何度目かのハイライトです。
『星を裂くヒカリ』
「……博士!」
『やあ、困っているようだねマイフレンド。僕が送ったツールは役に立ったかな?』
「そりゃもうばっちり。おかげで友の物件を無駄に壊さずに済んだ……とはいえ、結局無意味になっちゃったけど。博士はどうやってここに?」
『この辺りは僕の監視網の範囲内だ、ドローンを飛ばすぐらいは朝飯前だよ。さて、そちらの君たちがハグレ王国だね? 僕は……しがない魔法使いとでも名乗っておこうか』
プロペラ付きのドローンに備えられたスピーカーからは無機質だがどこかユーモアに満ちた合成音声が響き、簡素なカメラアイがきょろきょろとデーリッチ達を興味深そうに観察する。
「博士って……つまり先生が前に言ってた?」
「ん、まあね。本人は隠居しきったジジイだけど」
『失礼だね。僕の脳みそはいつまでも若々しくアイデアが湧き出ているけれど』
「私が行くまで半分ボケてた奴が何を言ってんだか」
『おっとそれを言うのは無しだよ』
小気味よいジョークの応酬を交わす一人と一機。
どうやらこれがアルカナに古代遺跡関連の知識を与えた張本人である"博士"であることは間違いないらしい。
『しかし中々個性的な面構えだね。僕がいない間に地上は随分面白いことになっているみたいだ。それに……ふむ』
「あ、なんだ? あたしをジロジロ見やがって」
注視されていることに気が付いたラプスが訝し気に睨み返す。
表情の欠片もない機械であるはずだが、向こうにいる何者かが含み笑いを浮かべたような気がした。
『大したことじゃないよ。実に
「ケッ……単なるスケベジジイかよ」
「なるほど……確かに先生と仲良しなだけはあるわね」
「抜け目ないセクハラは確かに先生にも勝りますね」
「え、気が合うところってそこなんですの? もっとこう、知識とかそういうのじゃなくって?」
エステルが納得げに頷き、メニャーニャが同意する。
あっさりと受け入れた二人の様子に、まだ純粋に知恵者への尊敬を抱いてるヴォルケッタは完全に困惑している。ダメなところで意気投合するのが、人間臭いといえるのだろうが。
一方、この奇妙な闖入者についてハグルマ側も怪訝な視線を向けており、ジェスターがそこで思い当たる節があったように肩を竦めた。
「……フン。何者かと思えば愚かな遺物どもの生き残りか。所詮はこの世界に適合できなかった者が、今更何ができると?」
『はは。確かに僕程度じゃあこの怪物は倒せないだろう。でもまあ、ちょうど彼女が面白いものを持ってきたからね。いや中々にやりがいのある仕事だった』
満足そうな言葉にアルカナは目の色を変えた。
「お、ということはつまり……」
『ああ、例の物の修復が完了した。たった今運送用DAN-GANを飛ばしたから受け取ってくれたまえ』
「ダンガン? 一体何を……まさか!?」
訝しんだウォルナットが何かに気が付くと同時、
CRAAAAAAAAASH!!!
凄まじい衝突音と共に、天井近くの壁が大きく砕け散った。
「な、なんだぁ!?」
「ほ、砲撃ぃ!?」
ドナウブルーの壁に巨大な風穴を開け、瓦礫と共にアルカナ達の前へと突き刺さるように落下したそれは、円錐形の頭部と円柱の胴体を持った巨大な砲弾であった。
「不発弾……否、移送コンテナか!」
バシュゥと圧縮空気を吐き出しながら胴体部分が開き、中に納められていた箱をアルカナは掴み取る。
厳重にパッキングされていた箱を開封し、梱包材を剥がす。そうして露わとなったのは武骨なアタッチメントが取り付けられた金属の筒であった。
「……え、なにそれ?」
「ふっふーん、思いがけない秘密兵器だよエステル」
「魔法兵器の類ですね? それも、かなり古代の」
「お、鋭いねメニャーニャ。実際かなりの年代物を復活させたやつなんだコレ。それにしてもなんかゴツくない? 構造はスリムに、性能はスマート。そしてラヴを込めた設計が君のポリシーでしょ?」
『仕方ないだろう。あの
「カロナダイム……?」
はてどこかで聞いた名前だったなとデーリッチ達が首を傾げる。
ルークがそういえばと心当たりのある人物を見る。
そして視線を向けられたドリントルは、いきなりな単語に目を丸くしてアルカナを見た。
「――馬鹿な。それは、まさか」
思わず言葉を零したジェスターの顔には、先ほどまでの余裕が消えていた。
その兵器の名に思い至ったがために。それがとうの昔に失われたものであると知っているが故に。
それだけはあり得ないという眼差しを、アルカナは無慈悲に首肯した。
「お前の想像通りだよジェスター。
此れはかつて失われし我らが祖の遺産。偉大なる文明が造り上げし終末兵装。滅びを滅ぼすための兵器にして、斬撃の頂点に立つ最強の一振り。
――その名を
◇
「星を裂く剣……ってもしかして」
「そうそう。ルーク君がこの前持ってきてくれた鉄の遺骸だよ」
「え、あれ
それは次元の塔5層。宇宙都市にて手に入れたオーパーツ。
『星を裂く剣』なのだと宇宙海賊は言っていたが、何処からどう見ても錆びて壊れた金属筒でしかない。しかし戦利品のお宝として何となく光るものがあると思っていたルークは、帝都での一件に前後してこのガラクタについての解析をアルカナに依頼したのだ。
並々ならぬ知識を持つ彼女であればまあ何かしらはわかるんじゃないかと、駄目元の依頼ではあったのだが、なんとアルカナは訝しむどころかむしろ目を丸くし、どこでこれを手に入れたと訊ねてきた。ルークが素直に宇宙都市と答えると、彼女はそれで腑に落ちたようにして解析依頼を引き受けた。その様子が妙に記憶に残っていたのだが…どうやら、あの話は眉唾では無かったようだ。
「こいつが一目であの黎明剣であることは分かったんだが、かなり劣化が進んでいて私の持つ設備じゃちょっとお手上げだった。だからより整った環境を持った知り合い――『博士』に頼んでいたのさ」
「どういうことだ、星間文明の崩壊と共に宙の彼方に消えたと伝えられているソレが何故、この世界に存在する!」
「そうだね。確かにこの遺産がこの星に流れ着いた記憶はないし、
召喚術は多くの恩恵を呼び、多くの問題を生んだ。
罪があれば功もある。それはこのように、世界を滅ぼしうる存在を呼び寄せ、そして滅びに抗うための武器を手繰り寄せた。
であれば、これも一つの因果。
かつて魔王を屠り、邪神を斬り、三界に覇を唱えし勇者の剣。友の武器を模して造られたその兵器は、今再び白翼の子の手に握られた。
「……ハッタリだっ! そのような玩具風情で我らの神を倒せるなど思い上がりもいい加減に――」
「じゃあ試してみようか。おあつらえ向きのデカい的だ、星すら切り裂く伝説が如何ほどのものか、しっかりその眼に焼き付けるといい」
ジェスターの様子から状況をひっくり返されかけていることを薄々感じ取ったウォルナットが、不安を払いのけるように威勢を張るも、今度はアルカナは笑う番であった。
「させるか、影よ――」
「さあ、久遠の眠りから目覚める時だ。『星裂く者』よ!」
アルカナの言葉に従い、いにしえからの破壊兵器が産声を上げる。
莫大な魔力がその場に吹き荒れ、襲い掛かろうとしたジェスターの影腕がまとめて吹き飛ばされる。
「うおっ、またすげぇ力が」
「でもさっきまでの恐ろしい感じとは全然違うわ。なんだか暖かくて、綺麗で、勇気づけられるような……」
邪神召喚のため、ゲートから吹き荒れていたマナ風が今度は装置目掛けて吸い込まれていく。先ほどまで降り注いでいた邪神の圧力すら単独で跳ね除けるほどの力がそこから発せられていた。
「凄まじい量のマナが収束されていきます……こんな兵器が存在するなんて……!」
メニャーニャは懐から携帯型マナ計測機を取り出し、目まぐるしい速度で空間中のマナ濃度を上昇させていく様子に目を剥いた。
「対象:2等級神性存在に設定。射程捕捉10kmまで確定。マナ最大確保、霊子演算にて刀身形成――完了!」
アルカナが滞空させていた星型弾も還元されて吸い込まれていく。
そしてため込んだマナが満タンとなってピピピーッと機械音が鳴った瞬間。
――光が、天を衝いた。
かすかに聞こえた邪神の声に怯えて海の家に閉じこもっていたスパイクは、その恐れが何か強い力で吹き飛ばされたことを感じ取って恐る恐る表に出て、そして仰天した。
あるいは先ほどから尋常じゃない空模様の変化になんだなんだと出てきたザンブラコの住人は、やがて港へと集まって海原の向こうを指さした。
彼らがその目に焼き付けた光景。それは海から暗雲を切り裂くように立ち昇る巨大な光の柱。
それが一つの兵器にが形成する巨大な光の刀身であるという真実は、至近距離で目撃したハグレ王国のみが知っている。
ホテルの天井をぶち抜き、その先端が見えないほどに伸びきった光の刃。巨大なのは長さだけではない。その刀幅もまたこの広大な石室の半分を埋め尽くすほどの巨大さでデーリッチ達の頭上を覆いつくしていた。
「おいおいおいおいおい! こりゃヤベえとかそういうレベルじゃねえ! 完全に世界観ぶっ壊してんじゃねえか!」
「これがかの勇者が振るいし魔剣の姿……まさか宇宙の伝説を目にできるとは、かんらかんら!」
これを持ち込んだ男はその非現実的な
異星の姫は、寝物語に聞いた伝説が目の前で再現されることに興奮を隠せず。
この場にいるすべての者が、そのブッ飛んだ存在に度肝を抜かしている。
「あ、嗚呼……これは、紛れもなく始祖の御業、大いなる災厄を祓う黎明の剣、か」
『これは凄まじいな。さて、名残惜しいけど私は役目も終えたことだしここで退散させてもらうとしよう。それとラプス君、たまには里帰りぐらいしたらどうだい? 流石に5年も音沙汰なしとは、彼女も心配してる頃だろう』
「は? てめえなんであたしの故郷のこと知って――」
『それでは諸君、縁があれば会おうじゃないか!』
「あ、逃げんな!」
ラプスの怒号も虚しく、博士は巧みなプロペラさばきで先ほど壁に空いた大穴へと消えていった。
「馬鹿な、馬鹿な……! こんなことがあるわけが……」
「さあて。それじゃいっちょ神殺しと参ろうか。天を衝く剣で、海の底の邪神を斬る。実にロックな話じゃないか」
星詠みの賢者は楽しそうな笑みを浮かべ、星裂きの魔剣を邪神目掛けて振りかぶる。
■■■■■■■■■■!!
暗黒を滅する光を前に、微睡みに沈んでいた邪神が反射的に敵意を向ける。
地を揺るがし、海を割る咆哮。
ハグレ王国を護った防御を砕くであろうそれを、勇者の剣は真っ向から断ち切った。
「さあ、暗雲を掃い、黄昏を越えろ!」
――
◇
「あ、あぁ……そんな、我らが、神が」
光が収まると、先ほどまでの広がった石室は見る影もない。
光の剣は壁も天井も吹き飛ばしてしまい、満天の夜空と大海がどこまでも広がる絶景を一望できるオーシャンビュー。廊下の他にもう一つ、部屋一面で眺められるスポットが増えたことになる。
だがそんな圧巻の風景に目もくれる暇はない。先ほどまでおぞましき威圧感を放っていた巨大な邪神の姿はどこにも見えない。あれだけ大きく広がっていたゲートも、今は普通よりも気持ち小さいレベルにまで縮小していた。
「すっげぇ……あのヤバい奴を消し飛ばしちまったぜ」
「流石はカロナダイムの終末兵装。その伝説に偽りなしじゃのう」
あの邪神は倒された。星裂きの剣は地上を脅かす神をも両断することを実現した。
それは目の前で唖然とするウォルナットが加護を失い、魔人から元の人間の姿に戻っていったことが証明している。
「邪神両断。ここに為しえりってね。……と、ありゃりゃ」
役目を終えた《星裂く者》は反動に耐えきれずあちこちの部品を脱落させ、ついにはバラバラになって床に散乱した。
アルカナは名残惜しそうにそれを見届けるも、しかし悠久の時を越えて自分たちを救った祖星の遺産に心の中で感謝を述べた。
「――さーて、これで正真正銘のおしまいだ。覚悟はできてるか?」
「嘘だ、こんなことが……こんなことがあっていい筈が!」
最早破れかぶれとなったウォルナットが踵を返して一心不乱に逃げ出そうとした、その時。
「……え?」
ぱあん。と乾いた音が一発。
ウォルナットは自分でも理解せぬままに傾き、ばしゃりと水面に倒れ落ちた。
その左足から流れ出る血が、水を赤色に塗り広げていく。
じんじんと訴えてくる熱や痛みに何が起こったのかと混乱する彼の耳に、これまた知らぬ声が飛び込んできた。
「――ふむ。謎の召喚術式が働いているという報告を受けてきてみれば、まさかこんな世界が広がっているとは。これには驚きを隠せませんね」
ゲートが静かに唸り、そこから確かめるようにゆっくりと一人の人間が歩み出る。
黒のスーツを着こみ、歯車型の襟章だけが特徴的なビジネスウーマン。ウォルナットと雰囲気の似た女性が手に持つ拳銃からは硝煙を立ちのぼらせており、この人物が狙撃を行ったことは明白だ。
「あ、あなた、は、まさか」
「
役職名としか思えない名前を聞き、顔面蒼白となって震え出すウォルナット。
ハグルマ……つまり彼が元いた世界における国の方なのだろう。ゲートの接続によって、向こう側の人間が接触にきたといったところか。
「えーと、君はそこのハグルマ野郎の仲間……かね?」
「所属だけを言うならばそういうことになるのでしょう。あなた方はこの世界の
アルカナの言葉を聞いてD7席は困ったように頭を押さえる仕草を取り、そしてウォルナットの背中を踏みつけた。
「私は深人のコミュニティでハグルマ主導の侵略計画が立ち上がっているという話の調査に訪れたのですが、まさか実態は平民の分際でハグルマを名乗っていた愚か者が勝手に我々の取引相手である深人を誘致した挙句、ここまでの損害を出してしまっていたとは。実に嘆かわしいことです」
「――わ、私は始祖ハグルマに財を捧げるためこの世界で心血を注いできた! 例え遠い世界であろうと、私の信仰に翳りはない! この地にてハグルマの版図を広げてきたのがその証拠だ!!」
「ええ。勤勉であることは素晴らしい。ですが、それとこれとは話が別でして」
D7席は徐に懐から紙の束を取り出し、淡々とそれをめくり始める。
「実は私、いくつかの諜報業務も担当しておりまして。確か数年前に、アズマ資本卿の支社で事業に失敗し450MGもの損失を埋め合わせることなく逃亡した者の記録が残っています。平民でありながら債権回収班の手から逃れて消息を絶ったことで迷宮変動に巻き込まれたと見なされ、要捜索リストに載るだけ載っていたはずですが……あぁ、ありました。この顔写真、よく見覚えがありますね?」
「――ぁ」
ちぎり取られ、投げ捨てるようにウォルナットの眼前に出された紙面を見て、彼の口からは乾ききった声のみが出た。
僅かに若いその顔は、紛れもなくウォルナット本人のもの。何よりも恐れていた事態が、逃れられたはずの過去がたった今、彼の人生を回収に来たのだ。
「"金は命より重い"。あなたが出した損害は偉大なるハグルマそのものへの損害に等しい。あなたはその代償を身を以って精算なされるといい。ちょうど今は鮫人が繁殖期で獲物に飢えている時期です」
這いずって逃げようとしたウォルナットだが、D7席がどこからともなく取り出した鎖によって瞬く間にがんじがらめにされる。
「――ジェスター殿! 同志! 我が素晴らしきお客様! 今こそ御社の力を! この者に私の行ってきた価値を分からせていただきたい!」
最後の希望に縋ってウォルナットは叫ぶ。静かに影を沸き立たせ、虚空を見つめていたジェスターは煩わし気に振り返った。
「……ン? ああ、すまないな。少し手こずっていてな。もうしばらく同郷と昔話に興じているといい」
「――は? 何を言って、私がどれだけ貴方に貢献したと思って」
「そうだな。そちらから受け取った恩恵は計り知れん。多少の想定外はあったが結果としてはまずまず。《今もこうして望み通りのものが手に入った》》。我々はつくづく良いビジネスを交わせたと思っているよ。
――だから、これは心ばかりの礼だ。君が元居た世界に帰してやろう。そちらでも達者でな」
「――――。」
一瞥すらせずに放たれたその言葉が絶縁の宣言であることは、誰の耳にも明確だった。
頼みの綱を失ったウォルナットは、縋るようにアルカナのほうへと目を向ける。
「あー。今のところ我々は君たちの世界と事を構えるつもりは無い。勿論、そちらが侵略行動を継続するというのなら厳粛な対応をするが、今回はそいつの身柄でお引き取り願いたいところだね」
「私は営業部門ではないのでそのような権限はありませんよ。それにこれ以上我が国への心証を悪くされるのはこちらとしても望みません。まあ、ここはお互い荒波を立てず穏便に済ませましょう。それでは、行きますよ」
ウォルナットを引きずり、D7席はゲートの前でデーリッチ達に振り向いて慇懃なお辞儀をした。
「では皆さま、私はこれにて失礼させていただきます。どうかご縁があれば、我らハグルマの製品をどうかごひいきになさいませ」
D7席が深い闇へと足を踏み入れ、鎖に繋がれたウォルナットもその後を追う。
「何故だ! 私は、この地で成功して、資本卿に。損害など比にもならない成功が、栄華がそこに。嫌だ、いやだ。やめてくれぇぇぇ………」
抵抗の声は虚しく、次元の孔に吸い込まれていく。
がりがりと床にしがみつこうとする爪の先までが完全に呑みこまれて、ゲートは完全に閉じて跡形もなく消滅した。
罅割れて転がる眼鏡だけが、彼がこの世界にいたこと示す痕跡であった。
◇
「いやあ、私が言うのも何だと思うけどその対応はちょっとひどくない?」
「とっくの前に破滅していることに気が付かん輩に、最後の機会をくれてやったまでよ。そこから先については奴の自己責任。我らの関与することではない」
要するに体のいい厄介払いである。
ハグルマが抱える設備は既に掌握済み。勢力として壊滅状態にあった深人を、ジェスターは切り捨てていた。今回の計画においてウォルナットの結末はどうでもよく、むしろこれからを考えればここで次元の向こうに消えたのは手間が省けたと言えるだろう。
「自分の企みが潰えたのに随分と余裕だな?」
「貴様が余力を残していることは想定外だったが……構うまい。目当ての物は既に我が手にありよ」
そう言ってジェスターは虚を掴むような形で右手を持ち上げる。
「何だ、あいつは何を持っているんだ?」
「俺たちには何にも見えねえな」
ルークとマッスルが首を傾げる。通常の感覚では彼の手に握られているものが認識できないのだ。
そしてそれを理解できる者のうち、福の神が血相を変えて叫ぶ。
「……まさか! あなたは何をしようとしているのかわかっているのですか!?」
「無論! 深き海に微睡む邪神、その大いなる魂、我が混沌の秘奥にて食らうことこそ本懐よ!」
ジェスターは影に覆われて真っ黒になった身体でごくり、と呑み込んだ。
ドクン。と鼓動のような音が空間全体に響き渡り、影の輪郭がぐるりと歪む。
だがそれも一瞬の事。すぐに影は収まり中からジェスターが元の姿を見せた。
「ン、ンン。実に、いい気分だ。まるで下着から上着まで新品の一張羅で固めた時のような清々しい気分だとも」
ゴキリ、ゴキリと肩を鳴らして体の調子を確かめるジェスター。
彼の身体に目に見えた変化はない。しかし彼女たちはその肉体が一回り大きくなったような錯覚を覚えた。
それほどまでに威圧感が増したのだ。いくら人智を越えた魔術を身に着け、何度も蘇る不死身であってもほんの数秒前までは自分たちと同じ人間だった。
だが今はどうか? 細く長い肉体に納められているのが可笑しな程の圧倒的存在感! まるでイリスが一度だけ見せた本気の時のような、圧倒的に次元の異なる強さが彼の身体から感じられる。
「――なんて、真似を」
世界のバランスをも恐れぬ所業に福の神が絶句する。
神を超えるのでも殺すのでもなく、喰らう。
その言葉通り、あの邪神の力をジェスターは取り込んでみせたのだ。
彼は今、人と神の境目を揺るがす禁忌中の禁忌に手を染めたのだ。
「とはいえ、この神核は所詮分かたれた欠片のひとつ。やはり世界の垣根を越えて全てを抽出するには無理があった。だがこの身に漲る魔力、死の吸収に頼らずとも白翼の最高傑作たる貴様にすら並んでいる。どうだ? これでお互いに対等になったぞ」
「……呆れたな。ここまで大それた真似をしておいて、私と並ぶことが目的とは。随分みみっちい志じゃないか」
「いやいや。貴様は始祖の再現として生み出された存在。然らば我も始祖の道を歩み、同じ視座に立たねば勝負にならんとこれまでの敗北から学んだだけのことよ」
ジェスターは帝都での戦いの顛末を経て理解した。
このままの自分が復活を重ねて力を増したところで意味はない。怨念を吸収してのパワーアップにも限界がある以上、幾度アルカナに戦いを挑んだとしても、自分が積み重ねた死が上回るよりも先に彼女がジェスターを殺しきる手段を確立する。
ならばそれ以外の方法で強くなる。単純だが、アルカナという純粋な格上を前にしては最も困難な方法であった。ジェスターもまた魔導という点では秘奥に至っているからこそ最も大きな壁となって立ちはだかる課題を、彼はかつて始祖が行った外法を辿ることで乗り越えようとしていた。
「神喰らいによる魔王への到達……確かに存在の位を高めるには真っ当な手段だ。だがその結末がどうなるかなど、お前は当然知っている筈だ」
「然り。かつて魔王を屠り、荒ぶる神を葬った我らが始祖は叡智の高みに至るために叡智を司る
白翼の始祖ガルタナ・クラウンが行った蛮行とも呼べる偉業、魔神殺し。
それは魔導の誉れある到達点の一つであり、そして絶対の禁忌として魔導の世界においては語り継がれる神話。
「――だが、その代償に始祖ガルタナは己が心を乱し、二千年もの間に渡る狂気と共に世界の狭間へと姿を消した。始祖でさえ正気を失ったものを、貴様が無事でいられるわけもなし。まさか白翼の後継とあろうものが古き手段に縋って同じ轍を踏むとは……流石に笑えんぞ」
「旧き考えに凝り固まっているのは貴様のほうだ、アルカナ」
このままでは自滅するだろうと指摘するアルカナを、ジェスターは一笑に伏す。
「我が
……そう、一つだけではな」
ジェスターはそこで初めてアルカナから視線を外し、ハグレ王国に……二柱の神に目を向けた。
「人を脅かす暴威と人を律する神威。この双方の性質を合わせ持つことで人は真なる高みへと至る。海に眠る魔を手にした次は、天に座す神々を喰らうとしよう。
――つまり、貴公らの力をだ!!」
「――ッ、狙いは貴女だ!
本人が言及しないため知る者こそ少ないが、福の神の神格は神の中でも高位。邪神の力に対抗せしめたことからもその一端を測ることができ、ジェスターはそれを見抜いていた。
アルカナが振り向いて警告する。しかしジェスターの属性は影。質量が無いゆえに迅速を誇る。彼の影は瞬く間に福の神の下まで到達し、肉食獣の如き牙を生やした大口を開け、彼女を丸のみにしようとした。
「せえい!」
刹那、石壁が隆起して影の牙を阻む。
注意しろ、という言葉通りに備えていた渡辺によるフォローだ。
「いいぞ渡辺!」
「小癪な!」
ならばと壁ごと砕かんと鋭利な槍のように影を変形させる。
しかしその一瞬の猶予はハグレ王国の精鋭たちが行動に移るには十分だった。
「シャァ!」
「うらぁ!」
ラプスの槍とルークの短剣が影の刃に応戦し、その隙を縫ってマッスルとハオが神々を抱え上げ後方へと下がる。
押しも押されぬ剣戟が鳴り響き、二人の身体にいくつもの傷が刻まれていく。
「「《ファイア》!」」
「「《サンダー》!」」
その合間に二筋の炎と雷がジェスター目掛けて襲い掛かる。だがジェスターは影を壁のように沸き立たせてこれを飲み干す。そして反撃とばかりに黒い魔力弾を散弾のように発射してエステル達に傷を負わせて見せる。
「下らん。貴様ら程度の魔法など我が影の前には――」
「――《
星空から一瞬で振り落ちた光の矢がジェスターの右半身を消し飛ばした。
「
間髪入れず残った左側にも魔法を叩き込むアルカナ。だがジェスターの左目がぎょろりと動き、足元の影が茨のようにせり上がる。
影の茨は星を破壊しながらアルカナ目掛けて一直線に突き進み、彼女の顔を掠める。ジェスターはその結果に口元を歪ませながら影に沈みこんだ。
「チッ、仕留めきれんか」
『……流石に欲を張りすぎたか。だが良い。私もこちらの力を馴染ませる必要がある。ここは潔く引くといよう……』
くぐもった声が響き渡り、それを最後にジェスターの気配が消える。
どうやら本当に撤退したらしい。それを確かめてからアルカナはようやく肩の力を抜いた。
「やれやれ。ハグルマが片付いたと思えば今度は奴の神喰いとはな。ひとまず帰還して今後のことを……」
「先生、顔に傷が……!」
「え?」
アルカナはシノブにそう言われて頬に触れ、そして指に付着した血を見て息を呑んだ。
「……参ったな」
アルカナが一連の戦いの中で目立った傷を負ったことはない。後衛に徹すると言うのもあるが、それ以上に傷を負うほどの応酬を重ねる前にその圧倒的火力で勝負を決めるからだ。ジェスターとの戦いも都合二回、ほぼ一撃で決めてきたが、ことここに至ってそれが罠であると思い知った。
ジェスターは倒されても復活し、文字通り敗北を糧として成長する。水晶洞窟での初戦、帝都での遭遇戦、そして今回の攻城戦。都合三回の戦いの中で、彼は自分に降りかかる攻撃の一切を躱さずに受け入れてはその致命傷を混沌で埋め合わせてきた。
それは徐々に自分との差が縮まっていくことを意味しており、このままいけばいずれ追い付かれることは明白。勿論そうなる前にジェスターを殺しきれる算段だったのだが、今回のように上位存在を取り込むことで急激に縮めるという禁じ手に出られてしまえば話は別となる。
その分かりやすい結果がこれだ。たかが頬の浅い切り傷と軽視はできない。それは確実に、ジェスターの力がアルカナに届いているという証拠なのだから。
「……こりゃあ、覚悟を決めなきゃならんかもな」
皆がそれぞれ回復しながら帰還の準備を進める中、アルカナは誰にも聞こえないよう静かに呟いた。
〇《星裂く者》
魔剣・黎明とも。次元の塔5層で僅かに触れて、おたから図鑑で仄めかした伏線の回収。
カロナダイムの遺産。白翼の一族に伝えられる終末兵装の一つ。その正体は魔力を注いだ分だけ巨大化するビームサーベル。実際の威力はご覧の通り。
ズタボロになっていたのを無理やり修復したため一回こっきりで壊れたが、装備として出すなら青☆レア装備。多分オークションニュースで出る。
○偽・惑星斬
デイ・ブレイク。TP90・敵全体の星属性防御力無視ダメージ。
かつてガルタナと共に魔王討伐の旅に出た勇者グレットが編み出した究極斬撃奥義『惑星斬』の模倣。成層圏にまで届く光の刃であらゆる敵を両断する。
オリジナルの技については本人が「やっぱり星とかぶった斬ってみてぇよな!」という考えで編み出したらしく、実際に星を丸呑みにする銀河ドラゴンをこの技で三枚おろしにしたんだって。
○ジェスター
神喰いで存在のレベルアップを図っていた。
アルカナが自分の技で邪神を倒す→不意打ちを狙いつつ邪神ソウルGET。
邪神がそのまま顕現→邪魔な連中が倒れたのでゲートを無理やり閉じて強制的に魂GET。
そして本編→邪神ソウルGET。
彼からすればぶっちゃけどうなっても問題なかったらしい。成功するかどうかは別として。
○ウォルナット
退場。同時にまよキンの世界観も控えめになります。
ちなみにハグルマで出てきたあの役職名オンリーなのは設定準拠。あの国では資本卿以外自分の名前を持てないのである。
○ハカセ
まあ皆察してると思うけど水着イベントのあいつだよ。
ドナウブルー編はあと一話です。
後始末について語ろうとしたら文字数がかさばったので次に。