ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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その68.帝都動乱・三日目(6)

 

「いや~、メニャーニャもエステルもご苦労! 中々荷が重い相手だったとは思うけど、見事に乗り越えてくれた! お前たちがここまで成長してくれたことを嬉しく思う!」

 

 

 召喚士教会の会議室にて、報告を受けたアルカナはまず弟子たちを労った。

 事後処理の最中に現れた彼女は、メニャーニャの放った水晶鳥による連絡によって状況を把握する傍ら、錯綜する伝令によって混乱する宮廷会議の仲裁に務めていた。

 

 危惧していた男の存在には流石に驚愕したが、それでもアルカナは弟子たちの勝利を微塵も疑ってはいなかった。

 

 そういった存在が現れることは見越したうえで、アルカナはメニャーニャに今回の作戦の指揮を全面的に任せたのだ。

 

 

 そして実際に、彼女たちはその期待に応えた。

 そのことに喜び、惜しみない賞賛をアルカナは口にした。

 

 

「ハグレ王国の皆もご苦労。これで残るは明日の式典だ。ここが本番だ、今日までのお祭りムードとは真逆の大真面目な催しだから、真剣に臨んでほしい」

「何も起こらないでくれるのが一番、なんでしょうがね」

 

 

 立て続けに起こるボス戦に、ローズマリーはこれ以上荒事にならないでほしいと願いを口にする。

 その通り。最も危険なことが起こるとアルカナが予言した終戦記念式典当日こそが今回の本番。

 これまでの三日間はいわば前哨戦。一斉に敵対勢力が雪崩れ込んでくることを防ぐための露払いに過ぎない。

 

 

「まあ、そう都合よくはいかないでしょう。マクスウェルから聞き出した情報だと、先のクックルを含めた魔導兵の部隊を式典のど真ん中に放り込む手はずだったらしいし」

 

 師の言葉にエステルは尋問の様子を思い返す。

 

 

 ~回想はじまり~

 

 

「はい。では尋問のお時間です。解放戦線についてあなたが知っていること、全部喋ってもらいますよ」

「はっ、そんな風に言われてはいそうですかと喋るわけが」

「魔導鎧の弱点喋ったくせに今さら何言ってんだ。いいから観念して喋りな!」

「ふむ。そういう態度を貫くのであれば仕方ありませんね。この『仲良しくん一号』を使うとしましょうか」

「おいッ、なんだそれは!? 明らかに仲良しなんて言葉が似合わないやつだろ。なんでヘッドギアの内側に針が伸びてるんだよ、一体どこに突き刺すつもりだそれ!?」

「安心してください。もともとあなたに使うつもりは無かったので痛みはありません」

「何も安心できないんだが!? というか最初は誰に使うつもりだったんだよそれ!?」

「まあまあ。そう暴れない」

「や、やめ、やめろ。うわああああ――――」

 

 

 ~回想おわり~

 

 

 

「それで、マクスウェルはどうした?」

「はい。尋問も終わりましたので、現在は協会の一室に拘束しています。手続きが終わり次第、拘置所に移送する手はずです」

「ふむ、彼を奪還するために解放戦線が仕掛けてくる可能性は?」

「なくはないけど、可能性としては低いね。だってあいつ、有益な情報ほとんど持ってなかったし。魔導鎧の開発を担っていたっていう言葉もどこまで信憑性があるやら。ジェスターとハグルマが量産したってことは、つまり奴はもう用済みってことだろうし」

「協会から見捨てられて、帝都にも居場所がなくなって、拾われたと思ったら捨て駒扱い、か。ここまでくると可哀想に思えてくるよ」

 

 

 味方からもほぼ見捨てられているという彼の状況に、エステルはわずかばかりの憐憫を向ける。

 いくら卑劣な罠で自分を排除しようとしてきた男であっても、落ちるとこまで落ちていく様子を見て笑うことなどできない善良さは彼女の長所である。

 

 

「というか多分、帝都貴族との接点を作るためだけに近づいたのだろう。まず奴のコンプレックスを刺激して取り入り、優秀なコネクションを利用して土台作りをする。行動が目に余るようになったらそれとなく退場してもらおう。こんなところかな?」

「ずいぶんと具体的な……」

()()()()()()()()()()()()()。同じ白翼で、主席に任命された奴だ。人心掌握の手法なんざ、当然のように修めているとも。ま、あまり性に合わないんだけどね、私の場合」

 

 

 そうあっけらかんと言ってのけるアルカナに、ローズマリーは改めて、この女性が敵じゃなくて良かったなと心の奥で安堵した。

 

 

「だから彼から得られたのは今回の作戦に関わっている主要メンバーの名前ぐらいだ。ジェスター・サーディス・アルバトロス。アプリコ。それに《サバト・クラブ》の幹部のザナルという男か。彼らがこの三日間で何のアクションも起こさなかったのは少々意外だったけど、逆に言えば明日に乗り込んでくることが確定したと考えていい」

 

 

 アルカナは改めて今回の敵についての説明を行う。

 

 

「ジェスターについてはまず私が対処するが、問題は他の連中だな。特にアプリコ、彼はハグレ戦争でハグレ軍の軍師役を担っていた。補助として用いる魔法は戦場を操作する類のもので中々に厄介だ。だが何より危険なのは、彼の指揮下にいる兵隊だ」

「ああ。命令に忠実な魔導兵であの強さだ。訓練を積んだ生身の兵隊が臨機応変に対応してきた場合、その危険性は跳ね上がる」

 

 

 ジュリアが頷いて同意する。

 思い返される水晶洞窟での死闘。

 あの時、アプリコは道具や魔法による妨害を差し込む以外には指揮に徹していたが、それは彼自身の戦闘能力が皆無であるということではない。ルークにゲリラ式戦闘術を仕込んだのはアプリコだ。あの獣人参謀が本気でその牙を剥いたときに運用される軍隊の恐ろしさは計り知れない。

 その点で言えば、今回最も警戒しなくてはいけない相手と言えるだろう。

 

 

「最後にザナルについてだが、彼についてはほとんど情報が無い。炎魔法を使っていたみたいだけど、帝都のブラックリストには載っていなかった」

「ってことはただの雑魚……ってわけでもないんだよな」

 

 

 帝都政府と冒険者ギルドが共同で製作する危険人物のリストに掲載されていない。それはこの場合、帝国にとて脅威に値しない三下か、自分の痕跡を隠すのが相当に上手なやり手かのどちらかだ。

 

 ルークが懸念したのは後者。

 犯罪組織が跳梁跋扈するこの大陸において、無名だからといって相手を侮るのは三流。評判を疑わずに真に受けるのは二流。

 手の内が知れた相手よりも、全く情報が無い相手こそが真の脅威。

 たとえ実力で劣る相手であっても、一発逆転の初見殺しを持っている可能性もある。

 何より、ルーク自身がそうした《おたから》を持っているためか、そうした危険性を嗅ぎ取る感覚は鋭敏であった。

 このあたりは、各々が強い部類に入るハグレ王国が失念しがちな部分だ。

 

 

「《サバト・クラブ》は有象無象の集まりだけど、彼らが蓄積する魔術の知識は相当に深い。局長クラスなら異端魔術に長けている。それにジェスターの奴から白翼の技術を受け取っていたならば、君たちと同等の実力者であってもおかしくはない。くれぐれも油断なきように」

 

 

 その後、スケジュールの確認や翌日の配置など打ち合わせを行い、この場はお開きとなった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「諸君。時は来た」

 

 

 ジェスター・サーディス・アルバトロスは目の前の群衆に向かって告げる。

 

 実にこの手の扇動者にありきたりな台詞と、仰々しい仕草。

 だがその型にはまった動作言動こそ、最も人の心を揺さぶり、昂らせ、押し流すのもまた事実。

 

 

「今こそ歪み切った国家を打ち壊し、召喚術によって齎された邪悪を清め流す時が来た。

 この世界に同意もなく君たちを連れ込み、何の利益も還さずに知恵と力を搾取し、そして用が済めば不要だと捨てさったこの世界に、君たちの無念と怒りを叩きつける絶好の機会が訪れた」

 

 

 ジェスターの前に立ち並んでいるのは数にして二百人ほどのハグレ。

 獣人。ゴブリン。サキュバス。その他さまざまな種族が混合した統一性のない集団は、召喚人解放戦線に合流したハグレ部隊のほぼ全てである。

 世界も種族のバラバラな彼らに共通する唯一の事実は、この世界の住民たちから排斥を受けてきたことだろう。その一点だけで彼らは一致団結するに至ったのだから、どれだけ召喚術が引き起こした問題が大きいかも伺えよう。

 

 とはいえ、彼らが諸々の根源である帝国へ戦いを挑むには圧倒的に足りていないものがある。

 数だ。一個一個の戦力という点で言えばハグレはこの世界の人間よりも強力だ。子供ですら成人男性を正面から倒しかねないと言えばその強力さがわかるだろう。

 それでも、人数差というものは覆しがたい。質と量でいえば量が勝るのがあらゆる世界で絶対の法則だ。

 

 だが、その数を埋め合わせたとしても彼らの心にはなお恐怖がある。

 

 それはかつての戦争の敗北の記憶。

 

 天を裂き、地を砕いた光。

 召喚術で別の世界から多くの仲間を呼びこんだとはいえ、かつて敗北したという事実がハグレ達に二の足を踏ませている。彼らの脳裏には、戦場を蹂躙した無数の流星が焼き付いているのだ。

 

 

「かつて君たちは異界の者をいたずらに弄ぶ帝国を糺すため剣を取り、杖を振るった。だがその結果は屈辱的な敗北だった。なぜか? それはあの忌々しい女傑、アルカナ・クラウンという魔術師がその力を振るったからだ。本来ならば世界を正しく導くためにふるわれなければならない我らが始祖より受け継がれし力は、こともあろうに召喚術によって発展した誤った文明を守るために使われた。私は同じ一族の者としてこれを嘆かわしく思い、代わって君たちに謝罪しよう。そして君たちを導くことでその詫びを取るつもりだ」

 

 

 だからこそジェスターは痛烈な事実を述べた後、肯定する言葉を投げかけて心の天秤を自分に傾けていく。

 

 

「それでは、改めて問おう。君たちは何者だ? その力で破壊をもたらし、欲望のままに他者を貪る怪物か?

 違うだろう。君たちは『ヒト』だ。この世界の人間たちと比べても優れた知恵と力を持つ君たちは、文明を謳歌し、この世界に友を作り、異性を愛し、子を残し、そして繁栄する資格がある。否、それはむしろ義務だといてもいい。簒奪した文化で偽りの繁栄を享受する帝国人などよりも、君たちは素晴らしい国を作り、暮らしていくべきだ」

 

 

 

 ――その様子をヴァイオレット・ロマネスクは少し離れた場所で、闇に隠れながら聞いていた。

 

 アルカナの依頼で帝都に潜伏した犯罪者たちを調べ上げた彼は、そのまま帝都周辺に位置する町村を巡り、解放戦線の動きを探っていた。彼の健脚であれば、馬なしで大きな町を半日も経たずに渡ることが可能だ。その上、隠密行動も問題ない。偵察・伝令としてアルカナが重宝するのもわかるというものだ。

 

 そうしてロマネスクは帝都にほど近い場所にて、解放戦線の野営地を見つけた。

 

 そこには多くの獣人たちがおり、戦闘訓練や武器の手入れなどを行っていた。

 そのまま潜伏して情報を探ろうかとも考えたが、念には念を入れて、アルカナから預かった偵察用マジックアイテム【渡り鳥の水晶細工】を飛ばし、己は気取られないよう十分に離れた場所で伺うことにした。

 

 そうして偵察を続けること数時間。夜も更けた頃に、敵の首魁、ジェスター・クラウン・アルバトロスが姿を見せた。

 敵の首魁が語る言葉だ。

 一言一句聞き逃さず、一挙一動を見逃さないようにロマネスクは水晶玉に注意を注ぐ。

 

 

「ご存じだとは思うが、この三日間、既に我らが同胞は帝都に入り、幾度となくその社会へと挑み、己の意思を叩きつけ、そして命を散らしていった。かつての聖戦において戦ったあの豪傑、クックルを知っている者はいるか?

  ……うむ。忘れられることなどないだろうな。常に最前線に立ち、誰よりも先んじてその怒りを帝国の軍勢に叩きつけた勇敢な益荒男であり、そして屈辱にもその身を囚われのものとした悲劇の英雄を。だが、彼はなお揺るぎない意志を持っていた。薄暗き檻にて抑圧され続けた彼の怒りは弱まるどころかさらに強くなっていたのだ。我々は先日、彼を解き放った」

 

 

 少なくないざわめきが生じた。

 無理もない。鳥人クックルとはかつての戦争にて敵味方ともに恐れた戦士。傭兵たちの間で語り継がれたように、ハグレ達の間でも十年経ってもなおその名は色あせることはなかった。

 

 

「彼の力は我々にとって無双の矛となるはずだった。だが彼は我先にと果敢にも帝国に挑み、その命を散らせた。非常に残念だが、彼はただ死したのではない。帝国騎士団に多大なる傷を負わせ、己の怒りを帝国に刻み付けた。時を経てなお、彼は君たちハグレの英雄であり続けたのだ」

 

 

 その事実にすすり泣く声があがった。次に義憤に燃えるような感情の揺らめきがあった。

 怒りは伝播していき、やがてその場にいる全てのハグレの闘志に火が付く。

 それを影の魔力によって感知したジェスターはわずかにほくそ笑む。

 

 悲しみ。憎しみ。怒り。劣等感。

 

 そうした負の感情がどのようにして上下し、それに人の意識がどう左右されるのか。虚数属性を修めたジェスターは知り尽くしており、当然それを用いて集団を扇動することは世界を導く者としての必須技能と言ってもよい。特に、十年もの月日を経て醸造された憎悪を抱えるハグレを焚きつけることなど、彼からすれば造作もないことだ。

 これは人の善性を重んじるあの女(アルカナ)では同じことはできない。悪によって人の世を正す己だからこそできることだ。

 そう考えるたび、ジェスターの奥底に暗い愉悦がこみ上げる。

 

 

「先に血を流した彼らの犠牲を無駄してはならない。帝国が再び我らの存在を忘却の淵に追いやる前に、決して消えることのない傷を刻み込み、君たちがハグレなどではなく、れっきとした人間であることを思い知らせる。

 これは断じて陰湿な復讐などではない。君たちが本来持って然るべき『権利』を取り戻すための戦いだ。君たちを無様に敗走せしめたあのアルカナ・クラウンと同じルーツを持つ白翼として、人の世を正しく導く使命を帯びたこの私が保証しよう」

 

 

 ジェスターは何一つとして表情を崩すことなく、真摯で胸を打つような言葉を発した。

 

 ――ウオオオオオオッ!

 

 

 それが決定打となり、ハグレ達は鬨の声を上げた。

 

 場の空気は戦意一色で染まった。

 奪われたものを取り戻そうと戦うことの何が悪い。

 大義と力を得た今、彼らは自分達こそが正義だということを疑いもしない。

 

 それを離れた場所から聞いていたロマネスクは、ジェスターという男の恐ろしさを改めて実感した。

 

 

「戦いは既に始まっている! 我らの同胞が既に帝都に潜り込んでいる。彼らは式典にて自分たちの在り方を一番に叩きつける偉大な役目を担った解放の戦士たちだ。君たちは彼らの邪魔が入らないよう、帝都の門を叩き続けてもらいたい。さすれば、あの堅牢な門はたちまち君たちを受け入れるだろう!」

 

 

(なるほど。挟撃するつもりであるか)

 

 

 式典が近づき、人が流入することで警備の意識は否応にも帝都の中に向く。

 そこへ実際に何名かの工作員を潜り込ませてアクションを起こす。そうすることで確実に彼らは内側への警備を固める。逆にそこを突いて、内側と外側、その両方から攻め入ろうという魂胆なのだろう。

 

 これだけ聞ければ十分。すぐにでも報告に帰還しなくては、そう思ってロマネスクが水晶玉から目を離そうとした瞬間である。

 

 

「それと」

 

 

 ジェスターはゆっくりと振り向き、()()()()()()()()()()()()

 

 

「!!」

 

 

 バキリ。と水晶玉が中心からひび割れて映像が途切れる。

 本能に従い、ロマネスクは慌てて飛び下がった。

 一秒も経たず、先ほどの場所を見えざる爪が薙ぎ払う。

 

 

「わかるとも。エルセブンではありふれた品だからな。最も、型落ちの骨とう品を好き好んで使うやつなどあの女ぐらいのものだがな」

 

 

 それと同時に、服装を黒一色に染めた白髪の男がその場に立っていた。

 野営地からここまでには結構な距離があった。だというのに、ジェスターは今ロマネスクの前にいる。

 

 

「アルカナの飼い犬……いや、飼い猫か。よく気配を消していたが、道具を使ったのは失敗だったな。大方、こちら側の動きを探りに来たというところか」

 

 

 問答には応じない。

 己の潜伏が割れた以上、この場にいるのは最悪手。

 ロマネスクは即座に逃げの一手を打っていた。

 

 大地を蹴り、枝を飛び渡る

 闇夜に鋭角の軌跡を刻みながらロマネスクは来た道を一目散に引き返す。

 

 

「ほう、早いな」

 

 

 だが、進行方向上。

 己の視線の先に黒い影が立っている。

 

 

「別にこの場所が割れたからなんだという話だが、奴の手駒だ。嫌がらせ程度に始末しておこうか」

 

 

 無造作に振るわれた腕から影が走り、刃が地面を這い進む。

 人体をバターよりも易く斬り刻むそれを、ロマネスクは空中に身を躍らせて回避する。

 

 軽く驚愕したが、心にあるのは動揺ではなく『やはり』という納得だった。

 ジェスターは虚数属性のマスタリー。奥義である影を介した転移術も習得しているだろうというアルカナの言葉は真実であった。

 彼女が言うには様々な制約があるとのことだが、それでもキーオブパンドラに匹敵する力を単体で振るうというのは脅威という他この上ない。

 

 ロマネスクは空中で逆さになったまま、三つのナイフを投げ放つ。

 闇夜を切り裂いて進む刃は、沸き立つようにせりあがった影に呑まれて消えたが、それで生じた意識の隙を狙ってロマネスクはジェスターの斜め右後ろの方向へと駆け抜けた。

 

 

「――ム」

 

 

 ジェスターは影を介してロマネスクの生体反応を探り、先回りを行う。

 ロマネスクはそれを感覚で察知し、彼が出現すると同時に進路の変更を行う。

 

 いかに未知の魔術といえども、何度も見れば感覚を記憶できる。

 再出現までの時間を体で覚えたロマネスクの俊敏性は、ジェスターの探知速度を上回っていた。

 最早彼が森を駆け巡る猫人を捉えることは不可能。

 このまま行けば次第に森を抜けることができる。拓けた場所に出れば、あとは街道まで走り、その後は帝都まで一本道。ロマネスクが逃げ切れるのは時間の問題とも言えた。

 

 

 ――ガコン。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 ロマネスクが踏み抜いた地面がわずかに陥没する。

 足を取られたロマネスクの動きが硬直する。

 

 すぐに立て直せるが、彼にはそのわずかな時間があれば十分だった。

 

 

「うぐッ!?」

 

 

 鋭い痛みと熱。

 見下ろせば、光を照り返さぬように黒く塗られた刃がわき腹を貫通している。

 

 

「ぐぅ……!」

「甘いですな、ロマネスク殿。夜に紛れ、自然に溶け込むのは私も同じだ」

 

 

 ロマネスクは振り向き様に爪を振るい、飛び下がった男の顔を見る。

 獣人参謀アプリコ。

 即席のブービートラップ。

 通常なら不自然な匂いで気づくが、何の違和感もなかった。

 つまりこの男が魔術で作ったものだろう。

 

 ぬかった。この男は既に帝都内にいると考えていた。

 ロマネスクは体内のマナを傷口に集中させて出血を抑えながら周囲を警戒する。

 

 

「一度はあなたと共に冒険したこともありましたが、今回は敵。ご容赦を」

 

 

 ナイフを構える。

 お互い獣人。森は狩人としてのホームグラウンド。

 状況としてロマネスクは負傷しており、対するアプリコは無傷。その上、解放戦線の野営地周辺となればトラップをいくつか仕掛けているに違いない。

 

 

 ロマネスクはすぐに行動に移った。

 木を蹴って三角跳びで枝に乗り、最も強い光のほうへと駆け出す。

 

 開けた場所なら自分に利がある。

 

 

(何はともあれ、逃げなくては……!)

 

「同志アプリコ。足止めご苦労」

 

 

 ジェスターの声が響く。

 飛んできた矢を躱し、直角に方向転換。

 着地予定の足場に闇が渦巻いているのに気が付き、枝を飛び越えて回避。

 

 がさがさと草木をかき分ける音が複数響く。

 どうやらジェスターが増援を連れてきたらしい。

 

(まずいであるな)

 

 焦燥感に駆られながら月明りの強くなるほうへと必死に進む。

 矢が背を掠め、肩に刺さるが気にしない。

 今はただ前へ進むことだけを考える。

 

 

 ……唐突に、風景が開いた。

 

 眼前に広がる開放的な光景。

 ロマネスクは苦笑して振り向く。

 

 ゆっくりと。もったいつけるようにジェスターが歩み出る。

 その後ろにはホムンクルス兵。アプリコもその中に混ざっていた。

 

 

「よい逃走劇だった。そうして必死に走った結果、行き止まりだった感想はどうかな?」

 

 

 ロマネスクの後ろ。()()()()場所を見てジェスターは言った。

 

 しかり。ここは丘。後ろには小さな川がある。

 普段ならちょうどいい流れだが、今は上流の山にて降った雨の影響によって、その勢いはすさまじくなっていた。

 

 

「尋問する必要性は……うん。ないな。首を獲る予定だが。一応は聞いておこう。

 貴様は何故あの女の肩を持つ? 人の善を尊ぶなどとアルカナは言うが、その実態は貴様らを返す当てもなく召喚して戦争に駆り出した挙句、その後もこき使っているではないか。己の大義のために身内への不義を働く女に従う意義などありはしないだろう。私は違う。この誤った世界に正しき裁きを下し、徹底的にハグレ達の居場所として作り変えて見せよう。もちろん、帰還を望むものは元の世界に返してやるとも。ゆえにだヴァイオレット・ロマネスクよ、私の下に来ないかね?」

「愚問、であるな」

 

 即答。

 

 彼女は自分の世界と、そこに住む人々を想って召喚術に手を出した。

 戦争という最悪の事態を打開するために純粋に助けを求めた。

 そこに打算はなく、自らも共に戦場に出て義理を示した。

 自分やほかの二人とアルカナの間にある関係は、至極まっとうなものだ。

 風来坊である己が従う理由など、それだけで十分だ。

 

 

「そうか、では死ね」

 

 ジェスターの手が振るわれ、影の刃が放たれた。

 背には崖。その下には濁流の川。横に躱せば兵士たちが矢を射かけてくる。

 

 なんともお誂え向きな展開か。

 

 いかに強靭な獣人とはいえ、負傷した状態でこの高さと激しさでは命に関わるだろう。

 だが、この状況を続けるよりはまだ望みがある。

 

 ロマネスクは目を細め、背中から空中に身を投げ出した。

 

 

「ほう」

 

 

 感心するようにジェスターが鼻を鳴らした。

 影の刃は空を切った。

 木が折れる音と遅れてドボンという音が聞こえる。

 ジェスターが近づいて覗きこめば、崖面にあるのは生えた木のみ。その視界の端で黒い布が流されていくのが薄っすらと確認できた。

 

 

「木をクッションにして衝撃を和らげたか……だが、この激しさでは無事でいられまい。下流に向かえ。仮に奴が生きながらえていたらトドメを刺せ。では行こうか、同志アプリコ」

「ああ。……さらばだロマネスク、これで借りは返したぞ」

 

 ホムンクルスに指示を出し、ジェスターはその場を立ち去る。

 アプリコも暫し崖下を覗き込み、一言残して姿を消した。

 

 

 あとには濁流の音が流れ、木々が風に揺れて葉を鳴らすのみ。

 

 

 

 

「……行った、であるな」

 

 

 完全に彼らの気配が消失したことを確認してから、ロマネスクはようやく胸を撫で下ろした。

 

 咄嗟の判断で枝につかまり、マントを脱ぎ捨てて使い物にならない水晶玉と共に川へと捨てた。

 そのおかげで川に流されたと判断し、ジェスターはその場での探索を打ち切った。

 

 仮に魔術での探索を行われていたら詰み。念のためと木を切り落とされても詰み。

 分の悪い賭けではあったものの、どうやら命だけはつかみ取ったようだ。

 

 とはいえ、疑問点が一つ。

 

 

「しかし、アプリコの奴……()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 先ほど覗き込んだ時に感じた視線、あれは明らかに自分を見ていた。

 アプリコは地形操作の魔術を使う。それでなくても犬の獣人だ。消す努力をしているとはいえ、自らの匂いを探り当てることは不可能ではない。

 では、何故その可能性を進言したりここを検めたりせずそのまま立ち去ったのか?

 

 

 思い当たる節はあるにはある。

 一度、十年前にロマネスクは帝都の追手からアプリコを逃がしている。誰に語られるでもない断章。アルカナにも報告はしていない、ほんの僅かな一幕。借りとはつまりそういうことだろう。

 

 だが、彼の立ち位置からしてその義理を果たす理由はない。

 むしろその程度の情でロマネスクを逃がすことは、ジェスターへの裏切りになる。

 

 

「いや、違うか」

 

 

 ジェスターも言っていたではないか。

 仮に自分を見逃したからといって、それが今の自分たちを揺るがすことにはならない。

 それにどの道、この負傷では明日までに帝都に戻ることは不可能。彼らの目から逃れるために明日一日は潜伏に徹さなくてはいけないのだ。

 となれば、ジェスターの私情以外に裏切りにはならない。

 アプリコはそう結論づけたのだろう。

 ロマネスクの実力を考えれば、彼がアルカナの下に帰還すればそれだけでも厄介になるはずだが、そうなっても問題ないだけの戦力を揃えていると考えたほうが良いだろう。

 

 

(すまぬ……アルカナ殿。皆よ、どうか健闘を)

「――さて、どのようにして戻るべきか。これは」

 

 

 ロマネスクは心の中で謝罪しつつ、どうにか上まで戻れないかと方法を模索し始めた。

 

 

 

 そうして、それぞれの思惑が交錯する中で、

 

 

 帝都終戦記念式典が、開かれる――。




○【渡り鳥の水晶細工】
 本作にて度々出てくるアイテム。
 アルカナお手製の品で、登録した水晶玉に映像を送る据え置き型と、伝書鳩のように伝言を録音する単独型の二つが存在する。
 コンタクトクリスタルとは別の原理で動いており、使い魔を作る魔法に、遠見の魔法、物を動かす魔法など様々な術式が組み合わさっている。内臓した魔力が切れると動かなくなる。アルカナの場合、大体二日は持つ。


 三日目の幕間はないです。
 次は最終日です。

誤字脱字・段落抜けなどの報告よろしくお願いします。
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