ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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二か月近く空いてしまった……。


その56.帝都動乱・二日目(1)

『二日目・朝』

 

 

 

 怒涛の一日目から一夜明けた朝。

 

 ハグレ王国一行が宿泊する宿屋に、二人は帰ってきていた。

 

「……」

「……」

 

 ルークもヘルラージュも互いに無言で、気まずそうに目を逸らしている。

 

 それもそのはず。

 彼らは紆余曲折あった果ての結構な超展開によってなし崩し的に一線を越えたのだから。

 

 ()()()()()あの後、疲労がたまっていた二人はいつの間にやら眠っていた。そして目が覚めた時、ルークは自分の体からやけに疲労が取れていることを確認し、やがて自分を苛んでいた応報の呪いが綺麗さっぱり無くなっていることを悟った。次に隣で眠っていたヘルラージュが目を覚ました。二人は一糸纏わずに密着していたお互いの姿を確認し、自分たちが何をしたのかを思い出した。

 

「あ、その……えっと……」

「お、おはよよよよ、ルーク君」

「……おはようヘル。少しは落ち着け。というか起きたのなら離れてくれ」

「そ、そうよね。もう朝だものね。……でも、もうちょっとだけいい?」

「……わかったよ」

 

 あれだけノリノリでやった癖に今更羞恥心がやってきてどう声をかけるか迷っているルークに、同じく顔を赤くしたヘルラージュも完全に混乱していた。

 そうして二人は喜びと羞恥の混ざった微妙な感情のまま、いそいそと着替えて協会を後にした。

 

 その時、施術を行ったであろう姉の姿はどこにもなかった。おそらく気を遣って一足早く宿に帰ったのだろうが、それは二人きりで何をしたのかをさらに思い起こさせるだけで、余計に気まずさを増すだけであった。

 

 どの面して皆を顔を合わせようか。もしや既に皆知っているのではないか? 自分達が致したことを知っているのは昨日チームを組んだ4人と、アルカナ含む召喚士組の計7人。誰も軽々と口を滑らせる者ではない。いや何人か面白半分でやる奴が混ざってはいるが、一応誤魔化してくれてはいる筈だ。

 

「……ああくそ、こんなうろたえ方してたらバレバレだ。平静にいくぞ、平静に」

「そ、そうよね! 変な心配かけるのもよくないわよね」

「ああそうだ。よし、行くぞ!」

 

 意を決して二人は宿の扉を開ける。

 

「……お、二人とも帰ってきたか」

「ようルーク、昨日は災難だったみたいだな。でも、その様子なら心配はいらなさそうだな!!」

 

 玄関にいたのはジュリアとニワカマッスルだった。

 幸先が良い。片や事情を知っており、もう片方はいくらでも誤魔化しが効く。ルークは内心でホッとした。

 

「おはようマッスル。お前も朝から元気だな」

「おうよ。朝の筋トレ後に飲むモーモードリンクは格別だからな。お前もどうだ?」 

「そうだな。折角だし貰っとくよ」

 

 精気は養っておきたかったのでルークは遠慮なくモーモードリンクを受け取り、一息に流し込む。企業秘密配合なスパイス由来の辛味が喉にピリリと焼け付き、体中に熱を巡らせる。

 

「……ぷはっ。サンキュ、目が覚めたぜ」

「へへっ、どういたしましてだ!」

 

 がっちりと拳と腕を組み合わせて二人は握手を交わしている中で、ヘルラージュはジュリアに顔を近づけ小さな声で話しかけた。

 

「……あのう、ジュリアさん。昨晩の事は」

「安心していい。皆には看病だと言っておいた」

「ありがとうございます……」

「それはそれとして、どうだったかい? はじめての感想は」

「ルーク君って結構積極的なのね……って何を言わせるんですか!」

 

 ヘルラージュはジュリアの律儀さに感謝したが、その気持ちは秒で消え去った。

 事が事なので言いふらしはしないが、どうやら個人的な話のネタにするつもりは満々のようだった。

 そんなふうに談笑を広げていると、彼らの斜め上から声がした。

 

「あ! 二人ともいるでち!」

「おはよう二人とも。ルークは大丈夫かい?」

 

 デーリッチとローズマリーが二階から降りて来るのを皮切りに、次々と仲間がやってきた。

 

「心配をかけたようですね。すみません」

「全くだよ。とはいっても、市街地だからって私たちも少し甘く見てた。今までのような窮地(ピンチ)はないだろうって思ってたよ」

「まあ、確かに色々勝手は違うからしょうがねえ。命があっただけ御の字ですよ」

「そうだね。何であれ、生きて帰ってきてくれたならそれが一番だ」

 

 

「おやルーク、もう戻ってきましたか」

 

 王国民とは違い薙彦は宿の外からやってきた。彼の泊まる部屋はないので当然である。薙彦はなぜか顔の幾つかに傷がついていた。

 

「おう薙彦。なんでお前怪我してるの?」

「そいつは私が一発くれてやったからだね」

 

 ルークが声の方向を振り向くと、そこにはジーナとアルフレッドがいた。アルフレッドは申し訳なさそうな顔をして薙彦を見ている。

 

「ああ、そういうこと」

 

 大方、アルフレッドから借りている金の件でひと悶着あったのだろう、そのうえで再び顔を会わせていると言う事は、一応の落としどころはついたと見ていいだろうとルークは納得した。

 

「朝帰りの気分はどうですか?」

「おい、誤解を招く発言はやめろ」

「いや誤解でもなんでむぐ」

「……ふーん」

 

 慌てて薙彦の口を塞ぐルークを、ジーナは興味無さそうに見つめている。一体その「ふーん」に何が込められているのかをアルフレッドは察し、色々と頑張っている友のために口を噤んだ。

 

 その一方で、ヘルラージュはヤエと雪乃に目を向けられていた。

 

「ところでヘルさん、なんだか肌がきれいですね?」

「そうね。いつも化粧要らずの反則級もちすべ肌だけど、今はそれ以上だわ」

「ぎくぅ!?」

(((おいぃ!? こいつら変な所で目が効きやがって!!)))

「あ、あらそうかしら?」

 

 乙女センサー侮るなかれ。

 隠しきれない痕跡を目ざとく見つけてくる二人にヘルラージュが分かりやすく狼狽し、ルークは内心めっちゃ焦っていた。

 

 とまあ、色々と怪しまれたりはしたものの、どうにかこうにか誤魔化すことに成功した二人。

 朝食を済ませいざ二日目の幕開けだ。というところで、集合した捜索隊には新しい顔ぶれが存在していた。

 

「今日から僕たちも加わるよ」

「あんた達だけじゃ人手不足でしょ。それに、昨日の体たらくじゃ流石に心配よ」

「そういや、二人も帝都で暮らしてたんだったな」

「私たちが通行証を持ってるの知ってるくせに、あんたの師匠ったらしれっと外してくれちゃって」

「まあまあ。僕たちに配慮してくれてたんだと思うよ。それにこうやって申し出ても特に何も言わなかったし」

 

 片や帝都の鍛冶ライセンスを持つジーナ。片や凄腕のゴーストハンター『俊英』ともてはやされるアルフレッド。どちらもハグレでありながら帝都内を自由に行動できるだけの実績を持っており、他の仲間たちよりは騒ぎになりにくいどころか市民権を得ているため大手を振って歩くことができる。むしろハグレと公言しなければ均整のとれた外見から、帝都での活動にはぴったりの人材と言えるはずだ。

 では何故彼女たちが昨日は参加していないのかという理由だが、それはアルカナがハグレである二人に気を遣って帝都捜索の任務を割り振らなかったからである。

 

「先生らしいなあ。私のことは容赦なくこき使うくせに」

「気遣い方が下手なのよ。そういう状況でもないでしょうに」

「先生はハグレに対してとにかく責任感じてるっぽいし、そのあたり不器用なのかもね」

「そう? 私からすればかなり冷徹な人間に見えるけど」

「私から言わせればどっちも正しいわね。慈悲深さと冷徹さ。何もかも背負った人間はね、その両方を矛盾せずに持ってて、いざというときはそれを躊躇いなく切り替えられるものよ」

「確かに、ミアさん最初は滅茶苦茶容赦なかったもんな」

「お姉ちゃんノリノリで魔女ロールしてたものね」

「二人ともおだまり。昨夜のこと皆に言いふらしてもいいのよ?」

「「すみませんでした」」

 

 ミアラージュは弟分と妹を一言で黙らせる。しばらくはこの言葉が効くことだろう。

 

「うっわ容赦ねぇ……」

「なあジュリア、つまりあの二人ってそういうことよね」

「そういうことだ。不可抗力みたいなものだし、黙っててくれないか」

「いずれバレるだろうにねえ。そういうあんたはその辺どうなのよ?」

「お生憎、こればかりは恵まれなくてね。その気も無いのに言い寄ってくる男は多いけどね」

「もったいないねえ。あんたもそう思うだろアルフレッド?」

「え、何でそこで僕に振るの?」

「チッ。こっちもこっちか」

 

 ジーナは鈍感な弟に舌打ちした。つい昨日までじれったい関係だった二人もそうだが、身の回りにいる連中がどいつもこいつも奥手だと冷やかすのも一苦労である。

 

「話を戻すけど、私たちは顔見知りも多いから問題ないわ。あの偏屈どもにもう一度顔を合わせるのは癪だけど、工業区に行くなら私が色々融通利かせられる」

「そういうジーナも結構気難しいよな」

「うるさいわね」

 

 茶化すジュリアをジーナは小突く。

 

「ま、別にいいですよ。人手が増える分には構わねえし、あんた達ならヘマすることもないだろうしな」

「ええ。お二人なら大歓迎ですわ」

「そうかい。んじゃ期待に応えるだけの働きはしてやるわよ」

 

 相変わらずの仏頂面だがジーナは笑った。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日の活動方針を発表しま~す」

「「「「わーパチパチ」」」」

「……ねえ、あんたらいつもそれやってるの?」

「え、ノリ」

「あっそ」

 

「つれませんわねぇ……。まずメニャーニャさんから情報を聞きに行きましょう。昨日捕らえた魔術師からの尋問は終わっているんじゃないかしら」

 

 昨日は多くの収穫があった。特に『サバト・クラブ』のアジトと思わしき場所に乗り込み、魔術師を捕縛した。彼らはマクスウェルとの関わりがあるということで、協会が尋問を行っている。そこから一日経過したので、首尾よく行けば何かの情報は得られている筈だ。

 

 

「よっーすメニャーニャ! 何か情報は得られたかー?」 

「朝から大声上げないでくださいよ先輩。品が知れますよ」

 

 場所は変わって召喚士協会。

 エステルに呼び出されたメニャーニャは眠たげに瞼を擦っていた。尋問はあれから夜通し続いていたのだろう。エステルに対する小言はいつも通りだがそこには横隔膜を抉るようなキレが足りなかった。

 

「うわ……罵倒にキレがない。お前ちゃんと寝てるのか?」

「これを見てちゃんと寝ていると判断できましたか?」

「ごめんなさいエステル。日が昇るまで仕事していたからメニャーニャはちょっと寝不足なのよ」

「元々私はそこまで寝ませんよ……ふあぁ」 

「おもっくそあくびしてんじゃん」

 

 続いてやってきたシノブがメニャーニャの不調を捕捉する。

 有事には自分のコンディションはちゃんと整えるメニャーニャがこのような状態になっているのは理由があった。

 

「仕方ないでしょう。連中、ホントに下っ端もいいところなんですから」

 

 思いのほか尋問は難航を極めていた。というのも、そもそもとしてルーク達が捕縛した『サバト・クラブ』の構成員は末端も末端。あくまで荷物の受け渡し役でしかなく、受け取った後は所定の位置に荷物を運び、そこからさらに受け取り役の者がやってくるという非常に回りくどい方法を取っていたからだ。

 

「その受け取り役については? 顔とかわからないか?」

「勿論聞きました。ですが、彼らは全員仮面を被っていたのでわからないとのこと。伝令として使わされていた者も同じらしく、淡々と取引内容についてのみ説明し、それ以外のことには沈黙を貫いていたとのこと。それもまるで喋る理由がないとかじゃなく、そもそも会話する能力がないのかと思うぐらいには不気味だったそうです」

「徹底した機密主義だな」

「ええ。これ以上は尋問しても情報が得られないと判断しました。その者達については現地で情報を集めていくしかないでしょうね」

「ああ。だがそんな露骨に顔隠したやつらは逆に目立つ。工業区で聞き込みをすれば誰かから目撃情報ぐらいは出てくるだろう」

 

 一つ目の探索ポイントは工業区に決定した。

 

「あとは暗殺ギルドだな。ちょっとばかり余裕が出てきたからこっちも調べておこうぜ」

「新規の調査もお願いしますね。解放軍が全ての糸を引いているのであれば、おそらく事前に名が割れた犯罪者たちは囮か前座です」

「目立つ連中を先に入れて、私たちにその対処をさせているうちに本命を帝都に入れるってこと?」

 

 エステルはメニャーニャが何を危惧しているのかを理解する。

 

「そう言う事です。こういうのには鼻が利きますね先輩」

「これぐらいはね。あの臆病者が考えることなんてわかってるわ」

 

 解放軍からすれば帝都に潜伏するのに全戦力は投入できない。だが帝都側はハグレ王国という強力な戦闘集団を思いのままに導入できる。他の街のように目立った行動を取るにはリスクが高すぎた。そのため、特に消耗しても問題のなく、かつ金で動かせる悪名高いアウトローを雇って先んじて帝都に送り込んだ。召喚士協会やハグレ王国がそれに反応してくれればよし、対処に追われて消耗したところで自分たちの持つ戦力を投入する。そういう魂胆だろうとエステルは考えていた。

 

 そもそも、エステルの冒険の始まりは協会内での政争だった。そこからハグレ王国と合流し、様々な地域や勢力の思惑を見てきた彼女の嗅覚は研ぎ澄まされている。ましてや相手にはマクスウェルがいる。協会にいた時からぶつかり合ってきたあの男が取る手段など分かり切っていた。

 

「マクスウェルの行動は恐らくそれでいいとして……問題はおそらくは参謀格である《青空オレンジ》こと、獣人アプリコについてです。水晶洞窟の一件で彼の実戦での恐ろしさは理解できましたが、このように長期的な戦いではどう行動するか。ルークさん、わかりますか?」

「……そうだな。アプリコさんはああ見えて取る手段が苛烈だ。基本的に自分たちの行動を分かりやすく示すためにやり方が派手になる。火事とか爆発とかな。いいか、青空オレンジの異名通り、あの人は青空を橙に染め上げるんだよ」

 

 ルークはアプリコの恐ろしさを思い知った出来事を思い出す。

 それはかつてチームの全員である貴族の屋敷に存在する宝物を盗みに入った時のことだ。中々に厳重な警備だったが、ラプスと薙彦の荒事コンビがなぎ倒している隙にルークが盗み、エルヴィスが逃走路を確保した。そして最後にアプリコが証拠隠滅を図ったのだが、その時に彼はなんと屋敷に火を放った。その屋敷が山に隣接しているにも関わらずにだ。

 ルーク達は後で知った事だが、その貴族はハグレ戦争において武勲を挙げた家系であり、多くのハグレ残党を捕虜民として虐げていた。それが事前調査を行ったアプリコの逆鱗に触れたのかは分からない。だが事実として彼はやった。

 炎は山に燃え移って山火事となり、空は昼になってもオレンジ色に染め上げられたまま。それを十分に離れた場所から凝視するアプリコの壮絶な笑みをルークは一生忘れない。アレはおそらく、ハグレ戦争においてアプリコが行った計略の片鱗にも満たないのだから。

 

「先月におきた貴族館のテロのようにですか」

「そういうこと。だがまあ、今こうして目立った動きがない時点でその心配はしなくていいだろ。薙彦、あの人はお前を誘ったときなんて言ってやがった?」

「そうですねえ――」

 

 

 

『やあ始末ヶ原君。久しぶりに会えて嬉しいよ』

『お久しぶりですねえ。とは言っても、ほんの数か月前ですけども』

『はは。年寄りになると時間の感覚がおぼつかなくてね』

『何を仰いますやら。そんなギラついた目をしている人が言うセリフではないでしょう』

『……やはり君は鋭いな。虚飾はいらん、本題に入ろう。薙彦くん、私たちの用心棒になる気はないか?』

『おやおや。久しぶりに会っての話がそれですか。私を連れて一体どこに喧嘩を売りに行くんです?』

『"この国"と言ったらどうする?』

『……ああ。最近話題になっているアレ、やっぱりアプリコさんのものでしたか。相変わらず手口が派手なことですね』

『傷跡と言うものは深くなければ残らないものだ。だが、この世界に私たちの痕跡を刻むにはそれでも足りない。ハグレと呼んだ者達の生きた様をこの世界に覚えさせるには、それこそ国一つは落とす必要がある』

『なるほど。それで帝都を攻めるというわけですか』

『受けてくれるかね? 報酬は言い値で払う』

『……生憎ですが、お断りします』

『理由は?』

『面白くないからです。私、これでも人でなしの自覚はありますので。ハグレの大義とかそういう高尚な話は別の方に持っていくのがよろしいかと』

『……そうか、君らしいな。残念だが仕方ない。この話はなかったことにしよう』

『おや、これはあっさり。てっきり『話を受けなければ死んでもらう』ぐらいのことは言うかと思ったのですが』

『ははは。君を始末するぐらいならまだラプスのほうが楽だよ』

『そうですねえ。ラプスは擦れてますがなんだかんだ真っ直ぐで読みやすくてチョロいので、甘い言葉一つ囁けば簡単に黙りますよ』

『……前にも言ったと思うがね、君は一度、彼女に本気で謝ったほうがいい。あと、借金もちゃんと返しなさい』

 

 

「――まあ、こんなふうに言ってましたよあの人は」

「傷跡……ですか?」

「ああ……。あの人は自分たちが忘れ去られることに怒ってたよ」

 

『私にとって、息子の存在だけが元の世界との繋がりだったんだよ』

『私は、あの子がいたという証を、奴らが忘却の彼方に押しやることを断じて認めない――――!!』

 

 水晶洞窟での慟哭が、戦いを潜った者たちの中で蘇る。

 記憶を失い、たった一人の家族すらも失い、年老いたハグレの末路があそこにはあった。あれはきっと、故郷に戻る事のできない者達の代弁でもあったのだろう。

 異世界から人を集めた召喚術。それは彼らの過去を辱め、現在を抑圧し、未来を奪った。故に彼らは尊厳の回復と言う名目で、この世界の何もかもを壊し自分の存在を刻み付けようとしているのだろう。

 

「まあ、アプリコさんはダメージが一番デカい時を狙って行動するって事だな。それはいつだ?」

「やはり明後日、それも式典の最中でしょうね。あの日は私たち帝都にとっては勝利の象徴であると共に、ハグレ達には苦々しい敗北の始まりです。帝国の歴史を否定し、自分たちの存在を知らしめるならこれ以上都合の良い時はありません。そしてこっちの都合が悪いことに今年はちょうど10年目。帝国からすれば負の歴史に一区切りをつけたい。だからテロの危険があるからと言って式典を撤回することも、王族が不参加ということもありえない」

「だったら、徹底的に奴らの居場所を探り当てて先にその企みを潰すしかないわね」

「だな」

 

 

 

 

 

 

「……侵入及び戦闘の痕跡が確認されたため件の倉庫は引き払いました。カースィム、ニダ、フィレンクト、ジェドとの連絡は途絶。また、グエンの生命反応が昨晩を境に消失。同じく市内に潜伏させていたノックがついさきほど重体で発見されたようです」

 

 伝令役のホムンクルスが無表情に報告するのを、椅子に深く腰掛けた男は聞いていた。

 

「成る程。先んじて潜伏させた連中は軒並み返り討ちに逢ったか。囮とは言え、騎士団を纏めて相手取れるだけの戦力を送り込んだつもりだったが、流石はハグレ王国と言うべきか」

 

 自分たちの勢力が削られていることに、くすんだ灰色の髪を短く刈り上げた壮年の男、ザナルは憤ることはなくむしろ敵方の健闘を讃えてみせる。

 対して鼻で笑ったのは上等な服を着た青年――マクスウェルだ。

 

「ハッ。悪名高くても所詮はただのごろつきってわけか。けどかわいそうだよなあ。あいつらがどれだけ頑張っても、俺たちの戦力は半分も削れないんだから」

「彼らの役目はあくまで我々が動きやすくするための地ならしだ。アプリコ殿が効率的に兵士を運用させるためには、敵方の戦力を把握しておく必要がある。ハグレ王国の者達がアドベラを退けられると分かった以上、こちらの戦力もより見積もるべきだろう」

「そんなのはいらねえよ。こいつがいればちょっと強いだけのハグレなんか目じゃねえさ。どうだビロード、そいつの様子は?」

 

 マクスウェルが視線を向けた先、そこには円柱型の水槽が浮かんでおり、中は魔術的な効能を持つ薬品で満たされている。水槽は機械に繋がれており、周りに視点を向ければ様々な機器がこの無機質な部屋に配置されているのが分かるだろう。

 そしてその水槽の中には鶏めいた頭部を持った巨大な鳥人が収められており、その様子をマクスウェルの部下、ビロードが頻りに観察していた。

 

「ま、まだ調整中なんです! ですがあと半日あれば少なくとも衰えた筋肉の分は戻ってくるはずです!」

「じゃあ細胞活性剤を倍で投与しろ。筋肉増強剤とα(アルファ)トランスもな」

「え……いいんですか!?」

「元に戻るだけじゃ足りないんだよ。そいつには10年前以上の力を持ってもらうつもりだ。いいからやれ」

「は、はい!」

 

 ビロードは慌てて機材を操作し、薬品の追加投与が始まった。

 

『クルォォォォ……』

 

 脳や心臓が刺激されたことで微睡みの中にいる鳥人がうめき声を漏らす。その筋肉は脈動し、より大きな体躯へと変貌を始める。

 それを見て笑みを浮かべるマクスウェル。

 対照的にザナルは眉を顰めた。

 

「……凄まじいな。だが大丈夫なのかね? あのクックルの悪名は私もよく知っている。いくら思考能力を奪って魔導兵に仕立て上げるとはいえ、過剰投与(オーバードーズ)は暴走の危険性があるのではないか」

「大丈夫さ。こいつに着ける魔導鎧は僕の技術を惜しみなく使った特製の鎧だからね。当然、制御権はこっちが持っているとも」

 

 マクスウェルは自信満々にそう告げる。己の手中に絶対的な暴力が存在することの重大さを彼はよく知っている。当然だが安全策も抜かりはない。クックルに身に着けさせる魔導鎧はハグルマの技術を盗んで改良した特別なもの。マナの供給を行うと同時に拘束具の役目を持ち、本来であれば命令など不可能なハグレをマクスウェルの意のままに動かせるようにできるはずだ。

 

「……まあいい。我々の役目は召喚士協会の制圧だ。派手に暴れてくれるならそれに越したことは無い」

「大体さ、あんたは自分の方を心配したほうがいいと思うぜ」

「うん?」

「あんたが黒魔術師のボスだからってさ、ただの魔術師がシノブやエステルに適うとか思ってるんじゃないか? ムカつくが、あいつらの魔術はけた違いだ」

「そのことか。確かに、かの王冠卿(ロード・クラウン)の弟子に真っ向から挑むなど正気の沙汰ではない。あの白翼が見初めた者だ。魔導の神髄の何たるかを理解する本物の天才に違いはあるまい」

 

 だがな、とザナルは言葉を切る。

 そのくすんだ灰のような眼の奥には、燃え盛る火が灯っていた。 

 

「吾輩もまた魔導の神髄、その一端に触れた者だ」

 

 ザナルはテーブルの上に会った空の瓶を無造作につかみ取る。

 火鼠の皮からできた手袋から黒い影のようなものが染み出す。

 

「見ていろ。他力本願の召喚術など魔導にあらず、真の魔術とは己の裡より湧き出る力を外界のマナを結びつけ自在に操ること也。例えばこのように、な」

 

 ザナルが力を籠めると、影が発火し炎が吹き上がる。彼が羽織る赤いマントの下、10年単位で着回されて擦り切れて色褪せた制服の襟元には、帝都技術局の襟章が熱に照らされて新品のように光輝いた。

 数秒後に炎が収まると、赤くドロドロになったガラスが手袋の上を滴り木製のテーブルを溶かした。

 

「屈辱と辛酸の日々。この世に数多ある魔術を学び研究の果てに我が秘儀は完成したと思った。しかしそれは思い上がりだった。吾輩の魔術は偉大なる導師、白翼の指導者ジェスター殿との邂逅にて完成のさらに先へと進むこととなった」

 

 壮年の魔術師は満足げに語る。

 召喚術など所詮は異界から物を持ってくるだけの力。真に個人の力を引き出せるのは、己の魔力(オド)を操りマナと結合させる魔術であり、召喚術を重用したところで自分に制御できないものを呼び寄せるだけだ。かつてそう唱えた彼の主張は冷笑とともに封殺された。以来、彼の胸には召喚術、ひいては帝国への憎しみが燻っている。ジェスターはそんな彼を見出し、時の経過とともに燃え尽きようとしていた灰に火を投じたのだ。

 

「……そうかい。んで、そのジェスターさんは何処に行った?」

「導師ならアドベラを探しに行った。彼女にはまだ仕事があるらしい」

 

 

 

 

 路地裏にてアドベラは歩を進める。 

 日が昇ってしばらく経つが、建物の影が折り重なった隙間は未だ薄暗い闇に包まれている。

 道とも呼べない細い路地裏を、ずりずりと這い進む。

 

「……はあ。クソっ。まだ馴染まないか……」

 

 アドベラは左腕を見る。失ったはずの肘から先には、白く不気味な肌とは対照的な、不衛生で浅黒い手が存在していた。

 あの後、逃走したアドベラは夜が更ける時間になって地上へと這い出た。そして彼女を花売りとでも思って不用心にも近づいて来た男を殺害し、腕を奪って自らに縫合した。不本意ではあったが、四肢の欠損は魔法使いにとって体内のマナの流れに乱れを生じさせる。

 あの三人が爆発で死んだとは考えづらい。あの男は呪いで死ぬだろうが、そこから仲間を呼ばれて本腰を上げられる可能性が高い。アドベラは廃墟に貯めておいた屍人を集めて体勢を立て直そうとしたが、別動隊がいたのだろう、屍人たちは何者かの襲撃を受けて全滅していた。

 

 この時点で正しい判断は帝都を出て僻地に潜伏すること。だが彼女はそれよりも先に借りを返すことを選んだ。死霊術師として名高き彼女が恐れられたのは作り出す惨状だけではなく、よほどの相手でなければ絶対に受けた屈辱を返す執念深さでもあった。

 つまり、アドベラは完全にキレていた。左腕を奪ったあの女。ラージュ家の後継者ヘルラージュ。彼女を痛めつけ、最後にはその死体を使役してその尊厳を辱めてやらなければアドベラの気は収まらなかった。

 まずは次の潜伏先を見つけ手駒を増やす。幸いここは帝都、大陸最大の街だ。死体など日常的に発生するし、広大な墓場も存在する。もっと言えば行方不明者が出たところでさほど気にも留められない。なりふり構わなければ一日だけで軍勢を築き上げることは不可能ではない。

 

「許さないよ、あのガキども……!」

「その意義や良し。流石はアルカナを一度は出し抜いた女だ」

「……っ!」

 

 背後から聞こえた声にアドベラは振り向く。

 暗がりから染み出るように人影が現れる。

 闇に溶けるような黒衣と、対称的な白い髪の人物を彼女は訝しんだ。

 

「お初にお目にかかる、死霊術師アドベラ殿」

「あんたは……」

「私の名はジェスター・サーディス・アルバトロス。ザナル殿と解放の契りを結んだ同胞であり、召喚人解放戦線を創設した者だ」

「なるほど。あんたがあいつに色々吹き込んでやったわけか」

「然り。私はこの国を、ひいてはアルカナの理想を砕くために彼らを呼び集めた。ザナル殿もこの国には思うところがあり、我々の思想に賛同してくれた。君はその尖兵として動いていたというわけだ」

「……そうかい。それで、無様に負けたあたしを粛清にでも来たかい?」

「まさか。我々は既に敗北した者、今を享受する者たちを憎む存在だ。故にこそ、復讐を望む君の力になり得る」

 

 ジェスターはアドベラの補われた左腕を手に取る。

 

 黒い影が染み出し、その腕を取り込んだ。

 アドベラは慌てて振りほどこうとして、それが何なのかを理解して驚愕に目を見開く。

 

「……これは!」

「白翼王の秘奥。悪性の具現。虚数の海より湧き出る混沌の力、君にも授けよう。死に通じる術に精通した君ならば、これの使い方は良く知っているだろう?」

 

 黒衣の魔術師はにっこりと笑う。

 

「いいのかい? こんな玩具をもらったら、我慢なんてできそうにないよ」

「派手にやり給え。私たちの怒号は、そうでなくては届かない」

 

 その言葉を最後に、混沌の使い手はどろりと影に溶けて消える。

 

 アドベラは置き換わった左手を見て、その口を裂けるように歪めた。

 

 

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