その75.バーニングお嬢様
『小人たちの世界へ』
ハグレ王国の拠点前にて、いくつかのドラム缶を囲む複数の人影があった。
「そろそろだな」
ルークがそのうちの一つの真ん中に仕込まれた扉を開くと、むわりと香ばしい匂いの煙が周囲に漂う。中のものを取り出し、隣に置いてあったテーブルの上に置いた。そうしてその厚い肉の端を包丁で切り落とす。そのまま切れ端を口に運び、咀嚼。――問題ない。
「どうだ。マーロウさん」
念のためにもう一人にも味見をしてもらう。
同じように肉切れを口に運んだマーロウも、莞爾として頷いた。
「……うむ。十分だ」
「よしっ、それじゃ完成だ」
ルークの言葉におおっ、と成り行きを見守っていた者たちも軽く歓声を上げる。
肉、魚、チーズにナッツ。次々とドラム缶の中から取り出されていく燻製たち。今まさに拠点前はちょっとした燻製パーティ会場であった。
「むぐむぐ……ふまーい!」
「美味くできたもんじゃないか。特にこのナッツはいい、昼間から酒が飲みたくなってしまうじゃないか」
「あらあら。いけませんわよジュリアさん」
満面の笑みで肉を頬張るハオ。ジュリアと福ちゃんの二大酒豪も口に広がる豊潤な香りに顔を綻ばせている。
「マーロウさんのチーズ最高っすね。これだけで無限に酒が飲めますよ」
「君の肉も中々良い味を出すじゃないか。チップはリンゴかな」
「よくわかりますね」
「私も色々と試したからね。一杯のビールでも長く楽しめるよう試行錯誤の果てにたどり着いたのがこれだ。サクラの強い香りがチーズの生臭さを隠し、旨味を引き出してくれる。君のほうは匂いが素朴な分がっつりと肉の味が来る。これはこれで慣れ親しんだ味がするよ」
「癖のない味が一番飽きませんからね。シンプルに塩と胡椒で勝負ってのが冒険者の嗜みですよ」
ルークはマーロウ仕込みのスモークチーズに舌鼓を打ち、マーロウもまたルークの肉を褒める。贅沢にも霜降り部分を使用したこの燻製は、程よく落ちた油分が堅くなった肉に絡まって絶妙な食感を生み出していた。
この燻製会を開く発端となったのは、ハオとマーロウが獲ってきたヌシ猪であった。
いつもなら味噌漬け謎肉になるはずだったが、味噌味にちょっと飽きていたルークがたまにはちょっと違う趣向で行こうと一部を燻製にすることを提案したところ、なんかあっちこっちから酒飲みどもが集まってきて、どういうわけか色々と材料を持ち込みだして、こうして大人たちが拠点前でドラム缶を囲んでいる風景が出来上がったのであった。
「わんっわんっ」
「ぐごごー」
「分かってるよ。ほら、お前たちの分だぞ」
ルークは物欲しそうな上目遣いで足元に寄ってきたベロベロスと地竜ちゃんにも肉を分け与える。ベロベロスは三つの頭それぞれで肉を味わい、地竜ちゃんもがっつくように肉を食べてもっけーと満足そうな鳴き声をあげた。
「あ、いたいた。おーい、冒険の時間だぞ!」
「ピンクか。食ってみろ、中々美味くできたぞ」
「わっ、うま……ってそうじゃなくて、冒険の時間だからデーリッチに呼ばれてるんだって」
「え? あ、そっか。そういやそんな話してたな」
しっかり燻製肉を堪能してからツッコミを入れるエステル。ルークは前回の会議で次元の塔の7層が開通したことを思い出した。この度繋がった場所は小人の世界。宇宙、冥界と続いてからは少々インパクトに欠けるが、それでも未知のダンジョン、モンスター、お宝が待っていることに違いはない。
エステルの言葉からするに、探索パーティの中には自分も内定したらしい。次元の塔に接続した影響で小人たちの世界にこちら側の魔物が流入してしまい、向こう側は混乱。幸いにもヘルパーさんの素早い処置で町は無事らしいが逃げた小人たちが散り散りとなって隠れたまま。ハグレ王国に頼まれた依頼として彼らの救助がある。そして失せもの探しとくればルークは適任だ。
「もしかして忘れてたの? いつもなら冒険の話なら我先に食いつくのに」
「いやー、なんか一年以上も冒険してなかったような感じで意識から抜けてたんだよな」
「そこから先は言わない方がいいわよ。ほら、マーロウさんも行くわよ」
「おや、私もですか」
「新人歓迎っていうか、試運転みたいな感じかな。今回はメニャーニャとプリシラの付き添いでヅッチーもいるから、雷属性で特化してる感じかしら」
「なるほど。では準備をしてこよう。すまないがジュリア殿、後片付けをよろしく頼む」
「分かった。そちらも皆を頼むよ」
マーロウは手早く自分の分の道具を回収した後、拠点の中へと戻っていった。
「さて、それじゃ俺も準備をしてきますかね」
自分の分の肉を革袋に仕舞い、ルークも装備を整えるために自室へと戻ろうとする。その途中で、玄関口からこっそりと顔を覗かせていたミアとかち合った。
「――――」
「いや、何してんすかミアさん」
「ねえ、ルーク」
「何ですか」
「さっきのお肉、後で分けてくれない?」
「別にいいですけど……というか向こうで配ってるんだから貰いに行けばいいじゃないですか」
「それだとベロベロスが逃げるじゃない!」
「そういう魂胆ですかい……」
ミアはペットたちに避けられている。デーリッチ曰く常に気が張っているせいで近寄りがたい雰囲気を感じ取っているらしい。目線を合わせてもダメ。じっくりと待ってもダメ。デーリッチが隣にいてもダメ。業を煮やした結果、どうやらおやつで釣るという手段に出るようだ。向こうから勝手に寄ってくるヘルとは正反対である。その幼さに秘めた魔性の妖艶さで人を誑かすことはできるだろうにとはルークの勝手な感想。義姉に逆らえない理由は、どうやら色々あるらしい。
「この際手段を選んではいられないわ。何が何でもあのもふもふを堪能してやるのよ!」
(そうやって必死になっているうちは無理だと思いますけどね)
もっと肩の力を抜いて接することができれば、多少は懐いてくれるだろうに。熱気迫る意気込みのミアを見て、ため息をつくルークであった。
◇
『バーニングお嬢様』
そんなこんなでやってきた次元の塔7層目。
緑豊かな草原を越えて、膝から腰ぐらいの高さまでしかない家屋が並ぶ村へとたどり着く。ここが恐らく二つある村の片方、ミドリーニャだ。
「ヘルパーさんはいるかな……っと、ああいたいた」
「むきーーーーーっ! もう我慢ならーーーーん!!」
「あらどうしちゃったの? 更年期かしら?」
流石に小人の村で等身大の人間などすぐ見つかる。ほぼ目の前で言い争いをしているのはお馴染みヘルパーさんと、黄色のドレスに赤い髪が映える女性……いや少女か。豚をモチーフとした珍妙な杖を佩いているが、その佇まいには決して伊達ではない優雅さがある。
「誰が更年期じゃ、まだピチピチだわい! ちょっとは我慢しなさいって言ってんの!」
「分かりましたわ。では午後ティーはチャイで我慢します。砂漠に急ぎましょう」
「おーのーれーはー! あーもう、あの子はどこ行っちゃったのよー!」
「ヘ、ヘルパーさん、落ち着いて」
憤るヘルパーさんをどうにかこうにか宥め、ようやく少女の紹介がされる。
この赤髪の少女の名前はヴォルケッタ。
小人たちの救援者として雇った冒険者で、さる大賢者の孫娘ということ実力も申し分ない。しかし常に高慢ちきな言動をしており、ヘルパーさんを度々悩ませていたようだ。
「もう一人がフォローしてくれてたんですが、どっかではぐれたっきり合流できなくて……」
「最低限の団体行動すらままならないなんて、同じ魔法使いとして恥ずかしいですわ」
「何が最低限の団体行動じゃこのド腐れこんきちきぃがー!」
「あの、もう一人いるんですか?」
「え、ええ。そちらの方もハグレですが、私たちの世界でもそこそこ功績がある人です。特にこんな高飛車とは大違いで気遣いのできる良い人だったのですが、森の辺りではぐれてしまいまして……」
「いない人のことを言っても仕方ありませんわ。それで、そちらの方々は一体どこのどちら様でして?」
「……こちらがハグレ王国の皆さんです。あなたと同じハグレの方々です」
「おほほ……! わたくしと同じ? 同じですって!? この大賢者ヴォルガノンの孫娘ヴォルケッタと並び立つとでも!? 面白いジョークですわ。ならば自己紹介してごらんなさい!」
お見せ! お前たちの平民ぶりを! と見下すヴォルケッタだが、さて今回の参加メンバーを確認しよう。
ハグレ王国の国王デーリッチとその参謀ローズマリー。召喚士のエステルとメニャーニャ。妖精王国女王ヅッチーと今や帝都の三割を掌握した商会の元締めプリシラ。獣人たちのリーダー役のマーロウ。ドリンピア星の第一王女ドリントル。チンピラのルーク。
どういうわけか王族が三人もいるこのハグレ王国では、貴族程度ではインパクトに欠けてしまうのであった。
「サミットか!」
「お、良いツッコミ」
これにはヴォルケッタのツッコミが爆裂する。炎魔法使いと言うだけあって、情熱的なツッコミはお手の物らしい。これは貴重な人材だ。ハグレ王国にてボケは飽和状態。ツッコミ需要がストップ高である現状、彼女は期待の新人として期待が高まる。
「冗談も大概におしっ! 王族がそんなにうろうろしているわけがないでしょうが!」
「まぁ、最近興したばかりの国ですから……でもこの子たちが王様なのは本当ですよ」
思えば最初は廃墟の遺跡を勝手に国と称して、犬やハーピー、牛人などの個性豊かな面々と細々やってきた寄り合い所帯が、僅か数か月で国と呼ぶに遜色ない規模にまで成長し、大陸を牛耳る帝都と対等の関係にまで登り詰めたのだ。
「ほ、本当ですの? ぐぐぐ……」
改めて見てみれば、デーリッチからはただの子供とは断じきれぬ謎の気風がある。ヅッチーも妖精という種族として非常に高純度なマナを保有している。ドリントルは王族らしからぬ破廉恥な恰好をしているが、その姿から溢れる気品は隠し切れず。貴族として培われた審美眼が、彼女たちが決してただ王族を名乗っているわけではないことをヴォルケッタに伝えていた。
「で、なんだっけ? ヴォルケッタちゃんは何だって?」
「わ、わたくしは……大賢者ヴォルガノンの孫娘にして、子爵の称号を、その……」
最初の威勢は何処へやら。尻込みするヴォルケッタに、ここが逃げ時だとヘルパーさんは悟った。
「あ、そうでした! ヴォルケッタさんうちみたいな泥臭いところは嫌だって散々言ってましたね! 丁度良かったじゃないですか! 王族いっぱいのところに入れてもらいましょう! ね!?」
「え!?」
「いやー、良かった。これで強制解雇にはなりませんね! じゃあヴォルケッタさんは引き続きハグレ王国さんに雇われるということでよろしくお願いしまーす!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! そんな無責任なことがありますか!」
言い終わるか否かのところで、脱兎の如く走り去ったヘルパーさん。
完全に押し付けられた形にはなるが、優秀な魔法使いが仲間になるというのは美味しい展開だ。多少高飛車でわがままな面があるが、その程度のキャラを持て余すほどハグレ王国の器は浅くない。ひとまずお試し期間ということで、この塔の探索を共にすることとなった。
「では我々の残りも自己紹介ですね。私はローズマリー。ひとまずハグレ王国の執務全般を取り仕切っております」
「宰相というわけですね。よろしくお願いしますわ」
「で、こちらがエステルとメニャーニャさん。大陸の帝都召喚士教会の一級召喚士と特務士官です。エステルのほうは貴女と同じ炎属性の魔法が得意です」
「よろしく~」
「あら、そちらにも既に炎魔法の使い手がいらっしゃるのね。ではひとまず先達としてそちらの顔を立てておきましょうか」
「ほー、言ったな~?」
ヴァルケッタはエステルが炎使いと聞き、遠回しに対抗心を見せる。エステルの方も元祖王国の炎担当ということもあってか、新人には挑戦的な笑みで返した。
「次にこちらの方がマーロウさん。一流の戦士で、獣人族の村を治めていた経験もあります」
「よろしくお願いします」
「それはこちらこそ。その凄まじい気迫、近接戦では頼りにしますわね」
歴戦の風格を漂わせるマーロウには相応の礼を払っているように見える。そこは貴族としての良き礼節が染み付いているようだ。
「……で、こちらのプリシラは妖精王国の代理女王で、さらには妖精たちによる商会を取り仕切っています」
「どうも。その年で爵位を持っているとは才覚に溢れているご様子。今回限りとは言わず、良い関係を築いていきたいところですね」
「こ、こちらこそ。仲良くしていきたいところですわね……」
「……何故初対面でそこまで怯えられなければならないので?」
「商人は決して敵に回すなと教わっておりますので!!」
「貴族として良い教育をしていらっしゃいますね、そちらの家」
ずずいと距離を詰めようと、悪く言えば付け入るような思わせのプリシラには少し引き気味に応対する。素直に残念がるようにプリシラは眉を下げた。メニャーニャはそんなヴォルケッタを帝都の貴族たちと比べて非常に好ましく評価していた。
「最後はルーク。彼は主に索敵や罠の解除なんかが専門分野ですね」
「ただのチンピラっすよ。お気になさらず」
「なるほど斥候というわけですか。鬱陶しい木々の中を探し回る手間が省けるのは良いことですわ」
「露骨に態度変わるなこの子……」
まあいいかと今回の目的を改めて確認する。まず優先するのは小人たちの救出。ミドリーニャと姉妹都市のデザートラッテの小人たちも散らばっているから、森だけでなく砂漠のほうも探索することになる。
「それと、わたくしはドッカン山にも赴きたいですわね」
「例のマグマンタイラントか。マジで挑む気か?」
「当然ですわ。火山に君臨する灼熱のドラゴン! 輝かしい戦歴に加える敵として文句なしですわ!」
ヴォルケッタが提案したのは、先ほど小人たちから聞いた凶悪な魔物が生息する火山への冒険。炎帝の名前に恥じない武勇を求める彼女はこの魔物を討伐しようと考えているらしい。
「というか、マグマに住むドラゴンって火属性に耐性持ってるから不利なんじゃあ……」
「我がヴォルガノン流の炎魔法使いにとって、敵は燃える燃えないの話じゃありませんわ。いかにして燃やすかでしてよ!」
「すさまじい脳筋理論だ……」
「まあ私たちとしても悪い話じゃない。いい鍛錬にもなるだろうし、余裕があれば行ってみようか。それより優先するべきなのは、もう一人のハグレの方の捜索だ。森の方ではぐれたって話だし、小人たちの救助と並行して進めよう」
小人の救援に参加した冒険者はヴォルケッタの他にもう一人。文字通りはぐれた状態にあるわけだが、放置しておくわけにもいかない。
「ヴォルケッタさん、その人の特徴とか教えてくれませんか?」
「そうね。彼女は土みたいに茶色い髪をしていましたわ。わたくしほどではありませんが、地属性の魔法を扱えるだけあってそれなりの実力はあります。もしかしたら、彼女が生み出したゴーレムが辺りをうろついているかもしれませんわ」
「地属性ですか。それはまた珍しい」
この世界の魔法属性は炎氷雷地水風が基本六属性というのが通説だが、しかし地属性の魔法使いというものは非常に少ない。基礎であるクエイクすらも魔法書が中々出回っていないといえばその希少さは伺い知れるというもの。その原因としては、大地を操作する魔法の難易度にある。マナを介して自然現象を引き起こす魔法の原理からして、質量の大きい地形や岩の操作は難易度が高い。限定的に
例外としてエルフ王国のリリィ女王は地の精霊との契約を介して多種多様な地属性魔法を操るが、逆に言えばこれだけの高位術者でなければ得意魔法とするには難しい属性なのだ。その魔法を扱えるということは、その女冒険者は相当な実力者とみていい。
「それだけの実力がある人なら、下手に動きまわるような真似もしないはずだ。早くその森に急ごう、運が良ければお互い早く合流できるかもしれない」
「全くどこで油を売っているのかしらね。ワタナベさんったら」
「おや?」
「……ん?」
「失礼、ヴォルケッタ殿。今、ワタナベと言いましたかな?」
何気なくぼやかれたその名前に、三人ほどピクリと反応した。
◇
『きのこのこのこ』
その高慢な様子から少し大丈夫かと思われていたヴォルケッタだが、前評判に偽りなし。
得意技だという爆球ヴォルケッタ――炎属性の基本とも呼べるファイアボールで全体攻撃するという如何にもシンプルなそれが固有技なのかと疑いかねないものだったが、その威力はエステルのバルカンブレイザーにも劣らない。炎魔法で右に出るものがいなかった彼女でさえそれなりの溜めと制御が必要な大技、それと同等の威力を滅多な疲労もなくポンポンと放って敵を殲滅する姿は、まさに炎帝と呼ぶに相応しい。
「おーほっほっほ! わたくしにかかればこの程度ですわ!!」
「これは想像以上だね……」
「実際に見てみるとやべえ火力してるな。ピンク、お前自信無くしたりしてない? 大丈夫?」
「は? 何言ってんの。こんな火力見せられたらむしろ燃えるに決まってるでしょ。次はエステルさんの実力を見せてやるからな」
からかうように視線を向けたルーク。勿論エステルが劣るなどということはない。同じ炎属性とはいえ、それぞれに取り得があり、不向きもある。それに同じ属性同士が組めばシナジーが凄まじいのは彼も分かっており、これはいつもの応酬でしかない。
「フレイム!」
「――っ!」
次に現れた魔物の群れへと、出合い頭にエステルは炎を呼び出す。
速攻の火炎は敵を倒すまでには至らなかったが、それでも先制攻撃として十分以上のダメージを発揮している。
「どう?」
「……まあまあの火力ですわね。しかしこのわたくしよりも早く炎を繰り出すとは、中々の技術をお持ちのようですわね」
ヴォルケッタが目を見張ったのはその詠唱速度。マナから魔力を練り上げる速度と術式を成立させる速度については自分以上であると素直に認めた。
「あ、分かっちゃう? 先生の
「先輩の場合、割と感覚だけで動かしているじゃないですか。習得したっていうなら、シノブさんぐらいになってから言ったらどうです?」
「あれはまた別の何かじゃん……。大体、メニャーニャだってほとんどできてないだろ」
何度も説明してきたことではあるが、体内のマナを特定のルートで循環させることで劇的に増幅させる天体航路という技術は通常の魔法学の他に天文学、チャクラ概念、占星術などの概念を複合した白翼が秘匿する霊子術の基礎にして奥義。並大抵の魔法使いでは会得できない高度な技術であり、それをアルカナが付きっ切りで教えたとはいえ一年で習得するどころか自分流に改良して使いこなすシノブは完全にぶっ壊れであり、触りの部分である魔力の高速詠唱をエステルが使用できるだけでも十分にすごいことなのだ。
「私の場合は最初から無理だと見切りをつけていますからね。あの人たちみたいに無茶苦茶な火力を直接ブチかますよりも、同等の火力を手軽に出せる兵器を作るほうが性にあってまして」
メニャーニャは霊子星術を自らの魔法として身に着けるのは無駄が多いと諦めている。その代わりと言うように、アルカナのローブに施された対魔力装甲用の仕組みを解析し、自らが着用する白衣に施すことで属性耐性を大幅に引き上げることを実現していたりする。
そんな二人の会話を聞いていたヴォルケッタはほう、と感心するような息を漏らした。
「なるほど、あなた達の師は優れた魔法使いのようですわね。このわたくしも炎魔法の探究に一つご教授いただきたいものですわ。この冒険が終わったら取り計らってくださるかしら?」
エステルとメニャーニャは顔を見合わせる。二人の脳裏には一つの懸念があった。魔導を志す十代の少女……これがいけない。間違いなくアルカナの好みド真ん中だ。そんな彼女はヴォルケッタを猫かわいがりの如く世話を焼きまくるに決まっている。そうなればこの如何にもチョロそうなお嬢様は確実にでろっでろに甘やかされて再起不能にまで陥るだろう。
現に設備や環境を万全に整えられてしまったメニャーニャはもはやアルカナなしでは満足に研究できなくなっていた。ハグレ王国にも同等の研究室を設けてもらったし、立場を気にする必要がないというのは素晴らしいのだが、それはそれ。あの決して過剰ではない柔らかさによる包容力。エステルから先輩成分を摂取しても物足りないと思ってしまったメニャーニャは、そこで自分がかなり師に依存していたことに気が付いたのだった。
「……どうする?」
「まあ会わせるしかないんじゃないですか。回収したワタナベさんを先生のところに連れていく必要もありますし。公私の区別は……ついていると思いましょう」
早々にこの話を切り上げ、次の話題は件の捜索対象――ワタナベという冒険者の話になる。
「それで、エステル達の知り合いってことでいいんだよね? そのワタナベって人は」
「うん。彼女も先生が召喚したハグレの一人よ」
「アルカナさんの――ああ、ブーンさんやロマネスクさんと同じハグレか。それならヘルパーさんに頼りにされていたのも納得だ」
アルカナによって召喚されたハグレ達。アルカナの目的であるハグレ救済のための手がかりを求めて、各地を探索する彼らは一級の冒険者としても評判が高い。その例に漏れず、ワタナベも同様に一流の魔法使いなのだろう。
「とはいえ、私たちも特別親しかったわけではないですけどね。その辺りはやはり、マーロウさんが一番知っているかと」
「そうですな。魔法使いゆえ、アルカナ殿の陰に隠れていましたが、彼女も中々の曲者でした」
「曲者? ヘルパーさんの言葉を聞く限りかなりまともそうな人でしたけど」
「人格の問題ではないのです。まあその……なんといいますかな。色々と間が悪いのですよ、彼女」
「間が悪い?」
顎に手を当てて発せられたマーロウの言葉に首を傾げるローズマリー。
「何もないところで転んだり、片づけをしたら何かが壊れる。戦いになれば要所を抑えた盤石の戦法で非常に心強い反面、平常時には何かしら余計なトラブルを引き起こす。……要するに彼女はとんでもなくツキが悪い。悪意無く騒動を呼び込むトラブル誘因体質なのです」
「それは、まあなんというか……」
「なので実は少し、というかかなり心配なのです。仲間とはぐれ、単独状態で焦っている。そんな状況で彼女の身に割と洒落にならないトラブルが起こっていた場合、我々はその渦中に突っ込むことになるでしょうからな」
そんなこんなで森を捜索し、ついでにミドリーニャの大工であるゲンさんを救出して。キノコが密集する地帯を通った時、ハグレ王国を呼び止める声がした。
「かーっ、また性懲りもなく出てきたドね! やい巨人ども、キノコは渡さんド!」
「うわっ、なんだこいつ」
大きなキノコを持った小人がデーリッチ達に向かって何かしらを喚きたてる。
「お仲間がいると聞いて待ち構えてきてみれば案の定だべ! 覚悟しろキノコ泥棒ども!」
「キノコ泥棒って……わらわ達はここを通りがかっただけじゃぞ?」
「嘘こくでね! この前もキノコを採りまくって食ってた奴に一発かましてやっただ! おめえらも同じ目的でここに来たに決まってるだ!」
「素性のわからんキノコとか食えるわけねえだろ……最悪お陀仏だぞ」
ルークの記憶において食い扶持に困ってキノコに手を出し、そのままポックリいく同業者は数知れず。知識もないのに野生のキノコを食うなというのは、冒険者が生き延びる上で知っていなければならないことである。ちなみに毒耐性を悪用し、あえて幻覚作用のあるキノコを服用してラリる馬鹿も多い。冒険者とは命知らずの代名詞だ。
「そういうしらを切るだか! ならこのキノコニンジャしずこが成敗してやる、出てこい舎弟一号!」
「ぐぇー……」
キノコニンジャの呼びかけに従い、樹の陰から虚ろな目をした女魔術師が顔を出す。
ボブカットの茶髪から一房だけぴょこりとハネたアホ毛は主の調子を示すようにくったりとしている。だがそんなことよりも目を惹くのは、頭の頂点に鎮座した原色的なキノコであった。
「わ、ワタナベさん!?」
「キノコ生えてるー!?」
「このキノコを貪る不届き者はおらの舎弟としてキノコの大切さを一から叩き込んでやっているべさ! お前たちにも同じようにキノコ魂を植え付けてやるだ!」
「ワタシ、キノコ、アイスル。キノコ、トモダチ。ミンナ、キノコ、ゲンキノコ」
「キノコ魂ってか直にキノコ植えられてんじゃねーか!」
「案の定でしたな……」
マーロウの予感は、救助対象が敵に回るという一番面倒な状態で的中した。
○ヴォルケッタ
火属性ツンデレお嬢さま。高慢ちきに見えてただただ可愛いだけだったりする。
11月のはむすたブログにあったパジャマ絵がめちゃくちゃ可愛いかったので見てない人はいないでしょうが、もしいたら見に行きましょう。何ならもう一度見に行きましょう。
○渡辺さん
ブーン系出身ハグレ3人衆最後の一人。
無自覚トラブルメイカー。度々snegな目に遭う薄幸少女。