男女混合超野球連盟ぱわふるプロ野球RTA   作:飴玉鉛

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試合が始まったので初投稿です。


秋季大会準決勝(そのいち)

 

 

 

『お待たせしました。20☓☓年ミズチ旗杯関東連盟秋季大会準決勝――武蔵府中シニア、対、横浜北シニアの試合を間もなく開始いたします』

 

 ウグイス嬢の音声が喧騒を掻き分ける。近年稀に見る賑わいで満たされていた球場は、しかしその音声によって益々喧騒を大きなものとした。

 場に満ちているのは興奮、期待、不安、祈願。それは多種多様な絵の具をぶち撒けられたキャンバスのようであり、混沌としていながらも確かな指向性を持った関心である。この場の全員が、試合の趨勢に思いを馳せているのだ。

 

 球場には覇堂、あかつき、円卓、天空中央を始め。大阪桜蔭、暗徳義塾、智辯若山などの甲子園常連の強豪のスカウト陣。テレビ中継の為のカメラマン。人材の発掘に余念のない、勤労意欲溢れるプロのスカウト。それ以外にも試合に出場する選手の保護者達や、シニアの試合にも目を向ける野球好きな一般の観客など。観客席は満員で、中には立ったまま試合を観戦しようとする者の姿もあった。――それもそうだろう。何せこの試合は【パワプロ世代】の中核とも言える面々が集った、最精鋭のチーム同士の対決なのだ。この試合内容を押さえるだけで、今季筆頭の有望株はほぼ網羅したと言っても過言ではない。この試合をみすみす見過ごすようでは、生き馬の目を抜く事を至上とする球界では生き抜けない。球場が満員になるのは必定だと言えた。

 

 三塁側のベンチにカメラが向く。テレビには一息に水を飲み干し、紙カップを握り潰す少年と――先攻ゆえに試合の先頭打者となる銀髪の少女、二番手として打席に立つ、紫髪の少女が髪を結わえ直している姿が映し出される。

 シニアの野球マニア達には、それが誰であるか一目で識別が付く。圧倒的な打撃力と投球内容で目の肥えた野球ファンをも虜にした力場専一だ。そして現時点で超高校級の捕手に並ぶ捕球技術と、確かな打撃技術とリードを見せた六道聖。卓越した守備とミート技術を有し、本塁打も放てる霧崎礼里である。

 

 次にテレビの画面に映ったのは一塁側のベンチにいる、あらゆる次元で高レベルに纏まり、今すぐ名門高校のエースの座も狙える天才・猪狩守。彼は落ち着いた様子でスパイクの靴紐を結び直し、帽子を目深に被り直していた。その間、視線は三塁側に一度も向けられる事がない。

 その傍らには一年生ながらレギュラーに就いた、一年生捕手の猪狩進。防具で身を固め、勤勉にノートに記されたデータを洗い直している。そして進が相談している相手は、捕手としても高い能力を有する小太りな武秀英だ。

 霧崎礼里に並ぶ評価を持ち、打撃面に関して言えば超えるとされる友沢亮も静かに精神を集中させている。冴木創、新島早紀、鏡空也などの二年生の面々や、項関羽(コウ・セキウ)呂布鳳仙(ロシク・ホウセン)の三年生達も気力を充実させている。

 

 パワプロ世代の中核の数は武蔵府中の面々が上回るが、チームの総合力で言えば横浜北に軍配が上がるだろう。そのレベルの高さは、全国選抜の大会でもお目にかかれるものではない。事実上のシニアの頂上決戦の場と言えた。

 

 両チームの面々がグラウンドに集まる。球審とホームベースを間に挟み、整列した選手達が帽子を取って一礼する。打席の真後ろの観客席に陣取れたテレビ局の人間が集音マイクを向けるも、選手達による言葉の遣り取りは無い。

 誰も無駄口を叩かなかった。むしろ、相手の顔を見ないまま、互いにベンチ前へと引き返していく。そして両チームが円陣を組んだ。カメラマンが迷った末に高性能な集音マイクを向けたのは、世代の顔であるパワプロだった。

 

 円陣の中から、パワプロの台詞が拾われる。

 

『皆。俺達が何をしに来たのか、忘れてなんかいねえだろうな? 忘れたってんなら今ここでもう一度思い出せ。――俺達は当たり前に戦い、当たり前に勝ちに来たんだ。練習通りに、俺達の()()()()で奴らを潰す。高校でも野球をするなら、奴らとはまた対戦する時が来るかもしれない。その時に思い出させてやろうぜ――()()()()()()()()()()()って事を。行くぞお前ら、気合入れて行こうぜェッ!』

 

 (オォ)ッ! 武蔵府中ナインが雄叫びを上げ、円陣が解かれる。

 その面構えには、無駄な緊張や気合で身体を固くしている様子はない。パワプロの発破で、チームメイト達の士気と調子が一気に最高潮に達したのだ。

 集音マイクを向けていた者、テレビを見ていた者、現場でその発破を聞いた者は体が震え、腹の底から熱が生まれて戸惑う。――凄まじいカリスマ性を、彼らは感じたのだ。そしてそれを直接浴びた面々の気力は、空にも届く。

 

『横浜北のスターティングメンバーは、一番セカンド、冴木創さん――』

 

 後攻ゆえに、守備位置に着いていく面々の名前が読み上げられていく。

 そして、

 

『――三番ピッチャー、猪狩守くん』

 

 マウンドに上がるのは、天才、猪狩守。投球練習を手早く終わらせ、いつものルーチン通りに帽子の鍔の角度を調整する。そしてロジンバッグを手に取って、軽く握り締めて滑り止めをした。

 睨みつけるでもなしに目を向けたのは、打席に向かってくる先頭打者。

 打席に入った霧崎礼里がバットを軽く上げると、球審が開戦の合図として宣言する。

 

「プレイボール!」

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断も、慢心も、過信もない。

 あるのは敵を如何にして打ち砕くか、打ち取るかという思いのみ。

 マウンドに立った投手は孤高であり、打席に立った打者は軍団である。打たせないと気負う投手、繋ぐぞと思う打者。この試合の中での初対決、二打席目や三打席目を意識する必要はない、制する事に違いはないのだ。

 マスクを被った捕手、猪狩進は打席に立つ霧崎礼里の横顔を見上げた。思い出すのはリトル時代の対戦結果。霧崎の打撃成績と、選手としての性質。狙い球を打つのが異常に上手く、守備も打撃も友沢に匹敵しており、走塁と盗塁の巧みさは上回っていた。外部の人間の評価は誤りだ、霧崎はともすると、友沢を超える選手かもしれないと進は警戒していた。

 だが――霧崎には弱点がある。並の選手、並の天才が相手なら弱点とはならず、むしろ強みになるだろうが、マウンドに立つのは一握りの天才達の中でも珠玉の天才、猪狩守だ。霧崎の弱点を突ける、数少ない存在である。

 

(――兄さん)

(分かっている。この相手にサインは出さなくていい、僕はただ進の構えたところに投げる)

 

 兄との意志の疎通は、予め決めていた事もあり澱みない。

 ふと、霧崎の髪が、光った気がした。霧崎が眉を顰め、見落とさなかった進は警戒心を更に引き上げる。

 

(――僕達の狙いがバレてる? まさか……)

 

 霧崎の洞察力もまた異常だ。そしてその顔色はよく、気力は充実し、期待に応えたいという想いが可視化しているかのように凛と構えている。

 だが、関係ない。進は頭を振って雑念を散らすと、キャッチャーミットを外角低めに構えた。すると守がワインドアップをする。大きく振り被り、第一球を投じる。守とミットの間にある空気を貫き、白球が進のミットに収まる。

 

「ストライク、ワン!」

 

 球審のコール。進は座ったまま兄へと返球した。ナイスボール、なんて言うまでもない。音を立てて捕球したのだ、その重さと威力は伝わっただろう。

 前の試合では一度も投げなかった直球。綺麗な真っ直ぐだ。猪狩守の代名詞である、ホップする魔球ライジングキャノンではない。ノビはライジングキャノンほどではないが、その代わりに重さは抜群である。

 霧崎は球筋を見た。次で、当ててくるだろう。霧崎はそういう打者だ。球筋を見切れば即座に打ちに来る速射砲――相手の出鼻を挫く一番槍。進の要求する二球目も外角低めだ、同じコースに投じられた直球に霧崎は手を出した。

 

「――ファールボール!」

 

 打球は大きく逸れて、一塁より右に落ちた。

 やはり当ててきた。しかし霧崎の顔色は晴れない。バットを握る手を離し、握り直す。予想以上の重さだったのだろう。

 霧崎の弱点――それは女性選手の宿命である。技術で補えない力には、押されてしまうのだ。だが霧崎を力だけで屈服させるのは至難を極める。巧みな技で打球を流せるのだ。そしてカット技術にも長けており、粘って甘い球が来るのを待てる冷静さ、辛抱強さも兼ね備えている。故に――霧崎の弱点を、弱点として機能させるには――

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 ――“力”の種類を複数持つ事。

 単純な力押しで倒せないなら、巧みな力で押し潰す。

 

 三球目。猪狩守は、惜しまずに本気を出した。

 ライジングキャノン。いや、それをより進化させた、謂わば才能と努力の収斂した魔球。蒼い稲妻の如き『カイザーライジング』である。

 それを内角高めに投じた。手元で急激にノビ、ホップした白球を迎え撃たんとした霧崎のバットが直球の下を素通りし、空振らせたのだ。

 読めていても、当てられなければ意味がない。蒼い稲妻は霧崎の目を幻惑して、ボールを見失わせたのである。仮にまぐれで当てれたとしても、芯で捉えられない限り内野フライで終わったであろうコースだった。

 

『三球三振です! 武蔵府中シニア先頭打者、霧崎礼里さんが三振に倒れました!』

『素晴らしいストレート……いや、カイザーライジングでしたか。エフェ魔はこれが厄介なんですよねぇ。ボールが見え辛くなる。にしても、霧崎さんはこの大会で初の三振ですか……』

 

 スマホでこの試合を見て、その音声を最大音量で流しているのだろう。解説と実況の声が、三塁側のベンチから聞こえてきている。

 ベンチに解説・実況の音声を流しているのは和乃泡瀬あたりだろうか。打席から去っていく霧崎は、ネクストバッターズサークルから打席に向かう六道聖に囁いた。

 

「――重いぞ。それと、手元で異様にノビる。最後の球の上への変化は、ボール一つ分といった所だろう」

「うむ」

「それと。猪狩は私とお前には、直球しか投げないつもりのようだ」

 

 霧崎は『読心術』を使っていた。故に守と進の狙いを把握できている。

 あのバッテリーは徹底的に、霧崎と六道には力で押し勝つと決めていた。

 この打席では三振した。だが、次は打つ。安易な力押しで抑え込まれるほど大人しくしているつもりはない。霧崎はベンチに戻ってグラブを手に取る。守備に回るのはいつもより早くなりそうだったからだ。

 するとそんな霧崎にパワプロが声を掛けてくる。

 

「どうだった、猪狩は」

「……ふん。お前よりは下だ、専一」

「なら次は打てるな。期待してるぜ、礼里ちゃん」

 

 素直な所感を伝える。するとその答えが分かっていたように、パワプロは傲慢にも見える不敵な表情で言った。それに霧崎は薄く微笑む。

 言われるまでもない。お前の期待には、必ず応えてみせる。

 

 ――打席に入ると、球審と捕手に会釈をする。

 六道聖はクレバーな打者だ。礼儀は重んじるが、そこにも意味がある。

 選球眼の良さをアピールし、ストライクゾーンのギリギリに極まった球を、仮にストライクだったとしてもボール判定にできる。そうしてストライクゾーンを狭くして、投手に甘いボールを投げさせる嫌らしい技術もあった。

 礼儀正しくするのは、球審からの心象を良くして、そうした狡賢い駆け引きをしない選手だと印象付けられるから。必要なら傍若無人に振る舞う事だって躊躇わない。六道は打席に立ってバットを構え、マウンドの猪狩を見た。

 

(――聖さん。捕手としての僕は、この人を超えるのが今の目標だけど。打者としての聖さんは、投手としての兄さんには及ばない。兄さんの実力を活かしきれたら打ち取れる)

 

 初球は、いきなりカイザーライジング。蒼い稲妻がマウンドから放たれる。それを見送った六道は、軌跡を目で追っていた。

 進のミットの捕球位置、そこから当て勘で振るべきバットの軌道を割り出して、六道は冷静に二球目を待つ。今度は、通常の直球だ。それも見送ると、内角に極まる。カウントはツーストライク。

 

(蒼いストレート……球速は――)

 

 電光掲示板に表示された球速を確かめたが、それは142km/hだった。

 そして通常のストレートは141km/hで、球速差は無いと見ていい。最大球速は149km/hあたりだろうと、パワプロが言っていたのを思い出す。が、それをいきなり投げてくる事はないだろうとも判断していた。

 

(一球目は内角低め、二球目は内角。遊び球は使いそうにないな。進の配球に分かりやすい癖は無いが……この舞台、初打席では猪狩の力を見せつけ印象づけようとしてくるはずだ。狙いはやはり三振だろう。普通は変化球を投げる場面だが――礼里は直球しか投げて来ないと言った……なら私を打ち取るのに、進が要求するコースは――()()だ)

 

 狙いを絞る。六道は霧崎の洞察力を信頼していた。何せ、霧崎のオカルト的な力を知っているのだ。疑いはしない。

 カイザーライジングの軌道は見た。通常のストレートも見た。だがそれより速く、ノビて、重い速球を何度も受けてきたのが六道である。真新しさこそあれど脅威は覚えない。長打は無理でも、内野の頭を超える打球は放てる。

 六道の気が鋭利に尖る。敏感にそれを感じ取った進だが、既に守は投球モーションに入っていた。マズイ? と進は不安を懐きかけるも、すぐに落ち着いた。大丈夫だ、六道は打ち取れる。何故なら――

 

 投じられた白球。一流の打者は、投手がボールをリリースした直後に、その回転軸を視認して思考を挟まず反応する。故に六道は戸惑った。エフェクトは出ていない、しかし速い。ストレートだが、この回転は?

 構えた六道はスウィングモーションに入っている。片足を上げ、タイミングを合わせ、ミートする。一連の動作はほとんど完成した型。当てれさえすればヒット判定の結果を出せる。しかし、六道は目を剥いた。微かに手元で沈んだ速球の切れは、六道の想定を超えたのだ。

 

『内角低めのボールを打ちました! ――が、これは平凡な当たりでセカンドゴロ。セカンドの冴木、軽快に捌いてファーストへ送球しました。これでツーアウトですが……松井さん、今のボールは……』

()()()()()ですね。手元で鋭く、小さく変化する直球です。猪狩くんがこれを投げてる所は初めて見ましたが……この試合のために隠していた秘密兵器でしょう。キレも良いですが注目すべきは変化量ですね。ボール半個分の変化はえげつない……完全に詰まらされてます』

 

 六道は打席を去る。それを進は見送る。

 両者の意識はつかの間、思考で埋まった。――当然だがリトル時代に対戦した時より遥かに強くなっていた。しかし、

 

(ツーシームが持ち球に加わっていたのには面食らったぞ……しかし進の配球コースを読み違えたわけではない。次は、打てる)

(当ててきた……やっぱり僕じゃ聖さんの裏は掻けないのかも……でも僕は、僕だって聖さんに対策してきた。秀英先輩とも研究した! 次も抑える!)

 

 六道は打席に向かう和乃泡瀬に囁きかける。進の配球を読んでの事だ。

 

「和乃。初球はストレートが来るぞ。それを空振れ。二球目の変化球――多分だが、速い変化球だな。それを狙うのがいいと思うぞ」

「分かった」

 

 六道のリード力は、打者としても機能する。超中学生級を超え、超高校級の名捕手である六道の眼力を、和乃は信じていた。

 一番槍の霧崎、測定器の六道。三番は、繋ぎの和乃。数合わせだのなんだのと、名前をもじって揶揄された事もあるが、この『繋ぎ』というのは数合わせを意味しない。六道の測定結果を活かして出塁し、四番に『繋げる』からこその評価が、和乃の打順を三番で固定させているのである。

 打席に立つ、中肉中背の平凡な少年。やや女顔に見えなくもないが、そのセンスと能力は平凡な域に留まっている。故に、その才能上限を見切ったパワプロが和乃に刷り込んだのは――狙い球を内野の頭を越えさせる技術。

 

(『狙いが外れたらゴメンナサイでいいぜ』だっけ? まあ六道さんの測定結果を、完全に活かしきれるかはおれ次第だし。でも四割打てたら上等だね)

 

 以前パワプロに掛けられた言葉を思い出し苦笑する。

 和乃が右打席に立ち、構える。進は和乃をちらりと一瞥した。

 

(和乃さん……打率は四割。この人も目立たないけど、油断ならない人だ。兄さん――)

 

 サインを出す。サインを出さない相手は六道と霧崎の二人だけだ。なんせ直球しか投げないと予め決めている相手なのだから。

 進のサインを見て、守が頷く、モーションに入った。

 投じられた直球が外角高めに極まる。コースとしては甘い、しかしこれを和乃は紙一重で空振った。豪快なスウィングは、当たれば長打を期待させるほどのもの。進はそれを見て、手堅く変化球を要求する。ボール半個分、ストライクゾーン下へ落ちるスプリットだ。やや内角寄りで。

 守が頷く。それで打ち取れると判断したのだろう。

 だが白球が守の手から離れ、和乃が踏み込んだ瞬間に進は目を剥いた。この踏み込みは確信を持った人のそれだと、肌感覚で察知したのだ。

 

(来た! これを――引っ張る!)

 

 和乃には悪球打ちの技能は無い。しかし来るボールがわかっていれば、バットの届く範囲なら当てられる技術は持っていた。そして強打できたら、守備陣の穴に持っていけさえするとヒットになる事も知っている。――自分がそれを可能にしている事を知っている。

 

『強烈な当たりィ――!』

 

 実況の声。金属バットの鳴らす快音。ライナー性の当たりは三塁ベースへ、その軌道はファールゾーンに落ちず、フェアゾーンに落ちるもの。マスクを外して立ち上がった進の視線の先で――三塁手の項関羽が跳躍していた。

 レーザーのように飛翔した打球を、項のグラブが捕球する。肩から接地して地面を転がり、すばやく立ち上がった項がグラブを掲げてボールを誇示する。それを見た球審がアウトのコールをした。

 

『おっとォ! 三塁の項のファインプレーだァ!』

『いやぁ素晴らしい反応でしたね。抜けてたら長打コースだったんですが、項くんの好守に助けられました。ともあれこれでスリーアウト、一回表の攻撃は終わり、横浜北の攻撃に回りますよ』

 

 和乃は舌打ちする。それとは正反対の表情で、駆け足でベンチに戻っていく横浜北ナイン。項が褒め称えられながら守にグラブを付けた手を向け、守は苦笑しながら自らのグラブを合わせた。

 武蔵府中――宮本シニアの面々が、相手チームが捌けていなくなったマウンドへ、グラブを手にそれぞれの守備位置に向かっていく。そして、スターティングメンバーがウグイス嬢に読み上げられていった。

 

『この大会で武蔵府中の攻撃が三人で終わったのは初めてですね』

『武蔵府中も強力な打線ですが、猪狩くんも負けてないですから。流石にこの試合は一方的なものにはならないでしょう。投手戦が予想されます。……まあ次の回の攻撃が、力場くんからなんで……そこは、はい』

『えぇ……猪狩くんにとっての正念場は次の攻撃でしょう。この試合の趨勢を占う勝負になるのは――っと、武蔵府中が守備位置につきますが、これは!』

 

 ――四番。()()()()()、力場専一くん。

 そのウグイス嬢の声に、スタンドは一瞬静まり返り、そして次の瞬間には歓声を爆発させた。

 

『――どうやらマウンドに上がるのは()のようですね。いやはや、前日の騒ぎがあって、今回の登板は見送られるのではないかという懸念があったのですが……』

『杞憂でしたね。やはり猪狩守くん率いる横浜北シニアの強力打線には、力場くんの力が必要とされますし、この対戦カードは非常に面白くなってきます』

 

 パワプロがマウンドに立つ。それだけで、場の空気が変わった。

 張り詰める。触れたら切れそうなほど。そして、重い。固い。だが同時に心が高揚するような、人の心を興奮させるような佇まいがある。

 エースの風格だ。尋常ではなく――シニアのレベルに収まらない、圧倒的な存在感である。強く、怖く、固いのに、誰よりも何よりも“華”があった。見る者を魅了し、熱狂させる力の波動があった。

 

「――皆さん。それでは、声援をお願いします」

 

 内心げんなりしているのを隠しながら。レフトスタンドで応援団の指揮を取る蛇島桐人。パワプロくーん! と黄色い声、野太い声が爆発するのに、そちらを一瞥したパワプロが片手を上げて応えた。

 登板の演出は充分。ホームベースの後ろの観客席に目を向けると、そこには小山雅が頬を紅潮させて座っていた。それに微かな笑みを浮かべ、次いでパワプロは笑顔を苦笑いの色に変える。雅より少し離れた位置に、黒髪の少女が興奮しながら手を振ってきているのに気づいたのだ。

 鞘花ちゃんか、とパワプロが口の中で呟く。しかし、それだけではない。パワプロは気づかなかったが、レフトスタンドには矢部明雄と美藤千尋もいた。クラスメイトの全員が、応援に駆けつけてくれていた。

 

 投球練習を流して終えると、打席に向かってくるのは――中性的な少女、冴木創である。

 

「先生、負けませんよ」

 

 創の台詞にも、パワプロは笑い――そして雰囲気が変貌する。

 気さくで、朗らか。親しみやすさを前面に押し出していたパワプロの纏う空気が、マウンドにて王冠を戴く王者のそれへと塗り替わった。

 放射される威圧感。対峙しただけで体にのしかかる重圧。それに冴木は震えた。それは、武者震いだ。嘗ては教わる立場で、そして対戦しても薙ぎ倒されて終わった。だが今は――対戦相手とは、見られている。

 

 冴木がバットを構え、集中する。

 パワプロが、傲慢に口角を吊り上げた。

 

 今後の趨勢を占う打席、その第一球目を、パワプロがゆったりと投じようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここでキリ。長くなるからね、仕方ないね。

感想評価お待ちしてます(ニッコリ)
アンケートであおいちゃんが独走してるのに戦慄を隠せない作者ガイル。

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