「びっくり芸がしたい。ってなわけでやろうぜ、聖ちゃん」
「びっくり芸? こんな時にまたぞろ妙な事を言い出すのだな……」
「サインはこれとこれな。これの時はコイツを投げる、ってな感じでどうよ」
「……後で怒られても知らないぞ」
「ハハハ、真似られる方が悪いんだよ。んじゃ――久し振りの対戦を祝して、いっちょ友沢を
† † † † † † † †
パワプロに関しては言うまでもなく。
対する友沢亮の今大会の成績は、
パフォーマンスの巧みさやスター性、巨大な知名度を誇る投打最強の巨星パワプロがいるため、比較すると些か注目度は低い。とは言っても驚嘆すべき成績を見せつけているのだが、猪狩守と同じくあかつき大付属高校に進学する事でも知られているので、スカウトの関心が高くないという事情がある。しかし打席に立てばほぼ確実に安打を放ち、四試合で10本もの本塁打を放っている友沢は、紛れもなく大会二位の強打者として脚光を浴びていた。
故に友沢に注目するのはプロ球界の人間だ。パワプロや猪狩守などと同じ最高ランクの逸材としてチェックされていた。
友沢の本塁打は全球ストレートから放っている。直球に強すぎるほど強く、だが変化球に弱いかというとそうでもない。内角と外角、高めと低め、苦手なコースなどなく広角に打ち分けられる技術があり、どの方向にも本塁打を放てるのは証明済み。パワプロから打てるのは、友沢しかいない。その評価と期待を持てる最大の存在がその少年だ。
彼はスイッチヒッターだ、左と右どちらの打席でも打てる。その友沢は左投手のパワプロを相手に左打席に入った。
多くの左打者は左投手を苦手にしている。その逆もまた然り。だがそれは、ほとんど感覚的なものである――と、友沢は思っている。何せ左利きの選手は珍しい部類だ。互いに左の相手と対戦した経験は薄く、不慣れな相手との対戦に気持ち悪さを感じるのだろう。鈴森一郎という偉大なメジャーリーガーの出現によって、左打者は一気に増えてきたが、それでも左は左を苦手にする構図に大きな変化は見られない。世間一般に右利きの方が圧倒的に多い為だ。
では友沢はどうかというと、そうでもない。まず友沢は右と左では、日常的に左打席に立つ事が多く、左投手との対戦経験が豊富であるからだ。何せ友沢の仲間である猪狩守が左投手だ、対戦経験は群を抜いていた。
左に立てば、右に立つより左投手の腕を見やすい。パワプロが左打者を苦手にしているなんて話は聞いたことがないから、友沢は完全に自身のやり易さを重視して左打席に入っている。
構えは、スタンダード。基本に忠実で、だからこそ安定している打法。纏う強打者の風格は、冷静沈着な六道聖をして警戒させるほどのもの。本当にやるのかとエースの顔を窺うも、パワプロの顔から笑みが消えることはない。
手玉に取ってやる、とパワプロは言った。
そう、手玉に取るのだ。勝負ではない。極論パワプロは自身の球さえ落とさないなら、捕手は誰でもいいのである。駆け引きも何もなく、圧倒的な力だけで敵を捻じ伏せ、試合に勝てる投手なのだから。
六道としては、悔しい。当たり前だ、六道が必死に考え抜いたリードも配球も、パワプロにとっては不要なものだったのだ。捕球技術が充分な、投手の球を後ろに逸らさない壁に徹するだけでいいなんて、捕手の存在意義がない。
故に強敵の出現は六道にとっても望むところ。友沢はこの世代で間違いなくトップに立つバッターだ。無論、パワプロを除けばだが。だからこそパワプロの言う『遊び』に付き合ってもいいと六道は思う。遊んでいるパワプロすら打てないようでは、到底六道の真価は発揮できない。
それはそれとして、仕事はするのだけども。
「友沢」
「………」
「専一を本気にさせてやってくれ。あんなに野球が好きなのに――専一は、野球が出来ていないのだ」
「………」
ささやき、囁く。本音か駆け引きかは不明。
それに友沢は目を見開いた。まさか敵の捕手にそんな事を言われるとは欠片も思っていなかったのだ。
「これから専一は遊ぶぞ」
「……遊ぶ?」
「不満なら、ふざけて勝てる相手だと思われない事だ」
そして掛けられた言葉に、友沢は一瞬目の前が真っ白になった。
遊ぶ? 遊ぶだと? 無意識にマウンドを見ると、史上最大の怪物は悪戯っぽく笑っていた。いつもの傲慢な笑みではなく、期待を孕んだ――まるで目の前の玩具が、じゃれついただけで壊れないか試そうとしているかのような。
そんな、目。
「………」
いいだろう、と友沢は思った。遊んでやる、と。
今までパワプロはあんな目をした事はないはずだ。なのに友沢に対してあんな目をしているのは、裏を返せば今までの誰よりも期待してくれているという事でもある。だがそれはそれとして、気に食わない。
噴出していた闘志が掻き消える。萎えたのではない、凝縮されたのだ。遊んで打ち取れる相手ではないと思い知らせてやるために、集中力がかつてなく研ぎ澄まされていく。オレは遊びで相手になる男じゃないと思い知らせよう。
友沢の想いを受けて、パワプロは大きく振りかぶる。
そして次の瞬間に友沢は瞠目した。
いつものオーバースローではない――これは、
『――
実況の叫びを肯定するかの如く、少年の体が傾いていた。
手が地面スレスレを掠める。一分の狂いなく投影されるのは、サブマリン投法の女エース。投じられるのは、その代名詞。
リリースする際に特殊な摩擦が発生させられる。空気中の酸素と水素を結合させると共に、空気中に水を発生させて――ボールを水切り石の原理で跳ね返らせる事で鋭角の変化を生み出す驚異の魔球。
マリンボール。
迸る水飛沫によって、何が来ているのかは分かる。しかし想定外の魔球で虚を突かれ、水飛沫でボールそのものが見え辛いのだ。
友沢は驚愕し――
超中学生級の域を超えた超高校級の天才、友沢亮。安打製造機たる少年は、初見かつ裏を掻かれても反応する。驚嘆すべきミート力はマリンボールを捉えるなり、最初から条件付けられていたかのように手首を返して、長打コースにまで運んでいく――はずだった。
バットに捉えられたマリンボールは、貞淑な乙女の如く身を捻る。意地の悪い悪女の如く、バットのアプローチを袖にする。
以前マリンボールを開発する時、早川あおいはパワプロに知恵を借りた。理論を作るために相談し、完成したのがこの魔球である。だが、ただ切れ味が増してるだけではツマラナイ、もっとえげつなくしようと少年は提案した。
そうして改良され、生み出されたのが【マリンボール改】だ。
元々早川あおいも友沢の仮想敵だ。研究も対策もしている。どれほど凄まじい変化球でも、来ると分かればバットに当てる事自体は難しくない。猪狩守のカイザーライジングも、木場嵐士の爆速ストレートも、他も同様だ。あれらは詰まらせる事、球威で圧すことに重点が置かれている。空振りも取れるがレベルの高い選手は振り遅れない限り早々空振りしない。
同じく早川のマリンボールのキレは良いが、見たら球種が分かるのだから当てる事に難儀しないのだ。むしろエフェクト現象の発生しない通常の高速シンカーの方が厄介だと感じる者もいるだろう。故に名実ともに魔球と化すためには、
マリンボール改を打つには完璧に芯で捉えるしかなかった。そうすればボールが跳ねる性質を利し、軽い手応えで長打にできるだろう。
重くするのではなく、キレるようにするのでもなく、逆だ。逆にボールを軽くする事でマリンボールの凶悪さは進化した。如何にして打球を詰まらせるかを追い求めた、早川あおいがまだ投げていない改良型の魔球である。
(――演出に入ります。あ、もう入ってますけど。さておきわたしがこんな事をしてる理由を解説しましょうか。そろそろ充分な布石も打てていますし、試合後ボーナスでコツが貰える頃合いなんですよね。これは試合の勝敗次第で貰えるか否かが決まり、どういったコツが貰えるのかは試合内容で選択肢が狭まって、ランダムで決まります。敢えてピンチを作ってそれを切り抜ける事を繰り返してたら『対ピンチ』で、それを既に持ってたら超特『強心臓』が貰いやすくなるといった具合ですね。四球を出し過ぎたら赤特……デメリットスキルが無理矢理付与されます。赤特『四球』がそれです。
んで、わたしが狙ってるのは当たり前ですが超特コツです。その名も『マインドブレイカー』……三振に切って取った相手の調子を悪くする、要するに心折設計な超得ですね。コイツは『最強エース』ムーブするには欠かせないんで絶対に欲しいですよ。一応手に入れる算段は立ててますが、試合ボーナスで貰えるなら経験点的にも労力的にも節約できてとてもおいしいです。狙わないわけにはいかないですよ)
――結果として、友沢は詰まらされた。
だが球速が137km/hと本家より速く、振り遅れた事が幸いし、打球は六道の手が届かないギリギリの位置に落ちた。
「……!」
「………」
顔を歪ませる友沢と、笑みを浮かべたままのパワプロ。余裕綽々といった貌のパワプロに、『遊び』の意図を悟る。なるほど――確かに遊んでいる。要するに自分のものではないボールを、パワプロのレベルで放つという事だ。
借り物の投球術で遊ぶパワプロを打てたら本腰を入れてやると言いたいのだろう。そしてそれに対して友沢は思う。そういうつもりなら話は簡単だ、と。まさかの球に面食らった故に打ち損じたが、
「―――」
続く第二球目をパワプロが振りかぶる。
友沢はエゴイストではない。これが試合ではないなら、わざとカットして見せ相手にならないと誇示し、パワプロの本気を引き出そうとするだろう。だがこれは仲間達と闘う試合なのである。
今欲しいのは一点だ。打てるボールをむざむざ見逃すつもりはなく、まずは同点に戻し、思い知らせてやればいい。自分を相手に遊んだ愚かさを、傲慢な怪物に肉薄していく自分という存在を。
スラッガーの気迫が収斂する。何が来ようと打ち砕くために。
極限まで集中した友沢の目が、だれよりも速くパワプロのフォームを視認した。今度はアンダースローではない。オーバースローだが、しかし――パワプロのフォームとは違う。これは、仮想敵の一人、太刀川広巳のもの。
投じられたのは、真ん中へ向かうボール。ピクリと反応した。甘い、こんなものはスタンドに叩き込んでやる、と思った瞬間だった。不意にボールが薄いエフェクトを纏い――手元で大きく、急激に、
通常横の変化をすると思われるスライダー等は、重力に引かれて少し下に落ちながら変化するものだ。だがそれは重力など知らないとばかりに真横に変化したのである。投手の利き手の反対側に曲がるスライダーではない、これはパワプロから太刀川に伝授されたという魔球ブレッドシュート。剃刀の如きキレの魔球は投手の利き手側に曲がる。友沢の懐を抉る、シュートとは思えないほどの変化量を以て、ど真ん中からストライクゾーンの内側一杯に決まった。
「……ボール!」
球審は迷いに迷って、ボール判定を下す。
これでワンボール、ワンストライク。捕手からの返球を受ける投手を尻目にチラリと友沢は思った。六道聖、よくもまあこれだけメチャクチャな男の捕手が勤まるものだと。一度ぐらい捕球ミスをしそうなものだが。
六道が無言で相方を睨むと、パワプロはスマンと片手を上げた。ストライクゾーンに入れるつもりだったのだろうが、普段は投げないボールを投げたせいで精密機械にも狂いが出たのだろう。だが止めない。パワプロは懲りる事なく第三球目を投じた。
今度は、サイドスローだ。それを見た瞬時に友沢は狙い球を絞る。あれが来る、と。実物を打席では見たことがないが、どんな変化をするものなのかは研究し尽くしていた。それは仮想敵、橘みずきの決め球だ。
案の定、投じられたのは眩い光を無数に散らす魔球クレッセントムーン。不自然な変化をする、非常に厄介なものだが――パワプロの指感覚には合わないのだろう。球速こそ本家のものより上だが、若干キレが劣っている。バックドアだ、外角に外れている位置からストライクゾーンに入ってくるそれを、友沢はジャストミートした。
「――ファールボール!」
判定は、ファール。流し打たれたボールが、三塁線上からやや左に逸れた。入っていたら二塁打になっていただろう。トップクラスの遊撃手、霧崎礼里の守備範囲に打ちたくないと考えて、少し流し過ぎた手応えだ。
舌打ちして打席に戻る。中々の手応えだったため、一塁に向かって走り出してしまっていた。バットを拾い直して、改めて打席に入る。そして構えた友沢は何気なくパワプロの顔を見た。
一度でアンダースローを止めたのは。
一度で物真似を止めたのは。
二度目は無いと、感じ取ったからだ。そして今またサイドスローでの魔球をあわやという所まで飛ばされて、やっとその気になったようである。
(もっと遊んでいてもいいぞ。遊んでやった報酬に、点は貰うがな)
そう思っているのが伝わったのか、パワプロの口が微かに動いた。読唇術の心得などないが、それでも何を呟いたのかが不思議と分かる。馬鹿言うなよ、とパワプロは呟いたのだ。そして、お前がどの程度なのかが分かった、と。
オレの底を見切ったつもりなのか? ナメるなよ、と友沢は思う。
だが――友沢は勘違いをしていた。いや、六道のささやきに嵌っていた。六道のささやきは、掛け値なしの本音が混ざっているからこそ真に迫る響きがあったが、他ならぬ六道聖は知っている。
パワプロには傲慢で俺様で唯我独尊な一面がある、しかし、
パワプロがワインドアップする。大きく、大きく、振りかぶり。踏み込むなり胸を大きく逸らして、渾身の気合を込めて
――それはいつも。試合の最後、閉めの一球のように投げていたもの。
友沢亮の意識になかった、最凶の魔球。
再び虚を突かれ、友沢はそれでも咄嗟に反応してバットを振った。しまったと思う暇も、余地もないままに。
肩から膝の位置まで落ちた魔球の名はジャイロフォーク。それは友沢という天才を嘲笑うかのように、そのバットの下を掻い潜った。
『空振り
マウンドに君臨する最強者は傲岸に肩を聳やかし。
挑戦者の力は、未だ頂に及ばない。
次回からやっと進みます()
どれが良いでしょう?
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あおいちゃんの卒業式(意味深)
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みずきちゃんの決起式(意味深)
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ヒロピーの団結式(意味深)