『一日目・商業区』
「ひとまず、今回の状況を整理するぞ」
薙彦を加え入れたルーク達は、改めて状況を整理することにした。
「今回俺たちが請け負ったのは帝都に潜り込んだテロリスト容疑者の確保ないし撃破。どんな奴が潜り込んだのは事前にアルカナさんが調査してくれた。ここまではいいか?」
「構いませんよ」
「じゃあ順に挙げていくぞ。まずは俺たちがさっきカチコミした『サバト・クラブ』。こいつらが最優先確保対象のマクスウェルっていうクソ野郎と何らかの取引をしていたのが分かっている。俺たちが乗り込んだのはもう知れ渡っているから、もう一度アジトに向かっても収穫は薄いだろう。一先ず協会からの情報を待たなきゃいけないな」
「おやおや、もうはしゃいだ後でしたか」
「まだまだこれからだよ。次に『丑三つ時処刑互助会』。こっちも権力者の暗殺を生業にしてるカルト集団だ。正直それ以上の事は知らない。優先度は低めだ。むしろ数だけは多い『業』のほうが厄介かもしれないな。まあ、こいつらは前にデーリッチ達にボコられたみたいだし、ビビッて逃げてくれるか引っ込んでくれるなら嬉しいが」
「げ、あいつらまだ懲りてないっての!?」
かつてエステルに差し向けられた暗殺ギルドは当時のデーリッチ達によって撃退された。とはいえ、命を奪ったわけではなく飽くまで追い払っただけなので、もう一度勢いを取り戻してきたといったところだろう。
散々追い回されたことの恨みが蘇ってきたのか、エステルが怒りに震え出す。
「くっそ、あの時もうちょっとコテンパンにしとくべきだったかしら」
「まあまあ、見つけたら適当に凹ませるぐらいでいいだろ」
「今度こそ再起不能にしてやるわ」
ぷんぷんなエステルを尻目に、ルークが説明を再開する。
「あとは『ギガース山賊団』……なんでこいつらいるの?」
「それって確かヘルたちが最初の仕事でやっつけた連中でしょ? 気にする必要ある?」
「ない」
即答するルーク。哀れギガース山賊団、彼らはまたしても出番に恵まれないのであった。
「そして次は『装甲十字軍』、こいつらもまあ、わざわざ帝都の外に出なけりゃいいだけだな」
装甲十字軍は悪質な暴走集団ではあるが、帝都の中にまでは入ってこない。定期的に街道を爆走することによる示威行為は帝都の威信に関わるものだが、もとより無いものがどうして地に落ちようか。もし彼らが仮に帝都の中にまで入って狼藉を働いたのであれば、帝国騎士団が面子の為に出張ってくるだろう。そのため、ルーク達からすれば制圧しに行く必要性はあまりなかった。
「そういえば昔、私と君で連中を振り回してやりましたよね」
「あったあった。ジーザスを追い抜いてやった時の奴さんの顔、ありゃ今でも思い出せるぜ」
彼らがチームで活動していた頃、なんやかんやあって装甲十字軍に追われる羽目になったことがある。ルークと薙彦はその時にチームの殿を任され、持てる限りの手段で十字軍を妨害しまくり、見事振り切ることに成功した。輝かしい武勇伝の一つだ。
そんな昔話に花を咲かせる二人だが、ルークはすぐに真剣な顔に戻った。
「……問題はここからなんだよなあ。『始末屋ノック』、『
ルークはこの3人についてよく知っていた。冒険者として生きてきたのならば常識とも言えた。それほどに有名な人物なのだ。
「まず『始末屋ノック』。武器も持たずに肉体だけで警備を掻い潜って暗殺をする凄腕の武闘家。たまに用心棒を請け負ったりするらしいが、まあ些細なことだ」
「彼の偉業は良く知ってるよ。数年前に貴族が護衛として雇った腕利きの傭兵団の警備網を突破してその一族を暗殺した伝説がある。ミスリル鉄をまるで飴細工のように捻じ曲げ、ガラスを指でくりぬいたらしいよ?」
「それ本当に人間なんですの?」
あまりに人間離れした逸話にヘルラージュがつい疑問を挟んだ。
「でもラプスなら同じことできるよな」
「できますねえ」
「あの人も大概ですわね!?」
どうやら人間離れした芸当ができるのは他にもいるらしい。世界って広い。
「まあ、それ以外にも悪名高い男だ。私たちも全員でかからなければまず太刀打ちできないだろうな」
「ジュリアさんの言う通りだな。それで、次は『
「ここにいる人たち大体当て嵌まりますねー」
「縁起でもないこと言わないでくれます!?」
顔面偏差値が高いハグレ王国の女性陣であるが、こんなことを評価されても全然嬉しくはない。
「ま、何度か冒険者に追い詰められているから実力はそこまで高くはないな。ただ逃げ足と殺しの手際に関してはかなりの達人だ」
「去年ぐらいですかね。グエンの討伐に意気揚々と名乗りを上げた冒険者のお坊ちゃんが、翌日には血で挑発のメッセージと共に無残な姿で見つかりました。まあ、私ならそのようなヘマはしませんが」
ほとんど世間話のように語る薙彦。その表情に哀れみや侮蔑の感情はなく、ただ淡々と事実を確認しているだけである。その様子に少なからず奇異の視線が向けられる。
「はいはい。お前そういうとこだよ」
ルークからすればこの程度は平常運転。特に何も感じず適当にあしらい、最後の危険人物についての説明を始める。
「……ま、こいつについては気を付けていけば問題はないと思いますよ。ただ、『
「ええ。少なくとも、彼女のことを知らない人間はここにはいない筈よ」
ジュリアも、エステルも、ヘルラージュも、その言葉に無言で頷いた。
彼女達だけではない。帝都近辺で活動する冒険者ならば、アドベラという女について知らないということは在り得ない。
「死霊術の天才。『カルメンの悪夢』の中心人物。冒険者ギルドの最高額の賞金首。……特級の犯罪者がこの街にいると言うのは、それだけで落ち着かないな」
「思い出すだけで腹立たしいわ。あの女は死者に対するリスペクトというものが全くないくせに、死者を弄ぶという点においては私以上よ」
ジュリアがアドベラの所業を列挙する。ミアラージュはまるで直接顔を合わせたことがあるかのような口ぶりで嫌悪の表情を隠しもしない。
「……会ったことがあるんですか?」
「ええ。どこからか嗅ぎつけてきたのやら、二年ぐらい前に黄泉還りの禁術を奪おうと私の下に来たのよ」
「うそでしょ!?」
ヘルラージュにとってその話題は無視できるものではない。自分たちラージュ家の悲劇の原因となった禁術が第三者の手に渡るなど決して許してはならない。もしそうなった場合、同じような惨劇がどこかで繰り返されるのは目に見えていた。
狼狽する妹を安心させるようにミアラージュは続けた。
「ま、ちゃんと追い返してやったけどね」
「さすがはお姉ちゃん!」
「……でも、あいつがかなりの使い手であることは変わらない。恐らく、ハグレ王国として戦う必要があるかもしれない相手よ」
それはつまり、デーリッチ達の力を借りる必要があるという意味である。ミアラージュにここまで言わせる人物というだけで、その実力が窺い知れるというもの。
「そうだな。ゴーストハンターの追跡も返り討ちにし続けるかなりの危険人物だ」
「ええ。用心するに越したことは無いわね」
「賞金首というから誰が出て来るかと思っていましたが、これは中々腕が鳴りそうです」
全員の意識が引き締まる。
……約一名、何でも無いように涼しい顔をしている者もいるが、彼に関してはルークが気にするような素振りを見せないので、追及する者もいなかった。
情報共有も終わり、テロリストの居場所を突きとめるため噂話の内容を当たっていくという方針が固まったルーク達はひとまず二手に分かれることになった。
A班がルーク、ヘルラージュ、薙彦。
B版がエステル、ジュリア、ミアラージュ。
それぞれ主力となる物理、魔法をラージュ姉妹によって強化できるバランスのよいパーティである。
「それで、まずどこに行きますか?」
人食いワニが出没したと言う下水道。人魂の目撃情報があったと言う廃墟。そこに呪術師たちが話していた内容から墓場を加えて、調査候補は三つ。この中から二つを選ぶ必要があった。
「薙彦、お前何か知らないか?」
「ああ、下水道の噂なら知っていますよ。 最近あそこには人食い魔獣が出るとかいう話で、肝試しついでに退治に乗りだす冒険者が後を絶たないんですよ」
「へえ。なんでまた」
「元々は地面の下から何かの唸り声が聞こえるとかだったんですよ。そこに貴族や好事家がペットとして飼っていた猛獣が逃げ出したとかいう尾ひれがつきまして。確証も無い報奨金目当てに探しに行く馬鹿が出たというわけです。ちなみに、最初に探しに行った人、まだ帰ってきて無いようですよ?」
「まあ、無事に帰ってきたならここまで噂にはなってはいないよなあ」
本当に何もなかったのなら無事に帰ってくるはずだ。だから帰ってこなかったと言う事はそいつは下水に潜むナニカに喰われたのだ。じゃあ何が棲んでいる? そりゃおめえ水場なんだからワニだろ。そういうわけで、あっという間に下水ワニの話題は短い間に都市伝説の仲間入りを果たしたのであった。
「実際は足を滑らせて溺れて死んだとかがオチでしょうけど。貴方がたの言うように、帝都に潜り込んだ魔術師が秘密裏に通路として使っていてもおかしくはありません。もしかしたら口封じに消されてる可能性もなくはないでしょう」
「んじゃ下水は調査決定。もう一つはどうする?」
「廃墟を調べた方が良いだろうな」
「というと?」
即決したジュリアにエステルが理由を尋ねる。
「殺人事件の場所だ。ここにあった新聞を読んでみたらもう少し詳しいことが書いてあった」
「いつの間に……」
「君たちが目の前でいちゃついている間だよ」
ジュリアが昨日の分と今日の朝刊を手に持って見せる。
帝都一の購読率を誇る
「流石はHW。情報量については帝都広報よりも上を行っているな」
「だってあれに載ってるのほとんど貴族のプロパガンダじゃないですか」
マスコミと政府の癒着である。実際、帝都新聞局の発行する帝都広報は『大陸中の真の情報を迅速にお届けする』という謳い文句を掲げてはいるものの、その実態は支援先の貴族による情報操作のオンパレードだ。あまりにも露骨すぎて、無学な低下層民や村人であってもわかるぐらいには欺瞞に塗れている。騎士団の帝都内犯罪検挙率もサバを読んでおり、信ぴょう性があるとすれば宮廷からの公布か、天気予報ぐらいのものだろう。
「ま、こっちはその分どうでもいい情報も多いけどな。路地裏の猫の情報とか、どこぞの店主の不倫の話とかさ。暇つぶしには丁度いい」
「えー? 商店街のクーポンとかたまについててお得だろ?」
「私は毎日四コマを楽しみにしているぞ」
「私はドッグダービーの予測が好きですねえ」
各々が新聞の好みの部分について話しだす。
「はい話ずれてる! 話ずれてるわよ!!」
話が脱線し始めたので軌道修正をするミアラージュ。ローズマリーがいない現在、ツッコミ役は彼女に一任されていた。ツッコミを受けたジュリアは何でもなかったように話を戻した。シリアスとボケをシームレスに移行できる図太いメンタルこそが彼女の強みである。
「おっと失礼。とにかく、これまでの犯行現場はバラバラになってはいるが、逆に言えばそれぞれの現場に一定範囲が重ならないように引き起こされているともいえる。そう考えれば、噂の廃墟はどの現場からも離れている。確かめに行く価値はあるだろう。もしかしたら鉢合わせになるかもしれない」
ジュリアは魔物相手の傭兵ではあるが、賊の退治についても経験がある。遊撃を得意とするルークたち秘密結社とは異なり、どっしりとした安心感が彼女にはあった。
「んじゃあ、廃墟はそっちにお任せしましょうか」
「そうだな。ならば下水道はルーク達に任せていいか? 君達のほうがフットワークが軽く、何があっても対処できるだろう。ヘルちんにはちょっとつらい思いをさせてしまうが……」
「あら、私ですか? 特に問題はありませんわよ?」
「そうか。案外強かだな君は」
身だしなみに気を遣う乙女としての心配を口にしたジュリアだったが、ヘルラージュが泣き言を言うことなくすんなりと受け入れたことに少々面喰らった。だが、彼女の土壇場での根性の強さを思い出してみれば
特に違和感は無かった。
そういう訳で、両チームとも、捜査に取り掛かるのであった。
「ルーク、ヘルのかわいい顔に汚水がかかろうものなら……わかってるわよね?」
「重々承知してますよ」
過保護気味な姉からのプレッシャーに、ルークはこの人のほうがヘルに依存しているのではないかと思った。
◇
下水道に足を踏み入れれば、肥溜めと生ごみ処理場が一緒になったような、顔を顰めたくなる汚臭がルークの鼻を刺激する。これまでの冒険の中で似たような匂いは何度も嗅いできてはいるが、生理的嫌悪を齎すこの臭いに一生慣れることは無いだろうし、慣れたくもなかった。
「足元は気をつけてくださいよ」
「はーい」
梯子を下りて来る二人にルークは呼び掛ける。ヘルラージュは何事も無く足を降ろし、薙彦が続いて下りた。なお、薙彦は草鞋だったので慌ててブーツに履き替えてきたのであった。
「あ、ちょっと待っててね」
いざ探索開始というところでヘルラージュが呼び止める。
「何です?」
「今から匂い避けの風を張るわ。すぐに終わるから心配しないで」
ヘルラージュが魔力を行使すると、変化はすぐに表れた。
ついさっきまで我慢していた鼻に来る汚臭がきれいさっぱり消え去っていたのだ。
「おや、これは便利ですね」
「いつもやってる風の防御を応用しただけですわ。匂いも空気の流れなら一緒よね?」
普段のダンジョンで周囲の空気の影響を消し去るのはむしろ状況をわからなくするのだが、今回は非常にありがたい。ミアラージュの懸念はひとまず大丈夫そうだなとルークは安堵した。
「いやすげえな、こんな魔法いつ身に着けたんだ?」
「そう? やってみるのは初めてだったけど、上手く行ったならよかったわ」
ヘルラージュははにかんだ。何やらしれっとすさまじいことを言ったような気がするが、彼女もまた才能に溢れた魔法使いだ、これぐらいの事はやってのけるだろう。相方としても鼻が高いルークだった。
暗闇の中、ランタンの光を頼りに進んでいく。
今の所、特におかしなものはない。せいぜい、ねずみや虫が足元をうろちょろしているぐらいのものだった。
「ルーク君と薙彦さんって、元々同じチームの仲間だったのよね?」
「ああ、そうだよ」
「今までもルーク君の仲間とは会ってきましたけど、皆さん想像以上の方たちでしたわ」
「おや、私たちのことは何と伝えていたのですか?」
「とても楽しい人たちだったと。特にエルヴィスという人には命を預けていたとまで」
「ははあ。君らしい言いぶりですねえ」
「なんだよ文句あるのか?」
薙彦のにやけたような言い方にルークは照れくさそうな顔をした。
「ま、あの人については私としても中々面白い御仁でしたよ。実力はともかくとして、冒険者としての胆力はありました」
「あら? てっきり皆さんのリーダーだというから、とても強いのかと思っていたんだけど」
「はは。実は力比べなら下から二番目でしたよねえ」
「まーな。旦那はかなりの法螺吹きだったからな。ま、俺はガキだったからそれに気づけたのはついて行ってから半年ぐらい経ってからだったけどな。それでも、あの人からは色々と学べることが多かったのは確かだ」
「まあ、毎日を楽しそうに生きてましたからね。あの時はそれだけでも、眩しく見える人が多かったと言う事でしょうね」
五年前の帝国は、ちょうどハグレ戦争の傷跡が治り始めた頃。ハグレを取り巻く社会問題も多く、それなりに世情が暗い時期であった。そんな時に良く言えば勇敢な男が、悪く言えば無鉄砲な馬鹿が現れれば、それは一種のカリスマとして働く。エルヴィスはそう言った時期に颯爽と現れたスターだったのだ。たとえその正体がどこにでもいるチンピラであったとしても、彼がルーク達を魅了し、共に痛快な旋風を巻き起こしたのは確かであった。
そして、その話をする時のルークの無邪気な顔が、ヘルラージュは好きだった。
「ま、今となってはしょうもねえ話さ」
「そうでもないですわ。私、ルーク君の昔話はもっと聞きたいですわ」
そういうヘルラージュだが、ルークとしては複雑な心境である。彼女の為ならば武勇伝を語るのはやぶさかではないものの、それでも亜侠として活動していた時代は、若気の至り的な部分もあり若干気恥ずかしいのである。特に、未熟な時期にやらかした失敗なんかはあまり話したくはない。
「なるほどなるほど。それなら私が教えてあげますよ。それこそ拍手喝采の大活躍から恥ずかしい大失敗まで、彼の話を聞きたいですよね?」
「なっ、てめえ何言ってんだ!」
「はい! それはもうルーク君のあれやこれやを!!」
「ヘルさんんん!?」
なんてことを提案してくれた、という薙彦への抗議と、そんなに乗り気にならないでよというヘルに対する懇願の混ざった叫びである。
己のプライドの為にもここは抗議せざるを得ない。
「大体ね、今までお互いの過去に深入りはしませんとか言ってましたけど、私の過去については殆ど知られちゃったじゃない。それで私がルーク君の過去を知らないって言うのは、ちょっと不公平じゃないかしら?」
「むう……そう言われるとぐうの音も出ない」
不可抗力ではあるのだが、その理屈はルークには効果があり、あっさりと引き下がらざるを得なかった。
「でしょでしょ! せっかくだから、この場で色々聞いてしまったほうがいいと思ったのよ」
滅多にない機会だからか、ヘルラージュはこのような場所には似合わないほどのはしゃぎ様だ。
「それじゃあ何から話しましょうかね。唯一未成年だった時に無理して酒飲んで酔いつぶれた話とかどうでしょう」
「あら、昔から可愛いところがあったのねルーク君ったら」
「やめてくれよ」
「昔っから背伸びしがちなんですよねこの小僧は。あれから酒に溺れるような真似はしていませんね?」
「お前にだけは注意されたくねえなこの生臭坊主」
「生憎、私は既に破門された身ですので」
「それはそれでどうなのかしらね……?」
探索を開始して、しばらくが経過した。
ここまでの距離を考えるに、商業区は一通り確認しただろうか。
位置としては工業区と隣接する辺り。
時間はもう一時間ほど経過しただろう。
怪しいものは見つからず、一度外に出てみるべきだろうかとルークは考えた。
「そろそろ一度地上に上がって――」
「ルーク、一旦下がるといいでしょう」
「あん?」
「そこ、危ないですよ」
ルークは薙彦が指さした先を見て――、
「……は?」
息を呑む。
ソレは汚水より這い出でた。ぶるり、と身を震わせて汚水を弾き、穢れた息を吐き出した。
胴体を覆うは固くしなやかな体毛を持った強靭な山羊の毛皮。それを支えるのは鋭い爪を有する狼の四肢。その頭部は鬣を靡かせる獣の王者。ランタンの光を反射し、爛々と光る赤い目が真っ直ぐに自分たちを見据えている。
ルークの知識は、この魔物の正体を導き出す。本来ならば合わさる事のない魔獣の部位が一体に収まった、自然界においてはあり得ざる存在。外法邪法の類によって生み出される、――あるいはあらゆる意味を内包する混沌の海からならば生れ出る――生態系を逸脱した正真正銘の
「
◇
一方そのころ。
「おいおい……何が人魂だよ……
どこからどうみても、屍者の群れじゃないか……!!」
居住区の廃墟に足を踏み入れたエステル達。
彼女たちを包囲する、複数の人影。
それらすべてが、だらしなく口を開けて、エステル達に焦点の合わぬ目を向けていた。
ここは、アンデッドの棲みかであった。
◇
――引き金を引いていた。
突入前にあらかじめ、何かあった時にブチかませるように準備はしていた。魔物相手に効果が薄いとはいえ、それでも強力である銃火器の練習は何度も行った。そも、飛び道具であるのだから、出会い頭の射撃など、短剣を投げつけるのと大した変わりはない。
故にルークはキメラを視界に収めた瞬間、ほぼ反射的に拳銃を抜き放ち、その引き金を引いていた。
火薬の爆ぜる音。三連銃火。
ドリントルが実物を持ち込み、ジーナによって量産された三十八口径弾がキメラの眉間目掛けて吸い込まれる。
だが――、
「GRRRRRR!!」
「ちっ、やっぱり効いちゃいねえ!」
魔法による防御も重ねられているのだろう。野生の力に溢れるその毛皮は悠々と銃弾を受けとめた。
眉間に一発、やや上の額に二発。人間の皮膚なら容易に貫通しうる威力。魔法が台頭するこの世界では軽んじられているが、決して侮れるものではない。それでも魔法による防壁とは驚異の一言で、キメラにとっては多少鋭い石が刺さった程度のダメージしか与えられなかった。
それでも多少怯むぐらいはしろよなあ、と内心毒づきながらルークは横に跳び退く。その一秒後に、彼のいた場所を鋭い爪が通り過ぎていった。
「っぶね……」
驚嘆するのもつかの間。
ルークは即座に短剣へと得物を持ち替え、キメラの胴体に斬撃を浴びせる。
――その前に、食らいついて来た蛇の牙を刃で受け止めた。
「ちっ……!」
暗がり故に視認できてはいなかったが、蛇の息遣いはちゃんと把握していた。故にこの奇襲にも対処できた。その隙を補うように風の刃が胴体を切り刻む。突然の遭遇だったが、ヘルラージュも戦闘の準備は常にしていた。伊達で長年コンビを組んではいない。
効かない鉄砲よりも魔法使いを脅威として認識したのか、キメラはヘルラージュに向けて飛び掛かろうとする。その首筋を刃が撫でた。
薙彦は背負った布から解いた薙刀を、キメラの動脈目掛けて振り下ろしたのだ。
「――はっ」
出血はない。強靭な毛で威力が殺されていた。
薙彦は手ごたえの薄さを気にも留めず、振り下ろした薙刀を即座に振り上げて二度目の斬撃をお見舞いする。先の一閃と寸分たがわぬ軌道をさかしまになぞった刃は、薄くなった毛の防御を抜いて毛皮を切り裂いた。裂傷が生じ、真っ赤な血が弾けた。薙彦は内心で舌を巻いた。傷が浅い。想像よりも強靭な毛皮だ。薙彦は一度距離を取った。
仕切り直しだ。
ルークと薙彦がキメラと正三角形を結ぶようにして立ち、ルークの後ろにヘルラージュが控える。
キメラの背後には肩までつかる深さの汚水の川。
しばらくの睨み合いの果て、しびれを切らしたのは獣のほうだった。
「GRRRRR!!」
「――シッ」
魔獣に人並みの知性はない。故に本能の赴くまま、殺気の薄い側を標的として飛び掛かった。
――狙い通りだ。
「ほい」
襲い掛かる爪と牙を、流れるような動作で薙彦は薙刀で受け流し、そのまま地面に突き立てて跳躍する。そのまま薙刀を振り回し、脳天へと叩きつけた。その一連の動作はまるで岩を乗り越える波のようだ。
「GRRRRRR!?」
重量の乗った一撃によって脳天に刃が深々と突さる。断末魔の悲鳴を上げ、キメラは地に倒れ伏した。
「ま、この程度ですね」
「あら、もうやってしまいましたの?」
「お見事。その実力も昔と全然変わってねえな」
残心を決める薙彦にルークが近寄る。まだ命のある尾の蛇がその接近を感知して噛みつこうとするも、ルークは短剣の一振りであっさりと首を刎ねた。
「それで、こいつが人食いワニってことだよな」
「さっき水の中を泳いできたようでしたし、そうじゃないかしら?」
「ワニとは掠ってもいませんね」
何はともあれ、これで下水道の噂は解決した。
今度こそルークは地上に出ることを提案しようとして、
――近づく足音を、耳にした。
「……はあ。休む時間はなさそうだ」
「ええ。どうやら、"当たり"を引いたみたいですね」
薙彦が足音のする方を見て言った。
「おいおい。騒がしいから来てみりゃ、番犬が死んでやがるじゃねえか」
歩いて来たのは男だ。
襤褸同然の服を身に纏い、顔面には頭蓋骨を模したヘルムを装着している。その右手には、血がこびりついたナイフが握られていた。少なくとも、友好的な人物ではあるまい。
男は死骸となったキメラを一瞥した後、ルーク達を舐めまわすような視線で見て笑った。
「だがまあいい。そのおかげで今日は大漁だ。3人もいる。しかもイイ女が混ざってる。吉日だぁ……」
僅かに聞いただけで下卑な性格だと分かる声。
この男が何者なのか、ルーク達は直感で理解できた。
「――お前、グエンか」
「ははぁ。さてはお前ら、俺をとっつかまえにきた冒険者か?」
男は肯定するように腰を叩いた。そのベルトから吊り下げられているのは、人の顔から剥がしたと思わしき皮であった。
「そうだ、と言ったらどうする?」
「そりゃあ勿論殺すさ! まだここにきて四人しかやってねえんだ。せっかくなら皇帝の皮もコレクションに加えたいし、ここで捕まる気はねえよ」
「成る程、お前もテロに加担してるのか。これは色々と聞くことが増えたな」
「――あん? なんでお前らそのことを知ってんだ?」
ルークの口ぶりにグエンが疑問を口にする。
ルーク達はそれに答えるつもりはない。この危険人物を即座に捕縛するべく、武器を構え――
「はは、なるほどねえ。つまりアンタたちは、あの女のパシリってわけだ」
そして、女の声が響きわたった。
「――。」
「やれやれ、ザナルの下っ端共が襲撃を受けたとは聞いていたけど、まさか今日中にこっちにまでやって来るとはねえ。こりゃ本腰を入れる必要がありそうだ」
「気をつけな
その女はグエンの背後から音も無く出てきた。
ルーク達は言葉を失った。
一応、予測はしていた。『サバト・クラブ』の構成員達が話していた内容。彼女が殺人鬼と共にいるという情報。ともすれば、という考えがルークにはあった。
だが、本当に彼女まで出て来るとなれば予想を吹き飛ばすだけの驚愕があった。
「それはそれは……! 今日は上等な死体が手に入りそうだねェ……!!」
「そうだなぁ。たまには手ごわい獲物を狩らないと腕が鈍っちまうからなぁ……」
おそらく、キメラは彼らが使役していたのだろう。それが討伐されたというのに、目の前の男女は落胆や驚愕ではなく、歓喜の声をあげた。むしろそれぐらいの相手でなければ、そそらないというように。
革のローブの陰からルーク達を覗き込む顔。
病人のように青白い肌。血に塗れたような赤い髪。その相貌はまさしく魔女。
それはまごうことなく、手配書に描かれた人相と一致していた。
「アドベラ……!」
帝国魔導局が指定する特級指名手配犯が、ルーク達を前に舌なめずりをした。
拙作のヘルちんはそれなりにメンタル強者。ヘタレないヘルちんはヘルちんじゃないって人もいるかもしれませんが、私は割と踏ん張る子だと思ってます。
次回、中ボス戦!
テンポを優先した結果、ハグレ王国のメンバーの帝都観光記が収まらなかったのでそのうちまとめて投稿する予定です。