ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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またまた期間が空いてしまいました……。

探索パートです。
中盤はジュリア隊長の一人称で進みます。


その57.帝都動乱・二日目(2)

『二日目・工業区』

 

 

 工房、製鉄所、鍛冶場などが立ち並ぶ工業街。

 帝都の中にありながらも職人ギルドから発展した企業組合が半ば支配する自治領域。

 レンガの屋根には林道のように煙突が立ち並び、黒い煤の葉を空に散らしている。

 

 ここでルーク達は帝都に潜伏していると思わしきマクスウェルの居場所を掴むべく、昨日に引き続き情報収集を行っていたのだが……。

 

 

「ようよう、そこのお嬢ちゃん」

「そんなひょろいやつより、俺たちと遊ばねえか?」

「え、ええと……」

 

 

 ヘルラージュがナンパにあっていた。

 話しかけてきたのはいかにも柄が悪い男の二人組。若い労働者の多いこの工業区において、上等な身なりかつ容姿に優れるヘルは目を惹く。普段はそれが情報収集の役に立つのだが、今回は裏目に出てしまったようだ。

 特に今は祭日。浮かれ切った男たちが絶世の美女とも呼べるヘルを口説きにいかないほうが無理だと言えよう。

 困ったようにルークを見るヘルラージュ。一方ルークは冷ややかな目つきで男たちを観察してため息を吐き、突き出そうとしていた傭兵証をポケットに仕舞いこんだ。

 

 

「レンディに、そっちはペッチョか。驚くほど変わってねえなお前ら」

「なんだ兄ちゃんよぉ。てめえに用はねえからすっこんでな」

「……ん、あれ? なんでお前、俺たちの名前……」

「あー、違ったな。俺たちの挨拶つったら、こうか」

 

 名前を言い当てられて目を丸くする太った男の顔に、ルークの拳が思いっきり突き刺さった。

 

「ごぶへぇ!?」

「な、てめえ!」

「人の女になに手をだそうとしてんだペッチョ? いやそういや昔っからもの取り上げるいじめっ子だったなお前は。そんでエステルにボコボコにされて泣かされてたっけか?」

「な、なんでそのことを」

「レンディも変わらずコイツとつるんでるのか。こんな昼間っからナンパとか暇人かよ」

 

 

 細身の男――レンディもそこで気が付いたのか、目を丸くしてルークを指さす。

 

 

「お……お前、まさかルークか?」

「いてて、この野郎!」

「おい待てペッチョ!」

 

 殴りかかろうとしたペッチョをレンディが引き止める。

 

「離せレンディ!」

「そうじゃねえ、こいつルークだ!」

「……へ? うわ、ホントだ」

「気づくのがおせえよボケ」

 

 顔を見て驚く二人の様子にルークは毒づく。

 ルークは彼らとは昔に面識がある。彼らは小学生の頃につるんでいた西区の不良少年グループの仲間だ。特別仲が良かったわけでもないが、痩せぎすのレンディと太ったペッチョの二人組は分かりやすいコンビだったのを覚えている。

 

「生きてたのか。てっきり外でくたばったかとだと思ってたわ」

「エルヴィスのおっさんについていったって聞いたときはああ、死んだなアイツってみんな思ったからな」

「だからって気づかねえものか? 大して顔も変わってねえだろ」

「「いや、お前がそんな服着てるとは思わなかった」」

「てめえらもかよ!」

 

 声を揃えて言う二人に、そんなに自分の服は似合わないのかと内心悩むルークであった。

 

「ルーク君、知り合い?」

ピンク(エステル)と同じで、ガキの頃のダチだよ」

 

 男が知り合いだと分かるや否や、二人は先ほどの下心丸出しの表情から手のひらを返したように好意的な感情を顔に出す。

 

「なんだよルーク。その可愛い子はお前の女かよ」

「そうだよ。わかったらこれ以上ナンパすんじゃねえ」

「つーかめちゃくちゃいってえなお前の拳。いくら連れだからってガチで殴るこたねえだろ」

「悪いな。おめえらみたいなのが片っ端から寄ってくるもんだからつい」

 

 そう言ってルークは左手でヘルラージュを抱き寄せる。突然のことにヘルラージュは頬を赤らめながらも腕を絡め返した。

 

「けっ。見せつけやがって。冒険者として成功してるとか羨ましいねえ」

「はは。毎度毎度死にかけてるからな。実入りがよくなきゃやってられねえよ」

 

 なお、ルークの生活に余裕が出始めたのはハグレ王国に加入してからである。

 

「んで、そんな勝ち組のルークさんはこんなところに何の用だい」

「そうだった。丁度いい、お前らこの辺で怪しい連中を見かけなかったか? 顔を覆ったような奴らとか、似たような顔してる集団とか。どうせぶらぶら歩きまわってんだろ、何か知らねえか」

 

 昔話もほどほどにルークは本題を切り出した。

 

「顔を隠した奴ら? 知ってるかレンディ」

「んー、知らねえな。ペッチョはどうだ?」

「俺も同じだな。ぶっちゃけここで顔隠してるやつなんて割といるしな」

 

 その言葉でルーク達が辺りを見れば、確かにタオルや布、ゴーグルを身に着けたまま通りを歩いている者が何人か見かけられる。工業区は作業中に出る塵や火花から顔を護るために目や口、鼻を隠している者は多く、そのまま外出するものも割と多いのだ。

 

「ちっ。そうか」

「あ……でもそうだな。こないだ夜中まで倉庫の整理させられてた時、やけに大量の荷物を運んでいく連中がいたな」

「え? その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

 ずずい、とヘルラージュが話に食い付く。均整の取れた顔と微かに漂う良い香り、そして露出度の高いドレスから見える谷間に鼻の下を伸ばすペッチョだったが、ルークの鋭い視線に気がついて平常心を取り戻す。

 

「お、おう……。どいつもこいつも揃って頭からローブ被ってたし、ちらっと見えた顔も仮面でわかんなかったんだよ。てっきり仮装の準備とか何かかと思ってたけど、今思えばめちゃくちゃ怪しいな……」

「どっちの方角に行ったとかはわかる?」

「北だよ。あっちは本社だの事務所だのが多くて俺たちみてな下働きは行く用もねえからそれ以上のことはわかんねえけど」

「ううん。充分よ、ありがとう!」

 

 ヘルラージュに手を握られ、ペッチョは声にならない声を漏らした。

 

「う、羨ましい……」

「言っておくが、あれ以上はやらせねえからな」

 

 相方だけいい思いをしていることにレンディがぼやくが、ルークが釘を刺す。あれはあくまでヘルラージュが無意識に行う処世術のようなものであり、そこにやましい事情が一切ないことは理解している。その証拠にすぐに手を放しており、ペッチョは残念そうに自分の手を眺めていた。

 

 

「おーい、二人とも。そっちは何かわかった?」

「あらエステルさん。ちょうどいい話が聞けたところですわ」

 

 そこに見計らったようなタイミングで、エステルがやってきた。

 

「……ん? レンディにペッチョじゃん。こりゃまた久しぶりな顔だな」

「うわ、エステルだ」

「召喚士になったって聞いたけどマジだったんだな」

「ガリ勉してたのは知ってたけど、まさか本当になってるとはな」

「だろ? 俺だって最初は信じられなかったわ」

「どういう意味よそれ!」

 

 エステルの怒号が飛ぶ。昔のエステルを知る者からすれば人気の低迷で敷居が底辺級になっていたとはいえ高度な知識を必要とする召喚士に彼女がなったと信じるのが無理な話であり、実際にエステルは筆記試験がほとんど振るわず、実技試験を感覚でクリアしてしまった風雲児だったので彼らの考えはあながち間違いでもなかったりする。

 

「っと、そんなことはいいわ。何か有力な情報掴んだって?」

「ああ。ひとまず隊長たちと合流してからだな。何処に行った?」

「ジーナが伝手を頼るって言ってたわ。多分鉄工ギルドじゃないかしら」

「鍛冶屋の元締めか。そりゃ確かに情報は握ってそうだ」

「ジーナさんが昔お世話になっていたところなら積もる話とかで長くなりそうですわね」

「じゃあどこかで時間潰すか?」

 

 そうして話し合っていた三人を、端から見ていたチンピラが茶化す。

 

「おいおい、両手に花かルークよぉ」

「エステルは別に羨ましくねえけど、そっちの黒い嬢ちゃんとかマジどこで捕まえたんだよ」

「俺たちだって可愛い子とお近づきになりてえよ。そのピンクが一緒ってことはお前もハグレ王国にいるんだろ? ぶっちゃけ俺たちハグレとか大して気にしてねえし、いい子いたら紹介してくれよ」

「あんた達に紹介してやる子なんて誰もいないわよ」

「え? あのサイキッカーとかいいんじゃねえの?」

「それヤエさんに言ったらねじられても文句言えませんわよ……?」

 

 確かに見た目は良くとも色物ぞろいのハグレ王国ではあるが、少なくとも目の前のチンピラ共は紹介してやってもいいと思える性格ではない。

 

「じゃあさ、女の子落とすテクとかだけでも教えてくれねえか?」

「魔物相手に一緒に死にかけてみればいいんじゃねえか? 案外コロッと行くかもな」

「んな漫画じみた展開あるわけねえだろ」

 

 ルークの提案は一笑に伏された。 

 

「つかお前ら、マジでこんなところでナンパなんかやってていいのかよ」

「おっといっけね。これ以上時間かけてっと親方にどやされちまう」

「じゃあなルーク! なんだかんだ会えて嬉しかったぜ!」

「おう。元気でな二人とも」

 

 二人は風のように去って行った。

 

「ふぅ……。マジで変わんねえな、あの二人」

「良かったですわね。昔のお友達と会えて」

「そんないいもんじゃありませんよ。精々一緒に悪さした程度の付き合いだ」

「ところでさ、さっき言ってたアレ何だったの?」

「何が?」

「いや、魔物相手に死にかけたーってやつ。あしらうだけにしてはやけに真剣味があったからさ」

「あー、それか……」

 

 エステルの疑問に、ルークは少々ばつの悪そうな顔をしてから言った。

 

「ん……まあかなり情けない話になるんだけどな。ヘルと最初に会ってパーティ組んだ時の事だな。あの時は魔物討伐の依頼を受けたんだが、途中でヘルがメンタルナイスの補充忘れて魔力(MP)切らしちまったんだ」

「え、それかなり不味くない?」

「ああ。その時のパーティは四人だったが、ヘルがヒーラーと魔法攻撃の両方を担ってたからな。ターゲットの討伐は何とか上手くいったけど、その後の帰りにもっとやべえのと遭遇しちまった。不意打ちで戦士のやつが真っ先にやられて、弓持ちが次にやられた」

「……あんた達はどうやって生き残ったの?」

「どうしようもねえからこいつに頼った」

 

 そういってルークは《死の弾丸》を取り出して見せた。

 拳銃に込めて撃てばその場にいる誰か一人の急所を確実に撃ち抜く博徒(ギャンブラー)の呪具。その恐ろしさはハグレ王国の者達にとっては語り草である。実際に行使された場面に立ち会っていないエステルだが、こうして目の当たりにするとその悍ましさに息を呑んだ。

 

「一か八かで撃ったら丁度そいつの頭にズドンといったんだよ。あれ決まってなかったら俺たち死んでたな」

「ええ。あの弾丸は生きた心地がしませんでしたわ」

「あんたら昔っからギャンブルみたいな人生送ってたのね……で、それからヘルちんと一緒にいるってわけね」

 

 その言葉にルークは頷く。

 

「ああ。こいつ一人にしたらまたうっかりで死にそうだからな。放っておけなかったんだ」

「初めて会ったときからずっとルーク君には頼りになりっぱなしですわ」

「そうかい? なんだかんだ言って俺もヘルには何度も助けられてると思ってたが」

「あら? ならもっとルーク君に助けられた話とかしてみる?」

「おいおい。そんなことしたら日が暮れるぞ」

「ただの惚気じゃねえか」

 

 一晩明けてから二人の振る舞いが露骨になったなと感じるエステルであった。

 

 

「全く、ヘルったら昔から迷惑かけてばかり。ルークもヘルを甘やかしてるんじゃない?」

 

「……へ?」

 

 唐突にルークの背後から声がする。

 振り向いてみれば、そこにはミアラージュが呆れたような顔で立っていた。

 

「どわあっ!?」

「お姉ちゃんいつの間に!?」

「さっきからずっといたけど?」

「気づかなかった……」

「そうでしょうね。だって死体だもの」

 

 ゾンビ体操のポーズをとってみせるミアラージュ。これぞ秘儀ゾンビ歩き。生気を感じさせない足取りで気配を消しながら相手の背後に忍び寄る技だ。要はゾンビジョークである。

 

「いや~、まじでゾンビみたいな歩き方だったわ」

「エステルさんもなんで黙ってるんですか!?」

「え? ルークが気づいてないのが面白そうだから黙ってた」

「ピンクお前な……」

 

 してやったりと笑うエステルをルークは睨みつける。

 

「ま、それはそれとして。情報得たんでしょ? なら早くジーナたちの所に行きましょう」

「へいへい。鍛冶ギルドって場所どの辺だ?」

「えーっと、地図だとこっちかな。あ、でもここを通れば近道できるかも」

「流石はカエル商店街の番長。路地裏探索はお茶の子さいさいってか?」

「いつの話してるのよ。大体路地裏はあんたの領域だったじゃん?」

 

 そうして細い路地に入っていく四人。

 その後ろ姿を、黒猫の双眸が見つめていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 速足で進みながら、太ったほうのチンピラが口を開く。

 

「ところでよお、レンディ」

「なんだよ、ペッチョ」

「なんで俺がルークの奴に殴り返そうとしたのを止めたんだ? アイツ喧嘩は弱かったし、何回かやり返してもよかったんじゃねえか?」

 

 今更になって言うペッチョに、レンディは顔を横に振ってみせた。

 

「馬鹿かお前。アイツの目ちゃんと見たか? ありゃ既に殺しやってる顔だ。冒険者っつってたけど、絶対ヤバい仕事とかもやってるやつだよ」

「マジか……でも確かに、アイツのやり口が一番おっかなかったもんな」

「昔から花火で爆弾作ってたりしたもんな。エルヴィスさんの話に一番食いついてたのもアイツだったろ?」

「今になって思えば、あの人どうみても堅気じゃなかったよな。……てことはよ、あの嬢ちゃんもそれぐらいやべえのか?」

「かもな」

「ひゃぁ、おっかねえ」

「親方のところで働けてよかったよなあ俺たち」

「仕事もナンパもほどほどにってわけだな」

「ちげえねえ」

 

 そうして彼らは買い出しの役目をまっとうするために、スピードを上げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 工業区。

 帝都鍛冶鉄工組合(ギルド)総合事務所。

 

 帝国の鍛冶鉄工業者の多くが名を連ね、鍛冶屋ライセンスを始めとして職人の免許を発行する組合の総合本部。召喚士協会の本部よりは劣るものの、多くの職人たちが集うその規模は圧巻の一言だった。

 

 

「邪魔するわよ」

 

 いきなり入ってきたジーナの姿を認めると、頭にタオルを巻いた見習いと思わしき青年がぎょっと声を挙げる。

 

「げぇ、ジーナ!」

「久しぶりに会った顔を見て『げぇ』はないんじゃないの? まあいいわ。爺さんたちいる?」

「棟梁なら今は事務室で休んでいるが……」

「じゃあ通るわ。アポはとってあるから気にしないで。後これ手土産」

「え、ちょっと……」

「ああ、姉さんがすいません」

 

 徒弟に紙袋を押し付け、ジーナは建物の奥へとずかずか進んでいく。その後をアルフレッドが平謝りしながらついていき、そこから私も後に続いていく。

 

 我が物顔で廊下を歩いていくジーナの姿を、通りすがった職人たちが驚きの目で見ている。男社会である鍛冶工房に女性が入ってきたからと言うよりは、ジーナの存在そのものに驚いているようだ。修業時代に何度も女のくせにってナメてくるだのいやらしい目で見て来る男ばかりだのと愚痴を聞いてやってはいたが、彼女の性格からしてやられっぱなしでいるわけがなかったようだ。

 目的の部屋の前までたどり着いたジーナは勢いよく扉を開けた。事務室の中は意外と整頓されていた。流石に職人仕事である以上は作業場以外もきっちりする必要あるってことだろう。熟練の職人たちが突然やってきたジーナを見て目を丸くしている中、一番奥の机にどっかりと肘を乗せた初老の方が帳簿から視線を動かすことなく言葉を発した。

 

「……扉ぐらい丁寧に開けろ」

 

 地獄の底から響いたのかと思うぐらいにはドスの効いた声だった。

 貫禄を漂わせるそのご老人が、おそらくはジーナがかつて所属していた工房の棟梁だというのは容易に相応がついた。

 なぜかって言えば、鍛冶屋として働くときのジーナが発する雰囲気と似ていたからなんだけど。

 

「悪いね。急用だったもんで」

「ハン。まあいい、久しぶりじゃねえかジーナ。茶ぐらいは出してやる」

 

 そうして人数分の茶が出される。丁度喉が渇いていたのでありがたく啜る。

 一応歓迎されているのだろうが、一触即発のような沈黙にアルフレッドは気が気でない様子だ。実は私もちょっとだけ緊張している。職業柄、お互い鍛冶屋の世話になることが多いけど、その中でもこれだけの圧力を放つ人物は初めてだった。

 

 ずず、と珈琲を啜ったあとに棟梁は口を開いた。

 

「てめえが打った槍、見た」

 

 しわがれたガラガラ声が端的に告げる。

 ジーナはハグレ王国に来るまではこの棟梁の元で修業に励む徒弟だった。つまり棟梁とは師弟関係の間柄であり、そんな彼から自らの作品を見たと言われることのプレッシャーは計り知れないだろう。

 魔物とは異なる圧力にアルフレッドが思わず身を竦ませていた。ゴースト相手にはとても険しい顔になるくせに、ただの人に対してはまるで子供のように身を縮ませるとは。こういうところは変わってないね。

 

「おや、私の武器を買ってくれてるとは鍛冶屋としては嬉しい事だね」

 

 しかしジーナは涼しい顔で切り返した。

 彼女は圧力にひるむどころか減らず口を叩き返していた。師を相手に不遜極まる態度だったけど、棟梁は目を閉じただけ。お互いこの程度のやり取りは何度もしていたのだろうね。そしてそれが自然な光景だと思えてしまったからちょっとだけ口角が上がる。

 

「嗚呼。なまくら打ってオレの前に姿見せるようなら頭カチ割っているところだったがな」

「うちの連中が拾ってくる武器なんかに負けてたら鍛冶屋の名折れさ」

 

 うん。確かに私たちって次元の塔に何度も挑戦して色んな装備を集めてきているけど、世の中の冒険者たちからすればそれを容易くこなすことは難しいはずだ。そして、それらに負けないだけの装備を作ったり、素材と組み合わせてより強い装備に仕立ててくれるジーナの腕前はA級の肩書に恥じないだけの技術を持っている。今じゃもうジーナに装備を手入れして貰わないと満足できなくなってしまった。どうしてくれるんだ。

 

「小娘が一丁前の口を利きやがって。んで、そいつがてめえの弟か」

「あ、どうも。アルフレッドです」

「何かしこまってんのよ。ただの爺じゃない」

「ハン。姉と違ってしつけが行き届いているようだな」 

「うっさいわね」

 

 憎まれ口をたたき合う二人だが、その声に侮蔑の感情はない。

 

「で、協会のやつに手紙寄こさせてまでてめえらハグレ王国が何の用だ?」

「ちょいと野暮用を請け負ったのよ。最近物騒だし、この辺で変な連中がうろついているって言うから何か知らないか聞きに来たの」

「鍛冶屋が傭兵の真似事ときたか」

「そうよ。文句ある?」

「いんや。鍛冶屋が満足に武器を振るえないなんざ笑い話にもならんだろう」

 

 "鍛冶屋は武器の性能を試す必要があるから、必然と武器の扱いに熟達する"

 ジーナは剣や弓のような物理だけじゃなく、杖やマジックアイテムなどの魔法系の武器もしれっと使いこなして見せるのにはそういった訳がある。出会った時からハンマーを振り回していたから、元々武器の扱いには才能があったんだろうけど、魔法は使えないのに魔法の武器は使えるっていうのはそうそうない才能だろう。

 

「で、こっちの質問についてなんだけど」

「ああ。確かにオレらの側で何かがうろちょろしてやがるよ。これを見ろ、ついさっき届け出がきた発注表よ」

 

 無造作にテーブルへと投げおかれた書類を、ジーナは手に取った。

 横から覗き込んだそれは鍛冶ギルドが管理する交易の帳票であり、何の変哲もないものだ。

 だが、問題なのはその中身だった。

 

「何これ。新しい機械でも導入するつもり?」

「んなわけねえだろ。だが実際にそんなものが工業区(ここ)に運び込まれてやがる。事務の奴らに聞いたが、どこもそんな注文はしてねえって言いやがる」

 

 ギルドは健全な経済活動を推進するために大きな抜け駆けや資材の独占を防いだり、帝都ブランドという品質を一定に保つためといった目的のため、帝都に持ち寄られる交易内容の一部を知る権限を持っている。

 今回ギルドに流れてきた情報は工業に用いる機材の輸入。新規に導入する機材だと言われたそれらは帝都の中では見たこともない機械であり、当然検問も怪しんだのだが、商人はギルドの証明書を提示してきた。れっきとした貴族の証印付き。とてもじゃないけど偽造なんてできないそれを出されたことで、検問も彼らを通したらしい。

 だが当然そんなものはギルドには入ってきていない。どういうことだと彼らは検問所に問いつめ、より詳しく取引内容が書かれた帳票がこれだと言う。

 

「その機械を持ってきたのはモーケン採掘。帝都(ここ)じゃ取り扱ってねえ零細業者だ。んで取引先がオーリョウ工業。こっちもオレたちのリストにはねえ名前だな」 

 

 ギルドの証明書を偽装してまで帝都に運び込んだ機械。

 そのような代物について、今の私たちに思い当たるものなど一つしかない。

 かつて水晶洞窟でデーリッチ達を追い詰め、エルフ王国との共同戦線でも会敵した魔導鎧。そしてそれを作り、持ち込めるだけの工作が出来る勢力もまた一つだけだ。

 

「……ハグルマか」

 

 神聖ハグルマ資本主義教団。異世界の海神を崇めるハグレを発端とした組織は、召喚人解放戦線と合流している。彼らが量産した兵器は帝都の水準を上回っており私たちでも一対一だと未だに手こずる、そんな代物を身に着けた兵士が帝都で暴れれば、とてもじゃないが帝国騎士団では太刀打ちできない。

 

「知ってんのか」

「私たちがやりあってる連中にそういうのがいるのよ」

 

 大方、解放戦線は魔導兵を帝都に忍び込ませ、式典と同時に内側から攻めるつもりなのだろう。だが今ここでハグレが機械の鎧を着て帝都で暴れ回るなどと口にすれば誰が聞いているかわかったものじゃない。余計な混乱を避けるため、ジーナは出来る限り大雑把に答えた。

 

「ハン。どうやらお前たちのほうが今回の騒動には詳しそうだな。近頃は世の動きが妙だし、こりゃ一波乱起きるか」

「そういうこと。長生きしたいなら避難の準備をお勧めするわ」

「馬鹿いえ。オレたちから工房を奪ったら何が残る。例え帝都が攻め込まれようがオレはここを離れんぞ」

 

 どっかりと椅子に座って構えるその姿は、ハグレの一人二人ぐらいならば返り討ちにしてしまえるだろうという説得力があった。

 

「ハグルマだのキグルミだの知らねえが、ギルドの名前を勝手に使った落とし前はつけさせてやらなきゃいかん。だが今は騎士団から大量の発注が来ていてそっちに回せるやつがいねえ。面倒事を引き受けてくれるならそっちに任せるぞ」

「ああ。最初からそのつもりだよ」

 

 

 

 

 

 事務所を後にすると、ジーナは大きく肩を落としてため息をついた。

 

「は~あ。疲れたわ。流石は棟梁、息が詰まるかと思ったわ」

「ええ? あんなに打ち解けた会話してたのに……?」

 

 心底嫌そうな顔で語る姉を弟は怪訝な目で見る。

 確かに、いくら慣れ親しんだ中とは言えあの圧力だ。それを良く知っているジーナは

 

「たまたま機嫌が良かっただけよ。無愛想だからわかりづらいったらない」

「姉さんも割と同じだと思うな……」

「お、姉に向かって失礼な言葉を叩くのはこの口か?」

「あだだだだ!?」

 

 ぎりぎりとアルフレッドの頬が抓られる。こいつは無自覚なのかたまにデリカシーにかける言葉を吐くからな。もう少し乙女心と言うものを分かってほしい。

 

「いてて……。とにかくいい情報が手に入ったし、ルーク達と合流しよう」

「そうだな。ところで、薙彦のやつは何処に行った? 先ほどから姿を見かけないが」

 

 先ほどから姿を見かけないあの和国人(ろくでなし)の姿を二人に尋ねる。

 実力は本物だし、そうそう裏切らない奴なのはわかっているが、それはそれとして奴に単独行動をさせるとどんな問題を持ってくるかわかったものじゃない。ただでさえ方々に借金を作って踏み倒しているから、取り立てが襲い掛かってこないとも限らない。同行する以上は常に目を光らせておきたいと言うのが本音だった。

 

「私は知らない」

「あれ? ここに入るまでは確かにいたんだけどな……」

 

 アルフレッドも心当たりがないらしい。

 仕方がないのでそのまま事務所を出て、受付と隣接する装飾品店へと足を踏み入れた。

 

「しかしいい品ぞろえですねここは。その髪飾りも良く似合いそうだ。ほら、この色あいとあなたの髪の色が合わさってまるで華のようだ」

「わ、本当だ……!」

「そうだ。此処で出会ったのも何かの縁です。この後一緒に食事などしてみませんか? ああ大丈夫です。代金は私(の仲間)が持ちますから」

 

 そこには一般客の女の子相手にアクセサリーを見繕いながら口説きにかかっている和国人の姿があった。

 いや、ホント何してんだろうねコイツ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ところでさ、ふと気になったんだけどいいかピンク?」

 

 ギルド本部までの道を歩く中、ルークがエステルに質問する。

 

「何?」

帝国(俺たちの国)って普通の魔法についてはどうなってんだ? 召喚士協会以外てんで名前を聞かねえが、まさか召喚魔法以外は野良の連中しか研究してねえってことはないよな?」

「あぁ。確かに私たちが子供の時に召喚術が流行ってそこからずっと協会が目立ってたものねえ」

 

 ルークの疑問は今更だが最もだった。

 魔法とは多くの系統が存在し、召喚術はそれらの一つに過ぎない。だというのに帝国において正式に組織された魔法機関は召喚士協会のみ。冒険者たちは様々な魔法を用いているというのに、発見されて十数年しかたっていない召喚魔法のみが研究されているというのは少々おかしい話ではある。

 

「それは単純な話ですわ。召喚術がこの世界に莫大な恩恵をもたらしたことで、帝国は魔法技術局の中で召喚魔法を発見、研究していた一門を召喚士協会として独立させました。そうして召喚士という職業が生まれ、今私たちが知っている状況になったのですが、その反面元々あった技術局は権威が弱まってしまい、あまり表舞台には出なくなってしまったのです」

「ま、その後すぐにハグレ戦争が起こって召喚術の人気は地に落ちたけど、それは召喚ブームで大規模なリストラをした技術局も同じ。そのせいで多くの魔術師は帝国を見限って野良に下ったり《サバト・クラブ》なんかの魔導ギャングに加わったりしたわけでさ。技術局はそっち方面の対策に手をこまねいているのが現状なのよ」

 

 ヘルラージュの解説にエステルが付け足す形で答える。

 

「へー、よく知ってるんだな」

「当たり前よ。先生に散々叩き込まれたからね。というかヘルちんも結構知ってるな」

「ええ。歴史というのは魔術において一番重要ですもの。特に私たちの古神交霊術は旧き歴史を紐解く者と言っても過言ではありませんのよ? ね、お姉ちゃん?」

「ふーん。今の帝国ってそんなことになってるのね」

「……え、あれ? お姉ちゃん?」

 

 自信満々に姉に聞いた答えが、あたかも今知ったみたいな感じの反応にヘルラージュは困惑する。

 

「おあいにく様だけど、私の世情知識は10年前で止まってるわ。もともとラージュ家は世間からちょっと離れて過ごしていたし、丁度召喚が流行ったころは家がゴタゴタしてたからね。ハグレのことだってヘルと別れてから知ったわ」

「ああ。そう言う事ですかい」

 

 ミアラージュはおよそ10年ほど前に死んでおり、そこから5年ほどたって復活している。そこから数か月ほどであの惨劇が起き、その後は人目を避けるように各地を転々としていたため、帝国の事情を知る機会がなかったのである。

 

「いやあ、元々悪霊とか呼び出している身からすると、生きているものとはいえよその世界から無造作に呼び出すとか制御できないだろうに馬鹿なことするなーって思ってたけど、肝心の魔法技術局(ここ)がそんなことになっちゃってたのね」

「そーそー。だから王宮は今でも何かあったら先生を頼ってるわけなのよ。国で一番魔導に詳しいの、先生だし。先生は先生で王室に貸しを作るだのなんだのと言って断らないし」

「本当に大丈夫なのかしらこの国……」

 

 例えテロリストたちを撃退し、式典を無事に終わらせたとしても帝国の未来は明るくなさそうだ。

 

「じゃあなんだ。今の《サバト・クラブ》とかが解放戦線に協力してるのって、自分たちをリストラした帝都への復讐とかだったりするのか?」

「かもしれないわね。万全に研究ができる環境をいきなり取り上げられたなんて、魔法使いからすれば憤慨ものもいいところだしね」

 

 ルークの発言をミアラージュは首肯する。

 

「ハグレだけが帝都に恨みを抱いてるわけじゃない、か。そりゃ当たり前なんだけど何だか複雑な気分だわ」

 

 自分の生まれ育った国の抱える問題の多さに、エステルはらしくないため息をつく。

 そんな昔馴染みの姿にルークは話を早急に結論づけた。

 

「ま、どの道帝都に今潰れてもらったら俺たちも困るんだ。精々恩を大量に売りつけて、ハグレ王国を成長させるチャンスだと考えようぜ」

 

 それは、悪党らしく意地の悪い考え方であった。

 




○帝都の皆さま
 ルークとかエステルとかジーナとかの人間関係を掘り下げてみた。

○鍛冶ギルド、魔法技術局
 この小説の帝都周りの設定は9割捏造でございます。
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