「――ウゼェ」
放課後間近。案の定と言うべきか、それとも飽きもせずによくやると呆れるべきなのか。校門の外には既に、他校の女子やマスコミの群れが待ち構えている。教室の外の廊下では、自然を装って何度も行き来する女子もいた。
堪らず漏れた悪態には、鬱になる寸前のような深刻さが窺える。精神的タフネスも相当なものであるはずの彼も、流石に連日連夜ストレスに晒され我慢の限界を迎えそうになっているようだ。
報じられた私生活の素顔。丁寧で知性を感じさせるメディアや自称ファンへの応対。窺える周囲からの人望の厚さ。学業に於いても学年トップである眉目秀麗な少年と、縁深い見目麗しき少女たちや、それを取り巻くチームメイト達との関係。自称クラスメイトの仲が良いという嘘証言からのデマ情報の発信。ありもしないデマの拡散、デマを否定する代わりに暴かれる真の情報。将来のスターと目され注目を集めた代わりに、早くも芸能界や球界、果ては政界の重鎮が人気取りのために握手してそれをカメラに撮らせる客寄せパンダ扱い。好きな球団はどこで将来入るとしたらどこが良いのか、好きな食べ物は、血液型は、誕生日は。親への直撃インタビューや幼少期どのように育ったか、リトルではどう過ごしたのか。――数え出したらキリがないほど、次々と有名税を取り立てられていた。
古巣のシニアとの確執を取り沙汰するマスコミのインタビュー。マスメディアに露出した事で認知度が増し、急増した女性ファンの追っ掛け行為。家にまで付いてくるストーカー化したファン。道を歩いているだけでスマホで写真を撮られる上に、身の回りの少女たちとの関係を邪推する声がインターネット上で拡散し、なぜか彼女を自称するメンヘラ女が襲撃してきて、聡里に取り押さえられ警察沙汰になったり――そうした事が日常茶飯事となっているのだ。
どれもに大人びた姿勢と態度で応じ、柔和に答え、古巣の面々を一貫して庇い続けたお蔭か、今やその少年の人柄は丸裸にされるに至っていた。
――真面目にウザいですね、これはウザい。ところでこの時代のジャパンはいつからストーカー行為が合法化されたんでしょうね? ストーカー共は犯罪行為に手を染めてる自覚をしろ。ストーカーも真っ青な、個人情報を暴き立てて飯の種にしてるマスゴミは死ね。氏ねじゃなくて死ね。あと会った事もない女の子からいきなり彼女面されたのは初めてで流石に怖かったです(小並) 知名度上がった代償は覚悟してましたが、時間が経って落ち着くのを待つしか無いとかクソですわ。わたしは平気ですが周りの子は大丈夫? 変に関係拗れたりしない? まさかここまでの大事になるとは、読めなかった……このわたしの目を以てしても! って読めるかァァァ! 前の周回だとこんな事にならなかったですよね!? なんでこうなったんですか誰か教えろ下さい!
パワプロは荒れていた。ジリジリと心の余裕を削られるほどに。
言うまでもないが、パワプロは恵体である。肉体の成長はまだ終わらず、身長は180cmの間近に迫っていた。このまま順調に身長が伸び続けたなら、最終的には190cmを超えるだろう。
そして現時点でも筋肉量は最適な量を備え、無駄な肉は削ぎ落としているにも関わらず70kgを超えている。これほどの恵体である事に加え、荒事のプロからすると一目瞭然なほど『危険』な武力を内包しているのだ。そうした気配は抑えようと思って抑えられるものではなく、本人の存在感とも相俟って、さながら抜き身の刃物のような雰囲気を醸し出していた。
――人間もまた動物だ。どれだけ野生を忘れても、生物としての本能は僅かながら残っている。故にパワプロに対して大多数の人間は友好的になるのだ。
親しくしておけば護ってくれる、敵対したら手に負えないと悟るから。そしてそうであるからこそ、大多数の女性は熱を上げるのである。パワプロはいわば人を安心させる大樹のような存在であり、その庇護下にいるべきだと動物的本能が疼くのだろう。そして――その鋭角的な容姿とも合わさって醸し出される危険な雰囲気が、一層女性というものを狂奔させ易くなっていた。
普通の人間とは違う存在感。それを人は、スター性と呼ぶ。それを嗅ぎ取ったからこそマスメディアは彼の言動の一々に注目し、持て囃している。同時に下手な発言があれば揚げ足を取り、まだ中学生ですから(笑) と笑いの種にしようとするだろう。
確かにパワプロは素の言動は『俺様』だが、細やかな気遣いを欠かさない中心人物だ。だが、だからこそと言うべきかもしれない。
鈍感で、普段は身近にいない人間は気づかないだろう。パワプロは他人に対しては体裁を整えるから。
だが身近な存在ほど、パワプロが荒れていると畏怖の念を抱いてしまう。鍵の掛かっていない檻の中にいる獅子が、いつ出てくるか解らないような恐怖感に駆られるのだ。なまじ内包する桁外れの武力が強すぎる弊害だろう。
無論パワプロが人に八つ当たりするような男ではないと信頼されてはいた。しかし恐いものは恐いのだ。その感情は理屈ではない。必然的に、普段通りに接してくれるチームメイトやクラスメイト達も、パワプロに気を遣って距離を置くようになっている。パワプロの機嫌が早く直るように願いながら。
――しかし、それはあくまで身近にいるだけの人の対応だ。肉親や聖のような深い付き合いのある者、パワプロに近い領域に踏み込みつつある合気の達人の聡里などは、物怖じせずに話し掛けて『いつも通り』を過ごせている。
そして一部例外は、そんなパワプロに対しても、極めて普通に接することができていた。
「グギギ……一躍時の人になったパワプロくんが妬ましいでやんす……! オイラも可愛い女の子達に追っ掛けられたいでやんす……! テレビに映ってチヤホヤされたいでやんすー!」
その一部例外というのが、矢部明雄である。
元の顔立ちはかなり良い部類なのに、そのお調子者な性格と言動、常に掛けている瓶底眼鏡で三枚目キャラになっている少年。その物言いが下手にパワプロを刺激しないか、クラスメイト達は傍から見ていて戦々恐々としていた。
だが明らかに不機嫌そうで、荒々しい空気を発していたパワプロは、予想に反して矢部の台詞に笑みを溢した。荒れていた雰囲気が、微かに緩和されたのだ。
「……矢部くんよぉ。俺と同じ立場に立ったら同じ事言えねえと思うぞ」
「そんなの持ってる人間の戯言でやんす! 持たざる者の気持ちがパワプロくんに分かるわけないでやんすよ!」
「逆説的に、持たざる者は持ってる者の気持ちも分かるわけがないって事にならないか?」
「詭弁でやんす、同じ人間なら人の気持ちぐらい察してあげられるはずでやんすよ!」
「速攻で直前の台詞と矛盾していくスタイル、嫌いじゃないぞ。なら矢部くんも
「け、結構でやんす……そんな事されたら死んでしまうでやんす……オイラ、まだガンダーロボのプラモまだ作ってない……積んでるプラモを組み終えるまで死ぬわけにはいかないでやんすよ……」
冷や汗を満面に浮かべ、ブンブンと首と手を振る矢部にパワプロは声を上げて笑った。矢部は人気者になりたくないのではなく、あくまで自分のペースを大事にしているようだからだ。
人によっては矢部のようなタイプは鬱陶しく感じるだろう。しかしパワプロに限って言えば、むしろ矢部は好ましい人物だった。何せ良くも悪くも裏がない。そして自分に素直なせいで無自覚に友情を裏切る事はあっても、致命的なところでは決して裏切らず――友達のためなら労を惜しまない所がある。
平凡な人生を送るとしても、矢部のような友人に恵まれたら、退屈はしない。一緒に馬鹿をしながらも、楽しい日常を送れる。頼りないから女子人気は低いが、男同士の友人としては最高の存在だろう。
パワプロは薄く笑いながら矢部に言った。
「そういえばさ、矢部くんって高校どこに行く気なんだ?」
「ぅ……それを聞くでやんすか。まだ二年生でやんすよ?」
「もう二年生の間違いだろ。三年になってから考えてもいいけど、志望校を決めて今の内から備えていた方が後で楽になる。受験シーズンに入る前にあたふたする連中にマウント取りたいなら早く決めてた方が良い」
「出たでやんす! とことん人にマウント取りたがる、マウントゴリラ・パワプロくんでやんす!」
「うっせ。矢部くんが良かったらさ、俺と同じとこに来ないか?」
「へ? パワプロくんは野球の強い強豪校に行くでやんすよね? そういうとこの入試は難しいって相場で決まってるでやんすよ? 誘ってくれるのは嬉しいでやんすが……オイラには無理でやんす」
「大きな声じゃ言わねえけど――俺は聖タチバナ学園高校に行く。矢部くんが入試対策きっちりやってたら、入るのに手古摺らないと思うけどな。後なんで俺がそこに行くかって言ったら――」
「――待つでやんす! その理由当ててみせるでやんす。頭の切れるオイラには分かったでやんすよ。どうせマウント取りたいでやんすよね。その高校は野球だと無名でやんすし、そこで勝ち残って甲子園に行ってよそにマウント取ろうとしてるに決まってるでやんす!」
「正解だけど言い方がムカつく。俺と来い。来なけりゃその眼鏡を割る」
理不尽でやんす!? 眼鏡はやめるでやんすー!
そう騒ぐ矢部に、パワプロは機嫌を直しつつあった。
矢部はふと、不思議そうに首を傾げる。
「……それより、なんでオイラなんかを誘うでやんすか? 野球ならオイラより上手い人はかなりいるでやんすよ……?」
「あ? あー……まあ、そうだなぁ。矢部くんも磨けば光るタイプってのもあるし、そういうのを抜きにしても友達とは仲良くしたいじゃん」
「と、友達……オイラが、パワプロくんの……?」
「え……もしかして違った? 俺が勝手にそう思ってただけ?」
「……ムフフ。そうでもないでやんす。オイラもパワプロくんの事は親友だと思ってたでやんす」
パワプロから自然な口ぶりで言われ、矢部は密かに目頭を熱くさせる。
勝手に友情を感じて、勝手に友達とは思っていた。だが――パワプロと自分とでは、生きている世界が違い過ぎると思ってもいたのだ。
野球の天才で、学業でもトップで、外見も良くて、自分のようなオープンオタクとも仲良くしてくれる。パワプロと対等の友達だとは思えてなかった矢部は、だからこそパワプロの言葉に感銘を受けていた。
友情の火は、矢部に欠けている向上心を与える。パワプロと対等の目線に立ちたいと、無意識に思うようになる。矢部は調子に乗って親友にランクアップさせた直後、内心「しまった」と思うが――パワプロは否定しなかった。それがまた、矢部に嬉しいやら気恥ずかしいやら、複雑でありながら純粋な喜びを与えていた。
パワプロは不意に真剣な眼差しで矢部を見て、そして声をひそめる。自然と顔を寄せて耳を澄ませた矢部にパワプロは言った。
「――あと大っぴらには言えねえけど、ウチに来る予定の面子には女の子選手が多すぎるからな。試合の前の日とかに『女の子の日』が来てダウンされたら堪らん。俺の打算としては野郎も欲しい。聖タチバナで野郎を集めるのもいいが、そんなことするより野球経験のある面子がある程度いた方がいいだろ?」
「な、なるほどでやんす。女の子の日……盲点だったでやんすよ……ん? 女の子選手が多い……?」
「おう。ヒロピーだろ? 聖ちゃん、みずきちゃん、礼里ちゃん、あおいちゃんに雅ちゃん、鞘花ちゃん……他にも何人か」
「知らない名前まで……! ――行くでやんす! 男矢部、親友の頼みとあっては駆けつけないわけにはいかないでやんすよ! うぉぉぉ! でやんす。メチャクチャ勉強頑張って聖タ――むぐっ!?」
「声デケぇぞ! 志望校は関係者以外秘密にしてんだから抑えろ!」
「ご、ごめんでやんす……」
大声で気合を発する矢部が口を滑らせ掛けた瞬間、パワプロがその口を手で塞いだ。矢部は気まずげに謝り、苦笑したパワプロが椅子の背もたれに身体を預けた。
パワプロは密かにほくそ笑む。本当に調子の良い奴だと。扱いやすいったらない。高校に行ったら嫌だと泣き言を言えなくなるまで鍛えて、レギュラーにも見劣りしない、よその中心選手とも遜色のないレベルまで引き上げよう。
それは皮算用ではあるが、矢部の潜在能力を知っていて、同時にそんなものなど関係なく信じられる何かを感じている。勘違いだったとしても、見込み違いだったとしても、それはそれで構わないとパワプロは思っていた。
――このほんの少しの間だけ、パワプロの顔から険が取れていた。諸々の面倒な手合の事を忘れられたのだ。
とはいえすぐに思い出して対策を考えさせられる事になるのだが、パワプロは辛抱強く嵐が過ぎるのを待つつもりでいる。ま、なんとかなるだろ、と楽観ではなく確かな根拠を持って構えられる精神的余裕を取り戻せた。
だが――パワプロが堪えられても、パワプロに親しい者も耐えられるかと言えば、答えは否だ。耐えられたとしても、外的要因で躓く者がいないと言えるかというと、それも否である。
(準決勝を前に、一際強い凶風が吹いた)
ヒロインの話を書こうとしていたら矢部くんの話を書いていた。何を言ってるか分からないと思うが作者にも(ry
面白い、続きが気になると思って頂けたなら感想評価等よろしくお願いします。