『筋肉ラプソディー』
ニワカマッスルは
失敬、筋肉がとてもすごい牛人である。
漢気溢れる力持ち。今日も己の鍛え抜いた筋肉を見せるべく、腰蓑一丁で赤い肌をテカらせる。そんなコイツがその筋肉を発揮するのは帝都でも変わらない。
「まずいっ! 荷物がっ!!」
「おうよっ!」
西に積み荷が崩れればその筋肉で受け止めて被害を防ぎ、
「おらあっ、いいからついて来いってんだよ……ぎゃあっ!?」
「へへっ、もう大丈夫だぜ」
東に女性に危害を加える暴漢が現れればその筋肉で懲らしめる、
「ぐはぁ、悔しいが俺の負けだ……!」
「へへっ、あんたの筋肉も中々だったぜ」
「素晴らしい勝負でしたニワカマッスルさん、よろしければ、その筋肉の秘訣について一言」
「メシ食って筋トレして寝る! 男の鍛錬は、そいつで十分よッ!」
「割と普通だッ!?」
時にはストリートの一角にて並み居る力自慢たちとのボディビル勝負に見事勝利し、相手の健闘を称えて新聞社の取材を受けたりと、まあとにかく活躍し放題だったわけだよ。
……でもまあ、
「よう、そこのお嬢ちゃん。今の俺の雄姿見てたか?」
「え、ええ……」
「ここで出会ったのも何かの縁、ちょっと俺とお話ししねえか?」
「え、あの……ご、ごめんなさい!」
「あっ!」
ほら、
「危ないところだったなお姉さん。どうだい、ちょっと俺とお茶でも……」
「た、助けてくれてありがとうございます、そ、それでは……!」
「え、ちょ、待って……!」
このように、
「ヘイ、そこのレディ、ちょっといいかい?」
「ごめんなさい。私、汗くさい人無理なんです」
「ガーン……」
こいつが女の子に振り向かれることはなかったんだけどね!
「くそぉ、どうして皆お礼だけで一緒に付き合ってくれねえんだよぉ!」
「いやまあ、その筋肉だろ?」
帝都の大通り、コイツが己の思い通りの展開が訪れないことに慟哭する様を私はいつものように眺めている。
うおおおおんっという男の叫びが空に木霊し、天下の大通りで泣き叫ぶ彼を周囲の人々が怪訝な目線を向けながら通り過ぎていく。ハグレだからとか関係なく、デカい奴が泣いていたらそりゃ関わりたくはないわな。
それでまあ、どうしてコイツがここまで黄昏ているのかって? それはコイツが助けた女性や近くにいたお姉さんを口説いたその総てが失敗に終わったからだよ。
あらかじめ弁明をしておくと、マッスルは別にモテたくて人助けはしてないよ。コイツは己の心の向くままに筋肉を振舞って、その後に良い感じの女性と目が合ったら声をかけるんだ。『何、俺が人助けをするのは当然さ、けれどこの頼もしさを見た女性がうっかり俺に惚れちまうのはしょうがねえよな……?』 そんなことを口走っていたマッスルだけど、現実ってのは非情で。コイツが筋肉を発揮すると同時にその暑苦しさも同じぐらいには発揮される。それが女の子にはマイナスポイントになるんだよね。私みたいに慣れてない奴からすればただただ威圧的というか、いきなり自分に言い寄ってくる汗くさい奴って印象でしかない。
それと服を纏わず腰蓑一丁というファッションセンスの無さが一番の減点対象だね。『布に覆われていないありのままの筋肉をお届けしたい』とはコイツの言い分だけど、それでどうやって真っ当な女子が惚れるんだか。そういう訳で、今日一日でマッスルが女性たちのハートは掴めなかったってわけ。
「『自分の魅力を最大限伝えることがモテる秘訣』と本に書いてあったから実践してるんだが、やっぱり俺の
「あんたの魅力に何て誰も気づきゃしないよ」
「だが後二日、まだ二日もあるんだ。俺は諦めねえ!」
「無駄だと思うけどねぇ」
いやホントへこたれねえなコイツ。そのガッツは嫌いじゃないけど、もう少し自分を客観視できないのだろうか。
そうしてマッスルがやる気に満ち溢れているとだね、コイツの正面、つまり私の背後からふらふらと私達に向かって歩いてくる奴がいることに気が付いた。私は耳もそれなりにいいから、誰かが近づいて来ようものなら大体わかる。そいつは取り分けて特徴のない男で、よそ見をして私達を見ていないようだったけど、その実しっかりとマッスルの腰蓑に視線を向けている。流石は帝都、こういう手合いも普通にいるわな。
「うわっ」
「おっと、すみません」
「おいおい、こんなデカいのにぶつかるとかよそ見してんのか?」
「うっかりしてました。すみません……」
マッスルに正面からぶつかったそいつは接触の瞬間、腰蓑にぶら下がっていた財布の巾着に手を伸ばして瞬時にひったくった。見事な手口だったから、多分相当にやり慣れてやがるね。まあ、マッスルのうっかりとは言え、目の前でダチがスリに遭うのを見過ごすほど私も冷たくはないわけで、そいつが巾着をひったくる前に、
そいつはまんまと引っ掛かり、気づくことなくへこへこと謝罪の言葉を口にしながら雑踏の中に消えていった。
まあ、この時点で被害はゼロだから見逃してやってもいいんだけど、アイツ相手がハグレだからって完全に舐めてやがった。どうせ被害を訴えても泣き寝入りになるだろうってね。それも気に食わなかったし、何より私達は一応衛兵のバイト中、仕事の一つぐらいこなしておいた方が報酬も貰えるだろうし、ここは一つ懲らしめてやる事にした。
「気をつけろよ! ……やれやれ、俺もぶつかるとはぼうっとしてたか」
「いやいや、あいつ今わざとぶつかってきたぜ?」
「何だって?」
頭を掻いているマッスルに私が指摘してやると、こいつは唖然とした表情で聞き返してきた。……本当に気づいてなかったらしい。そんなにフラれ続けたのがショックだったのか……。
「だからさ、今の男、スリだって言ってんのよ」
「なにぃ!?」
腰蓑を確かめれば、確かにあったはずのものがない。まあ本物は私が持ってるんだけどね。
「今路地裏に入っていくぜ。向かいの三つ目の建物の横な」
私が指(翼の先っぽだけど)を刺した先、さっきの背中が建物の陰に消えていく最中だった。
「くそっ、許さねえ! てかハピコ、お前気づいてたなら言えよ!!」
「へへっ、あんたがのろますぎてついつい」
「こんにゃろ……、まあいい、追うぞ!」
「アイアイサー!」
私達は路地裏へと疾走する。
幸いにもお目当ての男はすぐに見つかった。私達に背を向けて、手に持った財布を漁っている。手先はそれなりの癖に、こういうところが不用心とは。アイツがこんな二流にひっかかったというのは癪に障る。
「くそっ、なんだこれは。石ころばかりのハズレじゃねえか!」
「おい、そこの兄ちゃんよ」
「ああ!? なんだてめ、え、は……?」
声をかけられた男が不機嫌そうに振り向くが、マッスルの姿を見て絶句した。狭い路地裏にこの巨体が立つ光景は、まるで赤い壁が目の前に迫ってくるかのように見えたことだろう。
「ひっ……、あんたはさっきの……」
「まんまとやられたよ。だが、ここまでだぜ」
「な、何言ってやがる! ただぶつかっただけだろ!?」
「とぼけてんじゃねえよ、ほれ」
マッスルに気を取られている隙に、私はそいつの後ろに回ると同時に、そいつの手から財布を奪ってやった。
「あっ、返せっ! それは俺の……!」
「いやアンタのじゃないでしょ。私のこの目でバッチリ見てたからね~?」
「ついでに言うと俺たちは臨時傭兵の仕事中だ。お前、もしかしなくても常習犯だろ」
「そういうわけさ、運のツキってことで諦めな」
「っ、くそっ!」
ひったくり犯はナイフを取り出し、私目掛けて突進する。屈強な牛人よりも、華奢なハーピーを狙って路地裏に消えた方が逃げられると考えての行動だ。
だが、その程度は想定内である。
「ていっ」
「ぎゃっ!?」
「ふんっ」
「ぐはぁ!」
翼をはためかせて砂を巻き上げてやれば、ひったくり犯は目をつぶされ、その間にマッスルの拳で一発KOされた。見事なコンビネーションだと自分でも思ったね。
「けっ、狙うなら男らしく俺の方にしろ。大丈夫だったか?」
「掠ってすらねーよ」
「しかしハピコよぉ、よく気づいたじゃねえか」
「まあね。ルークの手際に比べたら丸わかりなんだよ」
「確かにルークのスリはやべえな。いつの間にか手元の武器が入れ替わってた時は逆にゾッとしたもん」
そうそう。ルークの奴が音もなく盗んでいくのに慣れたらこの男なんかバレバレに感じる。手先が器用といったらヘルちんもそうだけど、ルークの奴は別の方向に器用だ。ジャグリングとかナイフ投げとか、そういう小技が旨い。
「それでアイツ、自分は二流だとか言うから謙虚だよなぁ」
「一流の盗賊は物以外も盗むとか言ってたけど、じゃあ何を盗むんだろうねえ」
「はっ、さてはアイツ俺の筋肉も盗む気じゃねえだろうな……!?」
「何を阿保なこと言ってんのさ。つーか、あいつはとっくに物以外も盗んでるっての」
「その心は?」
「ヘルちんのハートだよ」
「かーっ、言うじゃねえか!」
軽口を叩き合いつつ、マッスルは押収した財布から自分の財布を探し出すが、そこであることに気が付いた。
「あれ、これ俺の財布じゃねえぞ?」
確かにもの自体は自分の持っている財布と同じだが、自分の物には書いてあるはずの名前が無かった。その上、何故かゴールドではなく石ころが大量に入っていた。しかし、犯人が持っていた財布の中ではこれ以外に自分の物と同じ財布はない。だって本物は私が持ってるし。
「ああ、それってこれの事?」
私は笑いながらマッスルの財布を取り出してやれば、こいつは目を丸くした。
「あ!」
「へへっ。あいつがスった瞬間に私がさらにすり替えたんだよ」
「おいおい……」
「元々盗み*1は私の役目だかんね。あいつにばかり活躍はさせないよ」
「こいつめ!」
しょうがねえやつだとマッスルは笑う。素直に喜ぶこの単純さはかえって気持ちがいいよな。
「ってかお前、なんで俺と同じもの持ってんだよ」
「……そりゃあれだよ。お前こういう事にひっかかりそうだからな。用意しといたんだよ」
「なるほど、そうか!」
どうやら誤魔化されてくれたらしい。いや単純すぎるなコイツ。
全く、私がいないと駄目だなこりゃ。
「それじゃ、こいつ連れていくか」
「おーっ!」
そうして私達はこのひったくり犯を連行していったわけだ。
『つめたい思い』
ハグレ王国の仲間たちが思い思いに過ごしている中、
国王様であるデーリッチが何をしているのかと言えば……
「ていっていっていっ!」
「うおーっ、イナヅマハンマーッ!」
「二人とも頑張れーっ!」
御覧のように、ゲームにハマっていた。
おもちゃのハンマーを懸命に振るデーリッチの隣では、ヅッチーが負けじとハンマーを電光石火の速さで振るい、穴からでてくるもぐらを一心不乱に叩いている。それを応援するのはベルだ。
そう、これはもぐら叩きゲーム。
最近開発されたゲーム筐体であるこれは、そのシンプルなルールに隠れた奥深さから老若男女すべてのハートを掴み、今や人気のアトラクションと化していた。
ちなみに、最高記録はメニャーニャが古代兵器を基に造った対モグラたたき用ロボ、Adela-MTが叩き出した。このせいでモグラたたき本機よりもロボットのほうがお子様に人気になってしまったのは余談である。
当然ながらお子様たちもこれに目を輝かせ、互いの得点を競い合っている。一国の王や立派な商売人と言えど、彼女たちはまだ幼い子供。こうして遊戯に夢中になっている姿もまた飾らぬ彼女たちの在り様である。
そんな微笑ましい様子をローズマリーは眺め、
「キャーッ! ヅッチー素敵ーっ!」
「この人が一番はしゃいでるのはどうなんだろう……」
……それ以上にはしゃいでいる一人の妖精に目を向けた。
彼女の名はプリシラ。言わずと知れた妖精王国の参謀だ。
お子様たちを引き連れたローズマリーが街を散策しようとした矢先にでくわした彼女。事情を聞けば、妖精王国も三日後の式典に参列することが決まったので、数日前からこうして帝都に滞在しているのだという。
プリシラはヅッチーとのハイタッチからの手を繋いでぐるんぐるん回ったりとここしばらく多忙で会えなかったヅッチーとの再会の喜びを全身で表現したのち、そのままデーリッチ達の帝都観光に付き合うことになった。
「まあ、楽しそうならそれでいいか」
悪魔よりも悪魔らしいと評判の氷妖精、妖精王国の金庫番、今や帝都にもその根を張るプリシラ商会のオーナーと、なんだか肩書の多くなってしまった彼女の冷徹ともとれる印象からの変わりように最初は困惑したローズマリーだが、背丈は大人な彼女も実際はヅッチーと大差ない年齢であることを考えれば、こうしてはしゃいでいる様子も年相応のものだと受け入れられる。
「うおーっ! デーリッチの勝ちーっ!」
「くっそー! 明らかにヅッチーのほうが多く叩けてただろー!?」
「ヅッチーちゃん、早いけどその分ハズレも叩いてたからね……」
「あーん、惜しかったねヅッチー!」
決着がついた二人が戻ってくると、プリシラが悔しがるヅッチーに勢いよく抱き着いた。
「だが妖精は負けたままじゃない! 次は勝つぞー!」
「その意義だよヅッチー!」
「ローズマリー! デーリッチの勝利見てくれたでち?」
「はいはい。ちゃんと見てたよ」
「えへへ~」
ヅッチーが羨ましくなったのか、デーリッチが催促するとローズマリーは微笑んでその頭を撫でる。デーリッチも満足そうに笑う。
「で、もっかいやるでち?」
「そうだな~」
もう一度遊ぶかを相談していると、ヅッチーのお腹がぐぐぅ~~、といい音を鳴らした。
「あっ、遊んでたら腹減ったわ」
「そういえばそうでちねえ」
デーリッチもお腹に手を当て、自分もすきっ腹なことに気が付いた。そりゃああれだけアクロバティックな動きを続けていればそりゃ腹も減るというものだ。
「それじゃ、お昼ご飯にしよう! でもどこで食べよう……」
「それなら、私が連れて行ってあげましょうか?」
「え?」
何やら待ってましたと言わんばかりのプリシラが、デーリッチ達に提案する。
「こういう時の為に美味しい店、調べてあるんですよ。本当はヅッチーと二人がいいんですけど、せっかくなので皆さんにも紹介してあげますよ」
「え、まじ!? プリシラやるじゃん!」
「でしょでしょ!?」
(十中八九デートスポットだなそれ……)
ヅッチーの言葉を受けてプリシラはさらに舞い上がる。そんなことをしていたプリシラの意図をローズマリーは想像した。正解である。
「それじゃ急ぐぜ、レッツゴー!」
「おー!」
「ヅッチー、そんなに早いと危ないよ!」
「わわっ、待ってください!」
「やれやれ、疲れ知らずだなあ」
呆れ半分、羨ましさ半分の感情で軽く笑みを浮かべ、ローズマリーも置いて行かれないように歩き出そうとした。
――そこであるものが目に留まった。
「……あれは」
それは掲示板であった。帝都の住民や業者が用いるそれにはいくつかのポスターが貼られており、商店街の宣伝チラシ、政治家による演説ポスターなどのチラシを押しのけるように「私たちに自由を!」「ハグレと呼ぶな!」の抗議文などが存在した。
そして、その中で最も多く掲示されていたのは、魔法陣と国章を割るように線を引いたポスターであった。
「ここにも解放軍のポスターが……」
ローズマリーは掲示板の前まで歩き、解放軍のポスターを一枚剥がした。
――召喚人解放軍。
「ハグレの解放」を標榜する彼らの言い分は理解できる。だが、その行動にはどうしても納得がいかない。帝国領で多くの破壊活動を行い、さらには戦争まで引き起こそうとしている。
それは間違いだ。とローズマリーは思う。
確かに召喚人をハグレと蔑む今の帝国の体勢はよくないもので、それを変えようとする思いは決して間違ってはいない。だが、それをさらなる武力で成し遂げるのは決して正しくはない。それは解放軍の裏で糸を引く者達の思惑を知っているからだと言うのもある。だが、ローズマリーは力で弱者から搾取する、という行いがどうしても許せなかった。奪われたのだから奪い返す。そんな負の連鎖が続くことを、見逃したくはなかった。自分の生まれたこの世界で、そんな悲しいことが起こることを避けたかった。
だが、こうして今も日常を過ごしているハグレ達はどうだろうか? という疑念もローズマリーの中には存在した。
彼らは自分たちが無理やり連れてこられたこの世界での生活を続けることに不満を抱いているのではないか?
アプリコたちの様に、平穏を教授しながらも虎視眈々と牙を向く機会を伺っているのではないか?
こうして解放軍の勧誘チラシやプロパガンダが、帝都の真ん中で堂々と貼られているということは、彼らに賛同する者が多いと言う事実を示しているのではないか。皆、この世界を壊してしまいたいほどの憎悪を心の中に持っているのではないのか?
ならば、自分達がやろうとしていることは、ハグレ達の嘆きを踏みにじることになるのか……?
ローズマリーは悩む。自分はハグレではない。その事実が彼らの思いに寄り添うことに対する何よりも高い壁となって立ち塞がる。デーリッチと出会い、多くのハグレと接してきてなお、自分の考えはこの世界の人間としての価値観に囚われている……。
「そうですねえ。いたるところにあって邪魔ですよねそれ。うちのビラもこれで目立たなくされて、営業妨害も甚だしいところです」
「わっぷ」
そんなローズマリーの苦悩を遮るように、誰かが横から覗き込んできた。
「プ、プリシラ……!?」
「あなただけ来ないから何かあったのかと思えばそのチラシ片手に何やら思い詰めたご様子。もしや連中に思うところでもありましたか?」
「いや、別に……」
何でもない。と言おうとして、しかしこの胸に残るわだかまりをどうしても無視できず、ローズマリーはプリシラに問いかけた。ハグレと妖精。同じくこの世界の人間から差別されたマイノリティ。その中でも時に冷酷とも呼べるほどには冷静に判断できる彼女であれば、より彼らに近い意見が得られると期待してのことだった。
「……プリシラ、君は彼らについてどう思う?」
「別にどうも」
プリシラはきっぱりと言い放った。
「……なかなかはっきり言うじゃないか」
「当たり前ですよ。ただ暴れたいだけの無法者に対して思う事はありません。自由だ革命だとは言いますが、結局のところ相手に自分たちを認めさせるために相手を叩きのめそうとしているだけ。自己満足のために誰かを踏みにじっているにすぎません。仮に彼らがこの国をひっくり返すのに成功したとしても、その過程で失うもののほうが大きいに決まってます。そんな分かり切っていることから目を背けて、わざわざ剣を取るなど破滅の道を突き進んでいるにすぎません」
どこか自虐的にプリシラは語る。
「でも、彼らがどうしてそうなったかならわかりますよ。自分たちには自由も権利もない。何かをしようと立ち上がっても、余計な真似をするなと頭を押さえつけられて声をあげることすらも叶わない。そういう風聞に晒されて生きていたハグレというのは、貴方が知るよりもよっぽど多い。かくいう私たち妖精も、商売を始めてから軌道に乗せるまで何度妨害を受けたことやら。アルカナさんが取り持ってくれたおかげでこうして帝都にまで私たちの力が及ぶようになりましたけど、あれも結構な力技でしたからね」
「ああ、それは確かに」
妖精王国が帝都の経済の一部を掌握を行った一件は、今思い出してもかなりの超展開であったなと、ローズマリーもつい笑ってしまう。そしてそれは、それぐらいのことをしなければ状況は動かせなかったということでもある。
「何かを変えようとするなら、とても大きな力が必要だ。そしてそれに、善悪は関係ない。ただ、より大きな力が世界を動かしていくだけですよ。――例えば、お金とかですね!」
「……君が言うと洒落にならないな」
「ええ。他の方々はともかくとして、私は何事も力をぶつけ合って決めるより、お金で解決できれば良いと思ってます。アルカナさんもお金は価値に対する最も公正な尺度だと言ってました。お互いに物の価値を認めて、納得の上で交換したことを表す数字としてお金以上にわかりやすいものはないでしょう? ああ、安心してください。世の中はそれだけでは回らないってこともちゃんと理解できていますし、どれだけの資産を支払っても手に入らないものがあり、それをつかみ取るための力は、貴方たちの王様が持っているということを私は知っている」
在りし日の悔恨と、それ以上の憧憬を目に浮かべてプリシラは言った。
「まあ、何が言いたいかと言えば、あちら側には積もりに積もった恨みがあり、私たちにはそれを止めたいという意志があります。ならば、それだけで彼らに立ち向かうのは十分でしょう?」
「……そうだな。君の言う通りだ」
「ええ。相手の思想が何であれ、喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こうなんですから。貴方たちは正面から立ち向かって、存分に取り立ててしまえばいいんです」
そういうのはお得意でしょう? とプリシラが笑った。確かに、とローズマリーも頷いた。解放軍の大義はともかくとして、その所業は人々の生活を脅かす。ならばハグレ王国はこれを真っ向から打ち破り懲らしめる。
それが、この世界の負の連鎖を本当に断ち切るのだと信じて。
「さて、ヅッチー達を待たせちゃいけないので行きますよ」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん」
ストリートの彼方を見れば、お子様三人が自分たちの方を見て手を振っている。どうやら先に行かず待っていてくれたらしい。
「お、やっときたか。遅いぞー!」
「ごめんねヅッチー!」
「おう、ヅッチーは寛大だからな、許すぜ!」
「流石ヅッチー、優しい!」
ローズマリーが合流すれば、せっかちイカヅチ妖精が抗議の声を挙げ、プリシラが申し訳ないと笑顔で謝罪を口にしていた。
デーリッチはローズマリーが何やらすっきりした顔をしていることに気が付いたのか小首を傾げた。
「ローズマリー。何かいいことでもあったでち?」
「……うん。そうだね、君達はいつも元気だと思っただけさ」
そう言ってデーリッチの頭を撫でれば、先ほどと同じように嬉しそうな声が返ってきた。
次回は二日目の朝からです。