特別編の反響が大きくてめっちゃビビってます。
「こりゃまた派手に暴れたもんだなぁ」
周囲の惨状をなんでもないように言ってから、ラプスはその下手人を見据える。
奇襲による転倒から即座に復帰して起き上がるクックル。
彼はそのままラプス目掛けて突っ込んでいくかと思われた。
だが意外や意外!
猛り狂っていたはずのクックルは、全身からマナの輝きと蒸気を発しながら、獲物の動きを見定める肉食獣のようにじっと構えをとった。
己の肉体を貫く一撃を何度も受けてきたクックルだが、有り余る耐久と薬物と分泌アドレナリンによる痛覚麻痺、そして魔導鎧の再生力が合わさりこれまでのハグレ王国による攻撃を障害ともなんとも思っていなかった。精々が虫に刺された程度の痛みしか感じていなかっただろう。
しかし、ラプスの水龍槍は肉体で練られた高密度のマナ……すなわち闘気が彼の屈強な肉体の内部にまで浸透し、ただの投槍とは比較にならないダメージを与えたことで彼の朧げな理性にヴィジョンを与えた。
自らの肉体を内部まで揺さぶる一撃、そして立ち昇る圧倒的な闘気を受け、クックルは目の前の相手を蹴散らす獲物としてではなく、己の命を脅かす強敵として認識したのだ!
「ラプス……! ちょうどいい。時間を稼いでくれ! 今そいつをぶっ飛ばすための兵器がチャージ中だ!」
「お安い御用。……ってか、別にアレならお前たちで普通にぶっ殺せるんじゃねえの?」
「下手に壊すと鎧が爆発するらしいんだよ。軽くこの辺吹っ飛ぶ感じで」
「え~? めんどくさっ」
「ああ。さらに面倒なことに、そいつは頭をぶち抜いても復活する再生力と爆発を起こす斧がある。……薙彦はそれでやられた」
「――――」
僅かの逡巡の後、ルークは
間合いを見計らっていたラプスの動きが、ほんの僅かだけ硬直する。
(やっべ、やっぱアイツの名前出すんじゃなかったか? 頼むからいきなりキレてくれんなよ……)
二人は痴情の縺れから喧嘩別れした関係で、しかもお互いそれなりに引きずっているときた。
特にラプスは名前が出るだけで機嫌を悪くする始末。
とはいえ、一番危機感が伝わりやすい表現も他にはなく。
そんな苦悩の答えは、からからとした笑いだった。
「ほーうほーう。そっかアイツこの辺うろついてるのは知ってたけど、こいつ相手に負けたのか! あのクソ野郎がねえ。そっかそっか。間抜けだなあアイツも。
――んじゃあ、ぶち殺すわ」
ぐしゃり。
嘲るような苦笑するような表情から一転。
瞬きの間にラプスの姿が消えたと思えば、跳び膝蹴りがクックルの顔面に突き刺さっていた。
「クルアァァァァァァ!?」
明らかに致命傷のレベルで顔面をめり込ませながら、反撃の斧が振るわれる。
その合間にも骨が元の形に戻り、肉が盛り上がっていく。
「おー、再生ってのはそういうこと。頭蓋骨砕いたってのに生きてんじゃあそりゃ勝てねえわな」
ラプスはその再生能力に感心しながら、軽やかな身のこなしで攻撃をかわし続けている。
そしてその合間に放たれるは水龍槍による刺突の連打。
心臓目掛けて繰り出された三連撃は、貫通までには至らないまでも大きなへこみを生み出し、凄まじい衝撃を体内に浸透させる。
「まあ別に、あのクソ野郎がどこで誰に負けようが知ったことじゃねえよ。でもあれだけあたしが勝ち越せなかった奴がたかが再生し続けるやつに負けるとかちょっと馬鹿らしくなるってかさ。さっき昼飯食い損ねたからムカついてるし、何回殴っても壊れないサンドバッグがあるなら殴るぐらい文句ねえよなあ!」
どこからどう見てもブチギレです。本当にありがとうございました。
神速の突きが斧を弾き、見事な弧を描く蹴り上げがガードを強引にこじ開ける。
そうして懐に潜り込んだラプスは体を回転させる。
ゴウンゴウンゴウン!
どう聞いても打撃では生じないはずの音が鳴り響く。
それは打撃が重なるほどの四連撃によって反響したもの。
衝撃が内部でぶつかり合い内臓を破壊してクックルの顔面から夥しい血が噴き出す。
隙を与えぬ連撃からのフォールダウン・リューオー。完全に容赦のないコンボがクックルの胴体を蹂躙した。
「おいおい。お前アレ正面から受けて耐えてたの? ヤバいな」
「あたぼうよ! つってもでもあれお互いボロボロだったしなあ。やっべ、次耐えれるかちょっと不安だわ」
「まあ牛肉は叩いたほうが美味くなるし、ちょうどいいんじゃね?」
ダメージで伝わるあまりの殺意と、それを耐えてみせた相方にドン引きするハピコ。
ニワカマッスルもあの猛打を一度は経験しているとはいえ、記憶の中とは違う激しさに気圧されている。
怒濤の猛打に、ついにクックルが両膝から崩れ落ちる。ラプスは油断せず、こちらに落ちてくる頭部目掛けてとどめの蹴りを放――
「この馬鹿! そっちじゃねえ!」
ルークの警告にラプスは己の両脇のガードを固める。
だがそれも誤った選択。
「がっ!?」
来たのは打撃ではなく、掌握。
前のめりの勢いを利用した掴みかかり。
がっちりと組み合った二つの巨大な手のひらはまるで万力のごとくラプスを締めあげ、その動きを封じていた。
「しまった……!」
掴みと投げはラプスの十八番。普段ならば正面からの掴みかかりなど見切れるが、あの前傾した体勢から繰り出してくるとは予想外だった。これも鎧の再生力による復帰性と理性なきクックルの猛進さが合わさってのことか。
だが最大の不覚を悔む余裕などない。クックルはラプスを掴み上げたまま、その両腕を頭上に持ち上げる。
「てめえ、まさか……!」
クックルが何をするつもりかを悟るラプス。
ならばと体内のマナを練り上げ、闘気を噴出させることで強引に拘束をこじ開けようと試みる。
だが一つ、ラプスの知らない情報があった。
クックルの身に着ける魔導鎧、その源流であるバイオ鎧には周囲からマナを吸収する機能が存在する。それは改良され、魔法を分解してマナに還元する機能となったわけだが、マナ吸収の原理事態に変わりはない。それどころか、この特式については大気中のマナを吸収する機能をさらに強化して地脈から直接マナを吸い取ることもできるように改造されていた。
つまるところ。
魔導鎧も密着状態であるならば生命体からマナを吸収することができるのだ。
「――ッ!?」
ぞっとするような喪失と虚無感に、ラプスは反射的に怯む。
致命的な隙を晒してしまった彼女に、クックルは無慈悲な一撃を叩き込んだ。
「■■■■■■■ーー!!」
咆哮とともに両腕が振りかぶられる。
まるで壺を投げ割るようにして、ラプスが45度の角度で投げ捨てられる。
その勢いやすさまじく、クックルの前には半径1メートルのクレーターが出来上がった。
おおよそ3メートル弱の高さ。
常人であれば十分に死にうる高度を、クックルのけた外れの膂力で地面に叩きつけられればいくら強靭なリュージンであろうともただでは済まない。
「ラプス……ッ! クソッ、メニャーニャさん。チャージはまだか!?」
「あと二分です……!」
「二分……」
あれだけの攻防が、僅か一分で行われた。
技量で勝る強者たちが、「再生能力」という暴力の前に立て続けて圧倒されていく。
ルークは注意深くクックルを凝視する。
クックルは辺りを見回し――そして、こちらを見た。
「あ、やば」
「まず――」
高まり続ける魔力に本能で危機を感じ、クックルはメニャーニャへと斧を投げ放とうとした。
迎撃も回避も間に合わない。ルークが咄嗟に庇おうと飛び出す。
だが、その斧が振りかぶられることはない。
「……?」
クックルは斧を取り落としていた。
不意の感触に訝しみ、クックルは左手を見る。
手首。装甲の合間を縫って的確に細長い棒が突き刺さっている。
その棒は奇妙な形状をしており、突き刺さっていない側はL字に折れ曲がり、中は空洞になっていた。
神経と筋肉が遮られ、動かない。
「煙管……ってことは」
「おおっと、それはまずいですよっと……ごふっ」
「薙彦!」
瓦礫の中から現れたのは、左腕を振りかぶったまま肩で息をする薙彦であった。
「すいませんねルーク。不覚を取りましたが、これこの通り問題はありません。ちょうど突っ込んだのが武器屋でして、代わりの槍もここに……」
「右腕ぶら下げておいて何言ってんだ。どう見ても戦闘不能だろうが」
ルークの言う通り、最早薙彦は満身創痍。
頭から血を流して、右腕はだらりと下げている。肘と手首はねじれ、指もあらぬ方向に曲がっている。仮に回復魔法で治癒を受けたとしても、完治には相当な時間が必要になるだろう。
そんな状態から仕込み煙管を的確に投擲してみせるのだから、恐ろしい男である。
「まあぶっちゃけかなりしんどいですよ? でも彼女が甚振られる姿を黙って見ていられるほど男は腐ってないと自負して――」
「誰が、甚振られてるだって?」
腹立たし気な声が聞こえた直後。
クレーターの中心から、間欠泉めいて波濤が噴き出した。
「昇・龍・脚!」
龍宮振蹴拳の技が一つ、昇龍脚。
滝登りの如き跳び蹴りが鋭角を描いてクックルの下あごを突き上げる。完全にバランスを崩したクックルは仰向けに倒れこんだ。
そのまま跳ねかえるように一回転した後、ラプスは着地する。
「ラプス!」
「……一本やられた。次はない」
ぺっ、と血交じりの唾を吐きだす。
その体は傷つき、上等なドレスは引き裂かれていたが、立ち昇る闘気は微塵も衰えていない。
そのまま追撃に移るかと思われたラプスだが、ルークの傍に立つ薙彦の姿を認めて口を開いた。
「ようナンパ男。無様な格好だな。とうとう女にキレられたか?」
「いえ。女性を泣かせるような真似はしてませんとも」
「ハッ、よく言うぜ。あたしが蹴り出した時もピンピンしてたってのに、あんな奴相手にズタボロたあ鈍ってんじゃねえのか。薙彦サン?」
「あっはは。残心を怠った小生の未熟です」
「ああ。女のことばかり考えてっからそうなるんだ。他にも色々言ってやりたいことはあるけどさ。――まずはコイツをぶっ殺してからだな」
ぐらり、とクックルが起き上がる。
あれだけ打ちのめされてもなお、目立った疲労の気配はない。
「そうですねえ。小生もやられっぱなしは性に合いませんし。ルーク、手伝ってください」
「おいおい。俺なんかじゃもうどうにもできねえぞ?」
「足を引っ張るだけならいくらでもできるだろ」
「へーへー」
メニャーニャがチャージを完了させるまであと僅か。
鳥人は完全に狙いを彼女に定め、突進する。
立ちふさがる敵兵どもを叩き潰し、帝国が持ち出した小癪な兵器を破壊する。そうして自らの怒りを知らしめることは、クックルにとって今までの戦いと何の代わりもない。
果たして今の状況がどうなっているのか。
目の前にいる者たちが虐げる側の人間なのかそうでないのか。
そんなことはどうでもよい。
湧き上がる衝動に身を任せる。
ただ己が虐げられた分の怒りを。
高慢なる貴族たちへ鉄槌を。
ただ、ただ破壊する。
それだけが目的だ。
それだけが生きがいだ。
そう。たとえ正気を取り戻していようと。クックルがとる行動に変わりはなかっただろう。
彼に残されたものは、
「■■■■■■■ーー!!」
「ナギ、アレ用意しろ! ルークはわかってんな?」
「ああアレか。オッケー、いつでも用意しているからな」
「承知。とはいえ
ラプスは薙彦の槍の石突に飛び乗る瞬間、すかさず薙彦は槍をてこのように跳ね上げる。
即席のジャンプ台からラプスの残像が垂直の軌跡を残す。
即興コンビネーション、というにはあまりにも手慣れすぎたこれは、彼らが巨大な魔物に挑むときに何度も行ってきた必殺コンボの前触れであった。
「い、く、ぜぇ!」
クックルよりも高く跳躍したラプスは脳天目掛けて三連回し蹴りを繰り出す。
誰よりも背が高いゆえに常に視線が下方に向いていたクックルはこれを防ぐ術がなく、その太い両足が地面に埋まるほどの衝撃が彼の巨躯を一直線に突き抜けた。
「おら、動き止めたぞ! やりやがれてめえら!!」
「今だ! 全員かかれ!!」
好機とみたジュリアの掛け声で、ハグレ王国の仲間たちも総攻撃を仕掛ける。
俊英の刺突が無数の切り傷をつける。エステルが一点集中した炎が弱まった迷宮装甲を貫いて肉を焼く。
ゼニヤッタの怪力で鎧が凹み、睡眠薬の入った矢が皮膚に突き刺さる。
刀めいた鋭いシュートが筋肉を貫き、ベロベロスの炎が羽毛を焦がして香ばしい匂いをあげる。
厄いものが詰まった爆弾が炸裂し、ルビーの弾丸が次々と撃ち込まれる。
そしてハピコとハオが起こした竜巻が、縦横無尽にクックルの体を切り刻んでいく。
「■■■■■■■ーー!!」
だが動きを封じられてなお、クックルは筋肉の律動による衝撃波で彼らを払いのけてみせる。
「みんな無茶しすぎでち、リカバー!」
「全く、世話を焼かせるのう」
治癒の光が前線を包み込み、紅茶の香りが精神を落ち着かせる。
そうして邪魔者を振り払ったクックルは傷を癒すためにマナを地脈から吸い取ろうとチューブを伸ばした。
だが。既に種が割れているものが見逃される道理はない。
「柚葉一刀流――落花落葉の刃」
かちん。と鞘に刀を納める音が響く。
瞬く間にチューブがばらばらと切断され、残骸が地面に転がるさまをどこか満足げに柚葉は眺めた。
「兵站は断つべし。戦の常であるな」
今日は今までどこにいたのかと問い詰めたくなるほどに姿を見なかった彼女だが、どうやらおいしい場面を狙っていたようだ。
マナの供給が大幅に減じ、傷の回復が止まる。
だが鎧そのものが生命のように蠢き、彼の埋まった足元から根を張るようにして配線類が伸びていく。
「おいおい。今度は足元がお留守だぜ?」
爆発。
ルークがこっそりと転がしていた爆弾がクックルの真下が破壊する。
石畳が巻き上がる。地脈に接続しようとしていた鎧が地面から引きはがされる。
「はっ、散々好き勝手やってくれたお返しだデカブツ」
ルークは中指を突き立て、挑発してみせた。
ラプスの一撃で動きを止め、ルークの破壊工作で足場を崩す。そうして釘付けとなった相手を総員でタコ殴りにする。
昔であればアプリコの地形操作に加え、エルヴィスの指揮によってもっとひどい惨状を生み出すこともできた。
ルークは少し郷愁に浸るが、今も昔に負けず劣らずの仲間たちがいる。
ほら、そこに彼女がいる。
「禍神降ろし!」
「そらよ!」
そうして完全に隙を晒したクックルへとジーナが氷壊斧エンネを振り下ろす。
ヘルの支援によって最大限まで強化された、武器破損を厭わぬ一閃。
砕け散る氷めいた破片を代償として、彼女はクックルの左肩から先を断ち切ってみせた。
「ほら、これで狙いやすくなっただろ!」
「ええ、ありがとうございます。皆さんのおかげで、十分にチャージできましたとも」
バチバチと光があふれる中、メニャーニャはにやりと笑みを浮かべた。
その激しき鳴き声は雷鳴の如く。
その雷鳴は神が放つ雷霆のように。
放たれる矢の名はインドラランス。
「装填、完了」
装填されるのは魔法を圧縮し、着弾と同時に炸裂する特殊弾頭。
「充填、サンダー、サンダー、サンダー。三倍に設定」
充填されるのは射手の魔法。この場合はメニャーニャとシノブ。二人の術者による雷の魔法。
電光が三度走り、弾頭が眩い光を放つ。
「照準、だいたいでよし!」
機械によってマナの弦が引かれる。
弓、とはいったものの、あくまでマナから弦を生成し、その炸裂によって射出するこの兵器は大砲に近いだろう。だが、弓であるということが重要なのだ。完全な機械式でないのは、術者の魔力を込めるにはこの形が最適だから。……つまり、
「発射カウントダウン開始、3――」
「■■■■■■■ーー!!」
矢を放つまで最早秒読み。
クックルは生命の危機を前にして、冷静にも逃走を選択する。
足を取られてはいるが、彼の生きようとする本能はそのための最適な行動を既に導いている。
――特式魔導鎧の背部がバカリ、と脱落し、折り畳まれていた翼が窮屈そうにその巨躯を広げた。
「な、こいつ翼を……!?」
闘争本能に支配された今のクックルには、魔導鎧をコントロールする力はないはずだった。
だが、脊髄と直結して繋がる魔導鎧は既に己の肉体も同然。
漠然とした欲求に鎧は応え、鎧はクックルの肉体を最適化する形に導いていた。
「空に逃げるつもりか……!」
「今は照準を上に傾けられません!」
「じゃあ奴の足止めは!?」
「ダメです。巻き添えを喰らいますよ!」
クックルはここまで貯めたマナを衰えた翼の再生と体の進化に費やし、かつては滑空や加速にしか使えなかった翼が生来以上にまで発達し、彼らの種族が進化の過程で失った飛翔機能を取り戻した。
一度動きを確かめるように翼がばさり、と大きく羽ばたき、クックルはまず空に往くべく跳躍を試み――
その右腕に、下から飛んできた鎖が絡まった。
がくん、と地面に引きずり降ろされるクックル。
怒りの形相で鎖の持ち主を睨みつける。
「おっと、ここで逃がすわけにはいかねえな!」
ジョルジュ長岡の右手に絡まるは彼の得物"魔鎖ユストーン"。
意のままに動く愛用の武器は、クックルの腕にみっちりと絡みつき、同時にジョルジュの胴体から腕にかけてがっちりと巻き付くことで両者を完全に繋ぎとめていた。
そしてそれだけではない。
「「「オーエス! オーエス!」」」
かなづち大明神。ニワカマッスル。マーロウ。無事だった帝国騎士団の騎士たちに、駆け付けてきた冒険者たち、そして帝都に暮らす屈強な男たち。
この場にいる力自慢たちがジョルジュの前に立ち、一斉に鎖を引いていた。
「■■■■■■■…………!!」
怪力無双のクックルとはいえども、これだけの人数に引っ張られればたまったものではない。
抵抗するように飛翔を試みても、最早彼の体は1ミリも浮かぶことはない。
すべての者が死力を尽くして作り上げた好機。
ここを逃せば、この凶悪なハグレに時間を与えてしまえば、それこそ手が付けられない存在に変貌するだろう。
(だから、これで倒す!)
我が師は己の強力無比な魔法による周囲への被害を考慮して、この豪傑を倒すことができなかった。
だから、自分がそれを十年越しに受け継ぐ。
ハグレである以上、彼も被害者なのだろう。
その怒りの矛先が貴族や王族に向くのも、筋違いとは言えない。
だが、それでも罪のない多くの人間が彼の怒りに晒されるというのなら、この世界に住む人間として、彼を討伐しなくてはいけない。
メニャーニャは兵器のトリガーを握る。
「動きが止まった、今しかない!」
「ええ。魔力砲狙撃、開始。神の雷はここに在り。インドラランス――発射!」
雷が迸る。
空気が唸る。
ホトトギスは往く。その鳴き声を雷として――!
音を超えた速度に、クックルは反応できず。
狙いは寸分違わず、鋼鉄に覆われた巨体の心臓部。
魔導鎧の魔力炉を一筋の光が刺し貫いた。
着弾と同時に内部に込められた魔法が炸裂する。
雷の三重奏。
バチ、バチバチと三つの電光がその場に立ち昇り――直後、地を揺るがす轟音が響き渡った。
ド、ゴオオオオオン!!
大地を揺らし、周囲の建物の窓ガラスが割れる。
サンダーを三回打った。という単純な理屈ではここまでの破壊は起こりえない。
魔法弾頭の中で圧縮するという工程を得ることで、単純な足し算ではなく、累乗のごとく威力が跳ね上がった。
「どわあああああああっ!!」
衝撃でバランスを崩し、鎖を引いていた漢たちが仰向けに倒れる。
他の者たちも爆風に耐えるので精いっぱいだ。
「けほっ、こほっ……ど、どうなりましたかね……?」
魔導兵器にしがみついていたことで比較的復帰の早かったメニャーニャが、いち早く状況を確認する。
土煙が晴れ、爆発地点の全容が露となる。
石畳を抉り取ってできた半径3メートルほどのクレーター。
その中心にて、クックルは斃れていた。
魔導鎧は既に砕け、心臓にはぽっかりと穴が開いている。
左半身は完全に黒く焼け焦げており、ボロボロと崩壊が始まっている。
対する右半身はまだ肉体を残してはいるものの、夥しい火傷が余すところなく走っている。
誰がどう見ても、死んでいると判断できる状態だ。
というか、あれだけの熱量を浴びて生きていたらそれこそ不死身である。
勝利の高揚。成功の歓喜。れっきとした命を奪ったことの感触。
すべてを呑み込んで、メニャーニャはその場の全員に聞こえるように告げた。
「――作戦、成功です」
「た、倒した……」
周囲の者たちもクックルが完全に沈黙したことを理解し、やがてどこからか勝鬨の声が挙がる。
「やったー!」
「倒したぞー!」
「うおおお、帝都は救われたー!」
歓声は瞬く間に広がった。
全員が等しく肩を叩き合い、勝利を喜び合った。
騎士も冒険者もハグレも関係なく。
その場にいた全員が、互いの健闘を称え合った。
「回復ができる人は負傷者の手当てを。市民の中に傷を受けた人がいれば優先的にお願いします」
勝利に酔っている暇などない。
メニャーニャは即座に現場の指揮を執り、事後処理を始める。
ハグレ王国のヒーラー達はまだまだ忙しい。
「ヒール。ヒール。ヒール。キュアオール……うひー、終わったでち」
「薙彦さんの腕はかなりひどいので、病院に言ってきちんと処置をしたほうがいいですよ」
ルーク、ラプス、薙彦はメニャーニャ達と共にデーリッチから回復を受けていた。
「よっ、と。おー、いいねこりゃ。あたしが今まで受けてきた中でも相当に腕がいいじゃねえか王様」
「そりゃあ、ずっとヒールとリカバー使ってきたからな」
「パンドラも忘れないでほしいでち!」
最近デーリッチと別行動が多いせいか、オープンパンドラの恩恵を忘れがちなルークであった。
「全く、デーリッチは王様なんでちよ。それなのにこんな回復薬みたいな扱い……」
「ははっ。王様ってのは国民を生かすのが仕事みたいなもんだろ。だったら本望じゃねえか」
「その分俺たちが命懸けてるからさ、文句言わないでくだせえよ」
と、ほがらかに治療が進んでいた。
その時、彼らの背後のクレーターから瓦礫がはじけ飛んだ。
「クルァァァァァ……」
「うわっ!?」
「今度はなんだ……ってはぁ!?」
彼らの驚愕はもっともだ。
その視線の先、クレーターの中心で斃れていたはずの存在が、今まさに身を起こしている。
全身から血を噴き出し、内臓すらも焼け焦げてなお、クックルは立ち上がった。
「コイツまだ動くのかよ!? 心臓なくなってんだぞ!」
「クルアァァァァァァ!!」
緊張の糸が切れたことで、急激な対応が追い付かない。
その虚を突いてクックルは瞬く間に斜面を駆け上がる。
自分を倒した者たち。すなわちメニャーニャやルークらの下へと一矢報いんと、唯一残った右腕を振るう。
そして、その直線上には彼女がいた。
いくらほとんど死体とはいえ、振りかぶられる剛腕の前にその小さな体がいともたやすく潰れるのは想像に難くない。
ローズマリーが庇おうとするが、その距離では間に合わない。
当のデーリッチは、迫る巨体に回避も防御もせず、ただその姿を見つめていた。
「危ない、デーリッチ――」
手が、止まった。
「…………」
デーリッチに手が届く寸前。クックルは動きを止め、その感情の読めぬ双眸で彼女をじっと見つめていた。
――なんだ。これは?
死を前にして、戦いの陶酔から目覚めた理性が目の前の相手を分析する。
小さい。あまりにも小さい。
害など考えられない。無害ではないか。
それにこの小さいものは、この世界の人間でもない。
その頭にあるものはなんだ?
……王冠か。権力の象徴にしては、随分と小さい。まるで子供のおもちゃのようだ。
戸惑い。困惑。安堵。
常に彼の身体が発していた怒気が霧散していく。
――これは、敵では、ない。
なら、その後ろにいるのも、敵ではない。
戦いの音は聞こえない。
つまり、ここに敵はいない。
いないのなら、眠る、だけだ……。
鳥人はゆっくりと目を閉じる。
その巨躯はうつ伏せに崩れ、今度こそ物言わぬ躯となった。
「おやすみなさい。ぐっすり眠るんでちよ」
王はただ一人、撫でるようにしてその頭に小さな手を置いた。
○ラプス
助っ人枠。めちゃんこ強い。
ちょっと強くしすぎたかなって思うけどもリュージンなのでこれぐらいの暴れっぷりは許してほしい。
薙彦のことはまだ許していない。
○クックル
フルボッコにしたけどそれでもなんかしぶとすぎる。
適正レベルより一回り上のボスより強い中ボス。
鬼武蔵とか叛逆者とかその辺のイメージ。
プロット段階では『帝都聖杯奇譚』に熱をあげていたためこの辺のオマージュが多い。
コンセプトは『倒すしかない敵』
被害者ではあるものの、齎す被害はそれ以上。
平和な世界に生きるには罪が大きく、それ以上にこの世界を憎みすぎていた。
憤怒によって眠ることすら許されなかった狂戦士は、王の手の中で眠りについた。
次回。三日目最終パート。
これが過ぎれば帝都編はあとは最終日のみです。