男女混合超野球連盟ぱわふるプロ野球RTA   作:飴玉鉛

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パワプロ対いのかりしかないので初投稿です(吐血)


秋季大会準決勝(そのさん)

 

 ――大技ばかり魅せてきたからな。小技も使えるんだって事、アピールするには絶好の舞台だと思うね。

 

 

 


 

 

 

 打席を去った守がマウンドへ。マウンドを降りたパワプロが打席へ。攻守が入れ替わり、イニングは二回表に差し掛かった。

 

『――二回表は武蔵府中シニア、四番、力場専一くんからの攻撃となります』

 

 ウグイス嬢の声を皮切りに声援と関心が打席へ集中する。だがそんなものに気を取られる事はない。いつも通り帽子の鍔の位置を調整して、ロジンバッグで指先の滑り止めをした。マウンドでの集中力を研ぎ澄ますルーティンだ。

 木製バットを携え、打席に入る少年。その姿を認めた瞬間に、部外者(がいや)の存在が守の意識(せかい)から消えていく。これだけの大歓声に包まれている球場が物音一つしない静寂に満ち、全ての人間が姿を消した。

 今の守に見えるのは、ミットを構える進と球審。そしてバットを構える打者のみ。聞こえるのは打者の息遣いと己の心音。真っ黒な世界の中で、それらだけが色彩を有している。猪狩守は今、最高のコンディションに至った。

 

「………」

「………」

 

 視線が交錯する。公式試合での対戦は、リトル時代以来。今の今までその背中を追ってきた。今も追っている。のしかかる重圧は、打者としても最強である少年の醸し出す雰囲気によるもの。多くの投手がこの少年を前に膝を屈して心を折られ、再起する事もできないまま野球を辞めてきた事だろう。だが守はパワプロに対して怯む事はなかった。何度も挑み、何度も返り討ちにされ、歯牙にも掛けられず薙ぎ倒されても、その度に立ち上がってきた。

 守は天才だ。その才能は紛れもなく超一級のものである。しかし、守の真に特筆すべき点は、目に見える才能にはない。決して折れない不屈の魂、挑み続けられる精神力こそが猪狩守最大の武器であると言える。

 

 守にとってパワプロは超えなければならない宿命のライバルだ。だがそれは守が一方的に決めつけているだけで、客観的に見ればまだ対等なライバルとは言えない。

 大きすぎる力の差があった。

 パワプロは、守をライバルだと口にした事がある。しかしそれは今の守ではなく、心も体も成熟した未来の守を見透かしてのものであろう。いつかは追いついて来てくれると、面白い勝負をしてくれると期待しての評価だ。

 

 思えば、パワプロは孤独だった。

 

 パワプロは惜しみなく、関わった人間を指導している。本来ならそんな無駄な事などせず、自身の力を研ぎ澄まし続けた方がいい。にも関わらず、パワプロはいつだって誰かを教え導き、自身の練習時間を割いていた。

 結果として多くの人間が才能を開花させてきた。六道聖しかり、霧崎礼里しかり、彼の今のチームメイトしかり。守のチームメイトである冴木創や、猪狩守や友沢亮も例外ではないだろう。――何故そこまでするのか、疑問を感じるのが自然だ。そしてその疑問に至ったなら、守と同じ答えを見出す。

 パワプロは退()()()()()。周りを見渡しても、自身の全力を尽くして戦える敵がいない。味方に頼るまでもなく、ひとりで敵を打ち砕ける。そして思っていたはずだ、こんな弱者ばかりの中で野球をするのは苦痛だと。

 だからこそパワプロは、自身の能力を高める練習を怠った。これ以上自分が強くなったら、それこそ誰も手が付けられない。身の回りの連中の面倒を見てやる事で自分を成長させず、周りを強化して、野球()()()をして自分を納得させている。そして期待するのだ、追いついてきてくれ、と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 本気を、全力を、出せていない。

 恐らく猪狩守とこの思いを共有しているのは、友沢亮だけだろう。六道や霧崎、それ以外の全員はパワプロに近すぎて気づいていない。思い至っていない。強すぎる光で目が灼かれているに違いない。

 守は思っている。ふざけるな、と。守は怒っている。舐めるな、と。守は危惧している。――パワプロはいつか、誰かに期待する事をやめるかもしれない。誰よりも高みにいる故に、頂に立ち続けて、誰もその頂に近づいてこない事を見下して、やがては失望する時が来るかもしれない。

 そうなれば、パワプロは野球をやめるだろう。

 誰も相手にならない、一人きりの最強。それを人は無敵という。

 敵が、無いのだ。それは――それは……なんて辛さ。無敵と言えば聞こえは良い。だがこと野球というスポーツの中で敵が無いというのは――果たして良い事なのか? 野球はチームでするものなのに、極論してしまえば一人で試合に勝てるという事実は誇れるのか? 八人の仲間は不要の存在ではないか。

 

 無敵。その別名は、孤高。

 

 野球をしている人間が孤高であってはならない。にも関わらずパワプロは一人だ。友情、親愛、それらを持つ相手はいても、パワプロと本当の意味で対等に戦える敵も味方もいない。このままでは、パワプロはいつかは腐る。

 こんなものかと失望した時が最後だ。そして、だから守は思う。そうはさせない、と。孤高の最強者のままでいさせてたまるかと。何故なら守にとってパワプロとは――どこか己の才能に驕っていた守を、歪ませず真っ直ぐに挑ませてくれ続けた、野球を楽しいと思わせてくれた恩人なのだ。

 努力を積み重ね、技術を磨き上げ、身体を作ってきた。その何もかもで守は常に楽しさを感じてこれた。その恩は、友情を超えた共感と絶望、そして焦りを守に与えてくれた。守は渇望する、この恩を返す事を。パワプロに教えてやりたい。最強の座を脅かし、玉座を簒奪せんと迫る者がいる事を。パワプロの敵足り得る者がここにいるのだと。孤高などではないのだと。

 

「……勝負だ、パワプロッ!」

 

 守が燃え滾る闘志を背負い、パワプロに向けて吼える。

 もしこの男が自分のためだけに努力を始めたら、どれほどの存在になるのか守は見たかった。そしてその努力をしたパワプロを超えるのが、守の目標である。断じて今の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 通過点なのだ。このパワプロに勝つのは。

 その思いを受け、打席に立つパワプロがニヤリと笑う――その笑みが守への期待を現している。だからこそ誓う。その笑みを消してやる、と。最強の存在へ、努力する事の楽しさを思い知らせてやると。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――そう伝えてやりたいから。

 

 部外者(がいや)が喚く。期待している。興奮している。打てば全て本塁打を放ち、それ以外は全て敬遠されてきたパワプロに、真っ向勝負を挑む者が出てくる事を。守という天才と、パワプロという鬼才が対決する事を。

 だがそんなものなど守には届かなかった。守の目と耳は、この勝負に集中しきっている。余分な情報は全てカットされていた。

 パワプロが応じる。楽しませてくれと言った。そしてバットを構える。弛緩しているようにも見える神主打法。それは――まるで神に祈っているかのようだ。パワプロは自らの打法を神主打法とは言わず、リトル時代に守へ諧謔したように溢していた。これは祈祷打法だよと。神主打法ではない、と。

 当時の守は、パワプロが自らの唯一性を保ちたいからそう言っているのだと思っていた。だが今はもう違う。パワプロは、祈祷している。何を祈り、なぜ(いの)るのか。その理由は、敢えて考えないようにしていた。祈る必要がなくしてやればいいと、思うだけだ。

 

 進の出すサインに頷く。

 

 初球はやはり、決まっている。パワプロさえいなければ、この世代は間違いなく【猪狩世代】と呼ばれたであろう麒麟児の全力投球。力配分はしよう、体力も温存しよう。だが相手がパワプロであるなら、後先考える必要はない。

 全力投球だ。本気の本気で、最初から底を見せる。打たせない、半端な球を投げようものなら一撃で粉砕される。

 ワインドアップ。全身の動きを、鮮明に守は把握する。全身の筋肉のバネと関節の回転、捻出する最大出力。守だけの最強の直球カイザーライジングだ。エフェクト現象の出現と共に、白球が蒼い稲妻に覆い隠される。マグヌス現象を理論上、最大無比に引き出してホップする上方向の変化直球だった。

 

 ――それを。

 

 パワプロは、ピクリとも動かずに見逃した。それにどよめく観客達。パワプロが築いた初球本塁打の山が記憶にこびり付いているのだろう。初球から振っていくイメージがあったのかもしれない。

 だがパワプロは本来、狙い球を待つタイプだ。来た球を打つ、変化球も直球も同じ感覚で打つような、感覚派の人間ではない。むしろその逆でがちがちの理論派であり、そうであるからこそ感覚のズレに惑わされない。

 パワプロの気質は天才のそれではなかった。故にその異常性が分かる。凡人のような気質であるのに、実力は反比例して桁外れなのだから。まるで膨大な年月の研鑽に裏付けされた、確固たる努力の超人のようなのである。

 

 ――初球の球速は149km/hである。猪狩守が発揮できる最大球速だ。外角低めにピシャリと決まった、最高の球。進の顔色がつぶさに見て取れる。緊張の余り唇が乾いていた。守は返球を受けてボールをグラブに収める。

 

 嫌な見逃し方だ。反応できなかったのではなく、しなかったように見えた。シニアの中にも、世界を見渡せば150km/hを超える球を放る天才もいる。だがそれは世界的に見たらの話であり、単純な球速だけなら守も世界トップクラスであるのに疑いはない。並のチームが相手なら、このボールだけで完封できるだろう。しかし――パワプロは、それをも打てる。打っている所を見たことがあるのではなく、そう確信させる雰囲気があった。

 パワプロに苦手なコースは無い。だが得意なコースならある。内角と低めが大の得意で、それ以外のコースでも平然とスタンドに運べる技術があった。あの身長と、腕の長さで、内角低めを引っ張ってスタンドに運ぶ光景は芸術的であり。外角のボールは全て流してスタンドに運ぶ様は悪夢だった。

 

(――兄さん――)

(――分かった)

 

 守は配球を考えない。それに関しては、全て進に任せている。進はただ、守の力を出し切らせる事だけに徹していた。

 第二球は、再び外角低め。ただしパワプロが右打席に立っているため、外にボール半個分外へ逃げる変化をするツーシームだ。鋭く、小さく、しかしながらツーシームとしては大きな変化でストライクゾーンを外す。

 精密な制球力だ。進の構えたミットは動かない。進は今の所、打撃も守備もお粗末な部分が目立つが、その分、捕球技術だけを徹底的かつ集中的に磨いている。そのお蔭で守の放つボールを零さない。

 目立たないが、進もまた天才だ。でなければとてもではないが守の捕手は務まらないだろう。そしてそんな進よりも、パワプロの女房役の六道聖はあらゆる面で遥かに優れている。雲の上のような捕手だった。

 

 進は、六道聖を目標にしている。六道に及ばない事を認めている。故に研究も対策も、人に頼る事に抵抗がない。捕手としても一流である一塁手、武秀英と何度も打ち合わせ、分析して配球を決める強かさがあった。

 だがそれでも、進はパワプロの狙いが読めない。パワプロの姿勢、反応から狙い球が絞れない。何を狙っているのだろう? 醸し出されるスラッガーの気配に気を呑まれそうになりながらも、進は五里霧中の中で最善を模索する。

 

 第三球は、内角から落ちるSFF――守が白球をリリースする。パワプロが浅く踏み込んだ。このボールは、打っても詰まるはず。しかし、

 

『強烈な打球――!!』

 

 ジャストミートしたボールが三塁線上に飛翔する。ライナー性の打球は疾風であり、三塁手の項は反応できなかった。

 余りにも速すぎる打球が項の顔面の横を掠め、フェンスにダイレクトで突き刺さる。だが、パワプロも守も動かない。ファール、と球審がコールした。項が恐る恐る振り返り、ボールが転がっているのを見て冷や汗を垂らした。

 

 ――な、なんだ今のは……。

 

 肌を粟立たせ、レフトの呂布がボールを拾い中継を挟んで守へ返す。

 パワプロが打席を外し、木製バットで肩を叩きながら進へ言った。

 

「配球が安直だな、進。次あんな甘いのが来たら遠慮なく食っちまうぞ」

「っ……!」

 

 甘い? 今のが? 余裕綽々といったパワプロの台詞に、進の脳は理解を拒みそうになる。

 意味が分からなかった。配球は決して甘くはなかったし、守のスプリットのキレは驚異的だ。変化量だって下手なフォーク並にはある。それをあろうことか、打席では初見のはずなのにジャストミートして、あんなにも強く引っ張られた。

 

 怪物。投打における最強。その呼び名に恥じないどころか、怪物の名ですら小さく見せてしまう。

 

(進。怯むな)

(……はい!)

 

 守は冷静だった。微塵も揺らがない守の姿に、進は勇気づけられる。

 第四球は、ボール一つ分外れる、外角高めの直球。カイザーライジングではない、普通のストレート。

 叩き出された148km/hのそれに、パワプロは反応しない。配球を見透かされている予感をヒシヒシと感じた。カウントはツーストライク・ツーボール、差し込んでいるはずなのに負けている気がする。

 

 ――進、打たせても良いぞ。

 

 一塁手の秀英がグラブを叩き、声なき檄を飛ばしてきた。それに進は素直に頷いて、少し浮いていた腰を沈ませる。

 フゥ……と細く息を吐き出してサインを出した。次で決める。その覚悟と決断に、守は頷いた。

 投げ込むコースは、パワプロが最も得意とする内角低め。そこへ――兄が得意とする変化球、スライダーが投げ込まれる。

 横回転する白球が、切れ味鋭く横へ滑った。打者のチェックゾーンに侵入した直後に急激に変化するボール。打て、と進は念じた。打つな、と祈った。

 

 パワプロの軸足が土を抉りながら斜め後ろに半歩下がる。上げた左足で体重移動を淀みなく行ない、木製バットが軽く振られた。カコッ、と鈍い当たり。それによって放たれた打球は三塁と本塁の間、ファールゾーンへ落ちる。

 ファールボール。進は嫌な感覚を覚えた。

 今の、は……? 打ち損じたのだろうか。いや――パワプロに焦りがない。安堵したようでもない。カット、されたのだ。

 

「ッ……」

 

 第五球は、外角低めへのツーシーム。今度はストライクゾーンに入れたそれが、一塁と本塁の間のファールゾーンへ落ちる。三球目とは綺麗に反対方向へ打たれているのである。

 第六球は、内角高めへのカーブ。甘い球だが、ストライクゾーンギリギリに投げ込まれたそれを打っても外野フライが精々だろう。それが――三球目と同じ本塁と三塁の間のファールゾーンへ落ちる。

 確信した。観客の多くももしかして、と思ったことだろう。

 確実にカットされている。しかも、ご丁寧に同じ位置に打球を放って。あの猪狩守を相手に。進は漸く悟った。パワプロの狙いは――カイザーライジングなのだと。それ以外は全てカットするつもりでいる、と。

 ホームベース上で静止した木製バット。神主打法。パワプロは悠然と構えている。カウント上は追い込まれているのに、凪いだ湖面のように落ち着いていた。

 

(受けて立とうじゃないか)

(――兄さん。でもそれは……)

(逃げる事だけは赦さない。僕は強くなるために戦っている。逃げる技を身に着けるために、パワプロと戦っているわけじゃないんだ。勝負しに行って打たれたんなら仕方ないと割り切ればいい。そうだろう?)

(……はい!)

 

 守は不敵だった。打たれるつもりはない、しかし打たれたからと、狙われているからと、怯懦に塗れるような少年ではなかった。

 ここまで、守は全力だった。だが――()()()()()()()()

 全力ではあっても、本気ではない。この打席で試合が終わるわけではないのだ、パワプロを相手に後先考えてはいなくても、意識している事はある。それは、勝ち続ける意志力。一巡目も、二巡目も、抑えて勝つ事だけは念頭に置かれていた。故に、守は忘れない。全力を出しはするが、本気になるのは二巡目からでなければならないと。

 だがその考えを捨てる。お望みとあらば本気を見せてやろうじゃないかと。リスクばかりを目に入れていたのでは、アウトカウントというリターンは奪えない。守の決断に、進もまた腹を括った。

 

 守が、全霊を振り絞り、全力を捻出する。ワインドアップをしながら込める気迫は掛け値なしの本気。収束する気迫に、誰もがこの打席での勝負の決着が訪れる事を確信した。

 投じられるのは、猪狩守のウィニングショットであるカイザーライジング。蒼い稲妻がマウンドより発生し、進のミットを避雷針に見立てて落雷する。

 コースは外角低め。ストライクゾーンの下。ボールカウントになるであろうそれが、ホップして上に飛翔する。

 理外の魔球は稲妻の残光に紛れ、姿を隠している。ノビは異様極まり一流の選手にも打てるはずがない。149km/hの直球は怪物的な球威を内包していた。

 

 紛れもなく、シニア最高の直球。こと真っ直ぐのみで言えば、猪狩守のそれはパワプロに比肩しているかもしれない。

 パワプロが、守がボールをリリースする寸前に始動する。内に踏み込んでいく様は、完全に来る球種とコースを見抜いてのもの。腰の回転、全身の捻り、全てが連動して一部の狂いなく木製バットをコントロールした。

 振り抜くバットのキレは、さながら古刀の如し。

 果たして古刀は、雷切を成すが如く守のカイザーライジングをジャストミートしてのけた。

 真芯での強い当たり。それに、守の集中が打ち破られる。スタンドからの歓声と悲鳴が耳に届き、振り返った先は一塁側。綺麗に流し打った打球が一塁線上へ落ちて、球審が全員に聞こえるように叫んだ。

 

「フェア!」

 

 判定はヒット。ファーストの秀英の頭を越えたヒットだ。

 惚れ惚れするほどの打撃芸術。武蔵府中シニアの面々が持つ全ての技能は、パワプロから伝授されたもの。彼らに出来ることはパワプロにも出来る。

 パワプロはゆっくり走って、一塁で止まった。ライトの野球少女、新島早紀は浅く守っていたのだ。素早く守備移動を終えて捕球し、二塁へ送球した故にシングルヒットで勝負は決着したのである。

 

 歓声が上がる。それは守を称賛していた。よくやったと。パワプロに本塁打を打たれなかったのは、この大会だと守が初めてだからだ。だがそれが、守をパワプロ以下だと見做していると伝えていると、自覚しているだろうか。

 守は無視する、気にもしない。まあ、こんなものだろうと思う程度だ。打たれはしたが、点に繋がっていないならそれでいいと割り切る。そして守は思った。果たして今のパワプロの打撃の意図を、把握できた人間がこの球場に何人いるだろうな、と、パワプロがその気なら長打にされていたかもしれない。そんな予感がしていた。パワプロは――()()()()()()()()()()()()()()のではないかと守は天才的な勘で感じ取っていたのだ。

 パワプロが一塁上で守を見ている。彼は笑っていた。勉強になったろ? と。何が勉強になったのか。それはきっと――いや、今はいい。それより次の打者の相手をしなければならない。

 

 守は解けた集中力を作り直す。

 打席には五番打者の鬼島騎兵。彼はチャンスに強く、アベレージに打てる打者だ。得点圏打率は七割と、驚異的成績を誇っている。

 油断はしない。全力ではないが、本気で掛かる必要がある。守がそう思い、進のサインに頷いて投球姿勢に入った瞬間――パワプロが走った。守のモーションを完璧に盗んでの盗塁。進が目を見開いて、ストレートを捕球し様に立ち上がり二塁へ送球する。だがパワプロは滑り込むまでもなく二塁に到着していた。

 

「俺は脚も速いんだよ。忘れてたのか、アイツ」

 

 パワプロが飄々と嘯き、冴木は苦笑する。友沢が嘆息して肩を竦めた。

 

「オレは来ると思っていた。進の奴には後でキツく言ってやらないといけないが――」

「あんまり怒ってやんなよ? どうせ俺を刺せる奴なんか、今のシニアにはいねえんだしよ。なんならその証拠を見せてやろうか」

 

 傲慢に宣うパワプロに、友沢と冴木はまさか、と思う。

 そのまさかだった。

 一度の牽制を受けても悠々と二塁を踏んだパワプロが、短くリードしている状態で――突如、その体が()()()()()のである。

 予備動作、皆無。守の投球開始と同時に、無拍子で始動したパワプロが、頭の位置を動かさずに走り出していた。その気配の薄さ、疾さは通常の野球技術ではない。気を割いていた友沢達ですら反応できなかった。

 スタンドから見ていた柳生鞘花が瞠目する。あれは――()()だ。古武術を野球に転用した人間など、パワプロが史上初だろう。果たして進は三塁へ送球する事も出来なかった。

 

 これで、ノーアウト、ツーストライク、ランナーは三塁。さしもの守も動揺して瞳を揺らした。なんだそれは、と。

 そしてやっと観客達も理解する。

 

 パワプロは、投手としてはおろか――打者としても最強なのだと。ホームラン以外を打っても、塁に出さえすれば三塁まで進める走塁と盗塁技術を有した本物の怪物なのだ、と。やっと理解できた。

 怪物が三塁から守に笑い掛ける。どうする? 下手に打たせたら、本塁に帰っちまうぜ――その目はそう言っていた。

 

 そして棒立ちしていた鬼島騎兵が開眼する。

 

「へッ……ツーストライクになるまで黙って立ってろって、そういうことかよパワプロの奴。全く、可愛げのねえ後輩だこって――!」

 

 パワプロが打席に立つ前に、鬼島に掛けた台詞は。

 つまり、最初からシングルヒットからの二盗を狙っていた証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作が野球物な気がしてきてましたが気のせいでした。これはやきうです(今更)

面白い、続きが気になると思っていただけたなら、感想評価などよろしくお願いします。

どれが良いでしょう?

  • あおいちゃんの卒業式(意味深)
  • みずきちゃんの決起式(意味深)
  • ヒロピーの団結式(意味深)

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