大衆は容姿に秀でた若き選手を
傑出した力を有する選手には、天才というラベルを貼り特別視する。
ストレートの威力が飛び抜けていたら――スライダーやフォークに長けていたら――プロ選手に
だがその少年は、既存のどの記号にも当て嵌められなかった。
彼は容姿端麗である。
しかし、彼は王子などと呼ばれない。何故なら彼は王子と称するには強烈に過ぎ、もはや若くして登極した王のようであったから。
彼は傑出した力を有している。
だが、彼は天才とは呼ばれない。何故ならその少年は、天才のように学ぶまでもなく最初から完成していたから。故に彼は天才ではなく鬼才。或いはもっとシンプルに怪物と称された。
彼は二代目某などと言われない。ナンバーワンにしてオンリーワンなのだ。誰かに擬えて呼び習わすには、余りに異次元じみた存在だった。直球も、変化球も、駆け引きも、マウンドでの振る舞いも。喩えられる者がいない。
彼が初代なのである。既存の記号は相応しくない。むしろ彼のためだけに、『パワプロ』という記号を新たに作るのが適切だった。
注意深くスタンドを観察したら気づけるだろう。人種の異なるスカウトマンの姿が散見される事に。
彼らはメジャーリーグのプロ球団のスカウトマンである。
球界とは、魔界だ。数多の権益が絡み、財界や政界にも深い繋がりがある。故に若き人材の発掘に力を入れるのは当然であり、メジャーのスカウトが現れるという事は一つの事実を証明する事になる。すなわち彼こそが、前人未到の境地に邁進する、発展途上の
畢竟。パワプロは日本のシニアに留まらず、世界を見渡しても並ぶ者のないNo.1であると目されているかもしれない、という事だ。
――すらりと伸びた脚がマウンドの土を踏みつけた。
14歳にして181cmの身長。無駄なく筋肉の網で覆われた70kgの体躯。肩を巡らし、指先でユニフォームの肩の部分を摘んで、感覚を神経質に調整。右手に嵌めたグラブを開閉し、ロジンバッグを握った手に感覚の神経を通す。
白球をグラブから抜き、握る。打席に立つ冴木創をマウンドから見下ろす。肩を聳やかし、胸を張り、傲慢な性根を隠そうともせずに。
それに冴木は笑った。全身がひりつく威圧感、エースの風格。嘗ても、今も憧れて、追いかけて、こうして対峙している。パワプロは頂点だ、だからこそ自身の成長を図る物差しとしてこれ以上は望めない。
自分の力が、今どれほどのものになっているのか、客観的に掴める。勝負が成り立てば、近い領域に迫れている証になる。そして今日この日の為、三回戦目で登板したパワプロのデータも全て頭に叩き込み、目に焼き付けてきた。食い下がってみせる、そして証明する。自分もまた一流の選手なのだと。
『――改めて、マウンドに上がったのは力場くんです。世間に倣ってパワプロくんと呼ぶべきでしょうか?』
『どちらでも構わないでしょう。それよりもう間もなく始まりますよ。一挙手一投足、見逃せない少年です。注目しましょう。でないと解説できず、試合を観戦してるだけの給料泥棒になってしまいますからね』
実況と解説の雑談を間に挟み、
『パーワープーローくーん!』
『パワプロォ!』
スタンドの観客達の熱気を柵に、
『専一殿っ! ビシッといってガッと討ち取る姿、この柳生鞘花、刮目して見届ける所存です――!』
『パワプロくーん! 頑張れー!』
スタンドからの、少女達の声援を燃料に、
(専一。そのマウンドには猪狩の空気が残っている。――塗り替えてやるぞ)
本塁の奥で不敵に構える捕手の視線を受け、パワプロが傲岸不遜に笑う。
『おっ……なんですか?』
実況が、パワプロの取ったポーズに疑問符を浮かべる。ボールを持った手を前に突き出して、ボールの握りを冴木に見せているのだ。
それをふざけていると思わせないのが、パワプロだ。確固たる自信は幻ではない。触れたら消える霞ではない。故にあるのは、痺れるような期待。実況の声が、笑っているような響きで震えていた。
『これは……真っ直ぐだというアピールでしょうかね? 握りが良く見えませんでしたが――ああっと、やはり真っ直ぐだ! 冴木に対して真っ直ぐで行くぞとアピールしています! オールストレート勝負、力場専一……さあ、冴木対パワプロ――三塁コーチャーが前のめりで見詰めています!』
冴木がバットを構えた。バットのヘッドをゆらゆらと揺らし、肩幅に開いた脚もタイミングを図る為に微かに折り曲げられた。
構えは充分。それを見て取り、パワプロがワインドアップポジションの投球姿勢を取る。軸となる左足で投手板を踏み、両腕を振りかぶった。
瞬間的に流れる力、駆動する全関節。滑らかに踏み込み、指先がボールの縫い目から離れる直前にスピンを生む。グラブを嵌めた右腕が、背後に肘鉄を食らわせるように突き出され、全身が捻出した力を過不足なく乗せられた白球が唸りを上げた。――瞬刻、ボールの縫い目が消えたようにも見える高速回転。ジャイロ回転ではない、
「ッ――!」
冴木は目を凝らした。バットは振らずとも、タイミングは図っている。
オーバースローで放たれた白球は、さながら燕の如し。地面すれすれを滑空し、天高く飛翔するかのようなノビに冴木は瞠目した。
乾いた音。ライフル弾が目標に着弾したかのような音だ。重いのに、鋭い。当たれば全身の骨が砕けてしまいそうな気がする。人の持つ生存本能を刺激する威力に冴木は戦慄して、そして浮かべていた笑みを掻き消された。
――笑ってんじゃねえよ。ここで笑っていいのは、俺だけだ。
ど真ん中に突き刺さった弾丸を放って、まるでそう言っているかのような敵エースの顔。薄く浮かぶ笑み。返球を受けたパワプロは冴木に背を向け、再び定位置に戻る。周囲を見渡すパワプロをよそに、実況が興奮気味に言い、解説が感嘆の溜め息を吐いた。
『初球は140km/hストレート! ど真ん中に入ってきたストレートに冴木、反応できません!』
『彼の最高球速は記録上だと147km/hでしたね……捕球した音が此処にまで聞こえてきそうなほど重い球ですよ。それにあのノビ……そしてキレ、あれをシニアの選手に打てというのは酷でしょう……』
『それでも打たねば始まりません! 横浜北シニア、先頭打者の冴木が構えます。彼女もまた好打者です、このまま成す術なく終わるわけにはいかない!』
(――流石は、先生。初球は見るだけのつもりでしたが……打つつもりでいても当てられなかったでしょう)
しかし、と冴木は思う。
簡単には終わらない。今回は駄目でも二打席目、三打席目があるなんて事は考えない。打席に立てば常に全力なのだ。
冷静さを保つ。冴木のメンタルはクレバーだ。緊張も、重圧も、威圧も、自らを惑わす雑念で揺らぎはしない。冴木はネクストバッターズサークルを一瞥する。二番打者の三年生、項関羽が視線を受けて頷いた。見てるぞ、と。
打者には役割がある。個人の記録が幾ら凄くても勝てなければ意味がない。勝つためには役割を果たし、打線を繋げていく必要がある。そして打席の外から投手の球筋を見る事は有為だ。例え打ち取られても次には繋がっていく。
冴木は自身の成績に拘泥しない。独りよがりな野球をしない。この怪物を打ち崩すには、全員の力を結集する必要があった。
バットを構える。パワプロが六道のサインを見て頷いた。両腕を掲げつつも肘の位置が普通よりやや開いている、独特なワインドアップ。まるで木の枝に停まっていたイヌワシが、大きく翼を広げる前兆のようだ。
パワプロが踏み込む。そして投射される弾丸の如き白球。高速回転する球が風を掴み、マグヌス効果を発生させて浮き上がった。冴木が迎え撃つ、今度は見送らずに当てに掛かった。だが――
『空振りッ! 二球目もど真ん中だァ! これでツーストライク!』
『球速が130km/h――信じられませんッ。フォームに変化はなかったですよ、それにノビとキレにもです、こんな現象が有り得るのでしょうか……!?』
球速差10km/hだ。その遅さにタイミングがズラされ、冴木は空振ってしまう。もはや変化球のような落差だが、今のは紛れもなく直球だった。
冴木は慄然とする。六道の返球したボールを受け取りながら背を向けるパワプロを呆然と見る。今のは、なんだ? 軌道、回転、フォーム、どれも初球と同じであったにも関わらず、どうしてこうまで球速差が生じる?
思わずベンチを見るも、険しい顔、驚いた顔が並んでいるばかり。誰もそのからくりを見抜けていない。冴木は唇を噛んだ。タイミングが取れない、直球勝負をしているはずなのに、変化球を織り交ぜられているかのようだ。
なら……本当に変化球を、配球に混ぜられだしたらどうなる? パワプロは通常の直球とジャイロボールを投げられる。それで10km/hの速度差を操り、慣性と重力を巧みに乗せたカーブ、ストレートと同じ回転と軌道で落ちるパラシュートチェンジアップとフォーク、データにあるだけで三通りの変化量の調節がされているスライダー、そしてパワプロの代名詞――ジャイロフォークがあるのだ。もしそのどれもの球速を自在に操れるのだとしたら……。
(変幻自在……千変万化)
その四字熟語が、冴木の意識に浮上する。
そして頭を振った。一部誤りがあった。球速差は10km/hではない。パワプロは130km/hのストレートを投げたが、最高球速は147km/hだ。17km/hもの速度差があるのである。
エースの双眸が、炯々と光っている。どうした、もう折れちまったのか? その目がそう言っている気がして、冴木は気力を燃やしてバットを構える。
まだだ、と冴木は思った。まだたったの二球しか見ていない。粘ればなんとか打つための糸口が見えてくるはずだ。バットを短く持ち、とにかく三球三振は逃れる事を意識する。とにかく、パワプロ攻略の端緒を見極めねば――
「三振するぞ、冴木」
「―――ッ」
パワプロが球を投じる寸前、ポツリと溢れた呟きが冴木の耳に飛び込んだ。集中した意識の間隙に入り込む囁きに、しかし冴木は惑わずバットを振った。ファールでもいい、とにかくゴロを打ちに、当てに掛かったのだ。
だが、積極性を失った時点で、六道の予言は的中する。130km/hの直球が頭に残ってしまっていた。投じられた140km/hのストレートに振り遅れて、冴木が空振り三振に倒れる。
『三球三振ゥ――! 最後もど真ん中ッ! パワプロ、余裕があります。悠然とマウンドから打者を見下ろしているぅ!』
『見下ろしてはいますが、見下してはいませんね。遊びがありません。見事な配球でした。ストレートの緩急というちょっと意味が分からない球に、一巡目の打者が対応するのは難しいでしょう』
「クッ……!」
冴木は歯噛みして打席を去る。その背中に六道が言った。
「次からは変化球も織り交ぜるぞ」
「………!」
努めて無視して、冴木はベンチに戻った。入れ替わりに打席に入る項関羽に言うべき言葉は見当たらない。
冴木がヘルメットを外してベンチに座り、グラブを取っていると金髪の少年が肩に手を乗せてきた。
「パワプロの球は走っていたか?」
「ああ。今まで見てきた中で、比較対象が思いつかない。あらゆる角度から見ても猪狩以上だろう」
「そうか。
クールな表情に、確かな闘志を燃やして友沢が呟く。そしてそのまま離れていく少年をよそに、ネクストバッターズサークルに向かっていく守が露骨に鼻を鳴らした。パワプロが猪狩以上だと称したセリフが聞こえたのだろう。
しかし異論は無さそうである。彼はまだ、パワプロが自分より上の投手だと認めていた。だが関係ない、この世に無敵の存在などいない。負けるつもりで臨む試合などあってはならないのだ。
猪狩は煮え滾る闘志の炎を、必死に制御していた。闘魂を胸に秘め、気力として燃焼させるために、心の炉に闘志を押し込んで。項を相手にストレート三球勝負を仕掛けるパワプロの姿を目に焼き付けている。
こんなに近くで、パワプロの投球を見るのは久し振りだ。
同じ左投手、同じオーバースロー。ナンバーワンとナンバーツー。遺憾ながら、癪ではあるが、屈辱でもあるが――守にとって、パワプロの投球は何者にも勝る最高峰の教材だった。見て盗む、盗んで磨き、自己流に落とし込む。
今この瞬間にも天才は学習していた。鬼才の技を吸収しようと躍起になっていた。パワプロのジャイロフォークから、我流のスプリットを掴み。ツーシームをその投球術から見出してきた。パワプロだけではなく、今まで対戦してきた全ての投手を糧に、猪狩守は頂点を目指して進化していく。
「ストライーク! バッターアウト!」
『三球三振ゥ! 二番、項、まぁったくタイミングが合いません!』
クソッ! 悪態を吐いて、地面を蹴りながら項がベンチに戻っていく。それとすれ違っても、項は守に何も言わない。言うことがない。実際、速いだの遅いだの、ノビてるだの重いだの、そんな事は言われるまでもなかった。
打席に立つ。睨みつける守の目に、パワプロはやはり笑っている。その笑みを消してやるよ、と守は気負った。打撃でも君を超えると。
しかし、実力差は歴然だ。守とてそれは分かっていた。パワプロの笑みを消せるのは、今ではない。打撃技術で超えるのも、今ではない。ただ守は、打席に突っ立っているだけで、一度もバットを振らなかった。
食い入るように、パワプロのフォームを、球筋を、音を、気配を感じる事だけに集中して、体力を温存する。次の回は、パワプロの打順から。仮に抑えられても、一点を争う試合になるのは必然。体力を打撃で使う気はない。
(――いや。
守は球審のコールを背に、打席を去る。パワプロが、その気炎を纏った背中に向けて言った。
「勉強させてやる。一打席目のホームランは勘弁してやるよ」
その台詞の裏にある真意、それは――守が自分に追いつくのを願う、孤高の最強者の渇望。対等な好敵手の到達を待つ、怪物の誘い。
ナメるな! パワプロの声に、守はそう呟いた。――待っているといい、すぐに追いつく。孤独な王者のままで、いさせてたまるか――僕は、君の、ライバルなんだ――
?「魔王ムーブ楽しぃぃぃ!!」
という裏の声はない、ないったらない。いいね?
どれが良いでしょう?
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あおいちゃんの卒業式(意味深)
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みずきちゃんの決起式(意味深)
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ヒロピーの団結式(意味深)