メニャーニャの話と言うよりは、彼女から見た本作の捕捉みたいなやつです。
『抱き心地』
わが師、アルカナは大の世話好きだ。
私たちが研究を行えば、呼んでもいないのに顔を出してはあれやこれやと手を貸してくる。事前の根回しから、研究室の確保、息抜き用のスイーツなどなど、とにかく研究をやるのに十分な環境が先生の元には合った。
そしてそれは研究のみならず、プライベートなことにも発揮される。
特にシノブ先輩はお気に入りのようで、休日には度々街に連れ出して、世俗に疎いシノブ先輩にエステル先輩と一緒にあれやこれやと教えて回っている。シノブ先輩のほうもまんざらではないようで、むしろ先生と一緒の時間を過ごしている時は普段よりも笑顔を浮かべることが多かった。
……そして、その溺愛の矛先はシノブ先輩だけではない。
手のかかるエステル先輩は言わずもがな、どうやら私も世話を焼く対象に入っているらしかった。
「あ"~~今日は疲れたなあ」
「ナチュラルに抱き着いてくるのやめてくれませんか?」
背後からもたれかかるようにして先生が抱き着いてくる。
白銀の髪が顔にかかり、爽やかなハーブ系の香りが鼻孔をくすぐる。
特に抵抗もせずに受け入れると、そのまま先生の手は脇腹へと移動する。
またこれだ。
見ればわかる通り、先生は時折セクハラを交えて来る。
「おー。メニャーニャはあれだな。すっきりしてる」
「貧相って言いたいんですか?」
「いや、ちゃんと飯食ってるのか心配になる」
「ちゃんと三食摂ってますよ」
研究が立て込むと一食二食ぐらいは簡素な携帯食で済ませることも多い。元より食事など栄養さえ摂取できればいいやと考えていたが、健康には気を遣えと目の前の人に言われ続けたせいで、食事だけはちゃんと摂るようになった。
体だけの話じゃ無い、心の健康の問題だ。何であれ、適度に刺激を与えないと衰えていく。
そんな先生の言葉を実感したのは、エステル先輩に連れられて何度も外食を繰り返すようになってからだ。
店ごとに違う料理の味を心の中で分析し始めるようになった。
自分が淹れる珈琲の味にこだわりを持つようになった。
体に栄養を取り入れる作業から、心の栄養も取り入れる作業になった。
他にもやれ適度に運動しろだと睡眠時間は確保しとけだのと、この人はとにかく不摂生を働いていると注意してくる。しかしそういう本人も深酒して酔いつぶれていることは珍しくない。私たちの健康よりもまずは自分自身を大事にしたらどうだろうか。
「徹夜し続けると育つものも育たないぞ。こことか」
「やっぱりセクハラじゃないですか!」
撫で上げるように脇まで伸びてきた手を引っぺがす。流石にそれは許容範囲外だ。
「メニャーニャが育っているのは上じゃなくて下だからね~」
「何言ってるんですか先輩」
「どれどれ……」
「先生も触るな! さっきからいやらしい!」
「ちぇー」
つんと口を尖らせながらも、先生は私が本気で嫌がる前に引き下がる。
「ごめんなさいメニャーニャ。ほら先生、こっちが空いてますよ」
「なんだなんだ、そんなあざといやり方は。誘ってんのかー?」
先生はシノブ先輩を引き寄せ、そのまま頭を撫でる。シノブ先輩もそれを受け入れるように体重を預けている。
頭一つ分ほど違う二人の様子は、似た色の髪も合わさって端から見れば親子のようだ。
「そもそも、私なんかの体を触っても面白くもなんともないでしょうに」
「いやいや。生徒とのスキンシップは私にとっての数少ない楽しみの一つだよ。他人と肌で触れ合うことでしか、分かり合えないことは沢山ある」
至言だが、それは実際に触るという意味ではないだろう。
「それじゃあ後は何が楽しみなんですか?」
「美味い飯に酒。読書にギャンブルに美術鑑賞にあと演劇でしょ。あと最近できた活動写真も中々興味深いし、最近はハグレの文化を取り入れたものが発展してきて目移りしちゃうわ」
「めちゃくちゃあるじゃないですか!」
道楽人、と言う言葉はきっとこの人のためにある言葉かもしれない。
「生きてるだけで楽しそうだよな、先生って」
「はは。それじゃあお前たちに一つ教えてやろう。世の中を楽しめない奴に、世界を変えられなどしないさ」
なんてことはないその言葉は、強い実感を持って私の心に刻まれていた。
『彼女の選択』
エステル先輩が冤罪で指名手配犯となった。
下手人はシノブ先輩を目の敵にして何度も妨害を行っていたマクスウェル。
最近は動きが無いと油断していたところに、思わぬ強打を受けてしまった。
側にいれば何らかの動きを察知できただろうけど、今は自分の研究に没頭していたため、気づいたときには後の祭りだった。
慌てて先生の研究室に駆け込めば、先生は窓から夜空を眺めている始末。
間もなくシノブ先輩もやってきて、私たちは事態を収めるために動いた。
先生は手を回し、エステル先輩の行方を調べ上げ、マクスウェルの不正にかこつけて多くの貴族たちを検挙させた。次々と明るみとなる不祥事に、多くの召喚士たちは協会を見限り次々と組織を離れていった。
腐敗に腐敗を重ねていた召喚士協会に、トドメが差された瞬間だった。
そして事態が収まった数日後。
シノブ先輩が、召喚士協会を抜けると申し出て先生はこれを了承した。
――ああ、やっぱりか。
衝撃的ではあったが、同時に腑に落ちる結果でもあった。
確かにシノブ先輩からすれば召喚術を研究しようとして、その実貴族たちの私利私欲を満たすための道具となっていた組織だ。エステル先輩が貶められた今、もう協会という組織には愛着など無いのだろう。
その原因である貴族派は協会から一掃されたが、彼らがそのことを根に持って復讐してこないとは限らない。そうした政争からエステル先輩を守るためには、原因である自分が離れるのが一番だと判断したのだろう。こういう時、自分一人が損をすればいいという考えには苛立ちを感じる。自分もその気があることはわかっているからなおさらだ。
それでも、シノブ先輩があれだけ慕っていた先生の元を離れようとしたことは意外だった。あの人に抱いている感情は、尊敬や敬愛よりも依存に近かった。先生のシノブ先輩に対する溺愛っぷりも、シノブ先輩が人とのコミュニケーションに餓えていることも、端から見てわかりやすすぎた。
先生はシノブ先輩の意見を尊重するようだが、裏で色々と支援するつもりなのは間違いない。当の本人が迷惑そうに思っていないから別にどうと言う気もないが、ああいうのを、世間一般では過保護というのだろう。
……私は、どうすればいいだろうか。
「メニャーニャ。君も行きたいなら行っていいんだよ」
シノブ先輩が協会を去る時、師は私に向かってそう言った。
確かに、シノブ先輩が去り、エステル先輩も戻っては来ない以上、召喚士協会にいる理由が私にはない。
人付き合いというものが圧倒的に不得意なシノブ先輩を一人で野に放つのは心配で仕方がないし、エステル先輩が行ったっきり帰ってこないハグレ王国とやらに興味が無いわけでもない。
行ってきていいと言われて、嬉しく思った。
それと同時に、酷く不安になった。
もし、自分がここを離れて先輩たちについていったとして、この人は一体どうするのだろうか。
また、独りであの研究室にいるのだろうか。
そんなことを考えたら、自然と答えは出ていた。
「――いえ、お気遣いは嬉しいのですが、私はここが性に合ってますので」
「ふうん。物好きだね」
どっちがだか。
『彼女の星』
疑問に思ったことはある。
師はかつて宮廷魔術師にまでなったほどの逸材で、ハグレ戦争の知られざる英雄。そんな彼女が真に目をかけるべきはシノブ先輩のような天才中の天才。だというのに、師は自分のほうに多くの力を割いている。
有力者との顔合わせ。
コネクションの作り方。
様々な研究資料の調達。
都合のいい環境を整えるために、あの人は手を尽くすことを惜しまなかった。
そしてそれは、先生が特務召喚士として返り咲いてからはさらなる拍車がかかっていた。
一体どうして、こんな私のためだけに何をそこまで手を尽くすのか。
ハグレ王国との協力関係を結んだ後。
先生の経歴と思いの全てを聞いた私は、意を決してその疑問をぶつけてみたことがある。
「正直に言おう。私が後継者に相応しいと思っているのはメニャーニャ、君なんだ」
「――え?」
今、この人は何と言った?
召喚術の理論を変えたのはシノブ先輩だ。
賢者と呼ぶに相応しい実力を持つ先生の力に最も近いのもシノブ先輩だ。
ハグレ問題が蔓延るこの世界を善く導くという先生の理想を実現できるのは、シノブ先輩を置いて他にはいないだろう。
そんな戸惑いがわかりやすかったのか、先生は少し困ったような顔をして言い直した。
「うん、言い方が悪かった。正確には私の思いを継がせるのにはシノブもエステルも必要で、その中で一番重要な役目を果たしているのが君ということだ」
確かに意味は分かりやすくなったが、それでも私の疑問は変わっていない。
私たち三人で先生の理想を実現させる。納得は出来る。シノブ先輩の側にはエステル先輩がいなければいけないのは同意できる。その二人を補佐するのに私が適任というのは光栄だ。
だが、そこで私が一番重要だというのは一体どういう意味だ?
「シノブは私以上の天才だ。彼女は未知を拓き、人の世を導くことができる。百年……いや、千年に一度現れるかどうかの才能を持った逸材。星を開拓する資格を持った存在だ。
――だが、それはあくまで道を拓くだけだ。
他の人類がその道を歩むためには、この『新しいもの』を『ありふれたもの』にする存在が必要だ。
それが君だ、メニャーニャ。
技術とは普遍化し、その末端までもが恩恵に預かれてこそ意味がある。ブレイクスルーが起こった後は、それが常識として広がるべきだ。
シノブは新しいものを開発できるが、それを普遍化するのには向いていない。育ちの環境の問題ではなく、より根本的な部分で彼女は他者と同じ目線に立つことはできない。最初から不可能を可能にする超越者として生まれたのがシノブという人間だ。彼女は文明を次のステージに進めることはできるが、それを成熟させることには向いていない。『生み出すもの』の究極系だ」
その説明でようやく納得できた。
確かに、シノブ先輩が考えるものはどれも革新的ではあるが、それを他の者達が利用するには多くの障害やしがらみが存在する。以前に召喚士達からつまはじきにされていた理由の大半は単純な利権闘争だが、それ以外にも単にシノブさん以外には理屈が高度すぎて十分に使いこなせないものも多かったというのがある。相互ゲートだってシノブ先輩なら独力で実現できるだろうけど、そのやり方を他の召喚士たちが実現できるかどうかと言われれば、エステル先輩ぐらいにしか無理だろう。
「じゃあエステル先輩は?」
「エステルはその対極。あいつは広まった新しい技術を率先して使っていく人間だよ。分かりやすい『使うもの』さ」
「そして、私が『改良するもの』ですか」
「そういうこと。要は一番大事で忙しい仕事を担ってもらうから、今のうちに動きやすくしておこうかなって出来る限りのことはしていたんだけど……重荷だったかい?」
「まさか。そう言う事でしたら、先生のご期待以上の成果を上げてみせますとも」
「言ったな。それじゃあじゃんじゃん無茶ぶりしてやるから覚悟しろよ?」
夜空を見上げ、星々を愛おしそうに見つめながら、師は言った。
「シノブが道を拓き、メニャーニャが整え、エステルが広げる。
たった一人で救うことができる世界になど意味はない。
人は、人と繋がることで初めて世界を変えられる。
――そうだ。私は君たち三人に期待しているのさ」
そうして私の頭を撫でながら浮かべた笑みは、まるで星の輝きのようだった。
○メニャーニャ
はむすた氏も言ったように、彼女はただの女の子。
普通の価値観を持ち、普通の感性で行動できるからこそ、人の世に適した技術を作り出せる。
あと散々構われ倒したおかげで結構ふてぶてしくなってる。
○アルカナ
大 戦 犯
そもそもこの小説を書こうと思った理由が「召喚士トリオの後方で保護者面したい」という欲求なのでやむを得なし。
ただそれだとチートキャラが原作蹂躙してはい終わりになるので、並行して考えていたヘルちんヒロイン小説のルーク君とがっちゃんこして生まれたのが本作にございます。