ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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その65.帝都動乱・三日目(3)

()ってえ。死ぬかと思った」

 

 

 エステル達が合流して一言、ルークはそうぼやいた。

 

 斧を受けたのが空中だったこと。魔物の素材を用いた強化繊維で作られたスーツと、肌着の上に仕込んである鎖帷子が功を奏していた。そして理性のない力任せの一撃だったことで受け流しで分散できたこと……などの理由が合わさり、どうにか致命傷は避けることができたルーク。そこにすかさず駆け付けたヘルの回復魔法によって、ある程度までは持ち直しているようだ。

 とはいえ、受け身に用いた左腕はしばらく使い物にならず、できることといえばこうして悪態をつくぐらいなのだが。

 

 

「うっわ、あれで痛いで済むとか……本当、ハグレでもないのにゴキブリみたいな生命力ね」

「ひっでえ言いぐさだな。ヘルがいなけりゃあのままお陀仏だ」

「お陀仏って何よ」

「和国の弔い文句らしいぜ。薙彦か柚葉さんにでも聞いてみろ。それで、あのデカブツは? マクスウェルの野郎はどこ行った」

「いやあ、えーっと、その……」

 

 エステルはどこから説明したものか迷う。

 なにせクックルが巻き起こした爆風に飲み込まれて意識が断絶し、目が覚めたらマクスウェルもクックルもいなくなっていたのだ。

 直前に聞こえた彷徨や悲鳴、破壊された壁、瓦礫とともにあった血痕と肉片などから大体の事情を察したエステル達は、痛恨の一撃を喰らったルークと、手当てに向かったヘルラージュと合流することを優先した。

 

「一言で言いますと、あのクックルという魔導兵が暴走しました。マクスウェルは施設外に逃亡。クックルはその後を追っていきました」

「どういうことだ?」

「どうやらあいつ、鎧と薬で無理やりいう事を聞かせてたみたいなのよ。そんでメニャーニャが電撃浴びせたおかげで洗脳装置がぶっ壊れたみたいね」

「それでも正気とは思えなかったけどね。そうして制御できなくなったクックルがマクスウェルを襲って、逃亡劇の始まりってわけ」

「オイオイ……そりゃヤバくないか? マクスウェルが逃げたなら、アレも街に出るってことだろ? あれがマジで()()クックルなら、帝都の中で暴れ回るぞ」

 

 現状を把握して冷や汗を流すルーク。その言葉の根拠はクックルというハグレの存在を知っていることから来る嫌な予感だった。

 

「ルーク、あのハグレについて知ってたの?」

「知ってたつーか、思い出した。昔アプリコさんが言ってたんだよ。ハグレ戦争で自分たちのいうことも聞かずに暴れ回って、無駄に被害を出す手に負えないハグレがいるって。そいつがクックルだ。最後に反乱軍が軒並み鎮圧された後で帝都が出してきた英雄とやらの活躍でとっ捕まったって話だ」

 

 それほどまでに狂暴なハグレを制御していたというのならば、マクスウェルのあの自信も頷ける。

 ルークが記憶の隅から引っ張りだしてきた情報を聞いて、一同はクックルの危険性を再認識した。

 

「本当に不味いですね……その話が本当なら、クックルが帝都で暴れることは確定です。マクスウェルについても、殺されてしまっては情報が得られません。目的は変わらず、マクスウェルの確保および魔導式殲滅兵クックルの排除。急いでジュリアさん達と合流しますよ」

 

 

 

 

 一方そのころ。

 

 研究所の正門にて陽動を引き受けていたジュリアたちは、施設内の大きな爆音を聞いていた。

 彼らの周りには見張りの兵士たちが十名ほど倒れており、すでにこの辺りでの戦闘が終わったことを意味していた。

 

 

「おっと、ルーク達もやってますねえ」

「しかしこれだけ大きな爆発となると少し不安だな」

「アルもいるし、大丈夫だろ」

 

 裏手のほうから右手を押さえて走り去っていく人影が見えた。

 上等な身なりをした金髪の後ろ姿は、まさにお目当ての人物の姿だ。

 

「ジーナ、あれはマクスウェルじゃないか?」

「ああ。やっぱり見張ってて正解だったね」

「しかし待ってください。彼、何やら負傷していませんか?」

「なおさら捕まえやすくて結構」

 

 ジュリアとジーナは、マクスウェルを捕まえるために走り寄る。

 

「止まれ!」

「ひっ、ひあぁ!」

 

 それに気が付いたマクスウェルが怯え切った声を上げる。

 ジュリア達に詰め寄られ、逃れようともがく。その右腕はひじから先が無残にちぎれており、悲惨な傷口には魔法による止血の痕跡が見えた。

 

「やはり逃げてきたか、だがここまでだ。観念しろ!」

「た、頼む。放してくれ」

「うっさいよ。いいからお縄につけ」

「やめろ、やめてくれ。今すぐここから逃げないと、あいつが、あいつが来る……!」

「あいつ……?」

 

 ルーク達から逃げてきた、にしてはどうにもおかしいマクスウェルの様子にジュリアは訝んだ。

 

 

 その瞬間である。

 

 

 KaBooooooM!!

 

 壁を破壊し、地響きを錯覚するほどの足音を鳴らして全身鎧を身に着けた巨大な人物が飛び出してきた。

 

 

「なんだこれは!?」

「魔導兵? にしてはずいぶんと大きいじゃない」

 

 唐突に表れたその巨大な人物にジュリア達は一斉に警戒する。

 外見から察するに、これはマクスウェルが用意した魔導兵器。

 ――なるほど、ルーク達はこれの相手をしているうちにマクスウェルを逃がしたか。そう考えるジュリアだったが、半ば狂乱したマクスウェルの叫びがそれを否定した。

 

「来るなっ、来るなっ。こっちに来るなああああああ!」

 

 脱兎のごとく走り去るマクスウェル。

 それを見た巨人はさらに興奮し、ジュリア達には目もくれずどしんどしんと跡を追いかけていく。

 

 そのあまりの圧力に身構えていたジュリア達は反応が遅れ、瞬く間に彼らは姿を消してしまった。

 

「一体なにが起こっている?」

「ジュリアさん!」

 

 かけられた声に振り向けば、今しがた空いた穴からメニャーニャ達が飛び出してきた。

 

「君たち、これは一体……」

「ごめんジュリア。マクスウェルを逃がしたわ。そして奴が従えてたハグレが暴走して今マクスウェルを追ってる。このままだと追いつかれてあいつが殺されるし、街中であのハグレが暴れ出すわ」

「簡素な説明ありがとうエステル。しかし、ルークがそこまでボロボロにされるとは、どうやら相当強力な相手のようだなあのハグレは」

「マクスウェルが言うには、中身はあの鳥人クックルらしい」

「なんだと? アレがあの伝説の……」

 

 傭兵たちの間でも語り草として伝えられる存在に、ジュリアは驚愕を露にする。ハグレ戦争を経験してきた傭兵たちはジュリアの先輩方にあたり、彼らはそれぞれ相手にしてきたハグレとの戦いを武勇伝としていた。

 だがその中で、「クックル」というハグレだけはみな一様に恐怖の象徴として語るのだ。

 

 『アレを一度目にすれば大体の魔物はワンちゃんのようなものだ』『同じ生き物を相手にしているとは思えなかったぜ』『同僚は一目見ただけで逃げて行ったよ』

 

 そんな様々な形容のされ方は、もはや悪魔や魔神に対する言葉である。

 実際、ジュリアからすれば、クックルが発した圧力は魔人か何かと錯覚するほどだった。

 

「あれがアプリコさんの言っていたクックルとやらですか」

「どうだ薙彦、ぶっちゃけお前を一番頼りにしてるんだが」

「それは実際に刃を交えてみないことにはなんとも」

 

 薙彦も少しばかり考え込んでいる。ひと際抜けた実力を持つ彼であってもクックルは尋常の相手ではないようだ。

 

「とにかく急いで後を追おう」

「そうですねえ。あのままだと……商業区に突っ込みますか」

 

 既に姿は見えないが、クックルの後を追うのは問題ない。だって向こう側から建造物を破壊する轟音が聞こえてきているのだから。しかもその音はどんどん遠ざかっている。音の方角から察するに商業区のほうに行くのは時間の問題だ。

 

「先輩は協会に向かって応援を呼んできてください。私たちは商業区に向かいます」

「わかったわ」

「それとルーク、左腕をやられたらしいが大丈夫か?」

「ひとまず骨だけは何とかってとこですね。まあ、足手まといにはならないようピンクのほうに着いてきますよ」 

「そうか、分かった」

 

 即決即断。

 方針も決め終わり、ジュリア達はその場を去る。

 残された二人も、協会へ向かう準備をする。

 

「さて、ここからだと結構距離があるな」

 

 南側の通行門を通れば召喚士協会は目の鼻の先だが、ここは工業区北側のはずれ。最短距離はともかく、通りを走っても三十分はかかる。

 

「辻馬車とかあればいいけど……お、こんなのがあったわよ」

「自転車か。珍しいな、なんでこんなところに」

「さあ? でもちょうどいいから使わせてもらいましょう」

 

 エステルは目ざとく、敷地の端にあるものを発見する。

 それは二つの車輪が前後につき、その直線上の中心にハンドル、鞍と鎖で連結された車輪を動かすためのペダルがある平面的な二輪車。すなわち自転車だった。

 召喚によっていくつか持ち込まれ、馬の代用として目される乗り物。街中で商人が台車と連結して使っていることが多いが、製造技術の高度さや道路整備の問題から未だに市井には普及していない代物である。

 

「おいおい、お前自転車乗れるのか? 前にサーカスで乗ったことあるけどよ、結構バランス取りにくいぜ」

「要は真ん中に乗って漕げばいいんでしょ? こんな風に」

 

 どこから湧いてくるのか不明な自信に満ちた様子で、エステルはサドルに腰を下ろす。

 そして地を蹴ってペダルを踏み、キコキコと見事に漕いでみせる。ルークですら二回は転倒したというのに、なんと恵まれた運動神経だろうか。

 

「ほら、簡単よ」

「それでどうにかできるのはお前ぐらいだろ」

「できるからいいのよ。ほらルーク、さっさと後ろに乗って」

「へいへい」

 

 ルークは荷台に腰掛け、エステルの肩に手を置く。

 

「変なところ触ったら蹴り落とすからねー」

「お前の体に欲情するほど飢えてねえよ」

「はいはい。おっし、行くわよ! しっかり掴まってなさい!!」

 

 エステルは勢いよく地を蹴り―― 

 

 

 進路上にあった小石に車輪が乗り上げ、エステルたちは盛大にコケた。

 

 

 

 

 

 

 帝都商業区。

 

 式典も明日に迫ったことで、市街地の賑わいは最高潮を迎えている。

 

 日常の裏で起こる戦いに気がつくこともなく(つい昨日に漏れ出したが)、人々はこのめでたい時期を楽しんでいた。

 

 だが、その喧噪は今、阿鼻叫喚に上塗りされようとしていた。

 

「いてっ」

「おいおい、気をつけろよ」

 

 弟者が後ろから走ってきた何者かと肩をぶつける。兄者が注意するが、その人物は一瞥しただけでよろめきながら走り去っていく。

 

「なんだあいつ……」

「ところで兄者、なんか騒がしくねえか?」

「そうか? 最近はこんなもんだろ……」

 

 兄者がそう言った途端。

 後ろから大きな破壊音と、絹を裂くような悲鳴。

 自分の後ろを見ていた人々は目を丸くし、追い抜くように逃げ去っていく人もいる。

 たった一日ぶりの、なんらかの異常事態が起こっている。

 それも、きっと自分たちのすぐそばで。

 

「……なあ、弟よ」

「なんだ兄者?」

「俺は今、すごく後ろを見たくない」

「奇遇だな。俺もだよ」

 

 だらだらと脂汗を流しながらの言葉に、弟者は頷く。

 

「そうか。でも確認しないことには何が起きたのかわからないな」

「そうだな。それじゃあ二人一緒に見るのはどうだ?」

「そいつは名案だ」

「ああ。俺たちだからできることだよな」

「「流石だよな、俺たち」」

 

 などと強がりを言いつつ、

 

「それじゃあいっせーので向くぞ」

「「ああ。いっせーの――」」

 

 

 そうして後ろを振り向いた流石兄弟が見たものは、

 

 

 建物を破壊し、屋台を蹴散らしながらこちらに迫ってくる、

 

 

 機械の鎧に全身を包んだ巨漢だった。

 

 

「「――うわあああああああ!?」」

 

 

 咄嗟に出た叫び声も、二人同時だった。

 

 

 

 

 

 

 商業区の一角。

 突如として工業区のほうから出現した巨人によって、辺りは騒然とした有様となっていた。

 逃げ出す人。遠巻きに見つめる人。

 そして、武器を手に立ち向かう人。

 

「止まれ!」

「我々は騎士団だ! 貴様の所属を言え!」

「今すぐにその武器を地面に捨てろ! さもないと……」

 

 巡回の任務に就いていた騎士たちが、騒動の中心を見咎める。

 

 とはいえ、さすがの威圧感に彼らも若干だが腰が引けている。

 それでも相手をしっかりと見据えているのは、さすが訓練が行き届いた騎士と言えるだろう。

 

 彼らからすれば、帝都を反乱分子が脅かしている中で帝都の護衛を行うこの状況は、自分たちの忠義と武力を証明できる晴れ舞台だ。

 だというのに、雇われ衛兵たちが次々とA級指名手配犯を仕留めてきている現状は内心穏やかにあらず。

 ようやく現れた相手に、騎士団の面目を保つために彼らも必死だった。

 

 だが、相手が悪いとしか言えない。

 騎士たちが知る由もないが、目の前にいるのはかつて帝国を脅かした狂戦士。

 武器を構えながら自らを包囲する兵を、クックルは無言で眺めている。

 

「……」

 

 朦朧な意識の中、クックルは目の前の相手の姿を認める。

 

 かつて幾度となく立ちふさがり、剣と槍を振るってきて、そのたびに叩き潰してきた弱兵の群れ。

 だが最終的に自らを縛り上げ、狭い穴倉に押し込めた集団。

 傲慢な貴族たちの言いなりになって自分を束縛しようとしてきた兵隊たち。

 

 つまり、自分の敵だ。

 憎んでも憎み足りぬ、束縛者たちの群れだ。

 忌まわしい、圧制者の走狗だ!

 

 

「■■■■■■■■■!!」

 

 

 そう気づいたら答えは簡単だった。

 自分は今、戦場にいるのだ。

 場所は市街地。破壊するべきものに溢れた敵の巣。

 目の前に立ちふさがる雑兵を蹴散らし、その後ろで尻尾を巻いて逃げようとする高慢な貴族に怒りをたたきつける。

 

 いつもと同じように、ただ心から湧き上がる衝動のままに!

 

 

「従わぬならば制圧する――がッ!?」

 

 

 最初に前に出た騎士が、斧の一撃を受けて宙を舞う。

 腹部がひしゃげた騎士は、そのまま地面に叩きつけられて動かなくなる。

 

「な、貴様ぎゃあっ!」

「ハヤック!? シサンタ!? くっ、おのれ!」

 

 続けざまに吹き飛ばされる騎士。

 仲間が次々と蹴散らされることに驚愕を隠せない騎士ワイヨー。だが勇気を振り絞ってクックルが斧を振り上げた隙をついて切りかかる。

 しかし斧を振り上げると同時に反対の足で繰り出された前蹴りによって阻まれてしまい、その間に振り下ろされた斧の衝撃が彼を後ろに転ばせた。

 

 

「■■■■■■■■■!!」

 

 

 咆哮が響く。

 瞬く間に帝国の誇る騎士を倒した怪物に、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 逃げ惑う人々にクックルは興味を持たず、ただマクスウェルの痕跡を鋭く捉えて前進する。

 

 

「何だこの有様は!?」

「そこのデカイの、止まれ!」

 

 と、2ブロックほど進んだあたりで騒ぎを聞きつけた騎士たちがあちらこちらからやってくる。

 無残な姿を晒した仲間の姿を見て、彼らは一斉にこの巨兵を制圧対象だと認識する。

 

 

「さてはこいつが例の魔導兵とやらか!」

「よくも我らが同胞を、許せん!!」

「総員囲め、僅かな傷は回復すると聞く。一斉にかかるぞ!」

 

 そこで追いついたジュリアは、騎士たちがクックルを包囲している光景を目にして思わず叫んだ。

 

「よせ君たち! そいつは普通の相手じゃ――」

「突撃!」

 

 号令に合わせて騎士たちが殺到する。

 普段ならば魔物も一方的に倒しうる騎士団の集団戦法は、しかしこの鳥人には蟻にたかられるに等しかった。

 

 クックルは目の前の騎士Aに斧を振り下ろす。騎士Aは咄嗟に盾で受け止めようとして、そのまま盾ごと叩き潰される。その直後に騎士Bと騎士Cの剣が胴体に振り下ろされるが、魔法合金の鎧と増強された筋肉を突破することは敵わない。そして斜め右に振り上げられた斧の一撃が騎士Bを打ち上げ、踏み込みで騎士Cを蹴り飛ばしながら追撃の一撃で真っ二つにする。

 そして振り向くと同時に巨腕が騎士D、E、Fをまとめて薙ぎ払い、左わき腹に取り付こうとした騎士Gを掴んで上半身を握りつぶす。血と鉄のオブジェとなった肉を投擲武器として前方の騎士たちにぶつけて道を開ける。

 

 あまりに一方的な蹂躙。

 血と肉が散乱する屠殺場。

 屍と瓦礫を積み重ねつづけるその光景は、十年前の再来だ。

 

「な、なんだこいつはぁ!」

「ば、化け物だぁ!」

 

 まるで刃が立たない相手を前に、騎士たちは後ずさり始める。

 かすり傷の一つでも追ってくれればまだ奮い立てようがある。

 だが現実は鎧すら突破できない有様。

 騎士団も魔導鎧についての知識は共有しており、その対策も十分に考えてきた。

 だがこのクックルは鎧も中身も特別性。帝国騎士団を容易に壊滅できるとマクスウェルが豪語するほどの性能を誇っているのだ。そして当のマクスウェルにすら制御不能だというのが余計に手に負えない。

 

 そんな怪物に対抗するならば、やはり常日頃から冒険に身を置く者たちの力が必要不可欠である。

 

 

「おらどいたどいた!」

「そいつの相手は俺たちに任せな!」

 

 人ごみを掻き分けてやってくる二つの筋肉有り。

 ニワカマッスルとジョルジュ長岡。腰ミノ一丁の牛人と、擦り切れた胴着を着こなす太眉な巨漢。見るだけでもう暑苦しくなる組み合わせだ。

 

 騒ぎを察知し、いち早く駆け付けた漢たちは騎士たち相手に無双するクックルに正面から立ち向かう。

 

「おお、こいつはひでえな……」

「だがすげえ筋肉だ。見えなくとも俺たちにはわかる」

「ああ、鎧なんかで隠すにはもったいねえ筋肉してるぜ」

 

 かなづち大明神に匹敵する背丈から発せられる威圧感に、ニワカマッスルは筋肉を盛り上がらせて対抗する。ジョルジュも得物である魔鎖をひゅんひゅんと振って調子を確かめる。

 

「マッスル! ジョルジュも!」

「待たせたなジュリアさん、力比べなら俺たちの出番さ!」

「ひっさしぶりだなジュリアちゃん! また髪が伸びたか。その鎧の下にある見事なおっぱいも元気に育ってるか?」

「君も相変わらずだな! そいつはマクスウェルの自信作だ、気を付けてくれ!!」

 

 応! という勇ましい声と同時に、巨大な筋肉のぶつかり合う重い音が響き渡った。

 

「……さて、彼らが押さえてくれている間に私たちもできる限りのことをしよう」

「マクスウェルの確保か?」

「それもだが、まずは避難誘導と負傷者の救護をする。

 特に君たちに任せたいのだが、いいだろうか!」

 

 ジュリアは無事だった騎士たちに声をかける。

 

「は、はい!」

「我ら帝国騎士団、率先して市民の方々を誘導いたします!」

 

 部隊が半壊したことで動揺の収まらない騎士たちは、歴戦の貫禄を持つジュリアに気圧され言われるままに市民の避難誘導へと向かう。

 メニャーニャはその傍らで息のある騎士を見つける。

 

「召喚士協会のメニャーニャです。立てますか、ブリゲイド三番隊長」

「……ぐ、メニャーニャ特務召喚士か。君たちの手を借りることになろうとは市街の守りを担っておきながらなんたる不覚……」

「負け惜しみを言えるなら大丈夫ですね。それでは騎士団の方々の統率をお願いします」

 

 立ち上がったブリゲイドに現場指揮を任せ、メニャーニャはマクスウェルを探し始める。

 あの傷だ。そうそう遠くまでは逃げられていないはず。この辺りにいるだろうが……。

 

「……あ、いた」

「ひいぃ!? メニャーニャ!?」

 

 目と鼻の先。路地裏の陰に隠れるようにしてマクスウェルはうずくまっていた。

 その服装は一層ボロボロになっており、先ほどの混乱の中で揉まれに揉まれたことが伺える。

 

「あ、く、くそっ」

「サンダー」

「ぐわぁあぁ!?」

 

 這いずってでも逃げようとするその背中にプチ雷撃を叩きこんでマクスウェルを黙らせる。

 

「やれやれ、手こずらせてくれた。とりあえず死なない程度には回復させないといけませんね……」

 

 ヘルラージュに回復を頼もうと振り返ったメニャーニャの視界に、勢いよく宙を舞う筋肉が横切る。

 視線を追えば、石畳を盛大に砕いたニワカマッスル。反対側を見れば右手をジョルジュの鎖で封じられたクックルが拳を振り抜いていた。

 

「ニワカマッスルさん!? 大丈夫ですか!」

「ぐおぉ……メニャーニャさんか。腹に一発いいのをもらっちまったが、まだまだ「ぬおぉおぉおぉおぉ!?」っておおっ!?」

 

 瓦礫を振り払いながら立ち上がったニワカマッスル。

 そこに砲丸めいて飛んできたジョルジュが勢いよく衝突する。

 

「……ってて。おっとすまねえな牛くん」

「おうよ。しかしマジすげえ筋肉だな」

「ああ、負けてられねえ。気合いいれるぜ」

 

「ハッスル!」

「マッスル!」

 

 

 ニワカマッスルとジョルジュは互いの上腕二頭筋をぶつけ合って気力を高め合った。二つの筋肉の衝突は小宇宙にも等しい光景を脳裏に浮かばせる。

 

 

「よし、筋肉充填完了! いくぞオラァ!」

 

 

 目の前で繰り広げられた謎儀式に、しばし真顔で硬直するメニャーニャだったが、首を振って我に返ると懐からベル謹製回復ポーションとサヴァイブポーションを取り出した。

 緊急用だが致し方あるまい。マクスウェルの口を強引にこじ開け、一気に二つの中身を注ぎ込む。

 

「……ご、ごぼっ。ごぶふぁ! にがぶはぁっ!?」

「はーいお早うございますクソ野郎。これからあなたに色々と尋ねたいのですがよろしいですね?」

 

 一つですらこの上なく苦いポーションをダブルパンチで受けたマクスウェルはもだえ苦しみながら目を覚ます。

 

「げほごほっ! に、苦すぎる……この僕になんてものを飲ませやがるんだ!」

「良薬口に苦しと言うじゃないですか」

 

 とはいえ、性能向上に合わせて苦みも上げようとする謎のこだわりは理解しづらいが。

 

「ああくそ、クックルはすぐそこじゃないか! こんなところにいられあがさがさかす!?」

「はいはい。まったく油断も隙もありゃしない」

 

 ある程度回復した途端、逃げ出そうとしたマクスウェルだが、メニャーニャは即座に電撃を浴びせて麻痺させ、がら空きの背中を踏みつける。

 

「どうしてわざわざ治療までしたかわかりますか? あなたに色々聞くためですよ」

「……だ、ダメだ! 第一、そんなことをやっている場合か!? アイツの狙いは僕だ。呑気に話なんていていたらお前まで巻き添えを喰らうのがわからないのか!?」

「それは貴方を放置しても同じことです。解放戦線の目的が帝都への侵攻である以上、クックルはここで倒すしかない」

「はあ? お前あいつの強さを見ただろうが! クックルは無敵なんだ。多少仲間が増えたからってクックルに勝てるわけがない!!」

 

 先ほどは自負であった叫びも、今は警告として吐き出される。

 最強の手駒が一転して最悪の敵だ。無理だと叫ぶ気持ちもわからなくはない。

 現に再び挑んでいった筋肉二人組も、まるで藁のように振り回され地に転がされている。

 

 

 

「さてさて、それはどうでしょう」

 

 

 

 マクスウェルのいる路地裏目掛けて突進せんとするクックルの前に、和装の青年が軽やかに躍り出る。

 

 

 

「いやはや、こうして真正面に立ってみれば武者震いも一入(ひとしお)ですね」

 

 

 突然現われた進路上の障害物を排除するべく斧が振るわれる。

 だが薙彦は眉一つ動かさずに薙刀を合わせた。

 

 余波のみで暴風を巻き起こす斧の一撃を、薙刀を滑るように動かして弾いていく。その合理性と精細性を突き詰めた動きに一切の無駄はない。直接刃を打ち合わせるのではなく、側面から流れるように斧を反らしている。

 

 ――柔よく剛を制す。

 大殺陣流の真髄は、強化を受けた異界人の猛攻すらも捌き切ってみせる。

 

「全く……これほどまでに豪快なのは初めてですよ。いなすだけでも腕が重い。我武者羅なようで無駄がない。まさに嵐か大津波。アプリコさんが持て余したのも納得だ。

 

 ――ま、始末しましたが」

 

 三打の切り結びを演じ、僅かな隙の一点を神速の突きが穿つ。

 

 薙彦の筋力のみならず、打ち合った全ての勢いが乗算された一閃。

 反りのある刀身は合金の兜を割り、額を貫いて後頭部から先端を覗かせている。

 ゆっくりと引き抜けば、噴水のように鮮血が吹き出す。

 

 これにて始末仕りて候。

 血と肉脂を払い、残心を決めた薙彦はメニャーニャ達を振り返った。

 

「とまあ、私にはこれぐらいの取柄しかありませんがね」

「お見事です薙彦さん。流石は音に聞こえしナギナタボーイ」

「それほどでも。ですがそうですね。せっかくなら今夜、二人きりで戦功を労い合うなどどうでしょう?」

「生憎忙しいので遠慮しておきます。……というわけで、じっくりとお話の時間と行きましょうか」

「だ、駄目だ……」

 

 マクスウェルは震えた声で首を横に振った。

 

「おや、この期に及んでだんまりを決めるつもりですか? 大した忠誠心だとは思いますが、主犯格である貴方からは聞かせてもらいたいことが山ほど――」

「そうじゃない……そうじゃないんだ……」

「だから何を――」

「その程度の攻撃じゃ……()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

「……え?」

 

 

 思わず、メニャーニャが聞き返す。

 薙彦が素早く長刀を構えて振り向く。

 

 ……そこには、赤い鶏冠を逆立たせ、

 つい今しがた額を貫かれたはずの、 

 鋭い眼光を持つ鳥の顔をした異形が、

 緑色の魔力光を放つ斧を振り上げていた。

 

 

「…………■■■■■■■■■」

 




〇ルーク
 死にそうで死なない。生命力が強いというよりは生き汚い。
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