作者はたちと「達」を直前が漢字かそうでないかで使い分けています。
このほかにも漢字表記とかな表記は見やすさで使い分けていることがあるのでその辺りは誤字ではないです。
余裕で一万文字越えかけたので投稿。
『二日目・商業区』
一時は巨大な魔物が帝都内に出現したということで大騒ぎになったものの、その魔物の姿が数十分ほどで跡形もなく消えたことで市街は普段の賑わいをあっというまに取り戻していた。
そしてここは料理店『シャルルブルゴーニュ』
帝都内でも有数の高級レストランであるそこは、高官や商人の会合場所としても用いられるお墨付きの店だ。
「うおおおお……ナイフとフォークがいっぱいでち……」
「国王様。こちらはこのように。外側の食器から順に使うのでございますわ」
「はは。別に私相手なんだからそう畏まらなくてもいいんだけどね」
「いえ。こういう時こそちゃんと礼儀を徹底しないといけませんよ」
夢に見たような豪華なテーブルにデーリッチが目を輝かせ、ゼニヤッタが
その様子を見ながらローズマリーも合わせて食器を動かし、付き添いとして彼女を選んだのはやはり正解だと思った。
遡ること朝。
ルーク達が出て行く少し前に宿屋を訪れたアルカナは、デーリッチ達へ夕食の誘いを告げた。
帝都としてハグレ王国との融和を図るため話し合う場を設けた……という名目で行われるただの食事会だ。
最高級レストラン、しかもフルコースであるということから王国の皆がどよめき立つも、予約を取れたのはたったの三名のみ。
国王のデーリッチと補佐ローズマリーは確定で行くとして、残る一人を誰に選ぶのかが問題だった。
捜索任務に当たった七人は真っ先に辞退したが、残るメンバーから選ぶのは至難を極める。なにせ観光パンフにも載るほどの最高級レストランだ。誰だって行きたいに決まっている。ならば厳密な選定基準を設け、たった一人を選ばなくてはならない。
……では何を基準にして選ぶのか?
王国への貢献度? そんなのは全員平等だ。ハグレ王国には誰一人として欠かして良いメンバーなんていなかった。実力順? わざわざ争うほど食事に餓えているわけでもない。
たかが食事だが、それでも仲間の間で優劣をつけるような真似をすることは、ローズマリーには憚られた。
そうして悩むローズマリーに助言をしたのはドリントルだった。
『よいかローズマリー、値段が高いと言う事はそれ相応のマナーも求められるものじゃ。あの御仁がそうしたことを気にする柄ではないのは知っておるが、礼儀とは相手のみならず場所に合わせるものでもある。仮にハグレ王国の姿を見る人間が他にいた場合、そこから評判が伝わっていくこともあろう。お主やデーリッチがそうしたことに明るくない以上はそうした作法に詳しい者を同伴させるのが良いのではないか? あ、わらわは辞退させてもらうぞ。仲間とは言え、他国の王女が混ざっているのはややこしいからの』
逃亡中とはいえ一国、いや一星の姫からの貴重なアドバイスは説得力に満ちていた。ローズマリーはテーブルマナーに詳しい者を吟味し、悪魔貴族としての礼節を持つゼニヤッタを選んだ。自他ともに忠臣と認識される彼女はこの中では最適解だったと言えるだろう。
そしてローズマリーは残る女子群によってブティックに連れ込まれた。お洒落を追求する女子たちからすれば、格式高いレストランに行くというのは普段は緑のローブとマントしか着ないローズマリーに様々な服を着せる絶好の機会だ。この時のローズマリーに味方はいなかった。個々のファッションを尊重するハグレ王国でも、参謀の飾り気のなさについては全員思うところがあったらしい。
あれやこれやと着せ替え人形にされながらも、どうにか自分らしい深緑色の控え目なドレスを見繕ったローズマリー。だがそれでも素材が良く知的な雰囲気を保ちつつもお淑やかさを兼ね備えた姿に大変身。デーリッチもバッチリと服を新調し*1、場違いなどと言われることは無いだろう。ゼニヤッタは普段の装いである。
彼女たちの向かい合わせに座っているのは、召喚士協会の裏のトップであるアルカナと、内弟子のシノブと補佐のメニャーニャ。彼女たちもドレスではないが協会の正式な儀礼服に身を包んでいる。何度か来たことがあるのだろう、三人は慣れた手つきで料理を口に運んでいた。
「ん、美味い。ここのシェフはまた腕を上げたか」
アルカナが新鮮魚のハーブサラダに舌鼓を打つ。
ローズマリーも料理を口にすれば、一度では噛みきれないほどの弾力とハーブの香ばしさが口に広がった。間違いなく人生で口にしてきたものの中でも上位に位置する味わいだ。
「美味しい……」
自分のかつての暮らしならば、一生に一度味わえるかどうか。本来なら縁など無かった筈の美食を前に、感嘆のつぶやきがぽろりと零れる。
ハグレ王国にも何人か料理上手はいる。それこそ自分の店を持てるだけの腕前を誇る者*2もいるが、大陸で味の粋を極めた料理人がその腕を振るった料理はまさに別格だ。
そこまで考えて、ふとあることが頭によぎる。
「……あの、ところでこのコースっていくらなんですか?」
「ん? 一人10万Gだからざっと60万ね」
「ろくじゅっ……!?」
「むごっ!?」
「ああっ、国王様大丈夫ですか!?」
およそ60万ゴールド。現時点でのハグレ王国の国家予算の約半分に匹敵する値段にローズマリーは絶句する。デーリッチも思わず咽せてゼニヤッタに介抱されている。
「高いでしょ? 私でもそうちょくちょくは食べられないやつ」
と、アルカナは苦笑するが、普通の帝都民からすれば十数年分の稼ぎに匹敵する代物。いくら貴族としての資産持ちとは言え、気軽に支払える額でもないだろうに。
それをぱくぱくと気軽に口に運んでみせるのだから、この女がどれだけの大物なのかをローズマリーは改めて思い知る。
「でも先生、毎週『グラニュースイート』の一箱10000Gする焼菓子買ってきてますよね」
「あと私室の棚にはプレミアものの酒瓶がずらりと並んでますね。現在進行形で増加中」
「キミたち、私の家計簿事情を暴露するのはやめないかね? 別に私のポケットマネーなんだからいいでしょー」
そんな師弟たちの姦しいやり取りを見ながら、ローズマリーは魚の切り身をもう一切れ口に運んだ。
「悪いね。こういう名目でもないと君達と話し合いができる時間を取るのは難しかった。王国民全員を招待できなかったのは心苦しいが、またの機会とさせてほしい」
「いえいえ。ご招待いただきありがとうございます」
その後も極楽鳥の卵パイや子豚のローストなどの高級料理を堪能した六人。
食後のワインを勢いよく傾けながら、アルカナは話を切り出した。
「さて、本日の本題と行きたいところだが……その前に、つい数時間前に起こった墓場での事件についても整理する必要があるな」
「ええ。私たちが現場に着いたときにはエステル達が解決していましたが」
――話は数時間前に遡る。
地響きと共に現れた、巨大な骸骨。
帝都の中で堂々と魔物の召喚が行われるという異常事態。
あわや大混乱になりかけた帝都内だったが、メニャーニャ率いる召喚士協会と帝国騎士団が避難誘導を行い、デーリッチ達ハグレ王国がこれの対処に向かった。
そうして墓地に到着したハグレ王国の面々が見たものは、雷電迸る光に貫かれて消え去る骸骨と、まさに戦闘終了といった様子のルーク達であった。
正確にはまだアンデッドが残っていたため、デーリッチ達も加わっての掃討戦があったものの、特筆するほどのものではない。
こうして巨大魔物騒動は収束し、実際の被害は墓地が荒れに荒れただけであった。
「そうだ。君たちも知っての通り、帝都捜索隊は昨日遭遇した死霊術師アドベラと帝都墓地にて再び交戦した。彼女は墓地に収められた死体を一斉にアンデッドへと変え、あわやアンデッドが帝都に解き放たれる事態に発展しかけたものの、エステル達の奮闘によってアドベラは死亡。発生が確認された巨大アンデッド個体もアルフレッド君によって討伐された。残るアンデッドについても現場に駆け付けた君達の手によって掃討されたから、目立った被害は墓地が荒れまくった以外は無い」
「とは言え、あと少しでも遅ければ街に魔物が侵入していました。幸運だったのは、アドベラがヘルさん達への復讐を優先したことでしょう。最も、彼らには思わぬ負担を強いる形にはなりましたが」
「ええ。流石にあれだけの惨状を見て、楽勝だったとはとても言えませんよ」
「賞金首の額を上乗せするよう、事が終わったら掛け合ってみるよ」
ローズマリーは荒れ果てた墓地の惨状を思い出していた。
一時間にも満たない合間に、アンデッドの蔓延る地獄に作り替えられた広大な墓地。
その有様もそうだったが、何よりもゾッとさせられるのはもしかすれば市街地にまで広がっていたと言う可能性だ。
ルーク達が倒した死霊術師。たったの一人でこれだけの事態を起こしたと言う事実は、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女たちを震撼させるに十分だった。
重傷者はいなかったものの、ルークとヘルによる奇策が無ければデーリッチ達が駆けつける前に全滅していた可能性もあった。まさに紙一重の勝利だった。
「ああ。ミア君が言うには、アドベラはアンデッドの残骸から悪霊が再召喚される無限機関に近い魔術を発動したという。確かにその仕組みなら墓地を短時間で覆いつくすことも不可能ではない。……とは言え、彼女は単独であのような芸当を行ったとは思っていない」
「と言うと?」
「アドベラの遺骸から虚数属性の残滓が感知された。本来の彼女の魔力属性は地。扱う術もオーソドックスなネクロマンシーと錬金術。ヘル君の話では、昨日アドベラと交戦した時に彼女はその魔力を行使していなかったという。つまりそこから推察できるのは何者かが別の属性の魔力を分け与えたということだ。そして、私が知る限りこの状況下でそんなことができる奴は一人しかいない」
「それは、つまり……」
「ああ。敵の首魁、ジェスター・サーディス・アルバトロスは生きている」
『カルメンの悪夢』と呼ばれる事変は、複数の黒魔術師による呪い合戦がエスカレートした結果できた地獄絵図であり、誰か一人の手で行われたものではない。
アドベラの死体を検分したアルカナは、彼女の消失した左腕に残留するものを発見した。エステルから聞いた混沌の魔力はなく、塞がりかけた腕の断面があるのみだったが、感覚を研ぎ澄ませばかアルカナにとっては馴染みのある魔力を僅かだが感じ取ることができた。アルカナはすぐに、これこそが大術式を発動させる要因なのだと確信した。
「ん? そのジェスターはアルカナちゃんが倒したんじゃなかったんでちか?」
「うん。上半身を粉みじんにしてやった。手ごたえもあったしアレは確実に死んだ筈。その上で奴の痕跡が見つかったということは、つまりジェスターは復活していたということだ」
「しかし、実際に復活したと言われるとにわかに信じがたいものがありますね」
水晶洞窟にて一度は仕留めた筈の相手が生きていたという事実にローズマリーは表情を重くする。まがりなりにも白翼の後継として据えられた以上、何らかの形で死を一度二度は偽装できるだろうと以前に伝えられてはいたものの、こうして実際に生存が確認できるまでは半信半疑だったのも事実。遅効性の
「確かに荒唐無稽ではありますが、それができるからこそ先生に挑んだとも言えます」
「仮にも先生の後釜に座っていただけの実力はあるわけですね」
「ま、かなり無茶苦茶な術式組んでるとは思ってるけどね。一回でもジェスターが復活するところを直に見られれば、不死のカラクリにもおおよその見当が付けられる。あー、アイツ調子に乗ってのこのこと出てきてくれないかなー」
「一度倒された以上そう出て来るとは思えませんが……」
「だよねー」
とは言え、この一連の事変の黒幕が生きていると言う確証を得ることができたという情報は何よりもの収穫とも言える。
それに、これで確認できている中で最も危険な相手を早々に対処できた。
どういうわけか始末屋ノックも病院に搬送されていたし、あらかじめリストアップした危険人物はこの時点で軒並み排除できた。これで市内に潜伏している解放戦線の捜索に本腰を入れられる。
(((……だが、どうにも手ぬるいな)))
状況はこちら側にとって好調。
だが、おおよそ彼らのすべては攪乱であると仮定して、これでようやく対等の立場に立ったようなものだ。市街地戦では自在に戦力を動かせるこちら側が有利なように見えて、その実、解放戦線は決行の時を待って潜伏を続ければいい。ハグレ王国は良くも悪くも目立つメンバーばかり。重点的な捜査へ回せるのはルーク達の八人パーティだけだ。
攻撃目標になり得る商業区には多くの王国民が観光の傍らで怪しい動きがないか目を光らせている。これで牽制になればいいのだが。
等と思案を巡らせるアルカナに対して、デザートのプリンを頬張っていたデーリッチがおもむろに口に開いた。
「前々から気になってたけど、そもそも虚数属性って何なんでちか?」
「うん、虚数とは数学上では複素数の構成要素だけど、魔法としてはまた別の意味がある。魔法の属性の中でも虚は星と並んでとても希少なもの。多くの書物には負の力を操る魔法だと言われているけれど、その実態はよく分かっていない。ジェスターは闇や影を操っていたから、その辺りに近い属性なんだろう」
「イリスさんが言うには、属性としての虚数とは混沌に近しい力とのことですが」
「むー……よくわからん!」
高等数学の概念をデーリッチが理解するには少々早いようだ。
アルカナは微笑みで返し、一つ問いを口にした。
「では君たちに一つ聞くが、闇とは何だと思う?」
「光が存在しない状態ですよね?」
ローズマリーの即答にアルカナは頷く。
「ああ。一般的には光のある状態を基準として、そこから光量がゼロに近い状態を闇と定義する。では次の質問、
「それは……ない、のではないでしょうか」
その答えはおおむね正しい。
先ほど答えたように、闇とは光がない状態を表す言葉。
光は確かに存在する。根源的な熱量である光は、この宇宙に無くてはならないものなのは誰だって知っている。
……では、闇とはなんだ?
闇と言う概念がある以上、それは確かに存在するものだ。
だが、闇と言うものは光がない状態のこと。
闇と言うものが物質として存在するわけがない。
その理屈で言えば炎や風も同じく存在しないものだろうか?
否だ。炎も風も確かに物質ではない現象だが、そこには確かにエネルギーが存在する。
質量がなくとも、熱量がある。ならばそれは存在するものとして成立する。
だが、闇はそうではない。
『光』というエネルギーが無い状態を『闇』と表現する以上、そこに何らかの存在を認めることはできない。
普段ならば気にも留めない哲学が、この時ばかりは頭を埋め尽くす。
ぐるぐると沈みゆくローズマリーの思考を浮上させたのは、シノブだった。
「……そうですね、ローズマリーさんの言う通りです。私たちの世界に闇という存在があるのではなく、私たちが存在しないものに闇という名前を付けているに過ぎません」
「その通りだ。元来、この宇宙のあり方は二つに区別できる。有か無。光と闇。陰と陽。そして星と虚。色々言い換えることは出来るけど、要するに『物質として存在しないもの』を司り総括して操る魔法を虚数魔法と呼び、我らが白翼の祖・ガルタナは星属性とともにこの魔法を極め、弟子たちへと伝授させた」
アルカナはワイングラスを弄んで見せる。
「虚数魔法の原理は『存在しないもの』を『存在する』と言い張ること。在り得ないものを在ると想像する人間の空想力を司る属性とも言えるだろう。影を実体化させるなんてのは序の口、上手くやればこの世界から一時的に消えて次元の狭間を自在に行き来するなんてことも実現できるはずだ……流石にそこまでできた術者は始祖以外いないけどね」
何より自分にその力があれば、今の問題も解決できただろうに。
そんな自嘲を含みながらアルカナは続ける。
「堆積するこの世界の全ての業、忘れ去られた負の感情が世界の裏側に蓄積して生まれた混沌とは、魔力の原油のようなもの。そして虚無の秘術とはその一部をくみ取る力だ。そんなのを一流の術者に譲渡すれば、なんであれ自分なりの使い道を見出すってわけ。とりわけ、『死』という消失を前提とした概念を扱うアドベラにとっては宝の山みたいなものだ」
ルーク達にとって幸運だったのは、アドベラが虚数の魔力を即座に使ったことだろう。
彼女が身を潜め、さらに混沌の性質を理解していれば、その使い方に熟達していれば、恐らく今のハグレ王国では手に負えない存在になっていたかもしれない。
禍神。あるいは冥王シュオルが司る領域の一片に触れる力。それが虚数魔法なのだ。
「……とは言え、この属性の恐ろしいところは空想と現実の境目があやふやになることだ。精神が不安定になりがちなのは序の口、濫用すれば自我を混沌に蝕まれて廃人になるのがオチ。しかも制御できなければ簡単に暴走して周囲を穢れで汚染するとかいうリスク付きだ。むやみやたらと広めるわけにもいかないのさ」
「なるほど……」
恐らくどの魔導書を解いたとしても、これだけの知識を得ることなどできないだろう。
ローズマリーは深い知識を得られたことを素直に感謝すると同時に、その恐ろしい力を振るう人物が敵であることに顔を引き締める。
「む~~~~ようわからんでち! もっと簡単に説明できないでちか!」
難解かつ抽象的な言い回しに対応できないお子様は不満の声を上げた。
「こら、せっかく説明してくれたのに失礼だろ。それに魔法の理屈は複雑なのは当たり前で、こう一言で表すことなんて……」
「『闇と影を司る属性』
『悪意や死を魔力に変換できる』
『便利だが使い過ぎると死ぬ毒』
こういうことだ」
「なるほど!」
「え!? そんなざっくりとした説明でいいんですか!?」
三行で纏められたことにローズマリーのツッコミが炸裂する。
「いいのいいの。学問ってのは多少アバウトでもどういうものかを知ってもらうのが重要で、そこから細かい部分を理解していくべきなんだ。だから理解できない相手が悪いで打ち切るんじゃなくて、どのように表現すれば伝わるのかを考えること。それは自分自身の理論を整理することでもあるんだから、決して軽んじてはいけないよ」
「教育者として立派な言葉だ……」
「まあ、マリーちゃんにしたような説明で十どころか二十も三十も理解しちゃう子もいるんだけどね」
「それ、私の事ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ。私が三年かけて編み出した秘術に一年で到達しやがって、教え甲斐があるにもほどがあるだろうが。このこの、この二つの膨らみに知識が詰まってんのか~~?」
シノブの二つの豊満がアルカナの手で形を変える。どこからどう見ても立派なセクハラだ。
「ああっ、皆さんの前ではやめてくださいっ。せめて帰ってから先生の部屋で……」
「いや二人きりでも駄目ですからね?」
メニャーニャはその大きな双子山を凝視しながら釘を刺す。
たった一つしか違わないのに。自分のほうが年上なのに、どうして世界には持つ者と持たざる者が現れるのか。どうして自分だけが恵まれないのか。この世から争いが無くならないのはこの不平等のせいなのではないだろうか。
「……あの、仲が良いのは結構なんですが、本題のほうを……」
「んー? ああ、そうだったね。ごめんごめん」
ある意味、この女はデカい妖精神よりも危険かもしれない。
ローズマリーから若干警戒の視線を向けられながら、アルカナは本来の話題を始めた。
「では本題に入るとしよう。とりあえずこれを見てほしい。現在の帝国議会の名簿だ」
懐から取り出されたスクロールには、帝国に属する貴族の家名が記されており、その中のいくつかには赤い線や青い線が引かれている。
「現在の帝国議会はいくつかの派閥に分けられているわけだが、その中でハグレに関わるのはハグレを迎え入れようとする青色の『融和派』と、逆に排斥しようとする赤色の『排斥派』の二つが存在する。私たち召喚士協会は『融和派』で、帝国騎士団が『排斥派』に位置している。そして解放戦線が攻撃を行った領主なんかも『排斥派』に属していた者たちばかりだ」
「となると、彼らを支援している貴族は『融和派』の中にいるということですか?」
解放戦線がハグレを中心としたクーデターを目的とする以上、ハグレを擁立する貴族たちとは協力関係にあるのではないかと推理するローズマリーに、アルカナは首を横に振ってみせる。
「いや、はっきり言えばどちらにも内通者はいると見ていい。どうせ大体の貴族はハグレの事に関しては自分たちの発言力を高めるための道具としか考えていない。利益が自分に向くと考えれば、連中はどちらにでも転ぶさ」
経済支配による統治をおこなう帝国は一見平和に見えるが、むしろ外部内部を問わず利権争いが絶えず陰謀が渦巻き、隙あらば他の貴族も引きずり落とそうと画策する輩が蔓延っている。王族は帝都を中心とした現在の経済基盤を支える土台として一定の権威を保ってはいるものの、野心的な貴族の中には首を挿げ替えることを企む者もいるだろう。
「今回の一件で膿を出し切れればいいが、財政への影響を考えるとそう言う訳にもいかない。だからある程度は動きを把握しているぞと圧をかけて、表面上でも歯向かわないようにしてくれれば御の字ってわけだ」
「そのあたり、エステル先輩たちが見つけてくれればいいんですけどねえ」
「結局はこっち側の身内話なわけだけど、君たちにもある程度知る権利はある。この国の連中にどういう連中がいるのか、何を敵に回すべきでないかを、しっかりと注意してもらいたい」
「ええ。わかっていますよ」
勿論ハグレ王国以外にも方々に調査の手は回しているが、依然として有益な手掛かりは掴めていない。貴族の中にいる裏切者たちもある程度は目星をつけてはいるものの、これと言った決め手はなくある程度融通を聞かせられると言っても捕縛を強行するには難しい。今夜にもルーク達が潜入すると言う貴族邸で、何らかの手がかりが得られればいいのだが。
最早衰退の道をたどりつつある帝都だが、それでも人々はこの国で生きている。
彼らの平穏を護り、世界を善き方向に導くために、星の賢者は出来る限りのことを務めるのだ。
○フルコース
新鮮魚のハーブサラダ添え+フォアグラの上品テリーヌ+極楽鳥卵のプレミアムパイ+オマール子豚の贅沢ロースト
全部合わせて212000Gのところをを団体コースとアルカナのお得意様優待でひとり10万。お得。
○闇・虚数
又の名を空想・混沌。
闇は『光がない』状態を闇と定義しているだけであり、闇という物質があるわけではない。だが虚数属性はこれを物質界に実体化させることができる。そういうお話。
色んな意味を内包しているのでいろいろできる分、失敗した場合のリスクも大きい。
次回はルーク達が貴族邸に侵入します。