男女混合超野球連盟ぱわふるプロ野球RTA   作:飴玉鉛

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初投稿ったら初投稿です。


秋季大会第一回戦(そのいち)

 

 

 

 

 これが野球ゲームだって事を思い出してしまうRTA再開します。

 

 はい、長ったらしい入場行進&開会式でしたね。いやぁ関東は魔境だって言われるぐらいレベルが高いそうですが、他のチームの面子を見たらそうでもなさそうで落胆を禁じ得ませんよ――と、開幕からイキっていきます。

 強敵と言えるのは、一回戦で当たる木場嵐士と滝本太郎を擁する横浜中央シニアと、準決勝で当たる猪狩兄弟&友沢を擁する横浜北シニアぐらいですね。……ん? なんで木場くんと滝本くんが同じシニアに……? まあいいか。

 ちなみにですが、その二つのシニアの名前は本作だと、誤って名前を拾われた感じです。江戸川と横浜のシニアチームが混同されたんでしょう。開発陣の情報収集能力に疑問符がつきますねクォレハ。

 

 わたしの先発登板は、順当に勝ち進んだ場合3回戦と準決勝だそうなので、猪狩くん達との対戦を楽しみにしておきます。今回は関東勢だけの大会で、その後に全国選抜大会があるんで長丁場になりそうですねぇ。

 あんまり長ったらしくやるのもアレなんでコールドゲームでサクッと締めていきたいものです。コールドゲームほど蹂躙してる感が出る試合はないんで、強豪チーム以外では遠慮なく蹂躙劇を演じてやりましょう。

 だってそうした方が経験点的にうま味なので。中学球児の諸君には悪いですが、パワプロくんの養分になっていただきます。

 という感じで横浜中央シニアとの試合です。両チームが並んで対面します。すると相手チームの先発投手、木場嵐士くんが真っ赤な瞳でこっちを睨みつけてきました。おいおい試合開始前に私語交わしてええんか……? と思われるでしょうが、本作だと別にええんやで。ある意味キャラゲーでもあるんで、そのキャラの持ち味や魅力を活かすための要素でしょう。多分。

 それはそれとして、まるでプロレスのマイクパフォーマンスみたいで、最初はちょっと笑っちゃいます。慣れるまで大変だった……。

 

「お前が力場専一だな」

「ん? そういうお前は……キハ・ランジだな」

「キバ・アラシだ! 初っ端から人の名前間違えやがって……いや、それよりどういう事だ!? なんだってテメェがエースじゃねえんだよ!」

 

 うっはぁ……なんでこんなに怒ってるんですかね。あおいちゃんがムッとしてますよ。けど木場くんはお構いなしです。マネージャーとしてベンチにいる君の妹さん、凄くハラハラした感じで君のこと見てますよ。

 というかこの物言い、もしかしてリトル時代にパワプロくんと対戦した事があるんでしょうか? そんな覚えはないんですが……対戦したことはなくてもパワプロくんの無双を見たことぐらいはありそうですね。

 

 にしてもこの周回では初めて見た木場くんの妹さんの静火ちゃん。すんごくメンコイですねぇ。我々プレイヤーの中には静火ちゃんLOVEガチ勢がいて、下手にオンライン上で彼女を悪く言うと、どこからともなく現れたガチ勢に袋叩きにされるんで気をつけてくださいね(小声)

 にしても……いーなーかわいーなーわたしもあんな妹がほしかった。が、残念ながら静火ちゃんと絡む予定はありませんし、絡むわけにもいきません。あの娘はギャルっぽいですが、見た目に反して一途で純粋で性格まで最高と非の打ち所のない女の子なのです、が、その分純愛√以外は受け付けないんです。兄貴の木場くんも妹LOVEなので、静火ちゃんをハーレムの一員とか殺すぞと殺意の波動に目覚めますよ。純愛なら渋々認めてくれるんですがね。

 

 無視するのもアレなんで、その木場くんに答えておきましょう。

 

「なんでって言われてもなぁ……ぶっちゃけ打者としての俺が強すぎるから、かな。ウチは投手層も厚いし、打つのに集中してほしいんじゃねえの?」

「ハッ。なんだ、要するに投手として頭打ちになっちまったって事かよ。世代No.1とかいう看板も地に落ちたみてぇだな。そんな細っこい女にエースの座を奪われちまうとは()()()()()()()()()()だぜ」

 

 カッチーン、という擬音が聞こえますね。錯覚ですが。

 擬音の発生源は煽り耐性ZEROな『超短気』のあおいちゃんです。いきなりブチ切れてしまいそうになってます。ちょっとあおいちゃん、女の子がしちゃいけない顔してるゾ。

 気分は三国志演義の劉備が猪突猛進な張飛を宥める感じ。あおいちゃんは我が軍の魏延なのに、プッツンしたら張飛なので気をつけましょう。

 というわけであおいちゃんが動く、口を開く前にそれとなく鼻を鳴らして牽制します。ついでに木場くんを煽っときましょう。冷静さを奪ってスタミナ管理をミスってくれたらラッキーですからね。――煽り合いでこのわたしに勝てると思うなよ若造……わたしとのレスバで勝てるのはレスバの達人共だけと知れ……! アイツらの煽り力は53万です。

 

「――フン」

「……なんだよ?」

「あまり強い言葉を使うなよ――弱く見えるぞ」

「ッッッ!?」

「それとお前ら、あおいちゃんをナメてるみたいだがな……そんな様だとヒットの一本も打てるか怪しいぞ。頼むから俺に言わせるなよ? ()()()()()()()()()()()()()、ってな」

「面白ぇこと言ってくれるじゃねえか……!」

 

 もういいかな? と微笑ましそうな主審に曖昧に笑顔を返す。

 それでは一礼します。お願いしまーす。副音声でぶっ潰すと言ってそうな木場くん。こちらこそオナシャス(暗黒微笑)

 まずはそちらからの攻撃ターンですぜ。一回表の投球、見せつけてやれよあおいちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――フェンスの向こうには、選手達の保護者はおろか高校の強豪、そのスカウト達までも陣取っている。一回戦であろうと人材の発掘機会を逃すのはバカのすることだからだ。

 

 三球の投球練習。今日の調子を確かめる場。

 

 緑髪の髪を結わえ直してマウンドに上がった少女の背中には、一番の背番号が背負われている。

 武蔵府中シニアの三年生エース、早川あおい。対する正捕手はチームの頭脳にして守備の司令塔、六道聖。女性選手がプロとして活躍するようになった今でも珍しい女子バッテリーだ。

 聖の捕手としての能力は特筆に値する。キャッチング能力は言うまでもなく早川あおい、橘みずき、太刀川広巳、力場専一というタイプの異なる投手の力を、十全以上に引き出せる名手なのだ。彼女も是非ウチのチームに欲しい、と目を光らせるスカウト達。脈無しな事はまだ知らない。

 早川あおいは、夏の大会でも躍動したサブマリンのピッチャーで、固有魔球マリンボールを操る者として注目を集めている。コントロールも悪くなく、足腰の発達具合を見るにスタミナも大幅に増強できていそうだ。

 

 そして――レフトスタンドからの声援。

 

「専一殿ー! 微力ながら力になりたく応援に参った! 頑張れー!」

 

 黒髪のポニーテールを赤い紐で結んだ、サムライガールのような印象を受ける凛々しい少女。その少女の声援にギョッとしたように振り返った少年が、曖昧に笑って手を振り返した。

 そんな仕草にすら華があり、女性陣は見惚れたが――しかし声援を飛ばした黒髪の少女に対して、他の女性陣は敵意を向けていた。何勝手なことしてんのよ、と。示し合わせたタイミングで一斉に声援を送りたかったらしい。

 だがその少女はまるで意にも介していないようだ。

 

 集客率は現時点でも抜群のものがありそうだ、とスカウト達は心の中でメモをする。

 

 力場専一。通称『パワプロ』と呼ばれる、この世代最強選手の呼び声()()()()少年。

 この年頃で一年の差は大きい。一年生時に転校しシニアチームも変わった彼は、この一年の間でどれだけの変化と進化をしたのか。過去の栄光が現在でも輝くのか。注目度はやはり大きく、彼が目当てでこの試合を観戦に来たスカウトは数多い。そして観客席には別のシニアチームの偵察班の姿もあった。

 そんな彼らは拍子抜けしていた。てっきり、エースはパワプロだと思っていたからだ。この一年の間にどこかを故障してしまったのか? それともリトル時代は早熟が過ぎただけで、周りに追いつかれてしまったのか?

 その疑念。その失笑。落胆。注目度が高いという事は、すなわち落ち目になれば餌にされるという事だ。少年の背中に突き刺さるものの中には、嘲笑の類いも僅かながら混じっていた。

 

(………)

 

 そんな中、一人の髭面の男は周囲の反応に呆れていた。

 男は影山という。とあるプロ球団のスカウトだ。プロが中学のシニアチームを見に来ているとは暇なのかと思われそうだが、そんなことはない。

 将来プロになるような逸材は、中学時代からも光るものを感じさせる。そうした才能の原石を早い段階から見つけ出し、個人として親しくなっておけばスカウトするのに有利に働くのだ。

 それに、影山スカウトは高齢である。後任のスカウトマンをスカウトする、という後継者探しも兼ねて至る所に足を運ぶ事は多かった。故に影山スカウトが見ているのは選手だけではなく、スカウト陣もまた観察されているのだ。

 影山スカウトは内心呟く。

 

(彼らは駄目だな。冷静に俯瞰したら明白な事実が見えていない。武蔵府中の少年達は宮本シニアを自称していたが――その実力は精々が並だった。なのに夏の大会では三位に輝き、全国選抜大会でも今までにない成績を残した。急激にチームの総合力が増したのは、あの少年がチームに入ってから……早川あおいをはじめとする少女達は元々光るものがあったが、その爆発的な成長はあの少年と関わってからの時期に符合する。監督やコーチ陣に変化がない以上、見るべき所は明らかだ)

 

 ス、と目を眇めた影山はメモ帳を開く。パラパラとデータを流し見て、自身の所感が的外れではないかを確かめる。

 そして己の分析に間違いはないと、長年の経験則からくる確信を抱いた。

 

(パワプロくん、だったかな。彼は恐らくリトル時代から更に進化し、なおかつ周囲の実力を引き上げる指導力があるのだろう。人望も厚そうだな……もし選手としてはイマイチだったとしても、コーチとしての才能は確かにありそうだ。となると指名する価値は充分だろうな)

 

 影山の感想をよそに、パワプロを侮るような視線や雑談は交わされている。

 だがそうした目が向けられるのは織り込み済みだった。投球練習を終えると捕手の聖が立ち上がる。あおいに返球しながら、よく通る声で言った。

 

「まずは先頭から三人、レフトフライで締める。他は適度に寛いでくれ」

 

 横浜中央シニアの面々――そして聖の声が聞こえたスタンドの者達も俄かにざわめいた。そして最初に打席に入った打者が憎たらしげに聖を見る。

 涼し気な顔でそれを無視し、打者が構えるのを待った。ジ、とあおいが待っているのを見た一番打者が鼻を鳴らす。

 

 ――レフトフライを打たせる? やれるもんならやってみやがれ――

 

 奮起して打者はオープンスタンスに構えた。するとあおいが足元のプレートに足を乗せ、聖の出すサインを視認し不服なく頷く。

 そしてあおいがモーションに入った。グ、グ、グ、と力を溜めるように両腕を振りかぶる。ワインドアップ――それは夏の大会では、走者が塁にいなくてもしていなかったもの。事前情報にない動作に打者は虚を突かれた。

 力を臨界まで溜めたのだろう。流れるように片足を踏み出し、体重を移動させながら上体を大きく傾けさせた。ボールを握る手が地面スレスレを通り、低空より飛翔する燕のような軌道を描いて外角高めに決まる。

 

 打者はそれを見送った。サブマリンの投手と対戦した経験がほぼないからだろう、動揺が透けて見える。重そうなストレートはノビもよく、聖は無言で返球し、あおいがボールを受け取るなりすぐに投球モーションに入った。

 テンポが早い、打者は咄嗟にバットを振った。しかし投じられた直球の下をバットが通り抜ける。乾いた音を立てて捕球した聖はわざとらしく嘆息した。こんなものか、とでも言いたげに。そして急に立ち上がったかと思うとあおいに返球しながら言った。

 

「すまない、あおい先輩。三振に切って取れるかもしれないぞ」

「ッ――」

「あ、そう? ボクは別にそれでもいいけど」

 

 ナメやがって。打者は苛立ち、集中を増す。再び放たれたのは、前二球よりも更に球速の増した全力投球。横浜中央シニアの先頭打者の少年は、投げ込まれたコースが先程と同じ外角高めだった事もあり、なんとか反応を間に合わせてボールを捉えた。金属のバットが鳴り、ボールが真後ろの主審の頭の上に流れフェンスに直撃する。ファールチップだ。

 簡単に三振に倒れると思うな、と気負う打者。それを静かな眼差しで一瞥した聖が立ち位置とバットの握り、集中力の程度を見極める。そしてあおいが返球を受け、聖のサインを見て頷いた。

 

 要求されたコースは再び外角高め。全く同じモーションから投じられたのは同じボール。すなわち、ストレート。打者はふざけているのかと、甘い球が来たと狙い打とうとする。だが――そのボールはストレートと同じ軌道を描きながらも、遅かった。通常のチェンジアップよりは速いが、使いどころを間違うと棒球にしかならない高速チェンジアップだ。

 バットには当てられた。だが打者の狙ったタイミングからはズレ、当てるのが早すぎた。体勢はズレて、振ったバットに体が流され――ボールが飛ぶ。キンッ、と気の抜けた音を残して、球場の面々はその行方を追った。だがバットの鳴らした音を聞いた瞬間に動き出していた外野手が、そのボールを身体の正面に迎え捕球する。

 

 果たして外野フライとなったボールをキャッチしたのは、レフトのパワプロだった。瞠目する横浜中央のベンチと、聖の予告が聞こえていたフェンスの外の者達。そんな彼らを尻目にパワプロが中継を挟もうとせず、ピッチャーに直接ボールを投げ返そうとする。するとあおいはグラブを顔の位置に構え、笑顔で口を動かした。ここきて、と。パワプロは笑い、軽い助走を挟んで投げる。

 レフトから投げ返されたボールは、まるでレーザービームのように真っ直ぐに、一直線にあおいのグラブを目指した。その軌道の鋭さと速さ、そして桁外れの制球力を見せつけるようなアピール。あおいは顔の横に置いたグラブを動かしもせず、収まったボールに笑顔を深める。

 

 場が騒然とする。聖の宣言通りのレフトフライ。パワプロの未来予知じみた守備移動の速さ。返球した際の球速と、針の穴を通すようなコントロールに。

 影山は薄っすらと微笑んだ。やはり――と。やはり衰えてなどいない、と。怪物は怪物のままだ。いや、さらなる領域に進んでいる。

 このアピールはかなり有効だ。レフトにボールが行けば、走者は進塁を試みるのを自重してしまうようになるだろう。現にパワプロの守備の巧さ、肩の強さが披露され横浜中央シニアのベンチに動きがあったのだ。

 

「わんあうとー!」

 

 呑気な、それでいてのんびりとした声。あおいが守備陣に檄を飛ばした。すると「イエー!」と場違いな返事がされる。宮本シニア全員が笑っていた。

 続く二番打者は深呼吸をする。レフトフライに倒れた先頭打者は、打席に向かう少年とすれ違う際に呟いた。捕手がウゼェ、無視しろと。

 六道聖のささやき戦術は有名だ。一年間の空白期間があっても、体験したことのある選手は口を揃えてボロクソに言う。曰く、最悪の詐欺師だ、と。その風評は横浜中央シニアにまで届いていた。というのも、横浜中央の四番・滝本太郎は、リトル時代に聖のささやきを聞いてスランプに陥った事があるのだ。その事を聞かされている二番の少年は頷く。

 

 そんな彼が打席に入る直前に、聖はあおいに向けてミットを横に薙ぐ仕草でサインを送る。それにあおいは首を傾げながら、一旦肩を回してセンター方向を向くと二回、三回と軽くジャンプした。

 手をプラプラと振って、肘を伸ばした。これは聖から事前に言い含められていた、打席に背中を向けてストレッチをしろというサインに従った行動だ。特に意味は分からないあおいだが、間を外すのに使えるのかなと思う。初回から間を外すのはどうなんだろうとも思うのだけれども。

 

 ――ユニフォームでピッチリと浮かび上がった大きな臀部。張りのある丸くまろいモノ。それが少年の心を奪った。

 

 そうして少年が打席に入るタイミングで正面に向き直ったあおいは、げ、と内心顔を顰める。聖の出したサインの意味が分かったからだ。二番打者の少年は赤面し、あおいの腰の位置をチラチラと見ているのである。

 思春期の少年を殺しに掛かっている――聖のキャラに合わない、少女の武器を用いた盤外戦術だ。あおいは微かに頬を紅潮させて、もう二度とやらないと心に決めた。後で聖に対して怒ると決意し睨みつけると、素知らぬ顔で捕手はミットを構えた。出されたサインは内角低めの速い球。変に力みそうだったあおいは深呼吸をして落ち着き、要求通りのコースへストレートを投じる。

 集中力を乱されていた少年はこれにあっさりと空振りし、続く二球目で外角高めに投げた高速チェンジアップ――棒球を打たされた。これもまた、スイングスピードと角度を見切った聖による操作だ。結果はレフトフライ。

 

 電光掲示板に二つ目の赤いランプが点灯する。ツーアウト。再び予告通りの結果であり、球場は沈黙した。そして三番打者は初球にストレートが来るとヤマを張り、聖はそれを察していながら敢えてストレートを要求した。内角高めへと迫った直球を詰まらされ、これもレフトフライに倒れる。

 三つ目のアウトカウントが奪われると、今度こそ球場は騒然とした。聖の意のままに初回の攻撃が終わったのである。三回ともフライをキャッチしたパワプロは、落下してくるボールを全て危なげなく処理してベンチに戻っていきながら、顔を微かに赤らめているあおいに追いつくと半笑いで声を掛ける。

 

「ナイスピッチング」

「……ありがと。けど聖ちゃんのせいで全然嬉しくないよ」

「ん? んー……とりあえず見ててくれ。俺まで回ったらイイもん見せてやっから」

「うん……援護期待してるからね、パワプロくん」

 

 宮本シニアの面々がベンチに戻り、あおいが笑顔で聖の頭の両サイドを拳骨で挟み、グリグリと抉っている間に横浜中央シニアは守備位置についた。

 聖の悲鳴がベンチに響くのを尻目に、先頭打者の霧崎礼里はジッと相手投手――木場嵐士の投球練習を観察する。

 

 球は走っている。だがキャッチャーは捕球する際にその球威に押され、ミットの位置を微かに動かしてしまっていた。コントロールもそこまで良くない。球速と球威が厄介そうだが、ストライクゾーンのギリギリの辺りなら、打者の見逃し方一つで主審のストライクカウントをボールカウントに変えれそうだ。

 そのためにはこちらの選球眼の良さをアピールしなければならない。初回からは余り効果は出ないが、二打席目、三打席目で活きてくるだろう。礼里はそう見て打席に入った。

 

「へっ……」

「………」

 

 木場が笑う。女の礼里を侮ってのもの、というわけではなさそうだ。どうやら木場は礼里のリトル時代の評判を知っているようで、その上で打ち取れると踏んでいるらしい。

 次の打者が打順を待つネクストバッターズサークルに聖が来るのを見て、礼里は構えた。三振を奪いに来ると感じる。初回の攻撃であおいと聖に翻弄された空気を払拭するために。そして初球と三振を奪う決め球はストレートだ。

 読心するまでもなくそこまで予見し、球筋と球威を見ようと集中する。木場が構え、片足を上げた。その豪腕から繰り出される第一球は、読み通りの速球だ。礼里は敢えてバットをストライクゾーンに置くようなイメージでスイングし速球をカットする。

 

「ファールボール!」

 

 ヒットを打つ気はなかった。最初からファールゾーンにボールを落とすつもりだった。だが礼里はそのストレートの重さ、ノビのある球質に少し驚く。

 微かにホップした気がしたのだ。いや、錯覚ではない。実際に浮き上がっている。それに球の重さはパワプロに匹敵していた。

 礼里は手をプラプラと振る。それを見ていた聖は痛むコメカミを無視して目を細めた。

 

(重いのだな)

(重い)

 

 バットを構え直す間際に礼里と聖がアイコンタクトを交わす。だが――

 

「フッ――!」

 

 二球目を見逃し、三球目で投じられた緩いカーブを無視する。ツーストライク・ワンボールのカウントで、手が痺れそうだから粘るのは得策ではないと判断した礼里は、鋭い呼気を吐き出しながらバットを一閃した。

 三振を奪いに来た、自信のあるストレート。それを強振(フルスイング)で狙い打ち、礼里は木場の驚く顔を見る事なく一塁へと疾走する。銀髪を翻しながら一塁へ到着した礼里は、ホームランを打つつもりでバットを振ったのに、レフト前にぽとりと落ちたボールに目を細める。手がジンジンと響いていた。粘り過ぎると握力が弱くなると判断したのだが、その判断は正しかった。

 チッ、と舌打ちした木場は一塁上の礼里を睨む。

 

(……アイツ、女のくせに中々のスイングだな。詰まった当たりだったってのにレフト前まで運びやがるとは……リトル時代の優秀選手賞は伊達じゃねえってわけか……)

 

 元々出塁率が高く、走塁と盗塁の巧さもビデオで見た。自分の牽制の技や、捕手の肩の強さを鑑みるに、盗塁を阻止するのは難しいだろう。二塁まで進まれるのは面白くないが、あまり気にしすぎないようにしようと腹を決める。

 木場は打席に来た聖に意識を向ける。

 

(六道、つったか。チッ……オレの相方もコイツぐらい捕球が巧かったらいいのによ――いや、情けねえ言い訳は無しだ。コイツは霧崎とは違ってパワーはヘナチョコで脚はナメクジだ。確実にアウトカウントは一つ取れる)

 

 守備はゲッツーシフトに移行している。木場は自分のコントロールがあまり優れていないと自覚しているだけに、それを棚上げして平凡な捕手である今の相方への不満を抱くのは情けないと思う。

 木場は常に全力投球だ。完全に一塁の礼里から意識を外す。二塁盗みたきゃ好きにしな、と割り切っていた。ただし三塁にまでは行かせるつもりはない。

 案の定、初球から礼里は走った。捕手が刺そうとするも、二塁手が捕球するより一秒も早く二塁に到達していた礼里は余裕そうに構える。聖はど真ん中に来たボールを見逃したが、礼里が二塁へいくとバントの構えを見せて木場を揺さぶりに掛かった。

 

(その手は食わねぇよ……ッ!)

 

 内角高め目掛けて全力のストレート。ビビって仰け反れと念じながら放った直球は、しかし聖を怯ませるには及ばない。

 バントの構えを直前で止めて、打席の内側ギリギリまで離れた聖はツーストライク目を木場に譲ったのだ。バントの構えから木場のストレートを観察しただけである。

 

(――ホップして本当に浮かび上がる直球、重い球。だが……専一のストレートを受けている私からすると驚くほどでもない。あおい先輩のような変則的な直球でもない。威力はあるが、捕手の単調なリードから木場の力に頼っているのが透けて見えるな……恐らく次は変化球、だがカーブは来ないだろう――となるとスライダーを外して来る)

 

 聖は自身の読みが嵌まるか試すために、四球目も敢えて見逃した。すると読み通り、スライダーが聖の懐を抉った。ストライクゾーンを外して。大袈裟に身を躱すと、相手キャッチャーは聖の反応に手応えを感じた。

 やはり女だ、ボールに当たるのは恐いのだろう、と。なら今度は内角のギリギリにカーブを投げ込めば見逃しか空振りで三振を取れる。木場のストレートの威力が目に焼きついているはずだから――そう思い、サインを出すも木場は首を左右に振った。

 

 おや、と聖は眉を動かす。このキャッチャーのデータは頭に入れてある。次はカーブが来るだろうから、それを狙い打てば長打にできると思っていた。

 木場が首を振った事で計算が狂うも、次に来る球を察して嘆息する。やるなこの男も、と聖は感心して自身のヒットを諦めた。

 

(ストレートか)

(コイツ相手に駆け引きは要らねえだろ。地力じゃ勝ってんだ、下手に読み負けて打たれるよりは、力押しで行った方がいいってもんだろ)

 

 聖の眼差しに答えるような闘志。青い気炎が木場の背中から吹き出ているかのようだ。分かりやすい奴、と聖は思う。

 果たして投じられたのは低めへのストレートである。ストライクゾーンの下からホップし、ゾーンに侵入してくる軌道に、聖はバットを極端に持って応じた。上から下に叩きつける、バスター打法に近い『当てるだけ』のものだ。

 マウンド上を緩く転がったボールを木場が拾い、一応三塁を見るが礼里は悠々と三塁に到着するところだった。木場は舌打ちして一塁にボールを投げ、聖からワンアウト目を奪い取る。

 

「……まあ、仕方ねえか」

 

 続く三番打者・和乃泡瀬が左打席に入るのを見て、木場は足元を軽く踏みつける。初回の流れとしてはこうなるかもしれない、とは思っていたのだ。

 和乃泡瀬はとにかく当てに来るだろう。礼里の脚だと内野ゴロでも充分生還することができるのだから。とはいえその思惑を悟れない木場ではない。捕手のリードを見て、一塁を見る。一塁手の滝本太郎はエースの視線を受けて頷いた。木場はリードに従い、全力のストレートより力を抜いた、遅めの直球を投じた。和乃は初球を見逃すつもりでいたようだが、外側に決まったストレートに意外そうな顔をする。

ホップしない普通のストレート。球も遅い。……手を抜いた? ナメられてる? 和乃はカッと頭に血が上りかけるのを堪えた。安い挑発だ。続く二球目はカーブで内角へ――微妙に打ちづらいコースに来て和乃は舌打ちする。これでツーストライク。そして三球目は棒球に近いストレートを高めに外した。ヒットエンドランを警戒してのものだろうか?

 

 次、ヌルい球が来たら打つ。和乃の気合は充分だった。そして四球目。真ん中低めにきたのは、またホップしない遅い球だ。

 和乃は一瞬の思考の間で思う。ナメるな、と。

 だがボールはストライクゾーンの下へ落ちた。縦の変化をするフォークだ。和乃は三振に倒れ歯噛みする。木場が滅多に投げないキレないフォークに三振したのが悔しかったのだ。

 

 これでツーアウト。和乃は次の打者が打席に向かっているのとすれ違い様に言う。

 

『イケるか、パワプロ』

「おう、任せとけよシュワちゃん。木場の底は知れた」

 

 和乃泡瀬。泡瀬。泡。泡はシュワーという……だからシュワちゃんなのだとパワプロは以前言っていた。そんなパワプロからシュワちゃん呼びされている泡瀬は、どこのアーノルドだよと笑いながらベンチに戻る。守備に備えるためだ。その足取りは、三振を悔しがってはいても、後のことへの心配はない。

 なぜなら四番は、パワプロなのだから。

 

 パワプロが打席に入った瞬間――木場は得体の知れない圧力、威圧感を感じる。だが木場はそれを、燃え上がる闘志で打ち消した。

 ぶるりと身体が震える。武者震いに近い。木場はパワプロが打席に立つ姿を見ると、野球脳に宿る本能で察知したのだ。コイツは強打者だ、と。仲間の滝本太郎に似通った雰囲気がある。

 

「ヘッ……」

 

 木場は笑う。

 自分達の世代で最強と呼ばれた男、パワプロ。それは投手としてだけではなく、打者としても最強と呼ばれているが故の存在感。

 コイツに勝つ。木場はその事に集中した。

 木場は関東でも特に注目される投手の一人だ。その注目に見合うだけの実力がある。そしてそうであるからこそ、この対戦カードは話題となっていた。そして故にこそ――ライトスタンドには、三人の少年がいる。

 打席に立った少年、パワプロはそのライトスタンドを一瞥し、バットの先端を向けた。それは――ホームラン宣言。外野どものざわめきを無視し、木場は犬歯を剥き出しにして猛る。やれるもんならやってみやがれ、と。

 そしてライトスタンドの少年達は、知らず笑みを浮かべた。

 

 

 

(ここでワンポイント解説のお時間です。打席でものを言うのはPSなのはご存知の通りですが、ではどうやったらホームランを打ちやすいのかの技術を紹介したいと思います。相手は木場くんです、多くのプレイヤーが嫌な思い出を抱いているであろう、めちゃんこ重い球を投げてくる人ですね)

 

 

 

「だっ、りゃぁ――ッ!」

 

 木場がワインドアップのモーションに移る。全力投球で真っ向勝負、気合を込めて魂を込める。ホームラン宣言などと大逸れた真似をした奴を、真正面から叩き潰さずにいるのは、木場のプライドが赦さない。

 何が何でも打ち取る。木場は全霊で、渾身のストレートを投げ込んだ。それは外角低めに決まる最高の球だった。打てるもんなら打ってみやがれと、気迫と共に吠えた。

 

 ――それに。それを。初球から打ちに掛かったパワプロの踏み込みが、捉える。

 

 

 

(まず『アベレージヒッター』でミートし、ボールを捉える直前で『パワーヒッター』に切り替えます。そしてインパクトの瞬間にバットを半捻りして『打球ノビ』を発動しましょう。後は振り抜くだけです。簡単でしょう?)

 

 

 

 木製バットの一撃。そんなのもの圧し折ってやると息巻いていた木場は、鮮やかなフォームで流し打たれたボールに顔色を変える。

 咄嗟に体ごと振り返ってライト方向を向く。すると打球は放物線を描いてノビていき、木場は愕然とその軌跡を見送るしかなかった。

 バットを振り抜くや、手応えで当たりの強さを確信したパワプロは三塁線側にバットを投げる。打球を見ながらゆっくりと歩き出し、宮本シニアのベンチにいる仲間達に握り拳を向けて、その後にゆったりと走り出した。

 

 初球からウイニングショットを2ランホームランにされ、呆然とする木場を尻目に一塁、二塁、三塁を回り帰還したパワプロを、礼里が迎える。軽く拳を合わせて通り過ぎ、パワプロはベンチの前でチームメイトに祝福を受けた。

 そのパワプロの姿を見て、ライトスタンドから見ていた少年が笑う。自分達の頭の上を駆け抜けた打球に、身体の芯から痺れてしまったのだ。

 

「――それでこそ、この僕のライバルだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




面白い、続きが気になると思って頂けたなら感想評価等よろしくお願いします。

叩けば叩くほど木場くんは伸びるって信じてる…!

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