『二日目・工業区』
工業区北部。
ノッテンナー・ドロブネ伯爵邸。
家の者たちが寝静まった深夜は、警備の手も緩くなる。
だが、伯爵は用心深く、夜中にも警備を配置していた。
闇に沈む廊下を、ランタンの明かりを頼りに異常がないかを見回る。
淡々と、動じることなく。こんな夜更けだというのに不平不満一つ上げることなく。
まるで命令をインプットされた機械のように、その警備兵は巡回を続ける。
そして角に突き当たった時、警備兵は窓の外に何か動く影を見た。
「ッ!」
窓を開け放ち、頭を乗り出す。
月明かりに照らされて、はっきりとしたその顔は、色褪せた灰色の髪に赤い瞳。
色素の薄い整った顔立ちに無機質な表情をした、まるで人形のような人間だ。
「?」
窓の左右、下。どこにも隠れる場所はない。
ならば上か――?
「……!?」
そう思って警備兵が空を見上げた瞬間、視界が何かに塞がれたように暗くなる。そしてそのまま反応を起こす前に身体が床に引き倒される。
後頭部からの強烈な衝撃に意識が揺らぐも、警備兵は侵入者を伝えるべく鐘を取り出す。
「おっと、それだけはご勘弁だっ……!」
「ぐふっ」
だが、突如として開放された視界と共に手首を押さえつけられる。
取り落とした鐘は絨毯に落ち、カランと一つだけ小さな音を鳴らすに留まった。
黒い
そうして警備兵が完全に沈黙したことを確認し、仮面の男――ルークは調度品の陰に警備員を転がしてから窓の上に合図する。
直後、するりと抜けるように薙彦が廊下へと侵入する。彼も同じように暗色のローブと仮面をつけている。ちなみにそのお面は狐面だ。
「おおっと、ばれてしまいましたか?」
「いや、ギリギリだが黙らせた。急ごう」
「了解」
今回の作戦は彼ら二人。残りの仲間には裏手で待機してもらっている。
元より潜入はルークの得意分野。陸地の隠密において、ルークは同じ斥候のハピコに引けを取らない。
足に履いた《登ビル靴》*1のスパイクが壁に食い込み、取っ手や足場の無い場所からの侵入を容易にする。他にもフックロープや針金などの盗賊道具の使い方に習熟した彼はこの作戦の要だ。
そして薙彦についても夜襲はお手のもの。数年前まで何度もこのような作戦を共にしてきた二人によるチームワークで、ドロブネ伯爵の屋敷に侵入し、迅速に解放戦線との結びつきを示す証拠や手がかりを盗むことは何の問題もなく達成できる。
その、筈だったのだが……。
「なーんで、あんたが付いてくるんですかねえ柚葉さん」
「まあまあ。そうお気になさらず」
「いや、気にするが」
ルークは薙彦に続くように入ってきた柚葉を見た。
この自称ダイミョー、どういう訳かルーク達の今夜の行動を聞きつけ、その作戦に加えてほしいと立候補してきたのだ。彼女も同じくマントで身を隠し、さらにその上からほっかむりとひょっとこのお面をつけていた。
「この度警邏の任に就いておきながら遊び惚けているなど、大名としてどうかと思ってな。昼間にはようやくの鉄火場が来ると思っていたら、お前たちに先を越されてしまった。こうなってはお前たちに同行するしかあるまい」
「つまり?」
「そろそろわかりやすい手柄を立てたい」
「正直でよろしい」
どうやら功名心に駆られての行動だったらしい。確かに、名目上は警備だが、彼らの本番は式典当日。戦力を一点に集中させてテロ組織を迎え撃てるようにすることであり、当然それまでの間は手持ち無沙汰となる。
凄腕の実力者である柚葉ならただ突っ立っているだけでも仕事にはなるのだが、武勲を求めている彼女にとっては納得がいかないのだろう。
「この柚葉、職業はダイミョーだが、サブクラスとしてニンジャも兼ねている。このような潜入にうってつけの人材がいるというのに置いていくなど、水臭いのではないか?」
「いやあんたがニンジャなの初耳なんですが」
「資格だってあるぞ。ほら資格証」
「ニンジャに資格なんてあるんだ」
巻物まで取り出されては、頷くしかない。
「あれ、今のニンジャって和国が平定されたことで大道芸人と大体同じ扱いに落ちぶれたのではなかったですか?」
「幕府の内側では争いが多いからな。むしろ身内を監視するために需要は増えるばかりだ」
「ああ。物騒ですよねえ」
薙彦がしょうがないというように笑う。ルークが聞いた話によれば、和国はつい十数年前までは小さな島国の中で武将たちが領土争いを繰り広げていたらしい。そんな大陸も真っ青な戦乱具合だったのを修めたのがトクガワとかいう将軍で、一人の将軍の下に天下泰平が成ったとのこと。そうなったらそうなったで、今度は元々敵対していた元将軍の政官たちの間で表沙汰にならない政争が頻発し始めたとのこと。
そんな修羅の国に生まれたからこいつらはこんなに強いんだなあと、ルークは和国人に対するズレた認識を今も抱き続けていた。恐らくその誤解が正されることは今後一切ないだろう。
「それにだな、帝都編に入ってから和国キャラが増えたことで私の存在が薄くなってしまわないかという不安がだな……」
「いや、なんねえよ。どう考えてもあんたのキャラは濃すぎるわ」
「そうか? それなら日々の甲斐があるというもの」
「普段のあれ分かっててやってるんすか……」
「皆と打ち解けようとひょうきんに振舞っているつもりなのだがな。やはり娯楽の文化も違うのか、どうにも受けが悪い」
「天然だったかぁ」
どうやら日々の奇行は天然と計算が混ざったものらしい。なお性質が悪い。
「大体なんだ、昼行灯で強いって。完全に私と駄々被りではないか」
「だから被ってねえっての。いやあんたがラプスとやり合える時点で強いのは分かってるけどさ」
「おや、彼女と戦ったんですか?」
「ちょっと前に闘技場でな。ギリギリ勝ったけど、もうやりたくねえ」
次元の塔6層の一件を思い出し、ルークはため息をついた。あの時は人数差を均等にするための魔法がかかっていたが、それを差し引いても柚葉とラプスは概ね互角と考えて問題ないだろう。耐久力で言えばニワカマッスルのほうが上が、ラプスの激流を思わせる動きについてこれる技量を持っていたのはあの中では柚葉だけだ。
そして、そのラプスと何度も組手を交えるどころか、槍術の手ほどきまでしたのがこの薙刀男である。
「ううむ。まさか過剰防衛の陣が破られるとは。彼女、カウンター対策をやり込んでいるな……」
「はは。ラプスの槍は守って攻めるカウンター重視の型ですからね。当然弱点も知ってますよ」
「よもやラプス殿が
柚葉の指摘に薙彦はピクリと眉を動かし、興味深そうな視線を返した。
「あの技は僧兵術だ。西の
「ふふ。ご存知でしたか。その通り、破門された身とは言えこれでも大律師*2だったのです」
「柚葉さん、薙彦の流派について知ってたのか?」
「和国でも悪名高い、武装した坊主どもの抵抗勢力だ。殺生を戒めるために戦士を殺す術を振るうとは、仏を念じる身としては本末転倒だと思うのだがいかがか?」
「ぐうの音も出ませんね。殺しを追及して他の欲を削ぎ落すとか、人間として破綻しますよ」
「……え?」
「え?」
などとコントはほどほどにして彼らは本来の目的を果たすべく行動を再開する。
ヘルラージュから消音の魔法を施してもらっているが、大きな声や姿まで隠すことはできない。さっきの会話がギリギリ隠蔽できる範囲。油断は禁物だ。
あらかじめ入手した間取り図を手に進む。
建物は縦に長い四階建て。警備は各階に一人ずつ。帝都の中である関係上、そう広い屋敷でもなく下手に警備を増やす必要もないのだろう。
彼らが目指すのはドロブネ伯爵の執務室。表沙汰にできない機密情報を取り扱うならば、自分の手元に置いておくのが常である。
忍び足で階段を駆け上がる。
――三階。
警備兵が持つランタンの光を見つけ、通り過ぎるのを待ってから迅速に進む。
クリア。
――四階。
執務室の目の前に警備兵がいるが、ルークが注意を惹き、薙彦が一瞬で距離を詰めて昏倒させる。
クリア。
聞き耳を立てるとどうやら部屋の主は就寝中のようで特に物音や人の気配はない。執務室は当然鍵がかかっているが、ルークからすれば魔法の罠もかかっていない鍵など障子戸に等しい。数秒でカチリと鍵が開き、彼らは静かに中へと入る。警備兵を拘束しておくのも忘れない。
「さてさて、見つかるといいが」
ルークは鍵を再び閉め、部屋を眺める。
デスクと本棚。典型的な執務室である。唯一異なるのは、もう片方の壁に備えられた棚に奇妙な物品が大量に飾られていることだ。ハグレから集めた異世界産のアイテムを飾っているのだろう。中には一目見ただけでレア物と分かるものもあるが、本日の用はそれではない。
警備兵が目覚める、あるいは誰かが廊下で倒れる警備兵に気が付いた時点でタイムオーバー。
出来る限り痕跡を残さないように細心の注意を払いながらデスクを漁る。
「っと、これか」
一見めぼしいものは収まっていないように見える。だがルークの眼は誤魔化せない。
彼はこの引き出しが見かけよりも浅いことから二重底の存在に気が付く。裏面を探り、見つけ出した小さな穴に針金を通せば、板が浮き上がって二段目が現れた。幸い、着火などのトラップは仕掛けられていないようで、ルークは中に納まっていた本を慎重に手に取った。
表紙を見れば、どうやらこれは伯爵の日記らしい。こんな回りくどい場所に置いてある辺り、他人には見られたくない内容が書いてあるはずだ。それもプライベートとかではない、もっと重大な事実が。
一つめくると、そこには当たり障りない日々の日常風景と、現在の王室に対しての不満が並べ立てられている。一日ずつ読んでいる時間はないため、直近の日付辺りまで飛ばす。
――♏月16日
オークションで出会ったマクスウェルという男から出資の依頼を受けた。
なんでも、ハグレ達の意識改革を行わせるための運動の活動資金が必要らしい。既に何人かの貴族からは理解を得られているようだ。さらには私が密かに取引をしているハグルマも参画しているというではないか。
なるほど、確かに異世界人の扱いが良くなれば彼らの技術が発展し、この世界にはない貴重かつ精巧なモノを好きなだけ集めることができるだろう。悪くない話だと思い、ひとまずは初期投資を行ってみよう。
「あっさり騙されてやがる……」
――♏月22日
彼らの思想は本気のようだ。
マネゲバー侯爵の黒い噂は私も耳にしていた。貴重な技術を知る異世界人を我欲のために搾取するなど天罰が下って当然だろう。見世物や頑丈な労働力など以ての外。出来ることなら丁重に保護し、その技術を余さず伝えさせるべきである。
私は彼らを支援するために物資の供給を行い、見返りとしていくつかのアイテムを提供してくれた。どれもこれも私の心を躍らせてくれる未知の結晶だった。これからも良い関係を築いていけるようにしなければな。
「余計なことしやがって……」
――♐月4日
召喚人解放戦線から伝令役かつ雑用として人員が送られてきた。
奇妙なことに誰も彼も同じような見た目をしていたが、そういう特徴のハグレなのだろう。
彼らは従順で、家事や警備の仕事を文句ひとつ言わずにこなしてくれる。今まで雇っていた使用人たちよりも有能かつ安価で購入雇用できるとは何とすばらしい。
早速すべての人員を入れ替えよう。
「……」
――♐月12日
式典の日が近づいてきた。
召喚人解放戦線は式典に乗り込み、自分たちの権利を訴えるつもりらしい。
その際にはある程度の武力衝突もあり得るだろうと言われた。そして、事が上手く進めば、私には新政権の上級議員への席が用意されるだろうとも。
やはり連中は意識改革で収めるつもりはないらしい。勿論、私からすればハグレに理解のある者が上に座るのは都合が良い。5年前はひどい目にあったが、やはり天は私を見放していなかったらしい。
――♐月14日
マクスウェルが機材の隠し場所を求め、私に相談してきた。
閉鎖せざるを得なかった研究所がまだ残っていたはずだ。そこを提供しよう。
買い手もつかず処分に困っていたが、やはりモノは大事にとっておくべきだな。
「……ビンゴ」
有力な情報を発見し、ルークは仮面に隠されていない口元に笑みを浮かべた。
研究所とは恐らく、プリシラの話に出ていた廃棄された研究所のことだろう。
これなら明日の朝にでも調べに行くことができる。
「見てください柚葉さん、茶器ですよ茶器」
「むむ。有田焼に似ているが、微妙に異なるな。だが実にワビサビが利いている」
「おい、何サボって物色してんだ」
一方そのころ、自由人二人は飾られている品を勝手に物色していた。
「いやあ、本棚漁って散らかすのもあれですから、ねえ?」
「むしろこれ見よがしに飾ってあるのだから見ておかないほうが失礼ではないか」
「というかルークが一番こういうのに食いつきそうなんですが。ちょろまかすのは貴方の専売特許とばかり」
「そりゃ俺だって一個二個ぐらい貰えるなら貰っていきたいが、今はそういう仕事じゃねえからな――っと」
ドアの向こうからドタドタと走るような足音がする。
「流石に気づかれたか」
「時間は稼げた方じゃないですか? ではお暇しましょう。ルーク、証拠は残さないように」
「わかってるって。薙彦、そっちは?」
「もうやりますよ」
薙刀の石突でショウケースのガラスが叩き割られるのを尻目に、ルークは急いで、しかし痕跡を残さないように日記を元の配置に戻す。
針金を引き抜いて隠し棚を閉めてから、カチカチとCCを二回鳴らす。その横で柚葉は懐から取り出した小さな玉の導火線に火を着けた。
その直後、鍵が開く音をかき消すように扉が蹴破られる。しかし警備兵たちの目に飛び込んできたのは視界一面を埋め尽くす灰煙。
ごくわずかな間塞がれる視界。煙が晴れると、そこには砕けたショウケースの硝子が散乱する床と、夜風に揺れる開けた窓が映る。
そして遠くには豆粒の様な大きさで屋根を飛び渡る人影が月明かりで見えていた。
「おのれっ、賊めが。追え、何としても奴らをひっ捕らえろ!」
寝巻姿のまま駆けつけた伯爵が部屋の惨状を見て怒り散らす。
警備兵たちは狼狽えることなく、開いた窓から隣の屋根へと次々に飛び渡っていった。
◇
「やっぱり追いかけてくるよなあ」
屋根から屋根へ飛び渡りながら、ルークは後方から迫ってくる影を視認した。
追手が来るのは想定内。後はこれをどう振り撒くかが肝心だ。
「どうします?」
「撒くに決まってんだろっと!」
ルークは振り向き様に、汎用的なスローイングナイフを三つ投擲する。
それは兵士が持つハルバードによって弾かれるが、その隙にルーク達はひとまず見晴らしの良い屋根上から入り組んだ路地へと飛び降りる。
当然追跡兵たちも後を追うが、長柄武器を携えている彼らにとって狭い裏路地は動きづらい。対してルーク達は木箱などの障害物を苦とせずにスイスイと駆け抜けていく。
だがこれで振り切れるほど甘くはない。ルーク達の前方、屋根と屋根の境目から何者かが飛び出し、武器を振るった。
「おっと」
どうやら直接屋根を伝って先回りしてきたらしい。無言で振るわれた槍を薙彦は受け流し、そして勢いを利用して刃を地面に食い込ませる。そして重心を崩した隙を見逃さず、柚葉が襲撃者を横合いから蹴り飛ばした。
不意打ちは防げた。しかし一度立ち止まってしまったことで、ルーク達は追跡してきた兵士たちに追い付かれてしまう。
雲が切れ、月の光が路地裏に差し込む。
初めて鮮明に視認できるようになった追手らの顔立ちを見て、ルークは仮面の下で苦い顔をした。
灰髪赤目の非常に似通った造形。身長や体格に多少の差はあるが、ぱっと見の特徴が不気味なまでに酷似している。自分たちを無表情で追い詰める様子はまるで量産品の人形だ。
「む、同じ顔とは何とも
「三つ子とか四つ子ですかねえ」
「んなわけあるか。やっぱりこいつらホムンクルスだ」
人員が送られたという文面と警備員の顔つきから薄々察してはいたが、ここに来て確信に至る。解放戦線はホムンクルスを量産して、貴族の中に送り込んでいるらしい。
錬金術の深奥に位置する技術の筈だが、ここまで大量生産されていると神秘もへったくれもない。
無言で振るわれる短剣やカトラスをルークは躱す。まともに相手をすればさらに増援が来る可能性もある。人気のある場所に逃げ込んで撒くべきだ。
ルークは癇癪玉、爆竹などをばら撒き、騒音と火花で攪乱する。そこに柚葉がおかわりの煙玉を転がして先ほどよりも大きな煙幕が張られる。
「――トルネード」
これで時間を稼ぐ――筈だったのだが、ビュンと吹き荒れた竜巻によって煙が散らされる。
どうやら風魔法を放ったらしい。以前に水晶洞窟で戦った時は魔導鎧を着ていた弊害で扱えなかったが、本来ホムンクルスとは製作者の技量で性能が左右される人造生命体。特に白翼の技術を用いて量産化に成功しているなら万能とまではいかずとも多芸。余分な自意識が無い分、下手な兵士よりも厄介だった。
「おい、何の騒ぎだ!」
声と共にガチャガチャと鎧が揺れる音が近づく。
全員の視線がそちらへ向くと、路地の反対方向には大盾を構えた女性や杖を構えた女性など、臨時衛兵として活動していると思わしき冒険者たちが陣取っていた。
「衛兵ですか? その者達の捕縛に協力してください」
ホムンクルス兵の一人が抑揚のない声で通達を行う。
その言葉を聞いて冒険者たちも武器を構える。
「何をやったかは知らないが……その恰好はただごとじゃなさそうだ」
「ふむ、囲まれてしまったな」
「困りましたねえ」
「ああくそ、
冒険者の中の一人、赤い髪の魔法使いが鍵めいた杖を振るう。
「いいから神妙にお縄に付きなさい、――ファイア!」
速攻の劫火が迸る。直線的にルーク達が回避すると、その延長線上にいたホムンクルス達が巻き添えになる。その様子を見てルークは「加減しろよ」と毒づいた。
「あーしまったやってしまったわーごめんなさいねー」
「仕方ないわね……ほら、喰らいなさい!」
小柄な少女が放った呪いの風が吹き荒れる。
ルーク達を呑み込んだその風は、しかし彼らの纏うマントによってその毒素の殆どを弾かれてしまった。そしてその毒を巻き添えで受けてしまうホムンクルス兵。人造生命とは言え、呪いや毒に特別な抗体を持っているわけではなく、身を蝕む苦痛に苦しんでいる。
「あら、ごめんなさい。ちょっと加減を間違えたわ」
「――キュアオール」
「――トルネード」
即座に唱えられた浄化魔法と風魔法によって炎と邪毒は消し飛ばされる。何故汎用スキルとして使えないのかと疑問に思われがちな魔法の勢いに思わずルーク達は後退するが、後ろには雇われ傭兵の冒険者たちが立ち塞がっている。
想定外のアクシデントはあれど、兵士たちはルーク達を着実に追い詰めていた。体勢を立て直し、取り押さえるべく武器を構えて突撃する。
「はは。これはちょっとまずそうですね。なのでお返ししますよ」
だがそれに先んじて薙彦が徐に懐から取り出したあるものを投げつける。
兵士はそれを武器で弾き返そうとして――寸でのところで
手の中に納まった風呂敷包み。その中身は伯爵のコレクションの一つの茶器。
脱出時にショーケースを割って盗んだ物品。伯爵はこれが盗まれたことを直ぐに気が付いたからこそ怒り狂っていたのだ。
『盗まれたものを取り返せ』という命令を優先して、兵士が追撃の手を止めた隙にルーク達は衛兵たちの間をすり抜けて通りを駆け抜ける。
「あ、待て!」
「ごめんごめん、すぐに捕まえるから!」
慌てて後を追いかける衛兵たち。ホムンクルス兵は目まぐるしく変化する状況を処理するため、ごくわずかな間硬直してしまう。これは余計な行動を取らないよう自意識を抑制されている弊害と言えるだろう。しばらくの黙考のうち、兵士たちはひとまず奪還した盗品を持ち帰るために踵を返した。
大通りをひた走るルーク達を、衛兵たちが追いかける。しかしよく見れば彼らは一定の距離を保っており、聡い者がならば明らかに手を抜いているとわかるだろう。
ホムンクルス達が追ってきていないことを確認し、ルーク達は路地裏に入る。
丁度通りから死角となる場所。
三人が仮面と外套を外したところで、ルークの肩に後ろから手が置かれる。
「はい、捕まえた。燃やされたくなけりゃ大人しく手上げてもらうわよ」
「おっと、これはしまった」
わざとらしく両手を上げて振り向けば、そこには不敵な笑みを浮かべるエステル。その後ろにはヘル達がいた。
「演技凄かったぜジュリア隊長。本気で役者もできるんじゃないか?」
「割と本気で捕まえるつもりだったからね。あれだけ派手に騒音をまき散らしているのをひっ捕らえない理由がないだろう?」
「にしては殺意が高すぎますよ。ピンクはともかく、ミアさんのデスこっくりさんは死人出ますよ」
「む、ちゃんと加減はしたわよ」
既に読者の皆様にはお分かりだろう。駆けつけた衛兵とは数ブロック先で待機していたエステルたちのことである。
盗賊役と衛兵役に分担し、逃亡時に合流する。追手がいないのならばそのまま変装を解き、追手が来たらお互いが敵対するように見せて、途中で見失った体で合流して安全に抜け出す。ルークが考えたこの作戦はこうして効果覿面だった。とはいえ、いくらなんでも手口が悪党すぎる。貴族とテロ組織の癒着の証拠を掴むという名分が無ければ立派な強盗だ。ジュリアは作戦を聞いたとき、彼らが盗賊として一種の伝説を築き上げた理由の一端を思い知った。
ルーク達は何食わぬ顔で商業区への門を通る。衛兵として登録されているため、疑いをかけられる心配もなく彼らは宿へ戻ることができた。
「それで、情報は見つかった?」
「ああ。ばっちりな。工業区の工場。元ハグレ研究所の廃墟を間借りしてると日記に書いてあったぜ」
ここで心配されるのは、情報が露呈したことによってアジトを移動させられることだが、それは確率が低い話ではある。情報源である日記からは痕跡を完全に消してあり、さらには本気で追われるリスクを背負い込んでまで宝を盗んだことで侵入者の目的が宝物であると思わせた。逃亡中であっさりと返したのもそれが理由だ。あちらからは逃げやすくするために宝を手放したと思われるし、仮に本当の目的を看破されたとしても、大荷物を運び込んでいる関係で一日では撤収できないはずだ。
「ならば明日には早速突入しよう。ここが正念場だからな」
そして、また夜が明ける。
帝都を股にかけた大騒動は、大詰めへと向かっていた。
○潜入作戦
BGMはピンクパンサー
○ケチャップ
ぶっちゃけこいつら逃げ慣れてるのであまり意味がない。
○ホムンクルス兵
クローンヤクザと同じ扱い