ざくざくアクターズ・ウォーキング   作:名無ツ草

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その81.昏き海より来たる

『語らいは磯香と共に』

 

 

 

「……あ、アルカナさん!」

「何よ、また来たの?」

「いやあ。君たちの顔を見たくなっちゃって。悪かった?」

 

 

 その日もそいつはやってきて、無駄に整った顔でそんな気取った台詞を開口一番に吐いてきた。

 

 このアルカナという女は私たちがこの世界に来た原因である召喚術の総本山。つまり諸悪の根源とも呼べる召喚士協会の幹部で、各地に点在するハグレ集落の視察が仕事だった。

 私たちを見つけたのもその一環。近隣の村人に目撃されてちょっとした噂になっていたのを聞きつけ、余計な問題が起こる前に保護しに来た、というのが事の経緯だった。

 

 あれからこの女は何度もこの入り江を訪れては、執拗なぐらいに私たちと会話を試みてきた。

 どれだけこっちがあしらおうと足しげく通ってきては、害意や悪意を微塵も見せることなく話しかけてくる。そんな相手に優しいシオーネはとっとと心を開いてしまったし、私も今ではこうして岩礁に腰かけて近況を語り合うぐらいの交流は持つようになった。

 

 ここの人間と深い関わりを持つことに気は進まなかったが、シオーネのほうは新しく仲良くできる友人が増えたことを喜び、迫害から逃れる中で沈みかけていた笑顔が明るくなったと思う。その点に関しては感謝しなくもない。

 それに……決して口にはしないが、私もこいつと会話するのはそれなりに気晴らしになって悪くはなかった。

 

「しかしこんな辺鄙なところにわざわざ来るなんて、監査官様って暇なのね」

「いやいや。これでも多忙な身さ。キミ達に会いに来たのは巡回帰りのついでだよ」

「それにしては前回より間隔が短いと思うのは気のせいかしらね」

「おや鋭い。実はハグレの受け入れをしたから視察地が一つ減ったのさ」

「へえ、それは良かったわね」

「ああ。これでまた一人、不当な扱いに晒される者を減らせたよ」

 

 心からの安堵に彼女は気の抜けたような笑みを浮かべた。

 いつもは余裕ぶった振る舞いをするくせに、こういう時だけ弱弱しい地が出てくるのはずるくないか。

 

「――そうやって彼らは自力で販路を拓いてみせたんだ。そこにちょうど酒を気に入ってくれた帝都の商会との契約も取り付けられたところでね。やっと住人たちだけで村を回せるようになってきたよ」

「へえ、あれ成功したんだ。これであなたの負担も減って楽になるんじゃない?」

「ここからが本番だよ。……それで、返事はどうかな? そろそろ」

「……何度も言ったでしょう。私たちはここで暮らすわ」

「やっぱり淡水は厳しい?」

「そういう話じゃないわよ。わかってるでしょう?」

 

 自分が管理している領地にあるハグレの居住区への勧誘。

 アルカナは度々その話を持ちかけてくる。

 監視という名目ではあるが、ほとんど放任状態であるそこは一種の避難地であり、ハグレが周囲の目を気にせずに暮らせるほぼ唯一の場所と言っていいだろう。

 確かにそこなら、私たちだって恐れられることなく受け入れられるかもしれない。今後のことを考えれば、彼女についていくのが正解なんだろうけど。

 

「私たちは、あなた達から見れば魔物と変わらない。ただでさえ今が肝心な時なのに、問題なんて持ち込むわけにはいかないわ」

「え? もしかして私たちの事心配してくれてるの?」

「……お互いに面倒が起きないように配慮しているだけよ」

 

 あんまりこいつを調子に乗らせたくないので誤魔化す。ツンデレ属性を搭載した覚えはないが、こいつの前だと素直なことは中々言いづらい。

 

 その保護区はアルカナという女が帝国に貸しを作ったことで成立しており、もし彼女の身に問題が起これば瞬く間に破綻する仮初の平穏。それをもし自分たちが来ることで早めてしまったら? 

 亜人のみならず魔物を匿ったなどと言われれば、内部のハグレ全員に猜疑の目が向くのは間違いない。そうなれば終わりだ。これまで彼女が地道に築き上げてきた全てが水の泡に消える。

 そうなるぐらいなら、私たちはここで隠れ住んでいたほうがいい。幸い私たちには海中という逃走経路もあるから他の種族よりはよっぽど安心できるし、二人だから孤独という訳でもない。

 

「でもなぁ、それを言うと君たちのほうも心配さ。私の目的が完成した時、君たちに何かあってからじゃ遅いんだ」

「それって例の帰還ゲートってやつ? 本当にできるのかしらね。あんたほどの召喚士でも目途すら立ってないものがどうやってできるのよ」

「いや理論については大体できてるのよ。ただそれを実現、それもちゃんと使えるように仕上げるってなると中々難しい。私は召喚士としては落第もいいところでさ、特に召喚ゲートの形成とやらが全くといっていいほどできないんだ」

 

 それはおかしい。だったら彼女に付き従うあの三人は一体なんだというのだ。

 

 私がアルカナと話している間、シオーネは彼女が連れてきた三人のハグレと交遊している。 

 目の前の海を見れば、渡辺とかいう少女のハグレが乗ったボートがシオーネに牽引されて海上を爆走中。聞こえるのは歓声というより悲鳴だろうが、高く舞い上がる波の音にかき消されてよく聞こえない。

 視線を少し下に移せば、あの子が泳いだ後に生じた大波に巻き込まれ、浜に打ちあげられた魚や貝を猫型の獣人が七輪で焼いているのが見える。さらにその側では巨漢の戦士が見事に捌いた魚介類を焚き火にかけた鍋に放り込み、なにやら白い液体と共にぐつぐつと煮込んでいた。なんだこいつら自由か?

 

「ブーン達についてはほとんど力技だよ。彼らが奇しくもどの世界でも入れるような性質だったから無理やり引っ張り込めただけで、私は普通の召喚術については全く使えないんだ。……まあ、原因については大体把握してるんだけどね。星の裏側はどうしたって見ることができないように、私には空想を手繰る力だけが綺麗に欠けていた。役割の分担ではなく機能の分割とは、十三の分家とはよく言ったものだ」

 

 などとわけが分からないことを言いだしたが、要するにハグレの帰還は彼女一人で実現は不可能に近いということらしい。

 

「難儀なものね。あなたなんでもできそうなくせに、たったひとつできないだけでハグレのことが解決しないなんて」

「腕の立つ召喚士が来てくれればすぐにでも解決しそうなものなんだけどねぇ、そこそこ優秀な奴ほど余所に抜かれていっちゃうんだよなぁ」

「その面なら誰だって寄ってきそうなものなのにね」

「そうだろう? 我ながら可愛い女の子には引く手数多な自信はあるけど、肝心の召喚士に引っかからないんじゃ意味が……ああいや、違うな。少なくとも、君たちみたいな可愛い子達と仲良くなれたのは素晴らしいことだったさ」

「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「趣味と実益を兼ねられるって最高じゃない?」

「趣味を仕事にすると地獄よ~?」

 

 具体的には〆切とか需要とかね。あんなもの無いほうが良いに決まってるのよ。

 

「まあいいわ、期待しないで待ってるから精々頑張りなさい。――いい弟子、見つかるといいわね」

「ああ。きみ達の期待に応えられるように頑張るとも」

「だから期待しないって言ってるでしょ」

 

 馬鹿な女だ。私たちなんかに関わったところで得なんて一つもないくせに。

 見当違いの罪悪感と焦燥。そして誰よりも生き急いでいるような使命感で、絵空事を本気で追い求めている。

 この世界の人間たちがもう少しぐらい分かり合おうとする姿勢を取れたなら、彼女の苦労もずいぶん減るだろうに。

 

 

「ふぅ……良い感じに泳げました! どうでしたかワタナベさん!」

「ぐえーっ……まだふらふらするー……」

「勢いが強すぎたであるな。まあ座るといい」

「ちょうどクラムチャウダーができたところだお。食べるおね?」

「はい!」

「ふらふらしてるけどお腹は空いてるのでいただきます……」

「食い意地だけは立派であるな」

「ちゃっかり食べてた人には言われたくないです~」

「おーい、二人も食べるかお?」

「おっけー、すぐ行くよ。ほらウズちゃんも」

「わかったわかった」

 

 

 アルカナの後を追って、私もシオーネ達のところまで向かう。

 潮風に揺れる磯の匂いと、波の音は変わらず心地よい。

 この世界ではじめてできた友人たちと過ごす、なんてことない日常。

 嗚呼。この穏やかな日々を続けられたらどれだけ幸せだろうか。

 

 

 

「……応援してるわよ」

 

 その背中へ聞こえないように小さく呟く。

 願わくば、この女がいつか報われる日が来るようにと。

 

 

 ――その三日後。

 

 私は磯で溺れかけていた人間の子を助けて。

 そしてそれを魔物に襲われていると勘違いした人間によって毒矢で射貫かれ、苦しんで死んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『昏き海より来たる』

 

 

 

「む、なにやら騒がしくなってきましたね」

「侵入者か……どうやら近づいてきているらしい。配下どもの苦悶が瞬く間に増えていく。この破竹の勢いは、まあ彼女以外にあり得んわなぁ」

 

 微かに聞こえる戦闘音に訝しむウォルナットにジェスターは状況を伝える。

 この辺り一帯に張り巡らせた影の探知網から、深人が次々に倒されていくのが伝わってきており、それは段々と近づいている。この遺跡は複雑な作りではない。正面から堂々と乗り込んできたのならば、間もなくここまでたどり着くはずだ。

 

 そうして彼の予想は的中し、襲撃者たちが姿を見せる。

 

「これはこれは。このような僻地にまで足を向けるとは、実に熱心なことだなアルカナ」

「やあジェスター。お前が何を目論んでいるかは知らんが、その召喚を通させるわけにはいかないね」

 

 互いに笑みこそ浮かべてはいるが、親しみの感情など微塵も籠っていない。

 アルカナは嫌悪と殺意を、ジェスターは好奇と歓喜を以って対峙している。

 

「ンン……中々にいい感情をしているな。憎悪が見えるぞ」

「そりゃあ何度もお前にちょっかいをかけられたらね。仏の顔も三度まで、流石に私の友達に被害出しといてただで済むと思ってるんじゃねえよ。ハグルマともども、ここで潰させてもらう」

 

 アルカナが杖を構え、それに続いて他の者たちもそれぞれ戦闘態勢に入る。

 

 深人たちもこの闖入者を排除するため続々と集まり、武器を取り出して打ち鳴らしたり歯ぎしりを起こして威嚇を始める。

 瞬く間の一触即発。睨み合う最中、軍勢の前にウォルナットが進み出てきた。

 

「いいでしょう。私もそろそろ、直接この手であなた方に借りを返したいと思っていたところです」

「はっ、どう見てもあんたがやり合えるようには見えねえんだが?」

 

 ルークのような煽りは口にしなかったが、概ね皆が同じ感想を抱いていた。

 以前の戦いでもウォルナットはタロスを操って戦闘に参加してはいたが、自身が前線に立つようなことは完全に避けていたし、敗色が濃くなれば即座に逃げの一手を打つほどには荒事に長けているわけではない。

 アプリコのように兵士たちを臨機応変に指揮するでもなく、ザナルのように自分の魔法に自信をもっているのでもなく。言ってしまえばマクスウェルと同じ、強力な兵器や手下を嗾けてそれを眺めているだけというのがウォルナットという人間の印象だった。

 

「ええ、先ほどまではその通りでしたとも。泥臭く剣を交えるよりも、銃でスマートに撃ちあうほうが好みでしたし、何ならその前に経済的にケリをつけるのがハグルマのやり方です。ですがまあ、何事も例外というのがございまして」

 

 例えばそう、と彼は手袋を捨てた。

 その中にあった魚人の腕をさらけ出し、誇らしそうに広げてみせる。

 

「圧倒的な力を手にしたのであれば、直接赴いて身の程を知らしめるのが最も手っ取り早い方法になるでしょうとも!!」

 

 その言葉と共に、彼の身体に変化が起こった。

 

「グフフフ、力が湧いてくる。偉大なる神の恩寵が、大いなる力が満ちていく」

 

 中肉中背だったシルエットが歪に変形し、ぶちぶちと布が引きちぎれる音が鳴る。

 スーツの伸張性を越えて膨れ上がった体格は、頭一つ分も大きくなっていた。

 ぎょろりとした瞳。全身を覆う鱗。鋭利な爪。

 人の骨格に魚のテクスチャを張り付けたような歪な風貌は、サハギンとは似ても似つかず。

 筋骨隆々の半魚人という見た目に変貌したウォルナットは、どう猛な牙が生え揃った口で吠えたてた。

 

「見ルがイイ! コレが私の力、大イなる神カラの祝福! コレヨリ世界を統べル我が名はそう、魔人ハグルマと――興味ねぇげぶはぁ!」

 

 

 ラプスの跳び膝蹴りがウォルナットの鼻っ柱をへし折り、そのまま水の中へと転がした。

 

 

「貴様……戦士の誇りもないのか!!」

「お前は別に戦士じゃねえからノーカン。てか借りモンの力で偉そうでムカつくし、とっとと潰すぞルーク」

「オッケーオッケー。それじゃ皆、畳みかけるぜー」

「よっしゃー! やってやるでち!」

 

「グ……、ものドモカカレ!」

 

 

 怒りに顔を歪ませたウォルナットの号令に従い、深人たちがハグレ王国に襲い掛かった――

 

 

 が。

 

 

「ミアちゃんおねがーい」

「《魔神降ろし》!!」

星光よ(ステラⅨ)!」

 

 

 降り注いだ流星が敵陣をずたずたに切り裂き。

 

 

「サモンゼウス」

 

 

 召喚された雷霆が逆らう術もなく焼き焦がし。

 

 

「ストーンダッシャー!」

 

 

 雪崩のように降り注ぐ岩が押しつぶし。

 

 

「ばっぽいーん!」

 

 

 最後に水面に生みだされた渦潮がそれらを纏めて攪拌して深人の群れは壊滅した。

 その圧倒的な地獄を幸運にも免れて、なお挑みかかろうというガッツのある深人もいたが、それらはエステル達がきっちりとしばき上げていた。

 

 

「ナらバこれハ!」

 

 

 触手の蠢かせる神の落とし仔たちが瞬く間にその場へと顕れる。

 

「あ、そういうホラーなのは間に合ってるから」

 

 ヤエがパチン、と指を鳴らすと超自然の圧力が触手の群れを縛り付け、そこにラプスが飛び込んで水龍槍を縦横無尽に振り回せば、肉片と煮え立つような血液が辺りに飛び散った。

 

 

「この程度か?」

「他愛ないわねぇ」

「オノレ、またしても貴様カ!」

 

 

 ウォルナットがヤエ目掛けて突進し、ズタズタに引き裂かんと鉤爪を振るう。――が、そこにしっかりと甲羅の盾を構えていたニワカマッスルが攻撃を防ぎ、その隙にヘルからの禍神降ろしを受けたルークの一閃が背中に大きな切り傷を刻みつける。

 

「ウゴアッ!」

 

 青黒い血がスプレーのように噴き出し、ウォルナットは激痛に悶える。さらに弛緩毒の矢が突き刺さって体勢を崩し、そうしてがら空きになった胴体に、ラプスの渾身の蹴りが炸裂した。

 

 

「ばぬぅ!!」

 

 

 胴体に風穴が空いたかのような悲鳴を上げ、大きく吹き飛ばさたウォルナットは壁に激突した。

 ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中から、魚面の魔人がかろうじて這い出てくる。ごぼりと血を吐き出す様子から深手を負ったことは瞭然だが、その眼に宿る狂気的な戦意は衰えていなかった。

 いかに外道とて、不退転の覚悟ぐらいは決めているという事か。ラプスはほんの少しだけ目の前の男を見直し、ヒュンヒュンと槍を振るってから構えた。

 

「中々気合い入ってんじゃねえか」

「当然ダ……来タレ、来タレぇ!」

 

 

 さらなる魔物を呼び寄せようとウォルナットはおぞましき呪文を唱える。

 それに応じるように空間がうねり、水面にごぼごぼと巨大な泡が生じ――その一瞬後、巨大な水しぶきとともに筒型の胴を持った巨大な水棲魔物――オーシャンイノベーターが姿を現した。

 

 

「うおあっ!?」

「こりゃまたドデカいのが出てきたな……!」

 

 

 魔物は巨体と同等の径を持つ口を広げて浅い水の中を暴れ泳ぐ。

 その猛威は凄まじく、無数のヒレが生み出す波に足元を掬われないようルーク達は一歩下がることを強要されてしまう。

 これでは近づいて攻撃することはおろか、高位魔法の発動も難しい。アルカナがスターを撃ってみたが、巨大な体と鱗の前に弾かれてしまう。

 

 

「ハハハ! ドウダ! コレならキサマらの攻撃も通ジマイ!!」

「……あ? 何言ってんだ?」

 

 勝ち誇るウォルナットをラプスは鼻で笑い、真っ向からオーシャンイノベーターへと突貫した。

 荒れ狂う波もなんのその。彼女の故郷を思えば、この程度の荒波など生ぬるい。

 

「この程度、ペコドロンのほうがよっぽど暴れん坊だ!」

 

 そうして巨大魔物へと肉薄したラプスは先の波に負けぬ水しぶきを上げるほど強く踏み込み、そして――

 

 

一・撃・必・殺 !

 

 

猛 龍 硬 爬 海

 

 

 それは冥界の闘技場でも披露した、この場に満ちる水から踏みしめた足を通じてマナを吸収し、水龍気と変換して自らの掌に集約させ全力で放つ絶技。数多の冒険、幾度の強敵との戦いを通じて編み出された彼女だけの奥義。

 元より彼女が身につけし拳法は、自分たちよりも大きな体躯を誇る竜人たちと渡り合うために千年もの間連綿と受け継がれてきたもの。であればこの程度の巨大魔物など片腹痛し!

 

 バオン! バオン! バオン!

 

 鱗を貫通し体内に浸透したエネルギーが爆発し、その巨体を三度揺らした。

 オーシャンイノベーターはその口、鰓、肛門など体中の孔という孔から赤黒い血や液状化した内臓などを吐き出し、ズシンとその身を水中に横たえた。

 

 

「……っ痛ぇー……流石にここまででけぇのは結構無茶だったな」

 

 まさかの瞬殺。唖然とするウォルナットには目もくれることなく、ラプスはブラブラと両手を揺らして調子を確かめていた。

 

「っしゃぁ! 決まったぜラプスの十八番!」

「ヒューッ、今のすっげぇビリビリ来たぜ。やるじゃねえかラプス!」

「あんな巨大魔物を一撃で……」

「お見事ちゃんだねぇ。――さて、これで勝負あったかな? ハグルマ某」

 

 魔人だと息巻いた男はハグレ王国によって完全に包囲され、アルカナは杖を挑戦的に突きつけて勝利を宣告する。

 ウォルナットはそれでハッと現状を認識し……そして堰を切ったように笑い出した。

 

 

「――クク、フハハハハハハ!! 勝負アッタ? 確カにソウだろうナ! ただしソレは、我々の勝ちだがな!!」

 

 

 客観的に見当違いなことを言いだした男に、とうとう錯乱し始めたかと訝しむ一行。

 

 

「……おいおい、流石にお主もこの状況が分かっておらんわけじゃ」

「サア、仕上げを頼ムゾ、ジェスター!」

「――言われずとも」

 

 そして、戦いを眺めていたジェスターが口を開いた。

 

「ジェスターッ! させるか――」

 

 ジェスターの動きに備えていたアルカナが瞬時に杖の向きを変え、流星が黒衣を穿った。

 しかし自らの身体に穴を開けるそれを意に介することなくジェスターは両手を広げ、その足元から影が湧き溢れた。

 

 

「わわっ!?」

「なんだこりゃ!?」

「――ッ、《プリズムヴェール》!」

 

 デーリッチ達の下へ殺到する影。しかしシノブが咄嗟に展開した光のヴェールがそれを阻んだ。

 

「うわちょ、なにこれめっちゃ綺麗じゃん!?」

「一番最初の感想がそれですか!? しかしシノブさん、この魔法は……?」

「先生に教わったのよ。ジェスターの影には以前痛い目を見たから……その代わり、私は一歩も動けないけど」

「安心してる場合でもないわよ。あれを見なさい」

 

 そう言ってミアが指し示したのは、倒れ伏した深人やオーシャンイノベーターの死体が影の中に沈み込んでいく有様。それは先の帝都にてルーク達が死闘を繰り広げた死霊術師が行使した忌まわしき術と同じ光景だった。

 

「死者からの魔力吸収……私たちに雑魚を狩らせて自分はそれを糧にする。最初からこっちが本命だったわけね」

「さあ死を喰らえ我が影よ! そしてその命を以って開きたまえ、彼方の深き神の門よ!」

 

 ジェスターは死体から集めた怨念を変換した膨大なマナを召喚ゲートを成立させる魔法陣に注ぎ込んでいく。

 バキバキと軋みを上げながら空間の孔が徐々に広がっていく。

 夥しいマナを含んだ風が孔の中から吹き荒れ、その轟音に紛れて地鳴りのようなうめき声が微かに聞こえた。

 

「……ッ! こりゃいかん。福の神よ!」

「ええ! 皆さん、急いでこっちへ!!」

 

 かつてない焦燥感でティーティー様と福ちゃんが仲間たちに呼びかける。ひとつに固まったデーリッチ達の前に二柱が出て、神としての力を全力で解放する。

 

 その間にも孔は広がり、さらにその速度を越えて空間に亀裂が走り、そして。

 

 

「――――あ」

 

 

 ――――■■■■■■■■■■

 

 

 

 名状しがたき異形の神が、この世界に姿を顕した。

 

 それは巨大だった。一本一本が大樹の幹ほどもある触手が密集しており、冒涜的な樹海の奥からは幾つもの眼が覗く。ごおんごおんと鳴り響く音はいびきらしく、どうやらこの存在は今もまだ眠っているらしい。

 知能はあるのだろうか。知恵は必要だろうか。こんな明々白々なる強大な存在に、そんなものがあったとして何を思うのだろうか。あるいは今も、彼は微睡みの中で何かの夢を見ているのだろうか。なるほど、深人たちの神というだけはある。一目で畏れられ、忌み嫌われ、崇められてきただろう。そしてそれらを何の顧みもなく蹂躙してきたのだろう。それこそ、いびきや寝返り程度の動きで生み出される破壊によって。

 

「あ、ぁ……」

 

 ルークは戦慄した。

 彼はそれなりに世界の広さを知っているつもりだった。

 巨大な魔物だって何度も戦った。悪魔さえも倒したことがある。

 だからこそ、目の前の存在がどれだけのものかもある程度理解できる。できてしまった。

 

 ――勝てない。

 太刀打ちできるのか、なんて考えすら浮かばない。

 これだけの怪物を前にすれば、自分たちの抵抗など蟻が人の身体によじ登るがごとき無意味だ。

 

「ハ、ハハハハハ! 顕レタ、顕レタ!! 大いなる神、微睡みの豪魔、スレイマンが遺した72の契約深人がひとつ、いにしえのアモン!」

 

 天上を突き破らんとする威容を見上げ、狂った喜びにウォルナットが笑う。

 圧倒されていた者たちは、その狂笑によって我に返った。

 

「どうだアルカナ。これが我らが求める新たなる秩序。古き異界の神の力で、我らはこの世界の過ちを破壊せしめようではないか」

「オイオイ……そりゃ本末転倒だろ。このままこいつが完全に出てくればお前たちが支配する世界そのものまでぶっ壊れるぞ。死に過ぎて白翼としての使命すら見失ったか?」

「なんとでも言うが良い。人の力、ハグレの力。どちらも通じぬというのなら、さらなる上位の力を以って世界を正すまで!」

 

 その呻き、身じろぎ一つが脆弱な人間もハグレも問わず精神を蝕む呪波となって降り注いでおり。それを二柱の神が壁となって必死に押し返している。そうしなければ、瞬く間に何人かは気絶なり発狂なりしていただろう。

 例えばそう、彼女のように。

 

 

「あ、いや、あ、あああああああ!!」

「シオーネさん!?」

「やっば。私たちはともかく、この子にはちょっとクリティカルすぎたな」

 

 

 ルーク達の後方から響いた声に振り向く。ウズシオーネは目を見開き涙を流し、甲高い悲鳴を上げて喉を掻きむしりだす。それまでのおっとりとした、悪くいえばマイペースだったはずの彼女からは想像できないほどの取り乱しようだ。

 だが無理もないことだ。陸に暮らす人間のルーク達ですら正気を保つのがやっとの神性存在を前にして、元々が海中で暮らす種であるスキュラである彼女ではその怪物に対する感応性には大きな差がある。

 かつてサハギン達が脳漿喰らいにひれ伏したように、自分たちの中に流れる遺伝子に宿る母にして深淵たる海の底に対する恐れは世界の垣根を越え、スキュラの少女の精神を蝕み狂気に陥らせんとする。

 

 

「――あ」

 

 

 がくん、とまるでぜんまいの切れた絡繰り仕掛けのようにシオーネの首が大きく項垂れる。

 狂気を前にして先に意識が閉じたのか……そう思われた数秒後、彼女は頭を押さえながらゆっくりと顔を上げた。

 

 

「……ごめんシオーネ。ちょっと寝てて」

「ウズシオーネさん?」

「おや珍しい。君が強引に出てくるとは」

「ちょっと無理やり代わったわ。いくらシオーネだからって流石にこれ相手は無茶よ」

「そうは言うけど、君もあんまり変わんなくない?」

「そりゃそうだけど、まあ毒の矢で射られた時に比べたらまだマシね」

「ごめんそれちょっと笑えないわ」

「えーっと、ウズシオーネさんどうしたの? なんかキャラ変わってない?」

 

 さっきまでとはまるっきり正反対の冷静な口調に変わったウズシオーネにエステルが首を傾げる。

 

「キャラっていうか実際人格を代えたんだけど……んー、どうやって説明したものかな」

「まあそんなことは後で説明できる。それよりもだ、寝起きで悪いんだけどちょっと壁足してくれない? いかんせんヤツの波で転ばされないように踏ん張るのが結構きつくって」

「分かってるわよ、《インビンシブル》!」

 

 アルカナの要請にウズはスキュラ族に伝わる奥義を発動した。

 サンゴが地面から出現し、それは既に渡辺が展開していたアースウォールと合体。即席の防波堤となってデーリッチ達を邪神が生む荒波から守った。

 光の障壁。神々の護り。強固な防御力を誇る二つの物理的な壁。見事なまでに重ねられた防御も、しかし目の前の邪神を前にしてはこうして凌ぐのが精いっぱい。

 

 

「ティーティー様!」

「くぅ……! やはり保たんか……」

「なんという力でしょう。しかもこの神、これでまだ全身じゃない。あまりに強すぎてまだ頭の半分ぐらいしか出てきてないけど、段々次元をこじ開けてきている……」

 

 恐ろしいことに、この邪神は精々が首を少し出した程度だ。かつてイリスがこの世界に入り込めず次元の狭間に閉じ込められたように、強大過ぎる力を持つ存在は世界そのものの抵抗力とでもよぶべき力によって侵入を阻まれる。

 とはいえ、たかが頭一つ覗かせただけでもこの惨状。仮にこのままの状態が保たれたとしても邪神の眷属たちが溢れかえり、地上に侵攻を始める。それだけならまだしも空間の亀裂は今も広がり続けており、邪神は無理やりにでもこの世界に顕れようとしている。

 

「こうなったらお主らだけでも逃げい。ゲートを開くまでの間ぐらいなら持ちこたえてみせよう」

 

 打開策はたったひとつ。

 二柱を犠牲とする一時撤退を却下したのは、他ならぬアルカナだった。

 

「うーん、無理だな。今ゲートを開こうにも向こうの圧力が強すぎて干渉できん、よしんば開けたとしても逃げた先にこいつが産地直送。私たちはみんなまとめてSAN値直葬。オゥマイガーって感じ」

「唐突にラップ挟んでも全くうまくないからな!」

「じゃあ閉じるのはどうでちか!?」

 

 いくら邪神を召喚しているとはいえ、キーオブパンドラの封印の力ならば対抗できるだろう。実際、ハグレ王国は幾度となく強力な魔物を召喚するゲートを閉じてきた実績がある。うまいこと邪神をゲートの向こうまで押しやるか、閉じる力に任せて放逐できれば万事解決だ。

 

「う~ん……私たちが全力で攻撃すれば追い返せるかもしれないけど。あいつら(ジェスター達)がそれを許してくれんだろう」

 

 そうしてアルカナは視線を移し、こちらをニヤニヤと嘲笑うジェスターを睨みつけた。

 このままでは完全な破滅が待っている。だがハグレ王国が死力を尽くしたとしてもこの邪神を追い返すには到底足りない。これほどの神に対抗するには、それこそ星を裂く一撃でもなければ――。

 

「クク。アルカナよ、今ならまだ間に合うぞ? 貴様の全力を賭し、見事この神を追い返してみせるがいい」

 

 その言葉が誘いであることは明白だった。

 確かにアルカナの有する奥義、万の軍勢をも蹂躙する大魔術ならばこの邪神にも通じる一手を与えられるだろう。ただし仕留め損なえばあの邪神の意識は完全にこちらに向いてしまう。そうなれば一巻の終わり。

 そして仮に撃退できたとしても、大魔術の使用による僅かな硬直が存在する。その隙を狙ってジェスターが攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。いや、あるいは奴はそれすらも狙って……?

 

 アルカナは幾つか考えを巡らせ、そして覚悟を決めた。

 

 

「……背に腹は代えられないか。渡辺、アイツが動いたらシノブのカバーよろしく」

「え、アルカナちゃんまさか」

「――"では、物語を語ろうか"」

 

 

 渡辺の返事を待たず、アルカナは前に進み出て杖を掲げ詠唱を始めた。

 天球儀が回転を始め、その頭上には星座版を想起させる巨大な魔法陣が展開される。

 

 

「"始まりの神話。始祖の旅路。いつかの栄光を我らは知っている。誕生を、冒険を、栄光を、殺戮を、滅亡を。神は絶え、人は増え、星は潰え、子供たちは彼方の旅路へと赴いた"」

 

 アルカナは体内にて魔力を循環させ、無尽のマナを練り上げる。

 肉体にかかる負荷に顔が歪み、その額に脂汗が浮かびあがる。

 

「"彼方の賢者は只一人(only)果ての大地にて(lonely)栄光を寿ぎ続ける(glory)。そして子らは三度、永劫の夢を追い求める。――そう、我らはソラを往く渡り鳥(アルバトロス)。大いなるガルタナの偉業を語り継ぐもの也"」

 

 魔法陣に刻まれた星が光り輝く。星々は浮かび上がり、この空間の天井に満天の星空を形成する。

 これこそはアルカナが誇りし奥義が一つ。無数の光弾にて敵陣を蹂躙し、諸共に更地へと変える広範囲殲滅魔法。かつてハグレ戦争にてハグレ達を文字通り半殺しにせしめた偉業を、彼女の魔力限界を超えた臨界出力で放てば、それこそあらゆる敵を滅ぼす黄昏を実現するだろう。

 

 既に発動準備は整った。後はここに臨界まで魔力を注ぐのみ――。

 

 

「"ならばここに、我らが始祖の威光を示そう。黄昏の空より来たれ、星々よ――」

『――おいおい、それは少し早いんじゃないかな。スターゲイザー?』

 

 

 待ったの声にアルカナは魔術の発動をキャンセルした。

 収束していた魔力が減退し、しかし星々は滞空させたまま。

 突然の割り込みに全員が辺りを見回し――そしてアルカナの側にあるものを見つけた。

 

『君が備えておいた布石ならまだあるだろう? あらゆる災厄を打ち砕くための、最強の武器がね』

 

 

 プルプルとプロペラ音を鳴らしながら浮遊する小さな箱から、その声は聞こえていた。




○猛龍硬爬海
 リューグー震蹴拳裏奥義。ラプスが旅の中で編み出した我流技。荒れ狂うエネルギーを右手に集め、震脚と同時に相手の身体に余すことなく叩き込む破壊の絶技。
 もちろん元ネタは猛虎硬爬山。敵単体に防御無視の巨大特攻超ダメージを叩き込み、ついでにスタンも与える。ただし自分も1ターンスタンする。水系フィールドであればさらに威力がドン。
 自分の師であり怨敵のアリウープを倒すための技は別にあるが、奇しくも対竜奥義としてはこちらの方がより最適化されている。

○アモン
 ちゃんとまよキンにいるんだな。
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