ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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夏も終わりだってのに真っ盛りな話です。


その78.さざ波の呼び声

『荒波の記憶』

 

 

 

 ざあざあ。

 

 ざあざあ。

 

 

 波の音を打ち消すほどの強い雨。

 誰も来ないであろうその浜辺で、一人の少女が俯いていた。

 美しき少女の貌は悲しみに歪み、その感情を表すようにその下半身――蛸を思わせる十二本の脚が砂を握り締めている。 

 

 その両腕と幾本かの脚で抱えているのは、同じ異形の少女。

 その身体はところどころが毒々しく変色し、口元からは血が流れている。毒を受け、苦しんだ末に事切れたことが窺い知れる、見るも無残な死体だった。

 

 人を助け、恐れられ、射貫かれて。

 謂れなき迫害の末に物言わぬ骸となった友を抱いて、その少女は泣いていた。

 

 

「……何があった」

 

 

 砂を踏む音と、弱弱しい声が聞こえる。

 

 

「……アルカナさん」

「この辺りの騒ぎは聞いている。一体、何があった。彼女の容体は。手当てを――」

 

 

 友を抱えて泣きじゃくる異形の少女に、賢者は歩み寄ろうとして、

 

「――ごめんなさい。いまは、こないで」

 

 

 あなたも、信じられなくなりそうだから。

 目を腫らしたその顔で、普段と変わらない微笑みを浮かべながら彼女はそう言った。

 

「……ああ。そうだな」

 

 足が止まる。

 

 その代わりに一歩、二歩。

 おぼつかない足取りで後ずさり、白の女は天を仰いだ。

 

 

 ざあざあ。

 

 

 ざあざあ。

 

 

 豪雨がこの身を打ち据える。

 耳に残る雨の音は、まるで自らの傲慢さを嘲笑うかのようだ。

 

 

「――何が、理想だ。何が、救済だ。なにが……今度こそは、だ」

 

 

 崇高な目的を掲げ、手を差し伸べ、笑い合えたとして。

 

 友ひとり守ることすらできない理想に、何の意味があるのだろうか。

 

 

 少女の慟哭は、降り注ぐ水の音に掻き消えていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『三者三様』

 

 

 

 帝都の大通りに面した、老舗の喫茶店。

 そのテラス席で三人の男女が寛いでいた。

 

 

「ふぃ~~~」

 

 

 渡辺は深く息を吐き、合わせるようにアホ毛が揺れる。

 半分に切ったケーキの片方にフォークを刺し、そのままがぶりと一口。

 

「あーっ、この味も久しぶり。やーっと返ってきたって感じがする~~」

「元気そうで良かったお」

 

 もしゃもしゃと幸せそうに甘味を咀嚼する渡辺。それを見て自らも顔を綻ばせるブーン。傍らで紅茶を啜るロマネスク。

 彼ら三人はひとりの星術士――アルカナによってこの世界に招かれたハグレ。かつての争乱で帝都側として戦った戦士であり、星を掴むような願いを抱く少女のためにその力を貸すと決めた戦友である。

 

 アルカナが推し進めていたハグレ帰還計画において、彼ら三人はそれぞれの役目があった。

 

 冒険者として活躍し大陸中を横断するロマネスクは遺跡探索や各地の偵察を。

 凄腕の傭兵として名高いブーンはアルカナ達が遠征する際の護衛を。

 そしてゴーレム使いとして有名な渡辺は、さらに遠くの外国での情報収集を。

 

 この世界に来たる破滅から救うため世界各地に散らばって活動し、時々アルカナに呼び出されてこき使われていた。

 そのため三人が全員揃うということも中々少なく、実に半年ぶりぐらいに再会した彼らは、今こうしてささやかなひと時を共に過ごしていた。

 

「連絡が取れぬからどうしたのかと思っていたが、旅の最中のトラブルとは。まさに災難だったであるな」

「いやいや、別の大陸に難破してるとかトラブルってレベルじゃねえんだわ。マジで何か憑かれてるんじゃないのかお。一度お祓いにでも行って来たらどうかお?」

「それはゴールドがドブに捨てられるだけだから却下でーす」

 

 彼女の巡りあわせの悪さには、二人はおろかアルカナすら悩まされてきた。

 とはいえ彼女の生存能力の高さもまた本物であり、アルカナはそういった点を信頼して彼女に遠征を頼んでいたのだ。決して厄介払いなどではない。断じて。

 

「で、収穫は何かあったのかお?」

「ん-、今回はハズレだったね。召喚術よりも武術が盛んな国だからその辺の研究とか全然進んでなかったし、そもそも帰る手段を探すのが最優先になっちゃったからねー」

「探索の結果が手ぶらなんてのはしょっちゅうである。そう気にすることでもないぞ」

「ありがとー。それにしても、私がいない間にこっちも大変なことになっちゃってるね。アルカナちゃんの夢が叶うと思った先に、変な連中が邪魔してきてるんでしょ?」

 

 渡辺は帝都の街並みへと視線を移す。

 普段と変わらぬ喧騒。しかしその実態は破損を急ごしらえで覆うことで何とか普段通りに見せかけているだけ。ハグレ王国の手で致命的な損壊は回避できたとはいえ、解放戦線が刻んだ爪痕はしっかりと残されている。

 ついこの前も秘密裡に下水道で作られていた潜入ルートの洗い出しに騎士団が駆り出されていたところだ。当分は復興にかかりきりとなることは想像に難くない。

 

「アルカナ殿への妨害工作はいつもの事ではある。しかし今度の敵の首魁……ジェスターはアルカナ殿の古巣からの因縁。加えてあのアプリコまで彼奴等に与している。これまでに彼女の邪魔をしてきた有象無象どもとは比べ物にならないであるな」

「あのお爺ちゃんが敵ってやっぱりメンドクサイなぁ」

 

 獣人参謀の名前を聞き、テーブルにへたれながらぼやく。渡辺は10年前、アプリコの地形操作によるゲリラ戦術対策に駆り出された経験があり、彼の厄介さを直接味わった数少ない一人だ。

 

「そうだお。お互い一回はガチで死にかけてるとか、洒落になってないんだお」

「吾輩はともかく、毒を盛られて生きているお主の頑丈さは大概であるな」

「なにそれこわい」

 

 近況報告と雑談を交えつつ、話題がエルフ王国とハグルマの戦いになった所で渡辺があることを切り出した。

 

「サハギンで思い出したけど……そういえばあの子、今どうしてるの?」

「あの子……ああ、シオーネさんのことかお。特に問題はないお。彼女の住処はザンブラコの方だし、この前もアルカナさんが博士への依頼のためにタクシーをお願いしていたお」

「博士に? 何かあったの?」

「なんでも凄いアイテムをハグレ王国が持ってきたらしいお。あんなに目を丸くしたアルカナさんは久しぶりに見たお」

「えー!? 何そのレア表情私も見たかったなー!」

「残念だったおね。まあ相変わらず彼女は元気そうだったから心配する必要はないお」

「……そのことについてなのであるがな、彼女、少々面倒ごとに巻き込まれているらしいぞ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

『さざ波の呼び声』

 

 

 

「やあ皆の衆、突然だが海に行きたくはないかね?」

「来て早々何言ってるんですか」

 

 開口一番そんなことを口走ったアルカナにメニャーニャのツッコミが炸裂する。

 大事な話がある、と神妙な口ぶりでやってきたことで多少は身構えていたローズマリーが軽くズッコケる。

 

「何って、バカンスのお誘いだよ。日頃君たちにはお世話になっているから、個人的なお礼って感じでさ」

「大事な話っていうから覚悟してたのに……」

「戦士にとって休息は大事だろう? 幾つもの戦場を越え、そしてまた次の戦場に赴く君たちへのささやかなひと時を提供するのがスポンサーの役目。これは至極真面目な話だとも」

「いつからハグレ王国のスポンサーになったんだアンタは」

「帝都とハグレ王国の橋渡しを担当してやっているが? うん?」

「ちくしょうごもっともで言い返せねえ」

 

 エステルのツッコミはストレートに打ち返された。投球名手にあるまじき失態である。

 

「最近オープンしたばかりのホットな高級リゾート地、その名もドナウブルー! 高層から眺める一面の海はまさにこの世の絶景さ」

「リゾート!?」

「一面の海だって!?」

「それはつまり、水着イベント……ってコト!?」

「おふこーす! 青い海、白い砂浜、照り付ける太陽! そして可愛い水着姿の女の子!」

「うっひょー! 最高じゃないですかアルカナさん! 流石は私が認めたサービスレジェンド。やってくれると信じていましたよ!」

 

 アルカナの熱演PRに色めき立つ一同。かなづち大明神は当然の如く水着姿のセクシーな女性陣の姿を妄想し、狂喜乱舞する。

 あらゆるしがらみから解放され、常夏の浜辺で泳ぎ、遊び、ハチャメチャなひと時を楽しむ。そんな誰しもが一度は夢見るバカンスと聞いて興奮せずにいられようか。ついでにセクシーな水着も。

 

 それを見て満足そうにアルカナは頷いた後、ため息混じりにぼそりと。

 

「――って、なればよかったんだけどなぁ」

「……え、どういう事です?」

「もしかしてまた厄介ごとが起こってる感じ?」

「まあ端的に言うとね? そこのリゾートって私の知り合いなハグレの子が運営してるところなんだけどさ、いざオープンだって時に妙な連中に占拠されちゃったらしいのよ。んで立ち退いてもらおうにも無駄に武装してるから一人二人じゃどうにもできないってことで私に相談が来たわけ」

「えー!? そんなー!」

「がーん!? ビーチ閉鎖のお知らせ!?」

「まあそんなオチよね」

 

 急なお仕事案件にリゾートへのわくわくを募らせていたお子様たちから不平不満の声が上がる。薄々察していた者たちはさして落胆した様子もなく。唯一、勝手に壮大な上げ落としを喰らった大明神が派手に崩れ落ち、物理的にも派手な音が鳴った。

 

「なぜだっ!? なぜいつも世界はこうなんだ! せめてちょっとぐらい夢を見させてくれたっていいじゃないか!! まだビーチに足を踏み入れてすらいないじゃないか!! ちくしょーめ!!」

「君の図体であんまり床を叩かないでくれるかな?」

「まあまあ。どうせかなちゃんはほっとけば元に戻りますし、とりあえず話を進めましょうよ」

 

 割と深刻に床を心配するローズマリー。プリシラはそんな大明神の醜態をスルーして話の続きを促した。

 

「なるほど。つまり話というのはそのホテルを占拠した連中を私たちのほうでどうにかしてほしいと」

「そういうこと。彼らを追い払ってくれれば運営も再開できるから、仕事が終わったらそのままリゾートで遊んでもらっても構わないらしい。どう? 悪くないでしょ」

「よしっ! ではそいつらをちゃっちゃと追い出して水着イベントを始めましょう!! 一話なんて言わず、この話のうちに終わらせて次話からはお色気シーンだけでお送りさせてやりますよ!!」

「立ち直りはええなこいつ」

 

 水着イベントがかかっていると知った大明神は途端にやる気マックス。具体的には攻撃と防御にいっぱいバフがかかった。状態異常の耐性は相変わらずのため、別にそこまで強くはない。さらに言えば水着イベントはまだ先なので完全に空回りである。

 

「んで、占拠した連中ってのはどんな奴らなのよ」

「ああ。そのホテル、ドナウブルーを占領した連中の多くは水棲種の魔物とか亜人だ。ただその中に一人だけ人間がいるらしくてね。どうもそいつが魔物を呼び込んだ原因でもあるらしい」

「妙な格好?」

「ああ。黒い背広、七三分け。極めつけには歯車型の襟章。ここまで言えばわかるだろう?」

「ハグルマか……!」

 

 その言葉を聞いて一同は顔を引き締める。

 神聖ハグルマ資本主義教団。召喚人解放戦線に与し、エルフとサハギンの戦争の火付け役となった者たち。

 帝都の件で獣人や亜人の多くが降伏を選んだ以上、残されたハグレ戦力の中心になるであろう彼らが人里離れたリゾート施設を拠点として反転攻勢の準備を進めている、というのは十分にありえる話だ。

 

「ということはジェスターも……!」

「確証はないけれど、このタイミングでハグルマが再び動き始めたというのは、奴が一枚嚙んでいる可能性が高いな」

「結局解放戦線絡みの案件かぁ」

「真面目な話だって言ったでしょ?」

「言ったけどさぁ」

「話は分かりました。こちらとしてもハグレを助けることに異存はありません」

 

 さらにいえば潜伏中のジェスター達の動向を探ることもできる。彼らが何か企んでいたとして、その目論見を潰せるというのならそれに越したことはない。

 ローズマリーの返答にアルカナは頷く。正直自分たちだけでとっとと片付ける手もあったのだが、そをすると折角のホテルが良くて半壊、悪くて更地になる。仮にも友人の持ち物件だ、できることなら損壊は少なく済ませられるならそれに越したことはない。

 

「ありがとう。依頼人は今は近くの海の家に避難しているから、とりあえずザンブラコからドンコッコ海岸まで行ってほしい。私たちもブーン達と一緒に行くから、詳しい話はそこで」

「それじゃあデーリッチ、編成と装備を――」

 

 冒険の出立について会議を始めようとしたローズマリー。

 だが、そこにデーリッチが待ったをかける。

 

「待つでち。その前にひとつ、大事なことがあるでち」

「なんだい?」

 

 国王の神妙な態度にアルカナも襟を改める。

 真っすぐにその星の瞳を見つめ、デーリッチは問いかけた。

 

おやつはいくらまででち?

「遠足か!」

 

 すかさず入るローズマリーのツッコミ。この間コンマ1秒。何かおかしいと思った前振りに無意識に備えられたのは日々の賜物である。

 

「ん-と、向こうでご飯食べられなくなると困るからひとり500Gまででお願いね」

「だから遠足か!」

「はい先生! バナナはおやつに入りますか!?」

「またコッテコテの質問するなー」

「今更ゴリラアピールかエステル? 朝ごはんにでも食べてこい!」

「ほんと締まらねえなぁ」

 

 

 さっきまでの緊張はすっかり霧散し、ルークのぼやきが虚空に消える。

 これぐらい緩いほうが、らしいと言えばらしいのではあったが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そういうわけでザンブラコまで転移したデーリッチ達。

 そこで既にアルカナ達も待っており、ここからドンコッコ海岸へと徒歩で向かう。

 

「ひゃー、やっぱり暑いねここは。日差しもきつい」

 

 アルカナはサングラスの奥から白雲の映える青空を見上げた。

 彼女は普段とは違う薄めの白ローブに加えて、頭に日よけ用の帽子と日傘を装備していた。その姿はさながら避暑地の貴婦人。そこにいるだけで視線を釘付けにし、あるいは無意識に反らしてしまう優美な佇まいだが、かなづち大明神はただでさえ少ないアルカナの露出がさらに減ったことに涙を流していた。

 

「どうして……アルカナさんならサービスを分かってくれると思っていたのに……」

「いやこのクソ暑い日差しで肌なんか晒せないわ。ガチで赤くなって痛いし。それにこれでも十分サービスだと思うけどね」

「私は! 肌が! 見たいんですよ!!」

「特大フォント使ってまで叫ぶんじゃないわよ。ただでさえ声大きいんだからさぁ」

 

 大音量のセクハラに早速エステルがブチ切れる。

 

「いえ、いいんですよ。お仕事ですし水着は半々でしか期待していませんから。でも普通に考えて薄着は出てくるじゃないですか! 普段は露出度の低いアルカナさんやシノブさんの柔肌が見れるならそれだけで満足じゃないかと思って眠れない夜を過ごしたのに、それがなんですか揃いも揃って全身布で覆うような恰好ばかり! 南国だってのに恥ずかしくないんですか!!」

「は? 節穴か?? きちんとノースリーブ仕様で大変すばらしい二の腕が見えてるじゃん」

 

 普段とは違うノースリーブの黒いワンピースに、風通しのいい麦わら帽子。勿論、白いインナーで熱対策も忘れていない。そんな完璧な南国コーデのシノブは監修したアルカナのイチ押しであり、この渾身の出来にはエステルやメニャーニャも人知れず満足げに頷いていた。

 だというのに、この大明神ときたら。

 

「可愛い服装なのは認めましょう! でもですね、ボディラインが見えてないんですよ! あのベルトで人知れず強調されていた魔導の巨乳が、ゆったりした布で隠れていちゃ意味がないんですよ!!」

「かーっ、目先の露出に拘る輩はこれだから。お洒落は女の子の本懐でしょう。こうふんわりとわかる、いや実は隠しきれていないバディが期待を膨らませてくれるんじゃないかまあ私は割と見てるんだけど、シノブの裸」 

「そうやっていつも焦らしてばかり、いいから私は肌色が見たいんだ!! ちち! しり! ふともも!! ルークさんだってそう思いますよね!?」

「なんで俺に振るんだよ」

「え、だってヘルさんの水着とか期待してますよね?」

「そりゃあ……まあ」

「ちょっとルーク! こいつに餌を与えちゃダメよ!」

 

 ルークの賛同をミアが注意する。

 少し言い淀んだが、なんだかんだ欲望に忠実な奴である。とはいえ、ここまでヘル絡みで素直に言えるのは、自分たちの関係が露呈しているからではあるが。

 

「ほーら、ちゃんと需要はあるんですよ! わかったら肌色をこちらに出すのです!」

「俺を巻き込むんじゃねえ」

「めんどくさ。渡辺ちゃんで我慢しなよ」

「え、なんで私?」

 

 ウザ絡みする大明神にこの日差しも相まって若干苛ついたアルカナは、比較的薄着の渡辺を生贄として差し出した。

 

「えぇ……? こんなすっとん少女体形のどこに興奮しろっていうんですか?」

「これぐらいの小柄さから見せる肌って一番エロいと思わない? 控えめなのがむしろどれだけ眺めても飽きない味わいがするでしょ」

「いや~解釈違いですかね。やっぱりセクシーさを求めるならスタイルも抜群じゃないと。視覚に訴えてくるインパクトこそが読者も求めているものなんですよ」

「ねえねえエステルちゃん、この二人今すぐ海に投げ捨ててもいいかな?」

「お好きにどうぞ」

 

 

 

「……あれが、エステルさん方の師ですか」

 

 地面から出現した巨大な手によって水面に投げ込まれたアルカナの姿に一人呟くヴォルケッタ。

 エステルやメニャーニャのように優秀な魔法使いを導いた者。白翼の名を冠する星術師。ハグレ王国にも少なくない影響を与えた女傑。そんな感じに聞いていた印象とは真逆のセクハラ丸出しな姿に、もしや幻滅してしまったのではないだろうか。流石にそれは酷だろうと、ローズマリーはフォローに回る。

 

「ああいえ、普段はもっとしっかりしている方なんですけども……」

 

 そうしてこれまでの彼女の姿を思い返す。

 デーリッチを抱きかかえてご満悦に浸り、シノブのたわわを当然のように揉みしだく。エステルには全く遠慮なしに尻を叩き、メニャーニャをその腕の中に納める。

 うん。女子にセクハラしか働いてないわ。アルカナがクッソ美形だから緩和されているだけで、スキンシップを働いてくる分、大明神以上にひどいともいえる。その上シノブやメニャーニャは満更でもなさそうな態度でいるから性質が悪い。

 

「いえ。お爺様も中々人を食った……じゃなくてお茶目な一面も多くありました。あのように振舞う姿がすべてではないのは承知の上ですわ」

 

 どうやら杞憂だったらしい。だがこれまでに祖父から受けたイタズラを思い出したのか、その可愛らしい顔が引きつっている。

 まあ新人がショックを受けないならそれでいいやとローズマリーもまたこの南国の光景に目を向ける。

 

 さんさんと降り注ぐ日差しの暑さは以前にザンブラコを訪れた時と変わらないはずだというのに、リゾート地となれば醍醐味として悪くないようにも思える。 

 こうしてゆったりと浜辺を歩き、波の音に耳を澄ませて磯の香りを味わうというのは普段山間の遺跡を拠点とする身としては新鮮な感覚だった。

 

 どっぱん、とひと際大きな水しぶきが上がり、その水滴が照り返す陽光の輝く様がなんとも美しい。それの発生源が何であるかは気にしないことにした。

 

「ふふ。お仕事とはいえ、こういう場所に来るのはワクワクするね。デーリッチ」

 

 どことなく浮かれた気持ちで呼びかけるが、返答はない。

 視線を僅かに下げる。そこにさっきまでわくわくそわそわで歩いていた国王の姿はない。

 

「姐御、ガキども走って行っちまいやしたぜ」

 

 マッスルの声に顔を上げれば、案の定。

 道の向こうには、お子様二人が駆けだしているのが見えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ずばっ!」

「ずばばばばっ!」

 

「きらめく砂!」

「輝く太陽!」

 

「いやー、リゾートに来たって感じですなー」

「真夏への愛が止まらんですなー」

 

 

 さんさんきらきら。

 素晴らしき砂浜にデーリッチとヅッチーは二人揃って大はしゃぎだったが、ふとそこで周りにいるのが自分たちだけであることに気が付いた。

 

 

「やや? これはおかしいぞ? いつの間にか私たち二人だけになっている」

「おや本当だ。なんだ情けないな。みんなヅッチー達とはぐれちゃったのか」

「全く、大人のくせに迷子とはたるんでますなー」

いやお前たちが迷子なんだよ!

 

 デーリッチ達が来たのと同じ方向からニワカマッスルが走って追い付いてきた。

 なんてことはない。完全に遊びゲージのリミットがオーバーした二人が勝手に走っていったので彼が慌てて監督に来たのである。

 

「全く、ちゃんとした依頼なんだから勝手に走っていくんじゃねえよ」

「ええと、それはそのう……砂浜を見たらつい走り出したくなったというか、夏の気配にワクワクしたというか」

「この砂浜がヅッチー達を呼んだんだから仕方ねえよな! 夏に刺激されちまったヅッチー達の胸は止められねえぜ!」

「こいつら……ったくしょうがねえな。とりあえずゆっくり歩いていくぞ。こんなカンカン照りの中走ってたらすぐにへばっちまうぜ」

 

 どうせこのまま連れ戻してたとして疲労が二倍になるだけ。

 ローズマリー達を待つにしてもこのベビーギャングどもが大人しくするわけもないので、このままマッスルを引率として予定の場所まで行くことにした。

 

「さて、確かホテルの看板が近くにある海の家が集合場所つってたな」

「これでちね」

 

 横にあった『ドナウブルー』とヤシの木の生えた海岸を背景とした豪華な看板をデーリッチが見つける。素晴らしいリゾートを予想させる看板だが、残念なことに今は閉鎖中だ。

 

「こんだけでかい看板があるってことはさぞかし豪華なホテルなんだろうな。そう思うと俄然やる気が出てくるな」

「お、海の家ってあれじゃねーの?」

 

 ヅッチーが指で示した先には、中ぐらいの大きさのログハウスが建っていた。

 きちんと手入れもされている感じで、今もローブを被った人物が玄関先を丁寧に掃除している。ドアには先ほどと同じドナウブルーの看板があり、地図で確認してもここが海の家であることは間違いなかった。

 

「そのようでちね。ごめんくださーい!」

「あ、こら走るなって!」

 

 とてとてと駆け寄っていくデーリッチ。大声に気が付いたその人物がこちらを振り向き、そのローブの中身と目が合った。

 

「む、お前たちは……」

 

 ぎょろっとした目。青い鱗。厚ぼったい唇。

 そこにいたのはまぎれもなく半魚人であった。

 

「ほんぎゃー!? さかなー!?」

「何っ!? サハギンだって!? もうこんなとこまで来てたのか!」

「早速お出ましだな! 下がってろお前ら。ここは俺が相手になってやる!」

「お、おお?」

 

 子供たちを押しのけ、筋肉の壁となって半魚人に立ちはだかるマッスル。

 その迫力に気おされた半魚人はいきなりの敵対宣言に戸惑っている。

 

「いやいやいや、ちょっと待った!」

 

 一触即発の雰囲気。そこへ慌てて走ってきたローズマリーが割って入った。

 

「彼は味方だよ。ほら、前に共に戦ったギルマン。デーリッチは覚えてるだろう?」

「ん……? あっ! そうでち、確かスパイク君でち!」

「久しぶりだな。待っていたぞハグレ王国」

「お久しぶりでちね!」

 

 この半魚人はスパイク。かつてエルフ王国とハグルマ教団の戦争にてハグルマと袂を分かち、ハグレ王国と共に死線を潜り抜けたギルマンの男だ。

 先の三人で面識があったのはデーリッチだけであり、その国王も魔物と勘違いしたので誤解が起きかけていたらしい。自身の過ちを恥じたニワカマッスルは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「なあんだ、姐御たちの知り合いだったのか。ごめんな、俺はニワカマッスルだ。よろしく頼むよ」

「誤解が解けたのならいいさ。率先して前に出るのは戦士として当然だ」

「彼はあの後、アルカナさんの紹介でここで働いていたみたいなんだ」

「ここは良い。サハギンの奴らと鉢合わせることもない。静かに暮らせていたよ」

 

 そうして会話をしていると、後続も追いついてくる。

 アルカナはしとどに濡れており、同じくびしょ濡れの大明神は晴れやかな顔をしていた。それは素晴らしい濡れ透けを拝めたからだ。

 

「やあやあ、出迎えご苦労様スパイク君」

「……なぜそんなに濡れている?」

「はしゃいだだけだからお気になさらず。ところで彼女は?」

「今呼んでこよう」

 

 店内に引っ込んでいくスパイク。その後ろ姿を見届けてからエステルが疑問を口にする。

 

「……で、店長って何者なの? ハグレなんでしょ」

「前にも言ったと思うけど、スキュラの女の子だよ。中々個性的な見た目だし、エステルはともかくルーク君とかはびっくりするかもね」

「確か下半身が蛸だったか? いや俺だって色々ハグレは見てきてますし、それぐらいで今更驚いたりは――」

 

 そんなことを言っていると、ずるるるるっという足音(?)を共に店主が姿を見せた。

 

 

「お待たせしました! ドナウブルー管理人のウズシオーネです!」

 

「うおっ……でっか……」

 

 

 ウズシオーネと名乗ったスキュラの女性を見て、その言葉は誰からともなく飛び出ていた。

 

 




〇ウズシオーネ
 ばっぽいーんな海のお姉さん。
 2章から度々存在は仄めかしていた。

〇スパイク
 元気にやっている。清掃員兼食料調達係兼魔物狩り担当。つまり雑用全部。
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