ」
「うわあ」
あまりにもあんまりな采配に、思わずと言ったようにルークは感嘆した。
「てか何、そんなに騎士団って人員不足なの?」
「いや十年前は正規軍も倍はいたんだよ? でもここ近年は国同士の戦いもないし、冒険者や傭兵が即席の戦力になるからって理由で軍備はコストカットしまくり。その堂々巡りってわけ」
「うわあ」
本日二度目の驚きが誰からともなく発せられた。
おそらく放っておいても帝国の未来は明るくないだろう。
いつだかエルフの女王が斜陽だの夕暮れだのと帝国を揶揄していたが、それも間違いではないのだ。
「ええとその、さっき名前が出たヒルベイン卿って誰なの?」
「ジャスティス・ヒルベイン。騎士団に多額の寄付を行っている公爵様さ。十年以上前から軍事政策を重視している議員で、ハグレを軍事投入して諸外国への抑止力にすることを強く推していた男だ。これのせいで軍務大臣は実質こいつのいいなりで、さらに言えば次期軍務大臣のポストも狙ってるって話だ」
「また強烈な相手が出てきたな」
「どうも最近こいつの動きが怪しくてね……。
アルカナが多分に私怨の混ざった愚痴を吐き出す。
「まあその件に関してはこっちの政治の話だからあまり気にしなくていい。問題は騎士団の目の届かない場所で何が起こるかってことなんだ」
「まあ、十中八九テロリストどもが準備を進めるのでしょうね」
「祭りなんざ、裏で陰謀を巡らすには格好の機会だもんな」
民衆がはしゃぎ、街全体が浮ついた雰囲気となる祭りは、社会が光で満ちると同時に裏路地の闇はいっそうと濃くなっていく。
その闇から人々は目を逸らす。それが自分達を脅かすかもしれないと言う不安を忘れ去り、一時の幸福で満たされようとする。
それはより大きな混乱を求める者達からすればこれ以上はない好機であり、平穏を望む者からすれば致命的な隙となる。
ゆえに、彼らはそれを見逃さないだろう。
だからこそ、アルカナはそれを見過ごすわけにはいかない。
この世界を変える一筋の希望を絶やさないために、彼女は持てる手を尽くし、あらゆるものを利用する。
「君達に頼みたいのは、式典までの三日間、帝都内でよからぬ動きがないかを探ってもらいたい。十中八九解放軍は街中に潜んでいて、三日後の式典、王族が参列した時を絶好の機会として事を起こすはずだ。そうなる前に、出来る限りの対処はしておきたい」
「……分かりました」
その真摯な申し出をローズマリーは受け入れた。
周囲を見ても反対意見はない。
もとより何らかの戦闘が発生する可能性は考えていたし、それこそ召喚人解放戦線が帝都に襲撃をかけてくるなんてのは話し合いの中でも話題に上がっていたことだ。
仮に襲撃があるとして、事態が大きくなり、帝都の人々に被害が及ぶ前に対処できるというのなら、それに越したことは無い。
街中というハグレ王国にとっては多少不慣れな戦場ではあるが、個人として見れば彼らは社会の荒波に揉まれて生きてきた世渡り名人。ある意味、これもまた得意な戦場なのだ。
アルカナは満足したように頷き、纏う雰囲気を柔らかにして言った。
「ま、しらみつぶしに回って全部を見つけるとかまず無理だし、観光がてら治安維持に手を貸してくれるぐらいで全然オッケーだから」
「いやいや……流石に依頼となると手は抜けませんよ」
「まあ、一番重要なのは式典当日ですね。貴方達も出席する当日に襲撃があった場合は全力でこれを迎撃する必要があるので、戦力は温存しておきたいわけですね」
「ややこしいでちねぇ」
「ま、わしらがいること自体が賊どもへの牽制になるじゃろうて」
「あるいは馬鹿どもが炙りだされるかデスねー」
「それで、二十って言ってたけど具体的にどれくらいなんですか?」
ルークが占いに出た凶星について尋ねる。
アルカナの口ぶりからするにこの二十とは人数ではなく
「それは不明だが、どういう奴らが関わっているのかは出来る限りヴィオが調べてきた。
『サバト・クラブ』、『丑三つ時処刑互助会』、『暗殺ギルド「業」』、『ギガース山賊団』、『装甲十字軍』、『始末屋ノック』、『
どれもこれも、世間では悪名高い組織または犯罪者たち。
錚々たる面々に、挙げられた名前をいくつか知る者は顔をしかめた。
「昨日の時点で、帝都に侵入、あるいは周辺への潜伏が判明している非合法組織は以上の通りだ。これ以外にもフリーの暗殺者やら盗賊団が紛れ込んでいる可能性は高い」
「まるで犯罪組織のバイキングだな」
「それ全部アプリコさんやマクスウェルの手引きか?」
「それは不明だが、ここ数日は商人の出入りが激しい。いかに検問を厳しくしているとは言え、この中に刺客を紛れ込ませるのは決して難しくないだろうな」
「あるいは意図的に緩くしているかですね。多分ですが、何人かの貴族はあちら側と通じてます」
この国は規模こそ長大だが、その分敵も多い。
明確に帝国を攻撃する外の敵とは別に、利権目当てに小賢しく立ち回る内側の敵も存在し、こちらのほうが厄介とまで言える。そしてこれらの大抵は外の脅威と結びついていることが往々にしてある。
今回もまた、ハグレ由来の技術による利益や国政の混乱を機に要人暗殺と権力拡大を狙う輩がテロ組織と通じている可能性は高いとアルカナは睨んでいた。
「それと、私はしばらく城下区域での会議とかでここを離れてしまう。この三日間の監督役はメニャーニャに任せ、シノブをその補佐に着ける」
「そういうわけですので、みなさんよろしくお願いします」
「いつもはメニャーニャが助手だったからなんだか新鮮ね」
大役だなと緊張の走るメニャーニャとは対照的に、シノブは嬉しそうに微笑んでいた。
「それじゃあ、私たちもどこを見て回るかの編成をしようか」
ローズマリーが
「すみません。それなんですけども、一部のメンバーについての指定はこっちで決めさせてもらえませんか」
「え、構いませんがどうして?」
「商業区以外にハグレが入るのはちょっと悪目立ちしますからね」
「え、居住区とかも見て回るの?」
「むしろそっちに潜んでると私は睨んでるね」
当たり前ですよ? とメニャーニャがエステルに怪訝な視線を向ける。
「そういうわけですのでエステル先輩に、ジュリアさん、ルークさん、ヘルラージュさん、ミアラージュさんの五名は居住区と工業区も見て回ってもらいたいわけです」
見事に帝国人ばかりの選出だ。
「ジュリア殿は人脈が広い点を考慮して、様々な点から情報を集めてもらいたいと思って選ばせてもらった」
「人探しはあまり得意じゃないんだがね。まあ、任されたからには全力で挑むさ」
「エステルとルーク君については、いわずとも分かるだろ」
「おいおい、ヘルとミアさんは帝都初心者ですよ?」
「確かにそうだが、エステルとルーク君だけだと、ほら、あれじゃん。絶対喧嘩する」
「あー、わかります」
この幼馴染二人が些細なことで喧嘩に発展するのは王国民にとって周知の事実なので同意しかなかった。
「私を何だと思ってるのよ」
「俺も流石に仕事中まで私情は持ち込みませんよ」
「それにだ、仮にドンパチやるにしてもエステルが街中で炎をブチかますわけにはいかないわけだし。その点ラージュ姉妹の風魔法は穏便かつ強力だ。ルーク君の用いる近接戦闘術を鑑みても、彼女達を同行させるのが最適解だと思うがね」
二人の言い訳はスルーしてアルカナが理由を並べ立てていく。
ルークとしては、ヘルの身を案じて難色を示していた。
だって怪しい勧誘とか客引きに引っ掛かりそうだし。
「だからってヘルを連れて行くのはですね……」
ルークはちらりとヘルの方を見る。
同意を求めたのだろうが、彼の予想を裏切ってヘルは近寄って腕を絡ませてきた。
「あら、ルーク君はどこでも案内してくれるって言いましたよね。もしかして嘘だったの?」
「……あっ」
「ルーク、諦めなさい」
「それじゃ決まりということでよろしく」
危険な場所も案内するという冗談が本当になった瞬間だった。
〇ヘルちん
ルークの前だとあまりヘタれないどころか積極的になる。
〇帝都
もしかしなくても:治安が悪い。
〇召喚士協会
原作だと魔法軍隊。
拙作だとマッドサイエンティストの集まり。
というわけで帝都を舞台としたシティアドベンチャーの開幕です。