無いもの貸し升!損料屋   作:紫 李鳥

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 掛軸と壺を受け取ったお沙希は帰り際に、先刻の女中の袖口に幾らかの(まいない)を入れると、お梗のことを訊いた。

 

「はい。つい最近です。遊廓(ゆうかく)にいらした方で、旦那さんが大枚をはたいて、後添(のちぞ)いにしたようです――」

 

(遊女か……)

 

 

 

「あ~い、おサッキーと申しまするぅ」

 

「うむ……、斬新な名じゃな?」

 

 お梗が元いた置屋(おきや)の主は、可愛いお沙希にご満悦でぃ。

 

「はい。サッキも言われました」

 

「歳は?」

 

「十三。……と七つで~す」

 

「うむ……、遊女になりたいと言うことだが、どうして?」

 

「はい。父ちゃんも母ちゃんもいません。親戚に預けられて、早二十年。私を育ててくれた叔母さんには、感謝・感激・雨・アラレちゃんです。そこで、叔母の教育方針である奉仕の精神が、何か人の役に立ちたいという、燃えたぎる情熱を――」

 

「で、なんで、遊女になりたいと?」

 

「江戸一番の色っぽい女になりたくて」

 

「ん~、粋だね~。明日から来ておくれ」

 

「合点でぃ!」

 

「……」

 

 合点でぃはいいが、ほんとに遊女になるつもりか?でいじょうぶかなぁ……。心配だなぁ。

 

 

「おサッキーちゃんだ。世話してやってくれ」

 

 置屋の主は、鎗手(やりて)(遊女の世話をする女)にお沙希を紹介すると出ていった。

 

「おサッキーで~す」

 

「ん~、可愛いね~。あんたの器量なら、遊廓一の売れっ子になれるよ。この私が太鼓判を押すよ」

 

「あざっす」

 

「まず、廓詞(くるわことば)を覚えないとね」

 

「あ~い」

 

「いいじゃん、いいじゃん。おサッキーちゃんは素質があるかもよ」

 

「あ~~~い」

 

「……」

 

 お沙希、調子に乗るなって。ほら、鎗手が唖然としてるぜ。

 

 鎗手を手中に収めたお沙希は、早速幾らかの袖の下をやった。

 

「……これは?」

 

 訳の分からねぇ金子に、鎗手が訳の分からねぇ顔を向けた。

 

「ごめんなさい。実は、折り入ってお話が……」

 

 お沙希は、岡っ引きの手伝いをしてることを明かすってぇと、お梗のことを訊いた。

 

 なるほど。本気で遊女になるってんじゃなくて、矢場女ん時と同様、(おとり)捜査って奴か?あ~、安心した。やっぱ、あったまいい。さすが、俺が憧憬するお沙希でぃ。……好きだぜ、お沙希(呟く語り)

 

「そうなのよ。嘉右衛門の旦那に見初(みそ)められてね――」

 

「お梗さんに、男の影は?」

 

「……まぁ、あれだけの女だから、噂が無いわけじゃないけどね……」

 

 賂の上乗せを察したお沙希は、慌てて巾着を出した。

 

 ったく、鎗手だけあって、その通りの()り手だな。えー?お沙希。

 

 脇を開けた鎗手の袖口にお沙希が金子を入れるてぇと、鎗手は二倍のえびす顔よ。

 

「あら、どうも。……お梗の馴染(なじ)み客で、与市(よいち)っていう、博打(ばくち)打ちなんだけどね――」

 

(博打打ちの与市か……。さて、兵治の手柄にさせてやるか)

 

 

 ――兵治に情報提供すると、帰宅した。

 

「お嬢さん、おかえりなさいませ」

 

「おう、新蔵――」

 

「勘定は合ってます。食事も出来て――」

 

「うっせー!先走りすんじゃねぇ!こっちが訊いてから答えろっ!こちとら、独自のリズムってぇのがあるんでい。勝手に乱すんじゃねーっ!」

 

「……すんません」

 

「あ~、腹減った。めしは?」

 

「……お亀がご用意を」

 

「おう、新蔵。勘定のほうは合ってんだろな?合ってなきゃ、めし抜きの上に寝かせねぇからな」

 

「……へ」

 

 ったく、気がつえいな、お沙希は。もうちっと、優しくしてやりなよ。おめぇの、おとっ、あっ!てぇへん、てぇへん。口が滑りそうになっちまった。まじぃ、まじぃ。完結までオフレコってぇ約束だったんだ。ここで暴露なんぞしたら、原作者に途中降板されちまうかもしんねぇ。折角、ナレーションの仕事を頂いたのに、ここでしくじっちまったら、これまでの立て板に水が水の泡でぃ。気ぃつけねぇとな。こうなると、あんまり立て板に水も考えもんだなぁ。――

 

 

「お嬢様。最近、なんかいいことでもありました?」

 

 お亀が、(いわし)の小骨を抜きながら、含み笑いをした。

 

「え?……なんで?」

 

「女らしくなったから」

 

「えっ!うっそ!ほんとに?」

 

 お亀からの思いがけない言葉に、びっくりしたお沙希は、嬉しいやら、くすぐってぃやらで、複雑な心境でぃ。

 

「ええ。女の体は正直ですよ」

 

「……どういう意味?」

 

(太助さんとはまだ、手も握ってねぇのに)

 

「女はね、恋をすると、表情や体つきまで柔らかくなるもんなんですよ」

 

「……へぇー、そんなもんかい」

 

(なんだ、バレバレか)

 

「はい、骨を取りましたよ。召し上がれ」

 

 お亀は、布巾(ふきん)で指先を拭いながら、お沙希の膳に目をやった。

 

「……ね、お亀」

 

「はい?」

 

「……私のおっ母さんて、……どんな人だった?」

 

「……それはそれは、お美しい方でしたよ。お嬢様に瓜二つの。心も美しい方でした。女中奉公の私たちにも優しくしてくれて」

 

「……お父っつぁんは?」

 

「え?ああ、旦那様も優しいお方でしたよ。いつもにこやかで。……あれから、二十年近くになるんですね?」

 

「……お亀」

 

「はい?」

 

「……二十年も、こんな私を育ててくれて、……ありがとう」

 

「まぁ、どうしたんですか?お嬢様。……わたくしこそ、行き届かなくて、お嬢様には迷惑ばかりかけてます」

 

 お沙希はしょんぼりして、箸が進まなかった。

 

「どうですか?お味のほうは」

 

 寂しげなお沙希に気づいて、お亀は慌てて話を変えた。

 

「ん?ああ、……うめぇ」

 

「よかったぁ」


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