その葬列に私は居ない   作:梅せんべい

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其の七 道

 

 

 人はどうして戦うのだろうか。命を危険にさらしてまで、どうして退かないのだろうか。

千晴が思うにそれは自分の主張を通すためだ。死にたくない、金が欲しい、憎いあいつに復讐したい、誰かを守りたい、各々の主張が全て通るようにこの世界はできていない。だから皆、武器を手にして対抗する主張を叩き潰そうとするのだろう。

 では彼らには・・・・死線に立ち続ける鬼殺隊士にはどういった主張があるのだろう。

鬼殺隊士の多くは恨みと怒りをもって鬼に立ち向かう。親兄弟や大切な人を失った悲しみと、理不尽への怒り。彼らは刀を取らない道もあっただろうに、その燃える感情を留めておくことができなかったのだろう。この世に蔓延る理不尽に黙っていられなかったのだろう。

己が痛みを知るが故に同じ悲しみを断ち切らんと奮起する姿は強くて、尊くて、儚い。そして千晴には眩しすぎた。

 

 あの日、一人だけ助かってなお千晴は他人の命を優先することなどできなかった。また取り返しのつかない間違いをするのではないかと日々怯えるくせに、結局人よりも自身の安全を選び続けてきた。

しかしそれは生き物として当然のことであり間違いなどではないのだけれど、それを教えてくれる者もまた千晴の周りにはいなかった。

 自分の行動と他人の行動、勝手に見比べては傷ついて自己嫌悪の海に溺れる。瘡蓋を剥いでは傷を広げる子供のように非生産的な行為を、そうとは知らぬままに千晴は繰り返すことしかできないでいる。

 

それでも鬼殺を続けてきたのは、せめてもの罪滅ぼしとしての手段がこれしかなかったこと、そしてしのぶとの最後の絆だからだ。退いても進んでも出口のない暗闇に千晴は未だ囚われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花柱との問答を終えて招集場所にたどり着いた千晴を待っていたのは十二鬼月との戦いであった。

下弦の参———鬼の中でもことさら強い存在である。その正体を掴むまでに幾人もの隊士が犠牲となり、遂に今回千晴を入れて十人の部隊が投入されるに至っている。しかも炎柱である煉獄杏寿郎がそこに加わるというのだから鬼殺隊の本気度も伺えた。

それでもやはり厳しい戦いになるだろうという千晴の予想はものの見事に裏切られることとなった。

 

 

 

 結論から言えば今回の任務である下弦の参討伐戦は鬼殺隊の大勝利に終わった。

下弦の参は五体の再生する分身を使って見事に鬼殺隊をひっかきまわしてくれた。しかもその分身は鋭い爪から斬撃を飛ばすのだから混戦状態に持ち込まれてしまった鬼殺隊にとってなかなかの難敵と言えただろう。

 しかしここで予想外だったのが煉獄杏寿郎の圧倒的な強さだった。五体の鬼をほとんど一人で相手取るような大立ち回りには鬼だけではなく隊士も瞠目せざるを得なかった。殊に同じ呼吸の使い手である千晴の衝撃はひとしおで、しばらく見とれてしまったほどだ。鬼に押される隊士を何人も庇いながら戦う杏寿郎を前に、千晴は結局潜んでいた本体の位置を伝えることしかできなかった。

 

 このようにして四半刻もかからずに下弦の参討伐戦は幕を閉じ、現在は隊士のそれぞれが帰路につき始めていた。そんな中で異変が一つ、いつもならばいの一番に任地から離れる千晴がいつまで経っても帰らないのだ。じっと立ち尽くして一点を見つめている。視線の先には負傷者に声をかけて回る炎柱の背中、彼女はそれをぼうっと見ながら思案にふけっていた。

 

 

 

 ————炎のような人だと思った。

自分と同じ呼吸を使っているとは思えないほどに冴えた剣技に、危険を顧みずに人を助ける勇気、沈んだ表情であった負傷者をも容易く前を向かせるほどの人徳。まさに暗い道に燦然と輝く炎そのものだとおもった。

———私もああなれたなら、なれたならばもっと違う日々を過ごしていたのだろうか。

有り得ない話を想起してしまうほどに炎柱の在り方は千晴の求める理想そのものだった。

 

 その理想を目にしてしまったからには少しでも近づきたくて、しかし何といえばいいものかと悩んでいるうちに杏寿郎もまた帰路に就こうとしていた。

 これを逃したら自分は一生駄目なままなのではないか・・・炎を模した白い羽織が遠ざかる中その思いが膨れ上がって、千晴はとっさに杏寿郎を引き留めていた。

 

「待ってください!」

「む?」

 

白い羽織がばさりと揺れて杏寿郎の大きな目が千晴を射抜く。とっさに声をかけたはいいものの話の内容などみじんも考えていなかった千晴は大いに慌て、

 

「っあの!どうしてそんなに強く在れるのですか?」

 

などと言う漠然とした問いをぶつけていた。

 ああ、強く・・・・強くってもっと他に言い方はなかったのか。漠然としすぎて千晴自身も呆れていたところに、予想通り杏寿郎からの質問が飛んでくる。

 

「強く・・・とは戦闘のことでいいだろうか?それならばやはり鍛錬あるのみだな!!」

「ああ、いえ違うんです、そうではなくてもっとこう・・・気概の方で・・・」

 

「ふむ、気概か・・・」

 

律儀であるのか難しい顔で悩む杏寿郎の体にはいくつか傷がついている。隊士を庇ったときの傷だ。いずれも止血はされているが怪我には変わりない。一歩間違えれば死すらも遠くないというのに、迷うことなく他人を助けることを選べるその理由が知りたかった。

 しばらくして答えが出たのか杏寿郎はぱっと顔を明るくして千晴の方を見た。

 

「君の問いについて考えてみたんだが!それは俺が強いからだとしか言えんな!!」

 

「はあ・・・・なるほど」

「うむ!!ところできみ、名前は何というのだ」

 

あんなに強い人だと理由もなく人を助けられるのだろうか・・・。予想の斜め上を行く答えに千晴は着いていけない。名乗らずにいた無礼を謝ることもわすれて自身の名を名乗った。

 

「そうか!喪上君か、君はあれだな、俺の継子になるといい!」

 

「ん・・・・?ちょっと待って下さい、わからない」

「ではもう一度言おう、俺の継子になるといい!!」

「そうではなくて!どうして急に・・・それに継子なんてなれませんよ、私なんかが・・・相応しくない」

 

そう言ってもなお繰り返す杏寿郎に千晴は必死に首を振って無理ですと繰り返す。

だってそうだろう、柱は鬼殺隊の規範なのだから、自分のような人間がその後釜の位置に仮だとしても居ていいわけがないのだ。

そう思って必死で断っているのに人の話を聞いていないのか彼は一向に折れない。

 

「それならそれで構わない。だが強くなりたい者を拒む理由などどこにもない!継子ではなくとも稽古をつけてやろう」

 

 あれよあれよというままに話はまとまり、いつの間にか千晴は炎柱の下で剣を学ぶ次第となっていた。正直どうしてこうなったのかは理解しきれていないが悪い気はしていなかった。元々鍛錬は苦ではなかったし、この人の下でならこんな自分も何か変わることができるのではないかという淡い期待があったのだ。

 

 

 

 しかし柱には継子が付いているものではなかったのか。自分などに割く時間が御有りなのだろうか。杏寿郎について夜の道を駆ける中で当然の疑問に千晴が声を上げる。

 

「炎柱様、そういえば継子の方はいらっしゃらないのですか」

「ああ、先日までは一人居たんだがな、派生に飛んで独立してしまってな!ところで喪上君、その炎柱様というのはむず痒い!他の呼び方にしてもらってもよいだろうか?」

「ええ、それで良いのなら。では煉獄さんと」

「うむ、そちらの方が馴染むな」

 

 そうこうしているうちにたどり着いた煉獄邸は大層大きな屋敷に見えた。道から見える塀の長さが明らかに長いのである。なんだか緊張して千晴は門戸に手を置いた杏寿郎に尋ねた。

 

「煉獄さん、本当にこの家なのですか」

「そうだが、どうかしたのか?」

「いえ、大きな家だな・・・と。こんなに大きいと何人の方か住んでいらっしゃるんですか?」

 

千晴の問いで不意に杏寿郎の動きがぴたりと止まった。何か余計なことを言っただろうかと千晴が内心焦っていると、なんとも形容しがたい表情の杏寿郎が口を開いた。

 

「喪上君。言い忘れていたことが一つあるんだが・・・・、家には父上がいるのだ」

「ええ、弟さんと・・ですよね。先程聞きましたが」

「うーーん、言い忘れていたというのは、その父上は少々あたりが強いかもしれん」

 

今更ですまない。そう言う杏寿郎に千晴は大丈夫だと伝えると、彼は複雑な面持ちでは手にしていた門戸を開けた。

先に入った杏寿郎に続いて千晴も門戸をくぐる。そろりそろりと緊張した足取りで歩く千晴とは対照に杏寿郎は入ってすぐの玄関をがらりと開けて帰宅を告げていた。

 

「ただいま帰りました!!」

 

闊達な物言いは生家でも健在なようで、人の気配が少ない煉獄邸に良く響いた。

 

すぐに奥から走る音が近づいてきて、杏寿郎によく似た、しかし気弱そうな少年が姿を現した。

 

「おかえりなさいませ兄上!」

「おお千寿郎、今帰った。わざわざ悪いな」

 

「いえ、ところで兄上そちらの方は?」

 

千寿郎と呼ばれた少年は兄の後ろで体を小さくして立つ千晴を不思議そうに見た。

 

「はい。私、喪上千晴と申します。煉獄さんには今日の任務でお世話に・・・」

「喪上君は俺の空いている時間に稽古をつけることになった。良くしてやってほしい」

 

「そういうことでしたか、僕は煉獄千寿郎といいます。鬼殺隊員ではありませんがよろしくお願いいたします」

 

見た目のわりにしっかりした様子の千寿郎であったが、笑うと途端に幼さが顔を出した。精悍な兄とは異なり可愛らしい表情に千晴の緊張も緩んだのも束の間、広い玄関に突然ぬっと大きな影が差した。

 

「父上!杏寿郎ただいま戻りました」

 

いち早く影に気づいた杏寿郎が声をかける。二人の父———慎寿郎は酒壺を片手に一段高い廊下から千晴と煉獄を見下ろした。息子たちとよく似た顔は、しかし二人にはない暗いものを感じさせた。気だるげに息子を見ていたかと思うと、その目線がスッと斜め後ろにいた千晴に向けられる。

 

「何だお前は、誰だ」

「鬼殺隊の喪上千晴、階級己です!」

 

 無精ひげや崩れた浴衣、酔っているのか少し赤い顔はだらしなさを感じさせるのに、その命令的な物言いは妙に馴染んでいる。まるで上に立つ人間のように違和感がなかったので、千晴は無意識に姿勢を正して答えてしまった。

 

「それでうちに何の用だ!新しい継子とでも言うんじゃないだろうな」

「いえ!とんでもないです」

「父上、喪上君は継子ではなく個人的に稽古を・・」

 

杏寿郎の言葉のどこに逆鱗が触れたのか・・・目に見えて激高した慎寿郎が吐き捨てる。

 

「下らん!!大した才能もないものが寄り集まってなんとする!」

「しかし父上!喪上君は」

「うるさい!その話は無しだ、お前も出ていけ!」

 

最後に千晴を指さしてそう言い散らすと、慎寿郎は足音も荒く奥に戻ってしまった。静まり返った玄関には沈痛な面持ちの兄弟と、呆気に取られてぽかんと口を開ける千晴が残された。なんとも居た堪れない沈黙が続く中、杏寿郎が一度ぴしゃんと手を打った。

 

「よし、これからのことを考えるか・・・」

 

この空間にあって安心させるような笑顔で言うものの、その口元が少し引きつっているのは彼と会って間もない千晴にもわかった。

 

 まさに前途多難という言葉が見事にはまる幕開けであったが、千晴の新しい生活は確かに始まりを告げたのであった。

 

 

 

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