無いもの貸し升!損料屋   作:紫 李鳥

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 ――太助に送られて帰ると、

 

「お嬢様、ば、番頭さんがっ!」

 

 お亀が血相(けっそう)を変えて(わめ)いた。

 

「どうしたんでぃ?」

 

「早くっ!」

 

 お亀は有無を言わさず、お沙希の腕を掴んだ。お沙希は太助と目を合わせると、太助の手を握った。――

 

 新蔵は、布団の中に居た。

 

「どうしたのよ?」

 

 お沙希がお亀に訊いた。

 

「お倒れになって。今しがた、医者が帰ったとこです」

 

「で、医者はなんて?」

 

「なんでも、疲れが原因だろうとおっしゃってました」

 

「新蔵、でぃじょうぶか?」

 

「……お嬢さん、心配かけて、すんません」

 

 新蔵が弱々しい声で言った。

 

「無理して喋るこたぁねぇ。ゆっくり(やす)みな」

 

「……ありがとうございます」

 

 新蔵はゆっくりと目を閉じた。――

 

 

 

「もしかして、私との話を喋ったの?」

 

 新蔵の部屋を出ると、お亀に訊いた。

 

「申し訳ありません。番頭さんが訊いたものですから、つい」

 

「うむ……やっぱりそうか」

 

 お沙希はじじぃみてぃな腕組みをした。

 

「お嬢さん」

 

「えっ?あっ、はい」

 

 うっかり、太助のことを忘れていたお沙希は、慌てて体裁を整えた。

 

「余計なことかもしれないが、新蔵さんと親子の(ちぎ)りを」

 

「え?」

 

 太助を見上げた。

 

「たった二人っきりの親子じゃないか。お嬢さんの気持ちも分からないじゃないが、父親だと名乗れなかった新蔵さんの立場も()んであげなきゃいけないよ」

 

「……太助さん」

 

「そうですよ、お嬢様。太助さんのおっしゃる通りです。番頭さんが、どれほどお(つら)かったか……」

 

「……」

 

 お沙希は考える素振りで俯いた。――

 

 

 

「……新蔵」

 

「お嬢さん……」

 

「……ほんとのことを教えて。私は――」

 

「すまなかった。……お沙希」

 

「!……」

 

「……話せなかった。お前に嫌われそうで……。じゃなくても、(はな)っから嫌われてたがな」

 

「そんなことないよ。ほんとは思いっきり甘えたかった。けど、真実を語らずに赤の他人の振りをしているお父っつぁんに腹が立っていた。いつも私の言いなりで、ペコペコしてるお父っつぁんがイヤだった。だから、……だから」

 

「もういいよ、お沙希。お前の気持ちは分かってたさ。感づいていたことぐらい。だから、今更、父親だと名乗れなかった。お前に怒られて、追い出されたくなかったから」

 

「ぷっ」

 

 お沙希は思わず噴き出した。嬉しかった。本当の父親が新蔵だと明白になった今、お沙希は本当に嬉しかった。

 

 どうでぃ、いい話だろ?なぬぅ、お前は邪魔だ、引っ込んでろって?あい。どうもすんません。では、つづきをどうぞ。

 

「お前のおふくろ、お由季(ゆき)は、根津小町と言われるぐれいの器量よしだった。《無いもの貸し升》に奉公に来た時から、俺はお由季が好きだった。だが、身分が違う。雲の上の人だ。諦めるしかなかった。

 そんな時、入婿(いりむこ)の話が出て、親の言うことに逆らえなかったお由季は、親の決めた男と夫婦になった。それが、亡くなった旦那さんだ。だが、旦那さんは若い身空(みそら)で体が弱く、寝たきりの状態だった。

 そんな時、俺はお由季を奪った。お前は軽蔑(けいべつ)するだろうが、俺はお由季を愛していた。どんな形にせよ、お由季を自分のものにしたかった。お前も誰かを好きになれば、俺の気持ちが分かるさ」

 

「お父っつぁん。私、好きな人がいるの」

 

「えっ?」

 

「太助さん……」

 

 お沙希は、廊下にいる太助を呼んだ。太助は障子を開けると、お沙希の(かたわ)らに座った。

 

「……娘をおんぶしてきた」

 

 新蔵が確認するように目を据えた。

 

「改めてご挨拶(あいさつ)させて頂きます。太助と申します」

 

 太助が座礼をした。

 

「そうでしたか。付き合ってたんですか。……じゃ、もしかして、お稲さんは」

 

「あ、俺のおふくろです」

 

「……そうだったんですか」

 

 新蔵はニヤッとした。――

 

 

 

 ま、最終回ですからぶっちゃけますが、お由季さんは産後の肥立ちが悪く、お沙希を産んで間もなく亡くなってしまったんですな。病弱な旦那さんも後を追うように亡くなり、お亀が母親代わりにお沙希を育てたってわけだ。一方、新蔵のほうも、番頭をしながらお沙希の成長を見守っていたってわけだ。

 

 

 ――間もなく、嘉右衛門殺しの下手人がお縄になった。案の定、嘉右衛門んちの女中の“色”、水売りの三吉(さんきち)だった。

 

「水を買ってくれてるうちに、お多重(たえ)(女中の名)と関係ができて、お梗が床に就くという、宵五ツ頃にはお多重の開けた勝手口から忍び込んでいました。

 そんな時、お多重から嘉右衛門殺しの話が出たんです。嘉右衛門が死んだら、全財産がお梗のものになる。次に、お梗と夫婦になってからお梗を殺せば、遺産が俺のものになると。そしたら、あの屋敷で二人で暮らせると……。

 あの晩、遊廓の女将と昵懇(じっこん)だと、お多重から聞いていた俺は、お多重に一芝居打たせた。『先程、遊廓の女将さんがいらして、神社で待ってるとのことです』と、お多重が吹き込むと、嘉右衛門は作り話とも知らず、宵五ツ頃、提灯を片手にいそいそと出掛けたそうだ。

 神社の裏で待ち伏せしていた俺は、嘉右衛門が前屈みになって提灯を置いた隙に、持ってきた包丁で首を刺した。そして、銭目当ての犯行に見せかけるために、提灯と一緒に金子を盗んで逃げた」

 

 一方、お多重のほうは。

 

「女中奉公に来てすぐ、旦那さんに手込めにされました。こんな無器量でも女です。……心も体も。けど、旦那さんには火遊びに過ぎなかったんです。悔しかった。憎かった。三十年間も仕え、耐え忍んできたのに、ご新造さんを迎えると知った時、殺意が芽生えました。だから、旦那さん殺しを三吉さんに持ち掛けたんです」

 

 

 ってことで、事件は一件落着だ。さて、お沙希のほうはどうなったかな?

 

 その後、お沙希んちと太助んちは交流を図るわけですが。やがて、太助の婿養子の話が出た。トントン拍子に話は決まり、お稲も付録で付いてきた。《無いもの貸し升》は、家族が増えて大にぎわいだ。

 

 お沙希と太助は、惚れ合って夫婦になったんだ。俺は、スパッと諦めたよ。ただの語りだ。出る幕ないもんな。……トホホ(語りの嘆く声)

 

 

 さて、お沙希は、少しは女らしくなってっかな?《無いもの貸し升》を覗いてみっか。

 

 

 

 

「お前さん。一文でも足りなきゃ寝かせないわよ」

 

 なんだなんだ、太助が帳場格子に居るじゃん。新蔵はどうしたんだ?倒れたついでに逝っちまったか?それにしても、お沙希は相変わらずキツいね、どうも。

 

「へ」

 

 なんだ?今頃、返事か?てか、俺の語りが長かっただけか。それにしても、新蔵ん時と全く同じ状況だな。二人共お沙希には形無しか?ところで、新蔵は何やってんだ?

 

 

 

「まあ、イヤですわ、そんな冗談を。うふふ……」

 

 お茶を飲みながら、お稲が楽しそうに笑ってるよ。なんか、こっちはいいムードだな。

 

「ホントって。山は△、川も△、木は□ってね」

 

 新蔵は元気になってんじゃん。どうした?帳場を追い出されたか?

 

「そんな三角の山も、三角の川も、四角の木もありませんわ」

 

「これはね、画数だったんですよ。実は」

 

「……イヤだわ。そうだったんですね。……なるほど、面白いですね。ふふふ……」

 

 この二人が夫婦になるのも時間の問題だな。

 

 

 

 

「お沙希っ!親父(おやじ)さんから小袖、借りてきたぜ。兵治さんが、殺しだとっ!」

 

「合点だっ!」

 

 

 

 

 

 

語り:秋風亭流暢(しゅうふうていりゅうちょう)(架空の落語家)

 

 

■■■■幕■■■■


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