帝国が支配する大陸には、世界樹が三本存在している。
東、西、南。帝都から見てそれぞれの方角に聳え立つ世界樹は、そのいずれもが神話に語られる世界樹であると認められている。
というのも、それぞれの世界樹の管理人が『自分こそが本物の世界樹である』と主張しており、帝都からすればその全てにおいて観光資源が期待できるため自然観光局はすべての世界樹を本物と認定しているという、金こそが正義と言わんばかりの事情が蔓延っていた。
そんな大人の事情はさておき。現在東の世界樹では、召喚士協会による大規模な調査が行われていた。
ハグレ王国を散々苦しめた魔導型機動装甲具、通称魔導鎧の原型となった兵器がここに眠っている。召喚人解放戦線に加担していた元召喚士マクスウェルの証言からもたらされた情報により、調査チームが派遣されたのだ。
神官や巫女とは異なる法衣の集団が激しく出入りし、神聖さの欠片も無い無骨な計器や工具を片手に緑が生い茂る内部空間を駆けずり回っている。
調査を始めて約1週間。度々湧き出てくる魔物への対処もあってか難航しており、世界樹への調査許可を求めての申請手続きなども踏まえれば、既に一か月以上の時間が経過しようとしていた。
「班長!」
「おお、見つかったか?」
「ええ、こちらをご覧ください」
「……これは」
緊急の連絡を受けてきた班長に、一人の調査員が示したのは世界樹の壁の一角。
生い茂っていた蔦が焼き払われて露わになったのは巨大な樹木ではなく、石造りのタイル。
間違いなく人工のものであるそれに班長は息を呑んだ。資料としては知ってはいたが、まさか本当にこのようなものが世界樹にあるとは。
人一人が通れる程度に空いていた穴は、応急処置めいて岩が敷き詰められて埋め立てられていた。解放戦線によって隠蔽工作が成された後なのだろう。ハンマーを打ち付けてみたがびくともしせず、大掛かりな工事作業が必要になりそうであった。
「うーむ、これを壊さねばならんのか」
「それなら僕に任せたまえ」
「トルテさん」
ため息をつく班長の下にやってきたのは、ボサボサの茶髪と瓶底メガネをしたいかにもな風貌の青年だ。彼の名はザッハトルテ。機械工学の知識に優れた男で、アルカナの伝手によって帝都に招聘された魔導機械を専攻する技術者である。
「壁をぶっ壊すならこのドリモグラαの出番だとも!! 全く、みんな荷車代わりに色々積み込みやがって、ここでこいつの本当の役目がなんなのか思い出してもらおうじゃないか!!」
彼が搭乗しながら出てきたのは、いかついもぐ○んみたいな感じの四輪車であった。
魔力結晶を燃料にして動く掘削用マナ四輪。それが彼が帝都にて魔導鎧や古代兵器などのサンプルを参考に作り上げたオリジナルの試作品であった。
嘶きのようにエンジンを吹かせば、先端のドリルが呼応して高速で回転を始める。
「ハッハー! いい調子だ! それじゃレッツディギング!!」
「え、あの、そんな大きなドリルだと壁が大きく崩れる危険性が」
「キャオラァァァ!!」
「うわああああ!?」
と、そんな感じのトラブルがありながらも、地下遺跡への道は開かれた。
床や壁は所々苔むしてはいるものの、内部のビオトープは安定しており、浸水や崩落もほぼ無い。当時の機能が現役で稼働している様子にはアルカナも驚きを隠せなかった。
「まさかここまで綺麗に残った遺跡があったとは。東の世界樹が最大勢力として崇められた要因も、マナ循環機構が健在であったが故だったわけか。……さて、どうですかポッコ様? 見ての通りの光景ですが」
「ひょええ……まさか本当にうちの世界樹にこんなものが埋まっていたとは……いやいや! もちろん、神として把握していたとも! しかしこのサルバトール・ジャッコメディ・ポッコの目を盗んで根城にしていたとは、そのジェスターとかいう賊にはきつい天罰を下してやらねばな!」
背伸びをした子供のような物言いをするのは、実際子供な身の丈をした神様。茶色のツーサイドアップな幼女としか見えない彼女こそ、東の世界樹の管理者にして、芸術の神サルバトール・ジャッコメディ・ポッコである。長いので今後はポッコとのみ表記するのであしからず。
式典でのいざこざがあったばかりとはいえ、帝都が調査申請に渋々な反応を示していたポッコだったが、実際にこの眼で見れば信じざるを得ない。
ふんす、と尊大に胸を反らす様子は神としての威厳を保とうという心情からだろうが、傍から見れば単に微笑ましいだけ。アルカナはその頭を撫で繰り回したい欲求を抑えながら、調査班の報告に耳を傾けた。
「やはり兵器の類は残骸含めて見つかりません。それらしきものがあった痕跡はあるのですが……」
「やっぱりか」
アルカナの予想通り、目ぼしいものはすべて引き払われた後。
次に考えられるのはハグルマの拠点跡だろうか。それとも、召喚ポイントとなる次元孔が存在する場所を点在するように抑えて、ジェスターによる転移を主軸に活動している可能性のほうが高いか。
(……となると、奴の潜伏先は孔を開けやすい場所。つまりこの世界でもマナが薄い箇所になる。トゲチーク山の遺跡での事件に、南の世界樹での魔物の大量発生……ま、十中八九
そうしてアルカナが考えを巡らせていると、遺跡の入り口側から声が響いた。
「ポッコ様ー!」
慌てた様子で駆け込んできたのは、世界樹の巫女の中でもポッコの側仕えを務めているドーラである。
「どうしたのですかドーラ。まだおやつの時間には早いですよ。ところで今日は一体何ですか?」
「今日のおやつはカステラで……ってそうではなく! 実は先ほど天界からの使者を名乗る方が来まして……!」
「なにゅ?」
◇
「……で、天界は真っ二つに割れた結果、片方が次元の塔の新ダンジョンになったと」
「そういう事らしいです」
ところ変わってハグレ王国。
同じく天界の異変を知った彼女たちは、アルカナ達と共に緊急会議を開いていた。
天界――即ち神の世界。
この世界にも認知される天上の国に未曽有の災害が発生。大地を両断するほどの地鳴りが天界を襲い、その時に生じた次元の狭間が別たれた片方と融合。これによって次元の塔第8層。未だ解放されていなかった階域が天界と繋がったのであった。
「地底、宇宙、冥界、小人と来て最後は天界か……」
「来るところまで来ちゃったって感じよね……」
地上でちまちまと冒険者稼業をやっていた頃とは比べ物にならないほど壮大になった冒険の舞台に、秘密結社の二人は思いを馳せる。
思い返せば、自分たちがハグレ王国と出会ったのも次元の塔だった。あの時は南国の浜辺とそこに打ち捨てられた城が最新の階層で、そこの一角を自分たちの仮アジトにしていたところにデーリッチ達がやってきたのだ。
ある意味では自分たちの原点とも呼べる場所が、ついにはありとあらゆる場所を制覇してしまった。まるで我が事のように感慨深くなるルークとヘルであった。
「建物の被害は二、三割といったところじゃな。老朽化していて完璧に崩れたものもある」
「ですがそれ以上に地面が裂けたのが問題ですわね。もう片方の天界と物理的に交流が遮断されたのも勿論、こっちの天界もだいぶ交通が不便になってしまっています」
ティーティー様と福の神。ハグレ王国の神々が被害状況に頭を悩ませていた。
今回次元の塔に巻き込まれた側の天界には福の神の屋敷もあり、彼女と同じ派閥の神々も多数巻き込まれている。
「それってこの前の邪神が原因だったりする? それか先生がぶっぱしたアレ」
「うーん、どうだろうね。あの時出てきたのはほんの端っこで影響も周辺の海の魔物がちょびっと凶暴化したぐらいで、デイブレイクの出力も結構控えめだったからね。隕石とかならともかく、流石に神域まで物理的にぶっ壊せないよ。ただまあ、着眼点は良いとこついてるんじゃない?」
「でしょ? どうよエステルさんの推理力」
「……お世辞一つでそんなドヤ顔できる先輩が羨ましいですね」
「原因を探るのは後にしよう。復興の目途についてはどうなっていますか?」
「ええ。それならちょうど私の屋敷が無事ですし、ある程度はお金と資材があるのでみんなで頑張って復興しましょう。ポッコちゃんも協力してくれますわね?」
「ひゃっ、はい!!」
席の端で震えて正座していたポッコは、福の神に声を掛けられると肩を跳ね上げた。
「……最初の生意気が嘘みたいに縮こまっちゃってますね」
「開口一番、『おやおや? 世界樹の神様であったはずのティーティー様がなんでこんなぼろっちい遺跡を城にしてる王国の神様なんかやってるんですかー!?』ってティーティー様(と巻き添えでハグレ王国も)に対して思いっきり煽りかましたクソガキ様が福ちゃんの顔を見た瞬間借りてきた猫みたいになったのよね……」
アルカナが報せを持っていこうとした時、折角なのでと新人気鋭のハグレ王国とやらに神の威光を見せてしんぜようとついてきたポッコは、まずハグレ王国の拠点を見て笑い、続いて現れた胡乱な王国民たちを見て笑い、最後にライバル視する南の世界樹であるティーティー様を見て笑ったのだが、今ではこうして威厳もへったくれもない、なんかちいさくてかわいい神様と化していた。
「お、お前たちはなぜそんな態度をこの方にとっておられるのですか……」
「え?」
「福ちゃんがなんだって?」
「福ちゃん!?」
仮にも天界を物理的に〆た神の一角になんたる不敬! 仮に神様会議で人間がこのような言葉を口走っていれば、即座にムラハチ(天界語で社会的リンチのこと)にされかねない!!
「こ、このお方は天界の正一位太政大臣の――ぽこっ!?」
「あらあら、緊張しすぎておねんねしちゃいましたね」
「「「…………」」」
突っ伏したポッコの後頭部にはゴールデンハンマーが突き刺さっていた。
しかしそこに誰もツッコミを入れるものはいなかった。指摘すれば同じ目に遭うのは自分だと、その場の誰もが理解していた。
というか薄々分かっていたのだ。いくら包容力の高い雰囲気を漂わせながらも実は王国内でもドリントルとどっこいな際どさな恰好をするお姉さんであろうと、この人は福の神。世界中に名を轟かせる七福神の一角。天界のドンであると言われても、まあそうでしょうねとしか言えないのだ。
「とまあ、被災状況については住民たちにで進めてもらうとして、一番の問題はそこが次元の塔と繋がったことにある。本来なら神と神が認めた者しか立ち入れない領域に、物理的に侵入する手段が出来てしまった。これは非常にマズイ事態だ」
「?? 別に出入りできる程度なら問題なくない?」
「オイオイ、忘れたのかエステル? 今私たちの敵が何を目的としているのか、この前見たばっかりじゃないか」
「……あ!!」
「ジェスターか……」
ハグレ王国の最大の敵であるジェスターは神喰らいによって力の増強を目論んでいる。
とはいえ、地上に降りてきている神はそこまで位が高い神格ではなく、それらを喰らったところで大した力にはならない。ジェスターがハグルマを利用して取り込んだ邪神アモンと同等の神でなければ、力のバランスを取ることができずにパワーアップどころか、むしろ自滅する危険すらあるとアルカナは語った。
では天界に座する神であれば? 本体が降臨するまでもなく、地上にその名前が知れ渡る神であるならば、彼が求める一流の神格と言えるだろう。
「今の天界は大混乱に包まれておる。家屋や道が崩れたのみならず、この機に乗じてこれまで形勢されていた派閥も分裂して独立勢力が闊歩しておる有様じゃ」
「ジェスターものこのこと神の前に出る愚は犯さないだろう。邪神を喰らったとはいえ、真正面から神罰をブチかまされればそれで終わりだ。だからこそ、この異変は奴にとって絶好のチャンスに他ならない」
神として万全ではない。人智を越えた力を司るとはいえ、意思ある存在である以上は不覚の一つや二つは取るもの。むしろその欠点こそが人を戒める神話として永く語り継がれてきたといっても過言ではない。
そしてジェスターは虚を司りし白翼。騒乱の最中に潜り込んで神を仕留めるというのならば、決して不可能ではない話なのだ。
「奴も遠からずこの異変を嗅ぎつける。その前に、我々は天界の平穏をある程度取り戻し、神々に警戒を呼び掛けなければならない」
「今回はこれまで以上の大事件だな……各自、気合いを入れて取りくんでくれ」
「よーし、頑張るでちよー!」
◇
天界へ赴き、福の神の屋敷を現地拠点としたハグレ王国。
そこで彼女たちは、福の神一派の影響力が凄まじく落ち込んでいる事実を知ることとなる。
どうやら先の異変が彼女たちの仕業であるという風聞が流れているらしく、それによって大半の派閥員が懐疑的となっており、神様会議での集まりもたったの五人という始末。
情報収集をしようにもこの混乱。まずはこの落ちた影響力を取り戻さないことには話は始まらないということで、ハグレ王国もその手助けをすることとなった。
とは言っても、やるべきことはさほど変わらない。ダンジョンとして天界を探索し、その辺りの神々を福の神一派へと勧誘する。
要は普段通りに活動をしながら、各地のお悩み解決をする。そうして住民たちの手で復興は進めば、そこに貢献した福の神一派の評判が上がり、より大きな力を持つ神を勧誘することも可能になるという寸法だ。
と、彼女たちが天界での方針を固めて数日が経過した。
「えーっと、江戸町にお金200に木材が1200、鉱石が400。谷崎村には木材と鉱石をそれぞれ300ずつ……」
「マリーさん、こっちに資材は纏めておいたぜ」
「ありがとう」
「神様会議に顔を出して来ましたわ。六太郎さんが加わってくれるそうです」
「助かるよ」
各々が手分けして天界の復興に奔走する。
マリーやルークが資材の仕分けを行い、デーリッチやヘルが神々の勧誘を行ってきた。
「よう、こっちも終わったぜ!」
「お疲れさん。随分早かったな」
「ま、俺たちにかかればこんなもんよ」
土石除去の作業から戻ってきたマッスルが誇らしく力こぶを見せつける。
ルークが最初見た時はとてもじゃないが一人二人ではどうしようもない規模で崩れていたが、やはりハグレ王国屈指の力自慢たちにかかれば半日あれば余裕ということか。
そうして彼らの目まぐるしい活躍によって、神々もちらほらと集い始めてきた。
それでも以前の旺盛ぶりからすれば比べるべくもない。しかし、少なからず天界での悪評は払拭され始めてきた。
「そろそろいけるんじゃないか?」
「そうですね。これだけ評判が戻れば彼らとも戦えるでしょう」
ここ数日間ハグレ王国が復興に専念していた理由。それは彼女たちが事件の手がかりを探る先、風祭神社にあった。
話を聞くに、この異変が発生する直前に大きな風鳴りが響いたという。
天界を引き裂けるだけの風を操ることができる者など、風を司る神以外にはいない。即ち、今回の件においては福の神一派に属する鞍馬天狗――先代よりその名を継いだばかりの風祭クラマに相違なし。
無論一派の者たちも嫌疑を晴らすべく真っ先に彼の元へと話を聞きに行った。しかし当の本人は神社の中に引き籠って表に出てこず、会議の招集にも反応しない。
これではますます自分が犯人だと言っているようなもので、ついには福の神自らがハグレ王国を伴って風祭神社へと乗り込むこととなった。
だが、神社の前には本来の門番の代わりに土蜘蛛が陣取っていた。
その怪物は事件以前より福の神と敵対していた派閥、土蜘蛛一派の手下。それが神社の前に我が物顔で居座っているということは、つまり現在進行形で敵対勢力からの襲撃を受けているということに他ならない。
神の評判とは即ち信仰。そして信仰とは神の力の源だ。
天界における影響力の高さはそのまま神々同士の実力の差となり、今や評判が地に落ちた福の神一派は他の神々派閥とぶつかり合うだけの力が残されていない。
そんな状態で他の神の居場所に乗り込むなど自殺行為も甚だしい。
というわけでまずは復興に力を注ぐことを一同は選択。
ハグレ王国お得意の人海戦術によって着々と進んだことで最低限の影響力を取り戻し、いよいよ風祭神社へと乗り込むこととなった。
土蜘蛛を蹴散らし、神社の中を突き進むハグレ王国は奥の部屋にて睨み合う二人の姿を発見した。
一方は髪と着物を同じ緑で揃えた天狗の青年。もう一方は土蜘蛛を使役していると思わしき術師。どちらがクラマかは一目瞭然。デーリッチ達はすかさず加勢し、共に蜘蛛術師を倒すことに成功した。
「これでよしっと。福の神様、こいつを俺たちの土地で留置できませんかね?」
「それは別にいいですけど」
「その前に、どうしてこのような事になっているのか話してくれませんか?」
「ああ、すみません……って、この人間たちは……」
「大丈夫ですよ。私の信頼できる仲間ですから」
人間であるデーリッチ達を最初訝しむクラマであったが、福の神からの言葉で一応は警戒を解き、事情を語った。
一族に伝わる秘伝の奥義書。それを盗まれたとあっては沽券に関わる。ただ冤罪を晴らすだけでは足りずとクラマは自分の手で下手人を捕まえ、奥義書を奪還することにした。幸いにも、風の奥義書は二つに分かれており、盗まれたのは片方だけ。ならば残る片方も狙ってくるだろうと考え、自分は姿を隠し、社内の警備を手薄にすることで誘き出そうとしていたのだという。
「……えぇーっ! クラマ君ったら自分のところの秘伝書をまんまと盗まれちゃったんですか~~?」
「うぐっ、ポッコてめぇ……こういう反応されるのが見えてたから自分でなんとかしようとしてたんですよ」
「だから会議にも顔を出さなかった、と?」
「ま、まぁ……気まずいですし、ね?」
苦笑いではぐらかそうとするクラマの頭にゴールデンハンマーが突き刺さり、畳へと沈めた。
「……まぁいいでしょう。ひとまずこれで不問として、一度屋敷に戻って次の方針を決めましょうか」
「おおう……」
「安らかに眠れ、南無」
「いや、死んでねぇっすよ……」
合掌する一堂に痙攣しながら抗議するクラマを見て、ローズマリーはこの人も下っ端属性なんだなと。
◇
福の神の屋敷へと戻った一行は次に取る行動について話し合っていた。
「それじゃあ、次の捜索目標について決めようか」
「やはりここは盗まれた巻物を取り戻すのが最優先になるかと、しかし……」
「知ってそうな奴さんは一向に口を割らんからなぁ」
捉えた土蜘蛛の手下を尋問にかけているが、彼は死んだかのように口を閉ざしている。その徹底した仕事ぶりは自らの主への忠誠心か。なんにせよ、福の神一派の直接の敵に通じる道が見つかる可能性は低い。
だが土蜘蛛の一派がこの一件に何かしら噛んでいることは明白。この事件を追っていく中で、元より敵対的であった彼らとの衝突は避けられないことは予想されていた。
「俺のせいで、派閥、こんなに追い込まれていたんすか……犯人をとっ捕まえるとか意気込んでおいて、何やってんだ俺は……」
福の神一派の実情を知ったクラマは、事態がここまで深刻なことになっていたことも知らずにいたことを悔やんだ。少し擦れた態度を取るが、実直で責任感のある好青年である。
「それは不問にすると言ったはずです。大体、派閥を潰すためのターゲットとして誰が選ばれたって話だから……あ、でもクラマ君ずぼらだから一人選ぶならやっぱここだな」
「それはフォローできないな」
「できませんねぇ」
「無理じゃのう」
福の神がフォローを入れようとして、やっぱ妥当でしかなかったと思い直す。他の神もそれに続いて賛同した。
「えぇ……その追撃はひどくないっすか?」
「まあそう気を落とされるな若き神よ。次の働きで挽回して見せればそれでよいではありませんか」
消沈するクラマをアルカナが慰める。一応、というべきか。彼女はこの場にいる神々の機嫌を損ねることがないように、ローズマリーと共に地上代表として振舞って失礼のない言動を務めていた。最も、ここの頭目である福の神とはだいぶ気安い間柄であることは隠しもしないので、幾らかの怪訝な視線は向けられているのだが。
「そうですね。早いところ巻物を取り返し、天界を安定させて守りを固めなければいけません」
「……ん? どういうことっすか、それ」
奪われた巻物を取り返す――それは自分たちにかけられた嫌疑を晴らすために必要なことだ。だが天界の守りを固めるというのはどういうことか。クラマのみではなく、三ツ目や入道といった他の神も同様に首を傾げた。
「混乱の真っただ中に話しても余計にややこしくなるだけなので話していませんでしたが、実はこの騒動に乗じて、別の陰謀が進んでいる可能性があります」
「別の陰謀じゃと?」
「ええ。ある人間による神喰らいの計画です」
福の神は自らの一派に少し前に起こったドナウブルーの騒動、そしてジェスターの目的についてを所々かいつまみながら語った。
地上にて繰り広げられし戦い、それが天界にまで及ぼうとしている事実を聞いて神々は三者三様の反応を見せた。
「なるほど、まさか地上でもそのような事態が起こっていようとはのう」
「人間の身で神を喰らおうなどとは、なんと不遜なヤツじゃ……!」
「……正直突拍子も無さ過ぎてにわかに信じがたいってのが本音っす。マジなんですか?」
「ええ。彼は白翼の始祖――混沌王ガルタナの教えを継いだ男です。この事件を見越していたかは不明ですが、絶好の機会を逃す阿呆ではない。時を待たずにこの天界に足を踏み入れることでしょう」
「混沌王、まさかあの……!」
「あら、ここでも有名」
アルカナが語った名前に神々の何名かが驚愕を露わにするが、クラマやポッコといった若い神はその名前にピンと来ずに首を傾げる。
「ガルタナ?」
「混沌王、って何ですか……」
「若造どもは知らんか。混沌王ガルタナ。冥王シェオル、初代魔王メギドと肩を並べ、他にも多くの魔王と徒党を組む神屠りの魔王じゃ。まっこと関わりあいにはなりたくない輩よ」
年を経た神が深いため息をつく。
宇宙、ひいては次元規模で名を轟かせる魔王はこの天界でもその悪名を
「……爺さん方の反応を見てヤベぇ奴だってのは分かりました。そんな奴の子孫が天界に攻め込んでくるっていうんですね?」
「まだ確証を得られた話ではありませんけどね。しかし私を標的に入れていた以上、天界の神に幾らか目星をつけているはず。降って湧いた好機を、ジェスターが見逃すとは思えないわ」
「内ゲバを続けていたら守れるものも守れない。天界のお歴々には最低限、自分の身を守れるだけの余裕を保ってもらうためにも、この異変の解決は急がなくてはならないのですよ」
アルカナが締めくくったことで、神々の間には張り詰めた空気が充満した。
勿論、自分たちの支配する領域が天変地異に見舞われている現状を決して軽んじていたわけではない。だが、それはそれとして彼らはこの状況を多少甘く見ていた。
というのも過去に一度、この天界は異なる世界から来たハグレの神々と大々的な戦争を繰り広げており、その後も水面下で派閥抗争に明け暮れている。
つまり大なり小なり神同士の衝突など日常茶飯事であり、結局はこの事態もその延長戦。どこかの陣営が過激な手段に出ただけ――という認識があった。
多くの神が福の神の派閥から距離を置いた後も、天界の復興よりも先に自分たちの利益を確保しに向かったり、呑気に神様会議で酒盛りに興じていたりする事に、その姿勢がよく現れているだろう。
それこそが神として人のスケールとは異なる視点で悠然に構える度量だと言う声もあるだろう。
しかし誰が犯人かもわからず自分たちが被害を受けた現状において、それはどこかバランスの欠けたもの、目の前だけを見て足元が疎かになっている状態だ。そこにこそジェスターは付け入るだろう。
ゆえに今、ある程度の犯人像が絞り込めたことで結束を取り戻しつつある状態で情報を開示することができたのは、今後の事を考えれば最適なタイミングだった。
「というわけで、クラマ君は私たちと一緒に巻物を取り返すために行動し、ついでにハグレ王国で神様としての修行をしてもらいます」
「分かりました……ってちょっと待ってください!? 前者はともかく後者は何ですか!? なんで俺が人間たちの国に行かなきゃならないんすか!」
「なんでって言えば、クラマ君のそういう態度かしらね。一匹狼を気取って周囲と距離を取るから今回みたいなことになった。それぐらいは自分でもわかってるでしょう?」
「……協調性を身につけろってことですか」
「分かってるならよろしい。人と間近に接すれば、神としての意識も成長します。この子たちは私でも驚かされるほどの活躍をしますからね、クラマ君も退屈することはありませんよ」
福の神の言うことは最もであり、クラマに反論の余地は無かった。
先代の急死によって神の座を譲られた形になったとは言え、由緒ある鞍馬天狗として神々の末席に加えられたことで、知らず知らずのうちに己は文字通りの天狗になっていたのだろう。
ハグレ王国には既に天界の復興にも貢献しており、今回の一件もあって大分借りが出来てしまっている状態だ。それを無視して福の神の提案を突っぱねるなど、他ならぬクラマ自身が許すことが認められない。
それに先の共闘からして、見た目から想像もつかないほど腕が立つ連中だ。福の神が全幅の信頼を置くだけはあるのだろう。そう考えてみれば自分の中にあった厭ましい感情は霧散していった。
「……よし! 腹は括りました。福の神様の言う通りにしますよ」
「ふふ。ではまずは挨拶からですね」
「はい! ハグレ王国の皆さん、俺はクラマって言います! 風祭神社の天狗を継いだばかりの若輩者ですが、どうかご指導のほどよろしくお願いします!」
クラマは勢いよく立ち上がり、ハグレ王国に向けて見事な一礼を披露した。先ほどまで人間と軽く見下していた態度からは考えられない、堂に入ったお辞儀であった。
「ぷぷーっ、クラマ君ったら地上に降ろされちゃうんですか。しかもうちみたいに御利益あるところじゃなくて、辺鄙な王国に」
「あら、ポッコちゃんも一緒に来るんですよ?」
「ひょげっ!? ポッコは別に何も悪いことはしてないですよぉ!?」
「いえ。ただこの前、巫女のドーラさんからおやつを食べすぎてるというお話を聴いたので。ちょーっと私の下で我慢強さを身に着けてもらおうかなと。勿論、世界樹には話を通してありますので、ご安心を」
「ほげげーっ!」
こうして、ハグレ王国にはまた、二人の神様が加わったのである。
○東の世界樹編
だいたいスキップ
原作の流れで必要なのはマクスウェルとバイオ鎧だったのでそれが早々にカットされた結果、ほとんど出番はなし
○ポッコ
本名がやたら長い神様
東の世界樹編がカットされたけど天界編が発生したらポッコも参加するので問題ないと判断しました。ドーラとの関係は……まあ描写の外で何かあるでしょう。ハグレ王国と一緒なら成長の機会には尽きませんので
○天界編
まさかのメインストーリー軸。
これまでは次元の塔は箸休めというか原作からあまり逸脱しない(?)ワチャワチャ具合で進めていたけど、今回は前提からして割と解離気味
原作と同様の部分はダイジェスト風味で送っていきます