男女混合超野球連盟ぱわふるプロ野球RTA   作:飴玉鉛

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一万字をまた超えてしまったので初投稿です(血反吐)


秋季大会第一回戦(そのに)

 

 

 

 

「公式試合初打席で初球ホームランとか……この間の妄想実現するだなんて、さすがって言ってあげるわよ、キャップ」

「今の流し打ち凄かったよ! 初球から完璧に捉えるなんて!」

 

 ベンチに戻ると、男子組から尻や頭を叩かれたりして揉みくちゃに歓迎された。やめやめろ! と謎のラップ口調でパワプロが怒鳴ると笑いが弾ける。

 そんなパワプロが半笑いでグラブを手に取ると、みずきと広巳が興奮覚めやまぬ様子で背中を叩いて称賛した。

 口元を緩め「崇め奉っていいぞ」と親指を立てて二人に応えたパワプロは、グラブを嵌めたまま待っていたあおいに声を掛けた。

 

「どうよ、エース様。援護してやったぜ」

「うん。見てて惚れ惚れするスイングだったよ、スラッガーくん」

「『スラッガー』か、悪くない響きだな。ま、守備も任せろよ。次の回からは変に俺に気を遣う必要はねえけど、投げる所に困ったらとりあえず俺の所に打たせたんでいいぜ。礼里ちゃんの頭を越えたらすぐ処理してやっからさ」

「あはは、じゃあその時は甘えさせてもらおっかな? もちろん皆も頼りにしてるよ」

 

 空いてる方の手で拳を合わせ、あおいもまた笑顔を浮かべる。

 今までの打線も貧弱という訳ではなかったが、どこか爆発力に欠けていたのだ。それがパワプロ達が打線の中軸に加わる事で、一気に厚みが増したのである。高確率の援護が期待でき、投手からすると精神的な安心感が段違いだ。

 聖の悪辣なリード、礼里の軽快な守備――その二人の打力も合わさって、飛躍的にチーム全体のレベルが引き上げられている。中軸とはこういうものだと言わんばかりに、相対的に全員の実力を割増させていた。

 去年の今頃の自分達なら、多分この試合の対戦相手のエース、木場嵐士を前に得点する事はかなり難しかった。ともすると負けていただろう。そもそも夏の大会で三位にもなれなかっただろうし、全国選抜大会にも参加できなかったに違いない。――でも今は、その木場が小さく見える。パワプロという図抜けた怪物を、この一年間ずっと見てきたせいだろう。

 

 マウンドの方へ視線を戻すと、我に返った木場が鬼気迫る形相で捕手のミットを睨みつけていた。

 

 ――掛け値なしに本気だった。油断があっても、慢心があっても、マウンドに立った木場は手を抜くという事をしない。相手に合わせた力配分なんてまどろっこしい真似は性に合わないからだ。

 木場は己の直球に絶対の自信を持っている。球速も関東屈指だし、球威は一番だと自負していた。だというのに、そのストレートを生で見るのははじめてのはずの打者から、初球でライトスタンドまで運ばれてしまった。

 その事実は木場の自尊心、プライドをいたく傷つける。心の弱いピッチャーなら失意に呑まれ、弱気になるところだが、木場は逆に憤怒に呑まれ闘志を燃やす燃料へと転化した。

 

(ふざけやがって……なに腑抜けた球投げてんだ、オレは……!)

 

 木場の怒りはパワプロには向かない。むしろパワプロに打たれた己の不甲斐なさにこそ激怒している。そうした克己心の強さと清さが木場の武器だった。

 己の球に絶対の自信があるからこそ、完璧に見切られているとは思わない。それはそうだ、初対戦の初打席、初球から木場の速球を見切るなどプロでも難しい。最低でも一打席は球筋を見るだろう。ホームランではなくヒットを狙うのが手堅い。率を残そうとするならむしろそうするのが自然だ。

 故に木場は思うのだ。いきなり打たれたのは、全て己のせいだと。

 

「もう一本も打たせねえ……!」

『グッ……』

 

 木場の怒りが乗り移ったかのように、五番打者・鬼島騎兵を球威で圧す。

 鬼島はアベレージヒッターだ。出塁率の高さはパワプロ達に譲るものの、打線の中でも四番目に位置する好打者である。そのミート力の高さから木場の球にも対応できているが、ボールを前に飛ばせない。

 破裂ストレートと呼ばれるポップする直球になんとかバットに当てる度、鬼島は自身の手に痺れが蓄積していくのを感じていた。こんなものをいとも容易くライトスタンドへ運んだパワプロに、どうやってやったんだと畏怖の念を新たにしつつ、鬼島はなんとか打とうと粘る。

 四球目も三塁側に大きく逸れるファールチップ。カウントはツーストライクノーボールだ。全球ストライクゾーンでの勝負だ。鬼島は木場の圧力に堪りかねて一度打席を外す。その間も木場は気を抜かずに打席を睨んでいる。

 

 鬼島がベンチを見ると、宮本監督とパワプロが何かを話していた。そして監督がサインを出してくる。単打ではなく、長打を狙え、と。それはつまり、強振しろという事だ。

 

(おいおい……マジかよ。要するに三振してもいいって事か)

 

 監督に入れ知恵したのはパワプロだろう。あの監督は厳つい外見に反して、子供相手でも話を聞き、意見を取り入れられる聖人だ。密かに聖人呼ばわりされている事は知らない監督だが、正しいと感じた考えを柔軟に採択するのは簡単な事ではない。間違っていると思えば疎まれるのも厭わず意見を退けるが、その反対ならすんなりと取り入れる。監督の正否を見極める判断力は高い。

 それを知っている鬼島は苦笑した。尊敬する監督が、怪物の意見を正しいと判断したなら、鬼島としても否はない。三振しにいくかとあっさりと割り切って打席に戻る。下手に粘ろうとはしない、どういうわけか木場の集中力が跳ね上がっているようだし、フォアボールでの出塁は望めそうにないのだから。

 三振してもいいという覚悟で、思いっきりバットを振り抜く。果たして、鬼島のバットは空を切った。

 

「ストライクッ! バッターアウト、チェンジ!」

『チッ……』

「………」

 

 主審のコールを聞くまでもなく鬼島はベンチに戻っていく。木場もマウンドから離れ、無言でベンチに戻っていった。

 鬼島のグラブを持って、それを手渡した監督が詫びてきた。

 

「すまんな、鬼島」

『べっつにいいっスよ。バカみてぇにボール重かったですし、前に飛ばせそうもなかったんで、フルスイングしろって指示は納得できてますもん』

 

 それより、と鬼島は後続の打者に向けて言った。

 

『それより見たかよ、お前ら。最後の一球……なーんか地面の砂利巻き上げてなかったか?』

『巻き上げてたな。なんだありゃ……』

『鬼パイセン、思っきしボールの下振ってましたね。ポップする量……上方向の変化量増えてましたよ』

『アイツも鬼の類いかよ』

『鬼パイセンの鬼退治見たかったな』

『オレが退治される側になるからその名前ネタやめろや』

 

「――ありゃ爆速ストレートだな」

 

 あ? と三年の鬼島はパワプロの唐突な呟きに反応した。

 

『爆速ストレート?』

「騎兵パイセンが三振した奴。木場のストレートは『破裂ストレート』って言われてんだけど、今のは木場が稀に投げられていたっていう『爆速』の方だ。そのうちあおいちゃんのマリンボールみたくエフェクトでも出そうだな」

『げぇ……ホームラン打たれて覚醒とかどこの主人公だよ……』

「木場のキャラ的に勇者か何かっぽいか?」

『ならテメェは魔王だろうよ、パワプロ』

 

 鬼島の台詞に、確かにと全員が笑う。パワプロも微妙な顔で笑った。どこで知ったんだよそんなこと、とツッコミを入れてほしかったのだ。

 だがそんなツッコミ、今更入れる者はいない。パワプロの事だ、どうせ情報は武器なんだよと言うに決まっている。

 正解だった。

 

「なに話し込んでるの! 早く守備につこうよ!」

 

 あおいが急かしてくるのに、へーい、と男子陣は気の抜けた返事を返して駆け足で守備についていく。

 ショートについた礼里の肩を、すれ違い様にパワプロが軽く叩いて何事かを耳打ちした。それに礼里はフッと相好を崩す。

 よーし、とあおいが肩を回した。皆の頑張りに応えて、この回も無失点で抑えてやろう、と。聖が定位置について屈み、横浜中央シニアの四番打者が打席に入るのを待つ。

 

 四番は、滝本太郎だ。リトル時代は強打者の武秀英と並び称され、シニアでも長打力を伸ばしたスラッガーである。

 滝本は目つきの悪い三白眼でジロリと聖を一瞥する。リトル時代、聖のささやきのせいでスランプに陥った記憶は未だに苦く、聖の存在に苦手意識を持ってしまっているのだ。

 聖は直近までの滝本のデータを思い返しながら、さてどう揺さぶりをかけようかと思案する。と、聖は滝本の耳に、耳栓があるのを見つけて苦笑した。どうやら本格的に聖への対策をしているらしい。

 

 安直なものだが、それなりに有効だ。ならそれに対する対策を講じよう。

 

 聖はあおいに向けてサインを送った。それは聖のささやきに対する対策の対策として伝えられていたサインだ。『無駄な動きを多々入れるが、通常通りのサイン以外は首を横に振ってほしい』という。

 あおいは首を左右に振る。このサインにも首を横に振るのが了解の合図だ。聖は肩を回す。首を振る。反対の方を回す。首を振る。ミットを叩く。首を振る。そうして聖がミットを構える。さりげなく指を一本立てていたのには反応せず、しかし了解の意図を視線に乗せていた。

 投球モーションに入る。グラブの中に隠したボールの握りは、(フォー)シーム。やや背中を反らすワインドアップで力を溜め、腰を回転させながら球をリリースする。リリースポイントは地面スレスレの低位置だ。

 

 コースは、ど真ん中。

 

 その絶好球に滝本はピクリとも反応しなかった。

 滝本は無反応だったが聖は確信する。半ば博打だったが、読み通りだと。

 耳栓は確かに聖の囁きを聞こえなくしているだろう、しかしそれは聖に対して、聖を意識していると教えているようなものだ。なら無駄な動作やわざとらしいサイン、あおいの否定の仕草に惑わされやすくなっている。

 現に滝本は、まだ見せていないボールを――変化球を投げてくるのではないかと思わされていた。故に速球をど真ん中に刺されたのに虚を突かれた。

 

 グ、と唇を噛んで滝本はあおいを見る。下手な先入観に支配されている己を超えるべく、バットを構えて意識から聖を外そうとした。だが聖が滝本の視界にチラつくように、わざと立ち上がってあおいに返球する。

 

「………」

「………」

 

 ささやくだけが、ささやき戦術ではない。

 ささやき破りは、耳栓では成せない。

 滝本はそう悟るも、既に遅かった。滝本は聖の術中に嵌っている。

 

「滝本! 無様なバッティング見せんじゃねえぞ!」

 

 だが――五番打者としてネクストバッターズサークルに控えていた木場が怒号を発すると、滝本はハッとする。その様子に木場は荒く鼻息を噴き出した。

 木場は怒りっぽい性格だ。そのせいでよく誤解されるが、木場は他人へ八つ当たりをする人間ではない。今の怒声は滝本が耳栓をしているから大きな声で発破をかけただけだ。

 滝本がそれで、少し調子を戻す。聖は密かに嘆息した。打撃でも守備でも、あの男との相性は悪そうだと。

 

 しかしそれがなんだ。聖はあおいにサインを送る。もう一度同じ球を、今度は内角へ、と。構えられたミットにあおいは頷き、素直に投じる。それを、滝本は真芯で捉えた。

 快音。強烈な打球が三遊間の三塁寄りに飛翔する。これに三塁手の君島悟が迅速に反応した。聖のサインは内野にも送られていたのだ。打たれたらそちらに飛ぶから気を引き締めろ、と。だがその打球の強さにグラブが弾かれた。宙に浮いたボールを視認するや、ヒット判定を確信した滝本が走るも、カバーに入っていた礼里が飛びつき宙に浮いたボールをキャッチする。

 スタンドのスカウト陣も、横浜中央シニアのベンチも、そして次の打者の木場も瞠目してしまうファインプレーである。グラブをしていない手で接地し、猫のような軽やかさで受け身を取った礼里が素早く立ち上がると、そのまま流れるようにあおいへ返球する。電光掲示板に赤いランプが一つ点灯した。

 

『ナイスカバー、霧崎さん』

「……フン。お前もいい反応だった」

『へへ……』

 

 君島が言うと、礼里は素っ気なく返す。だが礼里は基本的にこの調子だ。気にせずに定位置に戻る。

 

「……あれを捕るのか」

 

 滝本は目を見開きながらも、素直に相手を称賛するしかないと割り切った。

 駆け足でベンチに戻る。その際に打席に向かう木場と目が合った。

 ――気合入るいいバッティングだったぜ、滝本。

 ――活を入れられた。助かったぞ、木場。次は打つ。

 木場は打席に入る。聖は眼中にも入れられていない。駆け引きする気はないし、惑わされないと一直線にあおいを睨んでいた。

 一本気な性格は人間的には好印象だが、選手としてはやはり相性が悪い。聖は何を囁いても無駄だと感じて純粋な実力勝負に切り替える。

 不安はない。実力でも上回るだけの事だ。

 横浜中央シニアは、木場と滝本が中軸だ。それ以外は高く見積もっても並程度だと見做している。その分析は聖とパワプロの共通の見解だった。

 

 木場は豪腕だが、腕力自体は特筆するほどでもない。狙いは性格的に見て、直球を狙っていそうだ。木場の筋力とミート力、立ち位置とバットの握り、腕の長さを勘案して配球を決める。

 

「ストライーク!」

 

 審判のコール。外角低めに投じたそれ。タイミングが早ければサードゴロ、流せばセカンドゴロになるだろうと思っていた。だが木場はそれに手を出さないで見逃した。――嫌な見逃し方だが、聖はもう一度同じコースに同じ球を要求した。あおいにも否はなく頷く。あおいの観察眼から見ても、外角は狙い目だと感じていたのだ。

 

「ツーストライク!」

「………」

「……フゥ」

 

 沈黙を守る聖を見もせず、木場が熱い呼気を吐く。

 ボール一つ分外へとはずして、また外角低めの直球を要求。パワプロのコントロールならボール一つ分の出し入れは容易いが、あおいもまたその要求に応えられるだけのコントロールの良さがある。

 

「ボール!」

 

 コールは外れ。だが、木場は見向きもしない。今のを引っ掛ければアウトカウントを奪えていたが、意外と選球眼がいい。

 それとも狙い球を絞っているのか?

 聖の知能が警鐘を鳴らす。あおいは聖の出したサインに驚く。いいの? と様子をうかがった。それは一巡目で見せるには早い変化球だ。構わない、木場の反応が見たいと聖は頷いた。

 

 四球目も外角低め。今度はストライクゾーンだ。木場がピクリと反応し、カットするためかバットを振る。

 だがそれは高速チェンジアップよりも格段にブレーキが掛かり、斜め方向に変化した。それは早川あおいが有する、シンカー方向に曲がる三種類の変化球の一つ『サークルチェンジ』だ。

 

 あおいはパワプロの指導を受ける事で持ち球を五つも増やしている。

 

 シンカー方向に『シンカー』と『サークルチェンジ』、そして決め球の『マリンボール』

 カーブ方向に『カーブ』と『スローカーブ』

 真っ直ぐの遅い球『高速チェンジアップ』

 スライダー方向への『カットボール』

 これにサブマリン独特のストレートを軸にした、この大会屈指の投手の一人に数えられている。

 

 緩急を活かしたそれに、木場の体勢が崩れた。上体が泳いで、なんとかバットに当てるも三塁線上から大きく逸れたファールチップとなる。

 

(当てた……だが当てられたのは単なる勘だな。木場の狙いは内角の――低めだ)

 

 聖は木場の狙いを見抜く。ボールを引っ張って打ちたいのだろう。

 付き合ってやる義理はない。あおいは外角高めに全力のストレートを投じ、木場はタイミングを乱され、狙いも外された事で空振り三振に倒れた。

 

「チィ……!」

 

 あおいの今の球速はMAXの137キロ。速い――木場のそれが142キロである事を考えれば、球速差は5キロだ。女の身でここまでの球速を出せるとは。しかもアンダースローでともなれば、まさしく驚異的としか言えない。

 これではもはや裏を掻かれたというよりも、完全に手玉に取られたといった方が適切だった。木場はヘルメットを外してベンチで投げそうになるも、グッと堪えてグラブと持ち替える。どうせ後の六番打者の打撃はすぐ終わる。

 木場のその予感は的中した。初球から投じられた真ん中低めのサークルチェンジに手を出して、六番打者はファーストゴロに倒れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕はもう帰る。友沢、進、君たちはどうする?」

 

 ライトスタンドから観戦していた猪狩守は席を立った。どこに行くのかと弟の進が訊ねると、守はあっさりとした語調で帰宅する旨を告げる。

 何故と問う進に、同じく立ち上がった友沢が答えた。

 

「オレも帰る。――格付けは済んだ」

「格付け?」

 

 首を捻る進。それに対して守は今思い出したと言わんばかりに言った。

 

「そういえば、進はパワプロをデータでしか知らないんだったな。仕方ない、説明しておこう」

 

 守は嘆息してマウンドに視線を戻し、弟に解説する。

 一見、一進一退に見える互角の攻防だ。だがその実態は違う。

 木場は一イニングにつき十五球以上を費やしているのに対し、あおいは打たせて捕る投球術で球数を節約し一イニングで最高八球しか投げていない。

 守備のチーム力は敢えて度外視するにしても、痛いのはその点差――などではなかった。何より危険視するべきなのは、初打席の初球からパワプロにホームランを打たれてしまった事である。

 

「……それの何がマズイんですか、兄さん」

「この僕がリトル時代最後の大会で、パワプロと対戦した時の事だ。僕はパワプロに最後の打席までホームランを打たれなかった。打たれてもシングルヒット程度だったんだ。ペース配分も何も考えず、とにかく死に物狂いで抑えに掛かってそれだよ。何故そこまで本気だったか? フン……それは、それまでの記録で明白な事実が浮かび上がっていたからだ」

「記録?」

「ああ。パワプロは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。少なくともその試合中はね。見切られたらそれで終わりというわけだよ」

 

 進は思わず耳を疑ったが、兄がこんな冗談を言うわけがないと思い出す。

 守はどこまでも挑戦的に、武者震いしながら笑う。

 

「ここから点差は広がる一方だ。素直に負けを認めて、パワプロの全打席を敬遠するなら話は別だけどね……」

 

 それはしない。木場はそんな腑抜けではないし、冷徹に勝利だけを求められる性質でもなかった。

 だから、惜しいと言えば惜しい。

 

「木場はいいピッチャーだったけど、ストレートしか武器になる球がないのが残念だよ。もし木場がもっと早くパワプロと出会っていたら――あんな直球だけの力押しはしていなかっただろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は投手戦の様相を呈する――そう思われた。

 ツーランホームランを打たれ調子を乱すかと思われた木場は、六番から八番を三者連続三振に切って取り、あおいもまた三者凡退に抑えて二回表裏の攻防を締めたのだ。

 そして三回表でもあおいは三者凡退に抑え、一巡目の敵打線を制圧。木場も負けじと九番をセカンドゴロで倒すと、一番打者の礼里をセンターフライに抑え、二番の聖にセカンドの頭を越えたポテンヒットを打たれるも三番・和乃をサードライナーに抑えた。

 四回表の攻撃で、あおいはツーアウトを取った後に三番へ一二塁間を抜けるシングルヒットを打たれ。四番の滝本にライトフェンス直撃のツーベースを被弾。二、三塁に走者を背負うも五番の木場を抑えてピンチを切り抜けた。

 

 木場は完全に持ち直している。そう簡単に打たれはしない。あおいもあわやという場面はあったが、それでも早々に崩れたりはしないだろう。もし横浜中央シニアの打線が仕事をしたら、二番手の投手が登板しての延長線も有り得るかもしれない――試合の部外者にはそう思う者が相応数存在した。

 

 だがその予想は余りに安直だ。四回裏の先頭バッターは、パワプロである。

 

 

 

(まあ、木場くんが猛って覚醒した場合もそうでない場合も、初球は大体八割の確率でストレートなんでそれ打てばいいです。空振ったらごめんなさいしましょう)

 

 

 

 コォー……ン……。

 と、静謐な音色が一つ鳴る。木製バットが鳴らした音なき音だ。

 唖然としてセンター方向を振り返った木場の目には、打球がスタンドに吸い込まれていく様が映っていた。

 二打席連続本塁打。木場の心を折るかの如く、颯爽と前にバット投げをし、パワプロは悠然と走る。

 

 

 

(ここまでご覧になれば、視聴者の方もわたしが「中学時代までは無双モードだ」と言った意味が伝わるでしょう。難易度で言えば21世紀のスマホアプリ版パワプロの打者操作の如く、全打席ホームラン余裕です。たまにミスりますが九割九分は(ホーム)ランになりますし、ミスるとしたら木場くんや猪狩くんのような速くて重い球投げてくる相手だけですよ)

 

 

 

 ――ここに。

 ここに居合わせた全ての人間に。

 力場専一という少年の名は刻まれた。

 

 

 

(本作の木場くんは中坊時に『破裂ストレート』を投げてきます。これはただのポップする直球です。覚醒が早まると赤いエフェクト付きの『爆速ストレート』を投げてもきますね。ですが『爆速』なんかどうとでもなるので、その上の『爆裂ストレート』を投げれるようにならなければ、変化球はショッパイんでいいカモですよ)

 

 

 

 人生初。そして恐らく生涯最後。木場はポッキリと心が折れる音を聞いた。

 がっくりと両膝に手をついて項垂れる。

 二打席連続の、本塁打。そのどちらも木場が絶対的な自信を持っていたストレートを、初球で打ってのもの。

 まだ人格的成熟を迎えていない、未熟な木場には厳しすぎる結果だった。

 

 木場はその後、四回を二本のヒットを打たれながらもなんとか抑えたが、五回からは降板し二番手にマウンドを譲った。本人はまだいけると主張したが、監督がそれを許さなかったのだ。なぜなら傍目に見ても、木場は一気に疲弊していたのである。

 

「に、兄ちゃん……」

「………」

「兄ちゃんっ!」

 

 木場の妹であり、チームのマネージャーをしていた少女、静火は自分が慕っている兄が呆然とベンチで佇む様を見兼ねて声を掛けた。

 だが木場は、自身が溺愛している妹の声にも反応しない。無視したのではなく、単に聞こえていないだけだ。木場は完全に折れていた。

 静火はそんな兄の姿をはじめて見た。いつも鬱陶しいほど熱血で、テンションの高い木場は、一生懸命誰よりも練習に打ち込んでいたのだ。そしてそんな兄が静火は大好きだったから、心の折れている兄の様子に衝撃を覚える。

 

「……こっち向いてよ、このバカ兄貴!」

「……あ?」

 

 静火の声に涙が交じると、漸く木場は反応した。如何に心が折れていようとも、溺愛している妹が泣いているとなれば反応する。我に返って顔を上げた木場は、静火の目に涙が溜まっているのを見つけて驚いた。

 

「ねえ……試合、終わったよ」

「は? まだそんなに時間経って――って、マジみてぇだな。結果は……」

 

 グラウンドに選手達が集まっていっている。それを見て試合が終了したのを知った木場がスコアボードに目を向けた。

 

 0対6

 

 横浜中央シニアは初回に二失点。四回に一失点。七回に三失点。木場の後に登板した二番手は、ヒットを随所で打たれつつも好投した。だが――全打席でパワプロはホームランを打ったのだ。

 化け物。怪物。天才。

 この三つの単語が木場の脳裏を過ぎる。

 対して武蔵府中シニアは、三本の被安打しか浴びていない。滝本がツーベースとシングルヒットを一本ずつと、三番打者がまぐれ当たりのシングルヒットを一本打っただけだ。好守に助けられてはいたが、球数も7イニングで50球と少なく先発完投完封されている。

 

「……悪ぃ。兄ちゃん、ちょっと行ってくるわ」

「う、うん」

 

 整列して、試合終了の挨拶をする。

 そのために木場は一番最後にベンチを出て、自チーム側の列に並んだ。

 ありがとうございました、と。帽子を脱いで頭を下げ合う。

 木場は視線をずっと下に向けていた。誰の顔も見たくなかったのだ。

 

 悄然としたまま踵を返し、力のない足取りで立ち去っていく。そんな木場の姿など誰も見たことがない、故にどう接すればいいのかチームメイト達が戸惑う中――歩き出して数歩の木場の背中に、相手チームの少年が声を掛けた。

 

「おい、木場」

「……?」

 

 声を掛けたのは、パワプロだった。

 ちらりと肩越しに一瞥した木場は、素っ気なく応じる。

 

「なんだよ」

「お前に足りてねえもんがあるの分かったか?」

「……はぁ? オレに……足りてねえもんだと?」

「お前の事な、今日までに結構調べたんだよ。んで、お前馬鹿だなって気づいた」

「あ?」

 

 喧嘩を売られているのかと、頭の片隅で思う。

 根が短気な木場である。煽られているとなれば、折れて萎えていた心に響くものがあった。

 

「足りてねえのは『休養』だ。全然休んでねえじゃねえか」

「――なんだ、そりゃ」

 

 微かな怒気を懐き振り返った木場に、パワプロは不敵な笑みを向けながらも呆れたように言う。

 声に詰まった。いきなり何を言うんだ、と。まるで予想もしていなかったその台詞は、なんで休んでいない事を知っているという疑問を吹き飛ばす。

 

「根性論で詰め込みすぎなんだよ、アホ。あんな昭和のノリの練習量なんざ、体の方がついていかねえに決まってんだろ。長く野球やりたいんなら体を労る事を覚えろよ。いいか木場、今の三倍休め。んで今の二倍の密度で練習しろ。力み過ぎんな。そうしてれば、今よりずっと強くなるぜ、お前」

「………」

「組み合わせ次第だし、来年もまたやれる保障はねえけど、高校なら一度や二度ぐらい確実にぶつかんだろ。地区さえ同じならな。その時にまた対戦()ろうぜ」

 

 そう言ってパワプロは手を差し出してきた。木場はそれに目を見開く。

 握手を求められたのだ。

 勝者が敗者に求めるものではなく、対等の相手に求めるような。

 木場は差し出された手と、パワプロの顔を見比べる。パワプロは木場の目を真っ直ぐに見つめていた。――その目には、一握りの衒いもない。そして嘗てなく萎えていた木場の心を叩き起こす、不思議な熱量を宿していた。

 

「ぁ……」

 

 無意識にパワプロの手を取った木場は、間抜けな声を漏らす。ガッシリと交わした握手で、パワプロの凄まじい握力を感じた木場は、溢れ出るパワプロの気力が乗り移ってくるような錯覚を覚える。

 それはパワプロの、木場との再戦を心から楽しみにしているような、純粋な競争意識に似た闘志の炎。消えかけていた木場の気炎を激しく燃え立たせる苛烈な意志。木場は知らず、相好を崩した。

 

「は――ハハハ、なんだテメェ。負かした敵に、試合直後にアドバイスするとか馬鹿じゃねえの?」

「いいだろ別に。ベンチにいんの、お前の妹だろ? 兄貴が情けねえ面してたら心配させちまうだろうが。妹を泣かせるとか兄貴失格だぞお前」

「うっ……そ、そうだな。ってかテメェも妹がいるとは意外だな」

「ん? 俺に妹なんかいねえよ。何勘違いしてんだ馬鹿」

「いねえのかよ!? なのに兄貴失格とかどの面下げて説教かましやがったんだこの野郎!」

 

 思わず怒鳴ると、パワプロは声を上げて笑い手を離した。

 

「ちったぁ見れる面になったじゃねえか。じゃあな、木場。滝本の奴にもよろしく」

 

 予想外の台詞だった。それはまるで、木場を元気づけようとしていたかのような。

 自分のチームメイト達の元へ戻っていくパワプロの背中を、木場は呆然とした表情で見送る。――していたかのような、ではない。実際に励まされてしまったのだ。現に木場は一分前の自分より、格段に立ち直れている。

 ――負けた。

 今度は別のところで、野球以外の何かで負けた気がした。

 だが清々しい気分だ。同時に心底から悔しくなる。このまま負けたままでいられるか、と完全に鎮火していた闘志に新たな火を灯した。

 

 木場は、去っていくパワプロの背を見詰める。あれは、越えなければならない壁だった。これまで明確な壁にぶつかった事がなかった木場が、はじめて出会った目標となる背中だった。

 

「――え。なに。カッコ良すぎない?」

 

 その木場の後ろで、兄を心配して駆け寄ってきていた静火は、二人の遣り取りを聞いてそんな事を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 敵に塩を送るとかガバの元かな? と、思われるかもしれません。

 だが待って欲しい。

 これはガバではないのです。わたしは無双はあんまり好きくないので敵は強い方がいいと思うクチなのですが、それはさておくとしても強い敵を倒した方が経験点的にうま味なんです。

 中坊時代の試合経験点がショッパイ理由、その原因はほぼ敵の弱さに比例してるからなんですよね。もちろん高校も大学も社会人も試合経験点は過去作よりかなーり渋くなってるんですが、ある程度でもマシになるなら強くなってほしいんです。

 それにやり過ぎると心折れちゃう子が沢山出てしまいますからね、目ぼしい人にはきちんとアフターケアをしておきましょう。無双ばっかりしてたらいつか飽きちゃいますし、わたしのせいで野球辞める人が続出し過ぎたら流石に良心の呵責が……。

 

 まあそんなわけで、木場くんの勇気が世界を救うと信じて! ご視聴ありがとうございました!

 

 




智将、渾身のガバムーブ。
実を結ぶとは限らないので安心してくれていいんだゾ。

それはそれとして真面目に野球描写やろうとしたら文字数食われすぎてビビりました。

面白いと思って頂けたなら、感想評価等よろしくお願いします。

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