男女混合超野球連盟ぱわふるプロ野球RTA   作:飴玉鉛

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本日二話目。昨日できなかった分ハッスルしました。聖ちゃん視点の小説パートです。

お気に入り登録した作品ほど更新停止してるのが辛すぎるので初投稿です(隙自語)


覚醒ひじりんの逆襲

 

 

 濃密で、濃厚な一週間だった。

 

 皆が疲れている。だが誰もが一皮剥けていた。夢を叶えるために大きな前進を果たした実感が、彼女達の気分を晴れやかなものにさせていたのだ。

 しかし疲労は蓄積している。悩みもできた。過酷な特訓の後は、医学的な超回復のために休養を余儀なくされる。これから二日間は野球から離れ、英気を養うことに時を費やすことになるだろう。同時に発生した悩みの解消法や、それとの向き合い方に、この二日間が消費されるのは想像に難くない。

 

 木村美香の手配したバスは、各々の家の近くまで行き、それぞれを降ろして進んでいく。

 自然と解散していった面々を尻目に、私は意を決して呼び掛けた。

 

「専一」

 

 呼び掛けた相手は、家が近所ということもあって、同じ所でバスから降りた幼馴染の少年だった。荷物の詰まったカバンを両手に提げ、肩や背中にも荷物を負ったその少年は、私からの呼び掛けに振り向いた。

 ()()()()変わらない、匂い立つ色気――色気としか表現できない、異性としての魅力。目眩がしそうで、くらくらしそうなフェロモン。()()()()()()()()()()()()()()。そんなもので、私が惑ったりはしない。

 

「後で訪ねる。だから()()()()()時間を空けておいてほしいのだ」

「ん、そりゃ別に構わんけど……なんか気になる事でもあるのか?」

「大いにあるぞ。私達バッテリーの今後に関わる、極めて重要な事だ」

「……真面目な話みたいだな。分かった、予定は空けとく。一応訊いとくけどLINEじゃダメなのか?」

「だめだ。直接会って話したい」

「……了解。後で俺ん家に来るって事ね。親父とお袋には話通しとくから」

「うむ、よろしく頼むぞ」

 

 言うだけ言って、帰路につく。

 寺まで続く階段は、疲れている身体には酷だったが――これからの事に頭がいっぱいで気にならない。

 家に着くと、両親に帰宅を告げ、風呂に入る。ご飯を食べる。それからお気に入りの服――白百合の刺繍が入った紫の和服に袖を通した。

 姿見の前で身嗜みを整え、髪を赤いリボンで結い、二年前の誕生日プレゼントで貰った玉簪を差した。これをくれたのは、専一だ。決戦の衣装に相応しいだろう。

 

 下駄を履いて家を出る。その際に母に出くわした。

 

「――頑張れ、女の子」

「う……うむ」

 

 察せられてしまったと気付き赤面する。私が何処まで行くつもりなのかは分からないはずだ、分かっていたらまだ早いと窘められるだろう。だがそれでも気恥ずかしい。誤魔化すように早足で敷地から離れて、急ぎ足で階段から降りていった。

 夜が訪れている。月は、出ていない。それでも迷いなく歩けた。何度も、何度も歩いた道――専一に会いに歩いた道だから。思えばこんな気持ちでこの道を歩むとは、想像したこともなかった。専一は私になんと言うだろう? 私にとっては以心伝心、一心同体、最高で最良の人だと思う。だが今回ばかりは流石に未知数だ。想像がつかない領域に進もうとしていると、仄かに感じられている。

 拒まれるかもしれない。ふと生じた不安は、半紙に広がる一滴の墨汁の性質を持っていた。

 専一は誠実な男だ。兄のように慕った幼少期――異性として密かに慕った小学生時代――想いを伝えた現在。生まれた時からずっと続いた関係だから、本当のことを言うと答えは見え過ぎるほどに見えている。

 結果は最初から分かっているのだ。私はきっとフラレるだろう、と。だが、それでもいい。ずっと傍にいたいのだ。置いて行かれたくないのだ。このままの関係でいると、手が届かなくなるような強迫観念がある。

 

 ただ。

 

 この踏み出した一歩が、専一との間に埋め難い亀裂を生むものだとしたら。その想像だけが、歩みを鈍くする。

 怖い。だが止まる気もない。そうなれば、そうなった時に考えよう。

 専一の家が見えてくる。家族ぐるみの付き合いがあるから、もう一つの自分の家だと言える所。そこに後少しで辿り着く。

 

「―――」

 

 ピロリン、とメールを着信した。相手は『礼里』だった。メッセージ欄に文字は打ち込まれていない。『………』とだけ書かれている。

 それはライバルの一人からの、牽制とも激励とも取れる意志の伝達だ。読心術とやらで、私の内心の覚悟を感じ取っていたのだろう。或いはそんなものを使わずとも、私の抱えていた覚悟を感じていたのかもしれない。

 長い付き合いだ。そうであっても不思議ではないが……私はスマホを懐に仕舞う。そういえばスマホを父に強請って買って貰った後も、暫くは操作に慣れないで礼里に揶揄された事があったなと思い出す。どうでもいい思い出だ。

 これは牽制で、激励ではない。私はそう思うことにした。激励して、されるような間柄ではない。専一を中心に、最良のポジションを奪い合ってきたライバルである。邪魔はしない、しかし応援もしない。そういう関係だった。

 礼里にあって私にないのは、事に及ぶまでの迅速さだ。私は脚が遅い、礼里は脚が早い。何事に於いてもそうだ。いつぞやの礼里が、専一の危機を予感して行動し、捕まって超能力に覚醒させられた時も。あの時も私は危険を感じていたのに、行動に出るのが遅かったから礼里が捕まった。

 もし、礼里より先に私が動いていたら。今この道を歩いていたのは、礼里の方だったのかもしれない。――そんな益体もない想像に失笑する。なんてことはない、この程度のリードで勝ち誇るなんて底が知れるというものだろう。

 

「――」

 

 専一の家につき、インターホンを押す。彼の両親に出迎えられ、なんとなく曖昧な表情をされた。私はなるべく二人の顔を見なかった。

 応対を受けて家に上がり、二階にある部屋に上がっていく。すると胸は緊張で張り裂けそうになるばかりなのに、頭はどんどん冷たく冴えていった。不思議な感覚だ。まるで見えている奈落に落ちていこうとしているようだ。

 

「専一。来たぞ」

「――おう。空いてっから入っていいぞ」

 

 ノックをして、返事を待ってから扉を開く。

 きちんと整理整頓されて、そのくせ野球の雑誌やら用具が、棚やタンスの上に安置されている部屋。

 専一は机に向かっていて、パソコンにデータを打ち込んでいた。

 

 振り向いては来ない。画面を見ると、同じシニアの面々のデータが記されている。太刀川広巳、橘みずき、小山雅、早川あおい。他にも合宿には一緒に行かなかった男子陣や女子陣。その能力を事細かに記して、良かった所と悪い所を打ち込み、改善点とその方法を迷う素振り無くタイピングしていく。

 そして、私のデータを開いた。脚が遅い。目にやる気がない。非力。肩力は平凡。エトセトラエトセトラ……。私の悪いところばかりを打ち込んでるのを見て、私はこめかみが引き攣るのを自覚した。文句でも言おうかと口を開きかけるも、そのタイミングで丁度タイピングされた文字を見て口を噤む。

 

『最強の投手の女房役に、六道聖ほど相応しい捕手はいない』

 

「――で。その最強の投手になる予定の俺になんの用だ?」

 

 振り向いてきた専一は、悪戯好きな少年のような笑顔を浮かべていた。

 肩の力が抜けて微笑む。

 私の格好を見た専一は目を瞬いたが、すぐ平素の表情に戻って褒めてきた。

 相変わらず、欲しい言葉を欲しい時にくれる男だった。

 

「似合ってるな。普段の凛々しさが際立ってる」

「――ん」

 

 ぽすん、と専一のベッドに腰掛けた。実を言うと私も疲れが抜けていない。本当は今すぐにでも休みたいところだった。

 このまま寝てしまって、専一を困らせてやろうかとも思ったが、今夜はそれを目的に来たのでもない。椅子に座ったままこちらを見る専一に視線を返す。静かな目は、何かを察してるようで。私は無言で見詰めるだけだ。

 

「……なんか話があるんだろ? こっちからは何もないんだから、聖ちゃんから切り出すべきじゃないか?」

「うむ……もちろんそのつもりだぞ」

 

 相槌を打つも、もう少し時間が欲しい。

 切り出すにはやはり、勇気が必要だった。

 

 どれほど見詰め合っただろう。ふと時計を見ると、10分経っていた。目を逸らさないでくれた専一に感謝しつつも、決意を再び固め直す。

 ゆっくりと口を開いた。だが内心とは裏腹に、声が震える。

 

「専一……嘘は言わないで欲しい、正直に答えてくれ」

「ああ」

「合宿の時……礼里と、氷上……二人と、えっち、したな」

「ん……? もう一回言ってくれ」

 

 よく聞こえなかったのか聞き返され、私は思わず吃りそうになり、顔が熱くなるのを自覚しながら繰り返した。

 

「だ、だからっ。礼里と氷上の二人と……えっち、しただろう」

「えっ……なんだって?」

「えっち! えっちしただろう!?」

「えっち……って。言い方可愛すぎかよ」

「なー!?」

 

 私としては深刻な問題の告発をしたつもりだったのに、専一が突発性難聴に罹ったような反応をしてきたことに腹を立て、言い難い事を連呼しただけだ。

 だが実際は、私の「えっち」という言い方を何度も聞きたがっていただけのようで、混ぜっ返された私は思わず素っ頓狂な反応をしてしまっていた。

 

 ま、まただ……! こんな時なのに、またからかわれた……!

 

「専一っ! 怒るぞ!」

「すまん。いやさ、なんとなく聖ちゃんがそれ聞きに来たって気はしててさ。あんまり深刻な空気になりたくなかったっていうか……」

「時と場合を考えろ、ばかものっ!」

「……うん。ごめんなさい」

「ふん。謝るぐらいなら最初から真面目に答えろ。……で、したのだろう」

「おう、ヤッたぞ」

 

 なんだか神妙な空気になるのも馬鹿らしくなって問いかけると、すんなりと肯定された。私は嘆息する。ショックなはずなのに、直前のやりとりのせいで深刻になりきれない。また――手玉に取られてる気がして面白くなかった。

 昔からそうだ。私はずっと専一にしてやられている。それが嫌いじゃないし振り回されるのは楽しいが、今回ばかりは専一のペースに乗りたくなかった。

 

「弁解させてくれ。先に断っておくが、俺からヤろうとしたんじゃない。疲れてた所で襲われて抵抗できなかったんだ」

「そんな事は言わなくても分かっているぞ。専一が、二人と同時に、え、えっち、する……とは最初から思っていない」

「その後はまあ流されて流されて……つい、な。俺も男だし、逆らう気になれなかった」

「……なんという体たらくだ。らしくないにも程がある。あの二人を手玉に取れない専一ではないはずだぞ。……私の想いを知っていて、快楽に流されたのだな」

「……あー。まあ……うん。そうだな」

「私が暴力系ヒロインとやらだったら殴っていたぞ」

 

 暴力系ヒロインって……どこで覚えてきたんだよ。そうボヤく専一に私は本棚を見る。専一の持っている数少ない少年漫画だ。

 これか、と専一は呟いた。それだ、と私はうなずく。

 

「……私には、手を出さないのか」

「……それ、本気で言ってる?」

「うむ」

 

 ムードも何もあったものではない。

 だが掛け値なしに、飾りのない想いはそこにあった。

 氷上だけなら……まあ納得はしていた。しかしそこに礼里がいたとあっては大人しくしていられない。なぜなら、と理由を並べるのは簡単だが、一言で全てを纏めてしまうと『礼里はよくて私はだめなのか』という嫉妬だ。

 氷上は羨ましいことに、正式な恋人だった。だからいつかはこういう事もあるのだろうと、内心覚悟はしていた。妬ましくて羨ましくて悔しくて、多分その時が来たら泣いてしまうかもしれないと思っていたが、礼里は違う。

 礼里は、私と同じだ。私と同じで、横恋慕をしている立場だ。だというのにその領分をあっさりと超えていった礼里が妬ましい。そしてそれを受け入れている専一に、形容し難い怒りのようなものを感じてもいた。

 

 だから、問い掛ける。専一は頭を掻いた。困った時に見せる癖だ。

 

「……今の俺が言えた口じゃねえんだろうけど、手を出す気はねえよ」

「……それは、私に魅力がないからか?」

「んなわけあるか。聖ちゃんは可愛い。魅力的だ――ってオイッ! 何やってんだ!?」

 

 可愛いと言われ、思わず更に赤面してしまうが、それを堪えながら服を肌蹴て胸元を晒す。すると慌てて声を裏返させた専一に私は言った。

 専一の目が私の胸を見ている。いつもは感じない、いやらしい目で。他の男なら不快でしかないが、専一にそんな目をされるのは嬉しかった。

 

「なら……私にも、してくれていいだろう……?」

「おいおいおい! 聖ちゃん落ち着け、冷静になれ、俺はだなぁ……単に聖ちゃんには誠実に――」

「二人同時に相手にした専一に誠実も何もあったものではないと思うぞ」

「グガッ……そりゃ、そうだろうけどさぁ……!」

「据え膳食わぬは男の恥だが、据え膳なのに手を出されなかった女の恥はそれ以上だ。……専一。お願いだ。正直……怖いのだ」

「……は?」

「これから先、どうなるか私には分かる。私がここでこうしていなかったら、専一はあの二人との関係をずっと続け……次第に『あの二人とそれ以外』という形になってしまう。私は……『それ以外』の枠に、入りたくないっ」

 

 視界が滲む、押し殺していた不安を吐露する。それは私にとって、確定した未来の話だ。専一は合理性を尊ぶ反面、情に脆いところがある。だから二人との倒錯した関係に頭を悩ませていただろう。どうしたらと考えていたはず。

 やがてそれは心理的な壁になり、区別をつけるようになるかもしれない。すなわちそれは、氷上と礼里の二人を特別にして、それ以外を特別じゃない枠にすることだ。私はその想定に恐怖してしまっていたのだ。

 有り得もしない妄想、焦りと不安が生み出した間違いかもしれない。だが私にとっては現実味のある未来予想図で。そうなったらもう――私は専一の隣から弾き出されるしかなくなってしまう。専一の『特別』になれなくなってしまう。その恐怖が私を突き動かしたのだ。

 

「……」

「私を……私も、入れてほしいのだ。その、枠の中に。だめ……か?」

「……」

「……うむ。そうだな、やはり、だめなのだな。すまなかった……今夜のことは忘れてほしい。明日からは……いつも通りに振る舞う。だから――」

「聖」

「っ……?」

 

 俯いて、涙を流す。顔を見られたくなかった。

 帰ろうと思い、顔を背けると、いつの間にか傍に来ていた専一に押し倒されていた。

 

「せ、せんいち?」

「……あぁ、もう。なんだこれ。意味が分かんねえ。俺まだ何もしてねえのになんで次から次へと……」

「……?」

「あのな。そんな顔されて、させて、聖を帰らせたってなったらさ……俺がとんでもねえクソ野郎にしかなれねえじゃねえかよ。あの二人に手ぇ出してる時点でクソだが、それでも聖を泣かせたクソ野郎よりはマシだ」

「……ぁ、あの、だな。やっぱり……この話はなかった事に……」

「なるわけねえだろ。自分から言い出しといて芋引くとかふざけんなよ? 俺をその気にさせたのはお前なんだからな。それとも……俺をその気にさせるために、わざと引いて誘ってんのかよ?」

「うっ……そ、そんなつもりではないぞ。ほんとだ。でもだな、なんだか少し怖くなってきた……」

「そりゃあ良かった。据え膳食わぬは、なんだろ。ちったぁ懲りたってんなら押し倒した甲斐があるってなもんだが……じゃあ、やめるか?」

「そ、れは……」

「なんだよ」

「……やめるなっ。こう言えば良いのだろうっ。このっ……意地悪男っ」

「おう、意地悪上等だ。今更やめねえよ。ハジメテは痛いらしいからな、覚悟しろよ」

 

 ハジメテは痛い。そんな事は知らない。保健体育で習ったこと以上のことなんて。だけど、なんだろうか。

 痛くないとおかしいのだろうか。だとすると私はおかしいのだろう。

 痛くない。それどころか、き、気持ちよくて、暖かい気持ちになっている。

 貪られる感覚が――こんなにも愛おしくて――天にも昇りそうだった。

 

 ――勢いに任せて行動してみたが。これからどうなるのだろう?

 

 ふと浮かんだ疑問は、押し寄せる快感の波に押し流されて消えていった。

 どうにでもなる。どうとでもなれ。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




弾道が上がった!

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