ずっと存在だけ語られてた彼が登場します。
『一日目イベント・待ち人来たれり』
帝都商業区。
市民レストラン『ナイスミート』
中々の味に対して高過ぎない値段が人気なこの店は、昼過ぎであっても客が絶えない。
この双子の客もまた、そんな常連の一組だ。
「なあ、兄者」
「なんだ、弟者」
「やっぱりここのハンバーグは旨いな」
「そうだな。だが俺はエビフライのほうが好きだ」
「そうだ。実は俺もそっちにしようか迷った」
「奇遇だな。俺も肉も食べたいと思っていた」
「だからこうして二人で半分ずつ交換した」
「お互いが何も言わず相手も食べたいメニューをチョイスできる……」
「やっぱり俺たち……」
「双子だよな」
「「流石だよな、俺ら」」
はっはっは。
双子は何度やったかも分からないやり取りで笑い合う。
これもまた帝都の日常の一コマである。
だが今日の彼らの日常には、ささやかな変化があった。
「ところで兄者」
「なんだ弟者」
「あそこのテーブルにいる奴なんだが……」
「ああ、女の子を4人も同伴させてる野郎の事だな」
彼らの視線は窓へと向かう。
ガラス一枚の壁を隔てた向こう側。
通りに面したテラス席を囲むのは、四人の女性と一人の男性。
男性は洒落たスーツに身を包み、パスタをうまそうに食べている。
隣に座っている露出度の高い黒ドレスに身を包んだ女性は、時折青年からパスタを分けてもらい、反対の隣に座る小学生ぐらいの少女が、女性の口についたソースを拭っている。
そんな微笑ましい様子に時折ピンクの髪の少女が野次を飛ばしている。彼女の下にあるのは熱された鉄板の上でじゅうじゅうと音を上げるハンバーグ。
赤い髪の女性は切り分けたステーキを口に運んでいる。横にある山盛りのサラダと、大盛りのライス。スープのセットに加えて大盛りカルボナーラ。明らかに彼女だけ食べる量が抜きんでている。だが決して彼女の品性を欠いてはいない。
そんな見目麗しいの女性たちの仲睦まじい食事風景。
控え目に言って、天国のような光景だろう。
男が一人、その中にいなければの話だが。
「あの野郎。あんなかわい子ちゃんたちと一緒の卓囲みやがって……」
「それに対して俺たちは野郎二人……」
兄者が羨望と怒りの目線を男に向ける。
弟者は逆に自分達の現状と比較して落ち込んでいた。
そこに、兄者が優しく肩を叩いた。
「それ以上言うな。むさいのは俺だって分かってる。だが、俺たちにはそんなものよりもっとかけがえのないものがあるじゃないか……!」
肉親という唯一無二の関係。しかも双子。
その価値を生まれてからずっと知っている兄者は弟者を励ました。
「……兄者!」
「弟者!」
「モテなくても、俺たちの絆は不変だよな!」
「ああそうだ! 兄弟は仲良くあるべきだよな!」
「それじゃあ男同士、今夜は焼肉食いに行こうぜ!」
「あ、すまん。夜はこの前ナンパした女の子との約束あるから行けねえわ」
「……何だと?」
双子の絆は、いともあっさり崩れた。
◇
「……それで、次はどうするの? 」
食事も食べ終わり、コーヒーに口をつけながらミアラージュは次の行動について話題を切り出した。
ジュリアはこれまでに得られた情報を頭の中へ整理する。
「これまでの噂話を確かめに行くか、マクスウェルについてを調べるか、だな」
解放軍に関与している可能性の高いマクスウェルが帝都に潜伏していることは判明した。《サバト・クラブ》と何かの取引をしていたことから、恐らくは帝都で何かを企んでいるのだろう。
「あいつらの話だとどこかに物資を運ぶつもりだったようだし、そこを突きとめて先回りすれば待ち伏せできない?」
「そう単純に行くかしら。もしかしたら襲撃を受けたことに気が付いて場所を変えてたりするかも……」
「ヘルの言うことも一理あるわね。ルーク、あんたはどう思う?」
エステルはマクスウェルを一刻も早くとっちめたいようだが、ヘルはそう簡単にはいかないだろうと指摘する。秘密結社は一度取引現場の襲撃に成功しているが、あれはほとんどホーム化していた次元の塔だからできた奇襲だ。不慣れな帝都で同じことができるとは考えておらず、慎重な手段を考えていた。
ミアラージュも同意を見せ、副官に意見を尋ねた。
「噂話を当たった方がいいと思いますよ。呪術師どもの話を聞いてた限り、アルカナさんが挙げてた名前の連中が全員グルの可能性がある。噂話もそいつらのことだと考えれば、先にこっちを片付けておきてえ」
「確かに、殺人犯とやらも放ってはおけないな」
ジュリアも同意を示す。
「こういうのは手あたり次第に対処していけばいずれたどり着くもんだよ。リストに乗ってた奴の誰かが知ってるかもしれないしな」
経験則に基づいたルークの提案。
いきなり核心に迫るのではなく順序が大事だという彼の言葉は、同じく地道な手順を何よりも重視する研究者というエステルの価値観にそぐうものだった。
「ま、現実的に考えてそうよね。」
「おや意外だな。君の事だからもう少し食い下がるかと思ったが」
「確かにあいつを野放しにはしたくないけど、私たちだけが動いているわけじゃないしね。今夜あたり、メニャーニャがあの魔術師たちから何か情報を聞き出してくるんじゃないかしら」
「お、尋問か?」
ルークが意地の悪い顔で茶化す。
「人聞きの悪い事言うなよ。ただの事情聴取よ……たぶん」
「いやそこは断言しろよ」
「だってメニャーニャよ? 情報を吐かなきゃ新薬の実験台か発明した兵器の的にするぐらいはしそうだもの」
エステルの脳内には電光を纏いながら、怪しげな装置片手に迫る後輩の姿がありありと映し出されていた。
『ふふふふ……せ、ん、ぱ、ぁ、い♡』
あれ、何で自分が実験台になってんだ?
不穏な予感がしたエステルはぶんぶんと首を振ってその物騒な想像を振り払った。
「ピンク、それ本人の前で言うんじゃねえぞ?」
「まっさかー。冗談に決まってるでしょ」
だが先ほどのビジョンが頭から離れないエステルだった。
「嘘から出た誠って知ってるか?」
などと軽口を交わしつつ、作戦会議を進めていく。
そんな時であった。
「もし、そこのお嬢さんがた」
「……え、私たち?」
「ええそうです。ちょっとお聞きしたいことがありましてね」
声のする方を向けば、そこには一人の青年が立っていた。
和国特有の着流しの下には大陸で馴染みの洋服。背には編み笠と布に包まれた長物。髪型も和国の侍の証の髷ではなく後ろ髪を軽く結んだだけ。人当たりのよい好青年といった見た目だ。
「あら、お兄さん何か用かしら?」
「ええ。実は人を探していまして。ちょうどこの辺りで待ち合わせの予定だったのですが……」
「まあそうなんですか。どんな見た目だったりしますの?」
優し気な口調の青年に、ヘルラージュも自然体で接する。
ルークは無言……いやかなり胡乱な目つきで青年をじっと見ていた。
「私の探している人なのですが、まず茶髪をしています」
「うんうん」
「そして目つきの悪い三白眼。」
「なるほどなるほど……あれ?」
「そうですね。ちょうどそこに座っている彼みたいな顔ですよ。まあ、ルークは冒険者ですからそのような仕立ての良い服を買う甲斐性はない筈です。軽装で身を包んでいるでしょうから、すぐに分かりますよ」
「あの……ちょっと?」
男の言っていることがおかしい。というか目的の人物をヘルラージュは良く知っている。というかすぐそばにいる。そのことを指摘しようとしたヘルだが、和装の男は気にせずに話を続ける。
「まあ彼はその辺をほっつき歩いているだけでしょうからいずれ見つかるでしょう。それよりお嬢さん、この後の予定などは? なければぜひ私と少し話でもしましょう」
誰がどう聞いても完全にナンパのセリフを言い始めた男に、ヘルは反論する隙が見いだせない。ミアラージュたちもいきなり現れた男の畳みかけるような行動に理解が追い付いておらず、そこに今まで黙っていたルークが遮るように口を開いた。
「あー、ちょっといいかな?」
「おおっと、連れ添いの方がいましたか。これは失敬」
「ちょうど俺も人を探してたところだから一つ聞きたいことがある」
「はい、何でしょう?」
「
「おやおや。そんな不届き者がいるのですか、それは放ってはおけませんね」
「ああそうだ。……それで、なに人の女を勝手に口説いてんだ? なあ薙彦サン?」
「嫌ですねえルーク。この程度軽い挨拶じゃないですか」
「ハッ、女を転々としている奴なら確かに挨拶感覚で口説くわな。だが今のは見過ごせねえぞ。俺がいるのわかっててわざとヘルにコナかけただろ」
「まあそうですねえ。無駄に理想の高い貴方が見つけた相手とあっては、どれほどできた女性なのかと思ってつい声をかけざるをえなかったというか。ほんと、貴方がこんな女性とお近づきになっているとは思いもしませんでした」
「うるせえよ。……久しぶりだな薙彦」
「ええ。ルークもお変わりなく」
嫌味と軽口の応酬を終え、二人は拳同士をつき合わせた。
彼の名は
和国から大陸まで渡り、大阪人であるエルヴィス大徳寺と意気投合し、3年前までは《ナギナタボーイ》の通り名で《夜明けのトロピカル.com》の一員だった薙刀使いの青年。彼こそが、ルークに手紙を寄越した張本人であった。
「というわけでみんな、こいつが薙彦だ。お前も座れ、そこ空いてるから」
ルークは自分達のいる六人席で唯一空いている一つを指さした。
「やれやれよっこいしょ。いやあ、貴方を探して大通りを歩いていましたけど、実際に顔を見るとなかなか男の面構えになったじゃないですか。男子三日合わざればと言いますが、三年とは長いですねえ。彼岸のエルヴィスさんが見たら馬鹿笑いしますよ」
「まったくだ」
「それで、そこの女性は貴方のこれですか」
ルークの隣に座るヘルラージュを見て、薙彦は小指を立てた。
「これってお前……、まあそうだよ」
「ええ。ルーク君は私の頼れる副官ですわ」
「副官……、もしやそういう
「お前何言ってんの?」
「はは。冗談ですよ。というか貴方たちのことぐらい知ってます。秘密結社とはらしいっちゃあらしいですね」
「知ってたのか」
「案外有名ですよ。……それで、どこまでいきましたか?」
「……どこまで?」
不明瞭な問いかけにルークは聞き返す。
「いやほら、夜伽はもう済ませたのですかと」
「よ……っ!?」
「ちょっ、おま!?」
猥談をぶち込んできた薙彦にヘルラージュは赤面し、ルークは狼狽えつつ抗議の声をあげる。
これには他の3人もびっくり。
「わかりやすいですねえ。まだまだ子供という事ですか」
二人の様子から、そこまでは進展していないと判断した諸悪の根源は肩透かしを食らったように言った。
ぶっちゃけお互いが若干ヘタレなので、一線を越えられていないのだ。
「けっ、女遊びの激しいお前には分からねえよ」
「人聞きの悪いことを言わないでもらいたい。私はしっかり段階を踏んでからお嬢さんがたと交遊してますが?」
「段差を一気に駆け上がるのは清純とは言わねえ」
下劣な話題をネタにする薙彦。
この時点で、優男という初見での彼の印象は跡形も無く崩れ落ちていた。
エステルはこれまでに出会ったルークの元仲間の誰よりも変な奴が来たなと思い、ミアラージュは妹にコナをかけようとした男に警戒の目を向ける。
「まあまあ、そこまでにしておけ二人とも。特に薙彦、天下の往来であまりそういうことを口にするな」
「おや、ジュリアさんじゃないですかお久しぶりです」
「ああ、久しぶり。まさかお前がルークの仲間だったとはな」
「こちらこそ、ルークと貴方が一緒にいるとは思ってもいませんでしたよ。世界とは狭いものですね」
「おっと、二人は知り合いだったか」
「お互い、色々と有名人ですからねえ」
始末ヶ原薙彦は名うての傭兵として界隈では名が知られている。同じく傭兵のジュリアとも何度かともに仕事をした経験がある。
「やれやれ、出会い頭に口説きにかかるのは相変わらずだな」
「一期一会、という言葉が私の国にはありましてね。その場その場の出会いを大事にすると言うとても良い言葉だとは思いませんか?」
「それで女の子に会う度口説きにかかるのは違うんじゃないかな」
「可憐な女性を見かけたらその出会いを尊重しないのは、男としての不徳でしょう」
堂々と最低なことを宣言していく薙彦。
これでいて修羅場に遭遇した経験が殆どないのだから、彼の世渡りの強さが伺える。
「はは、お前と旦那は酒場でも常に女を口説いてたよな」
「エルヴィスさんですか、懐かしいですねえ。彼は彼で、中々に面白い男でした」
薙彦は目を閉じ、今はいないリーダーの顔を思い出す。
ルークが帝都を出た日、最初に着いた街でエルヴィスはルークを連れてある酒場へと赴いた。そこにいたのがアプリコとラプスだった。エルヴィスに集められた彼らと共にチーム結成を宣言するエルヴィス。そこにふらりと薙彦が現れたのだ。
和国人であるその特徴的な服装を見てあっという間に薙彦を気に入ったエルヴィスは、彼をチームに入れることを快諾した。
それは薙彦からすれば、エルヴィスは自分の国の文化に大きな理解を持つ人間として、少なくないシンパシーを感じた、とでも言うべきなのだろうか。
当時のチームを思い出して感慨にふける様子を見せる薙彦に、ルークもまた懐かしさを覚える。
「しかし、わざわざ二重に手紙を寄越しやがって。普通にバッカスで待ってればよかったじゃねえか」
「ははは。昼間からずっとあそこには居づらいんですよねえ」
時は二日ほど前までに遡る。帝都行きが決まり、薙彦が帝都に滞在していることを思い出したルークは彼に手紙を出した。自分たちがかつて利用していた
「何だお前、また借金でも作ったか?」
薙彦が酒場に居つかない理由など、大体借金がらみだろう。ルークはそう考え、実際にそれは的を射ていた。
「恥ずかしながらそんなとこです。別に取り立てを追い返すのは苦でもないんですが、連中も最近は学んだのか最近は待ち伏せとか考えてきましてね。この前なんて主人と共謀して酒に薬混ぜ込んできたんですよ。おかげで気に入りの酒場が一つ消えました。ひどくないですか?」
「むしろそこまでやって無事なほうがおかしいよ」
しれっととんでもないことを言ってのける薙彦に、心底呆れた声でルークは言った。
――その一刀は悉くを薙ぎ払う。右に立つ者許されず。一騎当千の流浪人と名高き薙彦であったが、同時に荒くれたちの間では別の意味で有名だった。金を貸せば二度と帰ってこない。取り立てれば逆に命をむしられる。どうしようもない借金大王として。
質の悪いところは、彼の実力は一流で、並大抵の取り立ては軽々と追い返してしまえることだった。
そんな彼の在り方をルークは共に過ごした数年で散々目にしていたため、全く変わっていない薙彦の様子は嬉しいというより、こいつ何も学んでねえという呆れだった。
「全くしょうがない奴だな君は。その強さをもう少し仕事で活かせばすぐに稼げるだろう?」
「傭兵なんて足元を見られるばかりですよ。そういう貴女は良い生活が出来ているみたいですね」
「私は倹約を心がけているからね」
ジュリアは苦笑した。
自分には単に浪費するような趣味がないだけなのだが、それはそれとしてこの男の金使いの粗さはアレだ。傭兵仲間には金に困窮し続けている者も多いが、彼に関してはただの散財である。
傭兵たちの命を預かることが多い身として、少々刹那的すぎる生き方のこの男に対して、一、二言物申さずにはいられないというのは人情というものだろう。
「そうですか。それにしても相変わらず美しい髪だ。また多くの修羅場を潜り抜け、多くの人を守ってきたと見えます。さぞ徳を積まれたことでしょう。そこで、ちょっとこの哀れな私に路銀を少しばかり恵んでさらに徳を積んでみるのはどうですか?」
畳みかけるような称賛を口にする薙彦。そして最後にさらっと金をせびろうとしている。彼が持つ柔らかな笑みとこのような口説き文句で、彼にときめいた女性は少なくない。
当然だがジュリアには通用しない。むしろこの流れで自分に金を無心してきたことで、言いたいことがまたもう一つ増えたほどだ。
「ははは。君は世辞が上手いなあ。……それで、二千五百ゴールドはいつ返してくれるのかな?」
ジュリアが真面目な声で言った。
どうやら、既に彼女からは金を借りていたらしい。
よりにもよってな内容に、全員が怪訝な表情で薙彦を見る。
当の本人は悪びれた様子も無く、ただ疑問に首を傾げた。
「あれ。あなたに借りたのは千ゴールドだったはずでは?」
「私の分はな。だが、お前はどうやらアルフレッドから千五百ゴールドも借りたらしいじゃないか? いくら私でも流石にこれは見過ごせないな」
「あらら。お知り合いでしたか」
「アルフレッドは気のいいやつだからあまり気にしてないと言っていたが、これは私がビシっと取り立てておくべきかもしれんな」
流石に弟分にまでたかっていたことには怒りを覚えているのか、ジュリアも普段は見ることのないほどの厳しい表情だ。
「ねえ。こいつもしかしなくても度し難い人間の屑ね?」
「そうだよ。こいつは酒と博打で金をスッてはいたるところに借金して踏み倒すクソ野郎だ」
自分たちの仲間から金を借りているという事実が次々と発覚していくこの男に対するミアラージュの率直な感想をルークは肯定した。自分の亜侠仲間がどれもこれもチンピラなのは自分が一番よく自覚している。
「仮にも昔の仲間にひどい言いようですね?」
「そう思うなら今すぐ千ゴールド返せ」
「生憎、宵越しの銭は持たない主義なので」
「それで人に金を借り続けていたら情けないよな」
「ええ。良い人たちとの出会いに恵まれるばかりです。このような人でなしには勿体ないばかりの天運と言えるでしょう」
「その無駄に回る口も相変わらずだな」
「はは。貴方には負けますよ」
ルークが皮肉を飛ばすが、この程度の舌戦では薙彦の足元にも及ばない。
ここで何を言ってもほとんど暖簾に腕押しと判断したルークは、彼にとって一番の爆弾を投下した。
「お前そんなんだからラプスに愛想尽かされたのにまだ懲りてねえのかよ」
「――」
薙彦の表情が一瞬固まった。
すぐに調子を戻したが、その額には汗が浮かんでおり、動揺しているのが目に見えて分かる。
なるほど、図星だったらしい。
「……なんでそれがバレてるんでしょうねえ。もしかして彼女と会いました?」
「ああそうさ。おまけにお前の話題を出そうとしたらだんまり決めやがった。お前何やらかした?」
「それがてんで心当たりが。立ち寄った村でいい感じの女の子に振られて宿屋に帰ってきたら、四階から窓の外に蹴りだされたんですよね」
「十中八九それが原因じゃねえか」
ルークのチームが解散した後、ラプスと薙彦は共に旅を続けていた。お互いが修行相手として最適だったと言うのもあるが、解散前からなんとなくそういう雰囲気になっていたのはルークも知っていた。ラプスの面倒見の良さは知っているのでルークも大丈夫だろうとは思っていたのだが、ここ最近になってついに堪忍袋の緒が切れたようで最後は薙彦が語るように四階から蹴り落されたという壮絶な破局だった。
ちなみに、ルークがこの事実を知ったのはつい先日ハグレ王国を訪れたラプスとの世間話の中で、つい薙彦の話題を口にしたことがきっかけだった。
『そういやよお、お前薙彦は一緒じゃねえのか? 俺と別れた時も一緒だったじゃねえか』
『あ”ぁ”?』
『おおう、予想外の反応……。何かあったのか?』
『――別に、何もねえよ。けどナギの話はするんじゃねえ。あいつがどこで何やってるかなんて知った事じゃねえ』
『おいおい。なんだそれ。お前らしくねえな』
『うるせえな。あいつの話はしたくねえんだよ』
『……もしかして喧嘩した?』
『してねえ! ……とにかく、今はあいつの名前を口にするんじゃねえ! いいな!!』
『アッハイ。わかったよ』
――と彼女にしては珍しい拗ねるような口ぶりだったのが酷く印象に残った。あの口ぶりからするに、まだ未練はあるのだろう。それはそれとして絶対に自分から仲を修復する気はないらしい。当然である。
そして未練があるのは薙彦も同じだ。普段なら女性関係の失態を指摘したところでどこ吹く風の彼がここまで狼狽するとは、よっぽどラプスの側は居心地が良かったのだろう。昔のルークならそのあたりの機微には疎かったが、今の彼ならばその気持ちを十分に理解できる。
「というかなんで生きてるの貴方?」
「こいつ暇さえあればラプスと組手やってたからな。受け身ぐらいなら眠ったままやってもおかしくねえ。薙彦、次にラプスと合ったら謝っとけよマジで?」
「いやあ、流石にあれをやられると私もまだ気持ちの整理がついていないというか……。ルーク、ちょっと間に立ってくれません?」
「生憎おれはまだ生きていたいんでお断りだ」
二人の戦いは組手ですら危険だ。互いに殺す気はなくとも手加減というものが一切ない。それがガチの喧嘩になった場合、周りに立っているだけでも被害が及びかねない。
「つれないですねえ。ところでこれは根本的な疑問ですが、そもそもとして何故私に手紙を?」
「あん? なんてことはねえよ。帝都にお前がいるって聞いたから面合わせる気になっただけだ。昔の仲間を訪ねるのに理由がいるか?」
「それは確かに。しかし、誰が私の場所を? もしやアプリコさんとも会ってます?」
「そういうこった。あの人が帝都でお前と会ったと聞いた」
「そうでしたか。いやあ、あの人もお年なのに元気ですよね。今は解放軍とやらにいるんでしょう?」
転職したみたいなノリで放たれたその言葉に一同に衝撃が走る。
この男は知己がテロリストとなっていることを知りながら、平然とそれを受け入れているのだ。
「おま……そこまで知ってんのかよ!?」
「ええはい。君の技前は強く買っているから用心棒にならないかって、わざわざ丸腰で話を持ってきましたよ」
それを聞いて、ルークは最悪の展開を予想した。
「……それで、どうしたんだ?」
「アプリコさんには悪いですが断りました。革命とか正直堅苦しいですし、ハグレがどうちゃらも私にとっては薙刀を振るう理由にはなりません」
心底つまらなさそうに薙彦は言った。
ルークは安堵すると同時に、彼らしいとも思った。
彼は武侠としての矜持を持っている。それがどういうものなのかはルークの知るところではないが、少なくともアプリコたちの妄執とは決定的に違うものだ。
「だよな。お前はそういうやつだ」
「ああ。貴方達ももしや話を持ち掛けられましたか?」
「いいや。直前まで味方面して見事に罠に嵌めてきやがった」
「あー。あの人は割と平気でそういう事やりますよね」
薙彦は合点がいったように頷いた。
アプリコの軍人哲学に基づいた非道戦術の数々はきわめて合理的で恐ろしいものだ。
もしそれが自分に対して振舞われた時、どれほど厄介かなど仲間であった身からすれば嫌というほど想像できる。
「しかし、貴方もよく生きてるものです。その生存能力の高さは見習いたいものですね」
「習う必要がないぐらい世渡り上手いやつが何を言ってやがる」
お互いの往生際の悪さを笑い合う。
「ああ、そういえば。そもそもルークは
「そうだな。それじゃあ、真面目な話をしようじゃねえか」
ルークは薙彦に対して自分たち仕事について話すついで、せっかくなので彼にも手伝わせることにした。
「おい、薙彦。どうせ暇なんだろ。なら俺たちの仕事を手伝ってくれ」
「内容は?」
「帝都の見回りだな。怪しい連中を片っ端からぶちのめすお前向きの仕事だ」
「マンハントですか。一日いくらです?」
「二千ゴールド」
「五千ならやる気が出ます」
「三千だ。その代わり賞金首を獲っ捕まえたら半額くれてやる。借金もチャラだ。それでいいかリーダー?」
「え、ええ。 別に私は構いませんけど……」
「という訳でだ。この依頼請け負うか?」
「いいでしょう。それでは今から自分は貴方たちの仲間です。よろしくお願いしますね
「……お前」
「ふふ、先ほどのお返しですよ」
薙彦がさりげなく自分たちがどこに属しているのかを知りながらも隠していた事実にルークは舌を巻きつつ、助力してくれることは素直に喜んだ。
「まあいい。お前がいるなら百人力だからな。しかしあっさりと請け負ったがいいのか?」
「ええ。貴方との仕事でしょう? であれば大体愉快なことにはなりますからね」
「ちょっとルーク、本当にいいのこんな奴に手伝わせて?」
先ほどまでの発言から完全に信用を無くしたミアラージュが猜疑の目を向ける。
「それについては同感だ。だがまあ薙彦はつええよ。下手したらラプスよりもな」
ルークは苦笑しつつも誇らしげに言った。昔の仲間について、彼は決して嘘を言わない。
「最近は張り合いのない相手ばかりでしたからね。折角なのでこいつを存分に振るってみせますよ」
背中に背負った薙刀を指さして、薙彦は楽しそうな口ぶりで言った。
先ほどまでの飄々とした言動と和服が相まって、さながら柚葉を連想させる。
「ねえ、和国人ってこういうのばかりなの?」
「こいつや柚葉が特に変わってるだけだ。そう思いたい」
こうして、ろくでなし一人を加えたルーク達は再び帝都の闇へと足を踏み出すのだった。
〇流石兄弟
ただのモブです
〇始末ヶ原薙彦
ルークの仲間。薙刀の名手
《夜明けのトロピカル.com》のメンバーの中で一番最後の登場となった
柚葉とは別の方向に変な人
〇ラプス
意外と繊細
〇夜明けのトロピカル.com
メンバーはこんな感じ
エルヴィス大徳寺 リーダー ハグレ
アプリコ 参謀 ハグレ
ラプス 荒事屋 ハグレ?
始末ヶ原薙彦 技術屋 和国人
ルーク 道化師 帝国人
ちなみに秘密結社ヘルラージュはこういう想定
ヘルラージュ リーダー
ルーク 参謀
デーリッチ 道化師
ローズマリー 技術屋
ミアラージュ マネージャー
いつも感想やここすきありがとうございます。
感想があると作者が喜びます。
誤字脱字報告。文章抜けなどの指摘も随時受け付けております。
次回は帝都編一日目の夜です。