翌日の明け六ツ(午前6時)。
「お嬢さん、兵治さんです!」
襖越しに新蔵の声だ。
「……ぅぅぅ……も、うっさいっ!」
昨日の今日ですからね?まだ、アルコールが残ってる状態だ。
「お嬢さん、兵治さんがおいでです!」
「……ったく、朝っぱらからなんでい?」
「殺しっ!だそうです」
「ん?殺しだ?……あー、そうだ。岡っ引きの手伝い頼まれてたんだ」
お沙希は急いで布団から出ると、支度を始めた。――
「お嬢さん、酒臭いっすね?」
小走りの兵治が、新蔵から借りた小袖の着流しにほっかぶりしたお沙希に顔を
「あ、ゆんべ、ちょっとね」
「むぅ……、捜査のほう、しっかり頼んますぜ」
「その辺は抜かりはねぇさ」
「むぅ……、頼んましたよ」
――
と言うのも、知った顔だったんですな、これが。
「これは、両替屋の
「えっ?間違いないっすか」
「しょっちゅううちの商品を借りてた上客よ。間違えるわけねぇ」
「ありがとうごぜいます。早速、与力の旦那に報告します」
「ああ。……おう、
「いや、無かった。盗まれた可能性もあるが――」
「最初から持ってなかった可能性もあるか……」
「首の後ろを刃物で刺されてるってことは、相手はよっぽどの大男ってことになりますね」
「うむ……死後どのぐらいだ?」
「血の色と固まり具合から見て、ゆんべの五ツ(午後8時)から四ツ(午後10時)ぐれいですね」
「五ツ?」
(太助さんちに居た頃か……)
お沙希は男みたいに懐に手を入れると、
「お嬢さん、おかえりなさいませ」
「ったく、朝っぱらから起こされて。岡っ引きの手伝いも楽じゃねーな。あ~、腹減った。めしは?」
ほっかぶりの手ぬぐいを取りながら、
「お亀がご用意を――」
「おう、新蔵。勘定のほうは合ってんだろな?合わなきゃ、めし抜きだぜ」
「へ。おかげさんで合ってるようで」
「チッ」
ったく、舌打ちなんかしちまって。どうしてこうも新蔵を
「あ、お嬢さん。酒を呑むのは構いませんが、ゆんべみたいに、若い男におんぶされるような真似はしないでください」
おー、新蔵も言う時は言うね。案外、カッコいいじゃん。
「な、なぬぅ!おんぶだ?」
「そうですよ。ここまでおんぶして来たんですよ」
「うっそー!ヤーだ、どうしよう……」
(なんか、みっともないこととか、恥ずかしいこととかしなかったかな……。あ~あ、嫌われたらどうしよう……。初恋の人なのにぃ)
「お嬢さん、聞いてますか?」
「うっさいっ!おんぶごっこしてたんだよっ!ガキん時から親が居なかったんでねっ!親におんぶされたことねぇからよっ!」
新蔵を睨み付けながら怒鳴るお沙希の目には、涙が溢れていたのであった。
「……」
新蔵は返す言葉もなく、心痛な面持ちで俯いたのであった。と、ま、こんな具合でい。ね?結構、奥が深いっしょ?涙あり、笑いありの人情物だ。こちとら江戸っ子は、こういう人情物に弱いのよ。
――朝飯を済ましたお沙希は、帳簿に記載された、嘉右衛門の貸し賃及び商品の照合などをした。
……雪舟の掛軸と信楽の壺が戻ってねぇか。
その足で、嘉右衛門の屋敷に向かった。――主を亡くした
「ちわー!《無いもの貸し升》です!」
「はーい、
女中らしき
「《無いもの貸し升》ですが、ご主人はおいでですか」
お沙希はすっとぼけて訊いた。
「……お亡くなりに」
女中は声を詰まらせた。
「えーっ!」
お沙希は
「ご病気で?」
またまた、すっとぼけた。芝居が
「いえ、……ころ」
「えーっ!」
驚くのが、ちっとばっか早いよ。まだ、“コロ”しか言ってねぇじゃねぇか。ったくよ、芝居が上手いねーって、ちっとばっか
「え?いま、なんて?」
よしよし。フォローも上手いじゃん。
「殺されて……」
「えーっ!」
よし、来た!その調子だ。
「だ、誰に?」
「……まだ、そこまでは」
「……こんな時に言いづらいんですが、実は、嘉右衛門さんに貸してる商品があるもんで。期限が今日なんですよ。話の分かる人はいらっしゃいますか」
「はい。では、ご
「……?」
(ん?ご新造だ?……嘉右衛門は確か、
――客間の床の間には、信楽の壺が置かれ、雪舟の掛軸があった。女中が運んできたお茶を飲みながら、お沙希が掛軸の水墨画を鑑賞しているってぇと、
「失礼します」
の声と共に、色っぽい女が襖を開けた。
お沙希は慌てて座り直すと、軽い咳払いをした。
「まぁまぁ、《無いもの貸し升》のお嬢様で。お話は主人から伺っております。ようこそ、おいでくださいました。お
お梗が
「お沙希と申します。こちらこそ、お世話になっております」
お沙希も頭を下げた。
「この度は、ご不幸があったことも知らず、
よっ、お沙希、ご
「お
お梗は顔を
「……犯人に心当たりは?」
「え?あ、……いいえ」
お梗が
(この女、何か知ってるな……)
「女中さんに訊いたら、神社の裏で亡くなっていたそうですが、いつ、お出かけになったんですか?嘉右衛門さんは」
「さあ。……起きたら居なくて。私はいつも、五ツぐらいには
(殺された時分を知った上での伏線か?)
ここで、お梗に疑惑を抱くわけですな。